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* ◆ ◆ ◆
定食屋がある筈の場所にあったのはボロい一軒家。
住んでんのは……定食屋じゃねーよな。
あ、ここは定食屋じゃねーから一般人Aかぁ。
なんてどーでも良いこと考えてる場合じゃねーか。
しかし怪しいおっさんがジロジロ見てたら変だよなぁ。
これじゃあの二人組がやってたことと何ら変わりねーわな。
と思ったところで家の前で昼寝していたガラの悪そうな犬がジロリとコチラをニラんだ。
うげ……イヤな予感……
『お前……見ねえツラだな。
それにその髪の色、日本人たぁ違うな。新手の渡り人か?』
へ?
今このワンちゃん何かしゃべったぞ?
疲れてんのかな、俺。
『どうなんだ、おい。ボーッとしてんじゃねぇぞ』
やっぱ気のせいじゃなかったかぁ。
ゴリラがしゃべるくれーだしそりゃ犬だってしゃべるか。
『聞いとんのかテメー、しばくぞゴルァ』
改めて辺りを見回すがやっぱりここは定食屋だ。
道間違ったりとかなんてしてねーよな。
とするとやっぱこの町が変なんだ。
『おーい』
これ、関わらねえ方が良さそうだな。
こういうワケワカな手合に構っててどんどんワケワカに巻き込まれてくからダメなんだよ。
コイツ、ちゃんとリード付いてるし飼い犬だよな。
だったら逃げても追ってこれねえだろ。
てな訳で、撤退ッ!
『待てコラ! 待てっつってんだオイ!』
待ってたまるかってんだ、テメーなんぞアカンべーだこの犬っコロめ!
『オイ、どっか行くんなら連れてけ!
聞いてんのかコラ! オイ! オーイ!
待てって言ってんだろ! オーイ!
しばくぞって言ってんだゴルァー!』
定食屋? から離れるにつれワーワー騒ぐワンコの声は次第に遠ざかっていった。
取り敢えずワンコの相手は後だぜ。
ヤツは人語を解して人の顔の区別も付いてたみてーだったし、オマケに俺の髪の色が赤だって分かってる感じだったぞ。
そんな犬なんてどう考えたっている訳ねーじゃん?
第一あの犬、どー見たって今までみてーなワケワカな展開をバタバタと呼び込みそーなオーラ出してるもんな。
そんなヤツの相手は後回しにするに限んぜ。
まだ色々と見て回った訳じゃねーし、まずは情報集めをしねーとな。
さてと……
キョロキョロとしながら来た道を戻る。
ここの町並み、俺が住んでたとこと基本は一緒なんだけどよく見ると違うとこが結構あんだよな。
あと見た感じで言えんのは全般的に生活感に欠けてるってとこか。
それなりに人は見掛けるけどこいつら経済活動してんの? ってレベルで店屋の類が閉まってんだよな。
それに見掛ける人が軒並ぼっちで歩いてるのも気になるぜ。
ご近所付き合いとかお仲間とか、そういうのが希薄そうなんだよ。
そう見えて来たら、この町の住民がどうやって生活なんかを成り立たせてんのかって疑問も自然と湧いて出るってもんだ。
この町は郊外の高台にあってふもとにある市のベッドタウンみてーな位置付けだ。
だから基本朝はみんなクルマでその市街地に向かう筈なんだよ。
ところが今朝はどうだ。
連休明けって設定だってのに休日みてーに静かなもんだった。
設定考えた奴は何を考えてんだろーな?
そもそも家から出て来ねーって感じだし、一体何やってんだって話だ。
クルマが走ってねえ訳じゃねーからな。
その辺に停まってるやつがハリボテだって訳でもねーんだろーけど。
だがここがかりそめの場所だって決め付けんのはまだ早え。
何でかって見掛けんのは自分に縁の無さそうな人がほぼ全員だし、水道も電気も一応使えっからな。
ただ、腹は減らねえしトイレも催さねえから時間の経過が見た目通りかは正直ちっとばかし怪しい感じだ。
それに空はキレイな青だけど太陽も月も見えなかったし、そうなるとあの星空も本物か怪しい。
星座は多分日本の空のやつと一緒だ。
それが何を意味すんのかまでははっきりとは分からねえが……
水出ししたときに渦巻きの方向くらい確認しときゃ良かったぜ。
オマケに地面を見りゃ草も生えてれば虫も歩いてるしな。
何か定食屋から聞いた話に似てねーか? コレ。
お……いつの間にか八百屋まで戻って来たか……
看板はねーけどシャッターがおりてるってことは店はここにあったんだよな?
現地産の食える生の食材でもありゃあ食ってみてえとこだけどなぁ。
うぅ、誰が住んでんのか確認してぇなあ……
ん?
誰か来るぞ……ってか完全にロックオンされてねーか?
あれは……駐在さん……的な人? と、誰?
「あ、いました! お、お巡りさん、このヒト? ですぅ!」
おっと、久々に聞いたぜこのセリフ!
自分で言うのも何だが俺のこのムーヴはやっぱ完全に不審者だよな!
……
……久々?
何言ってんだオレ……?
歩いて来たのは男性の警官と、何つーか……どっかで見たよーな独特なファッションの若い女性。
あー思い出したわ。
このねーちゃん、お隣さんの前で俺がピンポン連打すんのをじーっと見てた人だ。
うえぇ……見るからにひとクセありそうな感じだぜ……
警官は残念ながら俺の知ってる駐在さんじゃなかった。
先に口を開いたのはねーちゃんの方だった。
「あのぉ、すみませぇん。
ちょっとよろちいでしょうか……
あ、噛んじゃいましたぁ……」
お、さっきのワンコと違って礼儀正しいな。
だけどやっぱ厄介の予感しかしねえ!
だがしかし、そんなことでうろたえる俺じゃねえぜ!
「おうおう、何じゃわりゃあ!」
てな訳で思いっ切りメンチ切ってやったぜ!
やっぱ最初が肝心だよね!
相手がエセ公権力だって分かってるからな!
ここでナメられたらおしめぇだぜ!
「ひいぃ……思ってたのと違うですぅ……」
「まあまあ、まだ何も話してませんから。
落ち着いてまずはお話しましょう」
ん?
立場的に警官が下でこのねーちゃんが上?
「で、俺に何の用だ? あんたらとは初対面の筈だが」
今度は警官が話しかけて来た。
保護者ってかお嬢様のお付きみてーな感じか。
でもお巡りさん、て呼んでたな。
どういう関係性だ?
「あっはい、すみません。
失礼ながら、こちらのお嬢様から先ほどあなた様をお見かけしたとの一報をいただきまして、ご確認に伺った次第なのですが」
「何だ、俺は指名手配犯か何かか?
あいにくオメーらに通報される様なことをやった覚えはねーんだがな?」
「はい、申し訳ございません。
とあるお方に瓜二つな方をお見掛けしたと……」
えぇ……コレはまたもや認識の相違ってヤツの話かぁ。
「ご託は良い。
単刀直入に要件だけを言ってもらう訳にはいかねーのか?」
「えぇと、そのお……」
「あなた様はもしや塔の女神様ご本人なのではございませんか?」
塔? 塔ってあの塔か?
当たり前だがこの町にゃそんなモンはねーぞ?
何だそれ?
さて、揉めそうな要素は後にしてうまいこと話を引き出せるかね……
「人違いだろ。
その女神サマとやらが何者なのかも知らねぇぞ」
「しかしあなた様はお顔やおぐしだけでなくお召し物まで塔の女神様と瓜二つでございます」
「他人の空似じゃねーのか?
言っとくがコスプレの趣味もねーからな?」
話が定食屋の通りだったとすれば俺は今白いドレスにどピンクの靴ってスゲー格好で出歩いてる訳だ。
なるほどそりゃあ不審人物だぜ!
定食屋で言われてた全身血塗れの不審者よりよっぽどマシだけどな!
そして今度はコスプレ、という単語に反応してかねーちゃんの方が話しかけて来た。
「あ、あのぉー、そのお姿がこすぷれでない、ということであればぁ、あなた様はいずれかの時代の学院の首席卒業者、あるいは筆頭騎士様だったりするのでしょうかぁ?」
ん?
何かまた分からん話が出て来やがったな。
学院てキーワードは前にもあったが……?
何やらこっちの想定と違う感じだぜ。
それよか今、聞き逃せねえ単語が出たぞ?
「学院とは何だ? 俺は知らねーぞ。
それにいずれかの時代ってのはどういう意味だ?
今は今だろう」
「はい、それはそうなのですがぁ、過去の偉人様が急に現れては住民の皆さんとお話して帰って行くっていうことが時々あるんですぅ。
その偉人様に日々感謝のお祈りを捧げている方々に神様がくださるご褒美だっていうのがもっぱらのお話なんですけどぉ。
何でも“リポップ”っていうらしいんですよぉ」
最近? てことはそれなりに歴史があんのか?
どーでも良いけどコイツのしゃべり方、ビミョーにイラッと来んな!
……てゆーか……“リポップ”って何やねん!
ぜってー誰かが勝手に言ってるだけだろそれ!
「俺はそのリポップとやらには関係ねぇと思うがな。
誰かにお祈りなんぞされる様な覚えもねーからな」
「皆さん、そう仰られます」
皆さんて誰なんだろーな?
つーかコイツぜってー警官のコスプレした宗教関係者だろ!
「ああ……お姉様、カッコ良いですぅ!」
「お、お姉様ァ!?」
……えー。
これまた面倒臭ぇことになってきたぞコノヤロウでゴザイマスワヨー!?
* ◇ ◇ ◇
「おい……何で俺がテメーなんぞにお姉様呼ばわりされにゃならねーんだ? あ?」
「ひぃぃ、ご、ごめんなさぁい」
「その、我々はあなた様のことをどのようにお呼びすればよろしいのでしょうか」
「俺か? “オッサン”で良いだろ。
あとそのアナタ様ってのもやめろ。こっ恥ずかしいわ」
「おっさん、ですか? どうしてまたその様な……」
「で、でも折角ステキなお召し物を……」
「うるせぇ!
それもぜってーに言うんじゃねえぞボゲェ!」
「ひいぃ」
「えぇ、おっさん……様?」
「サマとか付けんじゃねえ!
それとタメ口で話せやこのタコ」
「お、おっさん、ですぅ」
はぁぁ、ダメだこりゃ。
好意的に接してくれんのはありがてえが微妙に扱い辛えなぁ。
おかげでなかなか本題に入れねえぜ。
まあ、しょうがねえか……
俺は警官の方を見ながら話を切り出した。
「なあ、あんた」
「え? 私ですか?」
「ああ。あんたはこの町の駐在さんなのか?」
「はい、一応そういうことになっておりますが……」
「一応って何だよ……駐在さんに一応もクソもあんのかよ」
「お、お姉様……あの……その……クソなんて言葉は……」
「うるせえ、テメーは黙っていやがれ」
「ぴぃっ」
「まあまあ、彼女も悪気は無いのですし多少のことは大目に見ていただけると助かります」
「そうだな、分かった。
それでおたくらは俺に会って何をしたいってんだ?」
「いえ、その、あの……」
「黙ってろっつってんだろ! しばくぞこのクソアマぁ!」
「まぁまぁ、落ち着いてください……」
おっといけねえ。
ちょっとイラッときたがここは紳士的に穏やかに行かねえとな。
……ん?
「何か臭わね?」
「ぁ……」
「……申し訳ございません。粗相を」
な、なるほど……ここにはおトイレがあったってことね……
やっちまったぜ……ははは……
「ス、スマンな、ウチで風呂に入るか?」
「あ……いぇ……だ、だいじょぶでしゅぅー!」
正体不明のねーちゃんはそう言うなり、ぴゅーという効果音が聞こえそうな感じの猛ダッシュでどこかに行ってしまった。
「い、今噛んだな……」
「はい……」
何か悪ぃことしちまったぜ……
「それで俺を探していた理由は?」
「あなた様自身その理由だというご説明では駄目しょうか」
「ああ、ダメだね。それとサマは付けんなっつってんだろ。
俺は神サマじゃなけりゃお貴族サマでもねえんだ、特別扱いは本当にやめてほしいんだよ」
「後になればお分かりになると思いますがそれは叶わぬことでございます」
コイツ……話してるうちに素が出てきたな?
「あー、もう分かったよ。こっちが嫌だっつっても押し問答になるだけだってことがな」
「申し訳ございません」
「それでよ、あんたのその話し方、そっちが素か」
「申し訳ございません。“ス”とは?」
……?
「本当の自分て意味だよ。
それだけ流暢に話せんのに知らねー語彙があんのか」
「ゴイ、と申されますと?」
「今話してる言葉があんだろ?
その言葉をどの程度知ってるか、その知識って感じの意味だな」
「ああ、それで……」
このアンバランスさは……何だ?
まさかとは思うがこいつらも俺と同じ様にどっかから飛ばされて来た……?
「あんたら、ここの出身じゃねーな?」
「はい、実を言いますと……
私共も分かっている訳ではないのです。
皆知らぬ間にこの町に降り立ち、それ以来ここで暮らしているのです。
共通しているのはこの国で暮らして行くために必要な知識がいつの間にか身に付いていたという点だけです」
「なるほど、そういうことか」
「あなた様はこの国のご出身なのですか?」
「ああ、そうだぜ。ただ……ここはちょっとおかしい。
もしかすっと、あんたらみてーな人たちがいきなりこっちに連れて来られても野垂れ死ぬことがねー様にと用意された環境なのかもな」
「あの、この国はあなた様が……?」
「んな訳あるか。俺だって知りてえよ。
……つーかやっぱここは人為的な空間であって国とかじゃねえみてーだな。
それにな……」
「何かお気付きになられた点があるのですか?」
「あんたのその“役割”は言葉とかの知識と一緒に与えられたもんなのか?」
「あ、はい。先程の彼女はああ見えて“教師”でして……」
「はは、そうか。それで学院がうんぬん言ってた訳か。
なら子供もそれなりにいんのか」
さっきのは知られたくはねーよなあ。
……会ったらばらしてやろーかね?
「はい。ここで生まれた子もおります。
その子たちにとってはここが故郷なのです……」
……なるほど、何の意味もなくってことはねーのか。
どっかの住民を大量に誘拐?
親父は……そいつらのお仲間だった?
いや、誘拐してどうなる?
何か他に理由があんのか……?
クソ……分からねえ……
「もうひとつ良いか?」
「はい」
「さっきの“リポップ”ってのが何なのか、ってことについてだ」
「先程のお話で過去の偉人とされている方々がご降臨されることがある、という部分ですか」
「その人らはあんたらと違って今を生きる人間じゃねーんだろ?
じゃあ何なんだ? 幽霊なんかじゃねーよな?」
「それは私共の間でも謎なのです。
ただ、その方々への深い思い入れが形になったものなのかと……」
「言っておくが俺は生きた人間だからな。
だからさっきのねーちゃんの絡みで“リポップ”したとかはあり得ねえ話だ」
「ですが……あなた様はその……あまりにも……有名過ぎるのです。
誰もが敬愛して止まない“塔の女神”様なのですから」
「その“塔の女神”サマってのが誰なのか分からねえんだがな……」
「本当にご本人、という訳ではないのですね……?」
「ああ、全く何のことか分からねえな。
だからせめて敬語はやめてくれ」
「申し訳ありません、先程も申し上げましたが周りがそれを許してはくれないでしょう」
「はあ……分かったよ。勝手にしろ」
「どうかご理解ください」
そんなこんなで家に戻ったが……
「あ、あのぅ……」
「どわっ!? いつの間に復活した!?」
「えっと……そのぉ」
「何でここにいんだよ!」
「あの、置き手紙されましたよね。彼女の家の玄関に」
「へ?」
「ここの隣ですよ」
「あ、あのぅ……」
「お隣さん?」
「はい」
「先生なんだっけ?」
「はい!」
えぇーマジでぇー……
「つーかどこまで付いて来る気だよ!」
家の中まで来る気かい!
「はいっ、どこまでもお供させていただきましゅ!」
「そんなんお断りだ! てか噛むなよ!」
「酷いです! もっと罵ってください、お姉様!」
「ドMかテメーはよォ!」
「てか、何なんじゃこりゃあ……」
彼女の後ろにはどっから湧いてきたんじゃい、と言わんばかりの人だかりが出来ていた。
「はい、あな……おっさん…様? をお見かけしたという噂が既に町じゅうに拡がっているというお話、しましたよね?」
「聞いてねーよ!
オイ、まさかオメーが集めてきたんじゃあ……」
「はい! 頑張って集めました!」
「そんなとこで頑張ってんじゃねえよ!」
ああ、本物の女神様だ――
動いてる実物だあ――
なんと尊い――
ありがたやありがたや――
ぐえぇ……勘弁してくれぇ……
『フン、だから俺様を連れてけと言ったんだ』
おうふ。
イッヌう……
「あの、今誰かとお話されていましたか?」
「そこの犬」
「犬? どちらですか?」
「……いや、今のは俺の高度なパントマイムだぜ!」
「ぱ、ぱーとたいむ、でしゅか?」
コイツ……ホントに先生なのかよ……
* ◇ ◇ ◇
「パントマイム、というのは極めて高度な芸術なのですね」
「別に高度でも何でもねーから!」
ダメだ、この警官もマトモじゃねえ、てゆーか日本に来たばっかの外人さんみてーだな。
俺が神サマに見えてんだったら熱心な信者がやることなんて決まってるよなぁ。
「つーか何のためにこんなに人集めたんだ?
