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思えば何でもない人生でした。
「寒い!」
私はあろうことか雪山で遭難した…とても三日月が綺麗な夜だった。
助けを呼ぼうにもついさっき震える手で撃ち込んだスマホのパスワードは3度目の間違いによりロックがかかる。これは不味い。ロック解除まで私の命もあかんかもしれんね…そして図ったかのように意識が朦朧とする。
「ああ、山頂にある温泉、入りたかったな…」
そして私は夢を見る。
あれは今年の夏の文化祭。唯一の友と過ごした誰もやってこない漫研の展示室、二人で一生懸命準備したのに…悲しかった。ってどんな走馬灯だよ!私の人生悲しい事ばかり!っと思ったら、急に体に浮遊感を感じ暖かな草原へと妄想は変わってゆく…
暖かい日差し。
周りを見渡すと草花が咲き乱れている。
パンジーにアネモネ、コスモスにチューリップ、ああなんと素敵な光景。これ以上の知識が無い私は、他にも見える花の名前を無視しつつ、花畑を走り回っていた。
ふと見ると遠くの方で明かりの見える。
そうだ!あの明かりの向こうまで走って行こう!なんとなくそこに昨年亡くなった両親もいる気がする!そう思うと自然と足に力がこもる。
そして光に向かって全力疾走!…って私、この先に逝ったら死んじゃうんじゃね?びっくりした私は目を開ける。あれ?私目を開けてたじゃん?なんで今目を開けた感じになってる?
そしてほんのり暖かい空気を感じる。
天井は石壁。暖かみを感じる方を向くとパチパチと音を立てながら燃える暖炉があった。ここどこー?
「助かった!」
喜びに満ち溢れ、上半身を起こした私は、今更ながらも周りに異国の人達がいるのに気付く。ほんとここどこー?
「すみません。聖女じゃない人ですね。ちょっとあっちまでずれて頂けます?次の人を呼ぶので…」
突然のじゃない人呼ばわり!
私は混乱した。
どういうこと?なぜに?ってかあなた、金髪美人だけど日本語流暢ですね。
混乱している私は、そのまま厳ついおっさんに腕を持たれ、引きずるように強引に岩壁の端に寄せられる…
解せぬ。
そして3人のコスプレローブを着込んだおっさん達が床に向かって手をかざし…どうやらイカレタ集団のようだ。
…と思っていたらその床が激しく光る。そして光が収まるとそこには可愛らしい少女が現れた。マジックショーだったのか。一応拍手を送っておこう。
「やった!今後は間違いなく聖女様だ!」
私の拍手をよそに、ローブの男がそう叫び、喜び狂い、よく分からない踊りをし始める男たち。腰がグイングイン廻っている。
その三人はそのまま戸惑う少女を、騎馬戦の様に担ぎ上げると部屋を出ていっってします。少女もどことなく嬉しそうに見えた。
そして私を引きずった厳ついおっさんも、満面の笑みを浮かべそれに続いていた。
一人残った先ほどの女性がこちらを気まずそうに見る…
「あの、これを」
ゆっくりと近づく女性から袋を渡されたので中を見る…金貨のようなものが3枚入っていた。
「これは?」
「お詫びです」
お詫びと言われてはいそーですかとは言えない。
「いや、元の場所に帰して下さいよ」
「無理です」
やっとのことで立ち上がり返してほしいと懇願する私に、顔を伏せそう返答する女性。
「何故に?」
「召喚では異世界で死んだ方しか呼べないので……なのであなたは元の世界では……」
そう言えばそうだった。
このまま帰れたとしても私は雪の中。
きっとあのまま死ぬ予定だったのだろう。
自然と頬を涙が伝う気がした…だけだった。いや出てねーのかよ涙!
まあ意外とどうでも良い人生だったからね…
「なるほど理解した。で、この金貨ってどれ程の価値か聞いてもいいかな?」
「平民の1ヵ月程度の給金?」
少なすぎない?
「それは、無いんじゃないかな?」
「これ以上はちょっと…この国貧乏なので…」
困り顔の女性。
だがさすがにそれは無いよね?引き下がるわけにはいかない!
だってバカな私でも多分だけどもうわかってる。
これって夢じゃなくてガチな異世界召喚ってやつだんだよね。
異国どころか異世界で1か月分のお金握り締めてどうしろと…
「泣くよ?」
私の言葉に反応するように女性はポケットからヨレヨレのハンカチを取り出し私に手渡した。ちょっとゴワゴワしていて嫌な匂いがした。この世界に柔軟剤はないようだ。
「転生者様ですしステータスって言っていただければきっと役立つスキルがあるはずですよ…知らんけど…」
そう言い残しそのまま逃げるように部屋を出ていく女性…解せぬ。
仕方なしに『ステータス』と言ってみる。
出てきた青い窓には私のパーソナルな情報が並んでいる。怖いよね。名前と年齢ばかりか身長体重スリーサイズ…挙句の果てには3日で首になったバイトの履歴や、速攻で別れた彼氏の名まで…
さすがに泣けた。
頬を伝う涙の感触に、やればできるじゃん涙と褒めたたえる。
そしてスキルという欄には『たまご』と書いてあった…
本当に混乱だらけの異世界召喚。
まったく可能性も見いだせないスキル名だが、もしかしたら活路があるかもと気合を込めて「たまご!」と言ってみる。
手の中にたまご出た。
食糧事情は改善できそうだ。
私はいつまでもここにいるわけにはいけないと、そう思って部屋から…
もうちょっと暖炉にあたろうかな?
