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「皆さん、こんばんは。世界の終わりまであと数時間になりました」
街のモニターヴィジョンにデジタルの時刻が映り、無機質な表情で告げた。
その日の業務を滞りなく終え、私は組織の指令室が入っている本部のビルを出た。
本部がある建物から数メートル程離れたところに設けられた休憩所へ行き、業務を終えた後の渇き切った喉を、冷たいドリンクを一気に流し込んで潤すのが私の日課になっていた。
つい先程までは、都市部でも高級オフィスが居並ぶ高層ビル群にて業務を黙々とこなし、みなが先を急ぐように居並ぶ車を神経質そうに排出している、近代的に整備されたハイウェイが無機質に横たわっていたのだが、今は前に綺麗に舗装された細い小道が通る落ち着いた景色が見えるだけだ。その小道を突き出ると、あとはもうまばらな緑地が点在する自然区域になる。
ドリンクの入ったグラスを傾けながらゆっくりと揺らし、液体の纏わりつくグラスの壁面越しに小道の出口に遠く見える大きな黒いアスファルトの端に設けられた歩道スペースの通りを往く人々の様子を、そして、そのまた先にある街の緑化政策の一環として設置された広々とした緑地を、私は業務を完遂した心地よい疲れに身を任せて、ただ漫然と眺めていた。
ふと聞こえた音に反応した私は、ガラスの枠の向こうに温かな家族の団らん風景を見た。いや、見咎めた、と言ったほうが正しいだろう。
和気あいあいとした楽しそうな家族の風景。その枠の下も、だ。しかし、私にとってそれは非常に不快なもので、全く必要のないものだった。害悪でさえある。
やがて私は、その中の一人の若い女のものであることに気付いた。
彼女が特別に秀麗な顔立ちをしているという訳ではない。その日も仕事場の誰の力を借りることなく、ほぼ一人で地球侵略を狙う悪の組織を壊滅させてきたばかりだった私は、その辺にいる一介の女にとっては所謂〝デキル男〟であり、安楽な暮らしや輝かしい未来そのものの存在である筈だ。
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