言っとくがサイン会なんてお断りだからな?」
「ええっ、だめなんですかぁ!?」
「ッたりめーだボゲェ!」
「ひ、ひぃぃ」
マジでホントに先生なのかよ、コイツはよ……
つーかホントにどーすんだコレ。
解散してくださーいとか言ってもぜってー逆効果だろ。
『ブザマだな』
「そういうオメーは何様だっつーの」
『知るか。俺だってあんたよりちっとばかし早めに来ただけだからな』
「ふーん?」
『何だ?』
「いや、そんななことよりまずこの状況をどうするかだな」
『そんなことなんかい!
もっとこう、聞くこととかあんだろ。教えてやるっつってんだよ』
「ぱーとたいむ、素晴らしいですぅ」
「うるせぇ!」
「ひぃぃ」
「しかしコイツら家まで上がり込んできそうな勢いだな」
『ここの住民の大半は元は古代ローマみてーなとこで暮らしてたらしいからな。
あんたみてーな訳の分からん奴は、取り敢えずこぞって畏れ崇め奉ると思うぜ』
「未開の原始人かよ!」
『古代ローマはそこまでじゃねーと思うが感覚としてはまあ多分それに近けぇだろうな。
供物とか、下手すっとイケニエなんかもあるかもだぜ』
「えぇー勘弁してくれ」
「あの、我々は未開の原始人ではございませんよ」
「ああ、悪ィな。さすがに生贄を差し出したりサッカーの優勝のご褒美で自分の心臓を捧げたりとかなんてことまでする訳ねーよな」
「えっ」
「捧げるんかい!」
『言っとくがコイツらはりつけ串刺し何でもござれだからな。
話が通じると思ったら大間違いだぜ』
「ワンコが何か常識的なこと言ってるぜ……」
『ほっとけ!』
「あ、あの、何かお気に召さないことでも?」
「取り敢えずこの人だかりを何とかせーや」
『も、申し訳ございません。この者たちはこちらでチェック処分いたしますので』
「ちょっと待て、処分て何するんだ?」
「穴に放り込んで燃やします」
「えっ」
「放り込むってどうやって」
「首をハネます」
「ええっ!?」
「ハネた首はどうするんだ?」
「祭壇に飾りあなた様に捧げます」
「ダメだこいつら、話にならねえ」
「斬首では生ぬるいとおっしゃられますか。
では八つ裂きにしていたします」
「えええっ!?」
「ヤダコイツら怖い! てか警官が率先してどうすんだよ!」
『盛り上がってるとこ悪ィが良い加減からかわれていることに気付けや』
「何だと! オメーなんぞ死刑だコノヤロー!」
「はい、喜んでぇ!」
『待て、こいつらオメーが死ねと言ったらホントに死ぬから早く撤回しろ!』
「い、今のはウソっこだから!」
「ホッ」
『あぶねーとこだったな』
「悪乗りするテメーらが悪ィんじゃ!」
「申し訳ありません」
「え、えぇと?」
「ああ、こっちのねーちゃんはホントに部外者なのか」
「はい、彼女はたまたま居合わせただけの一般人です」
「そ、そんなぁ……」
「ちなみにこのワンコは?」
「見えてはおりませんが、誰かがおいでになるということは分かります」
『何かを介して存在をアピールすることは出来るからな』
「痕跡というか……外見的な事象から見えないところで私共を助けて下さるお方の存在には薄々気付いておりました」
「オメーの方がよっぽど神サマじゃねーか!」
『そうか?』
「そうか?、だとよ」
「私共の目からはその様に映っております」
『なるほどな』
「てな訳で俺が神サマじゃねーってことが証明されたな!
神サマはこの辺にいんぜ!」
そう言いながらワンコがお座りしている辺りを指でグルグルと指し示す。
『オイ、俺に全部擦りつけんのヤメロ』
「知るか。あとは頼んだ」
『それこそ知るか、だぞ。
オレはここの住民からは直接は見えてねーんだからな。
俺とコミュニケーションを取るにゃあアンタの存在が必須なんだ』
「ぐぬぅ……」
『しかもだ。あんたの見た目は塔の女神とやらにソックリに見えると、奴等は口を揃えて言いやがった』
「あの、そちらの犬神様がどの様なお話をされているかは存じ上げないのですが、少なくともあなた様には視えるし聴こえるのですね?」
「ぐはは、犬神サマだとよ!」
『うるせぇ! 逆さにして埋めっぞ!』
「ぐははははは! それ何キヨだよオイ!」
『ところでさぁ、コレ笑ってる場合じゃなくね?』
「くっそォォ! チキショーめぇ!」
「お姉様はぁ、神様のお言葉を皆にお伝えくださるぅ、巫女様だったのですねぇぇ!」
おっと!
あうう……これは詰んだわー。
もひとつオマケにやっぱコイツのしゃべり方ってビミョーにイラッとくるわー。
『良い加減諦めたらどうだ、赤毛のオッサン』
「ぐぬぬぅ……」
『ところでおっさん、トシはいくつだ?』
「あん? 俺は還暦だぜ!」
『あーなるほど、道理でさっきのネタ知ってた訳だ』
「さっきのネタ?」
『そう、さっきのネタだ』
「あのぉ、カンレキってぇ、何ですかぁ?」
「うるせぇな! 俺のトシがいくつだっつー話だ、分かったか!」
「え? あの、大変失礼とは存じますが……還暦とおっしゃられましたか?」
「あん? ああ、そうだぜ。それがどうかしたか?」
「還暦とは60歳という年齢を表すものと理解しておりますが……あの……あなた様が60……!?」
おお、信じられぬ――
奇跡じゃあ――
ワシもあやかりたいがのう――
羨ましいわ――
「なあ、このギャラリー何とかなんねえの?
何かしてやりゃあ満足して帰んのか?」
『あいつらにとっちゃアンタは女神サマなんだろ?
キメ顔で一曲披露してやったらどうだ?
俺にゃあおっさんにしか見えなーけどな!』
「うるせぇよ! このイヌ神サマはよォ!」
「あら、犬神様と何かステキな掛け合いをされてるのですねぇ?
ああ、尊いですぅ!」
「そういうボキャブラリーはフツーにあんのかよ!」
『それよりこいつらの話を聞いてやった方が良いんじゃねーか?
聞き上手って大事なんだぜ?』
「まあそれしかねーか。
こいつらの身の上にもちょっと気になるとこがあるからな。
だからって全員の相手なんて出来ねーぞ」
ひぃ、ふぅ、みぃ……手前だけで20人くれーいるな?
えーと、集まってんのは合わせっと……100人はいるか……
知ってる顔は……無しか。
うーむ、何か寂しいモンがあるぜ。
『ひとつ注意しておくとな、コイツらは元々中世並みの文明レベルの国の住人だ。
近代以前の世界ってのは科学が十分に発展してねーからな。
そういう輩の信仰心はシャレになんねーぞ。
たとえこの町で日本の文明に触れてるとしてもだ。
下手すっとここは神の国扱いだからな、気ィ付けとけ』
「おう、その忠告は素直に聞いとくぜ」
俺としちゃあこのワンコが何なのかが気になるけどな!
今は犬神サマで済ましてるけど誰かが電話メモに定食屋って書いて丸を付けたのはしっかり覚えてっからな。
しかしひとりずつ相手をすんのもなあ。
「話聞いてやんのは良いが、ここでないとダメなのか?
俺ん家にこんなに大勢入れんのは無理だぞ?」
「あ、あのぉ、お姉様のお家というのはぁ……ここのことなのですかぁ?」
「ん? そうだが?」
「あの、塔の方は……?」
「塔?」
「あなた様はあの塔に住まわれているのではないのですか?」
そう言って警官()が指差す方を見ても何も無い。
「あそこには何もねーぞ?」
「え? あれが見えない……?」
な、何だ、この空気は……?
『あーあ、やっちまったな』
「もしかしてぇ、お姉様は邪神の使徒様、なのですかぁ?」
オイ、何でそーなんだよ!
マンガかよ!
つーかイッヌは無駄に脅かすなや!
「どういうことだ?
塔とやらが見えねーだけで邪神の使徒とは穏やかじゃねーな。
そもそも邪神が何なのかから説明してもらいてえもんだ」
「いえ、あの巨大な塔が見えないなどというお話自体が今までなかったもので、みな戸惑っているのでしょう」
「そういうあんたは随分と落ち着いてる様子だが?」
「ええ、先程も申し上げましたが私はここに来てそれなりに長いものですから。
この国の方々が神、という存在に対して信じ難い程蛋白なのは存じ上げておりました」
「あのぉ、邪神ぽいなって思ってたんですよぉ、お話の仕方とかぁ、そのぉ……ちょっと怖いなってぇ」
「ああ、スマンな。乱暴なのは生まれつきだぜ」
「いえいえぇ、素敵だなって思いますぅ」
「す、ステキだぁ!?」
『まあ、コイツらも心の拠り所が曖昧で不安なんだ、分からんでもないが』
「何一人で納得してんの? 説明せえよ、説明!」
『だからよォ、コイツらは今まで暮らしてた場所から知らねーうちに連れてこられたって言ってただろ。
それなりの知識を植え付けられたって言ってるがな、文化とか習慣として何百年も受け継いできたもんをポイっと捨てろなんて言われても出来ねーだろーがよ』
「あー、確かにな。
ここにいる面々がどんな神サマを信仰してたとかどんな祭りをやってたかとかは知らねえが、現代人じゃなかったら異文化ってのは確かに受け入れ難てぇもんなのかもな」
『そうだ、不可抗力なだけにな』
「でもよ、そんなの関係なくね?」
『へ?』
「あの、すみません。犬神様とはどういったお話を?」
「いやな、あんたらは生活も文化もまるで違うこの町に不可抗力的に連れてこられただろ?
それで信仰も何もかも失くしてここでの生活に馴染むことを余儀なくされたんだから、新しい拠り所を探し始めんのは無理もねーなって話だ」
「それで、あなた様がそんなは関係ない、とおっしゃられたのは……?」
『そうだ、この世界に速く馴染む様に事前知識を予め与えられたんだ、ソレなら後は――』
「いや、あんたらはどこにいよーがあんたらだろ。
違うのか? つーかフツーはそうなんだろ。
ヘタに前提知識なんぞが与えられっからダメだったんじゃね?」
『ああ、そうなるか』
「この知識は異国の地で暮らして行くために我々が捨てなければならない慣習の鑑になっているものと理解しておりましたが……」
「いやな、この国に馴染むこと自体は悪くねえんだ。
ここの原住民と仲良くやってかなきゃならねえからな。
だがしかしだ。
それでここに同化して自分らのアイデンティティを捨てるっつーのはちっと違うんじゃねーか?
むしろ独立したコミュニティでも作って観光なり何なりで食っていきゃ良いんじゃねーのか?」
『む……アンタからその発想が出るとは思わなかったぜ……俺もだけど』
「マジでか? 今年って何年だ?
現代人だったら少数民族の文化の保護とか真っ先に賛成すんだろ」
『いや、そういう問題じゃなくてだな……』
「何だ?」
「何だ、とは? それにゲンダイジン、とはどういった民族なのでしょうか」
「ああ、スマン。そこのワンコと話しててな」
「はあ」
「現代人で言葉は単にいにしえに生きた人らに対して今を生きる人らって位の意味合いで使った言葉だよ。
現代人は昔に比べて遠い世界の情報に触れる機会も多いからな。
世界の国とか民族に栄枯盛衰があんのは当たりめーだが、滅んでいくような文化は勿体ねえから保護して盛り上げろって方向性で考えると思うんだがって話だ」
「あ、あのぅ……難しいのですぅ。もう少し短くぅ……」
「んだとコラ……文句あんのかテメー」
「ひ、ひぃ」
「仮にも先生だろ、てかホントは何の仕事やってたんだ?」
「なるほど……? そちらの女性は魔導師の卵だったとかで……」
「魔導師?」
「ここではぁ、魔法が使えないのでぇ、本業を活かしてっていう訳にも行かなくてぇ……」
「分かった。止むに止まれぬ理由があったのは理解したからちょっと静かにしてろ」
「あう……」
『俺がそういう問題じゃねぇっつったのはだな、あんた自身が随分と現代の日本に馴染んでんだなっていう単純な驚きなんだが……その様子じゃンなこと言っても通じなさそうだが』
「おう、一応生粋の日本人として育ったからな。
ガキの時分は色々とあったがな!」
『そいつは興味深いな……まあ後で聞かせてくれや』
「あんたが何でワンコなのかって方が興味があるんだが」
『ふんそいつはお互い様だろ、“お姉様”だったか?
笑っちまうぜ』
「あーそうだな、面倒臭ぇからいちいち否定すんのも諦めたからな」
『面倒臭ぇってアンタはここに来てまだ日も浅ぇだろ』
「前の場所でもそういうのがいたんだよ」
『つまり……こういう町がここ以外にもあるってことか』
「ああ、そうだぜ。異世界ってヤツかもな」
「あの、いちいち割り込んで申し訳ないのですが」
「ああ、良いってことよ。こういうのは初めてじゃねーんだ。
そっちはそっちで訳が分かんねーしストレス溜まんだろ」
「はは……そうですね」
「あ、あのぅ」
「何だ、話の腰を折んじゃねーぞ?」
『まあそう言うな、聞いてやれよ』
「まあ良い、言ってみな」
「あの、このお家にお住まいだって……」
「ああ、ここは昔から俺ん家だが」
「えっ……」
「何だよ、はっきり言わねーと分かんねーぞ」
「そ、その……このお家は……その……」
「何だよ、言いかけたからには最後まで言えっつってんだろ!」
「ご、こめんなさぁい」
「あっ……待てよ!」
『あーあ、泣かしちまったぞ。どーすんだよ』
「知るか、面倒臭ぇ」
先生が泣いて逃げ出すってどうなんだよ……
「すみません。ここがあなた様のご自宅だった、とおっしゃられましたが……今この町ではその限りではない、という可能性はないのでしょうか」
「まあ、なくはねーとは思うがな、家の中が俺ん家そのまんまだったからそう思っただけなんだが」
「仮にこの家の中があなた様のご自宅そのままだったとしたら、昨日まで誰かがあなた様と全く同じ生活を送っていたことになりますが……」
「まあ、そうだな」
「もしそうならここに住んでいた方は今どうされているのでしょうか?
……不思議に思いませんか?」
『オイ、敢えて言うがちゃんと空気読めよ?』
「うるせぇ、知るか……あ」
『このアホンダラが、オメーこそ黙ってねーとダメなやつじゃねーかよ!』
「改めて伺いますが、あくまでご存知ないと」
ギャラリーの視線が心なしかキツくなった気がすんぜ……
さて、どーすっかな。
この家、よく考えたら確かに何か変なんだよなぁ。
* ◇ ◇ ◇
『オイ、コイツらに関しちゃあ何も難しいことはねえだろ』
「そうだな」
よし決めた。
「じゃあお巡りさん。
俺と一緒に中に入ろうか、良いだろ?」
「え? ええ、もちろんです。
でもここにいる人たちは……」
「待っててもらうかどうかは任せるぜ」
「じゃあ話して来ますね」
「あー、言っとくがみんなで入りたいってのはぜってーにナシだからな?」
「はい、分かりました」
そう言って警官()もとい駐在さん()は群衆に突撃して行った。
あ、何かもみくちゃにされてっけど大丈夫なんかね?
………
…
遅え。
………
…
イラッ。
………
…
「テメーらいつまで待たせんじゃゴルァ! 早よせぇやァ!」
「あっハイ」
「という訳でまずは我々が」
「あぁ? ワレワレだぁ?
それにまずはってのは何だよオイ!」
「あのぉ、さっきはぁ、申し訳ありませんでしたぁー」
「しつこい!」
「お姉様、酷いですぅ」
「それでギャラリーの始末は付いたのかよ。
何か誰一人帰ってねえ様に見えっけど?」
「言い方ァ……」
「それがですね、ひとりずつで良いから巡礼をさせていただきたいと……」
「巡礼って何やねん!」
「あなた様が住まうとおっしゃられている場所なのです。
お参りの様なものですよ」
「さっきのアレはどこに行っちまったんだよ……」
「まあこう言っては何なんですが、怖いもの見たさなのでしょう」
「それ、きっと当たってると思うぜ」
「えっ……!?」
「怖いものって奴だよ。
前もって言っとくが多分お化け屋敷だからな、覚悟しとけよ」
「えぇっ!?」
「今から引き返そうったってダメだぜ」
「そ、そんなぁ……」
「ちなみによ、この家に誰が住んでたかなんて知ってんのか?」
「えーとぉ、普通に空き家だと思ってましたぁ」
“フツーに”とか、ホントにそのボキャブラリーはどっから来んだよ……
それに……コロコロと態度が変わり過ぎだろ。
いつの間にか例の紙切れをいじり回していた手をポケットから出してダラリとさせる。
当たり前だけど何か落ち着かねえなあ。
「お前ら、やっぱ変だぞ?」
「まあ、お互い様でしょう」
「そうか?」
「そうですよ。
客観的に見たらあなた様が一番怪しいです」
「まあ、否定はできねえな」
『おい、他人に遅えとか言ってる癖して自分はグダグダかよ。
日が暮れちまうぞ』
おおう、そうだった。
「時間がねえ、全員来てえなら日を改めてくれ」
一日経ったらどうなってるか分からんけどな!
