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4  カナタの心拍数は148。  血圧135、120。  あれだけの移動の後だ。  一時的な数値なら、問題ないのだが――  バイタルを認識し、俺がふたたびカナタの中に入り込んだ瞬間、右耳を何かがかすめた。「カナタの」右の耳もとを。  出血。  生暖かい液体が顎の骨を伝って滴り落ちる――感覚。 「リコシェ?」  呼びかける。  通信ではなくテレパシーで。 「……別に、大したコトねぇって分かってンだろうが? いちいち訊くな、ウザい」  カナタの血の匂いに、くだんのS(スピリット)A(アニマル)が、さらにタガを外していく。 「迷子の迷子のオオイヌちゃんよ……」  カナタが童謡の節回しで歌い出した。 「なぁ……お前の『ご主人(オーナー)』は、もうぶっ壊れっちまってんだ。可哀想だが『帰る(ウチ)』はネェんだよ。だから、オレと一緒に行こうぜ? イイ子だから」  だが、はぐれたスピリットアニマル(ストレイ・ウルフ)の殺気は募るばかりだった。 「リコシェ……ムチャはするな」  つい、俺はそう口にする。  確かに。まるきり「やかましい小姑」だなと思った。    カナタとオオカミは、ナチュラルディスタンスを見計らっている。  ギリギリの表面張力のように、間合いをすこしずつ、すこしずつ詰めて――  回収部隊が、路地裏でうずくまるセンチネルを確保した。  完全なる「無抵抗」だった。  それこそ「ドサクサまぎれ」に発砲する余地すらないほどに。  うつろに穿たれた両目は、もはやなにも映していない。そんな「がらんどう」のセンチネル――  ――コイツも「野良」なんぞやってないで、さっさとタワーに管理を求めりゃよかったのさ?    確保したセンチネルを移送する連中の「おしゃべり」が聴こえる。  ――そうすりゃ、とりあえずのガイドぐらいは「支給」されたのにな。こんなになっちまう前に。  ――しょせんセンチネルなんぞ、国家の庇護なしに生きられやしないってこった。  そんな会話が、カナタに筒抜けにならないように、俺は注意深く回路を遮断した。  カナタがジャケットを脱ぎ、右腕に巻き付ける。  そして一気に、ナチュラルディスタンスを突破した。  「闘牛士ごっこ」か?  バカなことを……と、俺は思わず独り言ちる。 「まったく……ホントに本当にメンスじゃないだろうな、アイツは」  オオカミの跳躍。  弧を描くように壁を駆け抜け、カナタはその牙をすり抜ける。  膝蹴り。  だがオオカミのスピードが速すぎて、上手く極まらない。  振り返る。  カナタのBig Fiveは、もうメーターレベルを振り切っていた。    危険(アラート)、危険、危険―― 「三分以内に仕留めろ」  でなければ。  強制的に感覚をシャットダウンさせるしかない。  だがそうしたら――  その場でただちに、カナタは喰いちぎられるだろう。  オオカミの牙に。  シールドを取り払い、俺はカナタに入り込む。  抱きすくめて深く、深く腕を差し伸べて――  オオカミの前足が、カナタのこめかみをかすめた。  サングラスが吹き飛ばされる。  次の瞬間、カナタの拳が、オオカミの肋骨の奥にめり込んだ。  衝撃音。  地面に着地するカナタと、背中から落下したオオカミの。 「……終わった」  荒い呼吸を飲み下して、カナタがひと言、音にする。 「了解、任務終了」  即答して俺は、 「お疲れ、加那多(カナタ)」と、静かに続けた。
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