〚長編〛幻影戦妃 alpha ver. draft - 2021.12.30 / 666,147字

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09 ≫  今さらなことだが同じ場所だから同じやつに会えるって訳じゃないのか。  いや、むしろ……  「いつから存在してたか分からねえって言ってたからそう簡単に終了とかはねーだろと思ってたが……」  『実は承認欲求の塊なのか?』  「そんなこと言ったら失礼だろ。  人一倍寂しがり屋なんだよ」  「それはそれで失礼ッス」  「こりゃ失敬」  『今のどっちか分かるの?』  「分からん。  まあ答えは決まってるし考えるまでもねえだろ」  『はは……』    「まあ良い。さっさと調べよーぜ」  『待ってよ。父さんの方は調べたのか?』  「いや。調べてねえよ」  『そっちはそっちで見てみた方が良いんじゃないの?』  「んなこと言われてもなあ。  歩いて戻ったらどんだけ掛かんのか分かってんだろ。  それでも戻ってほしいってか?」  『そ、そうだね』  何かやたら嫌がるなあ。  まさかとは思うが言わされてる訳じゃなーよな?  「どうしても嫌だっつーなら一個頼んで良いか?」  『何? 何でもやるよ』  「家デンがあるだろ。  アレで自分の携帯に電話してみてほしーんだわ」  『ああ、俺の携帯番号に発信すると変なしゃべり方をする奴に繋がるってやつか。  分かった。それならすぐに出来そうだよ。  じゃあ一旦切るね』  へ?  「ちょ、ちょっと待ったァ!」  『何? この電話に対して発信するなら一旦切らないとダメなんじゃないの?』  何じゃそりゃ?  マジで言わされてるんじゃねーよな?  考えてみたら今までの頭おかしい言動してた奴らもそのクチだったんかね……?  「オメーの電話じゃなくて別な奴に繋がるのに何でこの通話を切る必要があるんだよ」  『あ、そうか。ゴメン、ちょっとボーッとしてたよ』  「あー、分かったからこっちの通話はそのままで頼むぜ」  さっきのアホ毛と違って言わされたって自覚がねーのか?  それとも本当にボーッとしてただけなのか?   どっちにしてもまだ確証は持てねえな。  さて、どういうやり取りになるかね。  番号的には本当の持ち主ってことになる筈だが。    『よし、じゃあ発信……あ?』  「どうした?」  『“ちゃーらーりーらー ちゃららーりーらー♪”』  うお……ここに来て着信かよ。  今度はアッチでイタ電……てそんなこと出来るんかいな?  「番号は出てるか?」  『あ、そういやナンバーディスプレイ契約したって言ってたっけ』  おっと……コレはさっきの仕込みが炸裂したぞ?  さっきはさっきでツッコんで来なかったからな。  てことはやっぱ今話してる息子は“別人”なのか。  「んなこた良いから早くディスプレイ見ろよ。  どーなってる?」  『えーと……“非通知”だよ』  非通知? てことはこっちで番号見えるのを知ってる奴か?  それとも単なる演出?  ……後者か? それにしたって分かってねーと出来ねえことだな。  ひとつ分かるのはそういう相手だっつーことか。  「よし、取り敢えず出てみろ。メモは取れよ」  『分かったよ……もしもし? もしもし?  雑音が酷いな。もしもーし?』  ………  …  何だ? 相当聞き取り辛そうだが……相手は携帯か?  『もしもし?  “ピシッ”……“ザザッ”“ガリガリッ”  ……あ、は、はい。分かりまし……た?』  「相当に聞き取り辛そうだったが話は出来たのか?  誰から掛かってきたのか知らんけど」  『話は……出来たかどうかは分からないな。  終始ガリガリ言っててさ。  ただ向こうの言ってることは何となく分かったよ』  「ちなみに相手が誰なのかは分かったのか?」  『それは……残念ながら分からなかったな。  ノイズが酷くてさ、男か女かすら分からなかったよ』  酷いノイズか。  途中でこっちの通話にも何かノイズが乗ってるみてーな感じもしたがあっちの影響か?  「そうか……周りの様子は特に変化無しか?」  『今は……そうだね。見たところ変わり無いよ。  ただ……』  「何だ?」  『途中で一瞬窓の外が光った様な気がしたんだよ。  本当に一瞬だったから気のせいって可能性もあるけど』  「なるほどな」  何かあったな?  「それで肝心の内容はどうだったんだ?」  『えーと……多分だけどまず……  “父さんに言われた通りにしろ”……それから、  “そのうち何とかする”……えーと……、  “そこにいろ”  てな感じかな?  途切れ途切れだったから多分なんだけどさ』  「そのうちって……昭和のお気楽サラリーマンかよ」  じゃあ……俺らや息子は良いとして他の奴らはどうなんだ?  『へ? あ、そうだ。もう一個あった。  “拾えるものは拾っとけ、でもナントカは忘れるな”だったかな?』  「何じゃそりゃ? てかナントカって何だ?」  『さあ? 音が酷過ぎてよく聞き取れなかったんだよ』  「うーむ……そうか」  まあ良い。  取り敢えず俺の言う通りにしろってアドバイスが出ただけでもありがてえってもんだぜ。  ドコの誰かは知らんけどな!  「あ、あのー、良いッスか?」  「おっと、すっかりオメーの存在を忘れてたぜ!」  「酷いッス!」  「と、テンプレ通りのやり取りはここまでとしてだ。  何か気になったことでもあんのか?」  「今の電話って、多分前におっさんの家に電話をして良く分からない伝言をして来た人からなんじゃないッスかね?」  「前に電話して来たヤツ? 汝どーたらってヤツか?」  「もっと前ッスよ?  ああ、そう言えばおっさんはそのことを覚えてないって言ってたッスね」  「そうか、お互いずっと同じ自分同士って訳じゃなかっただろーからな」  『それって例のメモ書きの件のヤツ?  うちの子がなぞなぞごっことか言ってたっていう』  おお、アレか。  正直色々ありすぎてすっかり忘れてたぜ。  そう思いポケットをガサゴソする。  ……お、あったあった。これだな。  そう思って掴んだ紙を取り出す。  おっと……コイツはさっき拾った髪の毛を包んだヤツじゃねーか。  ん? あれ?  いつの間にか髪の毛が無くなってるぞ?  どっかで落としたか? んな訳ねーよな?  「どうしたッスか?」  「あー。  いやな、さっき拾った髪の毛がどっか行っちまったみてーでよ」  「ホ、ホラーッス!」  「まあ大方ポケットん中でポロッと出ちまったとかなんじゃね?」  「おっさんおっさん! 大変ッス!」  「はいはいホラーホラー」  「じゃなくてこれ見るッスよ!」  「あ? ああっ!?」  『何だよ、父さんまで』  「あーいや、実はだな。 隣の家にあった壁掛け時計をちょいと拝借してコイツに持たしてたんだわ」  『なるほど、ガメて来たんだね』  「何だよ人聞きの悪ィ。あくまで借りただけだからな」  『住居不法侵なんて入してる時点でアウトだろ。  で、どうしたの?』  「さっきまで俺の携帯と同じ“5月10日の10時2分”だったんだけど今はオール9になってるんだ」  『父さんの携帯は?』  「変わってねえ。そのままだ」  『他には? 何か変わったことは無いの?』  そう言われてキョロキョロと辺りを見回すが特に変化は無い。  「特に変わったとこはねーな。だろ?」  一応コイツも同じ認識かどうか聞いとかねーとな。  「ぐ……ぐるぢい……」  げぇ……またかよ……  まあオール9見た瞬間にちょっと可能性があるかなとか考えちまったけどそれがフラグになったなんてねーよな!?  『どうしたんだ!? 大丈夫か?』  「俺は大丈夫だがコイツが大丈夫じゃねえ」  ここで“スイッチ”をやったらまた同じことになるのか?  じゃあ何もしなかったら?  「急に苦しみ出したんだが……三回目だぜ、これで」  『今までは大丈夫だったのか?』  「いや。大丈夫じゃなかった、多分な」  『多分?』  「ああ、多分だ」  さっきからコイツに何だかんだとしゃべらせてた奴か?  ここにいる誰かが何かをしてる?  何でだ?  「おい、急いで電話しろ。家デンからオメーの携帯にだ」  『分かったよ』  「さて、ここはやっぱ……」  「ぐ……ぐぐ……“ス……イッチ”は……駄目ッス。  我慢……し……て……やり過ご……す……ッス……」  「何!? 何だと!?」  『……はい、はい。ちょっと待っててもらえますか?  ……父さん。  ……。  ……父さん!?』  「あ、ああ、何だ?」  『繋がったよ、電話。  取り敢えずちょっと待ってもらってるけど』  「掛けた先はオメーの携帯番号だ。  今自分の携帯に掛けてみたらアンタが出たんだと伝えろ。  そこから先の会話は成り行き任せで良いぞ。  ただ、居場所を聞いて会いに行く約束はしといてほしい。  出来るんならだがな」  『理由はどうするんだ?』  「そんなの自分の携帯と同じ番号の電話の持ち主だからで十分だろ。  多少強引でも良いぞ。  あ、それと状況が許せば誰かと同じ話をしたかってフリをしてみても良いぞ。  あとこの通話は切るなよ」  『分かった。今取り込み中だったんだろ?  そっちはそっちでどうなったか後で教えてよ』  「ああ、分かった」  「あー、それでさっきの続きなんだが」  「……」  「えーと……大丈夫?」  「……」  オイ、コレホントに大丈夫なんだろーな!?  不安しかねーんだけど!  ちゃんと責任取れよな!? * ◇ ◇ ◇  そもそも今コイツにやり過ごせとか言わせた奴は誰だ?  “スイッチ”って単語を出して来たな?  それをわざわざ俺に向かって言うってことはソレを知ってる奴だってことだ。  俺を廃墟から遠ざけようとしてた人らとは違うな?  コイツを使って何をしようとしてる?  疑問ばかりじゃ何も解決にならねーな。  取り敢えず原因と思しきモノを撤去するか。  俺はアホ毛野郎の手から隣ん家の掛け時計を取り上げた。  まあさっきは直接触れてなかったし引きはがしたからってどうなるってもんじゃねえんだろーが。  表示は相変わらずオール9か。  ダメだったら膝カックンでもするしかねーか。  ………  …  何か落ち着いたみてーだな?  「おい、大丈夫か」  「うげー、なんだったんスか今の」  「分からんけど隣で起きたことがまた起きかけてたんだぜ」  「その掛け時計を持って来たからッスかね?」  「状況証拠的にはそうなるな」  直接触れてるかどうかは関係なさそうだ。  むしろ目の前にいるコイツの存在がキーになってそうな気がする。  息子との会話だってコイツがいねーと出来ねーし。  「周りの景色に変化があったりとかはしなかったか?」  「目を閉じてたから分からないッス」  「息が苦しいとかそんな感じだったか?」  「苦しかったは苦しかったんスけど……  どっちかって言うと何かヤバイ毒とかで拷問されてる感じッスかね……」  「毒か……」  分からん。  「それはいずれかの場所で経験した記憶ッス。  今進行している現実の事象とは異なるッス」  「誰だテメーは。てか定食屋のジジイだよな?」  「分からないッス。  自分では地縛霊みたいなものだと認識してるッス」  「その割に現状に詳しそうだったじゃねーか」  「経験ッスよ」  「今コイツにしゃべらせてるのはどういう原理だ?」  「入出力のためのインタフェースモジュールが備えてる元々の機能ッス」  「やっぱ関係者なんじゃねーか!  説明しろよ、この状況をよ!」  「何か妙な気分ッスねコレ」  「紛らわしいからオメーは黙ってろ」  「酷いッス!……確かにに自分は施設の関係者だッス」  「本当に酷ぇな。  じゃあもう一回聞くが俺は誰に見えてる?」  「その特徴は赤き星の民と呼ばれていた奴らに似ているッス。だが奴らは……ッス!」  赤き星? 何だその中二感丸出しのネーミングは。  「何だか知らんが俺はしがないリタイアしたおっさんだぞ」  「バカな……赤き星の民に男性は居ないと聞いているッス。  それに声が男性のものではないッス」  「えっそうなの?」  「オイラにはおっさんはおっさんにしか見えないッスよ!」  「だよなあ」  何じゃそりゃ?  「ところで赤き星って何? 火星じゃねーよな?」  「! その呼び方に倣うならば金星だッス」  なぬ? じゃあアレって金星なの?  衛星が二個あったしそもそも地球と殆ど同じ環境じゃなかったぞ?  んなアホな話があんのか?  てかさっきから話がアホな方向に進んでんじゃねーか?  アホ軍団の一味か?  いや……さっきのガイコツと一緒で何かがズレてるな。  まあこっちから見えてねえお化け的存在な時点でお察しな訳だが。  勘違いなのかはたまた別の何かか……  後で息子にも聞いてみっか。  だがここはこの状況を活かしてバンバン質問してみっか。  「金星って言ってたがそこは空が錆色で月くらいの衛星が二つあるとこか?」  「そうだッス」  「だが金星に衛星は無いし人が住める様な環境じゃねーだろ?」  「何を言っているッス。ここは金星だッス」  「は? 何言ってんの?」  「さっきから思ってたがお前の発言は頭がおかしいッス」  「頭がおかしいのは激しく同意出来るッス!」  「オメーは黙ってろっちゅーに」  コイツのこと定食屋のジジイと思ってたが……誰だ?  「良いか?  ここの空は錆色なんかじゃねーし月も一個しかねーぞ。  それで同じって言えんのか?」  「その様な筈はないッス。現に二つの月が出ているッス」  あ、なるほど。分かったぜ。  「何か分かった気がするぜ。今いる場所って廃墟の街だな?」  「その通りだが……見れば分かるものではないのかッス」  「分かんねえこともあるんだよ。  俺にとってはここは廃墟じゃねえし今は屋内にいるんだぜ」  「何だと……意味が分からないッス」  何だ?  さっきはこっちと向こうを行き来してたと思ったが、実は俺って二か所で同時に存在してたのか?  息子の方は違うよな? 俺が見えてる風じゃなかったし。  しかし話が通じねーな。  ですわの人みてーなのは結構希少なのか。  まあそれならそれでやり様はある。  まずは確認だ。  「コイツは隣り合った別々な場所が何かの理由で透けて見えてる感じだな」  「? もっと分かりやすく言ってほしいッス」  今のアホな発言はアホ毛野郎の方じゃねーよな?  「近くにある平行世界同士が何かの事故でくっついて覗き見たり何なら行き来したり出来るっぽい、これで分かるか?」    まあ夢かもしれねーし作りモノ感があるしでこの場所自体が地球上に再現された模造品て可能性もあるけどな!  「それでお互い会話は出来るが視覚に入ってくるモノは違うと。そういうことッスか」  「まあ情況証拠しかねーんだがそういうことになるな」  「納得は行ってないが理解したッス」  「じゃあ話は変わるがさっきの女子高生を撲殺したって話、あれは通じてたのか?」  「さっきとは何だッス。そんな話は聞いてないッス。  それにジョシコウセイとは何だッス。  何の脈絡も無くそんなことを言われても分かる訳が無いッス」  えぇ……  このヒト、マジで誰なんだ?  イヤ、ここでくじけたらアカンな。  「さっき言ってた入出力のためのインタフェースモジュールって何だ?」  「この地に怪異をもたらした遺構が備える受容体、それに効率良くインプットを与えるために考え出された装置だッス」  「遺構……? 特殊機構のことか?」  「お前たちはそう呼んでいるのかッス」  「ああ……いや、まだ同じモンだと決まった訳じゃねーからな。  何とも言えねえ」  「ちなみに今は何年だ?」  「さあな、分からんッス。  何しろ何年こうしているのかも分からんのだからなッス」  「じゃあ今コイツにしゃべらせてる技術はどうやって手に入れたんだ?」  「遺跡から発見された装置だッス」  「遺跡だ? 古代文明とかか?」  「実際のところは不明だが、出土した場所の分析で少なくとも千年以上は経過していたと聞いているッス」  「千年……!?」  「人の形をした機械の残骸だッス」  マジか!? 古代文明のロボとか超胸熱じゃねーか!?  「人の形? アンドロイド?」  「多分そうだッス」  「多分?」  「ソイツは目の前で突然消えたッス」  「生きてたってことか!?」  「……ソレがお前ではないのかッス」  「……は?」  「ヤツは何の修復もしていないのにいつの間にか保管場所から消えたッス。  そして慌てふためく我々を尻目にキズ一つ無い状態でソコに立っていたッス。  そしてしばらく何かを確認していた様だったッス。  それを見ていた我々はみな急に意識が遠のき、次の瞬間には消えていたッス」   「それが何で俺?」  「お前の姿はあのときの奴と全く同じに見えるッス。  頭に羽根飾りを付けた、赤い髪の少女だッス」  なぬ!? どーゆーことだ!? ワケワカもここに来ていよいよ極まって来やがったぞ?  じゃあコイツもやっぱ人工無能なのか?  どいつもこいつもみんな人工無能だってか?  いや、だったら痛がったり苦しんだりすんのは変じゃねーか?  人工無能っつってももっと別なモンを想像してたが……  ……じゃあ親父の会社とかメインフレームとかは何だったんだ?  「そ、それって姐さんじゃないッスか!?」  「だが記憶もそこまでッス。  なぜなら自分の記憶もそこで終わっているからッス。  他の者たちがどうなったのかは知るべくも無いが、恐らく同じだろうッス」  「おっさんが姐さん!? 意味不明ッス!」  「うるせえ、テメーは黙ってろや!」  バコッ!  「あだッ!? 理不尽ッス!」  「今の話と赤き星の民ってヤツはどう関係あるんだ?  それと今ワレワレって言ったな?  お前らどういう集団なんだ?  その遺構とやらで何をしていた?」  「……」  「……」  「何か終わりみたいッスよ?  おっさんがすぐ叩くからッス!」  「俺は悪くねえ!」  隣から拝借して来た掛け時計はオール9のままだな?  っつーことはまだイベントは終わってねえってことか……  ………  …    『父さん、お楽しみのところ悪いんだけどさ』  今のって傍から見たら楽しそうな感じだったんか……  「別に楽しんでた訳じゃねーけど……まあ良い、居場所は聞けたか?」  『聞けたけど……これって廃墟の住所じゃないかと思うんだけど……』  「うーむ、やっぱりか……」  「廃墟に行ったら誰かいるんスか?」  「話からすると多分息子がいる場所はオメーが廃墟にアジトを構えて何かコソコソやってたのと地続きみてーだぜ」  『会う約束もしたけどどうやって行こうか?  こっちは乗り物も無いし』  「こっちに来いって言えば良かったものを……  そういやチャリなんかは動かせねーのか?」  『チャリなんてあったっけ?』  「その辺から拝借すりゃいーだろ」  『俺にも窃盗を働けって?』  「だから拝借って言ってんだろ」  「完全に犯罪者の発想ッスね」  『もう分かったよ……』  「ところで前に誰かと同じ話をしたかって話は出来たのか?」  『ああ、それは向こうから言ってきたよ。  恐らく携帯番号の本来の持ち主が掛けて来たってシチュエーションが同じだったからだと思うけど』  「そっちからから出向いてほしいって話はしてみたのか?」  『こっちは足が無いからって話はしたけど何か向こうは廃墟から出れないとかでさ』  「出れない?」  『何キロか歩いたら周りが全部森になってて町が無くなってたって言ってるんだよ』  「じゃあこっちから行くのも無理じゃねーか」  『町が無くなってたって言ってるからこことも違う場所で電話だけ繋がってるって可能性もあるね』  「ほぼほぼそうなんじゃねーか?」  『でも行ってみる価値はあるだろ?  元々この辺見て何もなさそうなら最後に行ってみるかって考えてた訳だし』  「まあそうだな」  「ちょっと良いッスか?」  「何だ?」  「もしかしてなんスけど廃墟の小屋に入ったらどこかに飛ばされて外に出れるかもって思ったんスけど……?」  「そうだな、飛ばされた先がどこになるかはアチラさん次第だがな」  『父さん、面倒かもしれないけどそっちでも父さん家の固定電話から発信して会話してみたらどう?  