〚長編〛幻影戦妃 alpha ver. draft - 2021.12.30 / 666,147字

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10 ≫ * ◇ ◇ ◇  ガタン!  うお! まただぜ!  『見に行くか』  「お、おう」  スゲー嫌だけど見に行ってみっか……    オイ、ちっと見に行って来っけどオメーらも――  おろ? いねえ?  ……下の物音も鳴り止んだ?  こりゃまた場面転換か?  一体何なんだここはよォ……  もしかして敷居をまたいだからか?  何じゃそりゃ?  ……二階の居住スペースを認識出来てねーヤツらを無理矢理連れ込んだのがきっかけだったりすんのか?  じゃあ戻ると……  ……アレ? いねえ?  文箱も紙もそのまんまか。  そうか、見に行くとか言ってたから部屋から出たのか。  さっき出した文箱がそのまんまだから場所は変わってねえ……よな?  さっき俺が担いで運んでた状態だとマップの外側みてーに見えてた筈だ。  それが自分で出たらどーなる?  それにアホ毛の方はまた別だよな?  一体どうなった?  ガタン!  まただ!  音はするんだよな、音は。  だけどこっからどーする?  フツーに出たらダメなんだよな。  窓から出てみっか? いや、フツーに出んのと変んねえか……  何か物音はすんだよなあ。  『おっさん、どこ行ったんだ?』  「お、おう? 二階にいるぜ」  『え? さっき出てったじゃんかよ』  コレどっから聞こえてんの?  「いっぺん戻らねーか?」  『そうしてーとこだけどどうやって戻ったら良いんだ? コレさ』  やっぱそーなるよな。  一度見聞きした後でも変わんねーんだからな。  当人の認知云々とは違う気がするぜ。  つーか定食屋は分かるとしてアホ毛の方はどーなんだ?  そりゃ最初は見えんかったけどその後はここでお縄になったこととかも覚えてたよな?  「オイ、そこにいるアホ毛に連れて来てもらえば良いんじゃねーか?」  『アホ毛? ああ、さっきまでいたオイラ呼びの奴か。  そいつも外に出たと思ったらいなくなっちまったんだよな』  あー、なるほどな。  さて、どーしたもんか……  『しかしまあ逆に一緒じゃなくて良かったぜ』  「どういうことだ?」  『お客さんをおもてなししなきゃならねーからな』  「お客さん?」  『分かんねーかなあ。敵だよ、敵』  「さっき言ってた宇宙人とかか」  『いや、ゾンビとかのバケモンの類だぜ。  そいつらはどっちかっつーとご主人サマって感じらしいが詳しいことは分かってねーんだよな』  「ゾンビ!?」  マジか……そうか、もしかしたら例のアレかもしれねーのかぁ――  ガッシャアァーン!  うお!? ビックリしたあ?  今まさに定食屋の店舗にゾンビの大群が押し寄せてんのか……映画かよ……  『いくらザコでもしゃべりながら戦うのってそれなりに大変なんだぜ?  そこんとこ分かってくれよな』  「おー、悪い悪い。こっちからは行けねえみてーだからちょっと黙っとくわ」  『すまん、そーしてくれっと助かるわ』  ドスン! バタン!  何じゃこのノリは……  今ちょっと手が離せねーからぁー、的な?  自分ちにゾンビが押し寄せてる最中のノリじゃねーだろ。  “チャララーララ チャラララララー♪”  な!?  って家デンかいな!  つーか着メロは一緒か……じゃなくてぇ!  『まいどー定食屋でーす』  出るんかい! 今手が離せねえんじゃねーのかよ!  ガタン!    『おわ! ヤベェ、ヤベェって!』  言わんこっちゃねえ!  どーすんだコレ!  ガラッ。  おろ?  アホ毛だ?  「あれ? おっさんいつの間に戻ったッスか?」  「それはこっちのセリフだぜ……どこに行ってたんだ?  つーかよく戻れたな?」  「えーと……何か警報が鳴ってて緊急だからレバーを降ろせとか何とか言われたッス?」  「何だそりゃ……」  ガラッ。  おろろ?  今度は定食屋かよ。  『おう。戻ってたか』  「大丈夫か? 何かヤバい感じになってたみてーだけど」  『いや、何かヤバイ感じかって言ったらそこそこヤバかったかもしれんけど』  「テンパってそうなこと言っといて電話取ってただろ」  『イヤだってこの状況で電話なんて来たら明らかに何かあるって思うだろ』  まあ確かにそうなんだが……  「生きるか死ぬかの瀬戸際だろ、優先順位がおかしいって」  「生きるか死ぬかの瀬戸際だったンスか?」  『ああ、まあな』  「まあなっておめーは……」  『それが日常なんだ、今更おかしいって言われてもピンとこねーんだわ』  あの槍さばきでか?  信じられんなぁ。うーむ……  「で、カツ丼の注文が来たって訳か」  『だからちげーっつーの』  「……もしやとは思うけど何か怪しいヤツがあーだこーだ言ってきたりとか?」  『何だ、知ってる奴か?』  「えー、ビンゴなのかよ」  『何かうんざりって感じだな?』  「まあな。意味不明なんだよな」  『そうなの?』  「何だ?  意味のあることでも言ってきたみてーな反応だな」  『汝その力を見せよ、だってさ』  ええぇ……  そういやコイツが出てくる前にガコンてでけえ音がしたよな?  アレ前にも聞こえたんだよな。  他に何かあったっけ……?    「ソイツ、カミカミじゃなかった?」  『カミカミっつーか俺がイキナリ定食屋だぜってでけぇ声で出たのに対してえれぇビックリしてやがったぜ。  何でだろーな?』  いきなりデケー声で出たらそりゃ誰だってビックリすんだろ……  「ちなみに電話の相手って誰だった?」  『えーと……誰だっけ?  知ってる奴だったっぽいけど覚えてねーなぁ。  八年も離れてたから分からんわ』  「俺のことは覚えてたのにか?」  双眼鏡でたまたま目にしたからか? いや違うな。  『そういやそうだな』  「そうだろ」  じゃあ何だ?  アレか……プリインストール的なヤツ……  ここのこの状況も全部セットだってか?  それか息子が出くわしたガイコツみてーなのか?  いや、実際見た訳じゃねーからな……  それを言ったら息子も電話の向こうの声だけだったよな……  つまり……どういうことだ……?  だーっ、分からねえ! つーかコレ何度目だよ全くよォ。  「ちょ、ちょっと待つッス」  「何でぇ、くだらねえ話なら怒んぜ?」  「くだらなくはないッスよ……  さっきの続きで緊急って何スかって聞いたんスよ。  そしたら何か話が違うとか何とかで珍しく揉めてる風だったッス」  「揉めてたって誰と誰が?」  「えーと、バイトリーダーと店長ッスかね?」  「それどこのハンバーガー屋だよ。  じゃあオメーもバイトなのかよ」  「え? うーん……バイト……なのかッスね?」  「悩むとこなのかソレ……  まあくだらねえ話だってのは分かったがな」  待てよ……何かヤな考えが浮かんで来ちまったぞ……  「バイトだったらオメーの時給はいくらなんだよ。  でもってそいつはどこの店だ?」  「あれ? え、えーと……」  やっぱ頭おかしいだろ、バイトだなんてよ。  火星だとか言ってたのも意味分かんねーし。  どういう発想でそうなんのかね。  あ、じゃあ定食屋の方は金星って話になんのか?  「オイ」  「ハイ?」  「さっきの金星云々言ってたヤツって覚えてっか?」  「ハイ? 何で金星? 頭大丈夫ッスか?」  「いやバイトでーすとか言って戻って来た方がおかしーから」  「まあそう言われるとそうなんスけど」  「で、レバー引いたの?」  「あっハイッス」  「外に出て?」  「ハイッス」  「そのカッコで?」  「いや、何か着ろって言われたッス」  「着たの?」  「着たッス!」  「で、終わったら脱いだ?」  「あれ? そーいえば脱いでないッス……?」  「初めっから着てなかったんじゃね?」  「そう言われるとそんな気もして来たッス?」  「ホントかよ……」  んで次はこっちか……  「ちなみに電話が鳴って割とすぐこっち来たけどそんだけだったんか?」  『ん? ああ、中止だーとか喚いてたっけか』  「あーそれでレバー引いたって訳ね」  『レバーって何だ?』  「あーコッチの話」  『なあ』  「あ? 何だ?」  『ここってウチの店なんだよな?』  「まあ、そうだな」  『何でコッチでゾンビ軍団が出て来んだ?』  「そりゃオメーが来てるくれーだからな」  『そうなんだ?』  「知らんけど」  「じゃあ何でオイラは観測所だったんスか?」  「観測所? 詰所じゃなくてか?」  『何それ? どこにあんの?』  「火星」  『へ?』  「安心しろ、ここは定食屋だぜ」  『じゃあ電話ってどっから掛かってきたんだろーな?』  「知らんがな。聞けば良かったんじゃね?」  『あっそーか』  「ここが定食屋だったら掛けてくんのは客だろ?」  「絶対違うッスよね?」  「しかしこれマジでやってたらどーするよ」  『え? マジじゃないの?』  「どこが?」  「イタ電だって微塵も思ってないとこが凄いッス」  『えっ』  「えっ」  ここでイタ電て発想が出て来るオメーの方がすげーわ。  『ナルホド、イタ電と考えると全ての辻褄が合うな!』  「いや、合わねーだろ。何でそーなんだよ」  『じゃあ何なんだよ』  「知らんわ。だがここに電話が掛かってくること自体がおかしいだろ」  『そーなのか?』  「うーん、いっぺん外に出てみた方が良いか。  百聞は一見に如かずだ」  『外に出たらもとの場所に戻っちまうんじゃねーのか?』  「そのもとの場所の定義って何だ?  まあまた一緒に移動してみよーぜ」  『また抱っこすんのかよ』  「さすがにキツイからおてて繋いで行くか」  『分かったでちゅ』  「何で赤ちゃん言葉?」  『いや、何かさぁ……』  「絵面的に嫌なのは確かッス。  正直キモいって感想しかないッスね!」  「敢えて黙ってたのによォ……  まあ良い、行くぜ。  ああそうだ、文箱と双眼鏡とさっきの紙も持ってくか。  それとお隣から拝借した置き時計も下にあるか確かめねーとな」  「さっきの紙?」  『ああ、コレだろ?』  「おお、それだ……アレ?」  『何だ、違うのか?』  「イヤ、それ……の筈なんだけど……  何か違うよーな……うーむ。  ……まあ、良いか」  「分かったッス。これは良くないパターンッス!」  『そうなの?』  「おっさんあるあるッスよ!」  「その紙ってずっと持ってたんか?」  『いや、ここに置きっぱなしだっただろ』  「アレ? そーだっけ?」  『双眼鏡と違って手に持ったまんまだったからな、槍をぶん回してた段階で放置だったぜ』  「逃げ回るのに夢中で全く気にもとめてなかったッス」  「双眼鏡はずっと持ってたのか」  『ああ、首からぶら下げてっからな。  落ちねえようにチェーンで身体に巻き付けてるし、たまたま拾った紙とは違うぜ』  「ナルホドな」  『まあ敵が出たらコイツでひと突きにしてやんぜ』  「はは……そうか」  しかし“今すぐそこから逃げろ”か……  「さてと……じゃあ行くとすっか」 * ◆ ◆ ◆  「おい、手を繋ぐぞ」  『お、おう』  「おっさん同士でお手て繋いで仲良く歩くってやっぱり絵面的にNGッス……ってあれ?」  『アレ?』  「おっさんと定食屋さんはダメッスよね?」  げげっ……そーいえばそーだったぜ……  『どーすんだよ、オイ』  「じゃ、じゃあオメーら同士だとどーだ?」  「無理じゃないッスか……ってあれ?」  『何だって、俺ら同士だと大丈夫なんだ?』  ちょっと待て……つーことはやっぱ火星だ火星だって騒いでたアレと金星だぜとか言ってたソレが繋がってたってことにはならねーのか。  「じゃあコイツを真ん中にして電車ゴッコすっか」  『わーい出発進行でちゅー』  「だから何なんだその赤ちゃん言葉はよ……」  『いや、何かその……童心に帰った的な?』  「何じゃそりゃ」  「まとめるとオイラを真ん中にして手を繋ぐッスね」  「おう、てな訳で行くぜ」  『しゅっしゅっぽっぽっ』  「だからやめろっちゆーに」  よっしゃ、敷居をまたぐぜ……  『しゅっぽっしゅっぽっ』  「うるせえ」  コイツ何かキャラ変してねえか?  ハッ! まさか場面転換!?  イヤイヤ違うだろ……じゃなくてぇ。  「取り敢えずこのまんまなら大丈夫っぽいッスね」  えー……コレずっとやってなきゃならんのか……?  だけど言いだしっぺだし今更やめよーぜとか言いだしづれーぜ!  「と、取り敢えずこのまんま下まで進むぜ!」  『しゅっぱーつ!』  「コイツやっぱおかしくね?」  「おっさんにおかしいって言われたらいよいよオシマイッスよ!」  「うるせえ」  バコッ!  「あだっ!」  ったくよォ……何回やらせんだよコレ……  「さて、着いたぜ店舗に」  『おお、さっきの場所だぜ』  「戻って来たッス!」  ガチャ。  ん?  『どこに行っていたの? 探したのよ』  『な!? オメーは!?』  『何? 手なんか繋いじゃって。その人誰なの?』  ……!  ガイコツだ?  イカン、精神統一だ! 集中集中ゥ……  「ガ……」  ドスッ!  「――!」  アホ毛がボロを出しそうになったので慌てて足を踏んづけて黙らせる。  何事も無かったかの様に振る舞わねーとな!  つーか今フツーに店の入り口から入って来たよな?  何だ? まだここに何かあるっつーのか?  コイツは例のヤツなのか?  いや、んなことより……  「えーと……紹介してもらって良いか?」   『このヒトの嫁よ』  『ちげーわ! 紛らわしいこと言うなっちゅーの』  は? このガイコツがか?  てゆーかひと突きにしちゃうんじゃねーのか?  