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とどのつまり――
「ガイディング」で最も重要なのは、ガイド側の共感能力が、どれくらいの量と速さでセンチネルに流し込めるか……に掛かっている。
互いに触れ合うのが一番手っ取り早い。
部分としては掌が最高に効率が良いのだが、結局は、触れる面積が広ければ広いほどいい。
抱き合う――
可能なら、直接素肌で。それが一番だ。
まあ、言うならば、雪山で遭難した人間を温めるような具合。
とはいえ、そう簡単にできることでもない。
センチネルの生命にかかわりかねない場合には、場所や時を問わず、素肌での接触を行うこともあるが、まさにそれは「緊急時」だ。
そして、ボンドを結んだ間柄のセンチネルとガイドであれば、そこには大抵、性行為も付随してくる――
しかし今、俺はカナタと、物理的に抱き合うことはできない。
だったら「できること」をするしかない。
俺は自身のシールドを下ろしていく。
薄皮を剝ぐように。
服を脱ぐように――
「オッサン! 来いよ、早く」
カナタが急かす。
入っていく。
すでに剥き出しのカナタの「内側」に。
シールド無しで、抱き締めながら貫いて、カナタの五感とリンクする。
「イイ感じだ……」
カナタの呟き。
眩暈。
俺のか? それともカナタのか。
「飛ぶぞ」
鋭い声と共に、カナタの座標がZ方向に振り切れた。
ビルの壁を蹴り飛ばし、駆け上がっていく――
あらゆる感覚が、締めあげられる。
カナタの呼吸音。心拍。
やがて、頂点に昇り詰める。
屋上のヘリポートのさらに上へと。
「ああ……スッゲェきもちいい」
満足気な囁き。
そしてカナタが、サングラスを外す。
「やめろ、リコシェ。取るな」
この時期の日差しは、もう相当に強い。
Big Fiveの状態で晒されるのは危険だ。
「うっせぇ、オッサン。よく見えねぇんだよ」
かなり「ハイ」になっているな……アドレナリンレベルが相当だ。
「リ・コ・シェ」
ゆっくりとスタッカートにくぎって、俺はカナタを呼ぶ。
「言うことをきけ、サングラスをしろ」
カナタからの返事はない。だが、サングラスをかけ直す気配は感じた。
そしてカナタが目を閉じる。聴覚にゾーニングを始めたようだ。
とてつもない集中力だった。
何かの拍子に、ガタリと「ゾーン」に入りかねない。
俺は警戒を強めた。
「……いるな」
カナタがふわりと目を開ける。
「もう嗅ぎつけたのか?」
「『もう』も何も……気配を隠す気なんぞ、まるでねぇみたいだぜ? それにしてもヒドイありさまだな……こんなモン、適当なシールドなんぞじゃ役に立たねぇって。もし、どっかのガイドが近くにいたら、大ごとになるぜ」
センチネルのむき出しの感情を、ありのまま受け止め続けるのは、ガイドにとっても相当に「シンドイ」ことだ。
センチネルの覚醒度が高かったり、ガイドの感応能力や読心能力が強すぎたりするなら、なおさらに。
だから、センチネルと向き合う場合、時にはガイドにもシールドが必要になる。
「SAの首輪は完全に外れっちまってる……そりゃ『暴走』もするな」
首輪が外れる――
センチネルやガイドのスピリットアニマルが、本体の精神と肉体から乖離してしまった状態だ。
センチネルやガイドが「消えれ」ば、スピリットアニマルも消滅する。だから、SAの「首輪が外れる」のは、センチネルの精神が崩壊してしまっていることと同義だ。
――つまりは、どうにも手に負えない状況。
「センチネルの方の様子はどうだ?」
カナタの「中」から、すこし挿入を緩めながら、俺は訊く。
Big Fiveの莫大な量の情報に晒され続けて、酔ってしまう。
少しの間、俺にも再シールドが必要だった。
「『どう』って? 『無』だよ。カラカラのからっぽ」
カナタの嘲笑が、空気を震わせた。
「まあ、相性のいい『ガイド』ってのは、そうそう見つからねぇよな……ゾーニングを繰り返して、暴走した感覚に疲弊して……ってパターンが行きつくトコに行きついたってこった」
「……リコシェ」
「本体は、もう身動きひとつ取れやしねぇよ。座標送っとくから、身柄、適当に確保してくれ……オレは、オオカミの方をなんとかする」
「分かった」
「ああ、そうだ……オッサン」 「なんだ?」
「手っ取り早いからって、ドサクサまぎれに本体をぶっ殺したりすンなよ……SAには、もうこれ以上『悪さ』させねぇから、オレが責任持つ」
「……ああ、回収部隊には、しっかり言い含めておく」
「じゃ、行く」
刹那、すさまじいG値がかかる。
カナタがビルから飛び降りていた。
壁を蹴り飛ばし建物を飛び移り、カナタの座標が猛スピードで移動する。
そして――
カナタは、ビルの谷間奥深くに着地した。
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