まず同じ人が出るかどうかってとこだけど』  「うーん、そうだな……ってかいっぺんやってみたんだよな。  隣の家デンから」  『隣?』  「みんな揃って隣の家がおっさんの家だって主張してたッスよね?」  「ああ、それで試しに隣の家デンから発信してみたら繋がっちまったんだよな」  『本当の父さん家のは?』  「俺ん家のはただのハリボテ……いや待てよ……?」  『何?』  「いや、さっきは俺ん家の家デンから発信しようとしたらハリボテで出来なかったんだがな、よくよく考えてみたらその後例のイタ電みてーなのが掛かってきてるんだよなって思ったんだよ」  『イタ電?』  「あ、今のオメーからしたら知らねえイベントか。  まあ結論から言うとやって見る価値はあるなって話だ」  「どういうコトッスか?」  「前に言っただろ?  ぱっと見同じ場所にいるけど実は何回も場面転換してたんじゃねーかってさ」  『なるほど、今いる場所はそのお隣さんから発信できたってとことは違う可能性がある訳か』  「まあそういうことだ」  『なるほど……』  「ところでさ、アチラさんから俺の方に何かけしかけてる感じは無かったか?」  『さあ? その辺は別段どうとも思うところは無かったよ』  「うーむ……そうか」  『ああ、だからさっき急げって言ってたのか。  そっちはどうだったの?』  「いや、こっちの予想がハズレだったらしくてさ。  いつの間にか定食屋の爺さんらしき人物から何か良く分からん人物に変わってたっぽいんだよな。  それ以前にそっちにも誰かいるんじゃねーかって踏んでたんだがな。  急げって言ったのはその辺のこともあったからなんだが」  『その良く分からん人物ってのは何者だったの?』  「マジで分からん。  さっきのガイコツもよく分からんかったがそれ以上だ……ってガイコツも分かんねーんだったか。  何つーか……今の俺らと感覚が大分ズレてる感じだったな」  『具体的には?』  「赤き星ってキーワードが出たな。  よくよく聞いたら金星のことらしかったんだがな、何の関係があるんだよって話だ。  でもって廃墟のことを“遺構”とか呼んでたな……いや、廃墟のこととは限らねえな。  明確にそうと分かる言い方はしてなかったからな」  『遺構、か。そうなると規模感としてはもっと大きいのかな』  「規模感つーか廃墟って言うより遺跡だよな、感覚としては。  ……そうだ、そういや千年は経ってたって言ってたな」  『千年? これまたスケールがでかくなってきたな』  「それだけじゃなくてな、その千年前の遺跡からアンドロイドの残骸が出土して、そいつが生きてたって話も出た」  『マジで!? ちょっと行ってみたくなってきたな』  「だが話してた相手は姿も声も聞こえねえ。  今のオメーと一緒でここにいる二人組の片割れがいねーと話せねーんだ」  『俺と同時に別回線で通話みたいなことをしてたってこと?』  「いや、違うな……そう、降霊術みてーなのだ。  コイツがスピーカーみてーにしゃべりだしてな」  『また急にオカルトチックな話になったね』  「それがな、その技術を出土したアンドロイドから手に入れたとか言ってたんだよ」  『マジ? 本当に?』  「ああ、しかも文脈からしてその遺構ってやつが例の特殊機構ってやつと同義っぽい感じでな、入手した技術ってのが遺構と何かの入出力をするモンだったらしい。  ソイツはどうも調査員とかそんな感じの立場の奴っぽかったな。  俺らとその辺の表現が違うとこからすると相当前の記憶、それこそ最初期のモノかもしれねえ」  『マジで面白そうな話だけど問題の解決には何一つ繋がらないのか……』  「そうなんだよなあ……  でトドメにそのアンドロイドがいつの間にか完全に直ってて目の前からパッといなくなった、だと。  話はそこで終わりだ」  「あれ? それで終わりだったッスか? 確か……」  「それで終わりだったろ」  ぺちっ!  「あ痛ッス!」  何なんだろうな、向こうからしたら俺が“彼女”に見えたって話だったのか?  しかも羽根飾りを付けてただと?  さらに目の前から消えたとこで自分の記憶も終わってるとか言ってたな……  どういうことだ?  じゃあさっき拾った髪の毛は……? * ◇ ◇ ◇  『なるほど……で、どうするの?』  「こっちはまだ何かありそうだからもうちょい探すわ。  その後だな、戻んのは。  あーその間に床下見といてほしいんだけど」  『あー、忘れてなかったか……』  「あ、ついでに隣の床下と掛け時計も見といてほしいぜ」  『ついでって……ついで要素がどこにあるんだ……  まあ分かったよ』  「切んなよ? 通話」  『ああ、分かってるよ』  ホントかね? 毎回念を押した方が良い気がするぜ。  今の話からすると……同一人物かどうかはさておき着信先は廃墟だよな、やっぱ。  じゃあその前に掛けて来たアレは何だったんだ?  話の内容からすると俺は不在で俺の関係者がいることを分かってる風だったぞ。  『父さん、ちなみに床下ってどうやったら入れるんだ?』  「床下収納ユニットを外すか表の換気口の格子を外すかすれば入れるぞ。  オススメは床下収納の方なんだが外れる気がしねえから換気口かね」  『それってもしかして狭いとこ通るやつ?』  「ああ、懐中電灯を持ってだな……  いや、電気の類は点かねえか。  まあ普通に明るいかもしれねえぞ。  真っ暗かも分からんけど」  『やだなあ……』  「周りを見てみろよ。  はっきり言って状況から言って汚れたりはしねーだろ」  『ま、まあ、やってみるよ……』  やっぱこっちも後で行ってみるしかねーか。  「ちなみにこっちはまだ何かあるってさっきので終わりじゃないって話ッスか?」  「まあ簡単な話なんだがオメーに持たせてたこの掛け時計がまだオール9のまんまだったからな。  さっきの訳分かんねーヤツがあれで終わりなのかは分からんけど。  そういうオメーは自分で分かんねーの?」  「分かる訳がないっす!  てゆーかソレ、もはや時計ですらなくないッスか?」  なぬ? またそのパターンかいな……  「何が見えてる?  俺から見たら相変わらずオール9のデジタル時計なんだがな」  「写真が映ってるッス!」  なぬぅ!?  「それってまさかとは思うけどベンチに腰掛けてる女性とかじゃねーよな!?」  「えっ何で分かるんスか!?」  「いや、前にもこんなことあったから。  で、その写真の構図って母さんの遺影と同じだったりするか?」  「そうッス!  てかコレおっさんのお母さんじゃないッスかね?  仏壇の写真とほぼ同じッス!  あ、でも後ろに見えてる木にピンクの花が咲いてるッスね」  「花?  それも同じだな、隣ん家のリビングにいたときに見たのと」  どうなってんだ――  周囲を見回すが特に変化は無い様だ。    「何か変わったとこは無いか?  俺の目で分からなくてもオメーがみたら違うかもしれねえ」  「あ、何か時代が遡ってる感じッス!  テレビとかだけじゃなくて全体的にレトロ感がある感じに変わってるッス!」  おっと、これは!?  「二階への階段はあるか?」  「あれ? 無くなってるッス」  「この店は一回建て直してるんだよ。  昔は平屋で居住スペースは無かったと聞いてる」  「じゃあこれって昔の定食屋さんてことッスか」  「どうやらそうみてーだな。  ちなみに……その辺にガイコツが転がってたりはしねーよな?」  「さっき言ってたホラーな話ッスね……な、無いッス……  無いッスよね……  よし、無いッス」  「そんなビビるとこじゃねーだろ」  「ビビるッスよ、普通……」  ガイコツが居なくて単に昔の店内が見えてるだけ?  特に意味も無く?  そんなんアリなのか?  いや、ぜってー違うな。  こういうのは“有限だ”って話だったし。  「さっきの奴じゃなくて最初に出た方の奴かね」  「だから怖いこと言わないでほしいッスよ!」  せっかくだから実験してみっか。  「なあ、今からちょっと二階に行ってみねーか?」  「二階? だって階段は……」  「大丈夫だって、俺がおんぶしてってやるからさ」  「えー、まじッスかぁ」  「ホラ、早くおぶされよ」  「オブサル? ローマの皇帝か何かッスか?」  「いちいち余計なとこでうるせーんだよテメーはよぉ」    ギャーギャーわめくアホ毛を無理矢理おんぶした俺はそのまま二階に移動を始めた。  「重い……」  「だからなんの意味があるんスかこれ!」  「いいからオメーは黙ってろ。今から二階に行くぞ」  「ちょ、ちょっと待つッス! 壁! 壁ッスからぁ!」  相変わらずアホ毛が何かわめいてるが構わず階段を登る。  「うわぁ……あ、あれ?」  「どうだ? バグって壁に埋まった気分は」  「ここ、どこッスか……?」  「何が見える? 真っ暗とかか?」  「何か……赤茶けた荒れ地ッス……」  な!?  「空の色は……鉄サビみてーな色だったりすんのか?」  「そ、そうッス……これって……」  「調子はどうだ? 苦しいとかは?」  「? 特に何ともないッスけど……?」  「ちなみに高さはどうだ?  俺の認識だと今二階にいるんだが」  「二階? いや、今おっさんが立ってるのは普通に地面の上ッスよ?」  「階段登ってるときも?」  「登ってはいなかったッスね。  平坦なところを移動してるだけだったッス」  これを見せるのが目的?  いや、こんなのは気付かなかったらそれまでだよな。  じゃあ何だ?  そもそも目的なんか無くて事故みてーに垂れ流されてるだけ?  「それにしちゃ変な感じだな。降ろすぞ?」  俺はおんぶしていたアホ毛を降ろした。  「どうだ? 何か変わったか?」  「同じッスね……地面……土の地面ッス……」  「そうなのか?  俺には部屋ん中でキョロキョロしてる不審人物にしか見えねーが」  「さっきまで見てた場所はどうなったんだって話ッスよね」  「じゃあ俺だけ下に戻るぞ」  下に降りた俺は階下から上に向かって声を張り上げた。  「オイ、俺が見えるか? てか声は聞こえてるか?」  「途中から姿が見えなくなったッス。  でも声は聞こえるッス!」  「もっかいそっち行くぞ」  再び階段を昇る。  「うーん、建物の境界線あたりに何か裂け目みたいのがあるみたいに見えるッスね」  「なるほどな……よし、また俺におぶされ」  「なんか変な感じッス……どっこいしょっと……」  「やっぱ重ぇな……」  俺はアホ毛をおぶって階下に戻った。  「あっ、また昭和な感じの店に戻ったッス」  「その、さっき言ってた裂け目ってのか?  そこを通った感触はあったのか?」  「感触ってゆーか視覚的にスッと入って来た感じッスね」  何つーか……バグ技でマップの外に出ちまった感があんなぁ。  逆に俺がおんぶしてもらったらどうなるかね。  まぁ後にすっか。  「ちなみに自力でここから出れるか?」  「えっと出入り口は……店の出入り口と勝手口ッスか……  ちょっと試してみるッス」  そう言って勝手口と店舗入り口のドアを動かそうとするが……ダメっぽいな。  「……びくともしないッス」  どうなってるんだろうな。  自分でも試しながら考えるが……分からん。  「普通に開くな……」  これがズレってやつなのか……  『父さん』  お? 床下の調査が終わったってか?  「何だ?」  『床下を見て戻ったら何かうちの子がいたんだけど……あ、嫁もいた』  「へ? 携帯はそのままか?」  『ああ、あ!? 時計の表示が変わってるな……  5月12日の14時9分? ……あ、10分になった』  『パパー、誰とお話してるのー?』  『あ、ああ、父さんだよ』  『じいじ? じいじどこ?』  『お義父さんは遠いところに行っててしばらく帰ってこないのよー』  遠いとこって何だよ! お星様にでもなったってか!?  『じいじー、どこにいるのー?』  「じいじはここにいるぞー」  『ここってどこ? ママー今から行こうよー』  『ちょっとあなたー、変な遊びはやめてほしいのよー。  この子の教育に悪いでしょー』  『え? 実際今、電話繋がってるんだけど……』  何だこれ?  『すみません、今までどちらに?』  『け、刑事さん!? どっから湧いてきたんですか!?』  なぬ!? 刑事さんだと?  『湧いてきたとは何ですか。  しかしその狼狽え様、怪しいですね』  『すみません。怪しい、というのは?』  『その反応、ますます怪しいですね。  署までご同行願えますかね?』  『あの、素で分からないんですが……』  『今朝ね、行方知れずになっていたお宅の父上が発見されたんですよ、焼死体でね』  『え?』  な、何だってぇー!?  『あの、怪しいっていうのは空き巣の犯人が誰かってことじゃないんですか?』  それな! まあ焼死体もビックリしたけどな!  何せ死んだの俺だし!  ……アレ?  「ホラーッスよォ!」  「うるせえ!」 * ◇ ◇ ◇  ………  …  ……さてと。  ちっとばかし取り乱しちまったがよくよく考えてみたら今さらビックリする程のモンでもねーよな!  「オイ、床下はどうだったんだよ!」   『んな話してる場合じゃないだろ!』  「じゃあ何なんだよこの状況はよォ」  「おっさん、落ち着くッス!」  『何です? 誰と話してるんですか?』  「刑事さん、俺です」  『父さん、ダメだ。聞こえてない』  「う、うらめしやぁ」  『だから聞こえてないって』  『誰かと話してるんですか? 電話を見せてください』  しかしこの刑事さん何かおかしくねーか?  何でタメ口じゃねーんだ?  時間が普通に流れてる風味の作りモンとかじゃねーだろーな!?  「オイ、今日が12日なら会社に行かねーとまずいんじゃねーか?  月曜だぜ?」  『ああ、そうだった』  『ちょっと失礼します。携帯を見せてください』  『あっ! ちょっと!』  「何だ? 刑事さんにスマホ取リ上げられたか。  まあ丁度良い。刑事さーん、聞こえてますかぁ?  俺です俺ぇ」  ………  …  『変わったところは無さそうですね。   しかし今どきこんなモノ良く使いますねぇ、はい』  『あ、どうも。こういうの趣味なもんでして』  おろ? やっぱ聞こえてねえな?    『父さん、明らかに変だね』  息子の嫁と孫は信じてやりてえとこだが……  「なあ、オメーの目から見たこの店は今だに昭和な感じなのか?」  「変わってないッスね。  それにしてもいつまでこのまんまなんスかねぇ?」  息子の方の状況と何かリンクしてんのか……  「ちょっと話せねーか? トイレに行くフリでもしてさ」  『あ、ああ。俺もちょっと落ち着きたいと思ってたとこなんだ』  『すみません、ちょっと用を足して来ます』  『分かりました。早めにお願いしますね』  うーんこの刑事さんの丁寧語……違和感しかねーぜ。  『父さん、取り敢えずトイレ休憩とったよ』  「うし。取り敢えず多少長引いてもウンコでしたで済むな」  『父さん……』  「で、どうだった? 床下は」  『ああ、地面の下から何か生えてたな。  あの床下収納ユニット、実は巨大な地下施設の氷山の一角だったりして……そんな感じだったよ』  『他には?』  『取り敢えずどうにかならないか突っついたりしてみたけどビクともしなかったね』  「それとあの刑事さんなんだけどさ」  『変だったよね、言葉遣いとか』  「やっぱそうだよな。それに聞こえてなかったよな、こっちの声」  『そうだね、うちの子は聞こえてたみたいだったけど。  あ、嫁の方は聞こえてない風な感じだったな。  俺が変な遊びを教えてるってブーブー言ってたし』  ふーん、それホントなのかね?  息子の嫁ってイマイチ信用できねーんだよなぁ。  行動に不可解なとこがあるし。  そこんとこどうにかして確認出来ねーもんかね。  「刑事さんの話に戻るぞ。  さっきの俺が焼死体で見つかったって話、家族に知らせに来たって感じじゃなかったよな」  『ああ、普通じゃないよな。何かあると思う、絶対に』  「そうだな。  何とかしてヤツを一刀両断にしてやりてーもんだぜ」  ……  ……  《 ――これは夢だよ!!! 》  ……?  あんときの親父の幻、みてーに……か?  ……あんとき? 何で今そんなこと……?  『父さん、今何か言った?』  「いや? 何だ?」  『何か物音がした様な……  まあ良いや。多分気のせいだな』  「そうか?  オメーが良いって言うんなら良いけど」  「あ、あの……向こうにいなくなった筈のメンバーが揃ってるんスか?  オイラの相棒は? 姐さんは?」  「姐さんとやらは初めっからいなかっただろ」  『お隣さんと定食屋さんは見当たらないな。  あと二人組のオタクっぽい風体の方もいない。  まあまだ外にも出てないしお隣に行ったらまた何か違ってるかもだけど』  「取り敢えず場所を聞いて確認するのと、可能なら遺体の本人確認だな。  行けるんなら廃墟にも行っといた方が……  てかその前に携帯の日付がモノホンなのかも何とかして確認してーとこだな」  「モノホン? 何スかそれ?」  『本物ってこと?』  「お、おう。そうだぜ。  あと俺ん家の中は相変わらずとっ散らかってるみてーだがモノを動かして片付けられるかだな。  動かせるんなら仏壇とか床下収納がどうなってるかも再確認してーな。  あと水道電気ガスなんかのインフラとか作りモノっぽかったモノが作りモノっぽいまんまなのかとか、か」  『日付の話ってまわり……特に刑事さんの認識を確認するって話だよね。  昨日何してたとかそんな話を振ってみれば良いかな?』  「そうだな、刑事さんのあたおかレベルを確認したら何が分かんのかってとこだが」  「あたおか?」  『あたおか?』  「頭おかしいってコトだよ!」  『あと父さん家の中だけじゃなくてお隣さんとか定食屋さんもどうにかして見てみたいね』  「あーそれとだ、さっきの廃墟にも行っといた方がって話は一応根拠があってな」  『マジで?』  「ああ、マジだ。  以前廃墟に行ったときに詰所のおっさんが現れてな。  何か分からんけど飲屋で意気投合したみてーな気分になったんだよ。  でもってそいやぁーって感じで一緒に灯油を頭からかぶって火を点けてさ」  『へ? 何その頭おかしいのは……じゃあ何で今……  いや、だから刑事さんが……なのか?』  やっぱそう思うよな!  「意気投合したってのは語弊があるか……  頭じゃそんなアホな話あるかって思ってたからな。  まあ何であれそこで一旦記憶が途切れたんだよ。  んで気付いたら親父の会社の詰所跡っぽい場所にいてさ」  『廃墟じゃなくて?』  「ああ、母さんの遺影を撮影した中庭もちゃんとあったぞ。  ……ご多分にもれず作りモノっぽかったけどな。  あ、いや……作りモノってのは語弊があるか……  ホンモノをベースにして何か加工した感じがしたな。  少なくともリアルさは今いるココとは比べ物にならねえな」  そうだ。  あそこであった出来事……  見つけた資料……あのノートは今どこにある?  血塗れの光景、場面転換、“スイッチ”、ゴリラ、最後に見つけた親父の秘密基地……  携帯も何かおかしかったが今みてーなモックアップくせー感じじゃなかった。  そして何より……あのときは羽根飾りが懐にあったんだよな。  『ま、待ってよ……本物そっくりな作り物の場所?  それっていつの話……?』  「感覚的な話だが一週間前ってとこか。  日付で言うとまあ5日ってことになるな」  『7日の、その前の話か……』  「ん? 何かあんのか? 7日がどうした?」  『父さん』  『パパぁー、うんち出たぁー?』  「ズコー!」  「また凄いタイミングでぶっ込んで来たッスね……」  『う、うん、ちゃんと出たよー、ウンチなだけに!』  「オメーらどんだけウンチ好きなんだよ……」  『ゴメン、引っ張りすぎたんで戻るよ』  「ああ、まあしょうがねえな」  『まあ聞いててよ、どうせ繋いだまんまだし』  「あ、最後に一個。  仏壇の下の遺影と位牌、それに羽根飾りの入った木箱を確認してもらえねえか?」  『分かったよ。