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重苦しい空気が部屋を支配し、男女三人の顔には窓のブラインドの隙間から差し込む陽の光が濃い陰影を作り出していた。
「大下君」
落ち着いた雰囲気の男が、まだ表情にあどけなさの残る若い男に話しかける。
「これは仕方のなかったことなのだ。
日本中に名が知れ渡る若き天才的外科医、大下零二。
その名医・大下の処置中にアクシデントがあったなど、そんな事実は認められん……」
「やめてください、羽生院長」
大下と呼ばれた若い男は、ずっと相手から顔を背けるように話を聞いていたが、突然キッと顔を上げ相手に向き直ると堰を切ったように話し始めた。
「お言葉ですが、院長。これは全て執刀医であり、このオペの責任者である私の責任だと考えています。いかなる理由があろうと、患者一人を死なせたという事実は……」
「死なせた、とは何のことかね?」
院長と呼ばれた男が、その落ち着き払った態度をやや崩し、怒気を含んだ調子で言った。
「いいか、これは避け得ぬ事故だった。大下医師の術式に何ら誤りはなかった。患者は予期せぬ……我々にはどうすることもできない不測の事態が起こり、そして命を落とした。そういうことだ」
傍でじっと話を聞いていた女性がおもむろに口を開いた。
「しかし……しかしですよ、院長。患者は……熊田さんは現に亡くなったんです。これは事実です」
「黙りなさい!」
院長は、威厳を含んだ、それでいてどこか抑圧めいた口調で女性を叱りつけた。それはこの場にいるもの誰とて口を開かせぬといった確固たる重々しさを持っていた。
「この件を知っているのは、手術に立ち会った人間のうち、大下先生と看護師の中では綾辻君、君たち二人だけだ。分かるね?」
院長は、大下、そして綾辻の顔を交互に眺めた。その目は相手を射すくめるような厳しいものだった。
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