〚長編〛幻影戦妃 alpha ver. draft - 2021.12.30 / 664,780字

12/14
前へ
/26ページ
次へ
12 ≫ * ◆ ◆ ◆  「オイ、そこにいんのか?」  「気のせいなのでは?」  うーむ……息子の嫁の声も聞こえた様な……  セリフもいつものやつだしな。  『お姉様ぁー?』  「オイ、ここだ、ここにいんぞ!」  ………  …  『お姉様ぁー?』  ……じっと待って様子を見てみっか。  ………  …  「あ、あの」  「どうやら気のせいだったみてーだ」  「そうか、気のせいか……」  多分違げーがな。  まず、向こうからこっちは見えてねえ。  それどころかただ単にさっきの声が再生されてるだけなんて可能性もある。  でなきゃ同じ言葉の繰り返しなんてある訳がねえ。  さっきまでのドタバタを知ってりゃ尚更だ。  『死ねば良いのにー』  はぁ、全くだぜ。  しかし火のねえところに煙は立たねえ。  声の正体が何であるにせよ……ここに来る前に起きた出来事と無関係ってことはねえ筈だ。  しかし何度見ても本当に見渡す限りの廃墟だな……  しかも……ここは俺が元いた町なんじゃねーのか?  さっきからエライさんもとうふ屋も雑談もそこそこにキョロキョロと周囲を眺めている。  「どうだ? ここは」  「玄関を通る前の町と同じ様でいてなおかつ違う様な……瓦礫の有り様を見ると確かに見覚えのある配置だと思えるのですが」  「今までいたあの町はあんたらが建設したモンなのか?」  「いえ、というか……私たちがあの国に転移……かどうかはわかりませんが……飛ばされて来たとき、既にあの町は今の体裁全てを整えていました」  「誰が作ったのかは不明、か」  「まさか地面から勝手にニョキニョキと生えてきた訳じゃねーだろ」  「ですが我々以外の先人が過去に訪れていたとして、あの様に様式が異なる建築物を一朝一夕に造ることなど出来る筈もありません」  「まあ転移じゃなくて召喚と考えりゃ辻褄が合うんじゃねーか?  要は住む場所を造った上で俺らを召喚した奴がいるんだろ?」  さっきから合いの手を入れるが如く口を出してるのはとうふ屋だ。  トリマキAとBは相変わらず後ろの方でヘコヘコしている。   「町を造るだと? んで召喚だ? 誰が? 何の為に?」  「聞いてんのは俺の方なんだけど!」  「だから知らねっつの! 何回言えば分かんだよ」  俺もとうふ屋と同意見だがコイツらは相変わらず俺がやったことだろって思ってんだよな。  『お姉様ぁー?』  あー、ハイハイ。  『!』  周囲の景色は俺が住んでた町を彷彿とさせるが、瓦礫を見てもここが俺ん家だったって思わせる様なモノは何も残ってねえ。  そりゃそーだ。キッチンの地下にあった構造物が地表に露出してんだもんな。  ボコッとか言って隆起してきたんかね?  それで俺ん家はバボーンとかいってふっ飛んだと……  うーむ……それにしちゃあ痕跡も何もねーよな。  ……ん? 何か地面に落ちてる?  瓦礫の隙間から覗くビニールの切れっ端。  それをつまみ上げると……  「オムツの袋……?」  何だこりゃ?  どっかから飛ばされて来たのか?  せめて遺影とか位牌なんかが見つかりゃなぁ。  「何でしょう? それ」  「ビニール袋の切れっ端だよ。見た目からして大人用オムツの袋だな」  「オムツ、ですか……?」  「どっからか知らんけど風か何かで飛ばされてきたんじゃねーかな」  「まあオムツじゃ腹は膨れねーわな」  「取り敢えず何かねーか探して回ろーぜ。日が暮れる前によ」  「最低限、雨風を凌ぐ寝ぐらくれーは見つけねーと」  おっと、一番使えそーなのを忘れてんな?  「寝ぐらならさっきの乗り物があんだろ」  「ああ、そうか」  「それではふた手に別れてしばらく見て回って、ここで落ち合いますか」  「良し、そうすっペ」  「すっぺ? 酸っぱい?」  「そーしよーぜってこった。班分けはエライさんに任せるわ」  このメンツだとエライさんとトリマキ二人の信者チーム三人と俺+とうふ屋かね。  ん?  何で全員こっち見てんの?  そして互いに目配せ?  「それでは、私たち三人が女神様のお供を致しましょう。  とうふ屋さんは一匹オオカミが性に合っていそうですからね」  へ? 何でそうなる?  「それでええんか?」  「ああ、良いぜ。おっしゃる通り一人の方が気が楽だしな」  と、とうふ屋が小声で耳打ちして来た。  『連中、俺があんたとタメ口で話してんのが気に食わねえってツラしてやがったからな、ガス抜きだガス抜き。  せいぜいお相手してやれよ』  えぇー!? 何じゃそりゃあ!?  『ま、頑張れや』  とうふ屋は手をヒラヒラさせながら離れて行った。  「さて、それでは参りますか。よろしくお願い致しますね」  あー、そのまんま行っちまう感じなのか。  「ちっと待てよ、集合時間くれー決めたら良いんじゃねーか……って時計がねーか」  そう言いながら半ば反射的に上着の内ポケットをガサゴソする。  「あ?」  ポケットには携帯があった。  取り出して見る。  “2042年5月11日(日) 9時01分”  へ? 何この日時——  「おい」  不意に声をかけられて振り向くと、そこにいたのは刑事さんだった。  「今までどこをほっつき歩いていた?  後ろの奴らは誰だ?  それにその格好は何だ?」  「刑事さんこそ、今までどこに?」  「何だ、その言葉遣いは」  「別に今まで通りでしょう?」  「何故いつもの様なタメ口じゃないんだ?  まさかその格好に合わせて畏まっている訳ではないだろう」  何だと? 俺は公権力にゃあとことんおもねる主義なんだぜ?  「誰だ? お前は」  「誰と言われても俺は俺なんすけど」  「ならいつから自分のことを“俺”と言うようになった?  言葉遣いがやけに丁寧になったかと思えば一人称が“俺”とか、馬鹿にするのもいい加減にしろよ?」  「は? そんなの……」  イヤ、どーも話が噛み合わねーな。  何だ。何が違う……?  『お姉様ぁー、そこにぃ、いるのですかぁー?』  ハイハイ……ってやっぱそのへんにいんのか……!  「お、おい」  「何です?」  「後ろ、後ろだ……」  「あの、我々のことでしょうか?」  「違う、あんたらじゃない! 何だよオイ、またかよォ!」  何ビビってんだ? またぞろゾンビでも出たってか? * ◇ ◇ ◇  周りに釣られて後ろを振り向くが、そこにいるのはエライさんにトリマキ二人だけだ。  「何だ、人騒がせな……」  「わーわーわー!」  「うるせえ! って今の刑事さんかい!」  呆れた俺は相変わらず何にビビってるか分からん刑事さんの脳天に思わず空手チョップをかました。  「ひぎぃ!? し、死むぅ……」  「あーすんませんした、すんませんしたってェ」  何でチョップ如きで死なにゃならんのだ……  それにしちゃあ俺を見る目が何か変だぜ。  「刑事さん、俺が誰なのか正しく認識出来てます?」  「誰ってオレを騙しやがった女子高生だろう」  あーあー、そう来たかぁ。  「違いますよ刑事さん。俺です俺、俺俺」  「この状況でオレオレ詐欺か」  「イヤ、だから俺はそこにあった家に住んでたおっさんだって」  「嘘をつけ。じゃあさっきから訳の分からんうなり声を上げながらお前の周りをウロウロしてるそのゾンビは何だ」  「ゾンビだ?」  『ゾンビだなんてぇ、失礼ですぅ』  一同でキョロキョロする。  当然、何も居ねえ。  まあ、声が聞こえたのは気のせいじゃなかったってことではあんのか。  もっとも、後ろの三人には何も聞こえとらんだろーがな。  それにしてもやっぱゾンビってのはセンセーさんのことなのか。  ……何でまたゾンビなんだ?  「刑事さん。そのゾンビってのが襲い掛かって来そうな気配はあるんですか?」  「いや、良く見たらあんたにくっついて回ってるだけっぽいな」  危険がねぇってことが分かった途端に饒舌になり始めたな。  さすが、刑事さんクオリティだぜ。  「俺にくっついてる? ああ、まあそうか。  俺には姿は見えないけど声はちゃんと日本語に聞こえてるんですがね」  「何!? 何と言っている?」  「ゾンビとは何を失礼なーとか言ってますよ」  さすがにここで“お姉様ぁー”は言えねえよな!  てか、よく考えたら刑事さんが言ってることは聞こえてんのかコレ。  「なあ、そこにいんのってやっぱセンセーさんなのか?」  『そうですよぉー』  「ウチの隣に住んでる?」  『はい、お隣さんですよぉー』  「刑事さん、どうです?」  「どうも何も相変わらず“グゲェ”とか“ア゙・ア゙ァー”とか意味の分からんうめき声しか聞こえんが。  しかしお隣さん、とは……?」  「お隣さんはお隣さんですよ。刑事さんが知ってる“お隣さん”に比べたら大分若いですがね」  「“お隣さん”……? じゃああんたはやはりここに住んでいた……しかしその姿は……?」  「しかしもカカシもないですよ。  刑事さん。鑑識さんがここに何かあるとか言ってたの、覚えてますか?」  「!? そいつはいつの話だ?」  この話に乗ってくるってことは……ここはやっぱ元の町なのか……?  後ろでは話について来れてない三人が不安そうにしている。  すっかり蚊帳の外だからしゃーないがちっとは構ってやらねえとな……  『あ、あの……私が“大分若い”って……いうのはぁ……』  そしてこの声……  もしかしてあのときの“言葉”、そしてその後の“スイッチ”の結果なのか……?  『死ねば良いのにー……』  じゃあさっきから聞こえてるコレは何なんだ?  刑事さん、ソッチは見えてねぇよな?  てか刑事さん以外の面々は今どこで何してんだろーな? * ◇ ◇ ◇  “どの刑事さんか”の確認をする方法、か……  うーむ。  「刑事さん、確認です。  怪しい二人組と一緒に家の前をうろついてましたよね?」  「? 何のことだ?」  知らねーか。てことは俺のクルマを盗んでった奴らとは絡んでねえ、と。  「なるほど……じゃあ、その後お隣さんに説教されたのは?」  「知らんな」  「警官が大勢で押し掛けて来て隣の旦那さんともみ合いになりましたね?」  「だから何の話だと言っている」  「その時俺は姿をくらましていました。だから直接は見ていません」  「オイ、聞いているのか!」  「ええ、聞いてますよ。  刑事さんの心当たりがある話が出るまで順番に聞きますので少しお付き合い願います」  「そんなことをして何の意味がある」  「いえ、こっちの話なんですがね。あなたがどの刑事さんなのかと思いまして」  「どの“俺”だ、だと? それはあの廃墟に絡む話なのか」  「ええ、そう考えてもらって良いです」  「今のこの有様もか。それにあんたが誰なのかってことについても……」  「ええ、そうですね。ある程度のことが分かれば有意義な情報交換が出来ると思いますよ」  なーんちってぇ。  『お姉様ぁ、格好良いですぅ』  「お、おい。そこのゾンビは大丈夫なんだろうな!?」  「もちろんですよ、刑事さん。ねえ、センセーさん」  『はぃ、お姉様ぁ! ぶ——』  「お、おい、今何かけしかけなかったか?」  「別に何も?」  てゆーか逆に俺が何かされそうなんですけど!  しかし何か面白くなってきたな?  「あ、あの……すみません……我々は何をすれば……」  おっとそうだった、この人らをこのまんま放置しとくのも考えもんだよな。  さて、どうすっか……  ボーッとさせんのももったいねぇしな。  「そうだな、このまま日が暮れちまうのももったいねえし、先に探索に出てもらった方が良いかもな」  「待て、探索とは何だ」  「俺たちはここの事情をよく知らないんですよ」  「さっきは“廃墟”絡みだと、そう言ったな?」  「ええ、件の廃墟については俺も関係者だと認識してますから」  「それを言うあんたが“ここの事情を知らない”だと?  ふざけるのも大概にしろ」  「あなた、黙って聞いていれば先ほどから何たる不敬ぇモガモガ……」  途中でトリマキAが狂信的なセリフと共に乱入して来たので口を押えてズルズルと引きずり、後ろに下がらせる。  これじゃあガス抜きどころの話じゃねーな。  「ややこしくなるからちっと外しててくれや。  あ、いや、時間がもったいねえし探索に出といてくれ。  落ち着いた頃合いに合流しようぜ」  「分かりました……それでは一時ほど後にここで」  「ああ、済まんけどまた後でな」  エライさんはトリマキ二人を無理矢理引きずって去って行った。  正直、“また後で”があるのかどうかも怪しいんだけどな。  それはそれ、これはこれだぜ。  