『こうなりゃ拝観料でも取ったらどうだ?』
「人の家を何だと思ってんだよ……ったく」
「す、すみませぇん」
「気にすんな、オメーのことじゃねえ」
「えっ、は、はいっ、ありがとうございまぁす?」
ワンコが絡むと会話がねじれるんだよなあ。
コイツは必要な要素だから仕方ねえけど。
「でさ、ギャラリーの皆さんには取り敢えず明日また来てくれ、とか言って何とかお引取り願えねえもんかね」
「じゃあ私が行って来ますか」
「あ、待った。
あんたが行ったらまたもみくちゃにされんじゃね?
それに何だかんだ押し切られんだろ」
「じゃ、じゃあ、私がぁ」
「ヨシ、俺が行くしかねーな!」
『いや、それこそ大混乱だろ』
「いや、結局俺が頼まねーと収拾がつかねえだろ」
「あっ……」
『ったく、しょうがねえなぁ』
俺がギャラリーの皆さんに向かって歩くと、周りがサーッと下がって道が出来た。
モーセかよ!
そして何か思ってたのと違うんだけど!
当たり前だけどメチャクチャ注目されてるぜ……
何つーか……固唾をのんで見守ってる感じだ。
てかワンコは何で付いて来た?
「えー、コホン……」
ざわざわ……
ざわざわざわ……
ざわざわざわざわ……
えぇ……何だよこの空気ィ……クッソやりづれえンだけど!
ホラそこ、土下座なんぞせんでええっちゅーに!
【ここはわたくしにお任せを】
へ?
「皆様、今日のところはお引き取り願えないでしょうか」
アレ?
今しゃべってんの誰?
「皆様にはそれぞれにご自身の大事な役割があるのです。
それを決して忘れないようにしながら、日々を大切に暮らして行くことが何よりも尊いことなのです」
俺何もしゃべってないよ? 何これ?
口を動かしてんのは俺だし声も俺なんだけどさ!
「そして……」
【詳しくは後ほどそこのワンちゃんにお尋ね下さいませ】
ああ、あの人か! 開店記念の日に……!
なるほど、アレが出来るんだもんな。
【えっ!?】
おっとスマン、今はこっちに集中してくれ。
【はい、失礼いたしました】
「わたしと行動を共にすれば、何でもない日々の暮らしがあなた方の手のひらからこぼれ落ちて行くことでしょう」
ざわざわ……
ざわざわ……
あー、何か……やっぱ俺のせいなのか?
あ、後で聞くから応えなくて良いぜ。
無制限に出来ることでもねえだろうからな。
「もしそれでもよろしいのならば」
なるほど、だからあの店も八百屋も無いってことなのか。
だがちょっと待て。
イキナリ口調が変わったせいか知らんが何かまた変な目で見られてっぞ?
【そこは何卒ご容赦下さい……】
「明日の朝再びこの場所を訪れて下さい。
そのときは……そのときはあらかじめ——」
これってどういう仕組みなんだ?
やっぱここは仮想現実的なやつなのか?
【いいえ、ここは仮想空間とは似て異なル場所——】
「大切な方々との別れを済ませておくようにして下さい」
【くれぐレもご注意下さい。死ネばそこで終わりなのデす】
そうか、まあ精々気を付けるとするわ。
手遅れじゃねえと良いんだけどなあ。
【えッ……】
「あー」
……終わりか。
「お話は以上です。どうかよろしくお願いします……」
こんな感じで良いんかね。
俺がペコリと一礼すると、そこにいた人たちは戸惑った様子で順に頭を下げては集まっていた場所を後にし始めた。
残った二人は少し離れた場所からホッとした様にこちらを見ていた。
その様子を眺めながらワンコに話しかける。
「なあ」
『何だ、思いの外良い感じだったんじゃね?』
「まあな。
それよかさ、さっきから疑問に思ってたんだが首輪はどうしたんだ?
自分で外したんじゃねーよな?」
『ああ、外してもらった。アンタんとこに行けってな』
『あの家の住人なら後でゆっくり会わしてやるよ。
まあ意外と顔見知りだったりしてな』
「そうか、知らねえ間柄って訳じゃねーかもな。
顔は知らねえけどな」
『マジかよ!』
その前にあの二人に自分の家を見てもらわねえとな。
……場合によっちゃあ定食屋行きは諦めねえとならねえかもだなぁ。
* ◇ ◇ ◇
さっき勝手にしゃべくり散らかしてたヤツ、ここでは死んだらそれで終わりだと断言してたな。
つまりここは現実にある現実の場所だと、そう言っていた訳だ。
そして俺ん家に“巡礼”したがってたギャラリーに対しては“大切な人との別れを済ませてから来る様に”と忠告していた。
つまり……暗に俺ん家がスローターハウスだと、そう言ってたと解釈出来る。
偶然か否かはさておき、コイツは俺ん家の状況を揶揄してたあの頭がおかしいテレビクルーが言ってた状況に近しいってことになる。
もちろん、俺の認識は違うがな。
これから連れ込むのは言わばここの住人の代表だ。
こいつらが家の状況をどう捉えるのか……
ついでに家の外の風景、コイツも同じに見えてんのか怪しいから聞いとかねーとな。
「じゃあ早速だが家に入るぜ。良いな?」
「はい。よろしくお願いします」
「はぁい、お願いしますー。それでぇ、あのぉ……」
「何だよ、もっとハキハキとしゃべれねーのか?」
調子狂うなぁ、オイ。
こりゃしばらくここで足踏みさせられんじゃねーか?
「あの、あの、い、今のぉ、知らないぃ、間柄じゃないっていうのはぁ、どなたのぉ、お話なのですかぁ?」
「ああ、そこにいるワンコと話してたのを聞いたのか。
そのワンコにここに行けって命じた奴のことだよ。
つーかさぁ、ハキハキしゃべれって注意されてますますたどたどしくなるって何なんだよ。
なぁセンセイさんよぉ、オイ」
「ごごごご、ごめんなさぁいぃ」
「あなた様に気圧されているんです。もう少し優しくご注意いただければ直せると思いますよ。
それはそうと犬神様にお命じになられた、ですか。
その方は一体どの様なご身分なのでしょうか」
「知るかよ。
そもそもお前らだって俺の身分を正しく認識してねえ様だからな、実際どうなのかって説明すんのは思いの外難しいかもしれねーな」
「左様ですか。
私どもにとっては等しく恐れ敬うべき超自然的存在、なのですが」
「超自然か。その言葉はそっくりそのままお返しするぜ」
「え? それはどういう……何か特別な言い回し」
「どういうも何も、言葉通りだよ。
あんたらは暮らしてた場所からここに連れて来られたんだろう?
誰が? なぜ? どうやって?
だがそんなこたぁオメーらには分からねえだろ?」
「あの、それはあなた様にも?」
「知る訳ねーだろ。言ったよな、来たばっかだってよ」
「で、でもそそそのそのそのぉ」
「何だよ」
「ぴぃっ!?」
「何もしねえから言ってみろよ」
「あのぉ、失礼、なんですけど、先程のぉ、60歳、というのは本当……なのでしょうかぁっ!?」
「なぜ最後のワンフレーズだけ何の前触れもなく急に激しく早口になるんだよ……」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさぁい!」
しゅたっ! と音が出そうな勢いでジャンピング土下座!
「何かバカにされてる気分になって来たぜ……」
「無駄に尺を使ってしまい申し訳ありません。
しかし私も思います、本当なら普通の人間ではあり得ません。
あなた様の見目はどう見ても10代の半ば位です」
「はぁ……まあそれはこれから分かると思うが……
その塔とかいう場所で見たっていうなら、そうだな……あり得るのは人形だったとかそっちのパターンなのかね」
「え……人形……お人形さん……?」
「何だよ」
「素敵ですお姉様! ぜひ分解させて下さい!」
「変なとこでセンセイ感醸し出してんじゃねーよ!」
待てよ!?
分解されたらその場合おっさんであるところの俺はどうなるんだ?
『フン、どうやらスプラッタなショーが見られそうだな!』
「うるせえ! 死ね!」
「えッ? あ……あ………あァ……」
「わーわー、待った待った今の無し、冗談だ冗談!」
「う、うう……ぜえっ、ぜえっ、ぜえっ、ぜえっ……げほっ、げほっ、ごほっ」
「お、おい、大丈夫か?」
「あ、うっ……おぇっげぇぇぇぇ……」
ビチャビチャビチャビチャ……
「お、おい」
「うっ……!」
バタッ。
や、やべぇ、何かピクピク痙攣してるぞ……!
「お、おい、大丈夫か、おい!」
『失神してるな……頭から倒れた様だが』
「も、申し訳ございません。どうか、どうか彼女をお許し下さいませ……」
「ああ、問題ねえ。つーか許すも何もねえ、オレが悪ィんだからな。
それよか一刻も早く介抱してやらねーと……いや、救急車……119番通報は……!?」
「い、今呼びます」
あ、あるんだ。
……じゃなくてぇ!
一体どうなってる?
何が……起きた?
俺が死ねと言ったら本当に死にそうになっただと?
『アンタ、本当に神様じゃねえんだよな?』
「ちょっとしばらくの間オメーと話すのは止めにしとくわ、あらぬ誤解を招きかねねえ」
『そうか……了解した』
そうだ、俺は死ねとは言ったがそれはこのワンコに対してだ。
それなのにこのねーちゃんが死にそうになったのは何でだ?
自分がそう言われたと錯覚した?
それがなぜ……? どういう作用だ?
逆に治れと言ったらそうなるのか?
だが俺が冗談だと言っても状況は好転しなかった。
それはなぜだ?
悪いのは俺なのにコイツは必死で許しを求めて来た。
だから俺にその気が無くとも勝手に“裁きを受ける”形になった……?
まさかとは思うがこれも認識の相違ってやつなのか?
クソ……のんびり家を案内してる場合じゃなくなっちまった。
どうする? どうすりゃ良い?
そうだ、認識の相違をそのまま利用してやれば良いのか……
だがどうやって……?
「助けは呼びました! まずは救命措置を……!」
「AEDなんてあったりすんのか!? まず人工呼吸か!」
「あ、あの……AEDというものは随分昔に設置されてそのままのものがありますが動くかどうかは……
あの、あなた様のお力でお救いいただくことは叶わないのでしょうか?」
お、俺の力?
俺の力ぁ?
何か俺が良いことしようとしてるよーな絵面だけどコレマッチポンプも良いとこじゃね……?
まあそれはさておき……
「俺がじんこ——」
『ヤメレ! キモいわ!』
「うるせえ!」
「も、申し訳——」
「あーまただよ! 違う、違うってぇの!」
『おうふ、すまねえ。俺はしばらく黙っとくわ』
「そ、それではご救済をいただけると!?」
「あー、そうしてえのは山々なんだがなあ。
どうすりゃ良いもんか……そうだな、何か代償となるものが必要だな。
例えば——」
まあ、そうとでも言えばその通りに信じてくれるだろうからな。
「何でも良い、ひとつだけ持ち物をくれ。高価であればあるほど良いな」
「持ち物、ですか? 価値と奇跡の効果は……?」
あー、やっぱそれっぽい設定にしといた方が信じ易いからな。
「ああ、比例すると考えてもらって良い」
「分かりました。ではこれを」
「おう、決断が早えーな……って拳銃……!?
良いのかよ」
「ええ、構いません」
「しかし後で面倒ごとにならねーか?」
「大丈夫です。
もしもそうなった際は、参考人としてご同席をお願いするかもしれませんが。
あなた様のお力があればどうとでもなりますよ」
「そうか……」
おい、何だよその確信犯的発想はよ!
危ないお巡りさんになってねーかコイツ……!
てゆーか何で拳銃持って来てんの!?
もしかして俺のこと撃ち殺そうとしてたんか!?
いつの間にかジト目で見ていた俺の視線に気付いたのか駐在さん()は居心地が悪そうだ。
「よし、じゃあそいつは預かるぜ」
ずしりと重い拳銃を眺めながら考える。
ここに刑事さんはいるのかねぇ。
まあ、いねーか。顔見知りが一人もいねえからな。
完全に別な場所だしな、ここは。
後始末できなかったら別な意味で始末しなきゃなんねーのか……?
とにかくこの小道具を使ってどうにかしねーとな。
「良し、今この拳銃の質量分のエネルギーを使ってこのねーちゃんを元の状態に近付けてみるぜ」
「は、はい……」
うう……そんな期待のこもった目で見んなや……
つーかこの後どうすっか考えてねーぞ。
うーむ……ええい、もうどうにでもなれ!
「スイッチ」
俺は拳銃をねーちゃんのデコに当てて小さく呟いた。
ど、どうかな!?
って拳銃が消えたぞ!?
マジで奇跡が起きちゃった感じ?
と、そのとき聞こえてきたサイレンの音。
“ピーポーピーポーピーポーピーポー”
おっと、ようやく来たか救急……車?
「きゅうきゅうしゃが来ました!」
きゅ、きゅうきゅうしゃ……?
* ◇ ◇ ◇
「オイ、マジメにやれ!」
「いえ、これがホンモノの救急車です」
救急車? 今来たこのとうふ屋のバンがか?
ああ、警察組織もコレなんだし消防だってお察しだろって話か。
「まあ良い、要するに警察も消防も地域のコミュニティに支えられてるって訳だな」
霊柩車じゃなかっただけマシってもんか。
「ここには領主様はもちろん、領軍も騎士団もおりません。
この国の社会に関する知識を与えられたとして、私どもにできることといえば自警団……いえ、青年団を組織するくらいでして……」
「解せねえな……車はあるんだろ、下の街から応援を呼んだり出来ねえのか?」
「下の街……? それはどこに?」
あ、コイツらには見えてねえとか謎の壁がァとかってやつか?
「良し分かった。後で話すぜ」
などとやり取りしてる間にバンからとうふ屋が降りてこっちに向かって来る。
「お巡りさん、ケガ人は!?
ああ、先生か……って泡吹いて倒れてんじゃねーか!」
あ、ホントにセンセーなのな、この人。
……じゃなくてぇ!
あー、あんたを呼んでもらったのは保険だから……じゃなくてぇ!
「取り敢えず救命措置っぽいのをイイ感じにアレしたのでちょっち診てもらってイイ?
ってか医療従事者サマは?」
「おおう!
オレ様のとうふさえ食わしときゃあ大抵の病気は治るぜぃ!
ってアナタ様はァ!?」
大丈夫かコイツ……主にアタマの方が。
「う、うーん……はっ!?」
「お? 気付いたか」
「と、とうふはァ?」
「スマン、要らんわ」
「そんなァ!」
さっきのが効いちゃった感じか? マジかよ!
「と、とうふ……」
「うるせぇ!」
「おうふ……とうふなだけに!」
はっきり言おう。くだらねぇ!
「分かっていたこととはいえ、やはりあなた様のお力は本物だ。
疑う余地もありませんでしたね」
駐在さん()だ。
「いやあ、だって元をただせば俺が悪いんだしさ」
「お、お姉様ぁ……?」
さて、治療の仕方とか分かんねーから敢えて“元の状態”って言い方にしてみたが……
「あ、あのぉ……」
「なん、はや……ゲフンゲフン、何かあれば何でも聞いてくれ」
いや、危ねえ危ねえ。
折角ワンコも大人しくしてくれてることだしちゃんとやらねえとな!
「お姉様ぁ、あのそのぉ……ぜひ分解させて下さいぃ!」
「へ? ああ、そういうことか」
「あの、どの様な?」
「“元の状態”に戻ったからさっき俺が歳食って見えねえなら人形だったって話もあるんじゃね? って話をしたとこに戻ったんだな、コイツだけ」
「ああなるほど、そうでしたか」
しかしコレ、俺一人でやってたら絶対上手く行ってねえよな。
実際に起きてんのは俺が起こした奇跡がなんかじゃなくてコイツらの思い込みの具現化だ。
しかし仕組みが分からんぞ。どういうこった?
いや待てよ……苦し紛れにスイッチとか言っちまったが……場面転換してたとか……?
………
…
『目の前カら消えて無くなったからッてあなたの罪まで消えたッテ訳ジャないノヨ――』
いったいどこで耳にした台詞か、そんな言葉が脳裏に浮かぶ。
さっきまでとは何かが違う?
いや、見た目何も変わってねえから似て非なる場所ってことなのか?
じゃあ実際に俺の言葉のせいで命を落としたヤツは他にもいるってことなのか……
そう考えると急に全身から汗が噴き出して来る。
だがこの駐在さん()は“治った”事実に納得してるぞ?
事実は事実か……いや、翻せばそれは——
「さあ、入りましょう。ああ、とうふ屋さんはどうされますか?」
声をかけられ我に帰る。
「とうふ屋はさっきのダジャレで十分仕事しただろ」
ダジャレを言わすために119番通報だなんて最低ですね!
