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日曜日、双遇は一人で巽と成市郎の自宅にやってきた。南條家はJR神戸駅から十分ほど歩いたところにあるファミリータイプのマンションで、前庭には小さな公園が備わっている。
四月下旬の日曜日。暖かく、気持ちのいい風が吹いていて、葉桜の枝を揺らしていた。
南條家は3LDK。キッチンもリビングもダイニングも、双遇を迎えるとあって南條兄弟が入念に掃除していた。とはいえ、こざっぱりと片付けられているが、生活感は残っている。ダイニングのローテーブルにはノートパソコンが閉じて置かれており、ドイツ語の本と英語の本が積み重なっていた。成市郎が研究している社会福祉の、さらに言えば「オメガ支援」を扱った専門書だ。
成市郎はアルファだが、オメガ支援のための研究を社会福祉の観点から行っている。
双遇も成市郎もスーツ姿、巽は普段着の水色のパーカーだが、中には青いチェックのシャツを着ていた。巽はスーツを持っていない。
双遇と兄、そして自分の分と、巽はアイスのフルーツティーを淹れた。アイスティーにオレンジやレモン、りんごの輪切りを入れ、ミントを添える。アイスティーを運んだ巽に、双遇はローテーブルの前のソファに腰を下ろして、にこやかに笑った。
「ありがとう、巽」
巽は微笑んで双遇の前にグラスを置き、兄の前と自分の前にも置く。兄の隣に腰を下ろし、成市郎の顔を見上げた。
成市郎は穏やかな、静かな眼差しで、じっと双遇がアイスティーを飲む様子を見つめていた。双遇はストローから口を離すと、巽を見てまた微笑んだ。
「美味しいよ、巽」
「よかったです。お兄ちゃんも、飲んでね」
「ああ。双遇さん、わざわざお越しくださり、ありがとうございました」
頭を下げる成市郎。成市郎は三十八歳。巽とは十八歳違う。歳の離れた兄弟なのだ。双遇は静かに首を横に振った。
「こちらこそ、お招きくださりありがとうございます。ぼくにお話ししたいことがあるとか。巽のことですよね?」
成市郎もまた、静かにうなずいた。
「そうです。弟に結婚を迫っているそうですね?」
「ええ」
「本気ではないということを、そろそろ認めてはくださいませんか?」
巽の肩がぴくりと跳ねる。それでも視線は伏せて、足元の、毛足の長いベージュのラグ見つめたままだ。双遇は言った。
「本気です。ぼくは、本気なんです」
「確かにあなたは巽と行為に及ぶとき、避妊してくださるそうですね。子どもができたことを突きつけられて、それで都合が悪いと巽を捨てることにはならないかもしれない。でも、あなたの約束は口だけではないんですか? 快楽のために、巽を利用しているのでは? それに、あなたの周りの人間がどう言うか。巽はふさわしくないと言うに違いない。そのとき傷つくのは弟なんです」
双遇は成市郎を見つめ、腹の前で両手を握った。
「巽のことは本気です。どうすればわかってくれるんでしょうか? ぼくは――」
「ウルトラマンを知っていますか? 初代ウルトラマンです」
成市郎は突然言った。双遇も巽もぽかんとする。成市郎は穏やかな、淡々とした口調で続けた。
「ウルトラマンは強かったですね。並み居る敵をすべて倒した。しかし、最終話で彼は最強の敵、ゼットンに敗れる。ウルトラマンは、負けたことがあるというのがいいところなんです。だからこそ、人々はウルトラマンを愛した。彼に自分たちの夢や弱さを託すことができた。あなたは負けたことがない。そんな人間に、巽はやれない」
双遇の目と成市郎の目、二つの灰色の目はしばし噛み合った。二人は睨みあい、巽はただラグの表面を見ていた。
双遇がつぶやいた。
「……どうしたらわかってもらえますか?」
「どうしたらいいと思う? 巽」
兄に尋ねられ、巽は口を開いた。もちろん、ほんの冗談のつもりだったのだ。
「双遇様がおれと同じ立場に立ってくださったら、信じます。例えば、同じ仕事をしてくださるとか」
「つまり……ラブホテルの清掃ってこと?」
巽はうなずいた。双遇は微笑む。
「わかったよ、巽」
そして双遇は今までの役職を捨て、巽と同じ職場で働きはじめた。
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