『何でぇ、その意外そうな顔はよ』  そりゃあ意外だろ……  「そりゃ……」  ドスッ!  「ぐげ」  『何だ? 顔色わりーけど大丈夫か?』  「も、問題無いッス!」  『で、そっちの人たちは誰なの?』  『こっちが……えーと?』  「俺です」  『そうそう、俺さん。でこっちが……えっとォ……』  「オイラッス」  『オイラさんだぜ!』  『ちょっと待てェ!』  「な、何かモンダイでも?」  『あるに決まってんだろボゲェ!』  『えーと、トモダチの俺さんとオイラさんです』  『ツッコミどころ満載なんじゃボゲェ!』  「ちょっと待てェ!」  『え?』  『え?』  「ツッコミてえのはコッチだボゲェ!」  「また始まったッスね……」  『何だとコノォやんのかゴルァ!』  『まぁまぁ落ち着いて……』  「うるせぇ!」  『じゃかましぃわボゲェ!』  「うーん、これはもうなる様にしかならないッスねぇ」  『どうしてこうなった……』  「あ。念のため言っとくッスけど離さない方が良いッスよ、手」  『お、おう』  『で、何なのよその子は』  『その子?』  「その子ッスか?」  「何? もしかして俺のことか?」  『何? 俺っ子なの?』  『オッサンが一人称俺呼びすんのは割とフツーのことだろ』  『オッサンって……美少女だけど中身はおじさんです!  とかで売り出してる訳?』  『は? 何言ってんのお前』  あー、またこのパターンかよ。  一体何なんだ?  『あースマン、分かったぜ。  オメーには俺が中学生くれーの女の子に見えんだな?』  『何よ、違う訳?』  「ああ、違うぜ。言っただろ、オッサンだってよ。  だが同時にあーまたか、とは思ったがな」  『どういうこと?』  「話す前にひとつ言わしてもらうとな、俺……っつーか俺とこのアホ毛の野郎の目から見たらオメーはガイコツのバケモノなんだぜ?」  『!』  「その反応、何か心当たりがあるっぽいな……  つーか半ば確信犯で煽ったんじゃねーのか?」  『な、何よ』  『何の話だ?』  「いやな、コイツって定食屋の関係者なんだろ?  でなきゃ流暢な日本語でペラペラとくっちゃべるなんてこと出来る訳がねーからな」  『イキナリコイツ呼びだなんて失礼な奴ね!』  「お互い様だろ。ガイコツ呼びした時点でキレてねーのが証拠だぜ」  『あっそう』  「ところで今フツーに入り口から入って来なかったか?」  『入り口から入らなかったらどこから入るっていうのよ』  「いや、色々あるよな?」  「オイラに同意を求められても困るッス」  「とことん空気読めねーよな、オメーはよ……」  「何か理不尽さを感じるッス……」  「マジメな話、定食屋と同じなのか?  つーか違うよな?」  『……俺は一人だった。こっちに来る前もだ』  「だがコイツとは面識はある、そうだな?」  『ああ、だが……』  「アッチに飛ばされる前だった、そうだな?」  『ああ、だが……』  まるで歳を食ってねえ……そんなとこか。  初見はお互いに違う人物だって勘違いしてた……  フツーならそうなるとこだがこりゃちっとばかし複雑だな……  「探してたって言ってたな? ……何年だ?」  『ええ、探したわ……随分と長い間ね』  「コイツはアンタの探し人じゃねえだろ?」  『……でも、面影が……あるわ。確かにね』  『だ、誰のだ?』  『さあ? 今ので逆に分からなくなっちゃったわ』  ……何かおかしくねーか?  さすがにこのガイコツのねーちゃんが例の探し人だったなんてことはありえねーよな?  しかしコイツはやっぱ息子が出くわしたヤツとは……?  何か物腰がちっとばかし大人びてるしな……  「聞いても良いか?  言いたくねーんだったら答えてくれなくて良い」  『何?』  「今の状況、それに俺たちとの会話……  その中でアンタは本当に自分が自分なのかって疑問が湧いてきたんじゃねーのか?」  『そうね……その通りだわ』  「その探し人はアンタに何をした?」  『私はその人に何かをされただなんて、ひと言も言ってないわよ。  言いなさいよ、何を知ってるの?』  「俺だって確証がある訳じゃねえ。ひとつずつ確認して行きてえんだ」  「オイラ……」  「ムリして発言しなくても良いんだぜ?  つーか分かんねーなら黙っとけ。  多分オメーも一枚噛んでっと思うぜ。  なあ、姐サンよぉ」  「えっ!? 姐さん!?」  『誰それ? そんな人知らないわよ』  「だろーな」  「からかうのも良い加減にして欲しいッスよ……」  『言っとくが冗談じゃねえぞ。オメーの探し人であるところの“姐さん”がコイツとは違うってのは確かにそうだ』  「え? どういうことッスか?」  『話について行けないわ』  「まあ聞けって」  『その前にさ、あなたたち何で手なんて繋いでるの?  単に心細いから、とかじゃなさそうじゃない?』  「あー。えーとだな……」  「バラバラに行動するとバラバラの場所に行っちゃうからッス!」  「おお、その通りだぜ!」  『もう少し詳しく説明出来ない?』  「多分手を繋ぐのをやめたら話すことも出来なくなるかもしれねえ。  それにオメーらが敵だと思って戦ってきた相手が何なのか。  他にも色々と聞いてみたら分かることもあるかも知れねえ」  『分かることって何よ』  「何って分かってんだろ。何もかもがフツーじゃねぇってことがよ」  『そうだな、それは俺も思ってた』  「俺らが仲良くお手て繋いでんのはな、今ここに自分たち全員を繋ぎ止めるって意味もあんだよ」  『じゃあ私も仲間に入れて貰えるのかしら?』  「そこは慎重に行きてえな。スマンけど」  『……まあ良いわ……それよりどこから入ったか、だったわね』  「お、おう」  アカン、すっかり忘れてたぜ!  「忘れてたって顔ッスね」  「うるせえ」  『おじさんの書き置きにあった場所を探していたのよ』  「おじさん? 書き置き?」  定食屋の爺さんか親父さんのことか?  『跡地に行ってその印を探せって』    「跡地? 廃墟か?」  『廃墟? まあそんなとこね』  「場所は……母さんから聞いた、か?」  『お母さん? 計算が合わないけど……?  まあそこで色々と教えてもらったわ』  「廃墟……だろ? 誰にだ?」  『さあ? 正体は分からないわ。  ただ、他に手掛かりも無いし』  待てよ、コイツは何モンで何のためにそこまでして――  『その印ってのが何なのかようやく分かったのがつい今しがたのことなのよ』  「えっ、今!?」  『“ヒクイドリの噴水広場”にある聖痕のことだそうよ』  「セイコン?」  ちょっと話が飛躍し過ぎじゃね?  『聖遺物みたいなもんよ』  「ちょっと待て、それってまさか……」  『オッサンが付けたとかいう×印のことかもな』  『え?』  「ちょっと待てっての。まあ聞けっつっただろ。  続きをだな――」  『その書き置きが――』  「! ああなるほど、それがこの封筒って訳か」  『えっ!?』  『えっ!?』  ビックリするよなあ、やっぱり。  だがまあその……×印が何なのか分かるまでの話の方がメッチャ気になるんだけどなぁ…… * ◇ ◇ ◇  俺は二階から持って来た文箱を開けて見せた。  「この箱は見えてっか?」  『ええ、見えるけど何でそんなこと確認するの?』  「見えねーこともあるってことだよ。  んで中身の方は?」  『年季の入った封筒と古そうなモノクロの写真?』  「他には?」  『封筒がもうひとつと紙切れが一枚。どっちも新しいわね』  「封筒と紙切れ? ……おお、ホントにあるな。  さっきからあったのか?  オメーら見えっか?」  『本当だ、いつの間に増えたんだ?』  「オイラも見えるッスよ」  湧いて出た訳じゃねーとすっとこのガイコツが出てきたタイミングか……  ガイコツが先か、それとも……  それに手を繋いでる間だけ認識出来るって可能性もあんのか。  封筒に手を伸ばすが、素通りか……  紙切れも同じだ。  「これ読めねーか?  俺が手に取ろうとしても見ての通りだからな」  『オイラは両手が塞がってるから駄目ッスよ』  『厶……俺にゃあ両方共見えねーぞ。  ホントにそこにあんのか?』  「まあ見えねーとそう思うよな」  『アタシが読もっか?』  「ああ、可能ならな」  お、手に取った……  しかし俺らから見たらガイコツがお手紙読んでる風にしか見えねーがコイツ本人は至って普通……の筈なんだよな。  ホントはどんな奴なんだろーな。  『何?』  「あー、問題無けりゃ続けてもらって良いぜ」  『読むわよ……何コレ? ヘッタクソな字ね』  「感想は後にしよーぜ」  『はいはい。えーと……  “〈メモ 定食屋の兄ちゃん用〉  俺はこの後お隣さんの状況を確認しに行く。  それが終わったら奴らが言ってたことの確認。  奴らが言ってたことってのは俺んちが奴らの詰所だって話のこと。  奴らの仕事は検問たと言ってたが、検問してたのはここから大分離れた廃墟近くの林道だ。  ウソをついてるようには見えなかったが、あの廃墟の関係者に何かされた可能性はあるかもだ。  何で奴らが言ってたことを確認したいと思ってたのかといえば、それは俺自身のアイデンティティに関わる問題だからだ。  とどのつまり、コイツはその廃墟絡みの話ってことだ。  ちなみにあそこにあった詰所の入り口は施錠されてて入れなかったが、羽根飾りをかざしたらピッていう電子音がして開いたんだ。  で、中に入ったらゾンビ軍団に襲われるわ戦争中の海に投げ出されるわで散々な目に遭った。  極めつけは、頭がおかしくなって詰所のおっさんと一緒に灯油を頭からかぶって焼身自殺したってことだ。  そこでそもそもの問題に戻る。  俺は自分が焼け死んだのを覚えてる。  じゃあ今ここにいる俺は誰だって話だ。  今ここにいる俺は、気が付いたとき詰所の中にひとりで立ってたんだ。  だからあそこが今の俺のスタート地点だ。  しかもその詰所はあの廃墟じゃなくて親父の会社の詰所だった。  おまけに……気が付いたら例の羽根飾りが無くなってた。  もう訳の分からんことばっかだ。  その中でも一番確かめたいこと……それは〈彼女〉が何者なのかってことだ。  〈彼女〉は俺が焼け死ぬ前までテレパシーか何かでしきりにちょっかいをかけて来た。  聞いた感じ、詰所を開けてに中に入ってから経験させられたことは全部〈彼女〉の差金っぽかった。  どうやら〈彼女〉は俺を使って何かを成し遂げたい、そんな感じだった。  しかし最後、俺が灯油う出したときはかなり慌てた感じだった。  あのとき俺は他の誰かの干渉で頭がおかしい状態にさせられてたんだと思う。  それもまた謎だ。  一体何なんだ? 俺はそれを確かめたいんだ。  最後に、一緒にあるこの封筒は定食屋の親父さんが俺宛てに用意した物だそうだ。  恐らく自分が長くないってことを知ってから用意したんだろうな。  だからまだ新しいし定食屋の兄ちゃんも存在を知らなかったんだろーな。  まあこっちは後でゆっくり確認させてもらうとするぜ”』  『情報量が多過ぎて処理しきれねえ……』  『それにしても予想してたより大分重い内容だったわね……』  「紙切れは定食屋さん向けのメッセージだったッスね?  しかもこれ、書いたのおっさんじゃないッスか?」  「そうだな……全く身に覚えはねーが」  『ついでにゆーと俺も何のことやらさっぱりだぜ。  俺宛てだっつーのによ』  「そりゃ分かる気がするぜ。  オメーは親父さんと八年前に別れたきりなんだろ。  俺の知ってる定食屋の息子とは大分違う人生を歩んでるみてーだしな」  『待って。さっきから言ってた見える見えないってのは……』  「まあ想像通りのことだとおもうぜ」  『あたしに見えないものはあたしが経験してないことに関わるもの……じゃあ見えるけど触れないってのは?』  「多分今一緒にいるやつの影響で多少の縁か出来たからってとこかね。  知らんけど」  『ま、待って……じゃああんたたちの目にあたしがガイコツに映ってるのって……  それに表に群がってたゾンビやバケモノたちももしかして……』  バケモノが表に群がってる?  さっきそんなこと言ってたか?  そんな状況でコイツはどうやってここに辿り着いたんだ?  ×印絡みとは言うが……  まあその話は後だな。  とか思ってる間に強制終了ってのがパターン化してっけど。  「まあそう結論を急ぐなよ。  確たる証拠は何もねーし事実関係も何もかも不明なんだ。  確かに言えるのは今ここで俺らがこうしてるってこと自体が何かがどうにかなった結果らしいってことだけだ」  『雲を掴むような話ね……』  「それにだ。  ここに書いてあんのはどっちかっつーと俺の個人的な問題だ。  オメーらの探し人云々にはあんま関係ねえだろ?」  「それは無理があると思うッス」  『そうだぜ。結構ヤバそうな情報があったよーな気がするが……』  『そうね……まずはこの“廃墟”と“詰所”ね。  それにここにある“羽根飾り”が何なのかとか、〈彼女〉さんが誰でその目的がなのかとか……』  『あとはその〈彼女〉って書いてある奴の他にも何か仕掛けて来たっぽいのがいたってとこも今の状況に絡んでんじゃねーか?  それにだ』  「おっさんが焼け死んだ後にその詰所に立ってたってとこがメチャクチャ怪しいッス!」  『その一回死んでリポップしたっぽいってとこが怪しいのよね。  だからこそ気になるのよ。  じゃあ自分はどうなんだってね』  リポップだ?  「まあな、ところで一個確認なんだがその“リポップ”って言葉はどこで覚えたんだ?」  『どこって……普通にネトゲ用語でしょ?』  「なるほど……ちょっと脱線ていうか話を変えても良いか?」  『まあ必要だっていうなら良いんじゃない?  