「そうだな、じゃあ俺に一丁くれや」
「へいっ毎度ォ!」
これもう救急車じゃなくてとうふの移動販売じゃね?
あ、そーいえば。
スマホがねーから電子マネーが使えねーんだよな。
やべぇ、どうすっペ。
「ああ、お代は結構ですぜ!
女神様からお代なんていただけねえでさァ!」
「あ、良いの?」
「ヘイ! じゃあアッシはこれでぇ!」
とうふ屋はシュタッ! とダッシュでクルマに乗り込み去って行った。
『今の奴、明らかにアンタにビビってたな』
「ん? そうなのか?」
『さっきのギャラリーの中にもいたぞ』
「そうか、人の顔なんてよく覚えてんなぁ、犬のクセによ」
『言っとくがアンタと同じで俺は自分がワンコだって自覚はねーからな』
「それでぇ、ぶんかい——」
「良し、じゃあ取り敢えず上がってくれや」
「はい、お邪魔します」
オレは鍵を開けて玄関のドアを開けた。
まあ何も変わってねえよな。
「う……ここに住まわれるというのですか」
「何? 新しいか古いかは置いといて普通の家だろ?」
「ええ、ですがこれはまるで……」
「お化け屋敷か?」
「ええ、失礼ながら」
「まあ、上がってくれ」
「ええと、その……」
「何だ?」
「靴は脱ぐのですか?」
「ああ、そうか。日本家屋じゃ靴を脱いで上がるんだぜ」
「あ、いえ。それは存じ上げているのですが、その……」
「あ、あのぉ、そのぉ、古いとかぁ、そういうレベルじゃなくて、ですね……」
「その、これはもはや廃墟なのでは……」
「そこまでかよ……つーことは地面が見えてたり草が生えてたりしてんのか」
まさか小動物が住みついてるなんてのはねえよな!?
「ええ、有り体に申し上げると、そうですね。
灌木が生えているのも見えますが……」
「そこまでかよ……」
『俺の目には普通に古めの家という感じに映ってるがな』
ワンコは俺と同じに見えてんのかね?
古めってのがどの程度のもんなのか分からねえがな。
しかし……
「そこまでなら外から見ても相当だっただろ。
そこんとこどうだったんだ?」
「あ、いえ……外からだととちょっと蔓草が這ってる古い民家という体ですね」
「今まで入ってみようと思ったことはねぇのか?」
「い、いえ。ああ、空き家だなぁ、くらいの感覚で見てましたぁ」
「そいつは困ったな。どこで食おうかなあ、とうふ」
「お、お人形さんでもお腹がすくのですかぁ?」
「良い加減お人形設定から離れてくれよ」
「えぇっ、違うんですかぁ」
「知らんわ!」
しかしどうすっかなあ。
内覧もクソもねーだろこれじゃあよォ。
……ものは試しだ。
「よし、俺がどっちか片方おんぶしてやる。
それで一人ずつ交代で中に入ろうぜ」
「え? あの、よろしいのですか?
先生はさておき、私はかなり重いですよ?」
「構わねえ、楽勝だぜ。
俺的には土足で入られる方が嫌だからな」
「じゃあ靴を脱ぎますよ?」
「いや、確認してえこともあるしな、それに変なもん踏んづけちまったら危ねえし」
「いや、あの」
「良いから気にすんなって。それよりどっちから行くか早く決めてくれや」
「しかし……その、直接あなた様に触れるというのは……」
「あー、もう面倒臭え。決めた。お巡りさん、まずはアンタからだ」
そう言って駐在さん()の前で後ろ向きに立って中腰になる。
「あの、これはどういった……」
「おんぶしてやるっつってんだ。早くしねーか、ほら」
「しかし……」
「だーっ、もう良い! こうしてやる!」
「あっ何を……」
駐在さん()を丸太の様に正面から抱えてお姫様抱っこ体勢にスパッと切り替える。
こうでもしねえと何も進まねえからな。
「あの、色々とすみません……」
「気にすんなって言ってんだろ」
「お巡りさん、ずるいですぅ」
「オメーはこれ持って待ってろ」
センセーこと隣のねーちゃんにとうふを押し付けて家に上がる。
家に上がるってだけのことで何でこんな大騒ぎせにゃあならんのだ……
『おっさんがおっさんをお姫様抱っことか出来ればご遠慮願いてえ絵面だな』
言うな、おっさんが若いねーちゃんをおんぶするよりはマシだ!
という訳で出発だぜ。
「あ……浮いて……宙を歩いてる……!?」
「お姉様、凄いです!」
あーやっぱそう見えるのね。
「あのな、言っとくが俺はフツーに床の上を歩いてるだけだからな」
「うわっ!」
「あ、コラ、じっとしてねーと抱え辛えだろ」
「し、しかし今……あれ? 通り抜けた……?」
「粗方その灌木とかにぶつかったんだろ?
何か知らんが俺に触れてたら俺の認識通りになるからな」
「よく分かりませんが……やはり凄いですね」
「いや、逆に俺が壁だと思ってるとこは何もねえ様に見えても通れねえから」
「は、はあ」
やっぱ定食屋のときと同じか。
昨日までいた定食屋もまた同じってことになんのか。
あっちは腹は減らねえ、トイレは必要ねえ、日は沈まねえで怪しいとこだらけだったが、さてなあ……
いや、それよりもあの二つの月……あれも現実……なのか?
「あの、そこに下へ降りる入り口が見えますが、地下室か何かでしょうか」
「そこ? 指差してもらって良いか?」
「ええと、こっち方面に2メートル位進んだところにあります」
「2メートルってえと、キッチン……床下収納か」
昨日見た限りじゃ怪しいとこは無かったが……
確かに怪しいとか何とか言われてたとこではあるな。
さて、どうしたもんか……
* ◇ ◇ ◇
床下収納の上に立つが何も変わったところはない。
そりゃそうだ、俺から見たらただの蓋だ。
駐在さん()が少しピクリとなり身体をこわばらせる。
「もしかして俺って今浮いてるの?」
「は、はい。階段の上に……」
どうすっかなあ。
原理はさっぱり分からんけどこうしてっと当たり判定は俺優先になるんだよな。
もしかすっとこの町には他にもこんなとこがゴマンとあるかもしれねえんだ。
そんなものに触れる機会があるんなら当然逃す手はねえんだが。
『おい、役割をチェンジしてみたらどうだ?』
そうだな、いっぺん降りてもらうか。
俺はワンコに向かって軽く頷いた。
「よし、一旦玄関に戻って下履きに履き替えるか」
「え、それは……」
「下履きのままで良い。
俺を抱えてここまで来て欲しいんだ。
多分今のあんたと同じで目に映るものは変わらねえんだろうがな」
「あの、遠慮……しても駄目なんですよね」
「たりめーだ」
てな訳で嫌がる駐在さん()を無理矢理に抱っこしてもらってキッチンに戻って来た。
ふつうにおんぶしてもらおうとしたが何故か頑として受け入れてもらえず、じゃあ抱っこしろといったらもっとだめだと言われ、結局落ち着いたのが最初と同じお姫サマ抱っこだった。
おっさんがジジイをお姫様抱っこってもうダメじゃね?
もう何でやねんしかねーわ……
復活し立てのねーちゃんがまたぞろギャーギャー騒いだが病み上がりは黙って待ってろと無理矢理玄関に押し留めた。
まあ、本当に病み上がりなのかは怪しい訳だが……
一時間して戻らなかったら助けを少人数で呼べと言っといたが……まさか追っかけて来たりはしねーよな?
実を言うと俺も駐在さん()と一緒でビクンビクンしまくり、「大丈夫ですか?」などと心配を掛けてしまった。
どうやらこいつらから見たらこの家は本当に廃墟で壁なんて無かったりするからか、居間と納戸の壁抜けを体験したりしたのだ。
なるほど、これがアホ毛から始まって定食屋やら駐在さん()が「壁、壁、わーわーわー」とか騒いでたやつなのかと思ったね。
しかしだ。
ここで「うお!」なんて騒いじゃいられねえ。
んなことしちまったら留守番担当のねーちゃんがこっちに来ちまうからな。
とにかく下に降りてみてえんだ、我慢だ我慢。
「……入れないみたいですね」
しかし駐在さん()は難しそうな顔でそう話す。
「入り口に扉か何かがあってそこが閉まってるとかそういう感じか」
「はい。床面に浅めの穴がありまして、その中に下へとつながる階段が見えているのですが……」
足を踏み出そうとするが何かにぶつかっている様だ。
「ちょっとそこから踏み込んでみていただいてよろしいでしょうか」
「ああ、じゃあ降ろしてくれ」
駐在さん()は俺をゆっくりと下ろす。
俺も靴を履いてるけどどう見えてるんだろうな?
って……ぬお!?
バリッ……ガシャン!
「あーあ、やっちまったぜ」
「あの、何が……大丈夫ですか!?」
「いやほら、ここに床……っつーか床下収納があってだな、その蓋とか中に入ってた瓶に足っつーか下半身が刺さりまくりなんだわ」
「えっ!? それは大丈夫——」
「だだだだだ大丈夫ですかお姉様ァー!?」
「何でもねえ!
大丈夫だから戻って大人しく待ってろ!
オメーがいると話がちっとも進まねえ……
じゃなくて……もう良いや、ちっと待ってろ」
「えっと……あのぉ……」
「あ? 何だ?」
「は、はいぃー、分かりましたぁー」
「良し。オメーは黙って見てろよ」
『何かあれば俺が家に戻って応援を呼んでもらうから安心しろ』
ふむ。例の飼い主? か。出来れば普通に会いてえがな。
再度軽く頷くと、ワンコはその場でお座りの体勢になった。
「さてと、まずはモノをどかさねえとな」
「何かお手伝いしますか?」
「いや、見えねえんだから無理だろ。
まあその気持ちだけもらっとくわ」
「はあ、すみません」
「気にすんなって。あんましつけえとキレっからな?」
「は、はい」
ったく……面倒臭えなあ。
俺は壊れた床下収納の蓋を撤去して中のビン類も全て取り出した。
梅酒がみんな干上がってて助かったぜ。
中身が入ってたらビチャビチャになってたとこだ。
しかしこれ、漬けたの俺自身の筈なんだけど何年くらい経ってんだろ。
うーむ。
まあ今は良いか。それよりも……この床下収納だな。
「どの辺で進めなくなってるんだ?」
「この辺りですね。ここに何か見えない壁があるんです」
そう言ってコンコンしているのは床下収納の勝手口側……向かって右奥の底面近くだ。
このユニットの一部が物理的な障壁になってる?
俺にもこいつらにも認識出来ねえ何かが存在してるとか……?
……! そういやここには……
俺はキッチンペーパーを持って来て底面の汚れをゴシゴシと拭き取った。
「これか……しかしどうする?」
「あの、そこに何か?」
「ああ、見えねえだろうがここ全体がユニット状の床下収納になってるんだ。
多分一部分が障壁みてーになってて前に進めねえんだと思う。
でな、もしやと思って今あんたが指差したた辺りの汚れを拭き取ったんだよ」
「それで、もしやとおっしゃられるのは?」
「あー、羽根飾りのレリーフがあるんだよ。丁度この辺にな」
「羽根飾り……それはあなた様が御髪に飾られている様な……?」
なぬ? 俺が身に着けてるだと?
「あー、そうか。俺は自分じゃ見えねえんだよ。
えぇと、緑、白、赤、青で大きさは……そうだな、定食屋のジャンボ海老……じゃ分からんよな。
えぇと……そうだ、アンタの靴の裏位のサイズ感だな」
「おお、おっしゃる通りの外観です。やはり見えなくても分かっておられるのですか」
「まあ、大体な。さて、ということは……その飾りをちょっと外してもらえねえか?
自分じゃ見えねえから外せねえんだ」
「え? あの、女神様のシンボルとも言われている羽根飾りをですか?」
「だからさっきからそういうのは無しだっつってんだろーがよォ!」
「も、申し訳ありません。あまりのことに、つい……」
たかが羽根飾りがそれほど大事なことなのかよ。
『オイ、宗教的な奴かもしれねえから言い方には気い付けろよ』
おっと、そうだな。危ねえとこだったぜ。
「ああ、必要なことなんだ。悪ぃけど頼むわ」
「あ、あのぉ……わ、私がやります……で、良いですよ……ね?」
「そうですね、ここは彼女にお任せするのが無難と存じますが如何でしょうか」
そうか、こんだけ動き回っても取れねえんだ、編み込んであるとかか。
分からんけどな。
「ああ、構わないぜ。頼む」
「は、ハイ! お任せくださいぃ!」
取り敢えず俺はその場でじっとしてることにした。
身長差がかなりあっけどコレ、大丈夫なのかね?
「あ、あのぉ……」
「何だ?」
「す、少し前向きにぃ、屈んでぇ、いただけないでしょうかぁ。
あ、あのぉ……と、止め具をぉ……は、外せばぁ、取り外せそうなのでぇ」
あ、やっぱそうなんか……つーか俺は今床下収納に入ってるから膝下が見えねえくれーの体勢なんだな。
頭を少し下げれば良いんなら、多分防具だかバレッタみたいなのを付けててそこに羽根飾りみてーなのを挿しとくホルダーか何かになったりしてんのかね。
リボンとかじゃすぐに落っこちちまうもんな。
でも実質的な身長差ってどん位なんだろ。
「これで良いか?」
頭ナデナデの体勢だよな、コレって。
「は、はいぃ、少し……お待ちくださいぃー」
そう言って俺の頭の上で何やらガサゴソしてるとおもったら左右をガシっと……掴んでる様で掴んでねえな。
頭につけてる何かを外そうとしてんのか、そのまま両手を上にあげた。
「わあ……綺麗な御髪ですぅ。
ショートだと思ったらぁ、結構長かったんですねぇ」
「そうなの? 知らんけど」
ホンマ知らんわ!
「それでこれをこうして……と」
再び頭の上で何かガサゴソしている。
そして羽根飾りをパチンと外した何かをまた頭に装着した……らしい。
「ちょっとぉ、もったいないですけどぉ、これで元通りですぅ」
「サンキュ。羽根飾りは?」
「私が持っていますよ」
「うし。じゃあそれをこの辺にかざしてみてくれ」
そう言ってレリーフがある辺りを指差す。
「その辺りですね、承知しました」
俺はうえに上がり、駐在さん()と場所を入れ替わった。
「では行きますよ」
「ああ、頼む」
【ビー】
うおっと!?
「! 反応がありましたね……!」
「し、仕組みがぁー、さっぱりぃー、分からないですぅー。凄いですぅー」
「しかし、相変わらず壁がありますね。
今の音は駄目だ、という意味でしょうか」
あービックリしたぜ……
「コレ、もしかすっと俺自身がやらねえとダメなやつか。
しかし、どうやって……」
いや、そもそもこの羽根飾り、俺が持ってたのと同じやつなのか?
それにだ。
俺が持ってたやつだって母さんの形見なんであって元々オレの持ち物って訳じゃねえんだ。
「あの、お手を拝借しても?」
「ああ、しかし俺に持てるのか?
見えてねえんだぞ?」
「元々あなた様が身に付けられていたものですから」
「よ、良し。試してみっか」
「そ、それでは私がぁー」
あー、コレもう何かダメな予感しかしねえ……
って今何か手に持たされてる感じ?
「行きまぁす」
「お、おう」
しかしコイツは緊張感がねぇなあ。
【ピッ】
ガコン!
「あ、開いたでしょうか」
「どうだ?」
「いや、変わりませんね……」
「じゃあ今の音は何だ? っつーか聞こえたよな?
“ガコン!”てさ」
「ええ、聞こえましたね」
やっぱダメな予感しかしねーぞ……
“ちゃーらーりーらー♪ ちゃららーりーらー♪”
今度は何だよ……
「何ですか? この気の抜けた音楽は」
「ウチの言えるデンの着メロだよ! 抜けてて悪かったな!」
「あ、その……“いえでん”が何なのか存じ上げませんが、失礼いたしました」
「だから気にすんなっつーの。
ちっと待ってろよ」
これ無視した方が良いんかね?
絶対今のがきっかけだろ。
ガチャ。
「もしもし?」
『汝——』
ガチャーン!
「ど、どうされたんですか?」
「いや、何でもねえ、何でもねえぜ。ははは………」
えーと……
終わりかね? 終わりだよな?
「あの、結局ぅー……あ、あぁ……ひぃぃ……」
「今度は何だよ!」
ズン!
…………
…
ズズン!
「何だ、何の音だ!?」
「どうやらこの“ガーディアン”を倒さないと中に入れない様ですね」
何だと!? そこに何かいるってのか?
しかしねーちゃんと違って落ち着き払ってんな?
「“ガーディアン”とかいうヤツがそこにいんのか?
俺には何も見えねえが」
「そ、そんな……」
あ、俺が何とかするもんだと思ってたのね……
ぶっちゃけ見えねえから俺にはどうすることも出来ねえぞ。
「あー、スマンけど俺には見えねえし触れねえから自力で何とかしてくれや」
「えぇ……」
「すみません、無理です」
「じゃあ……」
『逃げるしかねぇな』
「逃げたらどうなる? そいつは追って来んのか?」
「それは分かりませんが……この“ダンジョン”の“ガーディアン”という推定が当たっているならば持ち場を離れることは無いでしょう」
「こういうのは良くあることなのか?」
「はい。私どもの国では、のお話ですが」
「ナルホド」
じゃあ違う可能性もあるって訳か。
そもそもの話、ここを守ってるヤツじゃなかったらさっきの想定も崩れちまうんじゃねえのか?