「さて、待たせちまってすいませんね。  こっちとしても日が暮れる前に取っ掛かりくらいは掴みたいんでね」  「そうか、ならさっきの問いには答えてもらえるんだな?」  「ええ、俺って今ここの地下から出て来たばっかなんですよ。  それで状況がさっぱり分からないんですよね。  例えばこの周囲の有様、これが何なのかさっぱり分からないんです。  町の皆さんは避難済みなんでしょうか?」  「フン、そういうことか。  逆にお前が本当にここに住んでいたオッサンなのかどうか怪しくなって来たな」  「どういうことですか?」  「町の人たちは皆所定の避難先に移動済みだ。  そしてそのことは俺も“赤毛のオッサン”も承知していた筈だ。     あんたがその“赤毛のオッサン”だったとするとやはり整合性が合わない」  「しかし廃墟絡みだ、という話に関しては同意出来るという話でしたが?」  「そうだな、それであんたは何なんだ?  あの廃墟からあふれ出てきたアレと関係があるのか?」  「“アレ”? “廃墟からあふれ出してきた”?」  「何だ、しらばっくれようってのか?」  そうか……この刑事さんは俺の知らねえこの町や廃墟の状況を知ってるってことか。  この刑事さんは“空白の一日”に何があったのかを知ってる……  それはつまり、ここは“空白の一日”が存在した場所だ……そういうことになるのか。  『あっ、あっ、あっ、あなダぁ、さっきかラぁ、黙ってぇ、聞いていレばァ!』  「お、オイ! ソイツは安全じゃなかったのか、オイ!」  刑事さんがじりじりと後ずさる。  何だ?    「こ、この野郎!」  「オイ、何すんだ刑事さ——」  パン! パン! パン!  いきなり刑事さんが拳銃を抜いて発砲して来た。  『ア゙、あ、アぁーッ!』  「ひィィィー」  何このパントマイム!  効果音だけだとヤベー絵面感ハンパねーけど!  「あーあーセンセーさん?  俺は別に何も気にしてねーぞ?」  『ホンとウにぃ、でぇすゥかぁア゙ア゙……?』   「オイ、あ、あんた、コイツらは一体……」  刑事さんは腰砕けになってへたり込んでいる。  “コイツら”?  あーコレ、もしかしなくてもゾンビパニックになってんの?  「あー、コイツら?」  刑事さん、もの凄い勢いで首肯。  もはやヘドバンと言っても過言じゃねーな!  「何か……信者……的な?」  俺の渾身のアドリブにポカーンとする刑事さん。  センセーさん以外に誰がいんのかは知らんけどな!  もう一度携帯を取り出して確認する。  “2042年5月11日(日) 9時16分”  “新着メールあり”  今更思うんだけどこのスマホ、何でメールまわりだけガラケー仕様なんだろーな?  いや、色々と突っ込むとこが違うっつーのは分かってんだけどさぁ!  取り敢えず俺も落ち着かねーとだな。  「刑事さん、落ち着いて話しましょう。  昨日何があったのか、俺に教えてもらえませんか?」  『死ねば良いのにー』  「ヒィィ……」  あ、コレ駄目な奴じゃね? * ◇ ◇ ◇  「もしもし? あのーそこの方?」  「ヒィィ……」  「いや、刑事さんじゃなく……」  『死ねば良いのにー』  「つーか死ねば良いのにしか言えんのかいテメーはよ!」  『お、オネェ様あ゙』  「ま、待て、オネエって発音が不穏だぞ!?  てかさっき撃たれてたのはセンセーさんの方か。  オイ、大丈夫か?」  「大丈夫な訳がないだろう、これを見て何とも思わんのか!」  「イヤ、おたくには聞いてませんから!」  クソォ、どうすんだ……これじゃ話が進まねーぞ。  『あ、あァ゙……』  『死ねば良いの……にィ!』  ズバーン!  「ヒ、ヒィィ……!」  「今度は何スかァ!?」  「ぞ、ゾンビがゾンビを蹴り殺したァ!」  「解説どーもォ!?」  えーとォ、やっぱさっきから死ねば良いのにを連呼してる方も見えてたのか。  センセーさんはともかく、息子の嫁っぽいのはどっから湧いて出たんだ?  足クセが悪そーなのは以前いきなり襲いかかって来た奴と一緒か。  しかしセンセーさんといい、理性がロストしてそーなのは何なんだ?  つーかだ。  さっき刑事さんが発砲してたのだって大したダメージになってなさそうだったじゃねーか。  蹴り殺すとかあんのか?  いや、ゾンビが死ぬんかいなって話は別としてだけど。  「お、お、オイ……オイ!」  「こ、今度は何スかァ?」  また面倒ごとかいな。  こっちを指差してワナワナしている。  「刑事さん、さっきみたいに冷静に話し合いましょーよ」  「そんなこと言ってる場合じゃない!」  「今に限って言えば俺には特段変わった様には見えないんですが……その、ゾンビがゾンビを蹴り殺した、とは?」  「それはさっきの話だ!  オイ、何か知らんがビチャアってなってた奴がゴボゴボしてんだよォ!  大丈夫じゃねー奴だろ絶対によォ」  うわーなんか幼児に退行してね?  とはいえだ。  そこでゴボゴボしてるとかいう奴……  本当にゾンビなのか?  「それで、そのゾンビを蹴っ飛ばした方は?」  「え? あ、いない?」  「どっかに行っちまったってことですかね?」  「い、イヤ、そんなの分かる訳が……ヒィ」  「ゴボゴボしてる方は?」  「な、何かコッチ来たァ!?」  「応援とかは呼べないんですか?」  「む、無理だ、皆所定の避難所に避難したと言っただろう!」  「じゃあ、今この町にいるのは刑事さん一人だけってことなんですね?」  「ひ、ヒィィ!」  あー、そのゴボゴボとかいう奴を何とかしねーとおちおち話も聞けねーってか。  「ガ、ガガガガ……」  「こ、今度は何スかァ、ってコレ三回目なんですけど!」  「ガイコツだぁー!」  「ハイ、解説毎度どーもです!」  蹴り殺されたってゾンビはゴボゴボしてたって話を聞くと衝撃で爆散した感じになんのか……  コイツはショックの○ーだぜ……  肉が吹っ飛んで骨だけ復活とかマジホラーだな。  こいつばかりは目の前で目撃しちまった刑事さんに同情しちまうな。  「あの、センセーさん?」  『あ、あれ? お姉様!?』  お? 何かさっきよりも受け答えがマトモになってねーか?  「大丈夫なのか? 撃たれたり蹴られたり散々だっただろ?」  『いえ、私は……?』  「どうした?」  『……』  「オイ、どうした? 急に黙り込んじまって」  『……』  反応なし?  コレ刑事さん的にどんな感じなんだろーな?  「刑事さん?」  「……ハッ!? しまった、俺としたことが」    お、復活したか?  粗相はしてねーよな!?  「刑事さん、そのガイコツってのはどうなった?」  「いや、あ、あれ? いない?」  「消えたとか?」  「消えた……? そうか、これは何もかも夢だった、なるほどな……」  「いや、そんな一人で納得されても分からんから!」  ソレはさておきガイコツもいなくなったのか。  これもイキナリこつ然と消え失せた訳じゃねーよな?  まあ取り敢えず今は気にしてる場合じゃねーか。  誰かの仕業かどうかとかはさておき、刑事さんがまたビビリモードになる様なホライベが無ぇとも限らねぇからな。  「それで刑事さん、刑事さんは一人でここに?」  「ああ、元々は違ったんだがな」  「違った、とは?」  「あの廃墟で醜態を晒した俺は赤毛のおっさんの家まで連れて来られてそこで世話になった」  「俺もいたんですね?」  「あんた……まああんたが主張したとおりのあの赤毛のおっさんだったと仮定すると、そうだな」  「それがなぜ刑事さん一人だけに?」  「分からん。見送られて一旦帰宅した後、再び来てみたらもぬけの殻になっていたんだ」  「そこで俺らに出食わした、と」  「ああ、そうだな。しかしさっきのゾンビ共は……?」  「刑事さん、刑事さんがゾンビだって主張してるソレなんですがね、俺には日本語で何かを訴えてるように聞こえるんですよ」  「何だと?」  「見た目がゾンビなだけで実は人間だったりとか——」  『ねえ、さっきの大分若いってのは何の話なの?』  「! 誰だ!?」  突然の出来事だった。  急に空が眩しいほどの明るさになる。  『鑑識さん、俺が持ってた血塗れのノートを分析してたでしょう。  で、その血痕はニセモノだと』  誰だ……って“彼女”!?  まるで俺がしゃべってるみてーじゃねーかよ、オイ!  「オイ——」  ——!?   何だここは……廃墟じゃない!?  ど、どこだ!?  ……って家の前だ!?  「おっさんおっさん、良い加減にしないと膝カックンするッスよ?」  ここは地下に潜る前にいた町か……って何でコイツがいるんだ?  しかも遠巻きにこっち見てんのは“推定昨日”のギャラリー連中じゃねーか?  「ど、どうしたんスか?」  「な……アホ毛? こ、こ、今度は何スかァ!?」  「紛らわしいんでオイラのマネすんのやめてくださいッスよ?」  今の、何の前触れもなかったぞ!?  急過ぎんだろ!  一体何がきっかけだったんだ?  『あ、あの……』  『今日のところはお引き取りください』  『し、しかし……』  『皆様にはそれぞれに大事な役割があるのです……』  待て待て待て待て……これってさっき? の俺()の口から出たセリフだよな!?  コイツは声だけだよな!?  アホ毛の反応は全くねーし下手すっと俺しか聞こえてねーのか?  一体何がしてーんだ? てか誰の仕業だ?  せっかく刑事さんから色々と聞けんのかと思ったのによォ……  「全く、死ねば良いのにー」  えーと、もしかしたらだけど……  ホントは“汚物は消毒よー”とか言いてーのかな?  てか何でここにいるんだ?  玄関前に仁王立ちとか行かせねー気満々過ぎんだろ!  ……待てよ?  ここに息子の嫁がいるんならセンセーさんも近場にいんのか?   ここがあの町なら、どうにかして“もう一周”してみてぇとこだが…… * ◇ ◇ ◇  息子は今ここにいる嫁と孫を連れて昨日()まで家に遊びに来てた筈だ。  ここは息子に話を聞いてみるしかねーな。  ポケットから携帯を……って無えし!  仕方ねえな……  俺は回れ右してアホ毛の方に向き直る。  「なあおい」  「何スか?」  「息子に電話なんて出来たりすっか?」  「ああ、出来るッスよ、ハンズフリーッスよね」  「済まんけど頼むわ」  しかし何だってコイツもここにいるんだろーな。  刑事さんなんかもいたんだしオタの方もそのうちひょっこり姿を現すのか?  ……そういや定食屋はどうした?  直前まで一緒にいたよな。  「あ、ちょっと電話する前に良いか?」  「何スか?」  「定食屋はどうした?  さっきまでいただろ?」  「定食屋さんスか?  確か一旦戻るって言ってた筈ッスよね?」  「いつの話だ、それ」  「? いまさっきッスけど?」  あー……  「最後に定食屋に行ったのっていつだっけか?」  「えー……さっき警察署に行く前に行ったばっかじゃないッスか」  何だそれ……?  ガイコツだ何だって騒いでたあのアホ毛じゃねーにしても変だろ。  それにだ。  そのタイミングでの登場なら息子の嫁の方に何か思うところがあるんじゃねーのか?  それに鑑識さんが何か言おうとしていきなりワケワカな目に遭ったタイミングとも——  「そうか、了解。  にしてもハンズフリーなんて良く気の利いたこと思い付いたな」  「? そういうものじゃないんスか?」  「そうか? まあ頼むわ」  そうか、何か変だと思ったがあのときと似た様なシチュではあったのか?  何かを話そうとした途端に、か。  「繋がったッス。  繋がったッスけど何かおかしいッス」  『おかしいのはそちらですよ。  誰です? あなたは』  「用があるのはオイラじゃなくて赤毛のオッサンの方ッス」  『赤毛のオッサン?  イタズラ電話じゃないんですね?』  「取り敢えず本人と代わるっスよ」  『もしもし? 何ですか、今になって』  ん? 何だこれ。これが息子だ?  「今さらとは何でぇ、そりゃこっちのセリフだろ」  『じぃじ? じぃじなのー?』  『あ、こら』  「何だ、孫が近くにいんのか」  『孫? この子が、あなたの……?』  『じぃじーあのねあのねーおねえ……』  『あ、余計なこと言わないの!』  『……もごもご……んぅんぅー』  『おい、何やってんだ!』   『……ドスン……バタン』  オイ、何か揉めてねーか?  どういう状況だ?  「オイ、そっちで何してやがんだ?」  『な、何でもないですよ』  「何でそいつらと一緒にいんだよ。  てゆーか今どこにいんだ?  それに何を揉めてる?」  『な……あ……じ、じぃじ……?  