別にネトゲの話って訳じゃないのよね?』  なるほど、ネトゲとかやる奴なのね……  「脱線つーかこっちの封筒と写真だ」  『ああ、確かにこっちもあらためとかねーとだな』  「この封筒、大分古いよな」  『写真の方が古いんじゃない?』  「そうだな、多分写真は百年くれー前で封筒はちょっと分からんが多分五十年は経ってると思うぜ。  それでだ。  写真に写ってる人物の中に見知った顔はあったりするか?」  『さあ? 無いわね……と、思ったけどこの人……』  ん? この人は双眼鏡の元の持ち主か。  「見覚えがある人物か?」  『あるってゆーかこの人、書き置きをくれたおじさんだわ』  「へ?」  『ちゃんと聞いてた? 人の話。  ここに書き置きを残してくれたおじさんがいるって言ったのよ』  「待ってくれ、その写真は百年くれー前のモンだって言った筈だぞ。  その書き置きを見たってのは一体いつの話なんだ?」  『もう何年前か分からないわ。二十年以上ね……』  「姉さんていくつ……」  ポカッ!  「あだっ!」  『悪ぃな』  『良いのよ、変だと思ったのはあたしも一緒だから』  「あー質問を変えるぜ」  『良いわ、でも分かる範囲でね』  「簡単だぜ。その書き置きを見たのは西暦何年だ?」  『2023年ね。そっちの認識も聞きたいわ』  『今年は2042年だぜ』  『実はそんなにズレはねえってか』  76年説は消えた……か?  じゃあ一体……?  「多分オイラとおっさんの間じゃ一日単位のズレがあるッスよ」  またコイツは……  「そうだな、だがそれは後で話そう」  『何? まだ何かあるの?』  「あー、“空白の一日”みてーなのがあんだよな、世界的にだぜ」  『俺は知らねーな』  「ああ、完全にこっちの話だと思う。  関係はあるかも知れねーが後にしとこーぜ」  実はコイツが一番やべーネタだったりしてなぁ。  「あとはこの封筒二つと書き置きか」  「何かこういう年季が入ってるものって開けるのが勿体ないッスね」  「構うか。開けよーぜ」  『ちなみに俺宛ての方を先に見ても良い?』  『封を切るわよ』  「おう。しゃーねえな。つーかそれも触れるんか」  ビリビリ……  『えーと……  “〈息子へ〉  奴が困ってるときに力を貸してやれ。  奴ってのは赤毛の俺の同級生のダチのことだ。  ダチとは言うがトシはタメじゃねえ筈だ。  ぶっちゃけた話、年寄りなのか子供なのか、男なのか女なのかも分からねえ。  だが大事なのはそこじゃねえ。  親父の受け売りになるがこれだけは覚えとけ。  奴がどうにかなったとき、それはこの世がどうにかなっちまうときだってことだ。  俺は一度だけ巻き込まれたことがある。  奴はまるで知らねえフリをしてやがるがな。  まあ表向きは奴が親父の恩人の息子だからだってことにしとけ”』  『えっとォ……?』  何じゃそりゃ?  人違いか思い込みの類じゃね?  つーか怖えよこのオヤジ!  「だ、大丈夫ッスよ!  もうどうにかなっちゃってるじゃないッスか!」  『シャレになってねえ……』  『これは引くわぁ』  「ち、ちなみに書き置きの方には何て書いてあったッスか?」  『封印されし我が魔眼が疼く……とか?  それか、くっ静まれ我が右手よ! とかか!?』  『そ、そんなこと書いてないわよ!  第一何でおじさんとこの中二病オヤジが同一人物だって前提なのよ!』  「じゃあ違うんか」  『大体アンタのさっきの手紙だって客観的に見たらかなり頭イっちゃってる内容じゃない』  「そりゃそうだがなぁ……ちなみにいっぺん死んでリポップしたっぽい感じになったって意味じゃそこのアホ毛だって同じだからな」  『そうなの?』  「えっ、あー?」  「オイ、何でそこでその反応なんだよ」  「すっかり忘れてたッス。  てゆーかおっさんから聞かなかったらその話知らなかったッスよ」  『ゴリラ?』  「コイツがある日森の中でゴリラさんに会って、撲殺されたと思ったら警察の留置場にいたって話だよ」  『意味が分からないわ。バカなの?』  「バカッスね」  「否定くれーしろよ、確かにバカだけどな!  って脱線しちまったけどその書き置きの内容は?  覚えてる限りで良いから教えてくんねーか?」  「ゴリラはスルーッスか……」  「話振っといて悪ぃがな」  そういや例のメモ紙にも何か中二っぽいことが書いてあったな……  そう思ってポケットをガサゴソする……お、これか。  “今目にしたものを忘れないで”  ……何だっけ……忘れたぜ! がはははは!  『何ニヨニヨしてんのよ』  「あースマン続けてくれ」  『おじさんの書き置きってのはね、最初はバイトの子を探しに行くって話だったのよ』  『バイト?』  『定食屋さんのバイトの子よ』  「てっきりあんたがそうなのかと思ってたぜ」  『アタシはバイトじゃなくて被保護者だったのよ。  何て言うか……孤児院の先生、みたいな』  「なるほど、理解した」  『理解したの?』  「ああ、分かるしなるほどなとも思ったぜ」  『そう……やっぱりおじさんに関してはそういう認識なのね』  『待て、俺は分からんぞ?』  「息子っつってもオメーが知ってる状況とは大分違うだろ」  『確かにそうだが……』  『で、その話の続きなんだけど、恩人のためだとか言い始めてね』  「だんだん頭がおかしい内容になって行ったってか」  『今となっちゃホントだったんだとしか言えないけどね』  『“ヒクイドリの噴水広場”ってキーワードには俺も心当たりがあるがな』  『本当?』  『その現場はヒクイドリじゃなかったけど』  『現場?』  『俺が×印を付けた場所だよ』  『×印って……それがおじさんの書き置きにあった“聖痕”なのかしらね?』  『ヒクイドリじゃなくて不死鳥だったけどな』  『何かが噛み合ってない感じね』  『ヒクイドリって言葉に心当たりがあんのはまた別な理由なんだがな』  『そういえば何の脈絡も無さそうな感じだなって思ったのよね。  どんな理由なの?』  『この紙切れにそのワードが現れたんだよ、現場にいたときにな』  『待って、見えないわ。本当に手に持ってるの?』  『俺にも見えねえ』  「オイラもッス」  「あー、とにかく誰かの伝言みてーなのがいきなり浮かび出てな、多分さっきの“彼女”の仕業なんじゃねーかと踏んでるんだが」  『その〈彼女〉さんの特徴とかは分からないの?』  「そうだな、声だけしか分からねえが若い女性って感じだ。  何も聞かされてなかったら中学生位だって言われても分かんねーだろーな」  『ふーん……』  「何だよ」  『別に。ただアンタの声がそのまんま当てはまるなって思っただけよ』  『またそれか』  『お互い様でしょ』  『分かってるよ』  これが目下の最大の謎だぜ……  コイツだけならまだしも他にも同じこと言ってる奴がいたからな……   * ◇ ◇ ◇  「しかし何でこんなことが起きるんだろうな?」  『こんなことってのが何を指して言ってるのかは分からんけど激しく同意するぜ』  「言っとくが俺と“彼女”は全くの別人だからな」  『確かに見た目と声がそれっぽいだけで本人かどうかなんて分からないわよね。  ただ、火の無いところに煙は立たないと思うのよね』  「……あー、なるほど。確かにな」  『皮肉は良いからね?』  「いや、そういう意味じゃねーから」  『じゃあどういう意味?』  「俺らとアンタの間にどういう縁があるんだろーなって思ってな」  『縁?』  「だってそーだろ?  客観的な視点だと自分が認識してんのと別なものに見えてるってさ。  俺が思うアンタとアンタが思う俺ってのがあるんじゃねーのか?  互いに初対面みてーな感じで話してるけどよ。  つまるところそれが火の無い所にゃ煙は立たねぇってことなんだろ?」  『なるほど、深いわね』  『“おじさん”て呼んでた人がいただろ。例の書き置きの人。  少なくとも定食屋とはただならぬ縁があった訳だな』  『ただならぬって何か嫌な言い回しね』  「我慢しろよ。他意はねえ」  『分かってるわ』  『さっきの写真の話だとその“おじさん”てのは俺の爺さんぽいよな』  「だが最後に書きお気を見たのは2023年だったんだろ。  計算が合わねえな。  そこんとこどう思う?」  さすがにコイツは本人もおかしいって思ってるよな。  しかしどうもこのしゃべり方……うーむ。  『そうね、でも確かにおじさんはこのお店の店主だったしこのモノクロ写真と同じ顔の人だったわ。  他人の空似ってあるのかしら?」  2023年だったら定食屋も分かる話だよな。  「今の話聞いてどう思う?」  『爺さんは既に亡くなってたし親父もこの人とは別人だぜ。  一体何だろーな?』  「俺もオメーの親父さんとは知り合いだが同じ意見だぜ」  「眠いッス……」  『じゃあ寝れば?』  「酷いッス……」  「じゃあ話に参加すっか?」  「うーん……今お互いの見た目が違って見える位だから写真も同じなんじゃないッスかね?」  『おお、なるほど!』  『それはあり得るわね』  『オメー時々有能だな』  「そ、それ程でもないッス……ぐへへ」  「オメーにクネクネされてもきめぇだけだから」  『キモいわ』  『キメェよ』  「酷いッスよォ!」  「話に戻るぞ。  写真だけじゃなくてこの場所の景色やら何やらを引っくるめてどう見えてるか、それで事実関係が整理できる可能性がある、と……」  『整理された結果どうするか……それは?』  『まあ、どうにもなんねえんだろけど』  『俺はおっさんの家だって場所に早く行ってみてえぜ』  「おう、そうだったな」  『何? この人の家? どういうこと?』  「俺と定食屋の間でその部分の認識がズレてるらしくてな。  俺の認識じゃ定食屋はここの二階に居住スペースがあってそこで暮らしてるんだ。  だけどコイツ本人はな、この店は店舗だけの平屋、んで住んでた家は俺ん家と同じ場所に建ってたって認識らしい」  『何で過去形なの?』  『アンタと一緒で長ぇコトここを離れてたんだよ。  まあ大体八年くれーだからアンタよりかは短ぇと思うけど」  『そんなんでよく全員同じ場所に立っていられるわね。  あ、だから仲良くお手て繋いでたんだっけ』  「まあ、そういう訳だ」  そうなんだよな。  定食屋から聞いた話で大分話が繋がって来たと思ってたんだがなぁ……  このガイコツのねーちゃん、コイツが何モンなのかがさっぱり分からねえ。  何で急に出て来やがったのか……  しかし“火の無ぇとこに煙は立たねえ”なんだよな……  どんな理由っつーか背景があんのかがすげぇ気になるぜ。  『でもよ、どうやって確認するんだ?  そんなの本人にしか分からねえだろ?』  「そうだな、その辺の風景とかお互いの風貌を話してみりゃ良いんじゃねーか?」  『口に出してみると当たり前のことの様に思うけど、何にも確認してなかったわね』  「まずは互いの見た目か」  『ねて、アタシってガイコツそのものなの?  ガイコツみたいに痩せてるとかじゃなくて?』  「ああ、ガイコツそのものだぜ。  ちなみに服は着てねえ。言っちまうと全裸だぜ。  ぶっちゃけ、理科室の標本て感じだな」  『俺にもそう見えるぜ』  「オイラもッス」  『マジで!? うぇぇ……』  「イヤ、ガイコツにしか見えねーからそんなクネクネされても困るんだわ」  『だってさあ……』  「そういや前にここにいた奴はセーラー服着てたんだったな」  『ちょっと待って何ソレ?』  「ちょっと前に息子がここで似た様な状況に遭遇したことがあってな。  俺は直接会った訳じゃねーんだけど」  『ちょっと前? そんなに最近のことなの?』  「感覚的には一日も経ってねえな。  気付いてたか分からんけどここじゃ時間の概念があんのかも怪しいんじゃねぇか?」  『あー、そういやぁさっきメシもトイレも必要ねえし夜も来ねえ、何でだって話はしてたな。  だが俺ら以外の住人たちは普通にメシもトシも食ってたしちゃんと生活してたとも言ってただろ?』  「このガイコツのねーちゃんがどっから来たのかは分からねえが、×印とか噴水広場なんて話が出て来るってことはある程度近いってのは間違いねえ」  『つまり?』  『こっちに来てこのかたメシもトイレも睡眠も必要無かったんじゃねーかってことだろ?』  『試してみたことがないから分からないわ』  『あ、やっぱそう? 俺もだわ。  そういうのに気付いたのはこっち来ておっさんに指摘されてからだな』  『でも何年も気付かなかったことに他人から指摘されたくらいのことで気付く訳?  ここが特殊なだけなんじゃないの?』  「でも腹減ったとかそういうのって皆無じゃなかったか?」  『それがここだけの話かってのは分からねえ』  「つーかここであーだこーだ言ってても埒があかねえ。  もとの話に戻ろーぜ」  『そうね、今度はアンタの番ね』  「俺は還暦で赤毛のおっさんだぜ。  着てる服もフツーのスラックスとワイシャツと上着だ」  「オイラの目から見たのと変わらないッスね」  『同じく』  『違って見えるのはアタシだけか……』  「具体的にはどう見えてるんだ?」  『赤毛のショートボブ、小柄な女の子よ。  格好は白地に黄色の刺繍か入ったローブを羽織ってるわね。  あ、それと頭にさっき言ってた羽根飾り? を付けてるわよ』  「マジか!? 何でそれを言わねえんだ」  『いや、聞かれなかったから』  「ちなみにその羽根飾りに触ってみてもらって良いか?」  『……駄目だわ。すり抜けちゃうわね』  「そこは認識がちがうのか」  『俺の認識だとその羽根飾りは塔の女神像が手に持ってるからな、同じかもしれねえな』  『そうなの? 塔は見たことあるけど中に入ったことは無かったわ』  『この双眼鏡で覗いたらまた違って見えるんかね』  『それがどうしたの?』  