3.落日

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 何かの算式が書かれた紙片を夕暮れが連れてきた風が後方へと巻き上げていった。  その方向へと、人と車がごった返す群れの中を只一人、私だけが一体何か判らぬ人塵の発生源の方向へ進んでいる。  皆何処へ行くのだろうか?  何の為にだろうか?  只一つ確実に判っているのは〝この後何かの破滅がやってくる〟ということだけなのだ。  突然、つんざくような悲鳴が響き渡った。小さな幼子のような声だったが「嫌だ!」と言ったように聞こえた。それがまるで長距離走の開始合図だったかのように、皆が一斉に蠢き始めた。  すれ違う幾人かが私に対して無言の合図を送るように目配せを送って寄越したが、皆一様に前を向き一心不乱に機械的に歩いていた。  それは敵城目指して行軍する軍兵のようでもあり、制御装置を失った列車のようでもあった。彼らの姿は、人間らしい感情や意思を失って、ただ前進するだけの存在と化し、その目は何かにとらわれたように空虚であった。  マンディィィ……  マンディィィィ……  辺りはまるで支配されたように静まり返り、その呻き声が次第に近づいてくるのがわかった。  私は周囲を見渡し、その声の正体を突き止めようとした。人々の間を縫って近づいてくる影が見えた。何かを求めて彷徨うように動く不吉なもの。  マンディィィ……!  マンディィィィ……‼  それは亡者たちの後ろから、夜の闇に溶け込む魔泥(マンディ)が彼らを盛んに駆り立てていた。無尽蔵の闇から生まれ、身体のあらゆる部分が漆黒に染まっていた体躯は絶望に満ちていた。  魔泥の目玉は燃えるような赤い炎を灯し、深淵の中から覗き込むような感覚を与えた。その煌々とした赤さは、あの上空に現れた紅蓮と呼応しているかのようだった。一つ確かなことは、この魔泥が人々にとっての悪夢の源であり、その存在自体が恐怖と絶望の象徴であるということだった。  その悪夢の象徴に、皆為すすべもなく追い立てられる。
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