ラン、きみだよ。きみなんだよ

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ラン、きみだよ。きみなんだよ

「きみが大聖母だったとき、皇宮にある『祈りの間』を出入りしているのを見かけたんだ。きみを見た瞬間、『ビビビッ』ときた。とてもつもないしびれが体中を駆け巡った。『これこそが運命の出会いだ』と直感した。だから、すぐに外交の担当国をウイルクス帝国にかわってもらった。それ以降、出来るだけ帝国ですごすようにした。朝夕、きみが『祈りの間』に出入りするのを時間が許す限り見守った。が、きみはあのおろかな皇太子の婚約者。彼が愚かなクズで、いずれ自滅することはわかってはいた。しかし、外交官としても第五王子としても、それまではどうしようも出来ない。ただだまってきみを見守るしかなかった。そのかわり、いつかきみがあの愚かきわまりない皇太子に婚約を破棄されるか、あるいはきみが愛想を尽かして婚約破棄を申し出してもいいように、準備だけはしておいた。きみがここですぐにでも生活出来るよう、部屋を確保した。その上で、きみが不自由しないよう必要な物を揃えておいた。じつは、おれはこの主寝室を使っていたわけではない。そのように決心した際にたまたま続き部屋のあるこの部屋が空いていたので、頼みこんで移ったんだ」  衝撃的な話の連続で思考が追いつかない。  だけど、一番最後の「必要な物を揃えておいた」というところだけは、思い当たる節があった。  ここにきたばかりの頃のことである。クローゼットいっぱいに準備されていたドレス等の衣服や靴が、なぜかピッタリだったので、すごく不思議だった。  って、なに? どういうこと?  チャーリーは、遠くからわたしを見てわたしの体のサイズがわかったわけ? というより、それ以前にずっと見張られていたわけ?  ときどきジャニスやカイラたちが変質者のことを話しているけれど、彼ってその類なわけ?  だけど、まぁチャーリーだからいいか。  元婚約者に一度だって顧みてもらえなかったわたしを、というよりかまともに見てもらったことのないわたしを、そこまで想ってくれているのだから。  そういうことにしておくことにする。 「イザベルがあなたの愛する人だと思い込んでいたの。じつは、見たの。あなとイザベルを。疫病が流行る前のことだけど、東屋で抱き合っていたでしょう?」 「もしかして、あのときの」  彼はまた立ち上がると執務机に行き、抽斗からなにかを取り出して戻ってきた。 「これ、やはりきみのだったんだ。人の気配がしたから行ってみると、これが落ちていてね。このローズティーは、庭師のお手製だ。もしかして、きみが落としたのかなと。だが、いつのタイミングで落としたのかわからないし、そもそもきみが落としたのかどうかも確信がもてなかった。近いうちに尋ねてみようと抽斗に入れておいたんだが……。すっかり忘れてしまっていたよ。そうか、あのときだったのか」  手渡された小さな袋に入っているティーバッグは、たしかにローズティー。  あのとき、落としてしまったのだ。庭師のおじいさんからもらったことじたい、すっかり忘れていた。 「あの東屋でのことは、執務室で行われたこととまったく同じさ。それに、きみも体験しただろう? あれは抱き合っていたんじゃない。ハグで殺されかけていたんだよ」  いまならわかる。イザベルのあの殺人ハグは、ほんとうに死んでしまいそうになる。 「ええ、それはいまではもう理解しているわ。だけど、わたしたちってそのわりには一度もそういう雰囲気にならなかったわよね?」  遠まわしに尋ねてみた。ストレートだと、マナーの先生であるセルマが卒倒しそうなほどはしたない言葉になりそうだから。 「当り前さ。きみを愛しすぎているし、大切に思いすぎている。きみ自身もそういう雰囲気になってくれるまではガマンしよう。怖がらせたくないからね。だから、かなりムリをしているんだ」  彼は、また隣に座っている。そのタイミングで、体を密着させてきた。 「どれだけガマンしていることか……」  さらにグイグイ体をおしつけてきた。 「ごめんなさい。こういう経験がないから、あなたがどのくらいガマンしているのかわからないの」  正直に答えた。だって、ほんとうのことだから。 「ふと思ったんだけど、きみの話をきくかぎりではきみはイザベルに嫉妬していたんだよね? それから、おれのことでヤキモキしていた。違うかい?」 「えっ? いえ、それは……」  図星だけど、それを認めるのはすこし口惜しい。  そもそも彼が最初にほんとうのことを伝えてくれていたら、こんな思い違いをせずにすんだのである。ということは、不安に思ったりイライラきりきりしなくてすんだはずなのに。  そう。チャーリーのせい。すべては、チャーリーのせいなのよ。 「いや、ちょっと待てよ。たしかに、おれは『契約結婚をしないか?』と持ちかけはしたけれど、愛人がいるとは一言も言わなかったし、におわせうような言動もしなかった」 「……」  急に指摘されてしまった。  彼とのやり取りをサッと思い出してみると、彼の言う通りかもしれない。  ということは、わたしの早合点プラス思い込み?  では、勝手に思い込み、ヤキモキし、不安だったり焦ったりしていたということ?
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