「そういやその双眼鏡の話もしとらんかったな」  『また何の脈絡も無い話?』  『俺はコレを塔の中で見付けた。  そしてこのおっさんに関わるきっかけになった。  最初はこの双眼鏡で覗いてるときしか見えてなかったからな』  『は?』  「同じモンか分からんけど俺の認識だとソレの元の持ち主はさっきの写真で“この人がおじさんだ”ってアンタが指差した人物なんだぜ」  『は? 何それ?』  「まあ年代が一致しねーし他人の空似ってことで落ち着いてるから分からんけどな」  『そうよね……でも定食屋さんが持ってたって事実がね……』  「ああ、それは俺も気になっててな。  また俺の認識の話になるんだが、ソイツは俺の爺さんから定食屋の爺さんの手に渡ってここの二階に保管されてた筈なんだ。  んで元の持ち主の方は太平洋戦争で戦死してるらしいからな」  『それをこの定食屋さんが塔の中で見付けた?  何で?』  『さあ? 俺には分からん』  「その双眼鏡、こっちじゃ行方不明になってたんだよな。  意外と同じモンだったりする可能性も無くはねーかと思ってるんだが」  『それが縁てやつなのかしら?』  「言われてみりゃそうだな……」  「……」  『……』  『それで?』  「分からん。  分からんけど俺がしたかったのはコイツでアンタを見たらどう見えるかって話だ」  『何それ』  さっきの話の通りとするとこのガイコツ、歳の頃は三十某ってとこか。  コイツで覗いたらどう見えんのか興味があるけどな。  “双眼鏡は覗くな”ってアレが気になってしょうがねえんだよなぁ……  『どれ、見てみるぜ』  「お、おう」  『……』  「どうだ?」  『……あんた、先生か?』  『は?』  「は?」  「お隣さんスか?」 * ◇ ◇ ◇  『何? はぁ? しか出ないんだけど。  その先生って誰なの?』  『アンタが俺の高校時代の担任の先生とそっくりに見えるんだよ』  「おい待て、お隣さんは俺と同世代だぞ?」  お隣さんは確かに俺と同世代だ。  とはいえ、心当たりはある。  このガイコツが76年にここで起きたアレの関係者だったなら十分にその可能性はあるんじゃねーか?  お隣さんには確かにあの撲殺された女子高生の面影があるんだよな。  『同世代って……ああ、さっき還暦だって言ってたわね』  『隣ってのは……ああ、おっさん家の隣か』  「あの、ぶっちゃけ姉さんて今いくつなんスか?」  『これ言わなきゃならない訳?』  「普通ならコイツのアタマを引っ叩いて終わりなんだがな……  スマンけど教えてほしいんだわ」  『はあ……しょうがないわね。アタシは今35よ』  『何だと? とてもじゃねえが35には見えねえぞ』  『失礼極まりないわね』  「まあ抑えてくれ。おおかた認識の齟齬ってやつだろ」  『何でもそれで片付けば良いのにね』  「ガイコツが言っても説得力ねえな」  『分かったわよ』  「分かったんスか?」  「うるせえ」  『覗いてみっか? コレ』  「いや、遠慮しとくわ。  で、このヒトがオメーの先生に見えたってのは年齢的外見も含めてなのか?」  『ああ、全くの同一人物じゃねーのかって位だぜ』  「ナルホド」  この双眼鏡の向こうに何が見えてるってんだ?  つーか何なんだ?  イヤ、双眼鏡だけじゃねーけどさ。  『ん?』  「どうした?」  『何か聞こえねーか?』  「ブザーの音とかじゃなくてか?」  「何も聞こえないッスよね」  『アンタが手に持ってるソレが原因なんじゃないの?』  『双眼鏡から音がすんのか……つーかコレが双眼鏡なのは全員一致してんのか  ……どれ、覗いてみっか』  うーん……こう次から次へとコトが起きちまうとなぁ……  まあさっきからの流れは周りも見てみよーぜってノリだったし結果オーライで良ィんかね。  双眼鏡で見回してもらうのもアリっちゃアリか。  ガイコツのねーちゃんが還暦のオバハンに見えるくれーだしな。  しかしこのガイコツ、本人の言動からして本当に35なのかすら怪しいぜ。  見た目なんかは各々の認識に引っ張られてっけど本人自身の認識は自分一人だけって感じなのか?  そういやこんだけゴチャついてんのに同じヤツ同士がバッタリ出くわす、みてーなのは無かったよな。  76年のココの映像だってそうだ。  アレ、同じ顔のヤツが多分三人はいたけど登場したのは一人ずつだったよな?  コレって人間とか知恵があるモノ場合だけに限られんのか?  無機物とかは分かるが動物とかは見ねーし分かんねえな。  てかコレって意図的なモンなのか?  なら誰が?  特定の誰か……なのか?  いや、組織的なモノである可能性のが高けぇのか。  共通点は何だ?  慣れっこになっちまって認識の相違とかフツーに言ってるが、見た目の違いってのはそもそも何を表してる?  同じ人間が同時に存在すんのはあり得ねえだろ。  モノが透けて見えたり、見えるけど触れなかったり……つまりそれは……  クソ、分かりそうで分かんねえぞ……  じゃあそうなる理由が分かったらどうなるってんだ――  『お?』  「何だ?」  『何かあるぞ』  『何? どこどこ?』  『そのテーブルの上だぜ』  「俺には見えねーな」  「オイラも見えないッス」  『あ、それスマホじゃん』  『見えんのか。何かピカピカ光ってっけど』  「待て、スマホだと?」  俺のか?  いや、俺が持ってた奴はポケットに仕舞ってた筈だ。  なら息子か?  いやいや、スマホだからって俺らだけって訳でもねーよな?  例えば……例えば?  ……あの変なイントネーションでしゃべる奴……か?  『そのスマホに心当たりでもあんの?』  「いや、行方不明の俺の携帯かと思ってな」  『行方不明ってどっかで無くしたんか?』  「ポッケに仕舞いっ放しだったけどフツーに消えて無くなった」  「携帯の日付見なくなったなーと思ったらそういうことだったんスか」  『待て、消えて無くなったってとこはスルーかよ』  『ちなみに日付を見るってのは何な訳?』  「待受の時計がずっと2042年5月10日10時1分のまんま止まってたんだよ。  何かあったときに一気に変わるんだけどな」  『何それ怖っ!』  『その日時には何か意味でもあんのか?』  「さあな、分からねえ。  ただ気になることがあってな」  「息子さんの携帯ッスね?」  『息子さん?』  「ああ、息子の携帯の待受に表示されてる日時もずっと同じままなんだがな、えーと……2042年5月11日、12時24分だったかな……まあその辺の日時が表示されてるんだよ」  『意味が分からないわ』  『携帯としては仕えてたのか?』  「ある時点までな」  『ある時点て?』  「えーと……いつだったかな……基本的にあんま着信がねーからな」  「日付的には今日ッスよね?」  「あー、まあそういうことになんのか」  『そういうことになるって?』  「こういう場所に飛ばされてからだと思うってことだよ。  ここじゃ時間が経ってんのか経ってねーのか分かんねーからな。  多分舞台装置みてーなヤツなんじゃねーかとは思ってるんだが」  『舞台装置?』  「だってそうだろ?  こんな仕掛け自然発生的に出来ると思うか?」  『確かにそうね。  でもそうするともっと怖い想像になるわね』  『待てよ、脅すなよ……それが本当なら俺の八年間は――』  『ちょっと落ち着きなさいよ。  言ったでしょ? アタシなんてもっと長いのよ』  「それ以前に俺は自分の人生が怪しいけどな!」  「何も問題ないのはオイラくらいッスね!」  「いや、それはそれで問題あんだろ。  オメー自分がキーマンだってこと分かってねーだろ」  「ピーマン?  確かにオイラの頭は空っぽだと思うッスけど……?」  「ボケるタイミングかよ」  『何だこのやり取りは……』  『話の流れからしてその人が真ん中になって手を繋いでるのもそういうことなんでしょ?』  「ああ、そういうことだぜ」  「どういうことッスか?」  「あのなあ……  オメーはさ、俺が見えてるモノと定食屋がみてるモノ、両方が見えてるだろ。  それにさっきまで繋がってた息子との通話、コレも繋がんのはオメーの携帯だけだったろ。  俺の携帯は完全にモックアップみてーになってたからな」  『だから二人してその人と手を繋いでるってことなのね。  じゃあやっぱりアタシもその中に入ったら何か変わるんじゃないの?』  「オイラガイコツになるのはイヤッスよぉ」  『自分じゃ分かんないから大丈夫よ』  「分かった、じゃあ手を繋いだら店内のモノを確認、その後は……電車ゴッコ状態のまんまで店の外に出る。  これでどうだ?」  『そうだな、それしかねえか』  『そうよね、ずっとここにいる訳にもいかないなとは思ってたのよね』  「もうお任せするッスよ……」  「おー、偉い偉い」  「何か納得行かないッスね……」  「その前にその年季の入った方の封筒の内容を確認しとかねーとな」  『アタシが開けて良いのよね?』  「ああ、頼むぜ」  『封を切るわよ?』  しかしまだ何か忘れてるよーな……  ビリッ……  ガコン!  『ッ!?』  何だ!? * ◇ ◇ ◇  「どうしたッスか?」  「今の聞こえたよな?」  「何スか?  少なくともおっさんのオナラは聞こえなかったッスよ?」  「ボケるとこかよ……ってアレ?」  「おっさんがボケたんじゃないッスか?」  な、何だ?  と思ってキョロキョロ。  うん、定食屋だな。  そして……定食屋とガイコツのねーちゃんがいねえ。  つーか……  またかよ、オイ!  『どうしたんだ、父さん』  「へ?」  「膝カックンが必要ッスかね?」  待て待て待て待て、コレ場面転換なのか?  さっきのでけー音、これで何度目だ?  どう考えてもアレがきっかけだよな!?  「えーと……ボコボコのヨロイ着た髭面は?」  「何スかそれ?」  『そんなのがそっちにいたのか?』  「オイラは知らないッスよ」  「ちなみにそっちはオメーひとりか?」  『ああ、そうだけど』  「ずっとか?」  『ずっとだよ』  「さっきから何なんスか?」  『何か様子がおかしいな。質問の理由を聞いても?』  「ああ、端的に言うと俺は今別な俺になったんだぜ?」  『はい?』  「はぁ?」  いや、コイツは語弊があんのか?  じゃあ今までここにいた俺はどうなったんだって話になっちまうしな。  ……てか、どうなったんだろーな?  今の俺はさっきまでの俺で……  こういうのって俺だけなのかね?  そもそもコレ場面転換て理解で合ってるのか?    「俺も状況がまだ分からねえんだ。  いくつか確認させてくれ。  俺はここでさっきまで何してた?」  「オイラと一緒におっさんの家からこっちに移動して来たとこッスよ」  「まだ着いてすぐってとこか?」  「そうッスよ」  「つーことはまだ二階を見に行ったりはしてねぇってことか」  「まだッスね。見に行くって話はしてたッスよ」  「つーかここが二階建てだって認識は俺と一致してるか?」  「逆に一致してなかったことなんてあったッスか?」  「なるほど、その点では俺と認識は一致しねー訳だ」  「つまりおっさんが頭おかしいってことッスね」  「オメーは一言多いんだよ」  ペチッ!  「あ痛っ!  引っ叩くにしてももう少し優しくしてほしいッス」  「あー、じゃあ息子の方に聞くぜ。今俺ん家?」  『ああ、そうだよ。  父さん、移動ってのは“別の作りものの場所”から移ってきた、そういうことだよね』  「おう、その話はした後だったか。  ウチに来る前はこっち……定食屋にいたりしたか?」  『ああ、父さんと電話で話しながら色々調べたよ』  「てことは昭和レトロな店内も見てるな?」  『ブラウン管テレビとか1976年3月のカレンダー、あとはピンク電話か』  「なるほど、じゃあ定食屋で自称女子高生のガイコツにも会ったな?」  『骸骨? 死体遺棄事件か何かか?』  「いや、しゃべるガイコツだよ。殺人事件の被害者には違い無さそうだったが」  『何だそりゃ』  「やっぱり頭おかしいッスね!」  「うるせえっつの。  レトロな店内もその76年3月の出来事に関連してると思ったんだがなあ」  今の反応からすっとアホ毛も知らねえか。  しかしピンク電話がアリでガイコツは無しか……  うーむ……?  『その昭和な店内で何があった?』  「その話がまるっと抜けてる感じか?  定食屋の先々代が店内で女子高生を殴り殺したのが76年3月。  でもってその女子高生がふっ飛ばされて転がった辺りにセーラー服を着たガイコツが木箱を持って転がってたんだよ。  言っとくが俺は直接は見てねえからな?  会ったのはオメーで俺は通話越しに聞いてた感じだ」  『発見した、じゃなくて“会った”なんだね?』  「そうだ、オメーがお姫様抱っこしたらしゃべり出した」  『俺が? 骸骨を? お姫様抱っこ? 何で??』  「作り物っぽい場所とかその記憶が再生される条件とか……そんとき色々と議論したんだがなあ」  『お姫様抱っこと何か関係あるの?』  「そんときの昭和店の風景と絶対何回関係あると思ってたからな。  まああちこち調べんのに連れてったらどうなんの? って話になったんだよ」  しかし当時の定食屋は居住スペースのねえ平屋建てだったんだよな。  外に出ねーで二階に行ってたらどうなったんだろーな?  「一応聞くが定食屋は何階建てだ?」  『二階建てだね』  「昭和な店内には二階に行く階段なんて無かったよな?」  『そういえば無かったな』  「あ、そういえばなんだ」  『行こうとも思わなかったな』  「俺は何も言わんかったのか」  『うーん……多分ね』  始めっからなのかそうじゃねーのかがビミョーに分かりづれーなぁ。  