じゃあ戻るから』  「おう」  7日が何だってんだ……?  「7日がどうかしたんスか?」  「知らんわ!」  ………  …  『まったくー、この子がよそでうんちうんちって言い出したらどうするのよー』  『ゴメンゴメン、ちょっと苦戦してさ』  『うんちってつおいの?』  『いや、あー、うん。つおいつおい』  『わーいうんちつおいー』  『困るわぁー』  何なんだこの会話は……  こんなのを聞いてろって話じゃねーよな?  『あれ? 刑事さんは?』  『刑事さん? そんな人いたかしらー?』  『えっ?』  えっ? 何だ?  『あのね、おねえちゃんがきてたよ?』  『あっ! あー、知らない人、いたわー……?』  オイ待て、“おねえちゃん”って言ったら……  『そのおねえちゃんって何しに来てたの?』  『あのね、だまってたっててすーってきえたの!  オバケみたいなの!』  『あはは……お化けか……』  「ホラー……」  バコッ!  「あ痛っ!」  『これ、父さんたちはしばらく黙ってた方が良いかも』  ここで息子が小声でそう言ってきた。  そうだな、ここはちょっと自粛しとくか。  こっちの会話の影響かもしれねえしな。  さっき二階に行ったみてーな感じで行き来出ねーもんかね。  しかしいたのが刑事さんじゃなくて……か。  ソレがさっきまでそこにいただと?  何がどうなってんだ?  『そのお化けは何か知らせに来たとかじゃなかった?』  『ちょっとーあなたまで何よー、お化けなんている訳ないでしょー』  『えー、でもそこにいたよー?』  『お化けの人ってここで何してたんだろうね?』  『うんとね……わかんない』  『こんにちはとか、何か言ってなかったの?』  『なんにもいってなかったけどキョロキョロしてたよ!』  『キョロキョロ?』  『うん、キョロキョロしてた……  あ! あとね、おててをぐーぱーしてた!』  『へ、へー、そうなんだー』  キョロキョロしてグーパー?  何じゃそりゃ?  『と、ところで父さんはどうしたんだ?  家の中がこんなに散らかってるのにさ』  『あれ? さっきじいじとおはなししてなかった?』  『あ、ああ……あれはね……よいしょ』  『ちょっとー、何ドロボーみたいなことしてるのかしらー』  『い、いやちょっとね。  父さんがいつも手入れしてた遺影とか位牌とかが無事かどうか確かめたくてさ……あれ?  遺影が二つあるぞ?  ――あ、木箱もあった』  な、何だってぇー!?  『えい』  ドズン!  『あ、痛ったあぁーっ!』  うげぇ……今のは痛てーぞ……  聞いてた俺までビクッとなったからな!  っつーか背景一体型オブジェクトじゃねーのか!?  じゃあホンモノなのか!?  『……つつつ……な、何すんだ! 足の指がもげるかと思ったよ!』  『何なのー? 私たちそっちのけで意味不明なことしてぇー』  何かポコポコと叩く音がするぞ。  『分かったよ、分かったから許してよ』  『ねえ、じいじはー?』  『言ったでしょー、お義父さんは遠いところに行ってるってー』  『だって、さっきパパとおはなししてたよ?』  しょうがねえな……  「おい、合わせてやれ。嫁さんの方にな」  今の、孫には聞こえなかったよな?  『ていうか俺たちって何で今ここにいるんだろうな?  今日休むなんて会社には連絡してないし無断欠勤だよ。  なあ。何しに来たんだっけ、俺たち』  さて……  コレ現実だったら懲罰モンだな。  罰せられんのは息子だけど!  ……いや、そんなことより俺の遺体とやらはどーなったんだ? * ◇ ◇ ◇  「まさかとは思うがハンズフリーにしてねえよな」  『ああ……あっ!? ごめん今切り替えた』  マジか! あっぶね……  ヒソヒソ声で話しといて良かったぜ!  『何? 独り言かしらー?』  『じぃじ?』  『ご、ごめん独り言だよ、ははは……』  あぁ……何ちゅー大根役者……  『今日は近くまで来たから寄ってみただけじゃないのー。  それに会社にはちゃんと連絡してるでしょー。  しっかりしないとだめよー。  それとも何かしら?  お義父さんの家に来たのに何か不満でもあるのかしらー』  『!? だから悪かったってば』  何でなのか分からんけど……  一生懸命俺がいないことにしたがってる感じだな。  それにしても息子の嫁ってこんなにしゃべるヤツだったんか……  「おっさんおっさん、こっちはどうするんスか?  二人揃ってボーッと息子さんの実況中継聞いてるだけじゃもったいないッスよ?」  「ぐ……オメーに正論吐かれると何かイラッと来るぜ」  「ソレ、 良い加減ハラスメントッスよ……」  『それで父さんがどこに行ったって?』  『! だから遠いところだって言ったでしょー。  お義父さんの車も無いでしょー、お出かけしてるのよー』  クルマが無いだと?  “二人組”が乗り逃げしたからか……?  あの二人組は誰だったんだ?  ……今ここにいるコイツは……?    「おーいおっさーん、膝カックンするッスよー?」  「そんなことより聞いてたか? 今の会話」  「おっさんの車が無いからどっかに出かけてるんだって話ッスか?」  「ああ、俺のクルマがねーのは乗り逃げされたからなんだがな。  オタク風の風体のヤローとアホ毛を生やしたヤローにな」  「そのアホ毛はオイラじゃないッスよ?  身に覚えが無いッス!」  「分かってるよ。  ヤツらが乗り逃げしたのは11日の午前11時とかその辺だった筈だ。  時間的に見たら留置場にいた頃合いだよな?」  「えーと……息子さんが今いるところがおっさんが自動車ドロボーに遭ったのと同じとこだったらそうッスね」  「ぐ……また正論……ま、まあ確かにな。  そもそも朝起きて物音がして外に出た瞬間に場面転換に出くわしてた可能性が高ぇし」  ……となると家ん中から見たヤツらと外に出てから話したヤツらが同じ人物かすら怪しいのか。    『じぃじとあそぶー、おでんわしてよんだらいいでしょー』  『お義父さんは遠いところにお出かけしてるのよー。  わがまま言って困らせたらダメよー』  『だってさっきお話してたよー』  『ああもう、困ったわー』  遠いところってここは確かに普通じゃ行けねえけど。  しかしこの嫁さんたちはどっから湧いて出たんだ?  俺ん家ン中に突然現れたとかじゃねーよな!?  俺もヒトのコト言えねえけど!  湧いて出たとしたらまた例のパターンだったりすんのかね。  じゃあ孫は何なんだ……?  「おい、嫁さんをアシストしてやれ」  『どういうこと?』  「嫁さんと孫両方の言い分を聞いてやれ」  『逆のこと言ってるのにどうやって?』  「それを考えて実現すんのが家長の器ってもんだろ?」  『それ言って良いの昭和までだろ……ああ分かったよ。  全くもう……無茶振りするなぁ』  「容赦無いッスね!」  「ったりめーだ。良い大人なんだからな!」  『じゃ、じゃあさ……父さんと遊ぶ代わりに何か美味しいものでも食べようか』  『おいしいもの? たべたいたべたいー!』  『でもお義父さんのお家はこんなになってるでしょー?  どうするのー?』  『うーん、定食屋さんに行こうか』  『えっ?』  『どうしたの?  まさかこの散らかってる中で食べたいなんて話じゃないよね?』  散らかってる中でか……例の頭おかしい連中に出前送りつけたなんてこともあったな。  そういやそんときは仏壇の遺影と位牌は消えて無くなってたんだっけか……?  「庭ででも食えば良いんじゃねーか?  出前とってさ。  倉庫に野外用のテーブルとか椅子があった筈だぜ」  『……ちょっと待ってて。家デンで出前頼んでみるよ』  『じぃじのおうちでたべるの?』  『庭だったら場所もあるしね。ちょっと待ってて』  『お願いねー』    ドタドタという足音が聞こえる。  よし、家に上がったな。  この時間を使ってちょいと打ち合わせすっか。  しかし電話したとして定食屋は来んのか?  いや、来てくれねーと困んだけど。  『父さん、家デンから定食屋さんに電話してみるけど繋がんなかったらどうしよう?』  「そんときゃそんときだ。冷蔵庫漁りゃ何かあんだろ」  『そういえば電気とか水道は使えるのかな?  電話する前にちょっと見てみるか』  「おう、そうだな」  『……あれ? 今度は床下収納の蓋が閉まってるな』  「今さら何だよ」  『いや、開くかなってさ……あ、取っ手が掴める……開いた』  「何? マジでか」  『父さんが漬けた梅酒とかもちゃんとあるよ』  「じゃあさっき一瞬見えた木箱の中身を……」  『後で試してみようか』  「おう、そうだな……」  その木箱は多分アレだな……  まあまたお預けかね。  『水道は……出るな。  冷蔵庫も……冷えてるし食べ物もあるよ』  「そうか。まあ床下収納がちゃんとあったんだからそうだよな」  『何か意外そうだね?』  「そりゃそうだぜ。  今まで散々ニセモノを見せられてきたんだしな。  それにメチャクチャにされてた割にキッチンは大丈夫だったんだな?」  『うーん、まあ確かにそうだよね……電話、掛けてみるよ?』  「おう」  「おっさん、結局アシストしてるッスよね?」  「良いだろ、別によ……」  ………  …  『父さん、ダメだな。コール音は鳴るけど誰も出ないよ』  「繋がるけどダメってヤツか。  しゃあねえ。  冷蔵庫の中のモン使って良いから何かこしらえてやったらどうだ?」  『ああ、お言葉に甘えてそうさせてもらうよ』  「ついでに倉庫からBBQセットでも出してくと良いぜ」  戻って行く足音。  次いでガタゴトという物音。  「ああそうだ、たい焼きセットなんて置いてなかったか?」  『ん? えーと……』  ガサゴソ……  『おっ、あったあった』  「冷蔵庫にトースト用のあんこが少しあった筈だぜ。  三匹くれーは焼けるぜ」  『でも良く知ってたね』  「あん? 何がだ?」  『嫁の好物だよ』  「あー、まあちょっとな」  「おっさんて結構過保護ッスよね」  「知るか」  「でも何でこういう展開に持ってこうと思ったんスか?」  「あー、何かな。何となくだ」  「そうなんスか?」  「良いから黙って聞いてろ」  「はいはいッス」  『何か定食屋さんは定休日みたいだったから食材を拝借して何か作るよ』  『それなら手伝うわー』  『じゃあここにコンロ置くから肉と野菜を刻んで並べよう』  『わーい、びーびーきゅー?』  『ばーべきゅー、なのよー』  『ばーべきゅー?』  『材料がギリギリだけどたい焼き器もあったからこれでデザートも作ろう』  『……!』  「何か電話の向こうがリア充してるッス!」  「オメーよくそんな死語知ってたな」  「姐さんがよく連呼してたッス!」  「その姐さんて幾つなんだよ……」  ………  …  『おいしかったー』  『いやーこういうの随分と久しぶりな気がするよ』  『そうねー、本当に久しぶりだわー』  ………  …!  ――!!!  『わっ……眩しい……!?』  ……何だ?  今何か向こうで物音がしたな?  ………  …  『あれ? 嫁はどこ行った?  ていうかさっきまでBBQしてたよな』  な……場面転換か?  『パパ、どうしたの?』  『ママはどこ?』  『ママ? ママはきょうはおるすばんだよね?』  『そ、そっか……』  『パパー、おねえちゃんがね……』  『おねえちゃん? さっきそこでキョロキョロ、グーパーしてたっていう?』  『あ、そのおねえちゃんじゃないよ!  あのね、まっかなおようふくのおねえちゃんがいたの!  それでね、“ありがとう”だって!』  何だ? 向こうで何があった……?  「どうした? 何があった?」  『父さん……今……何かが空を横切ったんだ……  そしたら目の前の景色が急に元に戻った……』  「何だそれ? どっかに移動したのか?」  『ああ、多分。それと……』  「それと?」  『嫁がいなくなった』  「今いる場所ではそこにいねーってことか?」  『良く分かんないけど今日は留守番ってことになってるみたいだ』  「さっきまでそこでメシ食ってたんだろ?」  『ああ、BBQセットも消えてなくなったよ。こつ然とね』  「孫は?」  『いるよ。でさ、例の赤いドレスの“おねえちゃん”がいたって言うんだよ……』  「おねえちゃん? 定食屋で見たってアレか?」  『多分ね。それがさ、“ありがとう”って言ってたって話なんだよ』  「ありがとう、か……」  『何か心当たりでもあるの?』  「ああ、まあな……うーむ。  それよか何かが空を横切ったって方が気になるぜ」  『さっきも窓の外が一瞬明るくなった気がするんだけどそれが目の前でまた起きた感じだったな』  「明るくなるってのはカミナリみてーな感じか?」  『いや、流れ星がすごい速さで空を横切った感じかな?  本当に一瞬だったからよく見えなかったけど』  「それがきっかけになって場所が切り替わったってことか」  『そうだね、少なくとも見た目の現象はそうだと思う』  『パパー、じぃじとおはなししてるの?  パパばっかりずるーい』  『ああ、ごめんな』  「もう良いだろ、ハンズフリーにしてくれ」  『ちょっと待って……はい、良いよ』  「じゃあじぃじとちょっとお話しよっか。  ママはお留守番なの?」  『うん、そうだよ!』  「じゃあじぃじのお家にはパパと一緒に来たの?」  『うん、そうだよ! ねえ、じぃじどこ?  こえだけきこえるよ?』  「ごめんな、じぃじはお家にいないんだよ。  パパのお電話でお話してるんだよ」  『なんだ、つまんないのー』  「じぃじのお家でドロボーさん捕まえてその後みんなと一緒になぞなぞごっこしたよね? ママも一緒にさ」  『うん! えっと……みんなでじぃじのおうち? に集まったでしょ!』  疑問型? ああ、隣とごっちゃになってるな?  『その後はみんなお家に帰ったの?』  「えーとね……うん! いつのまにかおうちについてたの」  「おねむだったかー」  『だって、つまんないんだもん』  「ははは、そうか……」  『父さん、お隣の奥さんに連れ出されてから何日か経ってる感じだよね、これ』  「ああ、だけどオメーの行動が良く分からねーな。  今さっき一緒に来たって話みたいだけど」  『それは俺自身でも良く分からないね。  そもそも最初に10日か11日かって議論してた時点で今までうちの子と一緒にいた俺が俺と同じ俺かなんて怪しいもんなんだけどさ』  「ちなみに表にクルマはあるか? 俺のかオメーのが」  『えっと……ああ、俺の車があるな。  そして父さんのは無いよ。一緒に来たって話は本当みたいだ。  乗り逃げされてそのままなのかな?  あとさっきの“おねえちゃん”に何か心当たりがありそうだったけど?』  「そうだ、仏壇を持ち上げたときに遺影がもう一つあって木箱もあったって言ってたよな?」  『そのときここにいた嫁に妨害されたけどね』  「見つかったらマズいことでもあったのかもな」  『何がまずいんだろ?』  「実はさっきまで話してたやつはオメーの嫁とは別人だったのかもな」  『別人……? 俺が俺の行動を覚えてなかったみたいに?』  「多分ちょっと違うな。  その前にさ、何であれ俺らにとっても何かプラスになる様な結果があったと信じてえとこだがな」  『うーん、つまり?』  「孫に聞いてみんのが一番かもな」  『うちの子に?』  「なーに?」  『ねえ、さっきまでいたっていうおねえちゃんて……』  『おててをぐーぱーしてたほう?』  あれ? そっちは覚えてんのか。  『うん、赤い服のお姉ちゃんと何かお話してなかった?』  『うーん、わかんない』  「ねえ、赤い服のお姉ちゃんの方が先に来たのかな?」  『えーと……あっ、そうだ!  あかいふくのおねえちゃん、ぐーぱーのおねえちゃんがきたときにおじぎしてたよ!』  「そっかー、じゃあぐーぱーのお姉ちゃんが後から来てキョロキョロしてったんだねー」  『うん、そうだよ!』  「なるほど、てことは刑事さんだったナニカを退治するためにお姉ちゃんその一が現れた。  で、そのお姉ちゃんを呼んだのが実はお姉ちゃんその二であったと」  『そうなの!?』  「いや、勘だけど」  「あ、あのーもしかして赤い服のお姉ちゃんって人が……」  「あーあーあー」  「な、何スか急に」  「ま、まあ断定は出来ねえけど今に限っちゃその可能性は高えと思わざるを得ねーな」  「マジッスか……」  『まじすかぁー!』    「オイ、孫に変な言葉教えんなよ?」  「おっさんが言っても説得力ゼロッスね!」  「うるせえ!」  『父さん、そのグーバーの人って……』  「分からんけど仏壇を確認すれば何か分かるかもな」  「ホラー……」  「オイ」  「ハイ……」 * ◇ ◇ ◇  『確認するよ、仏壇……よいしょっと……』  「良く持ち上げられるな」  『まだ持ち上げてないよ……あれ?』  「どうだ?」  『……動かないよ。元に戻ったみたいだ』  『携帯の画面は?』  『“2042年5月11日(日) 12時24分”……  これも元に戻ってるよ。父さんは?』  「変わってねーぜ。  “2042年5月10日(土) 10時01分”だ」  『さっき一瞬12日になってたのはどういうことなんだろ?』  「まずその12日ってのが過去なのか現在なのか未来なのか全く分からねえからな……  それも何かの記憶の一部なのか……」  だが……何故だ?  『まさかBBQやって終わりなんて話は無いよね』  「おっさんおっさん」  「そっちは結構バタバタと場面転換が繰り返してた様に思えたんだが、多分そうだよな?」  『ああ。さっきまでは電気もガスも水道も使えたし何か一瞬だけど元に戻った感じだったね』  「おっさんてば」  「だとしたら腑に落ちない点がある。  仏壇の遺影と位牌がもう一組あっただろ。  あれは何だったんだろうな?」  『父さん……じゃなくてそっちにいる二人組の片割れの方がもう一組あったのを見たって言ってたよね、確か』  「おーい」  『おーい』  『な、何? 急にどうしたの?』  「ゴメンな? ほったらかしにしてさ」  「いや、そうじゃなくて……」  「丁度良い、仏壇に遺影と位牌がもう一組あるのを見たっつってたよな?」  「へ? なんスか? その話」  『あれ?』  「あっ、そーか。そういや覚えてなかった……じゃなくて別人なのか……?」  『地面のシミになったんだっけ?』  「何スかそのホラーは!?  ……じゃなくてさっきから呼んでるのに何で無視するんスかぁ」   「何だよ、今重要とこなのによォ」  「さっき外が一瞬メチャクチャ明るくなったんスよ!」  「あ? マジで!?」  『こっちと同じ現象か!?』  「携帯の画面は……変わってねーな」  『こっちもだよ』  「何だ……どこかで何かが起きてる?  コロコロと状況が変わってるのと何か関係があるのか?」  『無いってことはないだろうね……何だかまたゴチャついてきたな』  「でも人がいないのは変わってないッスね」  『結局また会えたのはうちの子だけか……』  その結果がどうにも怪しいんだよな……  「オメーの嫁はやっぱ別人だったのか?」  『分からないな……実際目の前で話してるときは何の違和感も無かったし』  「それと人がいねえって言うが俺らの目に映ってねえだけで実際はいるって可能性もある」  『そうだね……俺たちの会話もどこかで見聞きされてる可能性があるってことをすっかり忘れてたよ』  「取り敢えずコイツに何だかんだ喋らせてた奴がまだその辺に居るのかが気になるぜ」  『呼んでみたら? おーいってさ』  「そんなんで出て来んのかよ……おーい!」  『……』  「……」  『おーい』   「なっ!?」  『ごめん、うちの子だよ』  「ズコー!」  「誰か見てるって思うと何か急にこっ恥ずかしくなって来たぜ」  『ヘタするとウンコしてるとこも見てるかもね』  「マジで!?」  『分からないよ?』  「あの……ちなみに息子さんの方にも何か正体不明な人がいたッスよね?」  『ああ、赤いドレスのお姉さんとおててをグーパーしてキョロキョロしてたお姉さんがいたんだよね?』  『うん! でももういないよー!』  