恋とか愛は、背伸びのあとで。

1. これから始まる。

埒(らち)が開かないと思った晴は「ファイルを貸して」と自分の頭上に手を伸ばした。すると、男がファイルを持っていた方の腕をさらに高く上げて晴から遠ざける。

「貸して」

少し強い口調で言うと、男は一度は睨み返したが、渋々腕を下ろした。
晴はファイルを手に取ると、積まれた段ボールをテーブル代わりにしてファイルを置き、ナイロンのレフィルから契約書を取り出した。
そして、ページをめくってある箇所を指差した。

「ここにあるでしょ？　目的物件はここ！」晴は手の平でその場をさし示して言った。

「期間は一昨日から一年間。もちろん更新OK。使用目的、居住用！　賃料はありがたいことに激安、もう今月分は支払い済み。この辺は飛ばして……ほら！　ここに貸主さんの署名と捺印があるでしょ！？」

晴は当事者の署名と押印のある最後のページを開いて男に見せた。