「ちなみにこっちにいるアホ毛ヤローを経由して通話してるっつーことは……今家に帰ってもオメーには会えねえ感じか」  『ああ、そこは一致してるね』  「俺ん家で孫とオメーの嫁とでBBQやってたのは?」  『また訳の分かんない話が出て来たよ……』  「そうか、それもナシなのか……」  『その反応、何か重要なイベントだけ選択的に経験してない感じにさせられてるのか?』  「ああ、今更だが怖えー話だぜ」  させられてる? 本当にか?  そこで例のでけー音が鳴ったんだよな。  そしてそんとき息子と孫は“彼女”に遭遇してた可能性があんのか……?  何かピカっと光ったとか何とかとも言ってたな?  ソイツが過去の記憶なのか現在進行形で起きてたことなのか……  「アホ毛の方にも聞くぜ。  こっちに来て警報みてーな音は聞こえなかったか?  ビビービビーって奴だ」  「あ、そういえば鳴ってたッスね」  そういえば、だと?  「それはこっちに着いた後か?」  「そうッスね」  「どうやったら止まった?」  「何もしてないッスね。いつの間にか止まってたッス」  「そりゃ変だな。俺は気付いてなかったのか?」  「おっさんは聞こえてない感じだったッス」  「そういうことがあったら言えよな」  「気が付かなかったッス?」  『父さん、俺もそういう音は聞いてないな』  「そうか……」  まあ、息子は聞いたこともねーだろーな。  携帯はねえか……ってテーブルの上にあった!?  コイツはもしかして定食屋が双眼鏡で見たってヤツなのか?  案外定食屋とガイコツがまだその辺で見てたりしてな……  双眼鏡で覗く、か……  着信お知らせのランプが点滅してるとこも言ってた通りだぜ。  ん?  てことはアレはフリーズしてねえ状態なのか……!  どうやら時間が戻った……って訳じゃなさそうだな?  何かおさらいさせられてるみてーで気持ち悪いぜ。  いくら何でも単に過去の記録の再生を見せられてるだけなんて訳じゃねーよな?  まさかとは思うがコレ、あの古びた封筒と何か関係あったりすんのか? * ◇ ◇ ◇  「なあ、そこの携帯って誰のか分かるか?」  「携帯? そのタブレットのことッスか?」  「タブレット? そんなデカかねーだろ」  そう言って手に取ろうとしたが……すり抜けた。  そうか、俺の携帯とは違うのか……  じゃあこの着信ランプはなぜ光ってる?  『父さん、そっちで何か見つけたのか?』  「あ? ああ、携帯がテーブルの上に一台転がってたんだがな」  「携帯じゃないッス。タブレットッスよ、サイズ的に」  『そうなの?』  「いや、携帯だぜ」  「タブレットッス!」  『もう、一体どっちなんだよ』  何でそう見えてんのか、お互い理由があるんだよな、  そいつが分ればなあ。  『【ビビービービビービビー】』    「警報だ!?」  『警報? これが?』  「そのタブレットから聞こえてるッスよ?」  『着信音か何かなんじゃないの?』  着信音……?  そういや俺の携帯はSIM抜きっ放しだったよな。  じゃあコイツはモノが違うってことか……?  いや、そもそもここじゃ関係ねーのか。  「で、そのタブレットって誰のなんだ?」  「誰のっておっさん家から持って来たッスよ」  「俺ん家? お隣の掛け時計じゃなくて?」  「何スかそれ? おっさんの家から持って来たッスよ?  何かあるかもしれないから持って行ってみるかって言ってたのはおっさんの方ッスよ?」  「あー、ソレってもしかして母さんの遺影とほとんど同じ構図の写真のヤツか」  「そうッス、それッスよ」  「ちょっと待て、オメーそれ覚えてんの?」  「ちょっと何言ってるか分からないッス!」  てゆーか……定食屋に行くなんて話してたっけか?  俺ん家で遺影と位牌がどうとか言ってたときって息子はまだここにいたんじゃなかったっけ?  それに俺が行こうとしてたのもここじゃなかったよーな気が……  どこだったっけ?  『父さん、遺影って仏壇のやつ?』  「ああ、ちなみにそっちに遺影と位牌はあるか?」  『あー、それは分からないな』  「ん? 今俺ん家にいるんだよな?」  『そこはほら、今メチャクチャな状態になってるから。  誰かに荒らされてただろ』  「そこまで話が戻るんか……」  『それが元々は仏壇に飾ってた液晶パネルだって話なのか』  「ちなみに俺は液晶パネルなんて飾ってねーぞ。  知ってるよな?」  『まあ見たことも聞いたこともないしね』  「元々あったやつの他にもう一組あったって話なんだがな」  『そうなの?』  「そうッスよ!」  ん?  てことはつまり片手にタブレットを持ってもう片方の手を俺と繋いでもらって、例のワードを言ったら何かあるってことなのか?  つーかさっきまで繋いでた手はどーなったんだ?  いつの間に離れたのか分からんけど、今左右ともフリーなんだよな。  「なあ、そのタブレットの画面って今どうなってるか見れたりするか?」  俺の目には画面が暗転してて着信ランプが明滅してるスマホしか見えてねえからな。  「そりゃもう。でもただの写真……じゃないッスね……」  「文章とかか?」  「写真ッスね、遺影じゃなくて記念写真か何かっぽいッス」  「記念写真? 何の記念だ?」  「祝・開店とか書いた花が並んでるッス。  もしかしてこのお店の開店祝いとかッスかねえ」  「開店記念だ?」  この店っていつ出来たんだっけなぁ。  『この写真とさっきから鳴ってるやかましい音とで何の関係があるんスかね』  「そもそもコレって何を知らせる音なんだ?」  着信か、メールか、それかアラームとかか?  まさかホントに警報ってことはねーよな?  「ちょっと触ってみるッスか」  「出来るんならな」  「うーん……それにしてもどっかで見たことのあるメンツッスねぇ」  「どっかってどこだよ」  「さあ? 何となくそう思っただけッス!」  「テキトーなこと言って混乱させんなよ」  クソォ……自分で見れねえのがもどかしいぜ。  「この恰幅の良いおばちゃん、どっかで見た様な……」  「あ? 八百屋のおばちゃんか?  いや、それだと時代が合わねーのか。  それがいつどこで撮った写真かは知らんけど」  「この写真で並んでるメンツってここ何日かの間で会った人たちに雰囲気が似てるッスよ」  「似てる? てことは少なくとも本人じゃねーってことか?」  『それか本人の若い頃とかじゃない?』  「俺って写ってるか?」  「おっさんに似た人はいないッスね」  「そうか……」  「お隣さん夫妻、駐在さん、息子さん夫婦とお孫さん、刑事さん、定食屋さん……あ、姐さんとボスっぽい人もいるッスね。  あと知らない人も何人かいるッス」  『俺もいるの?』  「オメーは?」  「オイラは……いないッスねぇ……あ、でも相棒っぽいのはいるッス」  「そうか、オメーとお仲間……なのか?」  『何で疑問系なの?』  「オイラとお仲間なのがそんなに嫌なんスか?」  「なあ」  「何スか?」  「ホントのところ今日って何月何日なんだろーな。  イヤ、唐突なのは分かってんだけどよ」  「さあ?  5月10日を過ぎた辺りまでしか分からないッスね。  ちなみに息子さんの携帯は11日になってるって話だったッスよね?」  『10日を飛ばしていつの間にか11日になってたって感じかな。  でも何で急にそんなこと聞くの?  その写真と何か関係があったりとか?』  「今日は5月4日だって言い張るヤツらがいただろ」  『いたけど』  「そこのアホ毛がまさにそういう類のヤツだと思ったんだがな」  「オイラはそんなこと言ってないッスよ?」  「だが前に出くわした検問詐欺の連中は違ったぞ」  「だから検問詐欺なんて知らないって言ってるッスよ」  「それな」  『それ?』  「何スかそれ?」  「あそこで何があったんかなーって疑問がだな」  「あそこってどこッスか?」  「でだ。俺と手を繋げ」  「へ?」  『へ?』  「スイッチ」  ………  …  〈【ビビービビービビービビー】〉  お……!?  と思ったけど何も変化無しか?  〈オイ、何かヤベーのが出て来たってよ〉  〈うるさい、うるさい、へんなおと〉  〈何? 何も聞こえないよ?〉  〈開店即閉店待った無しか!〉  〈やべー…へいてん……?〉  〈この子に変な言葉教えないで下さいね〉  〈んなこと言ってる場合かよ〉  「アレ? お前ら何かしゃべった?」  「しゃ、しゃべってないッスよ!?」  『何? そっちに誰か来たとか?』  「誰も来てねーけど何か話し声が聞こえた」  「オイラにも聞こえたっッスよ!  “ヤベーのが来た”とか何とかって言ってたッス」  『まさか写真の人たちが動き始めたとか?』  「怖いッス! ホラーッス!」  「まあ落ち着け。声が聞こえるだけだろ。  取り敢えず様子を見よーぜ」  〈奴らどこから来やがった〉  〈どこってアッチからに決まってんだろ〉  〈暴走かよ〉  〈分からん〉  〈前はどうやって戻したんだ?〉  〈再起動じゃないの?〉  〈んなこと出来んのか? そもそもどうやって行くんだよ?〉  〈分からん〉  〈町まで来たらどうするんです?〉  〈そ、双眼鏡……双眼鏡っす〉  〈どう? 何か見える?〉  〈姐さん、そこに知らない誰かがいるっす〉  「えっ、俺?」  「いや、違うと思うッスけど」  「だよなあ」  てゆーか「奴ら」って何だ?  〈何だそれ〉  〈俺か?〉  〈いや、違うと思うっすけど〉  「ほら、あちらさんも同じこと言い始めたぜ」  「おっさん、テレビとお話してる人みたいッスよ」  「うるせえ」  『後で何が聞こえたか教えてくれよ』  「おう」  後でか……フラグだな。    〈奴らが町まで入ってきたらどうする?〉  〈施設だけは死守しねーとな、姐さん〉  〈いえ、皆さんの安全を最優先に考えるべきですわ。  逆に施設を利用するのもひとつの策として――〉  〈そりゃあダメだぜ、死んでったアンタのお仲間を弔う神聖な場所なんだろ。俺らだってそこまで恩知らずじゃねえぞ〉  〈そうです、他に出来ることを考えましょう〉  何か物騒な話ししてんなあ。  しかし姐さんてのはもしかしなくても例の息子の嫁にソックリな人……じゃねーよな……  それともう一人の女性の声、八百屋のおばちゃんか?  おばちゃんが姐さんじゃねーんだな。ちと意外だぜ。  ってコレも俺が知ってる本人じゃねーのか……  この携帯……もといタブレットの画面に写ってるって場所が舞台なら昭和20年て訳でもなさそうだしな。  それに孫っぽいのもいたが関係性がどうにも分からねえな。  今聞いてるコレはいつ、どこであった出来事なんだ?  〈生贄の壺に蓋をすることが出来れば良いのですが〉  〈何度聞いても物騒な名前だな〉  〈実際物騒なんだから仕方ないだろ〉  〈例の“特殊機構”の目処は付いてるんだろ?  ソイツは使えねえのか?〉  〈使えるか使えないかで言うと、ギリギリ使えるかもってとこかな〉  〈問題は?〉  〈あの壺と同じなんだよ。  動かすにはエネルギー源が必要だ。それに……〉  〈それに?〉  〈結局はどうやってあそこまで行くのかって話か〉  〈その双眼鏡を使って何とか出来ねえのか?  今だって誰か知らねえ奴がいるんだろ。  何とかしてそっち側に行けるんならまだ道はあるんじゃねえのか?〉  〈だがそれをやるには“特殊機構”が必要だ。  本末顛倒じゃないか〉  〈それならわたくしが参ります。やはり施設を利用するしかありませんわ〉  〈しかしアンタは……〉  〈以前も申し上げましたがわたくしはとうの昔に滅びた存在の残滓に過ぎません。  お気になさらず〉  〈だが……〉  〈では他に方法がありますか?〉  〈……分かったよ〉  〈それと、これを〉  〈手紙?〉  〈あの人がいつか来る日のためにしたためたものですわ。  元々今日お渡ししようと思っていたのですが、お渡しするのと同時に開封することになるとは夢にも思いませんでしたわ〉  〈“特殊機構”絡みか〉  〈はい。それと彫像の人物について書いてありました〉  〈昔中庭にあったやつかい? あれは鋳潰されちまっただろ〉  〈鋳潰されたってのは単なる噂だろう。あれは石か何かで出来ていた筈だ〉  〈ええ、それにあれはレプリカだと思っていたのですが〉  〈どういうことだ?〉  〈そもそもあの中庭はあんたがデザインしたもんなんだろ〉  〈そうなのですが、あの彫像は別なのです〉  〈別? 奴が作らせたとかか?〉  〈いえ、いつからあの場所にあったのか誰にも分からないのです。  誰がどのようにして持ち込んだのか……それもついに分かりませんでしたわ〉  〈手紙に書いてあったってことはさ、奴はモデルになった人物のことを知ってたんだろう?〉  〈そうなのですが〉  〈何だ、違うのか?〉  〈ええ、ごめんなさい。でも大丈夫、心配は無用ですわ〉  〈?〉  〈いつかまたこの場所で〉  《 スイッチ 》  〈あっ――〉  ………  …  ……はっ!?  ア、アレ?  「おーい、おっさん?」  「ほへらー」  「おっさんがアホになったッス!」  「うるせえ」  ぺちっ!  「な、何だって……おわっガイコツぅ!?」  『何よ、失礼極まりないわね!』  『おっさん、頭は大丈夫か?』  「お、おう……?」  アレ? さっきのは一体……?  『ほら、封を切るわよ?』  「そ、そうだった。良いぜ、開けてみてくれ」  えーと……何がどうなった? * ◇ ◇ ◇  「……と思ったけどちょっと待った」  『な、何よ……危うくビリっとやっちゃうとこだったじゃないのよ』  『急にどうしたんだ?』  