「あの……」
「ん?」
「同じ様なのが次々に出て来たのですが」
ん!? 何か重大な勘違いをしてる様な……
「ところでさ、そいつらって襲って来ねーの?」
「あ……言われてみれば」
「あとよォ、ノシノシ歩いて来て壁ブチ破ったりとかは?」
「あー、言われてみれば何も壊してないですね……まあ初めからほぼ壊れてますが……」
「……あのなぁ」
ダンジョンとかモンスターとかそんなモンが当たり前の様にあってたまるかってんだ。
あとさっきの電話も何だったんだよ……
「た、大変です!」
「今度は何だよ!」
「出て来た者共が揃ってひざまづき始めました!」
えぇ……
「お姉様、凄いですぅ!」
『いよいよ神がかって来たな!』
イヤ、知らんから!
* ◇ ◇ ◇
「なあ、そいつらってどんな見た目なの?」
「色々ですね」
「色々?」
「ええ、色々です」
「具体的には?」
「えー、……一言では難しいですね」
「例えば?」
「いや、筆舌に尽くしがたいとしか」
「何じゃそりゃ……オイ、オメーが説明しろや」
「あ、あのぉ……何ていうかぁ……げろんちょべろんちょっていう感じデスぅ……あ、ですのところはカタカナですぅー」
「更に分からん様になったわ!」
『俺が説明しようか?』
「お、オメーにも見えんのか、頼むわ」
「あの、お話されているのは犬神様ですか?」
「ああ、コイツも見えるから説明してやるってさ。
ちょっと黙って見ててくれや」
「はい」
『まず、こいつらは俺みてーに動物とかじゃなくて怪物の類だ』
「ああ、それは何となくだが分かってた」
『それで具体的な……お?』
あまり大げさなレスポンスは返さねー様に気をつけねーとな。
「どうした?」
『今俺の言葉に反応したな……そうか、“怪物”呼ばわりして悪かったな』
「今の流れ、新しく出て来た奴らについて整理すっと……
ます俺はには見えねえし聞こえねえ、あと多分俺の声も聞こえてねえな」
『ああ、多分そうだな』
何にせよ俺は自分が何もねえ古めの家にフツーに土足で上がり込んでるだけって認識しかねえ。
そこにあるっていう出入り口も見えねえしな。
「そしてここにいるお巡りさんとセンセーからは見えてるけど怪物の姿だ。
だが見えちゃいるがコミュニケーションは取れなさそうだ。
多分だがあちらさんからは見えてねえ可能性が高ぇな」
「確かに最初は驚きましたが私どものことは全く眼中に無い様です」
「で、オメー……つまりここにいるワンコだが……
どうやら声は届いてるみてーだな?」
『おう、そうだな。こいつらがじっとしてるのは恐らくそういう役割で、その役割に相当な矜持を持って臨んでると見たぞ』
「俺が言おうとしてたことを……」
「あの、私どもには聞こえていないので繰り返していただいても……」
「あー、そうか、そうだな。
恐らくだな、そいつらがガーディアンってのは当たらずとも遠からじってとこだったんじゃねーかってな」
「当たらずとも……それは何かの慣用句でしょうか?」
「まあ、慣用句っつーか言葉通りの良くある言い回しなんだが」
「イイマワシ?」
「当たりじゃないけど外れでもない、つまりは半分当たり、半分外れってことだな。
当たらずとも、ってひと言で省略すんのが普通だから日本語勉強中の奴には難しいのか」
「すみません、ありがとうございます」
「いや、構わねえよ……それでだ。
そいつらはガーディアンというより守護騎士とかそんな感じの連中なんじゃねーかと、そういう仮説が出て来た。
あとそいつらはここにいるワンコと話せるかもしれねえ」
「何と! もしかして先ほど彼らが少し身じろぎしたのは……」
「ああ、ちょっと失礼なことを言っちまったみてーでな、急いで謝ったんだよ」
「つ、つまりこの者らは……」
「人、なんじゃねーかと思う。
少なくとも自分のことを怪物だなんて微塵も思ってねぇと思うぜ」
「な……にわかには信じられませんが……」
『おい』
「ん?」
『こいつらからはあんたが見えてるみてーだぜ。
ひょっとすると声も聞こえてるのかもしれねえ。
ひざまづいたのはやっぱりあんたに対してみてーだ』
「しかし俺からは何も見えねえし聞こえねえからなあ。
何を期待してんのか分からねえが、俺目線だと何の変化もねえ日常の風景なんだよな。
ひざまづいてるだけじゃ分からねえんだぜ」
まあここの住民と大差ねえんだろうが、聞いた状況からすっと現在進行形じゃねえのかもな。
そうなると時々来るあの電話が何なのかがますます分からん様になるぜ……
『俺が伝言ゲームの仲介をすれば良いんだろ?』
「何も制限がなければ良いんだがな」
『制限?』
「ああ、そいつらが今を生きる存在でないのならな」
『……手前の一人が今は何年だ、と聞いて来たぞ』
「じゃあ全員で答えようぜ。まず俺だ。
今日は2042年5月13日……だと思ってたんだがどうも違う様だな?」
「に、2042年ですか!?」
『どっちもビックリしてるな。俺もだが』
「お巡りさん、アンタは?」
「は、はい。始めは1989年の5月4日、と……」
「こっちに来たときに知らされた暦か」
「はい」
その日付、随分と久し振りに聞かされた気がするぜ。
「じゃあ本当がどうなのかは多分怪しいな」
「そ、そうなのですか?」
「まあ自分が納得してんなら良いんじゃね?」
『5月4日というのは“奴”が戦場で無念の死を遂げた日だとか言ってるが』
「ああ、それは聞いたことある話だな。
“奴”が誰なのかが気になるとこだが」
『おい、その“奴”ってのが持ってた羽根飾りを“奴”の血縁者が持ち込むと結界が解除されるって言ってるんだが……結界なんてモンがあり得んのか?』
「結界だぁ? ゲームかよ……いや、ちょっと待て。
今はいつなんだって話が先だ」
『昭和20年……1945年の3月9日だそうだ』
「ああ、なるほど。過去の記憶、か」
『やはりそうなのか、と言ってる』
「ああ、かなりの確率でそうだな。俺は同じような存在を見たことがある」
『彼らは自分たちが今どういう状態なのか分かっていないらしい』
「そうか……じゃあどういう仕組みで今対面……と言って良いかは分からねえが、とにかくどうやって話してるかは分かってねえ訳だ」
『さっき言ってた“奴”が何か研究してたんだが、それが関係してるんじゃないか、だそうだ』
「うーん……“奴”と呼んでる人物は双眼鏡を持ってたよな?」
『確かに持っていたがそれがどうかしたのか、だそうだ。
軍用の何の変哲もない双眼鏡だったそうだが』
「な……じゃあ“特殊機構”って単語に心当たりがあるか」
『知らないそうだ』
駐在さん()とセンセーが所在なさげにしてるな……
「ああすまん、あんたらすっかり蚊帳の外になってたな」
「いえ、お気になさらず……後でまとめてお聞かせいただければ、とは思いますが」
「そうか、悪ィな」
『そこに誰かいるのか、だそうだ』
「ああ、俺がそのヒトらを全く認識出来てないのと一緒でそっちからはここにいるおっさんとねーちゃんが認識出来ないのか」
『どういうことだ、認識とは、だそうだ。何か面倒な感じになってきたな』
「いや、今の話で結構色んなことが分かったぜ」
『色んなこと?』
「ああ、そこにいるはずのヒトらには多分俺の姿って赤毛のおっさんに見えてるよな、どうだ?」
『その通りだが、それがどうかしたのか、だそうだ』
「良し、そうだよな、良し良し」
「お待ちを、あなた様の姿が……?」
「そうですぅ、お姉様はぁ、お姉様なのではぁ?」
「このヒトらは元々はあんたらと同じ様な境遇にいたんじゃねーかな。
多分だが今認識やら何やらのズレが起きているのは、その“奴の研究”ってのが原因で後天的に起きた事象なんじゃねーか?」
「つまり……?」
「“女神様”ってのが何なんだって話だ」
「え……?」
「それはぁ……お姉様のこと、なのではぁ……?」
『“奴”が今の境遇を何とかしようと軍部を利用して何かを作っていたらしい、というところまでしかし知らないそうだ。
その“女神様”っていうのが文字通りの存在なら何かとんでもないものを創り出したのかもしれないな、そう言ってる』
そうなのか。
まあそれで全部説明がついちまうとは思えねえがなぁ。
定食屋から聞いた話だと……敵対勢力はこいつらと同じ様な……いや、それに加えて宇宙服みてーなのを着てる奴らがいた、そんなことを言ってたな?
ともかく、コイツらが人類と敵対する異形の集団の正体なんだったら……それが不幸な間違いによるものなのかどうなのか……
少なくとも最初はそんな面倒ごとにはなってなかったってことになるな。
じゃあ、“彼女”は……?
* ◇ ◇ ◇
「その“奴”ってのが何をしてたのかまでは分からない様な言いっぷりだが、そうなのか?」
『分からないと言ってるぞ』
「じゃあ聞くが、“奴”ってのは何だ?」
『自分たちを召喚した日本人だ、と言っている』
「召喚だ?」
本当か?
“彼女”に見せられたアレと言ってることが違わねーか?
何なんだ、この違和感……
『自分らは“学院”の特級クラスの学生だった』
「は? 何それ?」
おっと、また二人がポカーンとしてるぜ。
「あー、そいつら“学院”の特級クラスの学生なんだってさ」
「ええっ!? 本当ぅなのですかぁー!?」
ホントウにイラッとくるぜそのしゃべり方……何とかならんもんなのか……
まあそれはともかくだ。
「俺が聞いた限り、そいつらが言ってることはだいぶ古い話だ。
多分、例の“リポップ”ってやつだな」
今と昔で何か違っている?
奴らの時代にはまだ“彼女”が存在していなかったのは確実だ。
“奴”が作っていたってのが何なのか、それが鍵か。
しかし、あの“ですわ”調でしゃべる女性とは何か関係があるんじゃないか?
「なるほど……にわかには信じられない話ですが、彼らがひざまづいている訳は理解出来ました」
「そうなのか?」
「あ……やっぱり分かりません!」
「何じゃそりゃ」
「いえ、あなた様のそのお姿、学院出身者ならばあるいはと思ったのですが」
「言っとくが俺はおっさんだからな」
「申し訳ありません、先ほどの話を忘れておりました」
「だからいちいち謝んなって」
『おい』
「ん? とうした?」
『“リポップ”とは何か、だそうだ』
「あー、“リポップ”か……説明しづれーな。
多分こうだろって想像も多分に含む説明なんだが」
『それでも良い、自分らに関わることなのなのだろう、だそうだ』
さて……さっき結界がどうとか言ってたってことはファンタジー的な言い回しにした方が良いんかね。
「“リポップ”ってのは俺も最近知ったばかりの概念なんだが、古いモノなんかに込められた記憶が何かのきっかけで実体化する現象らしい」
『それで年代を聞いた訳か、と言ってる』
「まあな」
『おい、他にもあるんだろ』
「いや、きっかけも何も俺は何も絡んでねえのが分からねえと思ってな」
『だが羽根飾りは一応あんたが持ってたやつだろう』
「まあそうなんだがなあ」
『羽根飾りを持つ赤毛の一族といえば赤き星の高貴なる血筋、それ自体がきっかけなのではないか、だそうだ』
また出たよ、赤き星とかいうやつ。何なんだよ。
「何か納得が行かねえなあ」
そこにいるっていう異形の姿をしたって奴らは中から出てきたみてーだからな、絶対中に何かはある筈なんだよ。
俺には床下収納にしか見えねーけどな。
んで、俺は結局こいつら——駐在さん()とセンセーのねーちゃんとワンコ——がいねーと何も見えねーし聞こえねーから実は何も関係なかった、なんて可能性もあるんだ……
念のためだ。二人の方を向いて尋ねてみる。
「なあ、“赤き星”って聞いたことあるか?
そこにいるって奴らが出て来るなりひざまづいたことに何か合点がいった見てーなことを言ってたよな?」
「申し訳ありません、ガテンガイッタ、とは……?」
「あーすまん、ああなるほどと思った、くれーの意味で理解しといてくれ」
面倒臭えって思ったらダメだよな。
「ああ、分かりました。“赤き星”、というのは私どもの国では古の時代に星の海を渡りこの地……いえ、私どもの祖先に知恵をもたらし国の礎を築いたと言われる存在です」
「言い伝え、なんだな?」
「はい、おとぎ話だと思っていたのですが、もしかすると彼らはその時代の証人なのでしょうか。
まあその、合点がいったというのは“学院”の方のお話なのですが」
「“学院”? ああ、そうだったな。
しかし俺の見た目に対する認識が180度違うアンタらの間に共通事項があるってのがまず信じられねえが」
多分、年代が混ざってるって訳じゃねえ。
誰かは本物、誰かは“リポップ”……多分そういうコトなんだろーな……多分な。
『おい、共通事項とは“赤き星”と“学院”の話かと聞いてるぞ。
ああ、ちなみに俺はざっくばらんな口調でしゃべってるがこいつらはみんな堅苦しいしゃべり方してるんだぜ』
「お前な……そういう重要なことはもっと早く言えよな。
こっちだってその……話すときの心持ちってモンが違ぇんだよ」
「今さらぁ、ですよねぇー」
うるせえなぁ。オメーは黙っとけっつーの。
「でだ。共通事項は……」
『スマン、重要事項とは何だと……』
「伝言係サマがあんたらの口調を勝手にざっくばらんな感じに買えて俺に伝えてたってことだよ!
良いか、“リポップ”ってやつの仕組みはよく分からんけど少なくとも話せる時間は有限だってことは分かってるんだ。
なるべくなら話してえことが話せねえってことがねえようにしてえ。
頼むぜ?」
『分かった、時間がないのなら先ほどの話に戻りましょう、とだそうだ』
「良し、それで共通事項の話だ。
言った通り“赤き星”と“学院”だ。
ただし、両者の間には相当な時間の違いがある。
あんたらが見えてないっていう二人は、あんたらから見すると相当な未来人だ。
“赤き星”の話が建国にまつわるおとぎ話だって言ってるからな。
もっとも“学院”の方も、俺の予想だと偶然の一致で全然別モンだって可能性もあると思うが」
『それで共通していない部分とは? だそうだ』
「俺の見た目に関することだな。
あとは多分だが“塔の女神”サマ、この言葉も知らねえんじゃねえかな?
そしてそこの二人からは俺の見た目がその“女神”サマとそっくりに見えてるそうだ。
にわかには信じられんことだがな」
『“女神”が何なのかは分からないが、“塔”なら知っている、そう言っているぞ』
「続けてほしい」
『巨大な白い塔なら自分たちの時代に既にあった。
その塔が一度破壊されて再建されたらしい、という言い伝えがある、だそうだ』
「再建……?」
まさかな……?
「なあ、こういう印に見覚えは見覚えはねえか?」
俺は左右の人差し指で✕印を作った。
『それは“学院の紋章”のことか、だそうだ』
うお、マジかよ!
「そうだ、ならそれは“噴水広場”の地面に描かれた“消すことのできない印”から取ったもの、それで間違いないか?」
「噴水……?」
『それは違う、二本の聖剣が交差する様を模した図柄だ、だそうだぞ』
む……違うのか。
「あの、すみません。
それなら私どもの方の学院の紋章が表しているものと同じかと。
“噴水広場”もありましたから」
こっちは定食屋が言ってた場所に近いのか。
「そうか、そこにいる奴らは違うと言ってたんだがな、塔はあるみたいだが。
何か他にも手掛かりはねぇもんか……」
そうだ……すっかり忘れてたが定食屋のあの古びた封筒、あれは何でまだポケットの中にあるんだ?
中身の確認をすっかり忘れてたが何しろ当事者っぽいのがいるんだ。
ここで封を切ってみる意味はあるかもしれねえな。
「ひとつ、一緒に見てもらいてえモンがあるんだが」
俺はポケットからその封筒を取り出した。
「これだ。見えるか?」
「はい、見えます」
『見えるそうだ』
「良し、封を切るぞ」
ビリビリと封を切り、中に入っていたものを慎重に取り出す。
今度は何も起きねえ……よな?
……絵?
封筒から出て来たのは鉛筆で描かれた一枚の肖像画だった。
* ◇ ◇ ◇
おう、これは中々に上手いな。
ってこれ……誰?
まあ、かなり古い封筒だったからな。
知ってる人物の可能性の方が少ねーのは当然か。
で、その絵に殴り書きで添えられた言葉が……
“貴様、”
のひと言。
何のこっちゃだな。てか、続きはどうした……?
き、貴様!? ぐわぁーっ! 的なやつとか?
こんなん見たら気になっちまうじゃねーかよ!