お姉さん……? あのとき一体何が……?』  「オイ、答えらんねーのか?」  『あ、あの……そうだ……!  あれはどうなったんです? ほら、8日の』  8日……? “アレ”……?  何だっけ……分からん!  えぇい、テキトーに答えてやれ!  「何でぇ、それを探してんのか。  ならどこをしたって見つかんねーぜ」  『本当なのですか? その……』  「何でぇ、急に歯切れが悪くなりやがったな。  聞いてやっから話してみろっつってんだろ」  『あ、あの……あなたは、僕の母さんなのですか?』  「は? はあぁ!?」  『はあ? 何それ?』  オイ、その発想はなかったぞチキショーめ!  つーか結局“8日のアレ”はどーでも良いんかい!  何か息子もびっくりして呆れてっぞ?  イヤまあコイツも息子にゃあ違えねえけどさ。  ここは思いっ切り否定してやんのが筋って奴かね。  「んな訳ねーだろボケ!」  『は、はあ……それじゃあ……  まさかとは思いますがお()さんだったり……とか?』  「あー、もしかして当てずっぽ?」  『すみません、赤毛のおっさんだと言われて実際話しているのが聞き覚えのある女性だったものですから』  「女性?」  オイ、オメーもかよチキショーめ!  何なんだあの信者といいコイツといい……  「あのな、言っとくが俺はホントのホントに赤毛のオッサンだからな?  後ろにいる息子にも聞いてみろよ。  さっきオメーの反応見て呆れてたからな?」  『そ、そうなんですか?』  『何をどう間違ったらお母さんとかお祖母(・・)さんになるの?』  『え……え?』  『ですがその……あのときその……機会を与えてやると……』  『それは全部片付いた筈でしょう』  「全部?」  『……ほら、あなたの目の前の彼女が言っていたでしょう。7日の礼だと』  「何? 何だそれ? 8日じゃなくて7日だ?」  『父さん、真面目に考えない方が良いよ……ここは何かおかし——』  「オイ、どうした?」  『な、何でもありませんよ』  「オイ、コッチも状況が分かってねえんだ。  もーちっと協力的になってもらわねーと答えるもんも答えらんねーぞ?  “機会”ってのは何のことで、それが7日の話とどう関係するってんだ?」  『ま、待ってください、こちらだって混乱してるんです……』  「じゃあ息子と孫はどうした」  『息子? 誰の息子です?』  ? 何言ってんだこいつ?  それに“7日の礼”だ……?  7日といやぁ俺個人にとっての“空白の一日”だ。  それにだ。  “目の前の彼女が”、だと……?  つまり息子の嫁……いや、この女は両方と何か絡んでるってのか……しかも何の矛盾も感じさせずに……?  いや、コイツは認識の齟齬ってやつなのか?  「“7日の礼”ってのはその息子から聞いたん話なんだがな」  『え? アナタがですか?』  やっぱ変だぜ。  コイツは過去の記憶か何かなんじゃねーか?  それも俺の知らねえ……  「7日、7日か……」  「……一体誰とお話ししてるんですかー?」  そこで思わず洩らした言葉に反応したのは—— * ◇ ◇ ◇  「マジか……」  「ほ、ホラーッス!?」  「あのぉ、お姉様ぁ?」  『だ、誰ですか今のは』  「……」  ちなみに最初は俺で最後のは息子の嫁だぜ……  んで急に出て来たのはセンセーさん……だよな?  ゾンビだけど。  しかしビックリしたのはそこだけじゃねえ。  この人何で銃なんて持ってんの?  ……コレ、駐在さん()が持ってた奴じゃねーか?  じゃあ駐在さん()は?  そうだ、ワンコははいねーのか!?  「誰とぉ、お話してるんですかァ?」  「誰って息子……ぁ」  「ムスコぉ!?」  また随分とグイグイ来るな!  「お、おっさん、何スかこの人!  見た目よりも中身が怖いッスよ」  『父さん、知らない声が聞こえるけど誰かいるの?』  『あなたは黙ってて下さい!』  『じぃじー?』  『死ねば良いのにー』  『ああ、もう!』  「こっちでも想定外があったんだ、ちっとばかし待ってくれ」  『面倒ごとモゴモゴ……』  『父さん、こっちは何とかするから任せといて』  あークソ、またあちこちで色んな面倒ゴトが同時進行し始めたぞ。  「ムスコってぇ、お姉様のムスコさんですかァ?」  「あー養子だ養子、実の息子じゃねーし」  『えっ本当……モゴモゴ……』  『よし、縛っちゃえ!』  『や、やめ……ドタバタ……』  ナイスだムスコよって何か違和感が……何だろ。  つーか最後の“ァ”が怖えーんだけど!  こいつ絶対マトモじゃねーよな!  「お姉様ぁ?」  「何だよ、それしか言うことはねーのかよ」  おっと、心の声が漏れちまったぜ。  だがこれじゃあ本当に他のことがしゃべれねえみてーじゃねーか。  仮に俺が“死ね”と命じちまったあのときが分岐点ならもっと別なこと考えてた筈だよな?  それに登場人物やら何やら色々とおかしいしな。  それにしても息子と孫は今“どこ”にいるんだか。  などと考えごとをしてるうちにねーちゃん……じゃなかったセンセーさんが銃を構える。  「ちょ、悪かった。悪かったから銃を下げろ!」  「お姉様のぉ、バカぁ」  「イヤだから何でそーなる!?  オイ、待てってば! ステイ、ステイ!」  パン!  乾いた銃声が鳴り響くのと同時に、その銃弾が素人とは思えない正確さで俺の脳天に命中した。  あー……オラァとうとう死んぢまっただぁ——ってアレ?  恐る恐る目を開くと脳天に穴が空いたのはセンセーさんの方だった。  じゃあ今撃ったのは……誰だ?  『グゲェ……』  は……?  「死ねば良いのにー」  ビチャァ!  ドサッ。  「……えーと……何がどーなってんの?」  解説しよう!  頭を撃ち抜かれたセンセーさんは白目かつ犬歯むき出しの凶暴なおツラを晒しつつヨタヨタと近づいて来た。  そこに息子の嫁が豪快に回し蹴りを決めてセンセーさんのアタマは爆散、コントロールを失った胴体がバタリと倒れたんだぜ。  ちなみに息子の嫁は銃を持ってねーし射撃体制を取るそぶりも見せなかったから、狙撃したのが誰なのかはやっぱ分かんねーぜ!  コレ何かまだジタバタしてっけど大丈夫なんかね?  まあそれでさっきの質問になる訳なのだ!  汚物を消毒どころの話じゃねーなコレ。  「お義父さん、とうとうボケちゃったんですねー、はぁ……」  「オメー前にここでオタ野郎を蹴り殺した奴か?」  「オタ野郎なんて言われても誰のことかなんて分かる訳がないじゃないですか、本当に極まった感じのボケ具合ねー」  「ホラ、“ほにゃららっす”ってな感じでしゃべる奴だよ」  「へ? 奴がどこにいるッスか?」  「いるでしょー」  「何だ、俺には見えねーけどその辺にいるとかそういう話じゃねーだろーな?」  「アナタよアナター」  「へ? オイラ?」  「はぁ……これはもう本格的にダメかも分からない感じだわー」  「んな事より今のビチャァについて何か説明することはねーのかよ!」  「自分がしでかしたことに何を言うのかしらー、本当に」  「へ? 俺が?」  『と、父さん。何かそっちからうちの嫁の声がするんだけど』  「あん? スマン面倒ごとを——」  『それで、その人は誰なのかしらー?』  「え——!?」  そのとき、トン……と何かが背中に軽く触れる感触。  誰だ——  そう思った瞬間、周りが一瞬——コンマ一ミリ秒に満たない、ほんの一瞬の間——真っ白になる。  そして遠くで何かが割れる様な乾いた音。    ——アレ?  あっちにもこっちにも息子の嫁が——いない!?  いなくなった!?  「あ、アレ? どこ行った!?」  「何がッスか?」  「何って息子の嫁だよ」  「それなら電話の向こうにいるッスよね?」  「そ、それはそうだがこっちにもだな……それに銃声が……」  ……?  センセーさんもいねえ!?  「おっさん、何キョロキョロしてるんスか?  アタマ大丈夫ッスか?」  『お義父さん、ついにアタマがお倒産しちゃったのかしらー』  『わーいわーい』  『父さん、後で悔しく……じゃなかった詳しく』  「お、おう」  何だ……何なんだ……?  「あ、おっさんおっさん」  「今度は何だよ」  「背中に貼り紙があるッスよ?」  「へ?」  ベリッ。  「これッス」  “メール来たらすぐに嫁やこのゾンビおじさんめぇ!!!”  「何だそれぇ……?」  えーと……  今ってそもそも何のために何の話してたんだっけ……?  「なあ、今そっちでも何かあったよな?」  『え? 何かって何?』  「え? えーと……」  『父さん、本当に大丈夫か? もう一回そっちに行こうか?』  『ちょっと明日はお仕事なのよー。  お仕事さぼったらお倒産なのよー』  『お倒産だよー』  『あ、ああ、そうだね……』  辺りを見ると遠巻きにこちらを観察する数人のギャラリー。  それに訳が分かってねえという風の顔でキョトンするアホ毛。  ……コレ、俺の字だよな。  今……誰に何をされた……?  理由も分からねえし……  分からねえ……何もかも分からねえ……  「クッソぉ、何なんだチキショー!」  『わっ!? ビックリした!』  『チキショーって何?』  『お義父さん、急に変なこと口走らないでほしいわー。  うちの子が覚えちゃうでしょー、全く、死ねば良いのにー』  『しねばいいのにー!』  「お、おう」  そっちは良いんかい!  ってまず確認しねーとな、と思いポケットをガサゴソ。  案の定、携帯は無かった。 * ◆ ◆ ◆  いつの間にか違う場所にいる。  またコレだ。  携帯がねえってことはまだ作りモンの場所にいるってことだよな。  あのギャラリーの皆さんは一緒に来たのか、はたまた元からいたのか……?  加えて何かがピカっと光った……?  あの光は何だ?  確か息子がBBQをやってたときもピカっと光って嫁とBBQが消えたとか何とか言ってたよな。  そして遠くで鳴ってたあの音……  で、この貼り紙だ。  携帯ねーのが分かっててメール見ろとか理不尽じゃね?  つーか携帯が無ぇ状況になるのが分かってて、それで急いでメールした?  急いでんならそんなまどろっこしいマネなんてしてねーでフツーに電話掛けたら良いだろーに……やっぱ理不尽じゃね?  「コレ、いつからあった?」  「さあ? 気が付いたらあったッス」  「他には?」  「イヤ、不思議だなあとか思わねーの?」  「そうッスね、今さらじゃないッスか?」  「だからそうじゃなくてなあ、何かこう……でかい騒音がしたとか辺りが明るくなったとか」  「ナントカとの遭遇的な何かってことッスか?」  「あーそんな感じだな、ってよく知ってんなソレ。  でさ、誰が貼ったかとか見てねーの?」  「さあ? 気が付いたら出現してたッス」  「それだけ?」  「それだけッスね」  「うーむ……」  あそこでコソコソしてるギャラリーの皆さんから見たらどーだったんだろーな?  「おーいそこの人たちー、ちょっと良いですかぁー!」  何かお互いに顔を見合わせてるな……  『声かけられたのオメーだろ?』  『ちげーよ、オメーが行けよ』  『いや、オメーだろ』  てな感じか……ムダに日本人ぽいところがまた何とも言えねーぜ。  うし、ここはいっちょフットワークを発揮してコッチから行ってやるとすっか。  『父さん父さん』  おっと、まだ繋がってたか。  「おう、放置しちまって悪ィな」  『それよりさ、用件をまだ聞いてないんだけど』  「あー何だ、その……状況が変わった」  『変わった?』  「うーん、やっぱ変わったことを認識出来てねーのか」  『その言いっぷりからすると俺の方でも何かあった感じなのか』  「あったって言うか現在進行形で起きてた面倒事がイキナリ消えて無くなった」  『面倒事……?』  「えーと……何て言えば良いんだ……ああ、そうだ。  “8日のアレはどうなった”……奴はそう言ってたな」  『“8日”……? そうか……彼が……しかし奴呼ばわりか』  「それとな、ここにゾンビがいてオメーんとこの嫁さんもいた」  『嫁なら目の前にいるけど?』  『何かしらー、死ぬのかしらー』  『……とまあさっきからこんな感じだけど』  「まあ聞け。そのゾンビをオメーの嫁さんがだな……」  アレ? 待てよ?  その前に何か重大な出来事があったよな……  何だっけ……?  ま、取り敢えず良いか……  『父さん?』  『お倒産かしらー』  「おっさんおっさん、何かワイワイしてた人の中からひとりこっちに向かって来てるッスよ?」  『あっちの人たち?』  「えーと……“原住民”的な……?」  『何それ……そして何故に疑問形……?』  