『そうよ……説明してほしいわね、その格好が何なのかも含めてね』  危うくっつーかさっきちょこっとだけビリッとしてた様な気がするんだが……  つーかその格好ってどんな格好だ?  「スマン、もう一回あそこを双眼鏡で覗いてもらえねーか?」  『もう一度? まあ見てやるけどよ』  この反応……やっぱさっきと違うぜ。  双眼鏡も別モンなのかね。  「どうだ?」  『うーん……一面赤茶けた石コロだらけの荒野って感じだな。  ペンペン草も生えてねえ』  マジかよ。  あいつらはどーなった?  つーか店の外はどうなってたんだ?  「空は錆色、オメーらがさっきまでいた場所に近い……か?」  「おう、そうだな」  『何なの? それ。  中にフイルムが入ってて立体写真が映るおもちゃ、とかじゃなさそうね?』  『知らんけど偶然手に入れた』  「死後の世界でも見えるんスかね?」  「そうかもしれねえな」  「ホントだったら怖いッスね……」  意外とマジモンだったりしてなぁ……  『でも何で急に“もう一覗いて”なんて言い出したんだ?』  「あー、それ気になってたんだよな。  さっき一回見てもらった筈なのにな」  『いや、ここじゃ初めてだぜ?』  「だろーな。そうだと思ったぜ」  『ちょっと意味が分からないんだけど?』  「まあ、単に俺がさっきまでの俺と違う俺になってるってだけの話だろーな」  『その話は聞いたな、意味は分からんけど』  「さっき双眼鏡でそこのガイコツの姉さんを見てもらったらお隣の奥さん、つまりオメーの先生に見えた、そう言われた。  んでその後店内を双眼鏡で見回してもらったら着信ランプがピカピカと光ってる携帯を見つけた。  さらにその後その古い封筒の封を切ることになってちょっとビリッとやったとこでガコンて音が響いた……  どうだ? 多分オメーらの認識と違ぇだろ?」  トシを聞いたって話はしねー方が良いよな!?  『確かに見ての通りまだ封は切ってないし、そんな大きい音なんて聞いてないわね』  「それが違う俺だって言った根拠だよ」  『それはこっち目線でも同じだわ。  だってアンタの見た目が急に変わったんだから。  それを説明してほしいわね』  『えっ、そうなの!?』  「そうなんスか?」  「そうなのってそこはコイツらと違うのか」  『だって、そこのお兄サマたちはアンタのことオジサンに見えるって言ってたじゃないの。  そもそもが違うのよ』  「なるほど。で?」  『見た目が酷くなってるのはどういうことなの?  髪はボサボサだし乾いた返り血か何かで頭の羽根飾りからつま先まで全身真っ黒よ?』  「マジで? 俺って今そんなにワイルドなカッコしてんのか」  『俺には特段変わった様には見えねーけどな』  「同じくッス」  『とにかくたった今ボス戦が終わったとこみたいな感じに見えるんだけど、大丈夫なの?』  「大丈夫も何もそんな自覚はねーからな」  『本当に? 見たとこ怪我とかはしてないみたいだけど』  「だから自覚がねーんだってば。  それよかさ、今コイツと手ぇ繋いでる状態だろ?  繋いでる手も汚れてんのか?」  「お、オイラの手に血なんて付いてないッスよ?」  『言われてみれば……手まで赤黒く染まってるのに汚れが全く移ってないわね』  『今オッサンの手が血塗れになってるってか?』  『ええ、でもそっちのお兄さんの手に血は全く付いてない状態よ』  「怖いッス!」  「怖ぇからって手は離すなよ」  「うぅ……分かんないけど分かったッス」  俺が血塗れに見えるってのはさっきの“奴らが来た”とか何とか言ってたやつと関係があると見てまず間違いはねぇだろーな。  それに最後のアレだ。  壺がどうとか言ってた気がするが……何のことだ?  あの後どうなった? 最後にスイッチと言ってたのは誰だ?  定食屋が双眼鏡で覗いた先にあったモンが全て無くなって無人の荒野になってたってことは……あの場所が消えて無くなったってことを意味すんのか?  スイッチってのは誰かが作ったバッチを叩くトリガーみてーなもんだとばかり思ってたが……  それに目の前のこのアホ毛野郎、コイツが何気にキーマンなんじゃねーかって気がすんだよな。  『その顔……何か心当たりがあるって感じね』  「クソ……不公平だぜ」  『何が?』  「だってガイコツは表情なんて分かんねーだろ?」  『だからガイコツはやめてって言ってるでしょ』  『そういやこのオネーサンを双眼鏡で見たら隣の奥さんに見えたって言ってたよな?  ちょっと見てみっか……って本当に先生だぜ。  どういうこった!?』  『話を逸らそうとしても駄目よ。何なの? その格好は』  「まあ待て。ガイコツのねーちゃんは服を着てねえだろ?  そしたら双眼鏡で覗くと素っ裸なのか?」  『ちょっと! 良い加減にしないと怒るわよ?』  『お、おっさん。実を言うと……その……』  『な、何ジロジロ見てんのよ!』  『服はちゃんと着てるんだぜ』  「だろーな。そーだと思った」  「ズコー、ッス!」  「何でオメーがズッコケんだよ」  『全く……人騒がせな奴ね』  「まあ俺の見た目があんたが言う程違うんだったらカッコも含めたもんだろーしな」  「そ、そうッスね。プラカードを持ったゴリラがいる位ッスからね!」  『何だそりゃ』  『そうよ、もうちょっとマシな例えを考えなさいよ』  「ゴリラねぇ……なるほど」  『何でそこで納得すんだよ』  「じょ、冗談のつもりで言ったんスけど……」  「何だよ、プラカードを持ってただなんて言うから本気だと思っちまったじゃねーか」  「?」  やっぱ詰所に入ってるよな、コレ。  やっぱキーマンはコイツだな。  『そんなどうでも良い話なんて後ですれば良いでしょ』  「じゃあ逆に聞くがな、何でそんなに俺の外見の変化にこだわるんだ?」  『だってそうでしょ?  目の前でいきなりパッと変わったんだから』  もう一個、そもそも何で俺が中学生くれーの女の子に見えてんのかって疑問にもそろそろ答えてほしいもんだぜ。  このガイコツのねーちゃんだけじゃねぇからな、何か共通点がある筈だ。  そのうちこの前のヤツと同じことを言い出すんじゃねーかとも思ってたがそんな感じじゃねーし、何の因果があってそう見えてんのか……  「俺が聞きてえのはな、今の俺の姿に何か心当たりでもあんのかって話だ」  『そりゃあ、あるわよ。だってアンタはあのときの――』  『あのときって何だよ、分かるように言えよ』  『あのとき……の……? あ……?』  「何だ、どうしたってんだ?」  『あれ? アタシ……あ…あ……あ゛、ア゛、ヴ……ァォォァ……』  「お、オイ、何だってんだ!」  「ホラーッス! ゾンビッス」  『マジか! シャレになってねえぞ!?』  『ガアアア』  「うおっ」  「ひいっ……ッス!」  『ちっ』  「おい、やめろ!」  『んなこと言ってる場合かよ! うらっ!』  ザシュッ!  ドスン! ゴロゴロ……  「ひ、ひぇぇぇ……ゾンビの生首ッス!」  『ゾンビは首を切れば止められんだよ』  マジか……歴史は繰り返すってか……  客観的に見たらあの出来事と同じ――いや、首を落としてる時点で……って冷静に分析なんてしてる場合じゃねーよな。  「オイ、双眼鏡でこのゾンビを見てみろよ」  『何でぇ……ってまさか……!』  「隣の奥さんだろ」  『待ってくれ……今俺は先生を殺したのか?』  「さあな……それは分からん」  今のは偶然なのか?  そもそもガイコツが急にゾンビになるとか脈絡が無さ過ぎんだろ……  『……もしかして今まで俺がぶっ殺して来た奴らも……?』  「大丈夫だ、多分何か裏があるんだよ」  『だ、だよな……』  そうとでも思っとかねーとやってらんねーだろ、こりゃ。 * ◇ ◇ ◇  「でも死ねば出れるんスよね?」  『はあ? 出るってどこにだよ。死んだらそこまでだろ』  「例のゴリラか?」  「そうッス!」  『ゴリラ?』  「さっきのプラカード持ったゴリラの話だよ」  ゴリラの話が出るっつーことはドロボーさんの話とか鑑識さんの話とかも振ったら分かるんかね。    「ゴリラが持ってたプラカードに――」  『んなこたどーだって良いんだっつーの」  「死ねば出れるって書いてあったッス」  『出れるって何だよ。先生もこっから出たってか?  どこから出てどこに戻って行ったってんだよ。  何なんだそのゴリラってのは。  何なんだよこのゾンビは。  何なんだよさっきのガイコツはよォ!』  「まあまあ落ち着けよ、オイ」  『これが落ち着いていられる状況かっつーの』  「今までだって落ち着いてられる状況なんかじゃなかっただろーに。  おかしいぞ、オメー」  『おかしいのはオッサンの方だろーが!』  「ま、まあまあ。落ち着くッスよ。  例えばみんなで死んでみるとか、試してみたらどうッスか?」  「できるかボケ」  ぺちっ!  『オメーらよーやるな、首無しゾンビが転がってる前でよォ』  うーん……そうなんだよな。  何つーか……やっぱ現実感の薄い環境のせいだろーな。  しかし急にゾンビになった……だけじゃなくて何か理性も吹っ飛んだ感じだったよな。  何がきっかけだ……?  『おい、おっさん』  「ん? 何だ?」  『おっさんが全ての元凶っつーか原因なんじゃねーのか?  色々ともっともらしいこと言ってるがよォ』  「何だと?」  『さっきだってそうじゃねーか。  ガイコツのねーちゃんからはおっさんが何か別のモンに見えてた、じゃあそれは何なんだって問答がきっかけだったろ。  でもってそこを突き詰めようとしておっさんが問い詰めたのが引き金になった。  あんた、何なんだ?』  「何なんだって言われても俺は俺だってしか答えられねーぞ。  てゆーかさっき親父さんの手紙読んだばっかだろ」  とはいえ、こいつは否定できねーな。  確かにそういうタイミングだったが……  「あの、そんなに気になるんならその双眼鏡で見てみるのが良いんじゃないッスかね?」  『おう、言われなくてもそうしようと思ってたとこだぜ』  「そもそもオメーがこの店に入って来たときもその双眼鏡がきっかけだったよな」  『ああ、そうだな。  ちなみにおっさん、話を逸らそうとしてんじゃねーよな?』  「当たり前だろ、それも事実だ」  定食屋は双眼鏡をためつすがめつしながら俺を一瞥して続ける。  ……これさっきのガイコツとの問答と同じ流れなんじゃね?  『おっさん、噴水広場の×印の話は覚えてるよな?』  「ああ、もちろん」  『ガイコツのねーちゃんも反応してたよな』  「覚えてるぜ。  『“ヒクイドリの噴水広場”の“聖痕”』がどーたらって話だろ」  『ガイコツのねーちゃんはよ、その×印が何なのかを突き止めたって言ってたよな?』  「ああ、そういえばそんなこと言ってたな」  『そしてそれを描いたのがおっさんだったと』  「確かにそうだな。まあ、俺“かも”って話だ。  だがもう一個見逃せねえ話があっただろ?」  『厶? 何だ?』  「そのねーちゃんに置き手紙で指示を出してた“おじさん”て人物の話だよ。  確かオメーは“俺の爺さんかも”とか何とか言ってた筈だ」  『だが俺の知る爺さんはその置き手紙の話の時点でとうの昔にくたばってたんだぜ。  おっさん、あんたは俺の知らねえ俺……それに親父や爺さんのことをある程度知ってるよな?  言っとくがこいつぁ普通のことじゃねぇぞ』  「そうッス、そういう話が出て来るのはおっさんだけッスね」  「ここぞとばかりに便乗しやがって……オメーもそうだろ、詰所に居たりゴリラに会ったりよ。  あと息子の携帯と連絡がつけられたのもオメーだけじゃねーか」  「それを言ったら刑事さんだってそうッスよ。  でもおっさんは自分で行ったり来たり出来るじゃないッスか」  「へ? んなこたぁねーぞ?」  「さっきもどこかから飛んできたんじゃないんスか?」  『飛んできたってどういうことだ?』  「ガイコツさんがおっさんが突然血塗れになったって言ってたッス。  その時どっかから来たんじゃないかと思ったッス」  『ああ、なるほど。  道理で話が噛み合わねーとこがある訳だ』  げげぇ……鋭いな……  コイツは何でこういうとこでカンが働くんだろーなぁ。  「言っとくが俺は自分で来た訳じゃねーぞ?」  『来たことは認めるんだな?』  「ああ、まあな」  『何で血塗れだったんだ?』  「それは分からねえって言ってんだろ。  俺自身言われるまで分からねえことだったんだからな」  『じゃあガイコツのねーちゃんの目から見ておっさんの見た目が中学生ぐれーの女の子に見えたってのはどうだ?』  「それも言っただろ、俺は俺だぞ。  それが分かってたら最後の問答だって無かったってのは理解してるよな?」  『……結局どうすりゃ分かるんだ』  そう言って定食屋は双眼鏡で俺の方を見る。  『何の変哲もねえおっさんだな』  「だろ?」  『オイラも覗いてみて良いッスか?』  『良いぜ、出来るんならな』  「お? ……と思ったらなんの変哲もないおっさんだったッス」  「紛らわしいリアクションすんじゃねえよ」  「てゆーかこの双眼鏡、普通の双眼鏡ッスよね」  「ん? そうなのか?  オメーにだけそう見えるとかじゃねーの?」  『別な場所を覗くとここじゃない別な場所が見えたりすっけどな。  例えばあの辺とか……』  「どれどれ……うーん、何も変わったとこは無いッス」  『俺が見ねーと駄目なのかね』  「多分そうなんじゃね?」  知らんけどな。  つーかこの双眼鏡が一体何なのかって疑問は一切ねーのかコイツらは……  「あー、そろそろ良いだろ」  『何だ?』  「何スか?」  「あのゾンビが手に持ってる封筒、開けてみねーか?」  『げっ……そういやアレの封を切るかどーかってとこだったんだっけか』  あの封筒の中身、もしかすっと“あの人”とか“奴”とか言われてた人物がしたためた手紙かもしれねえからな。  