『赤いドレスの人は父さんが会ったって人と同じ人なのかな?』  「そうだな……同じ人物ではあるんだろうが、俺ら自身みてーに別な場所で別に存在してた感じだろーな」  『そうなの? 俺にはよく分からないけど』  「手をグーパーしてたって方はどんな人だったのかな?」  『えっとね、おててをぐーぱーしてたおねえちゃんはね……  えっと……あのおねえちゃんだよ!』  「あのってどの?」  『どんな格好だったかとか、何を身に着けてたとか、思い出せる?』  『えっとね……えっとぉ……ノートのおねえちゃん!』  「ノート?  ……ああ、絶対になくすなって言ってた……なくしちゃったけど」  『父さんは誰なのか心当たりがあるの?』  「ああ、多分“彼女”だろうな、赤い髪に羽根飾りを付けた例の人物だ。  まあこれも全く同じ人かは分からんけどな」  「ああ、さっきおっさんを見てその人と……」  ペチッ!  「あだっ!」  『その人と何?』  「何でもねえよ!  でもって俺が会った方の赤いドレスの人は“彼女”のことは知らないと言ってたぞ。  だがいまさっきまでそっちにいた方は流れから言って知ってる感じだったよな?」  『そういえば会釈してたとかって話か……  まあ知らない相手でも目があったりしたらどうも、位の挨拶はするかもだけど』  「うーん、そうだな……じゃあ定食屋に行くっつったときに軽く拒否反応示してたよな?  何でだと思う?」  『うちの子が前にその人を見たのが定食屋さんだったからな……何か関係があるのかな。  父さん、今定食屋さんにいるんだろ?  何か関係ありそうなことは……ってありそうなことばっかり起きてるか』  「そうなんだよな、ゲシュタルト崩壊しそうなレベルだぜ。  まあ、結局誰が何をどんな理由でどうしたかってのはいくら考えてもやっぱり分かんねぇってことは分かったぜ」  『結局そうなるのか……』  「しかし結果だけ見るとなぁ……  何か分かった様な分かんねー様な」  『つまり何も分からないと……』  「まーな」  つーか何で今孫があっちにいんだよ!  んで息子の嫁は家で留守番だと?  どう考えても孫がキーマンだべ!  ……キーマンだから何がどうなるってんだ?  「クッソ……本当に何も分かんねーなぁ……」  「ところでおっさん」  「あん? 何だ?」  「アレ誰ッスかね?」  「へ?」  「ほら、あれッスよ!」  「悪ぃ、見えねえ。てかホラーじゃね?」  「ひ……ひえぇぇ……」  「おせーよ」    『何? そっちで何かあった?』  「いや、何かオバケが出たみてーなんだよ。  俺にはさっぱり見えねえけど」  『その人が何か言ってるとか?』  「ただ黙って立ってるだけッス……」  「やっぱホラーじゃねえか!」  『それってさっきまでそっちで何だかんだとしゃべってた人と違うのか?』  「オイ、見えてるんだったら何か聞いてみろよ」  「え、えーと……こんちわッスー……」  「何じゃそりゃ……」  「反応無しッス……」  「良し。じゃあ取り敢えず殴れ」  「へ?」  『父さん……』  「冗談はさておきどんな特徴の奴かくれーは説明出来んだろ」  「えーとぉ、……ボコボコの鎧を着て槍を持って突っ立ってるッス。  多分おっさんッスね」  「何? 俺?」  「あーそういうことじゃなくて歳格好がッスよ」  「紛らわしいわ!」  「仕方が無いっすよォ!」  「で続きは?」  「顔は向こうを向いてて分かんないッス」  『鎧って和風? 洋風?』  「洋風ッス!」  『髪の色は?』  「黒ッス!」  「ちなみに羽根飾りなんて身に付けてねえよな?」  「無いッスね!」  『父さんみたいにポケットにしまってるって可能性もあるね』  「そうだな、持ってる可能性は排除しないでおくか」  「結局どうするッスか?」  「じゃあオメーにだけ特別に膝カックンする権利を与えてやる。  行け、突撃!」  「嫌ッスよ!」  「何だよ、オメーしか見えねえんだから他に選択肢はねーだろーがよ。  自分でどうするか聞いといてイザとなったらやらねえなんて良い性格してるじゃねえか」  「ほえぇ、ごめんなさぁぃ……ッス」  「キモいからヤメレや!」  「天の声ッスよ!」  『ね、ねえ、それ以前にそもそも触れるの? その人。  聞いてる感じたとこっちの声も聞こえてないんじゃない?  これだけ騒いでるのに何の反応も無いのは変だろ?』  「言われてみりゃそーだな」  「ホラ、どーしよーも無いッスよ!」  「良し、じゃあ膝カックンして来い」  「嫌ッスよォ」  『やれやれ……』  『やれやれー』  《 !? 》  ガコン!  「な、何だ!?」  例の音だ?  『何? 今の音? こっちでも何か聞こえたけど?』  「こ、こっち見てるッス……」  「これまた偉え落ち武者っぷりだなぁオイ……」  「あれ? おっさんも見えてる感じッスか?」  「ああ、今の音が何なのか分からんけどそっからっぽいな」  「ちゅ、中ボスっぽい感じッスよね……」  「やっぱこっちは見えてねえっぽいな」  「向こうも何だ何だって感じでキョロキョロしてるッスね」  『何かに反応したんだよね? さっきの凄い音かな?』  「懐に手を突っ込んで何かガサゴソし出したぞ……あ?」  「そ、双眼鏡!? 何であんなモノ持ってるんスか!?」  『何? どうしたの?』  「奴さん、双眼鏡を懐から出しやがったぜ」  「こっち見ながら何か言ってるな?」  「てゆーかこっちに歩いてきたんスけど! ってわー……アレ?」  「まあ見えてねえ聞こえてねえって時点で結果はお察しだろ」  『素通りか』  「は、はいッス……向こうも困惑してるッスね」  「アホか。触れるとでも思ってたんか」  「しかも何か話しかけたそうにしてるッス。  聞こえないッスけど」  「そもそも聞こえたところで何語でしゃべってるか分からん相手の話なんて理解できねえっつーの」  「わっ!」  『今度は何?』  「槍でツンツンし始めたッス」  「全く……野蛮人かよ」  「取り敢えず殴れとか言っちゃう人のセリフとは思えないッスね!」  『それってハナから敵対的ってこと?  それとも話しかけても無視したから怒ってるとか?』  「いや、好奇心だろ。完全に原始人ムーヴじゃねえか」  「で、でも何か恐怖に歪んだ顔してるッスよ?  これはこっちがオバケだと思われてるッスね」  「しかし意味があるのかねーのか……」  『さっき外が明るくなったのと何か関係があるのかな、やっぱり』  「そりゃーあんだろ」  それに……孫に何かしゃべらせてみっか?  いや、やめとくか。  建設的にコトが運ぶ可能性なんてほとんどねーからな。  「今暴れてる奴以外にも誰か見えてるやつはいんのか?」  「このオヤジだけッス」  「周りの景色は?」  「定食屋さんのままッス。  でもこのおっさんは明らかに屋外にいるっぽい動きをしてるッスね」  「てことは今見えてるモンは俺と一緒か。  なるほどなあ……  しかしその双眼鏡はどっから手に入れたモンなんだろーな?」  『定食屋さんにあったのと同じモノなのかな?  場所が場所だし』  「さあなあ……現実だとしても過去の記憶とか色々あっからな、リアタイで存在してるやつとは違うモノって可能性も考えねーと」  「それでどうするんスか?  まだ何か喚いてるッスすけど」  「オメーは安全だって分かったら途端にコロッと態度変えるよな……」  過去の記憶とかだったら何かキーアイテムみてーのがあんのかね。  じゃなきゃあ今目にしてるこのオヤジってのは……?  「なあ、こっちはこっちで様子見しとくからもう一辺床下を見に行ってもらっても良いか?」  『分かったよ。さっきの音だよね?  アレはこっち側で鳴ってたし』  いや、こっちでも思いっ切りでけぇ音がしてたんだが……  どこで鳴ってた?  それよか――    「もう一個良いか?」  『何だい? ひそひそ声で』  空気読んで向こうもヒソヒソ声で応じてくれる。  ありがてえコトだぜ。  「孫の声がこっちに聞こえねえ様に気を付けてくれ。  コッチに興味を持ち出したきっかけは多分さっきの孫の合いの手だ」  『了解、念のためにこっちのマイクはしばらくミュートにしておくよ』  「頼むぜ」  「さてと、槍おじさんは今何してた?」  「槍おじさんて……体育座りして何か不貞腐れてるッス」  「何じゃそりゃ」  「ちなみに双眼鏡が見えねーな?」  「降ろして仕舞ったッスよ」  「そうか……次にこっち見たら何かジェスチャーしてみっか」  こっちから何か聞き出せねえもんかね。  それしても元に戻るよりもどっか訳の分からねえ場所に飛ばされる方に事態が傾いてる様な気がするぜ。  単に俺の考え過ぎだったら良いんだがな…… * ◇ ◇ ◇  「あのー、思ったんスけど」  「何だ?」  「ジェスチャーするより何か書いて手に持ってた方が良いんじゃないッスかね?  いつこっち見てくれるか分からないからその方が絶対良いッスよ」  「まあそうだな……だが何を持つんだ?」  「えーと……槍で突くのが好きみたいだから的の絵とかッスかね?」  「冴えてんのかアホなのかよく分かんねえ奴だな」  孫の関係者なのか?  それかあの遺構の街の住人とか?  今までのことを考えると少なくとも無関係な奴が何の脈絡も無く出て来るってことは無え筈だ。  だったら……  「双眼鏡と羽根飾りの絵でも描いてみっか」  ポケットをガサゴソしてさっきの紙切れを取り出し――  あ、そういやペンが無えな。  どうしたもんかね。  ――アレ?  「どうかしたッスか?」  「いや、この紙切れって端からこんなんだったかなってさ」  「いや、そんなこと言われてもオイラは初見ッスよ?」  「んなことわーっとるわ」  紙切れには……  “番所には誰も近づけさせないで”  こう書いてあった。  またもや俺の字だぜ……おのれぇ……    それに番所って何だよ。江戸時代かよ。  全く意味が分かんねえよ……  「双眼鏡の絵でも描こうかと思ったんだがなぁ。  番所てのがどこにあんのか知らんけどここなのか?  ここにあんのか?  うーむ……さてなぁ」  「あ……こっち向いたッス」  ええい、ままよ!  バッテン印ィ……懺悔ッ!  「な、何スかそれ?」  「年寄りしか知らねーネタだ!」  「あのー……何か呆気に取られてるッスよ、  これは滑ったんじゃないッスかね?」  「イヤ、別にウケを狙った訳じゃねーから!」  「何か地面とおっさんを交互に見て目をパチクリさせてるッスね」  「地面に何かあんのか?」  「さあ? 見えてるのは槍おじさんだけッスからねぇ  ……ってうわっとぉ!?」  こっちに突撃して来やがったァ……ってすり抜けたか。  当たり前だけど。  「あっ!?」  ガチャ。  キィ……  「な……!?」  背後からの物音に振り返る。  ……そこにはボコボコの鎧に身を包み、ボロい槍を手にした髭面のオッサンが立っていた。  口を開けて呆けた様子で店内をキョロキョロと見回している。  「何だ? 普通に入り口から入って来たみてーだったが……」    もしかして番所ってここのことだったんか!?  てゆーかこのオッサンもしかして……  「え、えーと……へ、へろー、さんきゅー、ぐっばーい……ッス?」  「これまた古典的なギャグだなオイ」  「オイラは至って真剣ッス!」  『――!』  俺たちのやり取りを見ていた槍オジサンは何をするでもなく苦笑し、そしてどういう訳かメソメソと泣き出した。  どういう絵面だよコレ……  「な、何かマズいこと言っちゃったッスか!?」  「知るか!」  クソ、今に始まったことじゃねえが敢えて言うぞ!  全く意味が分からねえ!  『なあ……なあ、その赤髪……おっさんだよな?』  「に、日本語!?」  「英語じゃダメだったッスか!?」  「そっちかい!」  「なあおい……もしかしてオメー、定食屋か!?」  『お、おう、そうだぜぇ。  うぅ……やっど……やっど帰っでごれだぁ……』  「まさかとは思ってたがマジだったぜ……」  『まさかと思ったのはこっちも同じだぜ……』  「なあ、早速で悪ぃがそのナリは何なんだ?」  『ああ、コレか? いやな、気が付いたら何かヨーロッパ風の街のど真ん中にいてさ』  「マジで!?  隣の家からみんなでゾロゾロ出てったけどその後どうなったらそういう展開になるんだ?」  『ゾロゾロ? そんなんあったっけ?』  おろ? その前?  そういや双眼鏡は二人組のもう一人が持ってたよな……  そっから違うんか?  「警察署出ただろ? その後……」  『警察だ? それいつの話?』  「何時間か前の話だぜ?」  『マジで?』  「俺ん家に集まっただろ?  ここに権利書とか通帳とか忘れちまってさ、持ってきてくれただろ」  やべぇ、そういやアレどこにやったっけ!?  くっそ……だが取り敢えず今どうすっかを考えねーと!  『何だそりゃ……てかそれホントに俺なの?』  「は?」  『俺のフリした何かだったりしねーよな?  いや……やっぱおっさんたちも……まさか……』  「待て、最初の話に戻るぞ。  そのナリはオメーが今いるって場所じゃ当たり前のカッコなんだな?」  『おう、ごくフツーの兵隊さんだぜ』  「しかしどういう風の吹き回しだ? オメーが兵隊とかよ。  それに言葉とか分かんねーだろ? どうしたんだ?」  『いきなりヨーロッパ風の街にいた件については何も突っ込まねーんだな』  「ヘンテコ体験なら多分俺らのほうが上だからな」  『マジで!? って久々に連発したぜ!  でもって言葉はもちろん最初は全然分からんかったぜ』  「急に分かるようになった訳じゃねーんだろ?」  『当然だぜ。  ペラベラになって字をか書けるとこまで三年掛かったからな』  「三年!? オメー一体何年前から……」  『八年だ』  「八年!? んなバカな……さっきも言ったが最後にオメーに会ったのはつい数時間前の事だぜ?」  『なら隣にいるその人は誰だ?  多分最近知り合ったんじゃねーのか?』  「そうだな、ここ数日だ。  しかし八年か……そういうこともあんのか……」  『何か納得してる様な感じだけど?』  「ああ、身に覚えがねえ話とか結構あったからな。  明らかに別の国みてーなのじゃなくて微妙に違う所の俺、みてーなのと入れ替わったっぽい感じになったりってのが大半だけど」  『なるほどな……最初は外人のフリしてさ……』  「ラノベみてーな展開か」  『ちげーよ……チートとか魔法とかそういうのはねーし。  まあ奴隷制度とか人身売買みてーなのはみんな禁止されてたからな、そこは幸運だったけど』  「何かお巡りさんみてーな人に捕まってそっから職安みてーなとこに入れられてさ」  「職安? 思ったより文明的だな」  『ああ、そこは何か教会みてーな組織が絡んでてな、宗教絡みなのかは分からんけど。  そこの女神様だか何だか知らんけどそのエライ人が大昔に決めた戒律みてーなのをみんなして真面目くさって守ってるって感じだな』  「その人チート転生者か何かなんじゃね?」  『さあなぁ。ただ一辺見たことあるぜ。  都にバカでけえ塔があってさ、そのてっぺんにあるホンモノそっくりの像ってやつだけどな』  「バカでけえ塔? でもって本物ソックリの像?」  塔はあの遺構にあったやつか?  しかし像ってのは何だ?  像があったのは親父の会社の中庭だ……?  『ああ、凄かったぜ。てっぺんの中に宮殿みてーなでけぇ建物があんだよ』  「そういやオメー双眼鏡持ってなかったか?」  『ああ、実はな……その塔のてっぺんで見つけたヤツなんだけどさ……』  「窃盗じゃね?」  『まあ聞けよ。その双眼鏡がさ、俺にしか見えねーんだよ』  「俺らも見えるぞ?」  『俺の関係者だからとかかね。そこは分からねえ』  「もしかして詰所みてーな場所で偶然見つけてそのまんまこっちに来たとか……?」  『いや、それはちょっと違うぜ。  この双眼鏡を見つけたのは三年くれー前の話だからな』  「ちなみにこっちじゃオメーの家の仏壇の下にあったんだけど?」  『マジで!? 仏壇の下なんて見ようと思ったこともねーから分からんけど』  「そうか……じゃあ百年前の集合写真とかも見たことねーよな」  『仏壇の下に仕舞ってあったんなら分からねえな』  「なるほど……ちなみにさっきの話が三年前ってことは今は……?」  『そもそも初めは料理人だったからな、やっぱ手に職あるとつえーよ』  「で、今は違うと……」  『ああ、戦争ってゆーか訳の分からん連中が攻めて来たんだよ』  「魔王とか?」  『あー、こっちに魔王とか勇者みてーな概念はねーぜ?  考え方的に一番しっくり来るのは宇宙人が攻めて来たー、的な表現かね』  「マジで!? 宇宙人襲来?」  『いや、言葉のアヤだから。  しかしホントにマジでマジでのオンパレードだぜ』  「今ここにいる理由には心当たりはあるか?」  『うーん、どうだろうな。  かなり最前線にいてさ、孤立しちまったんだよな』  「もしかしてその場所は……」  『ああ、さっき言ってたバカでけえ塔がある都だぜ。  ほとんど更地になってたけどな……  塔が原型を留めてたのにはビックリしたけど』  「更地……数年で?」  『何か戦略兵器みてーなのでドゴーンてな。  実際に見た訳じゃねーけどメチャクチャ明るい流れ星みてーなのが飛んできた、とかいう話だからマジでミサイルの類かもな』  やっぱ……あの場所か?  「よく行く気になったな」  『まあそんときは敵もまばらでホントにただの廃墟って感じだったからな、偵察だよ』  「仲間とはぐれちまってな、それも突然にだ。  でもって街の入り口の関所の辺りをウロウロしてたらおっさんらがいたのを見付けたって訳だ」  関所……? 番所?  「関所って待機部屋みてーなとこか?」  『おう、良く分かったな』  「その日本語訳はオメーのボキャブラリーか」  『まあな、分かんだろ?  木のテーブルがあってさ、武器とか日用品なんかがストックされてて何日か寝泊まりすんなら勝手の良い場所だからな』  「周りが更地になってんのにそこだけポツンと残ってた……と?」  『やっぱ気付いたか? そうなんだよ。  あからさまに変だと思って入ってみたらコレだよ』  「入り口がこの店に繋がってたとかか?」  『入ったときは何の変哲もねえ部屋だったぜ?』  「そこで子どもの声が聞こえた、だな?」  『! そうだ、そんときテーブルを見たら――』  そこで場面転換?  『――こんな紙が置いてあってさ』  そう言って懐から出した古びた紙切れには赤黒い文字で  “早くここから逃げろ”  そう書かれていた。  何だ!? 何がどこで繋がってるってんだ……?  「オイ、その紙……  親父の会社で見たことがあるやつだぜ……場所は詰所だ」  『マジか……』  「もう一個気になってることがあるんだが……」  『まだ何かあんのか!?』  「さっき俺がバッテン印のジェスチャーをしただろ?  そんときのオメーの反応が微妙に気になったんだが」  『おう、声がする方に行ってみようと思ってな。  関所から出て目の前の噴水広場の跡地に向かってたとこだったんだが……』  「噴水広場!? そこで双眼鏡を覗いたってことか」  『ああ、そこでもしやと思ってさ……』  「それでバッテン印の方は?」  『いや、足元を見たら丁度バッテン印が地面に描いてあってさ……偶然て怖えーよなぁ』  な、何ですとぉ!? * ◇ ◇ ◇  俺が書いた×印か……あるいは血で書いたメッセージか……  そういやあの血痕はまがいモンだって鑑識さんが言ってたか……?  とにかく何かが“道標”になった?  そうだな、そう考えるしか無いよな?  じゃなきゃ何の脈絡も無く出現したってことになるが……さすがにそれはねーよな?  そんでもってコイツは過去の記憶?  それとも実体……もとい本人?  どっちにしろここがどういう場所か知ったらガッカリすんだろーなぁ。  まあ気を取り直していつも通りに情報収集といくか……  「ちょっと待てよ……噴水広場って噴水があって真ん中にちっこい塔が立ってるやつか?」  『お、おう。あー、だけど噴水があったのは昔の話で今は尖塔しか無かったな。  