「いや何だその……あークソ、説明しづれーなぁ」  そう話す間に目の前まで来たオバハンが話しかけて来る。  昨日()もいた人だな?  「あの、ぶしつけながら……  あなた様は昨日こちらの廃屋に踏み入られたお方……でございますでしょうか……」  『何だい、今の。父さんもしかしてエライ人だったの?』  「ま、まあ黙って聞いてろや」  『分かったよ、何だか分からないけど』  「ああ、スマンね」  「……あの?」  面倒臭ぇがこっからは調子合わせてかねーとなぁ……  「ああ、失礼しました。  そうですね、“お巡りさん”と、“先生”も一緒でしたよ」  「やはりそうでしたか。先ほど何かお声がけいただいた様子でしたので……」  さっきまでオメーが行けよ、イヤオメーだろとか言い合ってたクセしてよー言うわ。  まああとはとうふ屋とかエライさんらに関してどこまで分かってるかだな。  「いえね、先程まで遠巻きにこちらをご覧になられていたでしょう」  ハズレくじ引いたアンタは以外は未だにコソコソしてる訳だが。  何が怖くてコソコソしてんのかは知らんけど!  「あ、ええ……まあ……あの、それでなんですが」  はよ言えや!  「何でしょうか?」  「あなた様は先ほどからそこにいる異形の者どもと何か会話を交わしておられるご様子……」  へ……?  おっとイカンイカン。  「それが何か?」  「廃屋の入口の番をしているそこの怪物が……懇願する“先生”の頭を吹き飛ばしたのは……あなた様のご指示なのでしょうか……」  へ?  何言ってんのコイツ?  「見れば“先生”以外の方々の姿が見えませんが……」  「ええ、ここにはいませんよ」  「ではどちらに」  どこって言われてもなあ……  「そうですね、遠いところです。とても」  「遠いところ、ですか。  それで彼らはその場所で健やかにしているのでしょうか」  健やかって何だよ健やかって……逆に怖えーよ!  「ええ、彼らは元気にしていますよ」  「そこに倒れて伏している“先生”以外は、ですか……」  つーか遠いとこっていやあコロコロしちまったぜぃって隠語だよな。  ぐえぇ……失敗しちまったぜぇ……  コレじゃあアノ世で元気にしてますぜーとしか聞こえねーよな!  何にせよ情報がほしいぜ……  「あなた方はずっとそこで待っていたのですか?  とうふ屋さんたちが後から来られましたが」  「はい、あなた様の言いつけ通り、日を改めて彼らと共に」  「では……見ていたでしょう、私たちが出てくるところを」  「あ、あの……」  「何でもご相談下さって結構なのですよ?」   我ながらうさん臭さMAXだぜぃ!  「あなた様のおっしゃられる、私どもの“お役目”とは……」  ……えーと……そんな話したっけか?  サッパリワカリマセンネー!  「それにその……あなた様はやはり……じゃ、邪神の使徒なのでしょうかァ!」  えぇ……何でそーなるんだよォ……  『プッ……ククク……どうするんですか教祖サマ?  教祖サマァー……ププッ』  コラ! そこ、笑わない! * ◇ ◇ ◇  「教組様言うな!」  『いや、でもさあ』  「あ、あの……“教祖様”……とは……?」  「コチラの方々が混乱するからちっと黙ってろ」  『あーうん、分かったよ、プッ、ククク……』  クッソぉ絶対俺の羞恥プレイを楽しんでるだろコイツめぇ……  「その……もしや邪神教の教祖とか!?」  「違います!」  何その不穏な宗教!  どーにかしてこっちのペースに持ち込まねーとな。  「あの、邪神など身に覚えの無いことなのですが、あなた方の目にはこちらの方が異形の怪物に映っているのですか?」  そう言ってアホ毛の方を一瞥する。  当のアホ毛本人はハテナ? って顔だ。  「!……は、はい。  その……そちらの方、ということは……?」  「ええ、この方は人間ですよ」  「何と……では、先ほど“先生”を惨殺したそこの怪物は……」  なぬ!?  俺が見えてねーだけって話なのか?  アホ毛はどーだ……ってアイコンタクトする素振りも見せねーし。  まあヤツにそういう空気読んだ動きを期待する方がアレか。  「その者がまだここにいると?  今は既にどこかへと姿をくらましたものと思っていましたが。  ああ、それとその者も私の目には人間に映っていました」  良い加減お上品トークも疲れんぜ。  まあ仕方ねえっちゃ仕方ねぇが。  「あの、あなた様のお知り合いではないのですか?」  「私の友人と同じ顔をしていましたが、中身は異なる人物であった様です。  二、三言葉を交わしたのでほぼ確信に近いですね」  「では、そちらの……方? は……?」  「こちらの方は私の友人です。間違いありません」  「では、私どもへの害意は……」  「もちろん、ありませんよ」  な! とアホ毛の方を見る。  「あははは、何かおかしいッスよねー」  『頭おかしくなっちゃたかと思ったよ、あははははは』  オイ、テメーら他人が苦労してひと芝居打ってる横で何談笑しちゃってんの?  つーか息子も空気読めてねーのかよ!  「あの……?」  「あはは……まあ、自由な性格の方なんですよ」  「何をお話になっていたのかは存じ上げないのですが、彼らの言葉がお分かりになるのですね」  え、そーなの?  警戒して損した?  つーかそんなヤツらと話してた俺の言葉って何語に聞こえてたんだんだろーな?  「あの、彼らの言葉……というのは?  私には普通の日本語に聞こえていましたが」  「赤黒いスライムがゴボゴボと音を立てている様にしか見えませんが……」  「スライム?」  何そのファンタジー……って今さらか。  しかし赤黒いスライムだ?  ……さっきのアホ毛の話、いつの時点まで俺の記憶と一致してたっけか——うーむ……  ——認識の齟齬、それだけでは済まされねえ何かがあるって話なのか……?  いやしかし、まさかな……  ✕印の件にしてもそうだが、事実だったにしても時系列がメチャクチャだ。  一体どういうことなんだ?  この人らにそれを聞いてもまず分からんだろーがなぁ……  「あの?」  「ああ、すみません。ちょっと考えごとを」  「はあ? それはどういった……?」  「お巡りさんとセンセーさんのことです」  「昨日のお話では親しい者との別れを済ませてから来る様に、とおっしゃられていましたが……その……“お巡りさん”もやはり……?」  「私は中で彼らとはぐれてしまいました。  それからどうなったかは分かりません。本当ですよ」  「では無事である可能性も……?」  「ええ、ただ……」  コレ言って良いんかね?  まあ正直なとこをぶちまけといた方が後腐れもねーだろーしな。  「ただ、無事だったとしてもここで再び会えるか……それは分かりませんよ」  「それは……」  「ええ、あなた方は既に身を持ってご経験されていると思いますが、こことは別な場所にひとり飛ばされ途方に暮れているかも知れません。  そういうことです」  「あの……それはあなた様がそのお力を持って行われたことでは……?」  「違いますよ、言うなれば事故の様なものです。  私も既に何度となく経験しています。  再びここに戻ったことだって奇跡としか言い様がありませんから」  「再び、ということは……」  「ええ、一度別な場所に飛ばされて、そちらでも今の様な騒動に巻き込まれました」  「こちらに戻られたのは……」  「偶然ですよ。言ったでしょう、私は別に特別な存在ではありません。  あなた方と同じで、無力な一個人に過ぎません」  「しかしそのお姿は……あ!  あの、今気付いたのですが、羽根飾りは……」  「ああ、今はお巡りさんがお持ちだと思います」  そうだ、自分じゃ分からねえが俺は羽根飾りを持ってるってことになってたんだよな。  コイツも情報開示しといた方が良いのか……?  この人らは何らかの当事者ではあるみてーだしな。  「あれは扉を開けるキーになっていますから、然るべき者と合流出来れば役に立つこともあるかと」  「然るべき者とは……?」  「赤毛の一族の者ですよ」  誰かさんから聞いた話のウケウリだけどな!  「あなた様がそれを行使されたと」  「一緒に中に入ったときに少し」  「何と……それではやはりあなた様は無力な一般人などではないのではありませんか」  「彼も学院の制服とばかり思っていた様ですが」  「あれは女神様の像が手にしていた羽根飾りを模して作られたものですから」  「本物があるとは思っていなかったと?」  「何分こちらに来てから平穏な生活が続いておりましたもので」  うむ……話が見えん。  何がどーなってそういう結論になるんだ?  髭面をした定食屋が話していた場所と仮定するとしっくり来るが、果たしてどうだか。  「以前は違っていたと?」  「え、ええ。何しろ常に外敵の脅威に晒され明日をも知れぬ暮らしでしたので」  「つまり?」  「? その、女神様に祈りを捧げ、羽根飾りの力で神罰を……」  えぇ……何だその物騒なのは……  「しかし近頃は異形の者共の脅威を忘れ、日々の祈りを忘れる者も出る始末……」  「その……危険と隣り合わせなのはここでも同じなのではありませんか?」  「ええ、今のお話を聞いて気付かされました。  外敵の脅威は“見えていなかっただけ”だったと」  中に入った後も何回か“移動”っぽい感覚はあった。  あのワンコが良いリトマス試験紙になったから分かった様なもんだったけど。  「それでその“脅威”についてなのですが」  ぼちぼちこっちから聞いても良いだろ。良いよな!  「これが何だか分かりますか?」  俺はポケットからさっきの紙を取り出して尋ねる。  いつの間にか背中に貼られてたアレだ。  脅威とか言ってゾンビおじさんとか書いた紙見せられてもウケるだけだろーけどな。  「こ、これは……!」  ……と思ったら何か素直にビックリしてるし。  「私の背中にこれを貼り付けて逃げた不届き者がいるのですが、何か見ていませんでしたか?」  「しかし、これは明らかに私どもへの揺さぶりです」  「見てはいない?」  「はい。しかし一体誰がこんなことを……!」  何? そんなマジメなことなんて書いてあったか?  そう思いもう一度紙を見る。  “女神像はとうの昔に塔と共に破壊された。  この者はあなた方が生み出した幻である”  何だコレ? コイツは確かに“いつ、誰が”って事案だな。  しかも何か口調が偉そーだ。  意識高い系か?  取り敢えずこんなモンは笑い飛ばしとけば良いだろ。  「あははははは……は……?」  「……?」  「何かこっち見てるッスけど……?」  『何? さっきの漫才はもう終わったの?』  アレ? 逆に困惑してる?  何でアホ毛と俺を交互に見てるの?  マジで何やねん。 * ◇ ◇ ◇  『父さん、今のって結局何だったの?』  「いや、まだ終わってねーし!」  「あ、あの……」  「ほら、周りが混乱すんだろ。話がつくまで聞いててくれや」  『分からないけど分かったよ。これ二回目だからね』  「すまねえ」  まあ、分かるように話せたらそうすっか。  俺が分かってねーから無理だと思うけどな!  「はい、というかどうかしたんですか?」  「すみません、今までここに女神様にそっくりな女性がいらっしゃった筈なのですが……  それに不気味な赤黒いスライムも急に……」  ん? コレ、見た目が戻った感じなんか?  つーかこれだけの情報じゃあ何がどう変わってるのかも分からねーな。  この人らはもっと分かってねーんだろーけどな!  「えーと……俺はずっとここにいましたしあなた方もずっとここにいましたよ?」  おっと、“俺”……で良かったんだよな……?  「えーと……」  「えーと……?」  クッソぉ何か気まずいぜ!  ……良し!  「その女神様って“誰”なんですか?」  「あの……女神様ではなくて女神様にそっくりな女性なんですが」  「ああすみません、お話をよく聞いてませんでした、ははは」  「ははは……」  「………」  「……」  クッソぉますます気まずくなっちまったぜ!  「あの、ここはどこなんでしょうか」  「どこ、と言われましてもね……俺も分からないですし」  「しかし、あなたなのではないのですか?  私どもにかけられた幻術を解いてくださったのは」  「え、別に俺は何も……」  「しかしその紙に書いてある紋様を目にした瞬間、私どもは正気に戻ったのです」  「正気に……?」  「はい、まんまと邪神の手先にしてやられるところでした!」  「えぇ!?」  俺がビックリする間も無くオバハンが血走らせた目ん玉をくわっと見開いて叫んだ。  