妹分

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妹分

「お前、ふざけてんのか?何が妹だ?」  リカエルはマダムデボンヌの店に忍び込んだ途端に、破れかけていた紳士の仮面を完全に投げ捨てたぞんざいな物言いをセシリアにしてきた。  セシリアは大きな溜息を吐く。  彼も今までの男達と同じね。  彼女は妹ととしてかくまっていた少女を抱き締める。  セシリアに抱きしめられた少女は、セシリアこそ命綱と言う風に抱き返してきたが、それこそセシリアの胸を締め付ける行為である。  イーナは私しかいないんだわ。  肌の色が白く赤味がかった茶色の髪をしたセシリアと、褐色の肌に黒い瞳に黒い髪をしているイーナでは、姉妹と言い張るには違い過ぎる外見である。  イーナの外見の特徴は、クラヴィスの国境を毎年のように侵略に来るジサイエル人そのものなのだ。  敵国の人間を売る人間はいても、匿い守る人間などいないだろう。  私だって、妹が餓死していた姿を思い出さねば、路上で倒れていた彼女を助けようなんて思わなかったはず。 「大事な妹です。あなたには感謝しています。もう大丈夫です。それからこんなことをお願いするのは筋違いでしょうが、ご覧になったことは全部お忘れになって下さい」 「忘れたら君達を助けられなくね?」 「私達は今まで通り二人で何とかします。ご心配なく!!」  セシリアはリカエルの視線から隠すようにイーナをさらに抱き締め、抱きしめられたイーナは諦めた目でリカエルを見つめる。  すると、リカエルが観念したように溜息を吐いた。 「君が奴らの言いなりになってた理由が分かったな。あのババアにも積極的な物理攻撃もしとくべきだった」 「リカエル?」 「セシリア。こいつはお前の腹違いか?種違いか?それとも単に拾っただけの妹分って奴か?」 「――関係ありますの?」 「守るには大事な情報分類だ」  セシリアはきゅっと唇を噛んだ。  彼は血の繋がりがあればイーナを助けると言っているの?  では、腹違いと言ったらイーナは安泰かしら?  いいえ。  腹違いならばイーナの母や親戚などクラヴィス内にいないかと探っているだけかもしれない。だったら危険すぎるわ。問い詰められて答えられなかったら私達二人仲良く役人に売られてしまうかも。  そうよ、それならば最初から真実を伝えて、ここでリカエルと私達はお別れするべきなのよ。 「簡単に答えてくれ。俺は属性が知りたいだけだ」 「二年前に路地裏で見つけました。私の本当の妹は伝染病で隔離された時に餓死して死んでいます。だから、お腹を空かせたこの子を見捨てられなくて」  リカエルは大きく舌打ちをした。  セシリアはイーナをさらに庇うようにして抱きしめる。 「ちくしょう妹分かよ。百二十っぱな頑張りが俺に要求されるじゃないか」 「はい?」 「俺が妹分を大事にする男だって、ここまで読んでいたらあの性悪は怖えな。ああ、あいつの前で妹分なレティシアを可愛がるんじゃ無かったよ。ほら、方向性が決まったから動くぞ」 「え?」 「え、じゃないよ、セシリア」 「え、だわ。じゃあ、本当の妹だったらどうしてたの?見捨てるの?」 「まさか。君の妹だったら俺は百パな頑張りだ」 「どうして実妹の時の方が頑張らないの?」 「実妹じゃないのに頑張る君加算だよ」 「え?ええ?」 「ほらほら動こう。ぼっとしない。それでえっと君は、イーナか?さっさと荷物をまとめ、ええと、ゲルワンダステ、ヤブイネ――」  リカエルがジサイエル語を続けられなかったのは、セシリアの腕から飛び出たイーナが、リカエルの腰のあたりを両手で突き飛ばしたからである。  もちろんリカエルが揺れることもなく、イーナの方が尻餅をついた。  すかさずリカエルがイーナに手を伸ばすが、イーナはその手を払いのけて涙顔となってリカエルに叫んだ。 「シェシェルイガ(さわるんじゃない)。ダー!!ダーゴンシア!!」 「うっせええな。ちゃんとドラゴネシアって発音して、死ね(ダー)言え!!」 「ダー!!」 「うっせえ、ガー!!」 「煩い、あなた方!!急いで荷物をまとめるわよ。って、ああ、ああ!!もう来ちゃった!!急いで逃げなきゃだわ!!」  リカエルとイーナはピタッと口を閉じる。  それから彼らはセシリアが見ているものを同時に見返して、セシリアが絶望してしまった理由を二人とも理解したようである。  セシリアはそう思った。  セシリアに守られていたはずの少女こそセシリアを守るようにして彼女の前に立ち、店内に入って来ようとしているマダムデボンヌとその手下らしき男達のシルエットを睨んでいるのだ。  またリカエルは、セシリアとイーナを守るように、すでに彼女達の一歩前に踏み出している。 「リカエル。良いのよ。逃げて。マダムデボンヌにはデ二スピエル以外にも黒い繋がりがあるの。針子として雇われたのにすぐに売り払われる女の子もいる。その子達を買って売春宿で働かせる人は誰だと思うの?暗黒街の人よ!!」  セシリアはリカエルに店に入ろうとしている男の危険性を伝えると、これ以上リカエルを巻き込まないようにと考えた。  イーナといつも話し合っていた通りに、二人で手に手を取って逃げるのだ。 「きゃっ。イーナ」  セシリアの手はイーナに振り払われたどころか、イーナはセシリアをリカエルの方へと突き飛ばしたのだ。 「わたし、ゆ、誘拐されて逃げた。セシリア助けてくれた。セシリアわたしまだ、十歳だって嘘ついて、まも、守ってくれた。わた、わたし行くセシリア助かる」 「何を、イーナ」 「格好いいな。お前は」  リカエルはイーナの頭にポンと手を乗せ、微笑む。  イーナはリカエルの行為に驚きばかりの顔となって、彼を見上げる。 「イーナ。大丈夫だ。こういう時こそ憎い男に全部おっかぶせろ」 「おまえ」 「セシリア。終わるまでイーナと身を隠して声も出すな」 「でも」 「いいから。心配なら俺が見えるが君達の姿は見えない感じで隠れて」 「セシリア、行こ!!」  イーナはセシリアの手を掴む。  セシリアはイーナが自分が犠牲になる道を捨てたことに安堵したが、全部を引き受けるつもりのリカエルへの心配や申し訳なさは大きくなるばかりだ。  しかし彼の足手まといになっては彼こそ困ると彼女は自分に言い聞かせ、イーナと一緒に自分達が隠れられそうな場所へと急いだ。  隠れ場所に選んだ所は、仮縫いが終わったドレスが並ぶ棚だ。  二人は吊るされているドレスをかき分けながら奥へと潜り、けれども心配だからとリカエルが見えるようにと覗き見用の隙間を作る。 「うわ」 「はふ」  イーナは子供そのものの声をあげ、セシリアは初恋の少女が出すような溜息交じりの声をあげていた。  リカエルは彼女達を見つめていた。  彼女達が隠れ切ったと知った彼は、彼女達に向けて微笑んだのだ。  その笑顔は、悪夢を見た幼いセシリアを慰めてくれた父親を思い出させた。 「ああ。彼が酷いことになりませんように」  セシリアの呟きに、イーナが力づけるように身を寄せる。  セシリアこそイーナを守るために彼女に腕を回す。  そして、その後は、二人は違う意味で脅え切ることになった。
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