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お父様にざまぁを 2
「お父様、そのボロボロの姿同様耳までボロボロになっているのですか? 『くそくらえ、です』と言いました。わたしの家族は、ここにいる王太子殿下とここにいる人たちです。それ以外にはいません。ましてや、実の娘を用済みだとあっさり捨てる人など父とは思えません。お義母様にも未練はありませんし、お義姉様も同様です。あの二人は、わたしからすべてを奪いました。わたしを蔑み虐げました。そんな彼女たちは家族であろうはずがありません。だから、当然助ける義理はありません。そんなに助けたければ、あなたが自分の身を犠牲にすればいいことです。『自分がすべて画策した』と占領軍に一言告げれば、占領軍もよろこんであなたをつかまえ、二人を解放するでしょう」
「この親不孝者がっ!」
お父様は激昂し、拳を振り上げてこちらに向ってこようとした。
が、すぐに屈強な近衛隊の隊員二人にとりおさえられた。
というか、あなたのことを家族とは思っていないと言ったばかりよね。それでもなお親と言うのなら、あなたの頭の中はお花畑になってしまったのに違いない。訂正。とっくの昔にお花畑になっているわね。
「ウインザー公爵、ランの言う通りです。あなたが愛する家族をほんとうに救いたいのなら、わが身をさしだせばいい。捨てた実の娘を利用するのではなく。あなたとは初対面で、これが最期に会うことになるのでしょうけれど、正直ぶっ飛ばしてやりたいですよ」
これまで黙っていたチャーリーが口を開いた。
その声は、いつもと違って低く鋭い。まるで鋭利な刃物を振り回している、そんな危うさを感じる。
「ランが建国記念のパーティーで皇太子に婚約破棄をされ、帝都から追放になったことは占領軍であるギルモア王国の外交官も見聞きしています。ですから、たとえ彼女を差し出しても彼らは鼻で笑うだけですよ。それどころか、彼らはわが国に遠慮して丁重に扱った上で送り届けるはずです。なにせランは、王太子であるおれの正妻なのですから。ギルモアは、わがアディントン軍を怖れています。もちろん、外交面でもです。おれが外交官だったとき、何度もギルモアの外交官に手痛い思いをさせましたので。軍事面でも同様です。軍事大国と自負するギルモアの唯一苦手な国が、わがアディントンです。そういうわけで、あなたがせっかくここまでやってきたことは、徒労に終わったわけです。というよりか、命を危険にさらしただけです。わが妻を侮辱しただけでなく、その命を弄ぼうとした罪は重い。いまここでその薄汚い首を切り落とされてもおかしくないです。なんなら、切り落とした首をギルモアに渡してもいい。あるいは、生きたままギルモアに渡し、彼らに首を切り落としてもらってもいい。いずれにせよ、あなたは妻子を助けるどころか、自身の命が絶たれてしまうことにかわりはない。どちらでも好きな方を選んでください。ああ、われわれは忙しいのです。あなたがいまのふたつの案を選択する時間を待っている暇はないのです。すでに人と会う約束の時間をすぎていますから。隊長、彼の意向をきいてそれに添ってくれ。それがせめてもの手向けになるだろう」
「殿下、仰せのままに」
チャーリーの命令に、近衛隊の隊長だけでなく隊員たちも恭しく頭を下げる。
「そ、そんな……」
隊員二人に床に抑え込まれているお父様の声は弱弱しい。
「ラン、愛する妻よ」
チャーリーが腕を差し出してきた。
彼は、せいいっぱい演じてくれている。
わたしの為に冷酷非情な王太子を。それから、無慈悲な夫を。
「はい、殿下」
その腕に自分の腕を絡め、そのまま彼に体をよせた。
「待て、待ってくれ。ラン、頼む。命だけは、わたしの命だけは助けて……」
愚かなのは元婚約者だけではない。
実の父親もである。
愚かというよりかは、自分のことしか考えていない。
チャーリーといっしょに部屋を出て行きながら、亡くなったお母様に詫びた。
(お母様、ごめんなさい。お父様を見捨ててしまったわ)
お母様は、政略結婚だった。
お母様は、お父様のことを愛していたのだろうか。歩み寄ろうしたのだろうか。
お母様は、お父様のこんな醜態や本性を見て悲しんでいるだろうか。
わたしにはわからない。
だから、詫びるしかない。
部屋を出て馬車に乗り込んでもなお、お父様の悲痛な叫び声が耳を離れなかった。
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