「これぞ・まさしく・女神様のお力・なのですゥ!」  さらに目玉を血走らせてクワッとする。  しかもアゴが外れるほどでかい口を開けての叫び具合。  ちょっとこのオバハン怖えーんだけどォ!  どーなってんだ、オイ!  『やっぱ何か面白そうなことになってるな!  有休取ってもう一回行くか!』  「来んでえーわ!」  『お義父さん? お布施はきっちり集めてくださいねー?』  「だから教祖サマじゃねぇっちゅーに!」  『じぃじばっかりずるーい』  何がどうズルいんじゃい!  つーかもー良いだろコレ!  「アナタ様はさぞかしご高名なァ——」  「ちょ、ちょっと待ったァ!!」  「はい?」  「マジで俺は何も知らない一般人なの!  女神様とか邪神とか一切知らねーから!」  『えぇーうそだぁー』  「そこ! 余計なツッコミはいらん!  つか黙ってろっちゅーに! 何回言わせんだ!」  「あ、あの……先程からそちらの方から複数の方の話し声が……」  「あーコレは電話ですよ、この人にかけてもらってハンズフリーにしてるだけなんで」  「でんわ? はんずふりー?」  「おいおい……“ハンズフリー”はともかく“電話”も知らねーだァ? まあ良いか……  電話ってのは遠くの人と話をする機械で、ハンズフリーってのは……難しいな……」  「普通は自分と相手の二人しか話せないのをみんなで話せる様にする機能ッス!」  「クソッ何か悔しい!」  「ああ、なるほど。それは便利ですねえ……って話は戻りますが」  「俺はしがない一般人のオッサンです」  「しかし貴方の髪の色を見るとですねぇ!」  「近い、オバハン、近いって!」  「誰がオバハンですか失礼なァ」  「“電話”は知らねぇクセして“オバハン”は分かるんかいな!  何じゃそりゃァ!」  「ちょっと二人とも結局何がしたいんスかぁ!?」  「邪神です!  邪神が私どもをだまして仲間を迷宮の餌食にしたのでしょう!  それをお救いくださったのがあなた様なのですゥ!」  「だーっ、また振り出しかよ!  結局あんたらは何がしてーんだ!」  「この“世界”がどこにあるどんな場所なのかは分かりませんが、私どもとずっと争って来た……あ……」  「争って来た? 何だ、続きはどうした?」  「おっさんおっさん、完全に素に戻ってるけど良いんスか?」  「もう構わねーだろ、もう尊重する気もねえしな」  『酷い! さすが!』  「嬉しそうに言うなっつーの」  「あばばばばぁー、みょみょーん」  !? 何だ?  「オイ!」  『何? 今の』  後ろのギャラリーどももいつの間にかいなくなってる!?  逃げた?  ならそもそも何で逃げる必要があるんだ?  「わっ!」  「わっ! 何だよ急に!  遂にアタマがおかしくなったか?  いや、それは元々か」  「おっさん、今に始まったことじゃないけど今さっき初めて会った人に対してそれは無いッス!」  『仕方が無いよ、父さんは常識が無いから』  「クッソオメーの方がひでーよ!」  「あの、きゅ、急に、失礼しましたぁ」  「どうしたんだよ急に。変な叫び声出したりしてよ」  「奇声?」  『あーあ、もう完全にタメ口かぁ』  「ああ、今話してて急に奇声を発しただろ、そんでいきなり“わっ!”とか言い出すからよ」  「あのぉ……すみません、お隣さんにご挨拶をと思いまして……」  「“お隣さん”?」  「あ、はい。今度お宅の隣に引っ越して来ることになりまして」  何だと?  それじゃあ……  「じゃあ立ち話も何だし家に上がってって下さいよ」  「ああ、ありがとうございます。  それではお言葉に甘えて」  「オメーも来て良いぞ、息子の方が良けりゃあ通話もそのままでさ」  『ああ、大丈夫だよ』  「元々おっさんの家に用事があって来たッス、問題無いッス」  あーそういやそーだったな。    元“センセー”さん、コイツは相変わらず家の前に転がっている。  頭が弾け飛んだときのビチャァもそのままだ。  端的に言って気持ち悪ィぜ……  じゃあこのオバハンは何なんだ?  完全に今まで誰と話してたか……それどころか自分が誰かさえ誤認してる感じじゃねーか?  それにこのゾンビビチャァもまるで見えてねえみてーだ。  そんな奴が新しい“お隣さん”で、さっきまで“迷宮だ”みてーなことを言ってた場所に“お邪魔します”だと……? * ◇ ◇ ◇  ガチャ。  「お邪魔します」  「……」  入ったら廃墟が広がってた、なんてことになったらさすがに驚くよな?  「どうしました?」  「いえ、何でも……それでどうですか? この家」  「ステキなお家ですね」  「ははは、お世辞でも嬉しいですよ」  「お世辞だなんて、本当の事ですよ」  「おほほ」  「あはは」  『タメ口はやめたんだ?』  「そりゃあ、な。あはは」  「おほほ」  「あはは」  ……何なんだこの会話はよォ!  つーかさっきのオバハンとは別人だよな?  引っ越しの挨拶しに来たとか流れ的に全然突拍子もねえ話だし。  「どうぞ上がって下さい」  「それでは失礼して」  「オイラも良いッスか?」  「おう、モチロンだぜ」  『良かった、状況が分からなくてさ』  「オイラもだから大丈夫ッスよ」  取り敢えずリビングに案内……っとそーいやお茶っ葉とかねーよな。  そもそもお湯沸かしたりなんて出来んのか?  「ちっとばかし待ってて下さいね。  何か無いか探して来ます。何せ久々の自宅なもんで」  「あ、いえ。お構いなく。それにしても久々、ですか」  『久々?』  「そこは突っ込まねーでくれ」  「はい?」  「あ、イヤあこっちの話ですよ、あはは」  「そうですか、おほほほほ」  「あははははは」  『何この会話?』  「オイラにも分からないッス」  「そうだな、あははははは」  「おほほほほほ」  という訳で……意味の分からない会話を適当に続けながらリビングを後にする。  屋内の様子はさっきと変わらんけど“駐在さん()”とか“センセーさん”がいたらまた違ってたのかね、この眺めは。  キッチンに着くと床下収納の蓋が開けっ放しになっていて、梅酒なんかのビンがそこらに並べられていた。  ビンの中はもちろん干上がって真っ黒だぜ。  取り敢えず蛇口をひねってみる。  ゴボゴボと音を立てて茶色い水が出た。  てことはさっきまでいた場所に戻って来た……のか?  「オイ……まだそこにいんのか?」  リビングに響かない程度の小声で呼びかけてみる。  「……」  まあ返事があったとしても俺には認識出来ねーか。  んなことより今はお茶だお茶。  うーん……茶色の水道水を麦茶ですとか言って渡してもうまいうまい言いながら笑顔で飲み干したりしてな。  やってみてーけどそんな勇気ねーんだぜ。  冷蔵庫の中を改めて確認……電気も水道も来てんのが信じられんな。  フツーに冷えてるが、中のもんは皆ダメか……  キレイに掃除されてる割には何年も使ってなかった風だし一体何なんだ……?  「俺またここに入りたいんだけどさー、お手て繋いで入ってくれる人誰かいねーかなぁ?」  ……ダメか。  ワンコはどこ行ったんだ? 帰ったのか?  まあ後で見に行ってみっか。  キッチンはダメだな。  一応納戸も探してみっか。  ペットの水とか無かったっけかな……  水は……? 箱を開けた跡がある?  何本か無くなってるけど誰かが持ち出したのか……誰がだ?  消費期限は……2043年7月?  余裕で飲める……よな?  仮に飲めたとして、ここは時間の経過やら何やらがあって飯も必要ならトイレにも行かなきゃならねえってことになるよな。  それはそれで厄介だぜ。  ここにいるんなら暮らしていかなきゃならねえ。  俺のクルマはどこだ?  買い物はどうする?  最初にこっち側に飛ばされたときは妙な感覚と、どっかからインストール——と言っちまって良いのか分からんが——インストールされた知識を植え付けられた感じがあった。  だが今はそれがねえ。  その辺の話もしてみる必要があんのか……ならゾンビの始末はどうする?  それに……そうして基盤を築いてもまた何かの拍子にどっかに飛ばされちまうのか?  今までもそうだったが何だってこんなメチャクチャが起きるんだろーな?  俺の周りだけ?  いや、刑事さんも似たようなことを言ってたし、アホ毛の野郎も以前似た様な経験をしたとか言ってたしな……  まあ考えても仕方がねえ。  まずはリビングに戻るとすっか。  ………  …  『オーイ……アレ?』   ………  …  「遅くなった、申し訳ない」  「あ、いえ、本当にお構いなく」  『ウンコだな』  「間違いないッスね」  「違げーよ! 外野は黙ってやがれ……で、こんなもんしかなかったんですがね。  多分飲めると思うんですが。  消費期限は2043年7月って書いてありますし問題無いと思うんですけど」  「2043年……? それは何の暦ですか?」  「西暦ですけど……ナルホド、知らないと」  「ええ、申し訳ありません不勉強なもので」  俺と同じで事前知識がねえ……?  言葉が分かんのはこっち側……いや、西暦が分からねえって言ってる時点でそれはねえ。  まあ聞くしかねーか。  『父さん、ちょっと良いかい?』  「あん? 何だ?」  『客観的に見ての話なんだけどさ、そっちの様子が急にドタバタし出すのって決まって父さんが誰かと何かを話してる最中な気がするんだよね』  「そりゃー誰かと何かを話すくれー誰だってすんだろ」  『あー、そういうことじゃなくてさ、父さんが何か相手から引き出そうと質問したときとか、そういうのが多い気がするんだよ』  「つまりは俺のせいだと?」  『有り体に言って、そうだね』  「思った通りッス!」  「嘘つけ!」  「あ、あのォ……」  「おっとスイマセンね、こっちの話で盛り上がっちゃって」  「ああ、いえいえ、押し掛けたのはこちらですから」  「いや、そんなことないですよ。  それで、この町にはどちらから?」  「はい、主人がふもとの街の病院に……」  「ふもとの街?」  「はい。仕事中の事故で少々体を痛めまして、療養のために」  「それならふもとの町に住んだ方が——」  『はいストーップ!』  「何だよ藪から棒によォ!」  『そもそも論はダメ! はい続けてェ!』  「だー面倒臭ぇ」  『実験だよ実験、面倒臭いのが嫌なんだろ?』  「オメー今どこにいんの?」  『自分ちだけど?』  「昨日? 俺ん家来てたよな?」  『また行ってみようか?』  「おう、それだそれ。出来るもんならだけどな」  「奥さんが良いって言わないんじゃないッスか?」  『大丈夫大丈夫、昨日から出掛けてるし』  「へ?」  「へ?」  『何?』  「あ、あのォ……」  あのォ……何!? * ◇ ◇ ◇  「その主人なのですが、退院したらこの町の派出所に勤務することになっておりまして」  「ああナルホド、分かりました」  『何が分かったの?』  「ああ、コッチの話だぜ。今の調子ならオメーに止められる案件だな」  『なるほど』  今はお巡りさん()もいねえ? その補充? まさかなあ……  まあそこまでは分からんか。  しかし息子の嫁が昨日からいねえってのはおかしいだろ。  どういうことだ?  「あの、先程から何を?』  『ああ、すみません。僕はそのおっさんの息子です』  「プッ……ボクって何だよ」  『はじめましてなんだから多少はかしこまるだろ』  「俺で良いだろ、別によ」  「あの、仲がよろしいんですね」  「ははは、まあ」  「血が繋がってないけど本当の親子みたいッスよ」  「まあ、それは素敵ですね」  『くっ……何か恥ずかしいな』  「この反応は滅多に見れないッスね、ありがとうッス」  「あの、そういうあなたもご家族なんですか?」  「いえ、たまたま一緒にいた知り合いです」  「その割には仲が良さそうですね……それでその、先ほどから息子さんの声だけが聞こえてお姿がどこにも見えないのですが、今どちらに?」  「ああ、そうか。息子は今自宅にいますよ。声だけ聞こえるのはコイツに電話で中継してもらってるからですね」  「中継?」  「えぇと……“電話”、というモノのは知ってますよね?」  「いえ、不勉強なもので」  何回説明すりゃえーんじゃコレ……  「えぇとですね……」  「『あの、お構いなく……どうせすぐ忘れることですし』」  「あ? ああ、そうか……ですか?」  どうせすぐ忘れる? どういうことだ?  「あの、今のはどういった……?」  「今の、といいますと?」  「おっさんおっさん、今のおかしいッスよ!」  「おかしい?」  『はい、ストーップ!』  「今度は何だよ!」  