読めれば何か分かるかもしれねえ。  そしたらそっから考えた方が良いだろーしな。  「多分俺じゃ取れねえからどっちか頼むわ」  「えー、嫌ッスよぉ」  『俺もだぜ。さっきの今でアレに触る気なんて起きねえよ』  「マジかよ……困ったな」  「おっさん、自分が触りたくないからって人に擦り付けるのはどうかと思うッスよ」  おいオメーら、ガイコツはOKでゾンビはNGってそれダブスタじゃね?  別に腐ってたりとかしねーんだから全然大丈夫だろ。  ニオイなんかもしねーしな。  「別にホントに腐ってる訳じゃねーんだから問題ねーだろ」  「そう思うんならおっさんが取れば良いッス!」  『そうだそうだー!』  コイツらすっかり和んじまいやがって。  さっきまでのパニクりぶりはどこ行ったんだよ……  「ったく……分かったよ。俺が取りゃあ良いんだろ」  さっきの今で取れるとは思わねーけどな。  どれ……  ありゃ?  『初めっからそうしてりゃあ良かったんだよ』  何で触れた……?  そういやさっきから……  「なあ、俺らさっきまで手ぇ繋いでたよな?」  『へ?』  「何キモいこと言ってんスか」  おろ?  上から来る前から何かが違ってるってことか?  「じゃあ二階からどうやって降りてきたんだ?」  「二階ッスか?」  『二階? そんなモンねーだろ。  ゾンビに触ったせいで気も触れたってか』  「ま、まさかおっさんまでゾンビに……!  ホラーッス!」  「オメーらぜってー楽しんでるだろ……」  楽しむ要素なんて微塵もねーだろーに……  「ちなみにこの文箱とか封筒って初めからここにあったのか……ってねぇぞオイ」  「何一人で漫才やってるんスか?」  『さっきからおっさんの言動が頭おかしい感じになってるがそれは』  「だーっ、ちっと待ってろ」  封筒は今俺が持ってるだろ、じゃあ文箱やら写真やらは上にあんのか?  俺はドタドタと音を立てて二階に駆け登った。  後ろで「おっさんが壁にィ!?」とか騒いでるけど無視だ無視。  襖が閉まってるからさっきと状況が違うってのは分かるが……    せーので襖をガラリと開けた。  ……さっきと同じだな。  また何かあるかと思ったが……まあ考え過ぎか。  テーブルにはさっきの紙。  定食屋が手に持ってたヤツだ。  “早くここから逃げろ”か。  コレ、前に詰所で見たのと同じ紙だけど書いてある内容がビミョーに違うんだよな。  まあ定食屋が入ったのはあの詰所じゃなくて中世風の小屋みてーなとこだって話だし、同じモンだって可能性の方が低いよな。  そんな考えに至ったところで、もしやと思いポケットをガサゴソする。  ……やっぱ携帯はねーか。  代わりに出て来たのはヨレヨレの紙。  それを開いたときに何かがはらりとこぼれ落ちた。  ……?  何だっけ。  ――それはあなた様の御髪にございますよ。  明確に聞こえた訳じゃない。  ただ、いつかどこかで誰かがそう言った。  脳裏に浮かぶ、そうとしか表し様のない感覚。  ……?  何だ? この……何か懐かしい感じは……  そうしてふと、手元に残った紙に目を向ける。  ――そう、“あなた様”です。    何かが書いてある。  何が書いてある?  何かの文字があることは分かる。  だが、何が……?  認識出来ねぇ……何だ?  何だコレ?  いつもならここで膝カックンされて「はっ!?」とか言って目が覚めるパターンだよな。  ……いつも?  いつもっていつだ?  ――そレはあなたさマそのものなのですカら。  それトはなンダ――  アなタッテノハダレナんダ――   あア……  回る!  周る?  廻る!?  まわ……る……?  ……る?  ……?    あ?  ア? あァ?  アッ、アッ、アアッ、アアァァァーッ――  ――………………  ………  …  ぷちん。 * ◇ ◇ ◇  「ほへらー」  ………  …  「ほへらー」  ………  …  「ほへらー」  ………  …  「ほへらー」  「ほへらぁー」  「ほへらほへらほへらぁー」  ………  …  「だーっ!  ほへらーっつってんだよこの野郎!  空気読めや!」  ………  …  あー、何だこれ?  もひとつオマケに何だこれぇ……?  「何だこれっつってんだよコノヤロウ!」  ……誰もいねえのにどの野郎もこの野郎もねーよなあ。  錆色の空には二つの月……どんよりした太陽?  いや、やっぱ月か。  どこかで見た赤茶けた大地。  でもって遥か彼方に見えるどこまでも平らな地平線。  何もねえ。  とにかく何もねえ。  360度更地だ。  建物なんて痕跡すらねぇ。  平らな地面と石コロだけが果てしなく続いてるよーに見えるが……  そもそもこれは何だ?  過去の映像?  またどこかに飛ばされた?  それともいつかの疑似体験的なやつ?  「う……」  頭の片隅で何かがチリチリと音を立てる。  ――お願いです。あなた様のお力が必要なのです。  勘弁してくれ、一体俺に何を頼もうってんだ。  ただのおっさんに何が出来る……  ――急がないと、全てが無に帰してしまう……  それとも定食屋やらガイコツは何かのフリだったってのか!?  何がきっかけなのか全く分かんねえな。  封筒の封だってまだ切ってねえんだぞ?  あ、切ったか、最初に。  でも今持ってるコレは未開封だからノーカンか。  ――お願いです、女神様……  ……ハァ?  てか何だコレ?  姿は見えずとも声は聞こえるってヤツか?  幻聴だと思ってたが何か勘違いしてるヤツが必死で神頼みでもしてんのか?  誰の声かも分からねえし、雨乞いか何かの類かね。  コレってアレだ、“叶えてつかわす”って念じたら“ありがとうございます”とか返ってくるやつだろ?  ……つーかこっからどーやって戻んだよ!  お願いしてぇのはこっちだっちゅーの!  どーすんだよコレよォ!  つっても見て回る位しかしかねーか、出来ることっつったらな。  この封筒は……いよいよ何もやることが無くなったってとこで封を切る、それで良いな。  まずはスタート地点に×印……ってどうやって書くかが問題だな。  前は携帯の角以外じゃ歯が立たなかったがそもそもその携帯もねーし……  まずはその辺に落ちてる石でと……やっぱ駄目か。  ったく何なんだこの地面は……  携帯がありゃあなあ……  ってあるじゃん!  なんの気無しにポケットに手を突っ込んだら何故か出て来た携帯。  画面には……    “9999年99月99日  99時99分”  いつかの時と一緒か。  しかし都合が良すぎねぇか?  何とも気味が悪ぃぜ……  しかしまあ折角だしコイツの角でガリガリと……  良し、書けたぜ×印。  んじゃまあ行ってみっか。  持っていた携帯と封筒を懐にしまうと俺は歩き出した。  どこへ? そんなん知るか!  どこまでも真っ直ぐ突き進んでやるぜ!  ………  …  疲れた。  いや、飽きた。  歩いても歩いても何もねえ。    そういやお願いの声が聞こえなくなったな。  やっぱ叶えてつかわすとか何とか言っとけば良かったかね。    ………  …  やっぱ変だぜ。  どんだけ歩いても汗ひとつかかねえし腹だって減らねぇ。  それにだ。  空に浮かんでるあの月……ずっと動いてねえ。  それなりに時間は経ってると思ってたんだがなぁ。  まさかとは思うが同じ場所でずっと足踏みしてたって訳でもねぇし。  歩くだけ無駄だってか?  いやどうだろうな。  移動してる感覚はあるんだよ。  さっき付けた目印が視界の範囲内にねーからな。  何かが起きてる?  風景が俺に合わせて付いて来てるとかか?  ……いやいやいやいやんな訳ねーだろ。  実は機能停止したスペースコロニーの中みてーな状況とか……  いくら何でもそりゃねーか。  だったら俺が見てるときだけこーなってるとかか?  今までのことを考えるとコイツは一考の価値ありだな。  良し、その線で行くか。  もしそうだったら現実がそうなってんのと何ら変わんねーけど。  しかしこれじゃあ方向も何も分かったもんじゃねーな。  やっぱキモは目印か。  一旦スタート地点に戻って一定間隔で目印を打ってくか。  ………  …  てな訳でスタート地点に戻って来た。  いやーひたすら直進しといて良かったわー。  俺方向オンチだからなー。  まず×印だけじゃなくて石も積んどいて遠目から分かるようにしとくか。  で、こっから200歩進んで別な印を……!?  ……ってオイ。  ……携帯がねーぞ……  何でだ?   スタート地点に戻ったら復活すんのか?  ものは試しだ、取り敢えず戻ってみっか。  ………  …  戻って来たが……今ポケットにあんのは封筒だけか……  しかしさっきのは何だったんだ?  ×印を付けさせるため?  まさかなあ。  だってさあ、そんなことしてどうすんのさ?  毎度毎度のことながらワケワカ過ぎんぜ……  この×印に……!?  ………  …  ×印もねーし!  何なんだよ、オイ!  オイ!  誰か何とか言いやがれってんだ!  「誰かいねえのかよコノヤロォ!」  あまりの理不尽、あまりの意味不明さに俺は思わず叫んでいた。  ………  …  分かっちゃいたが返事なんてあるわきゃねーよな。  誰か一切合切を分かり易く解説してくれる神様はいねーのかよ……  何なんだよ、ホントによォ……  俺が何かしたか……?  ――今もどこかでご覧になっておられるのか。  誰だよ! オメーのことなんて見てねえって!  ――あなた様は私共の願いをお聞き届け下さった。  は?  俺が“何かした”のか……?  ――この羽根飾りにかけて。  何だよ……どの羽根飾りだって……?  答えろよ……  ………  …  ……何でダンマリなんだよ!  誰だか知らねえが聞きもしねーことを勝手にペラペラとしゃべくりやがって……!  ………  …  ……?  少し暗くなった……?  いや、大きな影?  ……ッ! 真上だ!? * ◇ ◇ ◇  ――何も……無い?  慌てて上空を確認したが、そこには相変わらずどんよりした光を放つ二つの天体が浮かぶだけだった。  しかし次の瞬間――  「うおっ! 何だ!?」  一瞬だが周囲が眩い光に包まれた。  なぜだか俺は目を覆うのも忘れ、その一瞬の出来事を目に焼き付けた。  時間にしてコンマ一秒に満たない、まさにその刹那と言える様な瞬間だ。  それは一瞬であるからこそ強く印象付けられたんだ……きっとそうなんだと思う。  遥か上空を横切る一条の光……だがそれは流れ星みてーな天体ショーなんかでは決してなかった。  地上から見たら米粒より小さな点だ。  それが俺の目にはやけにハッキリと、そして映画のワンシーンの様にコマ送りになってやけにはっきりと映し出された。  光に照らされてはっきりとした陰影を描く、見慣れた町の姿。  その光源の中に浮かび上がる姿は超大型の鳥の様にも見える。  いや、額から伸びた巨大なツノ、刺々しく伸びた長い尻尾、それにいかにも凶悪そうなな鉤爪……そう、まるでおとぎ話に出て来る竜の様だ。  そして……そのツノの根本の辺りに見える小さな影。  その影……いや、人か……!  どこからかガラスが割れる様な音が鳴り響く。  遥か上空にいたと思っていた存在がその音と共に突如として眼前に現れる。  本当にすれ違いざまのほんの一瞬の出来事だ。  これだけの超常的な存在を目の当たりにしてるというのに、俺は不思議と恐怖も何も無くただずっと眺め続けていた。  驚いたことにその人物は俺の存在に気付いていたらしい。  大きく目を見開くその人物がじっと……いや、一瞬の出来事にじっとも何もねぇとは思うが……ともかく俺の方を見ていた。  それが目の前を通り過ぎると辺り一面で砂塵が舞い上がる。  そして遥か彼方で立ち昇る巨大な砂煙。  ………  …  ドッゴォーン!!!  耳をつんざく轟音と激しい衝撃波が少し遅れてやって来る。  気が付くと俺はさっきの場所でぺたんと尻餅を付いていた。  目の前には無くなった筈の×印が再び現れていた。  俺が引いた線が交差するその中央には、狙い澄ました様にひと振りの短剣……それが狙い澄ましたかの様に突き立てられていた。  その刀身はガラスの様に透き通っていて、赤黒く汚れた柄の部分と妙なコントラストを成していた。  周囲に目をやると他には何も無く、あれ程激しい衝撃があって砂塵が舞い上がったというのに地面には何の痕跡も残されていない。  物理法則、仕事してねえだろ……  そんな感想を吐き出しそうになった俺の背中を誰かが軽く叩いた。  トン、と指先がちょっと触れただけの感触。  「え?」  《 スイッチ 》    驚いて振り向けば、そこは俺ん家の前だった。  辺りは薄暗くなっており、もうすぐ夕食時かという頃合いだ。  通りは家路を急ぐ人や車でごった返している。  そう、今日は連休の最終日だ。  遊びに来ていた息子家族も帰ったし、取り敢えず飯でも食ってひと息つくとすっか。  冷凍室にチャーハンか何かあったっけかな。  ……で、ここは何だ?  でもって今ここにいる俺は何だ?  何だよ、このインストールされた前提知識はよ。  誰だか知らねえがオメーには悠々自適な隠居暮らしが似合ってるってか?  今のこの瞬間の出来事も、ですわと話す人も、ガイコツのねーちゃん二人も、物騒なカッコの定食屋も、みんな忘れてねえ。  その前の出来事も全部覚えてる……筈だ。  ポケットん中には開けるか開けまいか迷いに迷った封筒だってある。  こんなんで今まで通りの暮らして行こうなんて考えなんざ思い浮かぶ筈もねぇだろーがよ。  色んなことを考えながら玄関のドアを開け敷居をまたぐ。  さっきまでここにいてちょっと表に出て来たって体だ。  