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「……あったんですよ」
晴はまるでホラー話でもするかのように眉間に皺を寄せ、真顔で頷いた。
そして、あの日の出来事を掻い摘んで説明した。
「それは……引っ越し当日に大変な目に遭ったね」
「……はい。本当に大変でした。どうなることかと思いましたよ」
晴は肩を落としながらグラスに口をつけた。
「家主さんも身内のことだし、もう少しちゃんとしておいてくれないと」と正木が十和子に不満を漏らしたので、晴はグラスを置いて慌てて訂正を始めた。
「十和子さんが悪いわけじゃないんです。なんだか連絡が上手く伝わってなかったみたいで。相手も十和子さんのお孫さんですし、今までもあの家に出入りしてたみたいで、今まで会わなかったのが不思議なくらいです。いつかは会うはずだったんですよ、私たち」
晴は必死に十和子を庇った。
その様子を正木はしばらく黙って見つめた後、「そっか」と微笑んだ。
いつもの笑顔のような気がしたが、それはどこか納得のいったようないってないような微妙な顔つきだった。
「ところで、今日は俺からも相談があるんだけど……いいかな?」
正木は話題を変える接続詞を挟むと、晴の手元で空になったグラスを見て生ビールのおかわりを頼んだ。
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