『今度はじゃなくて今度も、だよ』  「だから何だっつーんだ?」  『良いから、細かいことは気にしない!』  「気になることは気になんだろーが」  『それダメ! スルー力だよ父さん、スルー力。  そこのアホ毛さん? も』  「何か分からないけど分かったッス!」  「わ、私も分かりました?」  「何だよ、じゃあ何を話せっつーんだ」  『えーと……本日はお日柄もよく……?』  「何じゃそりゃ! お見合いか!」  「うふふふふ、本当に仲がよろしいんですね」  「ははは、まあ色々ありまして」  そうだな。ここはどう考えても俺が長いこと暮らしてた町じゃねえし、もう戻れんのかも分からねえんだ。  多分さっき刑事さんに会ったあそこが本当の俺の町なんだろーなぁ。  ここの住民の顔ぶれなんて見たことねーのばっかだし、もう息子とかこのアホ毛くれーしか話し相手がいねえのがどーにも淋しい限りだぜ。  つか息子の家まで行ってみてーな。  何せ何回か場面転換ぽいのに出くわしたのに通話は維持されたままなんだ。  それでいて息子の側は何も変わってねえし、そうかと思えばいつの間にか嫁の方がいなくなってやがるし……  前にも同じ様なシチュになってそれぞれで検証しようとはした。  それが何かがきっかけになってうやむやになっちまったんだ……  それを考えたらいま息子が主張してることにも一理はある。  多分それを聞いちゃいけねえんだろーが……  クルマさえありゃあなぁ……  床下収納の件といい、何かが見えてきそうなとこでお預け食らうのももうカンベンしてほしいぜ……  まあここは無難な会話の中で何かが出て来んのを期待して続けるしかねーか。  「あの、それでこの町に来る前はどちらにお住まいに?」  「は、はい、それは……」  『あーッ! 父さん、それダメなヤツじゃん!』  「何なんだよ! ただの世間話じゃねーかよ!」  『あの、すみません。今の話はナシで大丈夫です』  「もうえーわ! オメーが俺の代わりにしゃべれや!」  『はあ……分かったよ。お見苦しいところをお見せしてすみません』  「いえいえ、仲の良いご家族は見ているだけで和みますから」  「ははは、今のが仲良しに見えますか」  「逆に仲良しじゃなかったら何なんスか?」  「えー」  「おほほほほ」  しかしそれにしても妙に“仲良し家族”にこだわるな、この人。  「そういや孫はどうした? 嫁さんと一緒か?」  『ああ、騒ぎ疲れて寝ちゃったよ』  「まあ、かわいらしい」  『ふふ、ありがとうございます』  「なあ、今度おめーん家にお邪魔しても良いか? お隣さんと一緒によ」  『ああ、良いよ。あ、今そっちに車も無いし迎えに行こうか』  「おう、悪ィけど頼むわ」  「あの、クルマが無い、というのは……?」  「ああ、盗まれたんですよ、不届き者がいまして」  「それは大変な目に遭いましたね……」  「いや、それほどでも」  「でも野盗に襲われたのでしょう? 護衛の方々も……」  「え?」  『父さん、自重自重!』  あーまあ見方によっちゃアレも野盗なのか……  「コホン……えぇと……野盗というより停めてたのを盗まれたといいますか……」  「じゃあ戦いに巻き込まれたわけではないのですね?」  「え、ええ。運が良かったというか悪かったというか」  クッソォやりづれえなぁオイ……!  そういや電気も水道も来てんのならテレビもやってるよな?  最初につけてみた時は砂嵐だったが……  「あ、気分転換にテレビでも見ますか」  『え、テレビ? そんなのあるんだ』  ……やっぱ砂嵐か……砂嵐?  「うーん砂嵐か」  『砂嵐?』  「あの、この模様を眺めることで何か精神を落ち着かせるとかの効果が……?」  「ははは……そうだと良いんですが」  『父さん、それってもしかしてアナログテレビなんじゃない?』  「へ? あー、そうだよな。今時……」  『あーあーストップ、ストップだよ父さん』  「今さらじゃね?」  「あ、あのぉ……本当に仲良し親子ッスね!」  「おほほほほ」  「いやはや、お恥ずかしいです」  「それで、アナログというのは……」  「え? えーと……」  「ピンポーン♪」  おっと、誰だか分からんが助かったぜ!  アナログな呼び鈴はそのままか……てか誰?  「お義父さーん、来ましたよー」  へ? 息子の嫁?  昨日からいないってそーゆうことだったってか!?  いや日帰り出来んだろ……ってまずは応対すっか。  「すみません、息子の嫁が来たみたいで。  少し待ってて下さい」  『え? 何で』  そこビックリするとこなんかい!  あーまあ良い! 出るか!  「オイ、オメーも来い」  「何だか分からないけどはいッス!」  アホ毛と二人でドタドタと玄関に向かう。  「おう、また急だな! どうしたんだ?」  「この前貸してもらったバーベキューとかたい焼きのセット、洗って返そうと思って持ち帰ってたのよー」  「え、マジで?」  「ほら、お義父さんのお家って何年も開けてたからろくにお水も出ないでしょー?」  「そ、そうか……それは助かるわー」  「いぃえぇ、貸してもらったのはこっちなのでー」  「ところでこっちには今?」  「ええ、今着いたところよー」  『あれ? じゃあ昨日はどこ行ってたの?』  「あらー? どうして主人の声がー?」  「電話ッス!」  「気まずい話ならちっとばかし外に出て話すか?」  「えぇ……ええ、そうね……」  三人で外に出る。  オバハンが放置だが数分ならまあ問題は無えだろ。  外には相変わらずゾンビビチャァが放置されている。  息子の嫁()はそれを踏んづけないようにまたいで来た。  「さて、説明してもらって良いか?」  「はぁ……分かりましたわ……まずはすみませんでした。  ご迷惑を……」  えーと……ソレはどの迷惑のコトかな?  また混乱するだけの話だったらこれまた良い迷惑なだけなんだけど!  「つーか迷惑なんて一杯あり過ぎてまずどの迷惑なのかかが分かんねーよ!」  「えぇ!?」  『父さん、心の声は口に出さない! てか誰なのその人!』  「知らんわ!」  『ママー……?』  「え? えぇ!?」  そうか、迷惑かけに来たんだな! そうなんだな!?  いや、マジで誰なんだよコイツ!  あ、オバハンが窓からこっち見てるし。  ブイサインでもしとくか。  いえーい。 * ◇ ◇ ◇  「それで迷惑ってのはどの迷惑の話なんだ?」  「どの……とは一体……?」  「あー、自覚がねーだけなのか本当に分からねーのがもどかしーわ」  「申し訳ありません。他の誰かからも沢山迷惑行為を受けていらっしゃると……」  「あーまあそういうことにしとくわ」  『それで、何でウチの嫁さんと同じ声でしゃべる人が嫁さんのフリをしてる訳?』  「オイ、俺が先だぞ」  『あー、分かったよ。ちゃっちゃと済ませてよね』  「段々俺の扱いが雑になって来てんな!」  『電話口で待たされる方の身にもなってよ』  「へいへい。了解了解」  『ちっとも了解してないッスね』  「いーからオメーは黙って聞いてろって……」  「あの……そろそろお話させていただいても?」  「あーあー悪ィ悪ィ。頼むわ」  「はい。わたくしがご迷惑を、と言っていたのはこの町の住人たちのことですわ」  「そこでこっちを観察してるオバハンとか、ファンタジーな感じの世界から来たっつー住人たちか」  「ファンタジーですか……確かにそうですね、あなた方から見れば」  「剣と魔法みてーな世界だろ?  聞いた話だと気が付いたらこっちに飛ばされて中途半端にこの町の知識を頭にぶっ込まれたみてーだが。  もしその関係者なら被害者は住民のミナサマなんじゃねーのか?」  「そうですね……ある意味では」  「ある意味もへったくれもあんのかよ」  「彼らがこの町に来たのは急ぎ避難する必要が生じたためです」  「避難?」  「彼らが築いて来た国が突然崩壊し始めたため……女神様に祈りを捧げたのです」  「祈りを捧げたらどうなるってんだ? ただの神頼みだろ」  「そうですね……わたくしも実際に奇跡を目にするまでは半信半疑でした」  「ちょっと待て……その女神様ってのはでかい塔で奉られてるっていう……」  「はい、その女神様ですわ」  「じゃあ崩壊し始めた国がある場所ってのは……二つの月が浮かぶ錆色の空がある世界だったりすんのか?」  「その世界で間違いないですわ……あの、なぜそれをご存知なのですか……?」  「アンタもそこの住人で、その塔の女神様ってのに祈ったと」  「いえ、その場所は知っていますがわたくしの故郷ではありません」  「じゃあアンタは部外者なのにその世界に出入りして、原住民と交流を持ったってことか」  「はい、その意味ではこちらの世界についても同様ですね」  「どういうことだ?」  「わたくしはとある場所からこの世界に流れて来ました。  この世界、というのは今この場所では正確な表現ではないのかもしれませんが」  「今の状況ならかなり具体的に把握出来てるっつー感じだな」  「はい、まあ……」  「だったらアンタも一枚噛んでるんだろ?」  「いえ、残念ながらそれは無いですわ」  「なぜ断言出来る?」  「今ここで話しているのは、わたくしが過去の記憶の残滓だからですわ」  「出た! 過去の記憶!」  「ふふ……お化け扱いですか……ですがそのご様子だと……」  「ああ、会ったことはあるな。  1945年と1976年、この二つはどうやってか見せられた夢みてーな映像だった。  ああ、前者はいきなり話しかけて来たからビックリしたぜ。  それに今のアンタか。  全部同じアンタなのかは分からんが……コピーみてーなもんだろ、多分」  「ええ、その通りですわ」  「今まで見たソレにはどういう訳か時間制限があった。  電池切れたみてーに突然終わるってのがお決まりのパターンだったから今度もそーなんだろーな。  そもそもアンタがどうやって俺の目の前にいるのかも分からねーけど。  本体がどこにあってどうやって起動しているのかも……って言ったって本人にゃ分かんねーか」  「おそらくは……わたくしの記憶では、その1945年よりもっと昔からこちらの世界で暮らしていた様ですわ」  「いた様デスワって、やっぱりか」  「昔の記憶はもう曖昧になっていまして……  あの、随分とあっさりお信じになられるのですね」  「まあ慣れって奴だな!  自分のことはよく分からねーと、そう来る様に出来てるんだろ?」  「はあ? ……その」  「じゃあここについてはどうなんだ?」  「どうやってかは分かりませんが……疎開先として作られたものだとだけ」  「疎開? 戦争中に日本人が田舎に引っ越してったアレか?」  「いえ、その疎開ではなく……」  「その崩壊しそうになった世界の住人の、か」  「はい」  「連れてきた方法については?」  「申し訳ありません、女神様のお力だとばかり……」  「女神様って言やあ何でもアリかよ」  「あの、違うのでしょうか……」  「ご都合主義って奴だな、多分後付けされたもんなんだろ」  「それでは何者かが……」  「じゃあそろそろ良いか?」  「はい? あ、はい」  「最初の質問に戻るぞ。そもそもあんたは誰なんだ?  何で息子の嫁と同じをして息子の嫁のフリなんてした?」  「あ、あの……先程までは本当に息子さんの奥様だと」  「今とどっちが本当なんだ?」  「? あの、わたくしはわたくしですとしか……」  「うーん、まあ良いか……  もう一個確認なんだが、俺の口を勝手に動かして住民たちと交渉っつーかお話してたってのは身に覚えがあるか?」  「いえ、その様な覚えは」  「じゃあアンタとは違う人物ってことで間違いねーんだな?」  「ええ……それにそんなことができる人物など心当たりがありませんわ」  「だったら人語を解するワンコも手掛かり無しか……」  「人語を解する……?」  「ああ、この町……かどうかは判然としねぇが、なぜか話ができる犬がいてな。  色々と助けてもらったんだよ」  「犬……ですか?  それは単に人間が犬のかぶりものを着せられているだけ、というお話ではなく……?」  「いや、犬そのものだ。  異形の怪物だと言われてた連中も自分が人間だと言っていたな」  「先程のお話の流れで行くと異形ではない姿形なのでしょうけれど」  「その意味じゃあ俺もだな」  「あとはプラカード持ったゴリラもじゃないッスか?」  「また急に割り込んで来たな……」  「しょうがないッスよ、だって全然分からない話だったんスから」  『同じく!』  「ははは……そーだよな」  「で、迷惑ってのは何のことなんだ?」  「あ? 