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【最終話】ガマンの果てはしあわせ
「わかったわ。わたしの負けよ」
そんな必要はないかもしれない。だけど、なぜか敗北を認めていた。
(そもそも、敗北ってなんなの?)
彼に告げてから、そう自分に問わずにはいられない。
「あなたと距離が近くなる度、親密度が増していくごとにイザベルに、というよりか謎の『あなたの愛する人』に嫉妬していたわ。不安だったし焦っていた。夜も眠れなかったほどよ」
「それは嘘だろう?」
「なんですって? ほんとうよ」
「毎夜、豪快なイビキがきこえてくる。しかも、『おやすみ』を言って扉を閉めたとほぼ同時に」
「ああ、嘘ってそこなの? って、イビキですって?」
「大聖母」がイビキ? いまは「大聖母」じゃないけれど。だけど、イビキなんて昨日や今日急にかきはじめるものじゃないわよね? ということは、「大聖母」時代からかいていたということなの?
(まったく自覚がないわ)
ある意味、これまでショックを受けた数々のことよりもショックかもしれない。
「まぁいいわ。そこは、なかったことにしてちょうだい」
悪女たるもの不都合なことは即消去、あるいは改竄よ。しかも、そうするようエラそうに命じるの。
「あー、もう。愚か者に婚約を破棄されて傷心のはずなのに。もうっ! わたしったらなにを言っているのかしら。わかったわよ。認めるわ。チャーリー、あなたのことを愛している。わたしは、あなたを愛している。これでいい? いいわよね?」
愛の告白にしては、どこかおかしくないかしら?
頭と心の中で疑問が浮かんだ瞬間、チャーリーに抱きしめられてしまった。
もちろん、イザベルほどのバカ力ではない。きつくというよりかは、熱く。
「ラン、うれしいよ。これでおれたちはほんとうの意味での夫婦だ。もうガマンする必要はない。さっそくだけど、今夜から主寝室でいっしょに寝よう」
「はい? それはまた急な話ね。というか、まだ心の準備が出来ていないわ」
だって、そうでしょう?
「もう待ちきれないんだ」
「そんなわけないわよ。これまでどれだけ待った? それがたった一夜か二夜、待てないわけないわ」
ついさっき、「愛しすぎたり大切に思いすぎて手が出せなかった」って言わなかった?
「感情が爆発したんだ。貯水池と同じさ。いったん堰をきったら、水を止めるのは難しい。おれのきみへの愛と想いは、いままさにそれなんだ」
「それにしても急すぎるわ」
拒んではいるものの、彼の望んでいることがわたしの望みであることを認識せざるを得ない。
つまり、わたしもそうしたいと願っている。
彼に抱きしめられつつ、彼を欲していることに気がついている。彼の体は熱く、息遣いもまた熱く、そして荒くなってきているのと同様、自分の体も火照ってきていて汗がにじんできている気がする。それに、走ってもいないのに息苦しい気がする。
「口づけしていいかい?」
熱い息とともに、上擦った声が耳にこそばゆい。
なにか答えないと、と頭ではわかっている。しかし、ボーッとして言葉が思いつかない。
反射的に瞼を閉じていた。
書物に出てくるヒロインみたい、とボーッとした頭で思った。
その瞬間、唇に感じたのは彼の唇。
その熱さは、声が出そうになったほどである。もちろんガマンした。唇をギュッと引き結んで。
「ラン、愛している。きみを一生愛するし、大切にする。寂しい思いをさせないし、不安にもさせない。なさらには、美味しいものと笑いは欠かさない。だから、おれといっしょにいて欲しい。添い遂げて欲しい」
一度離れた彼の唇からもれでた言葉……。
「ええ、もちろん。契約結婚は終了で、ほんとうの結婚になるわけね。望むところよ。ますます悪女っぷりを発揮するわね」
「いや、そこはもういいかな。きみのは、悪女というよりかは善良でお茶目ないたずらっ子って感じだから」
「なんですって? そんなことないわよ」
ムッとしてしまった。つい先程までの熱い気持ちは冷めつつある。
「きみは、いまやおれの自慢の『聖女』様だ。おれだけではない。ここにいるすべての人たち、それどころか、このアディントン王国すべての人々の『聖女』様だ。だから、きみがなにをしようとすべていいことをしているわけだ」
どうしてそうなるの? いつの間にそんなことになっていたの?
「そんなことより、おれたちだよ」
彼は、立ち上がるとわたしをお姫様抱っこした。
それから、すまし顔で寝台へと向かう。
抵抗出来なかった。
訂正。抵抗しなかった。
いままでとは違う意味で不安でたまらない。そして、心臓はドキドキばくばくしている。
だけどほんとうの夫婦になったのだから、これは当たり前のこと。
先延ばしはなし。言い訳もしない。
もちろん、拒否もしない。
月光だけが満ち溢れる主寝室内で、チャーリーはあいかわらずキラキラ輝いている。
今夜、ほんとうの意味で彼と夫婦になる。そして、彼としあわせになる。
熱いけれどやさしい彼に抱かれながら、何度も何度もしあわせと愛をかみしめた。
(了)
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