噴水広場って名前は昔の名残なんだぜ。  しかし何でまたそんなこと聞くんだ?』  あ、おう。もはやお約束だぜ、このやり取り。  しかし噴水があったのは昔の話だ……?  「いや、あとで話すぜ……ちなみに何か所もあったりすんのか?」  『ああ、かなりだだっ広い街だからな。  防災的なやつなのか何なのか分からねえが区画ごとにでけえ広場があるんだぜ。  噴水と尖塔は消防設備の一部だったらしいけど維持出来なくなって尖塔だけが残ったって話だな』  維持出来なくなった?  ……これも後で聞いてみっか。  「オメーがさっきまでいたトコはその中のひとつって訳か」  『そういうことになるな』  「その広場って全部同じなのか?」  『まあ大体な。  だがそれじゃあ区別が付かねえし色々と困ったことがあるってんでな、ちょっとした工夫が加えられたんだぜ』  「その工夫ってのは?」  『尖塔の先っぽに番号を付けたんだよ。  ほら、駐車場とかで良く見んだろ?』  なぬ? それも後から……?  「番号か。何か味気ねえな……」  『やっぱそう思うよな?  何でも最初の頃は動物とか花とかのオブジェだったらしいけどな。  何回も壊されては再建、てのを繰り返すうちに噴水と同じで量産の効く尖塔だけになったみてーだ』  「今の話だとかなりの頻度で壊されては再建てのを繰り返してたみてーに聞こえるんだが……  その訳の分からん連中ってのが昔っからいて戦争が続いてる感じなのか?」  『うーん……どうだろうな……  聞かされた話だと奴らは現れては攻めて来てどうにか我慢してるうちにいつの間にかいなくなるってのを繰り返してるみてーだな。  俺の経験に限って言えば最初は少なくとも平和だったぜ?』  現れては消える……?  「自然災害みてーだな」  『あー、まさにそんな感じだ。  だけど今度のは群を抜いてヤベーらしくてな……』  「戦略兵器みてーだって言ってたヤツか」  しかしそのバカでけえ塔ってのは健在っぽい感じだが……  俺が見たアレは倒壊してたんだよな。  噴水とかちょっとしたオブジェすら維持出来ねえのにあんなでけえのを再建するとかあんのか?  「さっきから気になってたんだが……  さっきのバカでけえ塔ってやつはその関所ってのと一緒で無傷で残ってたのか?  街がぶっ飛ぶ程の攻撃ならそんなでけえ建物だってひとたまりもねーだろ」  『あー、そうだな。  地面の×印と一緒でキズひとつ付けられねーんだよな。  どーなってんだかなぁ』  俺が見たのは相当昔の光景らしいっぽいし、再建されたけどその後は破壊されてねーってことか。  それにしても……破壊不能オブジェクトか。  まるでココみてーだな?  「てことはてっぺんの宮殿やら女神像とやらはみんな健在なのか」  『多分な。最近までロクに近付けなかったけど塔自体に傷ひとつねーからな』  コイツは一体……  特殊機構が何か関係している?  しかし……現実にあった場所だとしても一体どこなんだ?  金星だ? いや、そんなバカな話はねーよな。  それにあの二つの月は……?  「ちなみにオメーが今までいた場所ってどこにあるんだろーな?」  ……一体、どこにあるんだ?  『さあなあ……今の今までただ流されるままだったしな』  「流されるままか……そうだな」  「え、えーと……話に全く付いて行けないんスけどぉ……」  だよなあ。  「二つの月が見える国か……」  『さっきも聞こうと思ったんだがよ……何で知ってるんだ?  その言いっぷり……行ったことがあるみてーじゃねーか。  それにあの×印……何だってんだ?』  「そうだな……その×印を付けたのはは十中八九俺ってことで合ってると思うぜ」  『何なんだ? あれは。  いつからあるか誰も分からねえしどうやっても潰せねえってんでな、色んな伝説ってーか伝承みてーなのが出来てんだぜ?  しかもあの塔みてーにそのままの形で残ってたんだ……  なあ、何なんだ? 一体よォ……』  「あー、話せば長くなる……っつーか俺も何なのか分かってねーんだけどよ……  俺もいっぺん行ったことがあんだよな……不意に飛ばされてさ  ×印はそんとき付けた」  『何だと!? マジかよ!』  「だがそれがついさっきの出来事だってのが解せねえとこなんだがな」  『ついさっき? ウソだろ?  だっていつからあんのか分かんねーってモンだぞ!?』  「そうだな、ちなみに俺が行ったときもそこは廃墟同然だったぜ。  違いがあるとすれば例のでけえ塔も倒壊してたってことだ」  「塔が倒壊ッスか……トウなだけに……」  「うるせぇ」  ペチッ!  「あだっ!」  『あの塔が?』  「それに噴水広場って場所にはちゃんと噴水があったぜ。  中心に尖塔があってそのてっぺんには凝った作りの動物のオブジェもあった」  『じゃあやっぱりオッサンが飛ばされたってのは……』  「そうだな、多分オメーが飛ばされたのと同じ場所……ただし相当な昔だったってことになるな」  『塔は壊れてたんだな?』  「ああ、行ってみようと思ったんだがな……たどり着けなかった」  『何かあったのか?』  「あったっつーか……まず噴水広場から先に進めなかった。  同じ場所をグルグルとループする感じでな。  絶対たどり着けねー様に何かトラップが仕掛けられてたのか……  とにかく不可思議な現象で元の場所に戻されるんだよ」  『魔法で入口と出口をくっ付けてたのか』  「魔法!? んなモンがあんのか!?」  『良く分かんねーけどそういう超能力みてーなのを使う連中はいたな。  実際はどうだか分からんけどみんな魔法だって言ってたしそうか、魔法なのかと思ってさ』  「マジで?」  『冗談でんなこと言うかよ』  「オメーが見た超能力って具体的にどんなのだったんだ?」  「えーと……何か瞬間移動みてーなやつ?  あとよく分からんけど催眠術みてーなの?」  「何か地味だな……」  しかし既視感のあるラインナップだぜ……  やっぱ特殊機構絡みなんかね……?  『そうだな、爆炎とか電撃とか回復とかいわゆる魔法っぽいのは無かったな』  何だろーな、なにか足りねーな?  「幻覚とかテレパシーみてーなのはどうだ?」  『俺の知る限りじゃそういうのは無かったな』  「そうか……」  やっぱここに似てる様な気がするぜ……    『なあ』  「あん?」  『ここって……俺の店だよな?』  「まあな」  『……本当にか?』  「やっぱ分かるか?」  『ああ』  「ここもオメーが八年間いた場所とそう変わんねーと思うぜ」  『俺がいた場所!? どういうことだ?』  「その辺のモノを槍でぶっ叩いてみろよ。思いっ切りな」  『んなことして……そうか、分かったぜ』  ………  …  『ゼーハーゼーハー……  ……チキショーめ』  「なあ」  『何だ、今度はそっちの番だってか』  「まあな……聞きてーのはオメーが見た女神様の像ってヤツのことだ。  どんな見た目だった?」  『オッサンみてーな赤毛だったな』  「色付きか」  じゃあ親父の会社にあった彫像とは違うモノっぽいな?  『ああ、今にも動き出しそうなくらいのリアルさだったぜ。  等身大だってうたい文句だったしな。  椅子に腰掛けてたから正確には分からんけど日本人の基準で見ても小柄だと思うぜ』  「椅子に?」  『ああ、白いドレスを着ててな、目を閉じて静かに腰掛けてるんだ。  ガラスケースの中だったし三メートルくれーある台座に乗せられてたから細けぇとこまでは見えなかったけど』  「なるほど……それを寄ってたかって崇め奉る訳だな」  赤髪で小柄って特徴は似てるがやっぱあの彫像とは別モンか……?  それにしても……あの彫像が無い方の写真はどこで撮影したモノなんだ……?  『そういやドレスの裾からちょっとだけ出てた靴はド派手なピンクだったな。  違和感が凄かったから覚えてるぜ』  「何か特徴的な装飾品なんかは身に着けてなかったか」  『あー、身につけてたんじゃねーけど手に羽根飾りを持ってたな』  「色とか覚えてるか?」  『確か……緑、白、赤、青だったかな』  「そうか……」  『何かあんのか?』  「いや、俺の母さんの形見と同じだと思ってな」  『オ、オイ……オッサンが女神様の息子って訳じゃねーよな!?』  「んな訳あるか」  『だが可能性はあんじゃねーのか?  女神様ってのはそのエライ人の称号っつーかふたつ名みてーなもんだったらしいからな。  もしかしたら聖女様って表現の方がニュアンス的に合うかもな』  「オメーのボキャブラリーの問題かよ」  しかし分からねえ。  分からねえな……  息子にも聞いてもらいてぇとこだが孫を会話に入れて良いかの判断がまだつかねえな……  「あ、あのー……」  「おお、すっかり蚊帳の外だったな」  「取り敢えず日付の確認もしといた方が良いッスよね?」  『日付?』  「あー、覚えてねーかもしれねーけどあっちに飛ばされたのって何年何月何日だったかって話だぜ」  『えーとぉ……2034年か。日付は忘れた。  確か5月だったか……自信はねぇな』  「5月4日って何の日だっけ?」  『何だっけ……子どもの日じゃなくて……ナントカの日だ』  「うーん、正常」  『何かの検査かよ』  「まあ話せば長くなるんだがな……」  『父さん』  「ん?、どうした? 何かあったか?」  『誰かいんのか?』  「あー、息子だ。今電話が繋がってるんだよ」  『おっさん、その様子だと息子さんとは無事和解したのか?』  和解? 何の話だ?  「和解って何だ? 別に疎遠になったりはしてねえが……」  『あ? 奥さんが亡くなってさ……そん時……』  「いや、俺の嫁はピンピンしてるが……?」  『何だ? 何か変だぞ……?  思えばここもホンモノじゃねーって話だし……  一体何なんだ? あんたらはよォ』  「……?」  何だ? この違和感は……?  『父さん?』 * ◇ ◇ ◇  「なあ」  『今度は何だよ』  「オメーは自分が何なのかって命題について考えてみたことはあるか?」  『それが今話すべき話題だとでも言うのかよ』  「ああ、今話すべき話題だ」  『論点をずらそうとしたって駄目だぜ?』  「……あのなあ……八年ぶりに帰って来たらまず何をする?  普通はさぁ?」  あんだろーが、家に帰ったら真っ先にやることがよォ……  それに八年前の記憶と何も齟齬がねえ訳がねえだろ……  「それに俺もオメーには聞いてみてえことがゴマンとあるんだ。  俺らは何なんだって話になるぜ、きっとな」  『俺ら?』  「ああ。俺もオメーも、それにみんなもだ」  『俺は分かったが……みんなってのは……?』  「文字通りみんなだよ。  今まで出会った人らだけじゃなくてな……」  『どういうことだよ』  「まだ分かんねえか?  さっきのでここがどういう場所か気付いてるよな?」  『……ああ。だが……ここは一体どこなんだよ。  それだけは分からねえ』  「さっきまでいた場所だってそうだろ」  『そうなのか……いや、そうか。だから……  じゃあ息子さんは……?』  「ああ、それなら電話の向こうのヤツはな、養子だよ、養子」  『養子? おっさんからはそんな話は一度も――』  「みんなそうだぜ」  『みんなって何だ?』  「親父の会社の関係者がどっからか連れて来た子供だよ。  引き取ってくれってな」  関係者って具体的に誰だ?  それ聞かれても分かんねーから。  『だけどおっさんの息子さんは確か……』  『父さん、それは俺が……母さんの件も――』  「分かってる。七日の話だろ」  『七日? 何だそりゃ?』  「あー、そいつはこっちの話だ。  要するにな、今話してる息子はオメーの知ってる息子とは別の奴だって話だよ」  『だったら奥さんがピンピンしてるって話は――』  「それは知らねえな。  だが今のこのシチュエーションを考えると十分にあり得る話だとは思うぜ」  『つまり……?』  「相変わらず察しの悪ぃ奴だな」  「お、おっさんおっさん……」  「何だよ。オメーは間の悪ぃ奴だな」  「直接は覚えてないッスけど、オイラはいっぺんおっさんの家の遺影と位牌が二組あるのを見たって話ッスよね?」  「ん? ああ、そうだな。スマン、前言撤回するぜ。  今の状況を説明するにゃあ丁度良い話だ」  『さっき聞いた話か』  「そういや電話が繋がる前の話をまだ聞けてなかったっけな」  『その話は後でするとしてさ、今は遺影と位牌が二組あったって話だろ』  「ああ、そうだった。アレ?  位牌も二組あったんだっけか?」  「さあ? オイラは何も覚えてないッス」  『確か位牌もだって聞いた気がするけど』  「そうだったっけか?  まあ良い……取り敢えず遺影の方だな。  ひとつは俺の母さんのものだがもうひとつが誰なのかが分からねえ」  『それがおっさんの奥さんだろ?』  「まあ聞け。  その遺影と位牌は俺の目には見えなかったんだよ」  「オイラにしか見えなかったらしいッス」  『らしいって何だよ』  「その話を聞かされたときは見たこと自体覚えてなかったッス。  しかも今見るとひと組だけにしか見えないッスよ」  『何だか意味が分からねえな。  それが何で今の状況と関係あるってんだ?』  「二組の遺影と位牌を見たコイツと今目の前にいるコイツは果たして同じ人物なのかって話だ」  『つまりおっさんは俺が知ってるおっさんとは違うと?』  「まあそこはお互いにな」  『ここはそもそもさっきまで俺がいた場所程じゃねえがもとの場所とは違うって訳か』  「しかも何やら作りモノ臭えと来た」  『そもそもどう頑張っても壊せねえって物体がある時点でおかしいんだよ。  何で出来てるんだってね』  「それだけじゃねえ。  妙にリアリティに欠ける部分があんだろ。  細けえディテールっつーかさ、その辺に生えてる雑草とか砂粒やら何やらが良い加減なんだよな。  あと虫とか小動物の類もいねえだろ」  『うーん……そいつはちっと違うかもしれねえな』  「何? 確か例のでけえ塔とか地面の×印なんかは――」  『ああ、確かにおっさんが言う通りだっていう部分はあるんだ。  だがな、雑草だって生えてるし虫だっている。  ペットとか家畜だっているし畑とかだってある。  それだけじゃねえ。  山もあれば海とか川もある。  人は沢山暮らしてるし生活があもるんだよ。  その人たちが作ったものは叩けば壊れるし古くなればボロにもなるんだ』  「じゃあ時間の経過はどうだ?」  『時間?』  「朝が来て昼になって夜になるのか?」  『ああ、それはねえな。ずっと昼のまんまだ。  でもな、時間が止まってるって訳じゃねえ。  みんな生まれて年取って死んでいくんだぜ』  「オメーはどうなんだ?」  『どうって……別に変わらねえぞ?』  そうか……あっちには普通に人が住んでるしメシにもありつけるからな。  あと何年かそのままあっちにいたら気付くんだろーな。  「夜は訪れず、ずっと鉄サビみてーなくすんだ赤色に光る雲が空を覆ってる……だろ。  やっぱ基本的には同じなんじゃねーか?」  『イヤ、同じじゃねーだろ』  そりゃあ空の色は違うけどよォ。  「場所が持ってる特性みてーなもん自体は変わってねーなって意味だよ。  後からどっかから人が来て住み着いたんだろ。  俺らみてーにさ」  誰がどういう理由でどーやって行ったかなんて聞かれても分かんねーんだろーがな。  『だが人がいるっつっても一人二人じゃねーぞ?  だだっ広い世界があって国もあるし暮らしてる人の数は何千万どころじゃねえんだ。  ここもそうなのか?』  そう言って入ってきた入り口のドアを見る定食屋。  コイツがそっから出たらどこに戻るんだろーな。  手に持ってるその紙、ソレがきっかけなのか?  その紙はいつ誰が何のために書いたモノなんだ……?  「正直それは分からねえ。  この町に限って言えば誰もいねえんだがな。  だがな、それは俺がそっちで地面に×印を書いたときも一緒だぜ」  『最初は誰も住んでなかったってか』  「最初からかどうかは分からねえな。  さっきまで一緒にいた人もいたんだぜ。  今はどこにいんのかも分からねえけどな。  ちなみにその中には今電話が繋がってる息子とかオメーも入ってるんだぜ」  『息子さんが?  電話が繋がってんならいるんだろ? 家とかによ』  「いやそれがな、息子はどっか別な場所にいるんだよな。  この町の俺ん家の筈なんだが似て非なる場所っつーかさ」  『あー、んでおっさん家の遺影と位牌が増えたり減ったりって話に戻る訳か。  結局みんなその絡みって話でこっちの息子さんも今どこにいんのか分かんねーって話なのか』  うん? 若干誤解をはらんでるよーな気もするが……  まあ気にする程のもんじゃねーな。  「ああ、全く分からねえ」  しかしまあ、こんだけあっちこっち飛ばされてんのに同じ場所に同一人物が二人以上現れるって事故は起きてねーんだよな、多分。  これは偶然じゃねーよな、どう考えても。  ここで見た過去のアレからしても……やっぱそういうことなんだよな。  「こっちで意図して行ったり来たりが出来ねえからな。  偶然しか知るすべがねえ状況じゃどうしようもねーだろ」  『父さん、あながち偶然だけって訳でもないんじゃないか?』  あー待てよ? それ以外にも何かあったな?  ……ああ、“スイッチ”か。  「ああ、確かにな。そうかもしれねえ」  それに――  『おっさんの母親が女神の像が持ってたのと同じ羽根飾りを持ってたってのは本当なのか?』  「オメーの話だけで同じって断定は出来ねーけど同じカラーリングの羽根飾りは持ってたぜ」  そのカラーリングにもバリエーションがあるらしいがそれは知ってるんかね。  そういや例の姐さんてヤツが何者なのかも分からんままなんだよなぁ……  『そうか……  その羽根飾りが単なるお気に入りの装飾品なのか、あるいは何かのアイテムなのか……そいつはこっちでも全く分かってねえんだ』  そうか……そいつは残念だな。  「まあいわくがあんのは保管用の入れ物にしてた箱の方だってことは分かったんだけどな」  『また分かんねえ話が出て来たな』  だからって羽根飾りに何もねーなんて話はねーんだろーけど。  なんつってもピッからのガチャッ、だからな。  ……もしかして例の羽根飾りのレリーフ、あれが紋章ってヤツなのか?  「この場所、つーかこういう空間にはどういう訳か過去の映像やら音声やらの記録がほうぼうに散りばめられてるらしーんだわ」  『で?』  「その記録装置、いや……記録を再生するトリガーが今言ったみてーなアイテムの形で転がってんだと。   何のゲームだよって話なんだがな。  んでその記憶の主に深い因縁がある場所とかモノに紐付けられてるみてーなんだよな。  ちなみに映像だけってヤツの他に追体験ってゆーかVRみてーなのもあったぞ」  『待て、じゃあ今こうして話してんのは……?』  「うーん、否定は出来ねえが可能性は低いんじゃねーかな」  『そのココロは?』  「その記憶の主は言わば人工無能なんだわ。  与えられた役割以上のことは出来ねーししゃべれもしねえ。  それでいてホンモノが知り得ねえ様なことも知ってたりするんだ。  どうだ? 俺もオメーもそこは違えだろ?」  『まあ違うかって聞かれたら自信を持ってそうだって答えられる根拠なんてねーけど何だってそんなこと知ってんだ』  「簡単だぜ。その人工無能に聞いたからだ」  『ソイツと会ったり話したり出来るのか?』  「いや、残念ながら永続的なもんじゃねえらしくてな。  正体不明の謎エネルギーで一定時間駆動したらシャットダウンしちまうみてーなんだよな」  『謎エネルギーだ?』  「ああ、謎のエネルギーだ」  『謎ってことはどうやって充電? すんのかも不明ってことか』  「まあそうなるな」  『ちょっと待てよ? ならここはどうなんだ?  俺がさっきまでいた場所は?  ここもあそこもその謎エネルギーってやつで維持されてんのか?』  「知るかよそんなこと。まあ可能性は当然あんだろ」  『じゃあこの場所が今終わったら俺らはどうなるんだ?』  「だから知らんっちゅーに。何でもかんでも聞くなよ」  それにうまい説明が思い付かねえことがもう一個ある。  “彼女”は俺がどこにいてもある程度状況を把握してるっぽいんだよな。  これ、冷静に考えるとかなり怖えんだけど、どっからどうやって知るんだろーな?  てかどこにいて何をしてるのかも全く分からねえ  自分を人工無能だって言ってるからには役割を持ってて何かで駆動されてる筈だ。  それに人工無能なら役割……目的外のことに関しては機能制限とかがあるんじゃねーか?  だが見る限り何でもできるし何でも知ってる感じだぞ?  役割ってのは俺をストーキングすることなのか?  昔の海戦の追体験みてーなやつの中で聞かされたアレがそもそもの目的なのかもしれねーが……  それを考えるとデジタルで高精細な遺影やら紙切れやらにわざわざメッセージを残したりすんのは明らかに変だ。  そんなことしなきゃならねえ理由は何なんだ?  目的、過程を考えると回りくど過ぎるよな。  あっちじゃあ神様みてーに扱われる様なヤツだぞ。  いや、神様みてーな扱いをされる様なことをやらかしたからとか?  それか直接関われねえけどちょっかいは出さねえとならねえ理由、もとい状況的な何かが生じた?  そこらへんはまだ確認出来る余地があるな。  『羽根飾り自体にそのトリガーみてーなのはねーのか?』  明らかに俺ら狙いでちょっかいをかけてくる連中、そいつらはどう表現すればいいのか分かんねーが“彼女”とは何か考え方っつーか“出来ること”と“制限”と“情報力”に関してより強い縛りがあるっぽい感じなんだよな。  「今んとこ確認出来てねえな。  ただ……何か重要施設に入るためのキーみてーな機能があるらしいことは経験的に分かってる」  色のバリエーションが何種類あってそれが何を意味すんのかは分かってねーがな。    「だがな、この場所……この店で件の映像を見たことがあんだよ」  『何だと?』  「さっきから気になってたんだがよ」  『何だ?』  「その、オメーさっきからここを“俺の店”って言ってるだろ。  いつなんだ? 継いだのは」  『飛ばされた日の二年前くれーだから十年前か』  「卒業してすぐか。こっちとは随分と違うんだな」  『どこがどう違うってんだ?』  「オメーが店を継いだのはつい一年前のことだ。  きっかけはオメーの親父さんが病気で亡くなったことだったな」  『こっちじゃオヤジは隠居して趣味か何か分からんけど山奥に引っ込んでその何かに没頭してぇとか何とか言ってたが』  「隠居して趣味に没頭だ? これまた怪しいな」  オイオイ……まさかとは思うが山奥ってのはあの廃墟のことなんじゃねーだろーな?  『さっきの話を聞くと……そうだな。  親父が行方知れずにならずに病死ってのがそもそも違うが』  「行方知れず? そりゃ俺の親父の話だぜ」  『いや、だって帰って来ねえし』  「探したんか」  『……たりめーだろ』  「山奥ってホントの山奥か?」  『何が言いてえ』  「何に没頭したいって?」  『何か分からんコトだっつったろ』  『……人探しだそうだ』  「人探しだ?」  『それ以上は分からねえ……出てったっきりだからな』  「ホントか? 何か隠してねえか?」  『ホントだって!』  怪しいぜ……コイツは俺の親父の行方知れずとは話が違うな。  ジイさんの前科を知ったか、あるいは隣の奥さんに何か吹き込まれたか……  『山奥に行ったきり帰って来なかったってそれどこかに飛ばされたんじゃないの?  父さん?』  ああ、ここはそういうコトにしとこうぜってか。  「そうなればある意味、オメーと同じって訳だ」  『まあな。ただ親父はある程度の確信を持ってたのかも知れねえがな』  『じゃあ定食屋さんの親父さんは……?』  「俺は関係者だと思ってるぜ。そこんとこどうだ?」  『俺には何も言ってなかった……いや、そーいえばおっさんを助けてやれって言われてたな。  そうなると無関係って線はねーよな。  それにウチの店で現在進行形でこんなヘンテコが起きてんだ。  何か怖え気もするが……』  『じゃあさ、二階に行ってみなよ』  『二階……?』  「おっと……そこもか」  『悪ぃ、生き残るのに必死になり過ぎてたんだ……色々と無くしちまったモンもあるんだよ……』  戦いに明け暮れる毎日か……  コイツはあっちでどんな生活を送ってたんだろーな?  正直想像も出来ねえぜ。  問題は何がコイツを呼び込んだのかってとこか。  俺が飛ばされたときから時代がかなり下ってるみてーだしな?  「なあ、二階に行く前に一個聞いて良いか?」  『良いぜ。何だ?』  「“学院の紋章”って何だか知ってるか?」  『……!』 * ◇ ◇ ◇  「学院なんて一般名詞出されてもフツーは分からねえよな?」  『いや、学院と言ったらひとつしかねえ。  都に設置されてた高等学院のことだぜ』  「あー、東大みてーなやつか」  『おう、そんな感じだぜ』  「んで紋章って?」  『学院の紋章ってのはおっさんが書いた×印のことだぜ』  「へ?」  『何だ、分かってて言ったんじゃねーのか』  「いや、何で……」  『言っただろ、あの×印に関しちゃ色んな逸話やら伝説みてーなのがわんさかあるってよ。  何なら不滅の象徴にもなってるしな。  あ、あの広場にゃ“不死鳥の噴水広場”なんて名前まであるんだぜ』  何だよオイ……てかそれって明らかに俺が聞こうとしてたのとは別モンだよな?  そうじゃなきゃ時系列がおかしいぜ。  いや、それよりも……  「不死鳥のいわれの元はさすがに×印じゃねーよな?」  『え? 違うのか?』  「いや、尖塔のてっぺんに不死鳥のオブジェがあったんじゃねーの?」  『そうなの?』  イヤそこで目を丸くされても困るんだが……  「じゃあ他の広場には似た様な名前は付いてねーのか?  そうだな……例えば“ヒクイドリの噴水広場”とかさ」  『特にねーな』  えー!?  じゃあ俺が×印を付けたせいでそこだけ名前が残ったのか?  ……そもそも時系列うんぬん言う前に時間軸がおかしいだろ。  こういうパターンは始めてな気がするぜ。  一体どういうカラクリなんだ?  『何だよ。目を丸くされてもこっちが困るぜ』  あっ、そーですかぁ。  『ちなみにヒクイドリって何のキーワード?』  「学院の紋章だよ」  『何だそりゃ?』  「予想がハズレだったってことだよ」  『学院の紋章は?』  「そもそもそれが×印だったってのが予想外だぜ。  だってそのキーワードを目にしたのは×印を付け始めた辺りだったからな。  だから俺が付けた印が紋章だってんならそれは俺が知りてえ情報とは違うってことになるんだ」  『目にした? それに付け始めた?』  「何だ?」  『いや、学院の紋章って聞いたんじゃなくて見たのかって疑問なんだけどよ。  あと付け始めたってことは×印って実は他にもあんのか?』  「あー、話せば長くなるが俺がアッチに飛ばされたときに手元のメモ用紙に学院の紋章って文字が浮かんで来た。  それが何を意味すんのかがサッパリ分からんかったから聞いてみた、そんな感じだ」  『紙に浮かんだ?』  「それが何なのか疑問に思うかも知れねえが文字通り持ってた紙にメモ書きが浮かび上がってきたんだよ」  『はあ?』    「ホラーッス!」  「オメーはどうでも良いとこで割り込んで来るな……」  「逆にどうでも良いとこくらいしか会話に参加出来る余地が無いッス!  ボッチな気持ちッスよ!」  「あー悪い悪いもうちょっと我慢してくれや」  『俺もアンタがどんな人なのか気になるからな、後で話そうぜ』  「うー、分かったッスよ」  『父さん、二階には行かないの?』  「スマン、もうちっと待ってくれ」  『じゃあこっちは“遊んでる”から行くときにまた呼んでほしいな』  そうか、あんま待たすと孫が退屈し出すからな……  「スマンな、頼んだぜ」  『それで×印の話は?』  「ああ、複数付けたぜ。  何せ道に迷わねえ様に付けた目印だからな」  『マジかよ……だけど俺の知る限り×印は広場のヤツしかねえが?』  「それは知らんな……俺は消したりしてねえし」  『広場のやつ以外は風化して無くなったか撤去されたのか』  「知らんけど印の上に石を積んで道路にしたから見えてねえだけとか、地面ごとどっかに移動したとか、そのあたりは考えられねえか?」  『うーん、分からねえ。おっさんが場所を覚えてるならそこに行って確かめてみてえが今となっちゃ無理か……』  「まあ、そうだな」  うーむ。  後で試してみるか。  どうやったらまた行けるかっつーと……?  「俺が知りてえと思ってたことは取り敢えずハズレだったって分かっただけでも良しとすっか」  『じゃあ行ってみっか? その二階とやらに』  コレさっきみてーに当たり判定がバグった感じになるんかね。  「よっしゃ、じゃあ突撃すっぞ」  『何回も言うが何だそりゃだぜ』  「そこに階段があるんだが見えてっか?」  『そこって?』  「なるほど、見えてねえな」  『見えてねえ!? そんなことがあんのかよ』  「まあそう思うよな」  そう言って階段があるところまで進んでみる。  『おい……ってアレ?』  「俺どうなった?」  『壁にめり込んだぜ……』  コレ改装前の店に見えてたりすんのか?  それか平屋のまま改装してたとか?  何にしても“もとの場所”に戻った様に見えてたってことか……  「おっさんおっさん、コレさっきのやるんスか?」  「やるしかねーだろ」  『何をするって?』  「こーすんだよ、おらァ……って重っ!」  『のわぁあー……あ!?』  定食屋を抱えてドタドタと階段を登る。  こういうのは勢いをつけてやらねーとな。  「ぜぇぜぇ……ど、どーよ!?」  『あ、あれ……ここは?』  おう、取り敢えず連れてくりゃあ何とかなんのかね……?  『ぶ、仏間……いや、違う?  ここは俺ん家……なのか?』  「どうだ、オメーん家の仏間とは違ぇだろ?」  『あ、ああ。だけどこの仏壇はウチのだ……見た覚えがあるぜ』  「建て替えて一階が店舗で二階が住居になったんだぜ」  『ウソだろ……そんな覚えはねーぞ』  「だから言っただろ?  ここはオメーの知ってる“定食屋”じゃねーんだよ」  『待て、じゃあ住んでた家はどうなったんだ?』  「さあ? 俺がオメーと知り合ったときはすでにここはこうなってたからな。  場所とか分かるんだったら見に行けると思うけど。  あ、車とか出せねーから歩いていける範囲限定な」  てゆーかコイツここ出たらどうなるんだろ。  バグだらけのマップの中を歩いてく感じなのか?  『俺ん家なら先生ん家の隣だぜ』  えっ?  「先生って隣の奥さん……て言っても分からねえのか」  『隣ってどこの隣?』  「俺ん家」  『はあ?』  「オメーん家が建ってる場所には今俺ん家が建ってるってことだな」  「はあ!?」  「ところで俺ん家ってどこにあった?」  『えーと……分かんねえな』  「へ?」  『いやさ、もっぱら客として来てただろ?  家がどことか聞いてなかったなーと思ってよ』  「そうなんか? 出前とかは?  俺はしょっちゅう……って結構最近のことか。  なるほど、八年前なら分からねえな」  そもそも住んでる場所が違ってた?  じゃあ親父の会社は……?    まあ、まずは箱だけでも見てみてもらうか。  仏壇の収納からハリボテの木箱と文箱を取り出す。  何か自分ちみてーなムーヴだなコレ。  「ちょっと良いか? これなんだが」  『……! ちょっと見せてくれ』  「もしかして見たことあんのか?  さっきは興味なかったみてーなこと言ってたが」  『いや、そうじゃねえ。そうじゃねえがこれは……』  と言って文箱のフタをおもむろに開け……開いただと!?  「ってフタが開いた!?」  「マジッスか!?」  場面転換?  それともコイツが触ったから?  『何だ?  さすがにフタが開いただけでビックリすんのはねーだろ』  「いや、フタが開いただけでビックリなんだが」  『いやいや、別にカギなんてねーし開くのは当たりめーだろ』  「まあ良い、キリがねえ。中身はどうだ?」  いや待て……何で俺にも見えてんだ?  隣にいるアホ毛も見えてる風な反応だったな……?  『古い封筒と写真だ……両方とも相当古いな……ん?  あ? な、何で……?』  白黒の集合写真か……ってコレ……  スミの方に写ってる女の人……コレ、例の“〜ですわ”の人じゃねーか!?  「その反応……こん中に知ってる顔があったとか……?」  『あ、ああ。何で……?』  「なあ、この写真に何があるってんだ?」  『この人……この女性……親父が探してるって言ってた人だぜ……』  マジで!? ですわーの人がか!?  「待て、撮影された時代を考えろよ。おかしくねーか?」  『いや、でもさぁ。  時間ならおっさんが×印を付けたって話を聞いた時点で関係ねえって分かんだろ』  「じゃあ聞くが何でその探し人の顔なんて知ってたんだ?」  『あ……いや、別の写真でな』  さっきコイツは何を隠そうとしてた?  探してんのはコイツ本人なんじゃねーのか?  もしかしてココで会ってたりすんのか……?  てことは先代はどうなったんだ? * ◇ ◇ ◇  「こっちの木の茶碗箱の方はどうだ?」  『茶碗箱? 何だそれ?』  ありゃ? コイツは見えねえパターンか。  「もしかして見えてねえ?」  『ああ、さっきの漆塗りの黒い箱しか見えねえが』  「なるほど……もしかすっとオメーの方ではコイツは爺さんの手には渡ってなかったのか?」  『爺さんて?』  「オメーの爺さんだ」  『その茶碗箱ってのは何なんだ? 誰かの茶碗?』  「いや、入ってたのは双眼鏡だよ。  今持ってるだろ、そいつだ」  『な!? じゃあ……何で……?』  「知らんがな。だが今オメーが持ってるからだろーな」  『つまり?』  「ヤツが持ってたのがオメーの手に渡ったんだろ」  『ヤツって……ああ、親父か。  なるほど、親父もコッチに来てたってか。  どーりで見付かんねー訳だぜ』  ん? となると俺の親父もそうなった可能性があんのか?  『でもおかしくねーか?』  「ん? 何がだ?」  『だってよ、この部屋って俺が知らねえ場所なんだぜ?』  「だってオメーにはコレが見えてねーだろ?」  ん? じゃあ何で文箱が開くのが俺にも見えたんだ?  やっぱ写真と封筒に何かあんのか?  封筒に手を伸ばす……が、すり抜けるか。  「ちなみに俺にはこの封筒が見えるけど触ろうとしても触れねえ。  そして……この写真もそーだな。   これは何を意味するんだろーな?」  「あ……オイラはコレ触れるッスよ」  「なぬ?」  『あ……』  「ん? 何だ? どうした?」  この様子……俺には見えてねえ誰かがいる……?  『お、おい待てよ……お前のせいだって何だよそれ……!』  定食屋が立ち上がって槍を構える。  何だよオイ! ですわの人が出たとかじゃねーのかよ!?  てゆーかコレ刺されたら刺さるよな!?  『帰れってどういうことだよ』  「おい、誰だ? 誰がいる?」   『違う! 俺じゃねえ! 俺は何もやってねえ!』  「おい、オメーには見えるか?」  「……」  「オイ! 聞いてんのか?」  「……」  アカン、フリーズしとる。  何だよクソォ……膝カックンするしかねえか……?  「おいっ!」  ダメ元で定食屋の肩を揺すってみる。  『人違いだって言ってんだろーが!』  「のわーっ!?」  今必死に避けてっけどコレ客観的に見たらマンガのひとコマだよな……ってンなコト考えとるバヤイじゃねーぞ!  揺すってもダメなら膝カックンなんてダメだよな!?  とにかくコレはアカン!  危ねえ!  アホ毛に石突きがぶち当たりそうになり慌てて突き飛ばす。  その勢いで近場にあった柱にしこたま頭をぶつけた。  あー、コレ石突きに当たった方がマシだったかな?  「あたたた……あっ、そーだ!  警報! 警報は……? アレ?」  「気が付いたか。フリーズしてたぞ」  「マジッスか!?」  よ、よし。ケガの功名ってヤツだな!  しかしフリーズってどういう現象なんだ?  あれってもしかして過去の記憶とかだったりすんのか?  だけどその割にはやたらとインタラクティブだよな……  ……じゃなくてぇ!  「警報ってのは置いといて今は定食屋だ。  何かわーわー言いながら槍を振り回し始めやがった」  「こ、このおっさん何かこっちを凝視してるッス!」  「何だよ、怖えーなオイ」  『え? あ? 何で……?』  またかい! 何だよ今度はよォ!  ここんとこ何だ何だしか言ってねー様な気がすんぞ。  驚愕……からの混乱? イヤ、恐怖か……?  しかし人の顔見て失礼なヤツだな!  顔が怖えのは否定しねーけどよォ!  「失礼なヤツめってことを考えてる顔ッス」  「もうそれは分かったから次どうすっか考えろや!  ってそうだ、お隣から拝借して来た掛け時計はあるか?」  「無いッス!」  「そんな自信たっぷりに言うなよ……下に忘れてきたのか?  それかいつの間にか無くなってたとか?」  「えーと……そんなの最初から持って無いッスよ?」  えぇ!?  「ちょっと待て……息子との電話はまだ繋がってんのか?」  「そもそも電話なんてしてたッスか?  今繋がってないッスけどさっきまで繋がってたッスかね?」  『な、なあ……あんた……アナタ様がお助けくださったのですか?』  えぇっ?  何だよ今度はよォ! てか何回目だこれ!  「てゆーかこの物騒なおっさんはどこから湧いて出たッスか?」  そっからかい!  「定食屋だよ! こんなナリしてっけどよォ」  「えー!? 何でそんな訳の分からないことになってるんスかあ!?」  「知るか! ついでに言うとオメーもだぞ」  「おっさんだってさっきから訳の分からないコトばっか聞いてくるじゃないッスか!」  だーっ!  そもそも何しに二階に来たんだっけか!?  もう訳が分かんねーよ!  『!? あ、そーか。  ¥℃§№℃№§£⁇×π∆?』  いや、分かんねーから!  これどういう状況なんだよ!  こういうときは……取り敢えず逃げっか!  「ちょ、ちょっと待ってろ!」  俺は二人を置いてダッシュで階下の店舗に戻った。  二人別々に何かわめいてたけど無視だ無視!  とゆー訳で戻って来たぜ一階に!  さてと……  ってアレ?  『ところでよ』  『何だ?』  『警察に知り合いなんていたか?』  『いや? 何でだ?』  『警察からカツ丼の出前の注文とか良く来てただろ』  『そういうのは無かったな』  『そうなのか? 親父さんもか?』  『ウチは基本的に出前なんてやってなかったからな』  『じゃああの子は何なんだ?』  『あの子?』  『ホラ、バイト募集のチラシに応募して来た子がいただろ』  『何だよ』  『警察のコネが欲しいんだってさ』  『それが何でウチなんだ?』  『さあなあ?』  『さあなあじゃねえよ。オメーが聞いてきたんだろーがよ』  『つーかさ、そんな訳アリ感バリバリなの雇ったりしねえよな?』  『採用したぞ。別段怪しいとこなんて無かったからな』  『何でだよ! 厄介事はゴメンだぜ俺はよォ』  『今更んな事言われてもよぉ……そういうことは前もって言えよな……』  『だから都度都度俺に相談しろっつっただろーが』  ……えーと、コレは誰と誰がお話してんのかな?  今度は音は聞こえど姿は見えずか……しかし何なんだろーな、この店は。  『でさ、アレの進み具合はどうなんだ?』  『アレ?』  『しらばっくれんじゃねえよ。  掘っ立て小屋で作ってるアレだよ』  『さあなあ?』  『さあなあじゃねーよ。  今となっちゃ公然の秘密なんだぜ?』  『分かってんだぜ?  今度やらしてくれよな、楽しみにしてんぜ』  ……今度は誰だ?  てか何だこの会話?  『なあ、誰なんだよあの子』  『だからバイトだって言ってんだろ』  『本当かよ? どこから連れて来たんだ?』  『良いだろ、どこからだってよ』  『フン、知ってるぜ? 俺は見たんだからな』  『ッ……! 何をだ?』  『マシンルームに勝手に入れてるだろ』  『なぜそれを? 見たって一体何を……?』  『このノートだよ』  『それは!? お前それ誰かに話したのか!?』  