迷惑なのはこっちよー、死ねば良いのにー」  「あ、終わり?」  「最後の会話、思いっきり無意味じゃなかったッスか?」  「そうか?」  「何なのよー、何でお義父さんがいるのよー」  「いや、俺ん家だから」  『じゃあ聞くけど昨日は何してたの?』  「えーと……山奥でゴリラに会ってたッスね」  「いや、オメーになんて誰も聞いてねーし!」 * ◇ ◇ ◇  死ねば良いのに、といつもの調子で訳の分からないグチを繰り返す息子の嫁。  目の前でワーワー騒いでる様は息子の嫁そのものだ。  しかしコイツはさっきまで他の誰か、恐らくは孫が言う“赤いドレスのおねえちゃん”に動かされていたんじゃねーかと思う。  しかし何で……いや何をしに来たんだろーな?  ホントにたい焼きとBBQのセットを返しに来ただけなのか?  つーかだ。  「なあ、今から帰るんだろ?」  「帰る? 何でなのー?」  「イヤ、ここ俺ん家だから!」  そもそもコイツはホントに運転とか出来んのか?  って車がねーじゃねーか。  クッソォ便乗してお邪魔します作戦はダメか。  「オメーはどうやってここに来たんだ?」  「どうやっても何も元々ここに住んでるでしょー」  『えぇ!? どうしてそうなった!?』  「言ってることがおかしいッスね?」  「そうだな、さっきピンポンして来たのに何で今はウチの住人になってるんだ?」  「何言ってるのかしらー?」  『父さん、スルーだ、スルーするんだ! 全力で!』  「よし、じゃあ中に戻っか」  「え? 何でッスか?」  「良いから黙って戻れや!」  危ねえ危ねえ。  核心を突く様な話は避ける、ソイツを危うく忘れるとこだったぜ。  オバハンをいつまでもほっとく訳にも行かねーしな!  ってアレ?  ゾンビブシャアはどこ行った?  まあ良い。  ここはスルーだよな。  ガチャ。  「あれ? 父さんじゃないか。今日はどうしたんだい?」  「ただいまー」  「おろ?」  「へ?」  『何? どうしたんだ?』  ちょ、ちょっと待てよ?  さすがコレはねーんじゃねーのか?  こっちがいつまで経ってもツッコミ入れねーからってよォ……  ボケツッコミチキンレースかっちゅーの。  もうこーなりゃ丸投げだぜ!  「息子よ、取り敢えず息子の話を聞け」  「え? 何? それが用件?」  『え? 何? 今の俺なの?』  「てな訳で後は若い二人に任せたゾイ」  『何その無責任』  「ワシはもう隠居するんぢゃ。二人でゆるりと話すが良いのぢゃ」  『何で急にジジ臭くなってる訳?』  「良いからとっととコイツと話をつけろやボケ!」  「こ、コイツって俺のこと!?」  「そーだよ、他に誰がいるっちゅーねん!」  「お義父さんがついにお倒産しちゃったのねー」  「言葉の意味はよく分からないけど状況を的確に表した解説ッスね」  「今のが解説かい!」  『あーあーごめん父さん、取り敢えず俺はそっちの俺と話を付ければ良いんだね?』  「取り敢えず上がったらどうだい? 父さん」  「ああ、ここじゃ何だしお邪魔させてもらうわ」  俺ん家だけどな!  自分ちにお邪魔しますと上がってアホ毛と息子の嫁も一緒にリビングに向かう。  「あの、すみません。今の騒ぎは……」  「え? あれ? この方は……?」  おお、そういう反応になんのか……ってオバハンはそのまんまなんだな!  一体何がどーなってこーなったのかサッパリ分からんけど何か色々グチャグチャになってんのは分かったぜ!  つーかコレ、謎の集団とか出前とかケーサツとかテレビ局とか来始めちゃうヤツか?  「今度隣に越して来たお隣さんだろ、さっきあいさつしに来たとこじゃん」  「え?」  「誰よこのオバハンはー、不法住居侵入罪よー」  「オイ、失礼だろ」  「あ、あの……私が何か……」  ここは取り繕ってやんねーとだな。  「いえ、不幸なすれ違いです。安心して下さい」  「あ、はい。ありがとうございます」  「いえいえ、困ったときはお互い様ですよ、ははは」  「おほほほほ」  「なあ、お客に出すもんは何かねーか?  探してみたんだけど水くれーしか無くてよ。  そうだ、嫁さんなら知ってんだろ。  ちょっとキッチン案内してくれや」  「何ー? 何なのー?」  「ああ、案内してあげてよ。この方の接客は俺がしとくからさ」  「もー分かったわよー」  「じゃあ、そっちは二人で話しといてくれや」  『分かったよ、父さん』  「へ? また出た?」  『俺は俺と話すんだってさ、お隣さんもすみませんね』  「いえいえ、お構いなく、何だか私も慣れてきましたよ」  「あはははは、ッス」  「おほほほは」  良し、こっちは大丈夫だな?  「じゃあ案内よろしく」  「こっちよー。ブツブツ……」  スゲー不満そうだが……いつぞやみてーにいきなり蹴り入れて来たりしねーだろーな?  「おろ?」  「何よー? 何が不満なのよー」  いや、不満そうなのはそっちだろーに……  つーか床下収納が元通りになってるな。  それだけでもイヤな予感しかしねえが……  「あのさ、BBQセットは?」  「何よー急にー、お茶にBBQなんて変なのよー」  「じゃあたい焼きセットとか」  「あー良いわねー、でもそんなのあったかしらー?」  「知らんがな」  コイツ……やっぱ完全に別モンじゃね?  じゃあ今度は……  「ちなみに孫はお出掛けか? お使いとか」  「ええ、今いないのよー」  「近所っつったら八百屋とかかね?」  「ちょっとねー」  ちょっとって何だよちょっとって……  「ちょいと失礼」  話しながら冷凍庫を開ける。  ……変わってねーな。  冷蔵庫は……おっと危ねえ!  ガチャ!  「開けるなら冷蔵庫が先でしょー」  「イヤ、今思いっきり頭ぶつけそうになったんだけど!」  「お義父さんが鈍いのが悪いのよー」  「何だそりゃ……」  「うーん、何も無いわねー」  「お義父さん、ちょっと何か買って来てくれないー?」  あ?  「別に構わねーが買い物なら孫に行かせてるんだろ?  別に俺が行かなくても良いんじゃね?」  「でも何も無いしー」  「あー分かったよ、テキトーなモン調達して来るわ」  「お願いねー」  息子の嫁()はパタパタとリビングに戻って行った。  何がしたかったんだろーな?  『オイ』  ん?  『おーい!』  へ?  『聞こえてんだろ、返事しろよ』  「おおう! ワンコかよ……ってかマジか」  『何なんだこの状況はよ』  「知るか! それよかここにいた連中はどうした?」  『分からんけど“ここはこれまでだ”とか言って戻って行ったぞ』  「戻った? 消えたとかじゃなくてか?」  『おう、そこから戻って行ったぞ』  「スマンけど相変わらず俺にはフツーのキッチンにしか見えねえんだけど。  いまはオメーの姿も見えねーしな」  『マジかよ……どーりで……』  「なあ、オメーの目から見てここの様子はどうなってる?」  『どうなってるも何も…さっきと何も変わってねーぞ』  「床下収納は?」  『アンタが散らかしたときのまんまだぞ。ホラ、割れた瓶を片付けたり汚れを拭いたりしてただろ。  ああ、入り口ならそのまんまだぞ。多分な』  「センセーさんとかお巡りさんとかは?」  『入ってったきりだろ。逆にこっちが聞きてえくれーだ』  「羽根飾りは?」  『さあ? 俺には見えねーな』  なぬぅ……?  何か……もうちっとで何か分かりそーなんだがなあ……  あ、そーだ。  「オメーが言ってた飼い主を呼んでもらうことって可能か?」  『ああ、後で会わせるって言ってたよな。良いぜ。  だけど今の話の流れなら自分で行ってもらっても構わねーだろ』  「あー、言われてみりゃそーだな。  俺に合わせて歩いて来れるか?」  『ああ、アンタがしてねー認識の壁みてーのが無い限りはな』  「そんときゃ抱っこ……は出来ねーのか」  『まあ行ってみりゃ分かんだろ』  「違ぇねぇな」  てな訳で早速行動だぜ。  「おう、ちょっと何か摘むモンとか買い出しに行ってくるわ。  そっちは頼んだぜ」  「頼むわよー」  「え? マジで?」  『ちょっとこっちも意味不明になってんだけど』  「すぐ戻るから我慢しろや。あ、お隣さんはギャラリーとしての楽しんでって下さい」  「ええ、行ってらっしゃい。おほほほほ」  「あの、オイラはどうすれば良いッスか?」  「そりゃ繋ぎ役だろ。そこに立ってりゃ良いべ」  「扱いが酷いッス!」  「んじゃ、行ってくるわ」  という訳でワンコにひと声掛けて外に出る。  「そこにいるよな?」  『おう、雑談でもしながら行けば見失わねーだろ』  「オメーから俺は見えてんだろ?」  『いや、声だけだ』  「マジかよ……まあ声が聞こえりゃ何とかなっか」  『うし、行くか』  「おう」    何か話し続けなきゃならねーってのも疲れんだよな……  『あーあー』  「うーうー」  『乗っけから順調だな!』  これ到着するまでずっと続けんのか。  客観的に見て変人じゃね?  『どーした? 続けんぞ。あーうー』  いや、今のは要らんだろ。 * ◇ ◇ ◇  「あーあー」  『あーえー』  「うーうー」  『……』  「どうした?」  『いや、何か急にバカバカしくなってきてな』  「今さらそれを言うんかい!」  『オメーはバカらしいとか思わねーの?』  「そんなんハナっから思っとるわ!」  『マジで!? 氏ね!』  「オメーが氏ねや!」  などとバカ話をしているうちに俺たちは犬小屋……もとい定食屋? の前に到着した。  ここまでの道中で町の様子がある程度見れたけど、割とフツーに往来があって人が暮らしてる感じだぜ。  知ってる顔は一切ねーけどな。  んでもってスゲー違和感、つーか何じゃソレって思ったのがクルマが一台も走ってねーって点だ。  信号もねーのに道路がしっかりアスファルトで舗装されてて停止線とか横断歩道なんかがあんのも全くもって変だぜ。  『ふう、ようやく着いたか。疲れたぜ、全く……!』  「主に俺のメンタルがな!」  それはさておき、やっぱし犬小屋はねーな。  まあ予想通りだけど。  そしてこの建物。  定食屋だよな、コレ。看板出てるし。  俺が知ってるのとちっとばかし違うけど。  「あるか? オメーん家……もとい犬小屋」  『そりゃあんべや。おお、懐かしの我が家ァ!』  「あっそう」  『何でェ、もうちっと感慨に浸るとかねーのかよ』  「別に俺ん家じゃねーし、そもそも俺の目にゃあ犬小屋なんて見えてねーからな」  『エッそうなのか?』  「お互い声しか聞こえてねー時点で察しろって。  つーか犬小屋一軒で感慨にふけるとかねーから」  『クッソコノヤローめ……何か俺の扱いが雑になってきてねーか?』  「そりゃー犬だし。  てか良いから早よ呼んで来いや、オメーのご主人様をよ」  『へいへい、わーったわーった。  どれ、ちっと待ってろよ……』  バタン!  「へ?」  出て来たのは定食屋……じゃねーな。  いや、コイツは……?  「お? ああ、お客さんか。悪ぃがまだ準備中なんだわ」  あー、どーすっペコレ。  明らかに客だもんな、こんなとこで突っ立ってたら。そりゃーなぁ。  折角だしカツ丼でもいただくか……てか抜け出した名目は買い出しだから何かテイクアウト的なヤツなんて頼めねーかな?  『オイ』  「あ、おう」  「ん? 開店まであと三十分てとこだが待っててくれるってのか」  「お、おう」  『何でぇ、カラ返事かよ』  「そうかいそうかい、ありがたいことを言うじゃねぇか。  だったらそんな熱心なあんたに特別にうちのまかないをご馳走してやろう」  「えっ、マジでぇ!? やったぜ!」  『オイ!』  「良し、じゃあ待たしとくのは悪ィな、入んな入んな!」  「助かるぜ! あ、タッパー持って来てないけどお持ち帰りとか出来っかな?  ウチのモンにも食わしてやりてえんだよね」  『おーいおーい』  「おう、良いぜ!  アンタ見ねえ顔だから新入りさんなんだろ?  だったら初回サービスだ、弁当にしてやっからウチの味をじゃんじゃん周りに売り込んでくれよな!」  『オイ、聞けっつの!』  「やったぜ、ありがてぇありがてぇ」  「じゃあ店に入ってテキトーなとこに座って待っててくれや」  そう言って店主は中に入っていく。  『オイ、もしかして俺の声聞こえてねーのか?』  「安心せい、ちゃんと聞こえとるって」  『何だよ、驚かせんな。声しか聞こえねーんだからよ』  「今な、中からここの店主が出て来て話してたんだよ。  店主のほうの声は聞こえとらんかったんか?」  『ああナルホド、俺にはそいつの声は聞こえてなかったな。  