「これ、誰だか分かるか?」
「うーん、心当たりは無いですが何だか物騒ですね。
下の漢字は何と書いてあるのでしょうか」
「同じく、分からないー、ですぅー」
「“キサマ、”と書いてある、筈だ」
「あの、それだけなのですか?」
「ああ、意味が分からんな」
そして……描かれていたのは初老と思しき歳格好の男性だ。
くたびれた感じの軍服姿だから描かれたのは戦時中かね。
歳は俺と同じ位か……いや、昔の人は貫禄があったから年下かも分からんな。
『この人らがオメーじゃね? と言ってるが』
「へ? 俺?
確かにおっさんの絵だが俺ではねえと思うがな」
思わず間抜けな返事をしちまったがそこにいる奴ら、日本人の顔の区別が付かねーとかそんな感じなのか?
それとオメーじゃね? じゃなくて“アナタではないのか”とか“オヌシではないのか”みてーな感じだよな、絶対!
「あなた様とは違う様にお見受けしましたが」
「確かにぃ、似てますけどぉ、同じお顔じゃぁ、ないですぅ」
「そうだな、それは俺の目から見ても同じだ。
ただ、今似てるけどって言ったよな?」
「は、はいはいそうですぅ」
ハイは一度 で良いっつーの。
「ということは同じ絵を見てるって訳じゃねーのか」
『ややこしいな』
「服装も当然違って見えてるんだろうな」
「よく見たら胸元に羽根飾りを挿していますね。
あなた様がお持ちだった者と同じでしょうか」
「羽根飾りだ? そんなモン付けてねえけどな。
俺の目にはくたびれた軍服姿のおっさんの絵に見えるんだが」
『軍服ではない、裾の長い衣装をまとった学者風の男だ、だとよ』
「絵の中の人物は羽根飾りを身に付けてるか?」
『付けてないそうだ』
「じゃあ端の方に何か字が書いてあるのは見えるか?」
『何もないそうだ』
「そうか三者三様かよ……意味が分からんな」
駐在さん()たちが見てる絵に書いてある字が何なのかも分からんし、何があるってんだ?
ガコン!
ってまたあの音!? 今になってか?
どこから聞こえた? 少なくともここじゃねえぞ。
「おい、今の音聞こえたか?」
「いえ、どんな音でしょうか?」
『同じく、何も聞こえなかったと言ってるぞ』
「マジかよ、結構な地響きもあったんだが……そうか、俺だけか」
えー、どーすんだコレ。
「あ、あのぅ……」
「ん? 何だ?」
「その絵じゃなくてぇ、封筒ぅ、封筒にぃ、何か書いてありますぅ」
封筒? そいつは盲点だったぞ。
しかし……何も書いてないな?
「何も書いてないぞ? 裏も表もだ。そっちはどうだ?」
『俺にも見えんな。こいつらも見えんと言ってる』
「これは私どもにしか見えない様ですね」
「何て書いてあるんだ?」
「えーと、“この封筒を双眼鏡と一緒に奴に渡してほしい”……何でしょうか?」
ん? 何か既視感が……何だっけ。
えーと……あっ!
「そうだ、思い出したぞ! 思い出したが……」
頭おかしい集団から逃れて定食屋に逃げ込んだとき、あのときは封筒に双眼鏡と一緒に俺に渡せって書いてあったな。
何でだ?
そうして封筒をためつすがめつ確認する……あ、もう一個記憶と一致しねえ部分があるわ……
「なあ、この封筒の見た目ってさ、新しいか? それとも古い?」
「新しいですね、高そうな白い封筒ですよ」
『俺の目からは何十年も経ってるような茶封筒に見えるが』
「中から出てきたヒトらは?」
『古い茶封筒に見えるそうだ』
「そうか」
何が引き金になって……
ああそうか、今俺が持ってる封筒は旅に出た定食屋の親父が息子に宛てた書き置き、確かそんな話だったな。
俺の同級生だった定食屋の親父は数年前に俺宛ての手紙を残して病気で死んだ筈だ。
しかしさっきまでいたあの不思議空間で会った息子の方は、誰かを探す旅に出ている、そう言っていたな。
それぞれの重ねて来た歴史の違いなのか?
しかしだから何だっていうんだ……?
駐在さん()に確認してみる。
「なあ、この絵に描かれてる人物って俺とは違う誰か……羽根飾りを身に付けた女性に見える、そうだよな?」
「はい、確かに」
「でもってそっちの中から出てきたヒトらには学者風の男に見え、羽根飾りは付けていない、と。
そうだな?」
『ああ、その通りだな、そう言ってる』
なるほど、その人物か俺が今目にしてる絵の人物のどちらかが奴……定食屋の兄ちゃんの親父さんにとっての探し人って訳か……?
違いは何だ?
うーむ。
探し人、俺の家、定食屋、俺のクルマ……?
あ、そうか。
奴が書き置きを残して旅に出たそもそもの目的って……俺を探すことじゃなかったっけ?
行方知れずになったのは親父じゃなくて俺の方だった、か。
それがこの茶封筒か。
しかしそれならそんな昔のモンじゃねーよな?
出てったのは確か10年とか、そんなとこだった筈だ。
てことはその探し人はオレが目にしてる絵の人物ってことになんのか。
しかしそれだって俺の認識からすれば大分おかしい筈だ。
俺の記憶にある事実と今見れて触れられるモノ、両者の相違がどんどん広がっている、そういうことか。
もしかしたら階段の先も本来なら……?
あれ? そうすっとここは俺の家じゃねーだろって話になるんじゃねーか?
「あの、さっき伺った学院の紋章の由来、それも異なっていましたよね?」
「あ、ああ。そうだな」
一方で例の✕印、その認識に関しちゃ駐在さん()たちの方が近い……だが、それはここ数日に体験してきたことに由来する記憶であって、これまでの俺の人生からすっと荒唐無稽な話だって結論になって然るべきだ。
床下収納の下がどうなってるかって話だってそうだ。
無理を通してこいつらの言うことに付き合ってるうちにまた見えるモノ、触れられるモノがズレて行くのか……
じゃあその結果、最終的にはどうなるんだ?
やってみねえと分からねえ、のか……?
「それもあるが階段の奥が気になるだろ。俺は行けんけど」
そうだ、その先にまた何か変化が待ってるかもしれねえんだ。
「そうですね、その階段を見付けたことがそもそものきっかけですしね」
「ここにいる二人が中に入ってみてえと言ってるんだが良いか?」
『構わんがあんたは入らねーのか、だとよ』
「ああ、俺には何も見えーえし聞こえねーからな」
これ、ホントはお硬い表現で言ってるんだよな。
このワンコのせいで厳かな雰囲気が台無しって感じなんだろーなぁ。知らんけど。
『ではそこにいるという二人も駄目だ、だってよ』
「何でだ? 意味が分からん」
『あー、中の扉はあんたが羽根飾りをかざさねーと開かねえそうだ』
なぬ?
疑問に思った俺はそいつらがいるはずの場所を指差して聞いてみる。
「この人らは中から出てきたんだろ?
出て来たんなら中に連れてくとか出来んじゃねーの?」
『向こうからは見えている様だがこちらから彼らは見えないし声も聞こえない、なおさら無理だ、と言ってるぜ』
「それを言ったら俺も同じじゃねーか。
そもそも俺にゃあ入り口も階段も見えてねーんだからな?」
『じゃあどうすると言ってるが……まあ決まってるよな』
「お巡りさん、また頼むわ」
「あ、はい。承りました」
「お巡りさん、ずるいですぅ」
だってさ、小柄なねーちゃんがこんなでけーおっさんを持ち上げるとか無理ゲーじゃね?
『すまん、俺にも階段とか入り口は見えてないんだが』
なぬ?
疑問に思った俺はワンコがいる辺りを指差して聞いてみる。
「一応聞くけどここのワンコは見えてるか?」
「あ、はい。いつの間にかそこにいましたが」
「おとなしくぅ、おすわりてしますねぇ。
お利口さんですぅ」
『おい、中から出てきた奴らが見えなくなったぞ……ん?』
「な、何だ、どうした?」
『ここにいるぞと、声だけがしたぞ……』
な、なぬぅ……
知覚出来ないだけでいつもそこにいる、か。
まんまお化けじゃねーかよ。
ウンコしてるときに隣にいるとか、まじカンベンだわ!
それにしても何がきっかけで状況が変わった?
* ◇ ◇ ◇
駐在さん()にとっても同じなのか……?
「お巡りさん、中から出て来た人らはまだそこにいんのか?」
「ええ、いますが」
「そうか、このワンコから急に姿が見えなくなったと言われてな」
「何でしょう? 特に変わったところは無いように見えますが」
「じゃあ階段も相変わらず見えてんのか?」
「はい」
「さっきワンコがしゃべってた声は聞こえてたか?」
「いえ、ワンとしか」
『わんわん!』
「オメーも悪ノリすんなよな」
『つまんねーな』
「わんわん、わんわん」
「何してんだ?」
「あ、あのぉ、私でもぉ、お話、出来るかなぁと思ってぇ」
「そんなことせんでもフツーに話せば通じるって。
逆に分かんねーし」
「そ、そぅなんですかぁ??」
クッソぉ、面倒臭さが増しただけかよ……
じゃあ何が変わったんだかなあ。考えても分からんわ。
「まあこの先に進んだとしてどんな違いが出るか見てみてぇとこだし次行こうぜ」
「そうですね。
ここが何なのか、私どもとしましても非常に興味があります」
「外は皆ぁ、同じ様に見えるのにぃ、中だけがぁ違って見えるぅ、すごく不思議ですぅー」
だよな、そう思うよなぁ。
と、絵を畳んで封筒に戻しながら、ふと思い出したことを駐在さん()に聞いてみる。
「あー、その前にちょっとだけ良いか?」
「はい」
「さっき絵を見て物騒だとか言ってたけど何が物騒だったんだ?」
「いえ、紙に血のようなものが付いていましたので……」
「血? ベットリとか?」
「いえ、血しぶきが掛かった感じですね」
「そっちはどうだ?」
『そんなものはない、シミがポツポツとある位だ、だそうだ』
「そこは俺も同じく、だな。
おい、血痕が視えたのはあんたらだけみてーだぞ」
「うーん、何でしょう?」
「まあ、考えてもしょうがねえ。
取り敢えず入ってみねえか?」
「そうですね、では失礼して……と」
おっと……
再びこっ恥ずかしいお姫様抱っこの時間だぜ。
これ、壁とか地面の中にめり込んでく感じになんのかね。
定食屋じゃそこを抜けたら同じ空間を共有してる感じになったからな、そこに期待だ。
「ちなみにホントに重くねーの?」
「いえ、羽根の様に軽いですよ」
「良いカッコして無理すんなよ?」
「無理はしておりませんので大丈夫です」
そうなのか?
物理法則仕事しろ……って今更だな。
「じゃ行きますね」
「おう、頼むわ」
『我々はここまでの様だ、健闘を祈る、なんて言ってるぞ?』
「へ? そうなのか? そこにあるっていう階段とセットなんだと思ってたが」
「どうされたのですか?」
「さっき出てきた奴らが健闘を祈るなんて言ってるって話だ。
一緒には入れねーってことなのかどうかは分からんけどな」
『中から出たのではない、我らは初めから外にいた、だってよ』
「そうか……じゃあここは何の施設で中には何があるんだ?」
『元は犠牲者を弔うための施設だったが、時代が移り変わりそれが今どうなっているのかは我々も知らん、だそうだぞ』
「入りゃ分かるってか。犠牲者って何の犠牲者なんだか」
こいつらは別に住んでたって訳じゃねーんだな。
つまり……
「まあその犠牲者たちが今そんな姿で目の前にいる、と。
そういう訳か」
「こ、怖いですぅー」
『重ねて言うが健闘を祈る、だってよ。早く入ったら良いんじゃないのか?』
「そーだな」
「では今度こそ行きます」
「お、おう」
のわっ……こりゃ変な感じだぜ……!
やっぱバグ技でマップの外に出たって体か。
やっぱり何だかゲームみてーだなあおい……
「おお、何か見えて来たぞ」
「地下道の入り口、といったところでしょうか」
「もう下ろしてもらっても大丈夫そうだ」
「あっはい」
「試してみてぇっつってんだけど」
「はっハイ」
うむ、自分の足で立っても大丈夫だな。
一体どーなってんだか。
壁も触れる——コイツは石造りか?
レンガでもコンクリでもねーのか。
意外と前近代的だな。
『あ、オイ。明かりを忘れるな、だそうだぞー』
「へ? お前まだ入ってねーのか——」
ガコン!
おっと、勝手に閉まった!?
「こ、これは!?」
「ままままま真っ暗ですぅー」
わーん、くらいのこわいよー! ってか。
ってどーする!?
良し! 取り敢えず……
「わっ!」
「ひぇっ!?」
ゴスッ!
「あ、あ痛ぁ……こ、後頭部をぉ、強打ぁ、しましたぁ」
「あの、お戯れは程々に……」
あ、さいですか。
「ま、まあ今ので心の準備は出来ただろ。
密室だし粗相はすんなよな」
「ひ、ヒドイですぅ……」
「あの、ところでどうやって出ましょう?」
「今閉まった扉は?」
「駄目です。ビクともしません」
「じゃあ逆方向は……あだっ!」
「あ痛ぁ!」
「クッソ邪魔すんな」
「急にぃ方向転換をぉ、しないでぇ、欲しいですぅ」
「しょうがねぇ、仲良くお手て繋いで進むしかねぇか」
「すみません、手はどこですか?」
「へ、変なとこぉ、触らないでぇ、欲しいですぅ……」
「す、すみません!」
これは音を頼りにするしかねーよな。
壁をペチペチと叩いて音を出す。
「おい、ペチペチって音が聞こえんだろ。
そこに俺の手があっから音を頼りにこっちまで来い。
んで俺の手にあんたらの手を重ねろ」
「えぇと……ここですかね」
「おう、そこだそこだ」
今度は反対の手でペチペチしてと……
「ど、どこですかぁ」
「こっちだっつーの」
「こっちってぇ、どっちですかぁ」
「だーっ、こっちつったらこっちだっつーの!」
イライラすんなぁオイ!
「あ、あれ?」
「何だよ」
「何かぁ、ヌルヌルっとぉ、してないですかぁ?」
「は? 何だそれ? 一体何を触ってんだよ」
『グボ?』
「グボって何だよ」
「ぁ」
バリバリボリボリ。
「何だ、何の音だ!?」
「よ、様子がおかしいです。それに何か急に異臭が——」
『グボ?』
* ◇ ◇ ◇
バリバリボリボリ。
何だこの音?
それとビール瓶の栓を開けたみてーな感じのマヌケな音もしたぞ。
「何かいるぞ。気を付けろ……って手ぇ離すなって。
オイ、聞いてんのか……?」
………
…
「オイ?」
………反応がねーな。
誰もいない?
最後に異臭が何とか言ってたが別に何の臭いもしねぇってことは……場所が変わった?
しかし相変わらず周りは真っ暗だから変わったか変わってねーか分かんねーな。
二人が今いない、それか俺が認識出来なくなったかのどっちかだっつーのは分かる、何となくだけど。
うーむ。
良し、こういうときは右手戦法だな!
俺は壁に右手を当てて歩き始めた。
……アレ?
石壁じゃねぇ?
妙にツルツルしてんな。
プラスチック? ビニール? それともガラスか?
ゴスッ!
「あだっ……痛ってぇ……」
何も無い部屋だと思って歩いていたが障害物に思い切り腰をぶつけて思わずうずくまってしまう。
ん? 椅子?
いや、電車かバスのシートみてーな奴か。
何だここ?
今度は慎重に辺りを探る。
やっぱ乗合バスみてーな構造だな。
しかも結構新しくねーか?
触った感覚じゃあ少なくとも穴は空いて無さそうだしシワなんかも無いっぽいな。
更に注意深く探る。
今度は左手も慎重に伸ばしながらだ。
シートは二人掛けが向かい合って四人掛けのボックスシートになっている。
それが通路を挟んで左右に二つずつ、十六人分の座席がある。
バスか何か……乗り物の車内だな。
いや、触って回った限りじゃ運転席らしいもんは見当たらなかった。
電車かロープウェー、それか新交通システムみてーな奴か?
初めからこの部屋にいたのかどうかはまだ決まった訳じゃないが、最初の石造りの感触もそうだし三人がウロウロ出来る様な広さも無いからな。
さっきと別な場所に連れて来られたのはほぼ確実だ。
……今度も何がきっかけなのか全く分からんかったぞ。
どっちが前か分からんけど向かって左の後方に出入り口とおぼしきドアがある。
コイツはどうやら密室って訳じゃなさそうだ。
なさそうなんだが……押しても引いても開かねえな。
真っ暗な空間に閉じ込められたってことには違えねぇってか。
しかしこの部屋を乗りモンだと仮定すると、コイツは部屋ごとどっかに移動する無人運転車輌、んでコントロールは外部ってトコか。
運転席が見当たらねえってことはそういうことだよな。
さっきまでのファンタジーな雰囲気はどこ行ったって話だぜ。
しかしこのドア、まさかとは思うが羽根飾りでピッてやる奴なんじゃねーか?
さっきの奴らが確かそんな感じのことを言ってた様な……
まあそもそもまだ俺ん家の中にいんのかどうかも怪しい訳なんだが……こーなるとそんな前提あって無え様なモンだよな。
『【ビビービビービビービビー】』
おわっビックリしたぁ……ってまた例のヤツかよ!
