1. これから始まる。

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男の出方を待つ間、晴は改めて手元の契約書に目をやった。 家主との口約束だけでなく、契約書を作成しておいて本当に良かった。 それを提案してくれた知人に対して改めて感謝の気持ちでいっぱいになった。 契約書に名前があるこの家の貸主は雨宮 十和子(あまみや とわこ)といった。 晴とは個人的に出会い、交流を重ねるうちに親しくなった。 二人の会話の中で晴が引っ越しを考えていることが話題になると、彼女の方からこの家はどうかと提案してくれた。 彼女と親しくなるうちにこの家にも度々訪問していた晴は、この家のことのみならず近隣の状況なども知っており、それが自分の求める住まい条件にぴったりであったことから、晴にとっては願ってもない幸運だった。 男に言ったとおり、最初、彼女は契約書などはいらないと言っていた。 十和子が信頼できる人物であったため、晴もそれでいいと思っていた。 しかし、知人の勧めで結局は契約書を作成するとしたときも彼女は快く応じてくれた。 知人立ち合いのもと、二人で少しかしこまった雰囲気に笑いながら署名したのを覚えている。 その署名欄にある彼女の文字は達筆で、芯が通っていて力強くもあり、それでいて柔らかさも感じさせるまさに彼女の人柄を表すような文字だと晴は思った。
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