居間に戻り、いつもの通り仏壇に向かって手を合わせる。  ――またね、バイバイ。  写真立ての中の“誰か”が、そう呟いていた様な気がした。 * ◇ ◇ ◇  そして明くる日……  と行きてえとこだが、あいにくと俺も気になってることを放っておけるタチじゃねえんだ。  何だかこうなる様に仕向けられてるみてーで正直良い気はしねーんだが……  とにかく思い立ったらすぐ行動ってのが俺のポリシーだからな。  まあそのせいで分からねえことがどんどん増えてるのかも知らねえが……  取り敢えず今までと違うとこを片っ端から検証してみっか?  ただ、そんだけだと今までと同じで「またかよ、オイ!」みてーな感じになって振り出しに戻っちまうんだよなぁ。  それに町に人の往来があるし時間ももうすぐ夜って今までにねえシチュなんじゃねーか?  それだけでもでけぇ変化だ。  いっちゃん気になってんのが人も含めて元に戻ってんのかどうかって点だ。  頭おかしい集団に囲まれてんのかもしれねえってのも気が気じゃねえしな。  このまんま夜が更けて朝が来んのかどうか……  ひとつ黙って様子を見てみるってのもアリなのかもしれねえ。  今さっき手を合わせた仏壇……この遺影と位牌は見慣れた母さんのものだ。  だが何だろうな、この違和感。  気のせいって訳じゃねえよな……  この家は俺ん家……どう見たってそうだ。  だけどここには定食屋一家が住んでたって可能性もあった訳だが……アレは何なんだ?  他に隣が俺ん家って主張してた奴らもいたよな。  単に頭おかしいってだけじゃ片付けられねえ何かがある……そう考えんのが妥当なんだろーなぁ。  火のねぇとこに煙は立たねえんだ。  今になって思えばあいつらの目には俺に見えてねえ何かが映ってたって可能性もあるんだな。  この違和感の正体が何なのかを突き止めてえとこだが……さて、どうすっかな。  小さなことから確認していって矛盾点を洗い出す、それしかねえな。  携帯は相変わらず無ぇな。  一瞬だけ復活したアレは何なんだろうな?  携帯の有無、この差は何だ?  明らかに意図的だよな。  今の状況と何の関わりがある?  あの×印が一体何だってんだ?  そもそもあの二つの月がある場所ってのはどこにあるんだ?  それと俺に何の関係があるってんだ?  あの一面の更地は何だ?  何で突然ああなった?  ……ダメだ、考えてたらキリがねえ。  誰かからツッコミを入れてもらえねえと気になったことに没入しちまうな……  ダブルチェック出来ねえのが痛ぇぜ。  さて、携帯だけじゃねえ。  他も確認しねーとな。  ジャケットのポケットを再度ガサゴソする。  中には……紙切れが二枚。  ん? 二枚?  そう思ってポケットから手を出す。  一枚は“今見たものを忘れないで”と書いてある。  うん、コイツだけでも十分に訳が分からんけど今この場に限って言えば思った通りで安心したぜ。  二枚目は……    “頭が変になったと感じたら俺の息子に連絡しよう。俺たちから遠ざけておくから客観的状況を聞いて何があったか判断しよう”   何だこれ?  えーと……思い出せねえ。  あれ?  そういやあ一枚目のやつってどこがどう訳が分からんかったんだっけ?  さっきから感じてた違和感てコレか?  いや、関係なさ過ぎだし単なる偶然の気付きだよなぁ。  違和感、違和感……あ、そうだ!  念の為だ、一応確認しとくか。  そう思いジャケットを脱いで背中側を確認する。  ……うん、何もねーな。  確認終わり!  ……うん、まあ、そうだよな………  ………  …  ……何だ、今の?  いや、何だ、じゃダメなんだ。  何のためなんだ、だよな。  それが分からなきゃ何もならねえ。  今のは何のための確認だ……?  自分でやろうとしてたことの説明すらつかねえのか?  何か忘れてねえか、俺。  忘れてんじゃなくて忘れさせられてんのか?  毎回……毎回?  毎回って何だ……?  だーっ! 考えれば考えるほど分からねえ!  俺は全部覚えてる、だから……今度こそ……  そうだよな……?  ふと見ると、とうに日が沈んだのか窓の外は真っ暗闇になっていた。 * ◇ ◇ ◇  窓に映るのは茫然とする自分の姿。  途方に暮れる赤毛ジジイのシケたマヌケ面だ。    何だってんだ、チキショウめ……  心の中で悪態を付きながら窓の中の自分を睨む。  視線が交わった。  相手も同じ様に睨み返して来る。  俺……だよな、どっから見ても。  そらそーだわな。  まあ何だ、ここは冷静になんねえとな。  そう考えて窓に映る自分の目をじっと見る。  当然向こうの俺も見つめ返して来る。  マヌケ面晒してんのも大概にしろってか。  わざとらしく鼻をひとつ鳴らし、視線を室内に戻す。  さっきの景色からすっと夜の7時ってとこか。  改めて部屋を見回し、今まで散々気にしてた筈なのに微塵も見る気が起きなかった時計を眺める。  あ、やっぱちょうど7時か。    ……  …… !?  ちょっと待て、何か変だと思ってたがこの部屋……電気つけてねーのに何でこんなに明るいんだ?  いやー何か変だとは思ってたんだよなー……っておかしいことに気付いて安心すんなよな、俺。  じゃあ表から見たらどうなってる?     そう思って玄関からまた表に出る。  ……うん、ちゃんと夜だ。  道は人通りもまばらで薄暗い街灯の光がアスファルトを薄く照らしているだけだ。  すっかり暗くなった空には星が瞬いていて、時折通る車のヘッドライトの灯が眩しく感じるくらいだ。  一方で遠く下の方を見下ろすとそこには市街地の灯りが明るく灯り、確かに人々が暮らしているという感じがした。  振り返って俺ん家を見ると、つけた覚えもねえ居間の灯りが窓の外に漏れ出ていた。  両隣は不在なのか真っ暗で、外灯も消えている。  ウチのはついてるけど。  そういや俺のクルマ、どこ行っちまったんだろうなぁ……    そんなことを考えながら中に入り、戸締まりをする。  「お……」  一歩踏み出したところでちょうど正面にある家デンが目に止まった。  頭おかしくなったと思ったら息子に電話してみろ……か。  ポケットから出て来た例の紙切れはここにあるメモ帳とはまた違うデザインなんだよなあ。  まあいざとなったら試してみんのもひとつの選択肢だ、覚えとくか。  ポケットに入っていた紙切れの内容を家デンの脇に置いてあったメモ帳に書き写しといて……と。  これで何かあれば思い出すだろ。  さて、折角だしメシにすっか。  食えるモンがあればの話だけどな。  どれどれ……とキッチンに向かい冷蔵庫を開き――ッ!?  開けたドアを慌てて閉じた。  そしてまたゆっくりと開けてみる。  何だこりゃ……  庫内のモノは全て覚えのあるものばかりだったが……全てが乾燥してカピカピになり、“ミイラ化”していた。  牛乳パックが黒い塊になってたのはさすがにびびったがそれだけじゃなかった。  チルドルームに入れといたチーズとかハムの類、それに野菜室のキャベツとかブロッコリーも腐敗のプロセスを辿ったのか原型を留めておらず、真っ黒な塊と化していた。  冷凍庫内は霜が降りまくって氷河期到来みてーな感じになってたが、それを掘り返せば冷凍チャーハンがちゃんとあった。  袋の中丸ごとがカチンコチンの氷になってるみてーな感触だったが……食えっかな? コレ。  電気は通ってるし冷蔵庫はちゃんと機能してる。  ただ……中身は相当な時間放置されてたかの様な状態だった。  だがしかし……  ドアを開ければ庫内灯はちゃんとつくしガワの部分は新品の様にキレーなんだよな。  ゴムパッキンなんかも劣化してねーし。  このちぐはぐさ……何がどうなってる?  そうだ、水は……  そう思い蛇口をひねるとゴボゴボという音と共に茶色い水が間欠泉的に出て来た。  ……コレ、やっぱ何年も使ってなかったって考えんのが妥当なんだろーなぁ。  床下収納の梅酒なんかもみんな干上がっていた。  梅干しもカチンコチンになってて何つーか化石みてーだぜ……  居間に戻ってテレビをつけたが……どのチャンネルも砂嵐だ。  何も放送してねえ……?  時計を見るともう10時を回っていた。  ふう……  何か疲れちまったぜ。  着の身着のままだけど取り敢えずもう寝るとすっかぁ。  ……あー。  この電気ってどうやって消すんだ?  ……まあ良いか。  もう考えんのも面倒だしこのまんま寝よ。  ………  …  “ちゃーらーりらー♪ ちゃららーりーらー♪”  「……ん…ぅ……何だ、誰だよ……うるせぇなぁ……」  ガチャ。  「はーい。誰っすかーこんな夜中にー。  おたく非常識でっせぇー」  ………  …  『――言ったでしょう? 全てが現実なんだって』  『そ、そうだ、現実だ。現実に化け物が現れたんだ。  だから殺すしかなかった』  『ふうん? じゃあどうすルの? あナた』  『ぐ……』  『ちょッと、そこノ君もボサッとしてなイで早くそこに座りなサい』  『……、……!』  『目の前カら消えて無くなったからッてあなたの罪まで消えたッテ訳ジャないノヨ――』  んー、何だこれぇー?  『……』  「イタズラ電話なら切りますよー」  『……』  ガチャ。  「ったく……誰だっつーの」  『……』    ……  ……うん? 何だぁ?  まあ良い、さっさと寝よ。  ………  … * ◇ ◇ ◇  そして翌日。  目覚ましとかは特にセットしてなかったがきっちり目が覚めた。  つーかいつの間にか電気が消えてんな。  軽くホラーだぜ。  これ、夜になったらまたつくのか?  まあ夜のことは夜になりゃ分かんだろ。  でもって表で怪しい二人組がうろついてたり……はしてねーよな。  うーん。  どうにも調子が狂うな……  何か物足りねえっつーか……何だろーな?  うーん。  まあいつも通りの朝……って訳じゃねーんだよなあ。  昨日のチャーハン、食えっかなあ。  せっかくだし久々のメシにありつきてえとこだが……  そう思って一晩放置してビチャビチャになったパッケージを眺める。  賞味期限は2022年1月……そうかそうか……って22年だぁ!?  えぇ……見覚えのあるパッケージデザインだぞコレ……  そんな昔のモンな訳ねーだろーがよ……  しかしまあ食うのは無理だよなあ、多分。  ホントに久方ぶりのメシだってのによォ。  どうにも諦めが付かねえなぁ。  そうだ。納戸に非常食とかもあった筈だ。  ただ、非常食っつっても冷蔵庫のキャベツが真っ黒い塊になってるくれーだし……やっぱ望み薄か?  まあダメ元で漁ってみっか。  そう思い納戸でガサゴソと荷物を漁る。  ん? あれ? 何もねえな。  非常食とミネラルウォーターのセットがあった筈なんだがなあ……  まあ良いか、しょうがねえ。  何か食いてえって欲求はあるがここまで風呂もトイレも一切無しで全く問題ねーからな。  定食屋にでも行ってみっか。  ワンチャンカツ丼にありつけるかもしれねーし。  身ひとつでサクッと行ってみっとすっか。  えーと鍵、鍵……  お、あったあった。  無かったらどーすっかと思ってたんだよな!  そうだ、隣にも顔出しとくか。  どんな様子かも見てみてえしな。  そうと決まりゃすぐ行動だぜ。  ピンポーン♪  ん? あれ?  まあ良いか……  ……  ピンポーン♪  ……?  ピンポンピンポーン♪  ……イラッ……  ピンポピンポピンポピンポピンポーン♪  ……  だーっ、留守かよ!  てか昨日も電気ついてなかったし、もしかして昨日からいなかったんか?  ぐぬぬ……  書き置きでも残しとくか……って紙もペンもねーし。  てな訳で思ったより早く帰宅しちまったぜ。  えーと、ペンと紙ペンと紙……家デンのとこにあったよな……っとコレだコレ。  コイツはシャーペンだし書けるよな。  カチカチ……と。  うん、大丈夫だな。  メモ紙は……あ?  「定食屋」だ?  こんなんいつ書いたんだ?  しかも丸で囲って真ん中にデカデカと……  意味が分からん。  まあ良いか。  ……もしかしたらあるのかもしれねえからな、書いた意味。  覚えがねーけど俺の字だし。  取り敢えず持ってきゃ良いだろ。  どうせ今から行くつもりだったしな!  そう思いメモをビリっと取ってポケットに突っ込んだ。  で、お隣への伝言……  “その後どうですか? 隣のおっさんより”  ……と。  まずはお隣さんがこれ見てどんな反応すんのかだな。  全く、携帯がねえってのは不便なもんだぜ。  伝言メモを隣の玄関のドアの隙間に挟み、開けた時にハラリと落ちるようにしておく。  うし、これで良いな。  しかしお隣りさんも何か変だったな……何かこう……何だっけ?  最初にピンポンしたときにアレ? って思ったんだよ。  うーむ……  このまま立ち止まって考えてても仕方ねえ、まずは定食屋に行くか。  そう思ってきびすを返したとき、ちょうど道を歩いていた人にじっと見られていたことに気付いた。  「あの、何か?」  しかしその人は怪訝そうな顔をしたまま足早に去って行った。  何だありゃ? 知らねー顔だが……  まあ良い、気にしてもしゃーない。  そう思い直すと、俺は歩き出した。  とにかく次だ次。  角を曲がって左へ……お、八百屋が見えて来たぜ。  ん? シャッターが降りてる?  何でぇ、やってねーのか。  大根くれー買ってってやろーかと思ったのによ。  しかし何かこう……町の雰囲気が変った様な変わってねー様な……  何つーか……活気がねーよな。  そして歩くこと数十分。  「マジか……」    えーと……  定食屋が無いんですけど!  どーなってんだ、コレ……
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