……つーかいくら何でもタイミング良過ぎんじゃねーの?
『ゴー』
『どうしたのですか。え、インタフェースが未接続ですか』
『ではこの警報は故障だとでも言うのですか』
『なるほど、存在しないケースをなぜ考慮しなかったのか、ですか』
『ええ、その通りです。そのための観測所なんですよ』
『観測所というのは何を観測する場所か分かりますか』
『キキィー、プシュー』
『さあ、着きましたよ』
コイツの乗客? ゴーってのは移動音?
『ほらね、誰もいない』
『ははは、“きっとどこかで見ています”よ』
何だ? 誰かの会話の記録?
それにしちゃあ相手の声が聞こえねえぞ。
独り言か?
『リセットですか、そうですね。え、レバーですか。興味ありますか』
『さあ、見てばかりいないで降りましょう』
『え、今何と』
『じゃあここは観測所ではない、と』
『ちょっと待って下さい。何なんですか、その“詰所”というのは』
『いえ、ここには何もありま——』
『バリバリボリボリ』
『……“グボ?”』
……静かになったな。
終了ってか。
全く意味が分からんかったがコレに乗った誰かが移動中に誰かと会話してる感じだったな。
俺にも分かるキーワードは“詰所”くれーか。
後はレバー、リセット……思えばどっちも何のことか知らねーんだよな。
“詰所”も俺が想像してる“詰所”かどうか分からんけど。
んで流れ的に何かのトラブル対応っぽい感じだったが、最後に聞こえた音ってさっきのアレだよな……?
さあ降りましょうとか言ってたけどやっぱ本来なら着いたら開くのか、当たり前のことだけど。
で、この場所は終了って訳じゃねえのか。
『“グボ?”』
おっと、続きがあったか。
『ガチガチガチガチ』
『残念!!!』
『はい、これ持って!!!』
『お、お姉様ぁ!?』
『お姉様? 誰のこと?
まあいいや、早く早く!!! 後がつかえてるんだよ!!!』
『え……べ、別の人、ですかぁ!?』
『じゃあね“先生”さん、バイバイ!!!』
『あ、あれぇ……またいなくなっちゃいましたあ……え?』
『オイ、あんた今どこから出て来た?』
『あ、わんわん!』
『クソ、そういやぁ言葉が通じねえんだった……』
『わんわん! わんわん!』
『やかましいわ!』
ちょ、ちょっと待てーい!
何じゃそりゃ!
オイ、今の奴って“彼女”なんじゃねーか!?
それが“お姉様”だぁ!?
んで何でここでワンコが出て来んだよ!
意味分かんねーよ!
「オイ、どういうことが説明しやがれい!」
『ん? 今何か言ったか?』
『お、お姉様ぁ!?
あのぉ、先ほどはぁ、危ないところをぉ、お助けいただきぃ、ありがとぅございますぅ!』
ったく……フツーにしゃべれんのかコイツはよォ!
「知らん、別人だ。それよか外にいんなら早く助けろ!」
『えぇ……どこにいるのですかぁ?』
「どこってさっきの場所に決まってんだろーが」
『あのぉ、でもぉ、私もぉ一歩も動いてないんですぅ』
『おい、こいつは無視して良いから状況を言ってみろ』
『わんわん!』
『うるせえ! 黙ってろっつーの』
『わんわん?』
『だーっ! ラチが明かねえぞコノヤロー』
『わん♪』
もうメチャクチャだぜ……
ここで場面転換して別な場所に出れるとかそういうのはねーのかよ。
俺は座席のひとつにどっかと腰を下ろしてわめき立てた。
「こちとら相変わらず真っ暗だっつーの!」
『で、でもぉ、私はお姉様にぃ……』
「だから別人だっつーの」
『えぇ……あのぅ……本当にぃ?』
「言葉遣いが全然違うだろーがよ」
『はぅ……わ、分かりましたぁ』
「んで何がどーなってアンタはそこにいる訳だ?」
『え、えぇとぉ……お姉様ぁ……じゃなかったあのそのぉ』
「はぁ……ソックリさんてことにしとこーか」
『気が付いたらぁ、頭がかじられてぇ、無くなってたんですけどぉ!』
「誰のだよ。オメーの頭がか?」
『は、はいぃ、ぱーんてなりましたぁ、頭ぱーんですぅ』
「何がぱーんだ、テキトーなこと言ってんじゃねーぞ。
自分の頭が無くなったとか自覚出来る訳ねーだろーがよ。
それこそアタマぱーんじゃねーかよ、このパッパラパーめ」
『ぱ……? ぱっぱっぱー?』
『おいコラ、せっかく黙っててやったっつーのにコレじゃ何にも変わらねーだろーがよ』
「仕方ねーだろ、コイツがアホなのが悪りーんだよ」
『いちいち気にすんなっつーの。
ちったあオメーのスルー力って奴を見せてみろやァ!』
えぇ……自分で言うのも何だけど……何この会話ぁ……
「もう良いよ、そのソックリさんが何だって?」
『ピカッと光ったらぁ、元通り、でしたぁ』
「そんだけ? 気が付いたらってことか?」
『羽根を持ってぴかっ、ぱりぱりぱりーん、それでぇ、ばいばーい、ですぅ』
マジでコイツがセンセーなのが信じられんわ……
駐在さん()はいねーのか……
『あ、あのぉ……お腹が空いたのでぇ、ちょっとだけぇ、お家に帰ってもぉ、良いですかぁ?』
「勝手にしろ!」
『わぁい、ありがとうございますぅ、行ってきますぅ』
『自由過ぎて何も言えんな』
「わんわん」
『オメーまでアホになってどーすんだよ』
「今の気持ちを端的に表現しただけだぜ」
あーあ、ぱっぱらぱーのぱー……
* ◇ ◇ ◇
「で、オメーはさっきからずっとそこにいたのか?」
『ああ? 置いてけぼり食らったんだから待ってるしかねぇだろ』
「中から出て来た人らはまだそこにいんのか?」
『ああ、いるぜ。何だか分からんがまた姿が見える様になったんだが』
「何でだ?」
『だから知らんと言っただろう』
「さっきは何も騒いでなかったからねーちゃんからは見えてなかったんか」
『多分な。ちなみにあんたは今どこで何してるんだ?』
「いつの間にか乗合バスだかロープウェーだかみてーな乗り物に乗ってた。
んで周りは相変わらず真っ暗だな」
『はぁ? その乗り物はどっから湧いてきたんだ?』
「そんなん俺が教えて欲しいわ!」
『お巡りサンはどうした?』
「いねーよ。この乗り物? に乗ってるって気付いたときはもう俺一人だったんだ」
『んで戻れそうなのか?』
「さあな? 一生このままかもしれんな」
ついでに言うと例のメシもトイレもいらん空間だったら永久にこのまんまかもな!
『何でそんなに余裕なんだよ……』
「いや、余裕なんてねーから。強いて言うなら慣れだな」
『慣れって……』
「ここんとこずっーっとだからな、こういうのさ」
『さっきの頭パーンてのも慣れてんのか?』
「イヤ、アレは俺も意味が分からんかった」
『単に語彙が足りてねえだけでちゃんとした説明を聞いたら分かるかもしれないが』
やっぱ駐在さん()がいねーのは致命的だぜ……
ん? そういえば……
「なあ、さっきのねーちゃんさ、手に羽根飾りなんて持ってなかったか?」
『ああ、そういえば持ってたな。あれはあんたのだったのか?』
「いや、俺から手渡した覚えはねーな。
ただそこの入り口を開けたときに誰の手にあったのか正確には分からんかったし」
『確か特定の血筋の人間でねえと機能しねえんだよな?
ああ、やっぱそうだよな』
「今のはそこにいる人らと話してたんか」
『ああ、あのセンセーさんが持ってたからって別に使える訳じゃ……ん? そもそもモノが違ってた?』
「違うってのは?」
『ああ、センセーさんが持ってた羽根飾りはあんたのとは別ものだったみてーだ。
色が違うとよ』
見えてただと?
羽根飾りを持ってたのは“別な俺”だった筈だ。
じゃあ別なモンだって何で分かるんだ?
「じゃあ、いつどこで手に入れたんだ? さっきは持ってなかったよな」
『知るか。あんたこそ知らねえのか?』
「知ってたら聞くかよ。それよかその人らが何か知ってるんじゃねーのか?」
『今聞いてみる。ちょっと待ってな』
「おう」
さっきどこか“近く”で“彼女”が“何か”してたよな……
“後がつかえてる”とは一体何の話だ?
流れ的にその前に聞こえて来た乗客っぽい奴らの会話とか変な音とか、何か関係があんのかね。
『分かったぜ』
おっと、随分と早かったな。
『こいつらの誰かが持ってた羽根飾りじゃないかって話だ』
「その人らが……?」
『ああ、黄、群青、黒の羽根飾りはさっき言ってた学院てやつの成績上位者がご褒美に貰えるやつなんだそうだ』
「みんな持ってたのか」
『全員持ってたみたいなんだが“召喚”されたとき身に付けてない奴もいた、だそうだ。
“召喚”てのが何なのか気になるよな』
「日本人に召喚されたとか言ってたな」
『おい、こいつら当時は皆その学院てやつの学生で実習中にクラスごと日本に召喚されたと言ってるぞ』
「マジでか? 戦争絡みか」
『いや、召喚されたのは戦前、それも大分昔の話なんだとさ』
「戦前?
じゃあ軍部が勇者を召喚して米軍と戦わせようとしたって話じゃねーのか」
『その言いっぷりだとある程度知ってたのか?』
「断片的にだけどな。
お貴族サマみてーな話し方のねーちゃんとか」
そういや……“ですわ”の人は“彼女”のことは知らなかったな?
『その“ですわ”と話す人物には心当たりがあるそうだぜ』
「マジでか!? 一緒に召喚されたとかか?」
『いや、その人はこいつらと違う場所から自分で来たらしい』
「何だそりゃ」
『自分らと関係があるのか無いのかは本人が話したがらなかったからついぞ分からず、だったそうだ』
「むむう……そう簡単には分からねーってか。
じゃあさっきの羽根飾りの出どころは……分かんねーか」
『当たり前のことだが自分らの手を離れた後のことは知らん、だってよ』
「そりゃそーだよなあ」
『しかし今が百年先の未来なら、なぜに今さら呼び出されるのかという疑問はある、と言ってるぞ』
「そうか、その辺のことは心当たり無しか。
さっきそこにいた二人はいつの間にかここに来てたなんて話をしてたが、自分から来たってことはその類でもねーのか」
『何かから逃れてきたらしいが、それが今に至る問題と何か関係があるのかもしれない、だそうだ』
「うーむ……その話、大体の察しはつくが肝心なとこに具体性が無いまんまなんだよ」
『なあ、それよか今はそこからどうやって出るか考えねーとならねーんじゃねーのか?』
「そうなんだよなあ。ちなみにここが何か乗り物の車内だって話に心当たりがねーか聞いてみてもらえねーか?」
『全く無いそうだぜ。どうすんだ? これ』
「んなこと言われてもなぁ」
そうだ、ここが例の車内だっつーなら……
「タァミナァール、オゥプンヌ!」
………
…
『何? 今の』
「何でもねーよ!」
『あ、あのぅ、お姉様ぁ?』
「いつ戻った!?」
『今ですぅ、ただいまぁ、ですぅ』
クッソこっ恥ずかしいったらありゃしねーぞ。
あ、そーだ。
「羽根飾りは? 持ってただろ?」
『あぁ、忘れてぇ、来ちゃいましたぁ』
あーあ……“ピッ”って出来そうな奴、いねーかなあ……
* ◇ ◇ ◇
『取りに行ってぇ、来ますかぁ?』
「そうだな、頼むわ」
『はぁい、行って来まぁす』
『なあ、おかしいと思わねーか?』
「何がだ?」
『結局センセーさんはどっから湧いて出たんだ?』
「知るか。分かってて言ってんだろ」
『じゃあ頭パーンてのは何なんだ?』
「あのねーちゃんの説明じゃあ要領を得なくてさっぱりだが、こっちからは一瞬、第三者の声が聞こえたんだよな」
『第三者?』
「その第三者がセンセーさんを助けに入ったみてーな流れだったな。
“これを手に持って”とか何とか言われてたからそんときに羽根飾りを持たされたのかもな」
『助けに入ったって、何から助けたんだ?』
「真っ暗で何も見えねーし何が起きたか分からんけど、“バリバリボリボリ”とか“グボ?”とかいう変な音が聞こえて来て、そっから二人の気配がなくなったんだよ」
『それが“頭パーン”なんじゃねぇのか?』
「まあ一緒にいた二人に絡む出来事が他に何かあったかって言われても特に無えからな。
状況からすっとそう考えるしかねぇだろーし。
あとな、どー考えても助かったって状況じゃなかった気がすんだよ」
『じゃあその第三者ってのが助けたってのはどういう状況なんだ?』
「うーむ……分からん。助けられたのは頭パーンの後の様な気がするんだよな」
『頭パーン、ですかぁ?』
「また急に出て来たな!?」
『えぇー、何ですかぁ?』
「さっき誰かに助けてもらっただろ? その羽根飾りを持たされてさ」
『お姉様のぉ、そっくりさんのぉ話ぃですかぁ?』
「そぉだぜぇいー」
『マジメにやれよ』
おっと、感染っちまったぜい。
「でさ、ソレって頭パーンとか言ってたやつの後の話だよな?」
『そうですぅ、ピカッってぇ、光ったんですぅ。ピカッですぅー』
「ピカッって何だよ」
『ピカッ、ですぅ』
『何かが光ったのか?』
『全部ですぅ』
『全部?』
「全部? 視界が真っ白になったとかそんな感じか」
『三途の川でも見えたか?』
『さ……何ですかぁ?』
「それ言っても分からねえだろ」
『ああそうか……ん? ああ、なるほどな』
「そこの人らか?」
『そのピカッと光ったのも含めてその羽根飾りの持ち主のしわざなんじゃねぇのか、だそうだ』
『うぅん……よく覚えてないぃ、ですぅー』
「要するに気付いたら目の前にいたってことだろ、覚えてねーフリとかなんてしてねー限りはな」
『良くぅ、分かんない、ですぅ』
「ちなみに異臭とかはしてなかったか?」
『してないとぉ、思いますぅー』
『異臭がした?』
「ああ、お巡りさんがいなくなる直前にな」
『その前にグボ、とかバリバリボリボリとか変な音がしたとも言ってたよな?』
「もしかして何か心当たりでもあんのか?」
『生贄の壺って魔物の特徴と良く似ている、と言ってるが……魔物?』
「いや俺に疑問形で聞かれても……しかし“生贄の壺”なんて物騒極まりねぇ名前だな?」
『あ、そ、それぇ、聞いたことぉ、ありますぅー』
「な、マジで?」
『で、でもぉ、遭ったらぁ、頭からつま先までぇ、ひと呑みだってぇ……』
『悪魔系の魔物で見た目は壺というより瓶なんだそうだ』
「ダンジョントラップみてーなやつか。つーか何でそんなのがいるんだよ」
『えぇ、どこにいるんですかぁ!?
わ、私たちみたいにぃ、飛ばされて来たぁんでしょうかぁ?』
ワンコの話が聞こえてねえ分ビミョーに話が噛み合ってねえな!
「うーん、こっちに来た理由が事故とか偶然なら同じ様なこともあり得るってか。
まあ俺には何も見えんかったけどな!」
『あ、あのぉ……』
「何だよ」
『や、やっぱりぃ、あれはお姉様だったんじゃぁ……』
「だから知らねーっつーの。羽根飾りもらっただろ?
そいつの模様が違ってたって聞いたが」
『あ、そ、そうでしたぁ』
「そこ大事なとこだろ……」
『そこにいる人らには聞いたが、センセーさんたちの間でもその柄の羽根飾りは何か意味があったりすんのか?』
『わんわん?』
「あー今のはな、わんわ……じゃなかった……その羽根飾りはさっき中から出て来た人らの間じゃあ学院とかいうとこの成績優秀者の証だとか何とかいう話だったんだよ。
んであんたらの方でもそんな話がねーんかなって話をしてたんだ」
『あぁ、そういうお話でしたらぁ、特級クラスの制服と同じかなぁ、って』
「あるけどビミョーに違うって感じか。
特級が何なのか分からんけど凄い成績のヤツが貰えるって感じか」
『一年生で就職先がぁ、決まっちゃう人なんかがぁ、選ばれるんですぅー。
ちなみに私もぉ、持ってますぅ』
「え? じゃあさっきもらったのと合わせて二つ持ってんのか」
『はいぃ、そうですぅ』
「今持ってんのは貰った方だよな」
『……えっとお……?』
「そこはしっかりしろよな……」
『ちなみに何か特別な機能はあったりすんのか?