『いや、だってよ――』  『あっいたいた! ねえ、あたしのノート知らない?』  『ああ、コレだろ?』  『あっ! これこれ!  探してたのよね! ありがとう!』  『なあ。誰なんだよ、あれ』  『……後ろを見てみろ』  『後ろ? 何があるってんだよ』  『何もねーか?』  『ああ、強いて言うならこの前植えたサルスベリが一本あるだけ、そうだろ?』  『そうか、何もねーか』  『何だよ、何かあるよーな言い回しだな』  『まあ気にすんな』  『何だよ、余計気になんじゃねーか』  コレ何と関係あんの?  てかここじゃねえよな、明らかに。  『明日の昼ちょっと付き合っちゃもらえねえか?』  『何だ?』  『いや、例の定食屋にな』  『おっ、良いねえ』    マジで誰と誰の何についての会話なんだ……? * ◇ ◇ ◇  『またカツ丼か?』  『他に何があるっつーんだよ』  『ホントカツ丼好きだよな、テメーはよ。  ……で、何だ?』  『行ったら話す』  『ここじゃダメなのか?』  『ああ、ダメだね。  ……どこかで見てるんだろ? なあ。  だから定食屋に行くんだぜ。  分かったかよ、オイ』  見てるっつーか聞いてるだけだけどな!  ここでふと辺りを見渡す。  さっきと変わらない店内だ。  ここに何があるっつーんだ……?  ……てゆーかここが定食屋だろ?  どういうことだ?  『何でぇ、独り言か?』  『そうか、オメーには見えねえのか。  今もそこに留まり続けてるってのになぁ。  全く、かわいそうによォ』  『あァ? 地縛霊でも見えるってか?』  『地縛霊? ああ、ある意味そうなるんか』  『……オメー、何か最近おかしくねえか?』  『何かって何だよ。変なのはオメーだろーが。  妙に疑り深くなりやがってよォ』  『疑り深い? どこがだよ』  『ほらみろ、今も疑問系だっただろ?  何だ何だの連続じゃねーかよ、ここんとこよォ』  『オメーが変なことばっか言うからだろーがよ』  分かるぜ……俺もずっと疑問系ばっかだからな。  ……しかし地縛霊か。  どこの話だ? ここじゃねえことは確かだ。  じゃあどこだ?  木を植えたとか何とか言ってたから少なくとも屋内じゃねーよな。  『ッ!?』  『何でぇ何でぇ、今度はどうしたってぇんだよ!?』  『警報だ』  『何だと? 何も聞こえ――』  【ビビービビービビービビー】  『何だ!? どこで鳴ってる!? っつーか何の警報だよ』  こっちで鳴っている!?  偶然!? いや、しかしいつ……どこで?  そういやさっき二階でアホ毛が警報云々言ってたなぁ……  ってコレ過去の記憶なんだから関係ねーよな!  『おい!』  『知るか!』  『ガチャ』  『あ』  『あーごめんごめん、びっくりしたよね!  今止めるから!』  『ガチャ……バタン』  『マジで誰なんだよ、アレ』  『あー何だ、その――』  『ガチャ』  『ごめん、ちょっと来てもらっていい?』  『お、おう。すまん、ちょっと失礼するわ。  先に戻ってて良いぜ』  『何だよ、俺は仲間外れかよ』  『悪いな』  『……』  『……あー、分かったよ。じゃあ後でな』  『ああ、すまん』  『……』  『ごめんねー』  『ガチャ……バタン』  『……』  『……何なんだ? 今の間は』  『……』  『あばばばばばぁー みょみょーん』  『……』  『……』  『ガチャ』  『おう、待たせたな』  『遅せーんだよ』  『さてと……行くか』  何だコレ? つーか怖えーから!  『あ、行く前にちょっと良いか?』  『何だ?』  『コレっていつ出来たんだっけ?』  『その像か? さあな、大分前からあんだろ。  ガキの頃にはもうあったから少なく見積もっても五十年は経ってんじゃねーか?  知らんけどな。  ところで行くってどこに行くんだ?』  『言っただろ、定食屋だよ』  『おー、そうだった。  オムライス好きだったもんなぁ、あの子』  『もう二十年も経つのか、あの日からよ』  『そうだな。ああ、二十年、二十年か……』  『何でえ、急にしんみりしちまってよ』  『別に何でもねえよ』  『じゃあな、行って来るぜぇ』  『何だよ、像にアイサツなんてしてよ。  ま、そんなら俺も。  じゃあな、逝って来るぜぇ?』  『……キキィ……パタン』  ………  …  『またね、バイバイ』  『……パタン』  ………  …  終わりか?  まさかなぁ。  周りの様子は……変化無し?  正直分かんねーな。  そもそも二階で訳の分からん展開になったからスタコラと逃げて来たんだ。  変化なら元からあったってことだよな。  しかし今のって時系列はどうなってたんだ?  最後にバイバイって言ってた女の子とオムライス云々言ってた子は明らかに別人だよな、流れから言って。  それに最後のアレ、何でわざわざ出てってからボソッと呟いたんだ?  直接言えば良いのによ。  てか、あいつらが誰でどういう関係なのかも全く分からねえからな。  何で急に聞こえ始めたのか、それもサッパリ分からねえ。    俺ん家の木箱みてーなモノがどっかににあんのか?  まあここ自体が夢かうつつかって場所だし何があってもおかしくねーが。  じゃあ定食屋は誰を見たんだ?  今ここで聞いた話と上であった異変とは何か関係があんのか……?  “俺はやってねえ”とかわめいてたが……    クッソォ……やっぱ戻んねえとダメか。  つーか息子と話せなくなっちまったのがダメージでけぇなぁ。  改めて店内を俯瞰してみる。  ……うん、今の定食屋だぜ。  過去の映像とかではなさそうだ。  であればやっぱ上にいる奴らに何かしらのしがらみがあるんだな。  誰と誰の何がどう絡んでんのか……  それが分かったところでどうなるってもんでもねーんだろーが……  まあ良い。  ちょっと怖えーが上に戻ってみるとすっか。  トン、トン、トン……  やけに足音が響くぜ……  まるでホラー映画みてーだな。  おっし、着いた。  ガラッ。  ………  …  は?  チュンチュン、チチチ……  ………  …  ……何だ……何だよこれ!?  何で俺ん家なんだよ!  しかも朝だ!?  携帯の日時は……ア、アレ?  無え!?  ……携帯が無えだと!?  どこで失くした!?  いや、前に確認してから一度だって取り出してねえ筈だ!  くっそォ、またかよォ! くっそォ!  いい加減にしろよな、ったくよォ。  ……さて、どうする?  とにかく進むか戻るか決めなきゃならねえ。  この敷居をまたいだら何がある?  本当に次の日が来んのか?  じゃああの定食屋は何だったんだ?  手に持ってたあの紙は?  双眼鏡はどうした?  文箱の中身は何だった?  俺が付けた×印は?  ガラスケースの中の像って何だ?  それにアホ毛はどうなった?  何で通話が切れた?  息子は今どうしてる? 孫は?  あのBBQには何の意味があった?  息子の確認報告をまだ聞いてねーぞ?  進んでも戻ってもここでの出来事全部が無かったことになんのか?  いや、こうなった原因だって必ずある筈なんだ。  そう考えるしかねえ。  まずは戻って考えをまとめよう。  そう結論を出した俺は再び一階の店舗へと向かった。  ………  …  チュンチュン、チチチ……  ってマジかよ、おい! * ◇ ◇ ◇  チュンチュンチチチって何だよ。  ふざけてんのか!?  登っても降りても同じ、しかも行き先が俺の部屋ってどういうことだ?  ここは定食屋だぞ?  何が関係あるんだ?  『ガチャ』  ん? 誰か入って来たぞ。  白髪混じりでくたびれた感じの初老の男……ってコイツ定食屋か!?  しかも……跡を継いだ息子じゃなくて数年前に病気で亡くなった筈の親父の方だぜ……  ちなみに俺はどうした……ってここにいるからいねーのか?  そういや今俺は何越しに自分ちを眺めてるんだ?  つーかコレ、誰目線だ?  ぱっと見現実なのか記録なのか区別が付かねえのがな……  しかしどうする? 敷居をまたいでみるか?  取り敢えず向こうからはこっちは見えてねえみてーだが……  ……うし、ちっと様子見してみっか。  ………  …  何だ?  動きに違和感がねえな。  まるで自分ちみてーな動きしてやがんなあ。  手に持ってんのは……木箱?  まさか俺ん家のヤツか?  お? こっち見たか!?  手に持ってんのは線香? てことは手前は仏壇か。  シュボッ……パタパタ……ぷすっ。  うお!? 何か拝みだしたぞ?  手なんて合わせちまってよォ。  こうしてっと神様にでもなったみてーで何かこそばゆいぜ!  『オメーがいなくなってもう五十年か』  へぇ? 俺ですかぁ? なんちって。  『店は息子が継いでくれたんだ。  でもってやっと本腰入れて奴を探しに行ける様になったからな。  今日はその報告って訳だ。  まあ何だ、俺なんてしょっちゅうフラフラと出歩いてるし、その度に息子も学業そっちのけで厨房に立ってくれてたからなぁ。  その意味で言うと今更感タップリだな!』  そう言うと定食屋、いや元定食屋のオヤジはガハハとひとり笑い声をあげた。  何?“奴”だ?  コイツは今誰に何を報告してる?  それに……何でそんなに寂しそうにしてんだよ。  このオヤジ、店を息子に継がせたとか何とか言ってたよな。  てことは、時系列的にはさっきまで俺が話してたアイツがアッチに飛ばされる前の話になんのか?  五十年前に行方知れずになった奴……  誰だそれ……?  待てよ?  確かコイツの探し人ってのはあの写真に写ってた女性、そう言ってなかったか?  それがさっきの会話の“あの子”ってヤツなのか?  となるとコレはその三十年後?  いや待て、おかしいだろ。  あの写真は戦時中のモンだぞ?  さっきの会話はいつのモンなんだ?  クソ……やっぱどう考えても整合性がおかしいぞ……!  何か重大なことを忘れてねーか?  何だ?  何かがあっただろ……!  ヤベェ……元々ハテナマークだらけな頭が一層ワケワカなことになって来やがったぜ……!  『じゃあな、行ってくんぜ』  「オイ待て、待てってばよォ!」  『ガチャ……バタン』  ……行っちまった。  さて、この俺ん家はどの俺ん家か……  『ブロロロ……』  ん? ああ、クルマで出てったのか……あ?  ありゃあ例のクルマか。  なるほど、道理で見慣れねえ訳だ……ってもしかしてお隣でワーワーやってた時点でウチに来てたんか!?  てゆーか何でアイツはフツーに俺ん家にあがり込んでんだ?  ちゃんと戸締まりしてったんだろーなァ、オイ!  『ガチャ』  ん?  帰ってきたんか?  つか早くね?  旅に出るぜみてーなこと言ってなかったか?  ……って今度は息子の方かよ!  親子揃って何なんだよ全くよォ。  さすがにまだ髭面の槍持ちにはなってねーよな。  『ん? オヤジ……帰ってきてたんか……?』  線香上がってるだけでよく分かんなあ。  こっちに手ぇ伸ばして……掴んだのはさっきの木箱か。  中から取り出したのは羽根飾り……じゃなくて手紙……?  それを手にしてしげしげと眺める定食屋。  ふーんへぇーなるほどねー的な顔をする。  頼むから音読してくれ……っつっても無理か。  何か帰って来たら木箱に手紙を入れといて連絡する感じか?  文通かよ!  てかホントに自分ちみてーな扱いだなオイ!  『ガチャ……バタン』  うーむ。  手紙を持ったまんまどっか行っちまったぜ……  しかしもしかして……いや、もしかしなくてもここって俺ん家じゃなくて定食屋の家だったりすんのか?  定食屋が店舗兼住宅になる前はここに住んでた……?  イヤ、そんなことはある筈がねえ。  俺ん家は初めっから俺ん家だったぞ。  第一ココが定食屋ん家なら俺ん家はどこなんだよって話だ。  うーむ……分からねえ。  向こう側に行ってみるしかねえのか……?  と思って手を伸ばすが……すり抜けた?  こりゃどういう仕組みだ?  一歩踏み出すと……元の店内……?  慌てて戻って振り返るがもうさっきまでの映像は映っていなかった。   一体何だったんだ?    この定食屋、いや……定食屋のオヤジは単にそのまたオヤジから何か吹き込まれていたらしい。  そんなこんなで俺の同級生だったここのオヤジは東京コーヒー……じゃなかった不登校気味だった俺に妙に親切だった。  俺が定食屋に関して知ってることと言ったらこん位しかねえ。  だがいつぞやのあの映像、確か76年だったか。  あのときここでひと悶着あって親父と母さんが揃ってここに来てたってことが本当ならただならねえ関係にあったってことは間違いねえ。  何せ殺人からのお説教だ。  アレの後始末がどう行われたのか、結局あの女子高生が何者でその後どうなったのか、メッチャ気になるとこだが……残念ながら俺には知る術がねえ。  何にせよ、その後の顛末もこの定食屋を中心に繰り広げられたってことは間違いねえだろーな。  ただ、今の状況はそれを加味して考えてもサッパリ分からねえことばっかだ。  さっき聞いた話といい、今目の前であったことといい、本当なら色んなものが覆っちまいかねねえ矛盾がある。  今起きてることにせよ過去に起きたことの記憶だったにせよ、何らかの事実関係に基づくモンであることには違いはねえ。    なぜそんな矛盾があんのかっつえば各々の場面のちびっとずつ違う自分のちびっとずつ違った記憶、その積み重ねなんじゃねーかとも思えるんだが……  今までとの明らかな相違点、それは明らかに頭オカシイだろって矛盾が荒唐無稽で片付けられなくなってきてるってことだ。    そうだ。  明らかに頭おかしい集団がどやどやと乗り込んで来たり、俺ん家が隣だと言い張ってみたり……出くわしたときは何の脈絡も無く荒唐無稽だとしか考えられなかった。  だが今度はどうだ。  確かにそうだと思わされる出来事の連続……  いや、出来事っつーか……  そう、明らかに過去からの繋がりを感じさせる証拠みてーなのを次々と突きつけられてる感じ、コレだ。  一体何なんだ……?  待てよ?  元の店内に戻ったってことは二階も元通りってことか?  確かめねーと……それにアホ毛、息子、それに定食屋があの後どうなったのか……  俺は階段をドタドタと駆け昇った。  二階のふすまは既に開け放たれている。  さっき俺が乱暴にバーンと開いたからな!  そしてその向こうには……    さっきと同じ様に線香をあげ、手を合わせる定食屋のオヤジの姿があった。  場所はもちろん俺ん家だ。  コレ、通り抜けたら普通に居住スペースに戻んだろーなぁ。  それを考えっとここは取り敢えず静観するしかねーんか。  つーか俺が来たのに合わせて動き始めたっぽいな。  こりゃやっぱ過去の映像の類かね?  とはいえ、さっきよりちょっとだけ始まるタイミングが遅いな。  まあちょっとだけ見ちまったからな、そのせいだな。  『じゃあな、と言ってももう来ることもねえだろうがな』  そう言い残すと定食屋のオヤジは部屋を出て行った。  何だそれ……  最後の捨て台詞、んなこと言われたらメッチャ気になっちまうじゃねーか。  別に俺に対して言った訳じゃねーんだろーけど。  さて、次は息子の方か……  『ブロロロ……』  おっと、その前にオヤジの方のクルマが出てくのが見えたんだったよな……ってアレ?  オイ、そりゃあ俺のクルマだぞ!?  どういうこった?  『ガチャ』  うお、そして息子の方が入って来たか。  誰のせいって訳でもねーが何ともタイミングが悪ぃなぁ……  『オヤジの奴め……  何だあの車は……  何が“手掛かりが見付かった”だ。  ったく……あの車に何があるってんだ。  やってることは窃盗じゃねーかよ、クソ!』  うーむ……やっぱ俺のクルマか。  つーかさっきよりも時系列が後の話なのか?  定食屋がまたこっち……仏壇の方を一瞥する。  『……お別れは済ませたってか。  アノ人に会えれば何か分かるかもしれねえってのは分かるがよォ……』  そう呟きながら手に取ったのは古びた封筒だった。  何だ?  木箱じゃねえ……?    『何で五十年も前の出来事に今だに執着してるんだ……オヤジはよォ……  ちったぁこっちの苦労も分かって欲しいもんだぜ……』  放蕩息子ならぬ放蕩オヤジか……  『爺さんから何を吹き込まれたのか知らねーが……  爺さんのダチの息子が何だってんだ……  五十年も前だろ、行方知れずになったのはよォ』  オ、オイ。  ちょっと待て……それじゃあ……それじゃあまるで……  いなくなったのは親父じゃなくて俺の方みてーじゃねーか!  何だ……何なんだ……  じゃあ今まで散々見て来たモノは何だったんだ?  いや、そもそも俺の人生って何だったんだ?  そうだ……親父……親父はどうした!?  あのとき急にいなくなったのは確かに親父の方だった筈だ……!  『“これが道標だ。絶対に失くすな”だと?  こんなモン置いて行きやがって……』  ! ……羽根飾り!?  一体どこで……いや、それよりも……それは今の俺に必要なモノなんだ……  頼む……届いてくれ……!  必死で手を伸ばすが、それが羽根飾りに届くことは無かった。  「……クソ……何だってんだ」  羽根飾りを掴む代わりに目にしたのは怪訝そうな顔をしたアホ毛野郎、それに髭面で汚ねえ鎧を着た定食屋の姿だった。  「どうしたんスか?  おっさんの頭がおかしいのは今に始まったことじゃないッスけど」  「うるせーな……オメーに言われたかねーよ」  俺はそう返すのが精一杯だった。  ったく……  ちょっと前までワケワカなことを喚いてたクセしてよォ…… * ◇ ◇ ◇  「何か落ち着いてるみてーだから聞くんだがな、さっきまでオメーらがワーワー騒いでた原因は結局何だったんだ?」  『俺ら?』  「オイラ達ッスか?」  「両方だよ。  言っとくが二人別々な原因だってことも有り得ると思ってるからな」  「オイラは……急に警報が鳴ったと思ったら詰所にいたッスよ」  「詰所だ? 観測所じゃなくてか?  何にしても例の変な秘密基地みてーなアレか」  「秘密基地……ああ、確かにそんな感じッスねェ!」  あそこだと何でか知らんがダム端が使えるんだよな。  使えるコマンドも動いてるジョブも何か見覚えあるし。  「で、オメーの方は?  てかオメーが騒いでた理由の方が気になるぜ」  「エッオイラはどーでも良いってコトッスかぁ!!?」  「うん」  「酷いッスよ!」  『あー、俺何か言ってた?』  「言ってたぜ。『俺はやってねえ』ってな。  なあ、何をやってねえって話だったんだ?」  『マジで? 何か夢でも見てたのか?』  「他人が見てる夢の内容なんぞ知るかっつーの。  必死で言い訳し始めたかと思えば槍持って暴れ出すしよォ』  『ま、マジで!?』  「マジだっつーの。ホントに覚えてねーのかよ」  『マジだって。気が付いたらオッサンはいなくなってるしよォ』  「じゃあ良いわ』  『エッ良いの!?』  「うん」  「扱いの差が酷いッス!」  「その代わりと言っちゃ何だが一個良いか?」  『な、何だ?』  「オメーの親父さんて人探しとか言って出てったきり帰って来てねえんだっけ?」  『ああ、まあ八年前の話だから今どうだかは知らねえけどな』  「最後に会ったのはいつ、どこでだ?」  『あ? 何で?』  「何だよ、答えられねえ理由でもあんのか?」  『違ぇよ、そんな昔のことなんて覚えてる訳ねーだろーがよ』  「じゃあ聞き方を変えるぜ。  親父さん、会ってはいねーけど時々家に帰って来てたんだろ?」  『何で……って聞くだけムダか』  「お? だんだん分かって来たッスね!」  「うるせえ、黙ってろ」  「酷いッス!」  「でもって否定しねえってことはそうだって捉えて良いんだな?」  『まあ、そうだな。  家に帰るとたまに仏壇に線香が上がってたり土産もんが置いてあったり色々あったけどな』  「何で直接会わねーんだろーな?」  『それこそ知らねーって』  「ふーん」  『……ンだよ、疑ってんのか?』  「いや、そういう訳じゃねーんだがな。  何でオメーが今ここにいんのかなーってさ」  『知るかよ。偶然だろ。てかオッサンらだって同じじゃねーか』  「ん……ああ、まあそうだな」  「えーと……結局何の話ッスかね?」  