はー暖かい、極楽極楽。
いっそこのままこの部屋に住めばいいのかな?たまごあるし…
「ん!ん゛ん゛ん゛ん゛!」
扉の外から何か声がする。
はー、やっぱ暖炉っていいよね。
この暖かさに人間の優しさを垣間見る。
「ん゛!ん゛ん、ん゛ん゛ん゛!」
またも外から聞こえる苦しそうな声。
なんだろ。風邪かな?この部屋の外は寒いんだろうな。
お大事にしてほしいな。
暖かい暖炉にあたりながらほっこりした心で、多分だけど外で震えているであろう、おっさんのような声の主を労わる気持ちをこめ、益々のご健康を願う。
「おい!いい加減出てこいや!」
「ぴっ!」
突然バタンと大きな音をたて、さっき私をどかしたおっさんが顔を出して怒鳴っていた。心臓が止まるかと思った。もし死んだら次の世界は異世界チート物がいいなと思った。
でも本当は便利な地球でお金持ちの家ってのが一番いいな。とも思った。
現実逃避していたら、さらにイライラしながら床をバンバン音を立てて踏みながら、こちらをジッと睨んでくるおっさんに根負けし、しぶしぶ部屋を出ることを決める。
そのまま「着いてこい!」と言われ黙っておっさんの後に着いていく。
石壁の通路を歩く。豪華な装飾品が並ぶ広い通路も歩く。
城を出ると巨大な壁がありそこにある大きな扉の両脇には警備の固そうな門番が立っており、こちらを興味深そうに見ているがそれを無視してさらに歩く。
さらに豪華な屋敷の建ち並ぶ街道を歩く。
そして景色は一般的な民家と思われる建物が並ぶ道へと変わり、さらにその道をずーっと歩く。
そして1時間ほど。ゼーハーと荒くなった息を整え、やっとの思いで見上げたのは、この街で一番安い宿だというぼろい建物だった。
私をここまで案内したおっさんは、顎でその建物を示され、そして無言で立ち去ってしまう。虚無い。
とりあえず中に入ると覇気のないおばちゃんがちらりとこちらを見た。
無言である。きっと喋れないご病気の方なんだろね。そう思ってそのカウンターまで歩き一泊いくらか聞いてみた。
ため息をつきながら「銀貨1枚」と言う。
喋れたんかい!
金貨1枚だと10泊。なるほど…
宿だと金貨三枚が1か月で無くなる現実が確認できた。仕事探さなきゃね…
とりあえず一泊だけ頼ん金貨を渡すと、おつりであろう銀貨9枚と201と書かれた札を1枚渡される。
階段を指差されたので多分二階のどこかの部屋なのだろう。
途中でゆで卵でも食べるか。と思い立ち、登りかけた階段を降りると、おばちゃんに鍋と水とコンロを貸してもらった。銅貨1枚とられた。
そしてたまごを2つ追加して3つを水の入った鍋に入れ、火をつける。すぐにその卵の殻がパカリと二つに割れた。
そして金魚出た…何故?
元気に泳ぎ回っている3匹の金魚。割れた殻を食べるほどの元気っぷり…
ほんとこれなにー?
そしてあっという間に5年…
私は今、たまごから孵った金魚を売って生計を立てていた。
金魚はこの世界では立派な主食だという。異世界マジパネェー!
そして最初は5個が限界だったたまごも、徐々に魔力が上がったからなのか、一日に100個ほど生み出すことができるようになった。どうやら私はチート持ちだったようだ。歓喜!
そしてその金魚の大きさも今では一回り大きくなり、味も良いと評判の金魚売りになってしまった。人生何があるか分からんもんだ。異世界バンザイ!
毎日用意した金魚が飛ぶように売れてゆく。
先日はこの国一番の公爵家の執事さんがやってきて、毎日10匹を納品してほしいとお願いされた。宅配込みの割高料金で契約が成立した。
私の異世界ライフは超順調のようだ。
のちに食べることで強力な能力を付与する金魚を生み出し、勇者パーティにスカウトされ、共に魔王を打ち滅ぼし世界を救い、そして図らずも勇者と恋に落ちてしまい、新たな領土を貰って仲睦まじく幸せに暮らす…
金魚姫という不名誉な称号で語られる私の物語は続いてゆく…
END
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