そして、勘当

1/1
前へ
/36ページ
次へ

そして、勘当

 勢いのまま大広間を飛び出してきたけれど、広大な庭を歩きながら気が重くなってきた。 「大聖母」として不用とされ、その上婚約破棄された。さらには皇都追放を言い渡された。  お父様とお義母(かあ)様になにを言われるか……。  立ち止まると、豊潤なバラの香りが鼻腔をくすぐった。  見まわすと、いつの間にかバラ園に来ていた。 「祈りの間」で祈り続けるのに疲れると、ここに来て気分転換をしていたのである。  当然のことながら、夜のこの時間帯に人の気配はない。  愚かな元婚約者は、お義姉(ねえ)様にそそのかされたに違いない。  お義姉様は、そういう人だから。自分が最上位で、なんでも自分の物にしないと気がすまない人。とくに男性と高価な物に目がなく、どちらも手に入れるのに手段を選ばない。その為、これまでどれだけトラブルがあったことか。そのつど、お父様が揉み消しや和解や謝罪に奔走している。  それはお義姉様の母親であるお義母様も同じことで、まんまとお父様とサリンジャー公爵家の資産を手に入れ、思うままに使っている。お父様も資産も。そのあまりの贅沢三昧に、わが家の家計は火の車になりつつある。そのことを知らないのは、かくいうお義母様とお義姉様である。  それ以前に、お父様がしっかりしないからである。お義母様にだまされてすっかりいいなりになっている。ぱっと見は美しいお義姉様をほんとうの娘以上に可愛がり、お義母様同様傅く勢いでいいなりになっている。  サリンジャー公爵家の没落もそう遠いことではないのかもしれない。  それはともかく、これでもうわたしがサリンジャー公爵家に置いてもらえる理由はなくなった。  ぜったいに追いだされる。  これだけは間違いない。  では、どうするの?  バラ園の中央で佇み、これからのことに思いをはせる。  というか、ここからどうやって帰るの?  でもまあ、皇宮からサリンジャー公爵家まてはさほど遠くはない。だから、歩いて帰れる。問題は、皇宮を出るまで。  ムダに広いから、歩くのは至難の業である。 「いたっ、いたぞ」  そのとき、遠くから叫び声がきこえてきた。 「ランッ! やっと見つけたわよ」  ますます気が重くなった。  なぜなら、叫び声の主がお父様とお義母様だとわかったから。  二人は、走るでもなくゆっくり歩いてくる。  そうして、一定の間隔をおいたところで立ち止まった。  月光の下、目をそむけたくなるような派手なドレス姿のお義母様は、これみよがしに鼻を鳴らした。 「この恥さらしっ! サリンジャー公爵家とはもうなんの関係もない。このまま去りなさい」  そのような権限もないのに、お義母様に勘当されてしまった。  お父様を見ると、彼は一瞬お義母様を盗み見、そして彼女の考えに同調することにしたみたい。 「もう二度と戻ってくるな」  じつの父にまで見捨てられてしまった。  別にいいんですけど。 「そうですか。わかりました」  間髪入れずに了承した。  こんな家、こちらから戻ってやるものですか。 「没落するのを見るに忍びないと思っていたところです。それでしたら、このまま去りましょう。ああ、そうそう。『お世話になりました』や『いままでありがとうございます』は言うつもりはありませんので」  満面の笑みでそう告げると、さっさと回れ右して歩き始めた。  とりあえず、ここから去ろう。いいえ。ここから消えたい気分だわ。 「まったく、失礼な()ね」 「ああ、その通りだ。態度が悪すぎる」  ええ、そうでしょうとも。  そう演じてみたのだから。  そうして、わたしはまた颯爽とこの場をあとにした。  どれだけ颯爽と去らなければならないの?   そんなことを考えながら。
/36ページ

最初のコメントを投稿しよう!

534人が本棚に入れています
本棚に追加