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しかし、晴の断定とは裏腹に、男は詐欺師らしからぬ表情を見せている。
「どうなってんだよ……。誰にも譲らないって言ってたくせに……」
そんなことをぼやきながら、苦い顔をしている。
しかし、それは家主に対して不満を募らせていると言うよりは、何やら思い詰めているようにも見える。
そんな男の様子を見ながら晴は少し彼が心配になった。
……いや、これが詐欺師の手口なのだ。
晴は首を小刻みに横に振って、彼を心配などしてしまった自分の甘さを振り払った。そして、一つ深呼吸をすると、足を踏ん張り、スマホを握り直して臨戦態勢についた。
「もう諦めたら? これ以上、ここにいられても迷惑だし……」
晴は視線を玄関に向けた。
もちろん、早く帰れという意図を込めたつもりだった。
しかし、男の足は動かなかった。
そればかりか「諦める?」と男の足が玄関どころか晴の方へ一歩動いた。
「で…出て行ってくれないなら、け、警察呼ぶから」
晴は後ずさりながら男と少し距離を取ると、握りしめていたスマホを操作した。
1・1・0。
番号を表示させた途端、スマホを持つ手を男に掴まれてしまった。
「何してんだよ!?」
男は晴の腕を掴んだまま引き寄せると、もう一方の手の平で契約書を押さえつけた。
雨宮十和子の美しい文字が彼の大きな手で隠れた。
「雨宮十和子は……俺のばあちゃんだよ」
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