身分証になってるとか』
「翻訳するぜ。身分証になるとか何か特別な機能はあんのか?」
『あ、特に無いですぅ。ただの羽根ですぅ』
「そちらさんのは?」
『そちらさん、ですかぁ?』
「オメーじゃねえよ」
『学生証の機能が付いてたそうだ。専用の機械にかざすと文字が浮かぶんだと』
「なるほど……結局何も分からん……が、その羽根飾りの元の持ち主がそこにいる人らならそこの入り口って空けられんじゃね?」
『そうか、生体認証って意味だと可能性はありそうだが……どうだ?』
『わんわん?』
生体認証か……魔力とか言い出さねーとこからすっとこのワンコはこっち側なのかね。
「やってみる価値はあるな……センセーさんよ、悪ィがもう一個の羽根飾りも持って来てくんねーか?」
『うぅ……はぃ、分かりましたぁー』
「頼むぜ、身から出た錆だ」
『いちおう両方でやってみんのか』
「ああ、だがなあ」
『何かあったか?』
「あのセンセー、レリーフの場所覚えてっかなぁ」
『おうふ……そうだった……って大体覚えてるってよ』
「ああ、そこの人らか。なるほど。
ちなみに入り口が開いたら入れんのか?
ずっとそこに留まってんのも何か理由あってのことなんだろ?」
『自分らが出て行けば騒ぎになるだろう、それだけだ。
もっとも、この場所から離れたら自分たちがどうなるかは分からない、だそうだ……』
「まだ聞けてねえことが沢山あるんだ、申し訳ねーがもう少し付き合ってもらえっと助かるぜ」
『やぶさかではない、気にするな、だそうだ』
「スマンね、ホントにさ」
錆色の空、二つの月。そこにあった廃虚、巨大な塔……
あの場所が結局複数あんのかどーか……
単に時系列が違ってただけかどうかも良く分からねえ。
そんでもって“彼女”が絡んでなさそう……かどうかはまだ確定的じゃねーが、少なくとも古くから関わってそうな奴らは口を揃えてそんな奴は知らねえと言ってる……
だが羽根飾りの話は共通項的に出て来るな?
それだけじゃねえ。
“女神様”ってのは何だ?
俺を見て“女神様”と言った奴が、“彼女”らしい人物を目にしたら同一人物だと認識していた。
それでいて、“彼女”は俺と同じ存在って訳じゃねぇ。
“彼女”はセンセー……あのねーちゃんを助けてたし、そんときのやり取りは俺にも聞こえてたぞ。
俺、“女神様”、“彼女”……
ダメだ……関係性が全く見えねえ……
「しかしもっとこう……何かねーもんかね」
『例えば?』
「あばばばばー、みょみょーん、とかさ」
『何かの呪文、ですかぁー?』
「ちげーよ! って戻ったんか」
いつぞやの変なしゃべり方の奴とのやり取りで“代表サンプルのリセット”とか言ってたが……その線は無えと考えて良いのか……?
『まずは実験だろう』
「そうだな、中から出て来た人らは見えてたよな?」
『はいぃ、もう慣れましたぁ』
全く、そういうことは言わんでええっちゅーに。
「じゃあ羽根飾りを一個ずつ渡して試してみようぜ」
『はいー、まずはこれですぅー』
………
…
「どうだ?」
………
…
「オイ、どうなんだ?」
………
…
「オイ、聞いてんのか? オイってばよォ!」
どーすんだ、コレ。
* ◇ ◇ ◇
誰もいなくなった?
また場面転換か?
手を伸ばして辺りを探ってみる。
何も変化は無い。
相変わらず路線バス風の座席、樹脂か何かで出来たツルツルの壁、窓……そうか、窓か。
ドンドン、ドンドンドン……
窓は枠にガッチリと固定されてて押しても引いても叩いてもビクともしねえ。
コイツをブチ破ったら外に出れるんかね。
蹴ったくれーじゃ到底壊せそうにねーけどな!
何にせよ、変化があったのは向こうの方か……
こっちは相変わらず真っ暗だぜ。
この部屋、多分乗り物だよな?
何とか動かせねーかな……
まあ周りの灯りがついてない時点でお察しか?
とはいえ電源? が落ちてるだけって可能性もあるしな。
くまなく探せば運転席とかあるかも……ん?
ドンドンドン!
ドンドンドン、ドンドンドン!
な、何だ、外からか!?
真っ暗で何も見えねーっちゅーに!
怖えーよ!
ドンドンドン、ドンドンドン、ドンドンドン!
ガン! ゴン!
誰かが外から車体? をバンバン叩いてる?
最後のは何かバールノヨウナモノ? でぶっ叩いてたのか?
どんだけ頑丈なんだ……
しかし周りがどうなってんのか分からんけど誰なんだ?
「オイ、誰だ! 返事しろ!」
『!? 貴様こそ誰だ! 大人しく出て来い……いや、俺たちもそこに入れろ!』
「アホか! 出れたらとっくに出とるわ! こちとら出れなくて困ってんだよ!」
『何だと!? 意味の分からんことを……さては貴様がやったのかァ!』
誰だ……聞いたことのねー声だぞ。
しかしまた沸点の低そうな奴だな……他人のことは言えんけど。
つーか何をしたって?
話が見えねーぞ?
「オイ、話が見えねえ! 説明しろ!」
『説明しろとは何だ、まずそっちが説明しろ!』
あー、面倒臭え! もうざっくりでいいだろ!
「家の地下に何があんのか調べてて閉じ込められたんだよ!」
『家の地下!? おい、まさか昨日入ってった!?』
昨日だ? そんなに経ってんのか?
イヤ、まずはそこじゃねーな。
「オイ! 外からこじ開けらんねーか?」
『ちょっと待ってろ……よっしゃ!』
ガコン!
お、開いた!? って眩し……!
って外か!?
ふう、ひとまずは助かっだぜ……!
目の前にはとうふ屋をはじめ、さっき見たメンツが数人。
とうふ屋が手にバールノヨウナモノを持っている。
さしずめ煽り文句に乗せられて武装して来たってとこか?
大げさなリュックを背負ってるとこを見るとそうなんだろーな。
「いやー助かっだぜ! 久しぶりのシャバの空気はうめーなぁ」
なんちって……ちと大ゲサだったかね。
「あ、あなた様は……」
あー……この人ら、声は聞いたことなかったがさっきのギャラリーの方々か……っつっても全員じゃねーな?
「オイ、来んのは明日だろ。つーかどうやって来た?」
「あ、明日? しかしその言葉遣いは……」
「それがスってやつだろ?」ととうふ屋。
「あ? ああ、こっちが素だよ。
あんな演技面倒臭くてやってらんねーよ」
「そ、そうなんですか。
そのスっていうのが何なのか分かりませんが」
「オメーもかい……」
イセカイ翻訳スキルにスって言葉はねーんか……
「何だ、意外と親しみやすいじゃねーかよ」
「俺っ娘かァ……」
丁寧語が使えないっぽい取り巻き連中(?)が何か言っている……
イセカイ翻訳スキルの語彙、おかしくね?
あー、まー、それはさておき、俺って今やっぱそんな感じに見えてるんかぁ。
何つーか……やりづれえなぁ。
後ろを振り向くと……ボロボロな外観のモノレールみてーな車輌があった。
周囲は明るい。まだ昼間だったか?
そして俺ん家が無え。
つーか廃墟じゃねーか、コレ。
俺に見えてなかった廃墟みてーなのに寄せた感じか?
これじゃあ場所的に俺ん家なのかどうかも分からねえな。
ただ……あの廃墟とは違うよな、さすがに。
それにしても真っ暗だったのがいつ明るくなった?
中から見ても真っ暗だったのに、扉が開いた瞬間に視界が開けたって感じだ。
本来なら地下にあるはずの施設が何かの理由で地表に露出したのか……いや、そうじゃねーな。
元の場所と違うってことはワンコとかセンセーさんはいんのか……?
「なあ、俺と一緒に入った二人は見てねえか?」
「いえ、見ていないですね」
「それ以外の人らも見てねーか?」
「はい」
「人じゃねーのもか?」
「? はい、誰もいなかったです」
「つーか……さっきから気になってたんだけどもしかして意外に時間が経ってた?」
「ええ、私たちは言われた通り次の日に来ました。
そして……言われたとおりになりましたね……」
「ビミョーに言った通りじゃねー気もするが……」
それに体感的には二、三時間しか経ってねえ筈なんだがな……
やっぱ、何かが違うな。
何が……?
知るか、そんなん。
もう一度振り返る。
車輌の中……内装も長い時間放置されてたかの様にボロボロだ。
いや、コイツは多分本当の経年劣化なんだろーな。
やっぱ違う。違うんだ……
「ここ、明らかにもとの町じゃねーよな」
「はい、どちらかというと……我々が元いた国によく似ています」
「だが空は青いし多分お月サマもひとつだろ」
「ええ、場所としては変わっていない……つまりここでもかつてのわが国のようなことが起きたと……」
「わが国? アンタはエライさんみてーなこと言うんだな」
「実際エライんだぜ。町のとりまとめ役だからな」
「ナルホド。分かったぜ」
とうふ屋とエライさんと取り巻きA、Bか。
「我々は戻れるのでしょうか?」
「さあな。ただ、初めからこんなだった訳じゃねーだろ。
何がきっかけがあった筈だ」
「我々が玄関を通ったことでしょうか?」
「そこで景色が変わった?」
「はい」
「となるとついさっきの出来事か」
「はい……」
となるとさっき羽根飾りを使って実験しようとしてた頃合いか。
タイミング的にはビミョーな感じだな。
それにしても俺の口を勝手に動かしてた奴はこうなるのを想定してたってのか?
この状況じゃ確かめる方法もねーか。
「なあ」
「ん?」
「取り敢えずさ、とうふでも食って考えようぜ」
「へ?」
リュックの中はとうふかよ!
「醤油はあるんだろーな?」
「いけね、忘れた」
何だろーな、このユルさはよ……
* ◇ ◇ ◇
「ちなみに今いんのはアンタらだけなのか?」
「後続がないところを見ると、その様ですね」
「後から誰か来る段取りだったんか」
「はい、それでまずは我々が……」
「はいよ、ぬるい冷奴一丁ォ!」
「おう、悪ぃな……っとォ!?」
「危ねえ!」
「えっ! や、野犬か何かですか!?」
「いや、とうふを落っことしそうになっただけだよ。
とうふ屋がキャッチしたけどな」
「ズコー!」
この人、こういうキャラなんか……
「それはそうと今、とうふの器が手をすり抜けていかなかったっすか?」
「ああ、そうだな。残念だがとうふは諦めるしかねえな。
あんたらで食ってくれ」
ホント残念だぜ!
「後続の人らが今頃どうしてるかは不明か。
別な場所に飛ばされたか、いなくなったあんたらを探してるか……」
「ちょっと待ったァ!」
「何だ? とうふのことなら安心しろ。諦めた」
「そうじゃなくてよォ」
「とうふ屋さん、言葉遣い言葉遣い」
「あ、し、失礼しましたッす」
「いや、普段通りで良いから。逆にこっちがやりづれーわ」
「す、すんませんす」
「無理してですます調で話す必要もねーから。
紛らわしいしな!」
「紛らわしい?」
「悪ぃ、こっちの話なんだぜ」
「は、はあ」
「で、取り敢えずだが人はいねーのか、食糧になりそーなモンはあんのかくれーは確認しねーとな」
「ちょ、ちょっと待ったァ!」
「何でぇ、しつけーな」
「ちょ、何でさっきのアレをスルー出来んだよ」
「アンタがスルーなんて高度な日本語を理解できる事実をスルーしてまでする話か?」
「スルー話だよ! じゃなかった、する話だよ!」
「あ、あの、すみません……俺らも気になってました」
「まあ良い、結果は分かってっけど一人ずつ握手してみっか」
「ええッ良いんですかァ!?」
「そんな興奮する話かよ。さっさと手ぇ出せや。
まずはおエラいさんからだ。
どうせ順番も決めらんねーだろからな」
「は、はい」
「ほい、握手」
「あっ!?」
手を出すと思った通りすり抜けた。
残りの三人も試したが「あっ」しか出なかったので以下略。
「ちなみにその辺の壁とか地面は触れるだろ?」
「そうですね、どうしてでしょう?」
「修行が足りないんだ!」
「そうか! 修行か!」
「ちっとそいつら黙らしてくんねーか?」
「シメるってこと?」
「違げーよ!」
「じゃああんたが命じりゃ一発だろ」
「そこの二人、俺が良いって言うまで黙っててくんねーか?」
「は、ハイ! 喜んで!」
「了解であります!」
「お、おう……」
コイツら何か怖えーんだけど!
ま、まあ良い、話を続けるぜ。
「理由は分からんけど壁とか地面についても似た感じで認識出来てるっつーだけで、実は見えてるもんがお互い違ってたって可能性もアタマの隅っこに置いとかねーとな。
それにな、こういうのは今に始まったことじゃねーんだ」
「と言いますと?」
「昨日……? 昨日、俺と一緒に入った二人も家に入ったとこで廃墟に入ったみてーな感じになってたんだよ。
こことはちっとばかし違うっぽいがな」
「違うと言いますと?」
「アンタら、異形のバケモンみてーな姿の奴らなんて見かけなかったか?」
「誰もいませんでしたが……」
「同じく、見てねーぜ」
「お巡りさんとセンセーさんには見えてたらしーんだよな。
俺の目には見えてねぇっつーかフツーの一般住宅のキッチンにしか見えてなかったんだがな」
「バケモンなら元いた国じゃ当たり前みてーにのさばってやがったがな」
「ちなみにそこにいたってヤツらは自分たちは人間だって言ってたそうだぜ?」
「人間だァ? 何だそりゃ」
「まあ別な視点から見りゃあ俺らだってバケモンかもしれねえんだ、お互い様なんじゃねーかって話だ」
「つまり……?」
「俺ら全員、何かのきっかけで中途半端に違う場所に飛ばされてるんじゃねーかと思ってな」
「それで目には見えるのに触れることが出来ないと……」
「今までのパターンだと時間経過か何かで次第に離れてくか近付いてくか、大体どっちかに落ち着くんだよ」
「何故そんなことが……?」
「そのバケモンみてーな奴らもそれで説明がつくのか?」
「今まさにあんたらの目の前でそれが起きてるからな」
「……?」
特殊機構?
いや、そんな影も形も見えねえもんがどこでどう関係してるっつーんだ?
そんなことならむしろ“彼女”の方が怪しい。
それに家デンに何回か掛かって来たイタ電の主、そして……さっきのアレか——
「山奥の廃墟に行ったとこから始まって、だんだん酷くなってきてる気がすんだよな」
「山奥の廃墟……? 初めて聞く場所だな」
「そうですね、そんな場所があったのですか」
「まあな、だが今となっちゃなあ」
あの場所から随分と遠くに来ちまった気がするんだよなぁ。
あそこは結局何の廃墟なんだろーな。
「そういやさ」
「ん?」
「さっきは受け取れてたよな、とうふ」
「ああ、そうだな。
同じ豆腐だったのかはさておき何かを受け渡し出来てたってのは共通項だな。
おまけにさっき閉じ込められてたとこから出してもらっただろ? 多分アレも同じだぜ」
「やっぱさっきとは別人なのか?」
「あー……別人つーかさ、自分がした選択で未来ってどんどん変わってくじゃん?」
「ああ、そうだな」
「それがさ、普通はお互いに影響し合って変わってくのにそれが一部欠けてる感じっつーかさ」
「なるほど、それでお互いの世界が少しずつずれて行くと……」
「実際に起きてることがその通りなのかは分からんけど感覚的にはそんなとこだな」
「元に戻ることは可能なのでしょうか」
「その方法があるんならぜひ聞きてーとこだ」
「あの、それはあなた様のお力なのでは……?」
「悪ィな、そこは分からん。言っとくが俺自身は何もしてねーぞ?」
「ですがあなた様のそのお姿は——」
「それは多分ハリボテだ」
「ハリボテ、ですか?」
「よく似たニセモノくれーに考えといてもらえると助かるわ」
「にわかには信じられませんが……」
「あんたらを元の世界から連れ出したのももっと別な奴だぜ、多分」
「うむぅ……」
「考えてても煮詰まっちまうだけだろ、次行こうぜ次」
「とうふ屋の言うとおりだぜ、考えても分からんことにこだわってもしゃーねぇって」
「分かりました……しかし先程の……ブツブツ……」
よく考えたらこのエライさんが教祖みてーなもんなのか。
あのトリマキAとBのボスだもんな。
そりゃフツーな訳ねーわ。
「それにしてもこの廃墟、どこまで続いてるんかね。
それこそ山奥の廃墟まで続いてるとかあんのかどーか。
それにもう少し行くと麓の街が見えんだろ。
あっちはどんな状況なのか、見てみてえとこだがな」
「最初の話に戻りますが、まずは他に誰かいないかとか、食糧はあるのかとか、確認したいですね」
「食糧が見付かってもあんたは食えねーんだな」
「そこは何とかなるだろ」
「そんなもんなのか?」
「話せば長くなるがメシ、フロ、トイレが無くても大丈夫かもってちょっと思ってる」
「そ、それはやはり……」
「だから違うって、知らんけど。
しかし見渡す限りの廃墟だな……」
『お姉様ぁー』
「あ?」
「どうしました?」
『お姉様ぁー、分かぁい、させてくださぁーい』
「何だ? センセーさんの声が聞こえるんだが」
「私には何も聞こえませんが?」
「俺もだぜ」
『死ねば良いのにー』
へ?
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