「オメーさ、親父さんから何か取っ掛かりみてーなモンを掴まされてたんじゃねーのか?」  『取っ掛かりだ?  ああ、今の状況になった取っ掛かりってことか』  「心当たりはねーか?  じっくりと考えてみちゃくんねーか?  時間はあるんだしさ」   『時間がある?』  「ああ、ここじゃあ日は沈まねーし腹は減らねーし尿意を催したりもしねーだろ?」  『それはちっと違えと思うぜ』  「そのココロは?」  『俺が八年間いた場所だって同じだったぞ?  だがほっとけば歳は食うしメシだって食ってた。  食い詰めて餓死する奴までいたからな』  「オメーはそうじゃねーだろ。  俺が言ったのはオメーのことなんだぜ?」  あるとしたら今この場所にある何か……だろーな。  だが本来ここはこの定食屋には覚えのねー場所だ。  何がそうさせたのかは分からんが、俺が知ってる定食屋とは別な定食屋が八年かけてここに流れ着いた……そう考えるとしっくりくるぜ。  だがそれがさっきの羽根飾りにどう結び付くんだ……?  羽根飾りは女神サマの像の手に握られてたとか言ってたが、フツーに考えたらそれも像の一部だよな……?  ふすまの向こうの映像は俺が知ってる俺ん家じゃなくて、確実にこの髭面ヤローの側での出来事だったよな……?  と、そこで定食屋が左の手のひらを右の手でポンと叩く。  『ああ、そうだそうだ』  「お? 何か思い出したか?」  『おう。そういやな、出てくだいぶ前の話なんだが親父のやつがイキナリ他人の車をパクって来やがってな。  自慢げに言うんだよ。  “やっと見付けたぜ”ってな』  「出てく前?」  おろ? じゃあ俺のクルマとは違うか?  『ただな、言ってることがおかしいっつーかさ。  “長いこと苦労をかけた”みてーなことを言われたんだけどこっちとしちゃあ何のことだかサッパリでさ』  「そのクルマって何か古いパソコンとかお泊りセットなんかを満載してなかったか?」  『またかよ。  そうだぜ、もしかしなくても知ってるって感じだな』  「知ってるも何もそれ俺のクルマだから」  『なっ!?  でも八年どころか十年は経ってるぜ……って×印の件と同じだってか?』  「そのクルマに荷物を載っけたのはほんの数日前のことなんだがなあ」  だとしてもクルマドロボーの実行犯がどこのどいつだって疑問は残るんだよなあ。  「おっさんおっさん」  ……その辺の出来事でも何か重大なことを忘れてる様な気がすんだよな。  何だったっけかなぁ。  「おーい」  ……あ、そうだ。携帯! 俺の携帯はどこ行った?  「膝カック……」  「甘いわ! 膝カックン返しィ!」  「ズコー!」  『サッパリ意味が分からねえ!』  「あースマンスマン考えごとしてた。  そこにさ、古そうな封筒があんだろ?」    『おう、そういえばそうだったな』  「その封筒ってさ、やっぱオメー宛かオメーの親父さん宛の奴だと思うんだよな」  『? 何でまた?』  「言ったろ。  俺の認識じゃあオメーはここに住んでたんだぜ?」  『あー、そー言えばここってウチの二階なんだっけか』  「ああ、さっきその封筒の中身を検めてやろうと思って手を伸ばしたんだけどな、すり抜けちまったんだよ」  『へ?』  「コッチのアホ毛は触れたけどオメーはどうだ?  写真を手に持ってたから大丈夫だと思うんだが」  『駄目だな、触れねえ。  つーかコレってどういう現象?』  「多分なにがしかの関わりがあるやつが見えたりさわれたりするとかじゃねーかと思うぜ……知らんけど」  『知らんけどって知らんのかい!』  「隣の奥さん……もといオメーの先生が言ってた説だと個々人の認知具合なんかが関係してるとか何とかって話だったんだがな、色々見てて俺なりに考えた結果そうなったんだがな……知らんけど」  『結局知らんのか……って先生も一枚噛んでたのか!?』  「あーいや、隣の奥さんも巻き込まれたクチだな」  『ふーんナルホドねぇ……ちなみに“隣”ってのはおっさん家の隣なのか?』  「あ、そーか。そうだぜ、オメーの先生の家は俺ん家の隣だ」  『何か色々と紛らわしいなあ……先生の家って俺ん家の隣だったからたまたま話が合ったけどよォ』  「何か反応がビミョーだと思ってたらそういうことだったんか」  ……ん? アレ?  じゃあ何でコイツは俺のこと知ってんだ? * ◇ ◇ ◇  となるとチュンチュンからのオヤジ何やってんだ……的なやつはまた別の定食屋の話だってことになんのか?  今の状況がまた分からん様になって来たぞ。  何しろ隣が俺ん家だとか俺ん家が詰所だとか意味不明なのは今までもあったからなあ……  アレ? 他にも何かあったよな? しかもさっきだぞ?  やべえ、何だっけ?  どこでこうなった?  まあ仕方無え、目先の事案だけでも確認しとくか。  「あー悪ィ、脱線しちまったな。話を戻すぜ?」  『おう、えーと何だ、この封筒だっけ?』  あ? フツーに手に取っただ?  『どれどれ……』    ビリビリと封を雑に破る……ってオイ!  「オイ! もーちっと丁重に扱えねーのかよ!  ナイフとか包丁とかあんだろ。それでだな――」  【ビビービビービビービビー】  はあ!? 今度は何だよ!  ここは定食屋だろーがよ!  つーかイベント多過ぎだって!  出すならカツ丼出せよカツ丼をよォ!  「オイ! コイツぁ警報とかってヤツだろ!?  警報が鳴ったら何がどうだってんだ?」  「さあ? 鳴ったら止める、それしか知らないッスよ?」  「さっきまでボーッとして見てたのは何だったんだよ!」  『な、何でここでコレが聞こえんだよ』  「知るかよ! コッチが聞きてえよ! てか何でオメーが知ってんだよ!」  「止めなかったらどうなんだよ!  てゆーかそもそもどーやって止めんだよコレ」  「そんなの知らないッスよォ! レバー、レバーッス」  『レバニラ一丁?』  「うるせえよ!」  えーと……  何らかの異常が起きると警報が鳴って原状回復すると止まるんだっけ?  定食屋が封筒を手に取ったら鳴った……よな?  何じゃそりゃ? 単なる偶然か?  良く考えたら一個も理解出来ねーぞコノヤローめ!  ぺちっ!  「あだっ!?」  「カツ丼食いてえぞコンチキショウ!」  「何もしてないのに叩くなんて酷いッスよォ!  あと言ってることが意味不明ッス!」  「スマン、何か無性に腹が立った」  「理不尽ッス!」  『カツ丼? 材料さえあれば今でも作れっかなあ』  「カツ丼はもう良いから!  それよりさっきの手紙はどうしたんだよオイ!」  『あ』  「あ、じゃねーよ」  「何スか……あ」  「何だよオメーまで」  『あ……ああ……』  周りを見ても何の変化もねえな。  こりゃまたさっきと同じパターンか。  何だっつーんだよもう勘弁してくれよ……  取り敢えずやれそうなことか……  「必殺の膝カックンを喰らいやがれオラぁ!」  「ズコー……あれ? いつ戻ったんスか?」  「戻るも何もどこにも行ってねえっつーの」  「へ?」  「へ、じゃねーよ」  ぺちっ!  「何スか! 理不尽ッス!」  「いや理不尽じゃねえから!」  『ひ、ひぃぃぃいぃ』  「うるせ……おわっと危ねえ!」  「ひええ」  「こんにゃろ……狭ぇトコで物騒なモン振り回すんじゃねえ!」  「な、何かおかしいッスよ?」  「あ? 何がだよ……ってオイ、避け……ろ?」  「ぶんぶん振り回してる割にどこにも当たってないッス」  「本当だぜ」  「これ、もしかたらスーッっていなくなるやつじゃないッスか?」  「あー、あ? ああ……?  そんなんあったっけか?」  「あ、そーか。おっさんは消えた本人だから自分じゃ分からないッスネ!」  「へ? 俺が? だったらそれ以前にオメーと俺が……  待てよ? それっていつの話?」  『あっち行け! あっち行けってんだオラァ!』  「だーっ、うぜえ!」  「そういえばそれってここであったことッスよ」  「ここで? しかしオメーもよくすんなりもとの話題に戻れんなあ」  「当たらないって分かったら余裕ッスよ」  「ホントに現金なヤローだなあ」  「何か年季の入った装備品着けてる割に構えも何もメチャクチャで弱そうッスよね!」  「んでここであったコトって何だ?」  「まずおっさんがここに来たんスけど見えるのがオイラたちだけで他の人には見えなかったッス」  「他の人? そんときは誰かいたのか?」  「えーと……まず定食屋さん、お隣さんの奥さん、あと駐在さんッスね」  「何だそのメンツ……?」  「知らないッスよ。  オイラは相棒とアネさんを探してたッス。  店に入ったら何か取り押さえられてそこの柱にぐるぐる巻にされたッス」  「そこに俺が入って来た……?」  「何かこの話何回もさせられてるよーな気がするッスよ……」  「なぬ……?」  「じゃあ聞くッスけどおっさんがオイラに初めて会ったのっていつッスかね?」  「いつ? そりゃあ俺ん家の前でウロウロしながら物色してた時だろ」  「その話、一回聞いてるッスけどオイラ自身は身に覚えがない話ッスよ?」  『この! この! チクショーめぇ!』  喚きながら槍をブンブンと振り回す定食屋。  ……コイツの足は今どこの地面を踏みしめてんだろーな?  さっきまではちょっと動けばガンガンとぶつかる状態だったってのに今じゃ障害物も何もねえ体で槍をブン回してやがる。  それでいてこの部屋に留まり続けてる理由は何だ?  別に四方が壁だってこともここが二階だってことも今のコイツにゃあ何の障害にもならねえ筈だ。  「じゃあいつだってんだ?」  「さっきの話のときッスよ?」  「待て、じゃあ留置場にいたことは?」  「もちろん覚えてるッスよ」  「その留置場にどうやって入れられたかは?」  「ここからそのまま連れて行かれたッスよ」  なるほど……しかし何でだ?  いつからかってのは何となく分かる気もするけど。  「森の中でゴリラに出くわして撲殺されたってのは覚えてっか?」  「? おっさん、やっぱ頭おかしくなったッスか?  何でいきなりゴリラなんスか?」  「じゃあ廃墟……もといオメーらのアジトの隅っこにあった事務所みてーな建屋、ソイツについてはどうだ?  入ってみたこととかあるか?」  「ああ、入ってみたことは無いッスね。  てゆーかドアが開かないから入りたくても入れないッス」  ほーん?  「何か変な顔してるッスね?」  「うるせえ」  おっとイカンイカン、俺としたことがつい顔に出ちまったぜ。  ……ん? 鳴り止んだな?  『ハァ、ハァ……どーよ……あ、アレ?』  そして気のせいか分からんけど何か外が騒がしくねえか?  「どうした、キツネにでも化かされたみてーなツラしやがってよ」  『い、いや。店からもとの場所に戻されたと思ったけど……気のせいだった……?』  「イヤ、気のせいじゃねーと思うぜ」  『そうなの? じゃあ俺って今パッといなくなってパッと現れた感じなのか?  ヤベェ! 何かカッコ良くね?』  「ま、まあ何だ、そんな簡単なモンじゃなかったぜとだけ言っておくぜ!」  「警報が鳴るのとどっちが早かったッスかね?  これはおっさんにしか分からないことッスよね?」  「うーん……警報のが気持ち後だったかなあ?」  確か特定の入力がうんたらかんたらしたら鳴るとかって話だったっけ?  アカン、全く覚えてねえ!  取り敢えず分かんのはコトが起きるのが先だっつーことだけだぜ。  『なあ、その警報ってのは今しがた聞こえたみてーな“ビビービビー”って下痢を催したみてーな音のことだろ?』  「良く知ってるッスね、その通りッス」  「そういやさっき何でここでそれが聞こえんだよ的なことをギャーギャー喚いてたな」  『塔の方から時々聞こえてたからな』  「塔の方から?」  「何の音なのかは知ってたのか?」  『空襲警報みてーなもんだと思ってたけど』  「どーやって止めてた?」  『さあ? 敵を殲滅したら止まるぜ』  マジか……脳筋かよ……  「じゃあ今って敵を殲滅してたんか」  『あ? ああ、多分な』  「多分て何だよ」  『何でえ、見てなかったのか俺様の勇姿をよォ……  って見える訳ねーか』  いや、全部見てたけど……  「そうッスね、ひいき目に見てもかなりのへっぴり腰だったッス!」  『ええぇ……』  だからオメーは空気読めっちゅーに!  しかし敵を殲滅したら止まるだと?  ソイツは初耳だぜ。  しかしそれはそれで確認してみてえことならあるな。  「なあ、その“敵”っつーのはつまるところ何なんだ?  マジもんの宇宙人て訳じゃねーだろ?  例えばそーだな……ゾンビ軍団とかバケモンの集団なんかか?」  『あ? まあそうだな。色々だぜ』  「何か含みのある言い方だな?」  『あー、何つーかな……知っちまっまたんだわ。  最近出くわした出来事でな』  「で?」  『有り体に行って敵さんも人間だったんだわ』  「何だと? じゃあ宇宙人とかバケモンとかって話は何だったんだ?」  『実際のとこどうなのか良く分かんねえんだけどな、いわゆる原住民てやつ?  人間ぽい奴らも沢山いてよ……』  「“ぽい”だろ?」  『何か宇宙服みてーなのを着込んでたからな、得体が知れねえ』  「ソイツはお互い様なんじゃねーか?」  気密服とかいうヤツか?  それが原住民だ?  「原住民が自分ちの庭で宇宙服着て出て来んのか?  じゃあオメーらは自分らがどんな集団だって認識なんだ?」  『俺だって分かんねえよ……  アンタが当たり前みてーに俺のことを知ってたのもフツーに怖えしな!』  「それは今の話じゃねーよな?  じゃなきゃ話が合わねえ。  取り敢えずオメーとはどっかで接点があったってことだよな?」  『あ? ああ、そういうことか』  「今オメーの目の前にいる俺は多分オメーが知ってる俺じゃねえな」  『自分ちがどこにあんのかとか個人情報を開示してねーから確証は持てねえがな』  「そうだな、オメーが親父さんから俺に関する情報を何も聞かされてねえんならな」  『……そうだな』  何でえ……カッコつけやがってよォ。  俺が客として来てたってのは誰の入れ知恵なんだ?  「で、その原住民が何だって?」  『奴らは……』  「警報を鳴らしたり止めたりしてるんだよな?」  『何で分かった?』  「……そうだな」  『マネすんじゃねえよ』  「とっ捕まえて宇宙服を脱がしたことはあんのか?」  『ああ、あるぜ』  「死んだだろ」  『ああ』  「見たのか? どんな奴か」  『……見たぜ』  「知ってる顔だった、そうだろ。  言葉も通じた。つーか日本語だっただろ」  『だからって戦わねえ訳には行かねえ……  奴らは話が通じねえ。知ってる顔なのにだぞ。  もうどうしたら良いか分からねえんだよ』  「そいつらが宇宙服じみた装備で出て来た理由は分かんだろ?  オメーらと同じ環境じゃ生きられねえんだよ」  『それが何で知ってる顔なんだよ。  一体何とどう関係があるってんだ?  俺らと何か関係あんのか?』  「大体予想は付いてんじゃねーか?  外見的な出来事だけでよ」  『単に俺の思い込みだったってことはねーのかよ』  「安心しろや。その可能性は十分にあるぜ」  『じゃあ……』  「ぶっちゃけ、同じ穴のムジナなんじゃね?」  『な……』  そうとでも考えねーと説明が付かねえからな。  「じゃあこの部屋は何なんだ?  オメーはさっきまでどこで何してたんだっけ?  そこに俺らはいたか?」  『何かスゲェ怖ぇこと想像しちまったんだが……』  「そうだな、考えたくもねえ」  嘗てここで母さんが口にしてた言葉は何だった……?  それだけが唯一の拠り所……そう考えてえモンだが……  「だがな、ンなこと考えといてよくもまあ殲滅だとか何とか物騒なことが言えたモンだよなあ?」  『!』 * ◇ ◇ ◇  「なあ、何つーかさ……コレってオメーの職場の話なんじゃね?」  「そうッスね、聞いてたらそんな気がして来たとこだったッス」  『しょ、職場って何だよ』  「それってお互い様じゃないッスか?」  「そうだな、傍から見たらどっちもワーワーしてるだけだったな」  『な!? もしかして俺もそうだって言ってる?』  「もしかしなくてもそうだぜ。  部屋ん中で槍をブンブン振り回してよ、危ねーオッサンにしか見えなかったぜ」  『何で……?』  「さあ? 俺も知らん。  しかしバイトリーダーとかいう奴がいたってのは初耳だな。  さっきもいたのか?」  「いたかいないかは分からなかったッス」  前から思ってたんだがアイツのキャラって刑事さんっぽいんだよな。  関係者かね?  いや、違うか。刑事さんは言動が明らかに部外者だもんな。  どっちかっつーとこの定食屋みてーな立ち位置だよな。  立ち位置ってのも変か。  うーむ。  「いやな、さっきビービー音が鳴り出したと思ったらオメーだけじゃなくてコイツも様子がおかしくなってよ」  そう言ってアホ毛を指差す。  「気が付いたら詰所にいて早く警報を止めろって言われてたッス」  『言われてたっておっさんにか?』  「違うッス。バイトリーダーさんッス」  『は? 誰それ? ここにはいねーだろ?』  「その設定って今更どーなの?」  「設定じゃないッスよ?」  『つまり妄想上司と夢ん中でわちゃわちゃしてたと』  あー……言いてえことは分かるんだが……何だろーな……  スゲー残念な感じだぜ!  「さっきからオメーと定食屋の動きが連動してんじゃねーかってくらいシンクロしてるんだが」  「あー、それは思ってたッス。   でも今回って二人で行き先? が別々じゃないッスか。  おっさんは蚊帳の外だし」  『今回はって別な回があるんかいな』  「まあな」  『まあ聞かねえけどよ』  「そうだな、聞いたら聞いたで頭パーンだろーしな」  『すでにパーンだけどな!』  「何かすごい残念な会話ッスね……」  「オメー外に出たら定食屋に会えたんじゃね?」  「もしかしてその可能性がある感じッスか?」  『待て、外に出るって何だ』  「気密服を着てエアロックから外に出るッスよ」  『その気密服ってのは……』  「多分オメーが言ってた宇宙服だぜ。  何にしても殲滅されなくて良かったな!」  「フツーに怖いッスよ!」  『待てよ、じゃあ何で今お互いにフツーのナリでフツーに会話出来てんだ?』  「いや、オメーのナリはフツーじゃねーだろ」  『そういうツッコミはいーから!』」  「言っただろ、オメーらはどっかにワープしてた訳じゃねえってよ」  『じゃあ俺は幻覚に向かって騒いでたってことか……?  それか今ここでこうしてることが……』  「それは分からねえな、確たる証拠は何もねえ。  さっき言ってたオメーの怖ぇ想像ってのが何なのか知らんけどな、多分当たらずとも遠からずってとこだろーな」  『しかしおっさん、アンタは……』  「いつかのときにオメーが双眼鏡越しに見た俺もさ、何かもがき苦しんでた感じだったんだろ?」  『! 何でそれを……?』  「お、当たりか」  『何でえ、カマかけてやがったんか』  「いや、そんなつもりは無かったんだがな、イマイチ確証が持てなかったんだ」  『そういうのをカマかけって言うんだよ』  「でもって今までの話を総合するとだな」  『ちょっと待て、何勝手にまとめに入ってんだよ。  こっちは情報過多で頭が混乱してんだよ』  「そうか、じゃあ正常だな。良かった良かった」  『いや、全然良くねえから!』  「オイ、ところで封筒はどうした?」  『? 何だ?』  「あー、無いのね」  『何でえ、急によ』  ドスン、バタン!    「な、何スか今の音!?」  ガッチャガッチャ!  ドンドン!  『客が来たか』  「連中、そんなにオメーのカツ丼気に入ってんの?」  『そっちじゃねーから』  「え? そーなの?」  それにしてもやっぱ気のせいじゃなかったんか。  じゃあ誰が来たってんだ……?  もしかして俺ら、殲滅されちゃうんか?  「それで、総合すると何だって話なんスか?」  だからオメーは空気読めっちゅーに!
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