4.ブラックジャックをよろしく

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「この医院に君が居ることに誇りを感じているのだよ。 君の腕があれば、この病院の評判だけではない。君自身の将来だってもはや確約されているようなものだ。私の後継として院長の椅子が既に用意されている。 それを、こんなつまらん患者一人のせいで……」 「つまらない?熊田さんの命を、つまらない……と?」 俯いて会話を聞いていた綾辻が院長を見据えて言った。 「綾辻君。忘れなさい、と言ったはずだが?」 院長の荘厳な声は部屋の絨毯に落ち、まるで地の底から這い上がって来るかのように響いた。 「私たちは医療のプロフェッショナルであり、今後も、これからもずっと、患者の命を救うことを最優先すべきだ。 大下君は先程『真実』と言ったね。 『真実』とは何かね? ある出来事が起こったとしてだ。それを第三者の誰もが認識しなかったとしたら、その出来事は果たして『あった』ことになるのかね? 真実などとはそんな脆いものなのだよ。 今回の件を悪戯に世間に知らしめるような真似をすることこそ、我が医院を必要とする患者に対する背信であり、世の中に対する誓約違反に……」 突然、大下が羽生院長の眼前に歩み寄って掴みかからんばかりの勢いで言い放った。 「こんなの間違ってる!貴方は……貴方は……今後の患者を救うことがどうだのと理屈を並べてるけど、結局は自分のことしか考えていないじゃないか!こんなの詭弁だ……こんなの絶対間違ってますよ!」 院長は大下の脇を通り抜けて窓際に立つと、そっとブラインドを押し下げて窓の外をチラと見やる。 「……若い。若いな、君は。情熱と正義感と、あとは……責任感といったところか。 実にいい。私もその若さが羨ましい。だがね、大下君」 院長は一度言葉を切って、噛んで言い含めるように言葉を紡ぐ。 「そんな幼稚な責任感ではこの業界で生き抜いていくことはできないのだよ。情熱や正義感だけでは病院一つ満足に運営すら……」 「…………さってる」 大下がボソリと呟いた。 「ん?大下君、何か言ったか?」 「……さってるって言ったんだ」 院長はやや苛立ちながら 「何だって?言いたいことがあるならはっきり……」 大下は顔を上げ叫んだ。 「蒲公英(ここ)は!……羽生伴樹院長(あんた )は!……本当に腐ってるよッ!!」 部屋に大下のむせび泣くような荒い息づかいが響いていた。
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