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その言葉が出たのは史月に対する罪悪感が消えなかったせいではない。
ゴキブリの話の後で、すっかり意気消沈してしまった晴は自分自身を元気付けたかったのだ。
香山晴は美味しいものを食べると元気が出る……という幸せな性格だった。
「私ね、今日のために信州から美味しいお蕎麦を取り寄せたの」
晴は無理矢理に明るい声を出して言うと、いくつかある段ボールの中から明示を確認して《食料品・乾物・調味料》の箱の中から蕎麦を取り出した。
「一人のくせに箱買いかよ?」
晴の気持ちを知ってか知らずか、史月の方も例の生物から蕎麦の話題に乗ってきたので、晴の気持ちは明るくなった。
「今日は二人じゃない」
晴は取り出した蕎麦を手にして笑った。
晴の性格を訂正しなければならないだろうか。
彼女は美味しいものを想像するだけで元気になれるらしい。
先ほどの黒い昆虫のことはもう頭から離れてしまったようだった。
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