純粋さ

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放課後、濱谷くんの伝言通り体育館に向かうと、そこにはやっぱり見覚えのない男の子が1人立っていた。 私はいつものように「気持ちはすごく嬉しいです。でも、ごめんなさい」と言ってから、その場を後にした。 私のどこがいいんだろう。告白してくるのは話したことない男の子が多い。 身長が他の女の子より少し高いってだけだけど、昔から「大人っぽいね」とはよく言われていた。 自分ではよくわからないものだ。 結衣の方が、オシャレやメイクに気を使っていて断然キラキラしているのに。 どちらかというと私は地味な方だと思うけど。 いつもの通学路を歩いて、マンションの2階に上がり、見慣れたドアが2つ両端に並んでいるのが見えると、左側のドアに鍵をさして、ガチャリとドアを開ける。 「ただいまー」 そう言っても返事がないのが我が家。 両親は共働きで、帰ってくる時間はいつもバラバラ。 私はローファーを脱いで手を洗ってから、まず最初に、キッチンの冷蔵庫へと向かう。 冷蔵庫の扉にはホワイトボードがかけられていて、ママの字で「食事・ママ」と書いてあった。 今日はママが夕飯を作る日らしい。 その文字を見ただけで、口元が緩む。 パパやママの帰りが遅いこともあって、うちはパパとママと私で家事を分担している。 予定表の中に、食事・掃除機・洗濯の3つがあってそれぞれが1週間、振り分けられているのだ。 私の今日の担当は洗濯。 干されている洗濯物を下ろして畳んで、夜に洗濯機を回して干すのが仕事だ。 「よしっ」 ちゃっちゃと洗濯物を畳もうと体をベランダの方へ向けたとき、家のチャイムが鳴った。 誰だろう……。 玄関のドアの覗き穴から外を覗くと、知らない女性が険しい顔をして立っていた。 髪は緩く巻かれていて、キラキラのネックレスやイヤリングと、高級そうなバッグ。 少し濃いめの化粧は、大人の色気を醸し出している。 恐る恐る玄関のドアを開ける。 「はい、あのどちら様で───」 「は?誰」 私の質問に被さって、女の人がさっきよりもさらに顔をしかめて私を見つめる。 だ、誰とは……こっちのセリフなんだけど。 「えっと……」 「ちょっとどいて」 っ?! 「あ、あの、ちょっと!困ります、勝手に!」 何が何だかわからず固まっていると、女の人が突然、私の体を押して、玄関へと入ってきたので慌てて止めに入る。 一体なんだっていうんだ。 「なに、あの人、女子高生にも手出してんの?」 「は、えっと、何をおっしゃっているのか……」 なぜかご立腹の彼女。急に人の家に押しかけてこんな態度ってどうなの?話が全然見えてこないしっ! 「授久、いるんでしょ?ここに」 「へっ、さ、さずく?」 女の人は「とぼけないでよ!」なんて叫びながらうちへ上がろうとする。 「いや、えっと、本当に知らないですから!さずくさんって人、うちにはいません!うちは父母子の3人暮らしでっっ」 女の人の腕を必死に掴みながら、家に入られないようにする。 流石に突然やってきた人を理由もなく家にあげるなんて、そんなことできない。 「いいから早く授久連れて来なさいよ!」 「だからそんな人知りませ──────」 「ユリっっ!」 揉み合っていると、開いていた玄関から慌てた声が聞こえて、私たち2人は同時に動くのをやめた。 「授久……」 「バカっ、あんた部屋間違えてる。俺んち向かい」 そう言って、手の親指を後ろに向けてその先にある玄関を指す男性。 なんと、お向かいの矢吹さんではありませんか。 ブラウン系のナチュラルショートが、綺麗なお顔によく似合っている。 さっきまで騒いでいた女性は、ドロンと手を脱力させて、目の前の矢吹さんを見るなり目をウルウルとさせた。 「授久〜!ねぇ、朝の子!あれ何?最近私とは全然会ってくれなかったのに……」 「その話は後。ご近所さんに迷惑かけたんだ。あんたも謝りな。ほんと、お騒がせしてすみませんでした」 ベタベタと矢吹さんの腕を撫でる女性を気にすることなく、彼は私に頭を軽く下げた。 「あ、いえ、びっくりしましたけど……間違いだったならよかったです。はい」 彼の目をちゃんと見ないままそういうと「授久の部屋と間違えちゃった。ごめんね」と舌をペロッと出す女性。 全然反省してるようには見えないけど。 矢吹さんがすぐに駆けつけてくれてよかった。 彼はもう一度「すみませんでした」というと、女性と一緒に玄関を出た。 「はぁ〜」 なんだか一気に疲れちゃった。 玄関の段差に腰を下ろしてため息をついて、外に耳をすますと、まだ2人のやり取りがごにょごにょと聞こえる。 どうなの、ああいうのって。 今ここにいる女性と、朝、矢吹さんが一緒に朝帰りしてた女性、全くの別人だ。 やっぱり、遊んでるっていうことだよね。 1日に2人も違う女性と過ごすなんて! 見た目は、品行方正そうな仕事のできるサラリーマンって感じなのに。 女性関係がだらしないのって、大人としてどうなんだろうか。 世の中のイケメンってみんなあんな感じなの? わからない。全然理解できないや。 「だめだだめだ!洗濯洗濯!」 腑に落ちないなんだかモヤモヤしている気持ちをなんとかしようと、勢いよく立ち上がって、 この気持ちも一緒に流して洗ってしまえと、洗濯を始めた。
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