何ひとり言言ってんだこのオヤジはって思っちまったぜ』  「流れ的に相手しねーと変に思われんだろ。  それに出かけた目的は食材探しだ。  テイクアウト出来んならここで調達すりゃいーやと思って話してたんだよ」  『はあ。そうか、分かった。  俺の主人が今ここにいるんだがその様子じゃ見えも聞こえもしてねー感じだな?』  「おう、何か話してたんなら聞こえてねーな。  こっちの店主の声が聞こえてねーのと一緒か」  『うーむ……こいつは難しいな』  「おい、遠慮することはねえ。店に入んな!」  「おお、すまねえ。お言葉に甘えさせてもらうとするわ」  『その店主ってのが何か言ったか?』  「さっさと入れってさ。まかないを出してくれるんだと」  『ナルホド、了解した。さっさと済ませろよ』  「おう」  てな訳で俺は店へと入った。  ワンコはその主人て奴と何か話してたんだよな?  それにしちゃあ話し相手の声は聞こえて来んかったが……  つーかこの店、やっぱ定食屋だな。  以前見た昭和の時代のアレだ。  と、そこへ高校生位の女の子がダッシュでやって来た。  「おじさん、準備中なんだから端っこにいてね!  全く、オーナーのワガママには困っちゃうわ……」  「お、おう……アンタここのバイトの子か?」  「そうよ、ウチの宣伝お願いね、“新顔さん”!」  「おう、忙しいとこ悪ィな!」  いやあ、おじいさんじゃなくておじさんかぁ。  営業トークなんだろーけどなぁ。  『オイ、今の声は誰だ?』  「何だ、今の会話は聞こえてたんか」  『ああ、俺の主人とソックリなコワイロだったからビックリしたぞ』  「主人と同じ? 同一人物じゃねーんだろ?」  『ああ、それはもちろんそうだ。俺の主人は今ここにいるからな』  「しかしそうなって来ると今のバイトの子にもオメーの声が聞こえる可能性があるな」  『試してみるか?』  「ああ、だが今は開店前だし忙しそうにしてるんだよな……」  つーかめっちゃ不審者を見る目でこっちを見てるぞ。  そりゃ怪しいよな。  突然やって来たおっさんが店の片隅でブツクサほざいてるんだからな。  げげぇ、こっち来たぜ……!  「……その犬、おじさんの?」  「へ? 見えてる?」  「何言ってんの? お化けか何かだとでもいう訳?」  『そうだぜ、お化けだぜぇ!』  「ひぇ! しゃ、しゃべったあ!?」  バイトの子はマンガ的ムーヴでビヨーンと後ずさる。  でもってお盆を盾にする伝統的店員的スタイルで恐る恐るこっちを見てるぞ!  「あのなぁ、怖がらせてどーすんだよ」  『いや、お化け以外に説明のしようがねーだろ』  「見えてんだからお化けとか言わんでもえーだろーに」  『あっそーか』  「それにしゃべってる時点でお化けだし」  『あっそーか』  「何それ、面白い! 私もお話したい!」  「ありゃ、怖くないんか」  「だって何か間の抜けた顔だし、今の会話聞いたら怖いなんて思わないわよ」  「間の抜けた顔だってよ」  『ははは……』  「ちなみにそのワンコのご主人様は見えてるよな?」  「え? 誰かいる? ご主人様っておじさんじゃないの?」    『今の声の主なんだけどさぁ、俺の主人。  アンタと同じ様な声でこんにちはってあいさつしただろ、今』  「ひえぇ……お、お、お化けぇー?」  ワンコは見えてんのにご主人様は声も姿も見えねーのか。  コイツは面倒臭ぇシチュだぜ……  つーか後で息子の嫁に“帰りが遅い”とか何とかブツクサ言われんだろーなぁ……こりゃ。 * ◇ ◇ ◇  『何だ、見えてねえのか』  くわっ! と目を見開き驚愕するバイトの店員。  「ハッ、まさか!? こ、これは……地獄の番犬……!」  『いや、オレ首一個しかねーから』  「おじさん、実は大層名のある暗黒魔導師様なのでは!?」  「はあ? 何ソレ?」  『コイツヤベーヤツなんじゃね?』  「ぜひ師匠と呼ばせてください!」  「イヤ、だから何でそーなるんだよ!」  『面白ぇから弟子にしてやれば?』  「クッソ他人事だと思って……」  「ヘイ、お待ちィ! こっちの器はサービスだぜ!」  おお、コレはッ……!  「オーナー、他人の話に急に割り込まないでくださいよォ。  メチャクチャビックリしたじゃないですかぁ」  「じゃかましーわ! この厨坊め、さっさと開店準備に戻れや」  「自分は好き勝手してるクセにぃ」  「俺の店だ、文句あっか!」  「べぇーだ!」  『厨坊が飲食業のバイトとかOKなのか』  「まあ良いじゃねえか、全部でいくらだ? この器代も含めてよ」  「お代はいらねーぜ、お近づきの印だぜ」  「マジで? メッチャ助かるぜ!」  「おう今後ともごひいきにしてもらえりゃそれでチャラだぜ!」  「いや、ありがてぇありがてぇ」  「だはは、そこまで言われっと照れっぜ!」  『わんわん!』  「おう、オメーの分もあるぜ!」  『マジ!? やったぜ、オッサンサンキューな!』  「ぬお!? 今の腹話術か何かか!?」  「あー、見えるんだな、そのワンコ」  「なんだよその不穏な言い方は」  「実はさ、俺には見えねーんだよね」  「エッ……まさか」  「ぢごくの番犬ですよォ! オーナーさん!」  「どわっ! 他人の話に急に割り込むな!」  「さっきのお返しですよ!」  『だからただの犬だっちゅーに!』  「しゃべる犬なんぞいねーだろ、フツーは!」  「まあまあ、折角出来た縁だしちっとばかし雑談でもどーだ?」  『良いのか? 急いでんだろ』  「せっかくの機会だ、どーせ息子の嫁にネチネチ言われるくれーだろからさ」  「んじゃ聞くがアンタ、ここらじゃ見ねえ顔だが最近ここに来たんだろ?」  「ああ、そうだぜ」  「へえ。やっぱり“新顔さん”だったんだね。  私のカンも捨てたもんじゃないよね!」  「新しく来た人らには初回無料サービスで売り込んでるって訳か」  「まあな。んで、どうよ」  今俺の目の前にあるのは、まごうこと無きカツ丼だ。  いやーここに来てコレにありつけるとは夢にも思ってなかったぜ!  言い忘れてたがお持ち帰りは焼き物の器に入れられている。  タッパーってもんはどうやら無いらしいぜ。  でもってひと口。  むしゃむしゃ。  「おおう、カツ丼の味だ……!」  「そりゃそーだろ、カツ丼なんだからよ」  「アンタ俺のこと“新顔”って言ってただろ?」  もぐもぐ。  「ああ、それな。町の住人と話してみたりしたか?」  「おう、お隣さんがソッコーでアイサツしに来てよ。フツーは逆だよな!」  「この町ってよ、どっかから飛ばされて来たとかいう頭イッちゃってる連中ばっかだったろ?」  「おう」  「その反応を見るに、アンタはそのクチじゃなさそーだな」  「まあなぁ」  「何だよ、気になるじゃねーか」  「元々この町の住人なんだが、ここってその町とは違うんだよなあ」  「何だそれ?」  「あー、基本的には同じなんだがちょっとずつ違うっつーかな……」  「あー、前にもいたなぁ、そんなのがよ……」  「逆にアンタもそのクチだったりすんのか?」  「ああ、そうだぜ」  「じゃあこっちで言う中世風の国から来たのか?」  「そうだな、俺も他の大多数の住人らと同じだぜ」  「あっちの子もか」  「さあな、分からんけどふらっと来て雇ってくれって頼まれたんでね。  むしろ元からの住人なんているんかね、ここ」  もしゃもしゃ。  うん、うめぇ。  「それにしてもカツ丼なんてどこで覚えたんだ?  これメッチャ美味えぞ。本物の味だ」  「いや、そう言ってもらえるとありがてぇ。  ちなみにメニューの大半はこの店の前の店主から教えてもらったんだぜ」  「その前の店主ってのは日本人だったのか?」  「言ったろ、アンタと似たよーなのが前にもいたってよ」  「ナルホド……ちなみに今もこの町に住んでたりすんのか?」  「いや、どこにいんのかは何か人探しの途中だとかでな」  「お、おう……」  えー……  ソレってやっぱアレか?  だから俺ん家()が空き家だったとか?  えーと……  むしゃむしゃ。  「その人はどんなクルマに?」  「クルマ? ああ、何か『ここもクルマねーのか!』とかわめいてたな」  えぇー……  「そ、そうなの?」  「いやな、山ん中で道に迷っていつの間にかこの町に着いたとか」  「そ、そうか」  よく考えたらここって物流とかインフラとかってどーなってんだろ。  もぐもぐ。  ……このカツの肉、何の肉なんだろ。  「じゃあ探してる人ってのはどんな?」  「何でも子供の時分に神隠しにあって何十年と経ってるとかでな、赤い髪と日本人離れした顔つきとだけ……  そういやアンタ、髪は真っ赤だし顔つきも日本人離れしてるな。  案外アンタがその探し人だったりしてなぁ」  「顔つきはともかく、髪は染めてるとか思わねーんだな」  「ああ、俺のいた国じゃ赤い髪の人間もいたからな」  もしゃもしゃ。うまうま。  「えーと……俺は日本生まれの日本育ちだぞ?」  「わーってるって。何せ赤い髪といやあ女神様に連なる血族だからな。  そんな高貴なお方がこんなとこでカツ丼なんて食ってる訳ねーしな」  おう、その通りだぜ!  もっしゃもっしゃ。  おう、完食しちまったぜ!  「いや、マジでうまかったぜ!」  「おう、ありがとな」  「じゃあそろそろ帰るわ。いつまでもダラダラしてっとどやされっからな」  『オイ、当初の目的はどうした』  「師匠ェ……」  「何その見送り」  『オイ』  「じゃあまたお邪魔すんぜ」  「おう」  「地獄の番犬サーン……」  『あーまたなー、わんわん』  キキィ……パタン。  『オイ、主人が退屈してんだけどどーすんだよ』  「じゃあ一緒に来てもらうか?  今のは流れ的に仕方なかっただろ、色々と話も聞けたしよ」  『ウチのご主人様は全く参加してなかったけどな』  「あんまり帰りが遅いと怪しまれんだろ」  『あのなぁ……俺の主人は家から離れられねーんだよ』  「何だそれ。地縛霊か?」  『まあそんなもんだろ』  ここは元が定食屋だし本人も……いや……  「お前目線だとここってフツーの民家なのか?」  『ああ、そーだぜ』  「待てよ? 地縛霊みてーなもん、てことは本来の住人は?」  『ちゃんと主人が維持管理してるぜ』  「じゃあ実体アリのお化け?」  『あー何てゆーか……』  「あ、何か分かった気がすんぜ」  『と、取り敢えず戻ったらどうかと……』  「あー、仕方ねーな。そうすっか」  『良し。じゃあまたテキトーに話しながら行こーぜ』  「おう」  多分別な方法でお話出来るかもだな。  まあ後でまた来てみっか。  『何か良からぬことを考えてねーか?』  「おう、考えてるぜ」  『否定しねーのか』  「いやー帰り道も話題は尽きねーなぁ」  『何の話題だよ……』  「えーと……ゾンビ的なやつ?」  「ナルホド! 暗黒魔導師様の本領発揮という訳ですね!」  「おわっ! 何でアンタがいるんだよ」  「えへへぇ、付いてきちゃいました。よろしくお願いしますね、師匠ぅー」  お、おぅー。 * ◇ ◇ ◇  『オイ、店は良いのかよ』  「はい、良いです!」  「いやダメだろ!」  「なあおい」  「良いんです!」  「いやそーじゃなくてだな」  「何ですか師匠!!」  『ムダにハイテンションだな……』  「お前雇ってくれってお願いしてあそこに置いてもらってたんだろーが。  そんな勝手な真似して良い訳ねーだろ」  「大丈夫です! 営業だって言って出て来たので!」  『本当かよ……』  「楽しみにしてますね、ゾンビ的なヤツ!」  「イヤ、期待されても困るんだが……」  『しかしそれは俺もちっとばかし気になってたぜ』  「まあ後でな、後で」  「はい、師匠!」  『頼むぜ、な。ししょーさんよ!』  「オメーまで一緒になってんじゃねーよ。  バシって出来ねーのが口惜しーぜ、全くよォ」  「じゃあ私が師匠の代わりにやりますね、えい」  『あだっ!』  「おおう、その手があったか」  『その手があったがじゃねーよ!』  うーむ……  まあ動機はアレだがコイツを連れてったら何か新しい発見とかあるかもしれねーな。  「師匠直々に天誅を下されないのはどういった理由なんですか?」  「天誅て……いや別に理由はねーけど」  『コイツ俺に触れねーから』  「言ってるハナからネタばらしすんじゃねーよ!」  「そうですか、契約的な縛りか何かなんですね!  じゃあ私が代わりにこのワンちゃんを調教して差し上げますね、オラ!」  げしっ!  『きゃいん! ……て何すんだ!』  「あ? 文句あんのかオラ」  「ちょ、ちょっと待て……キャラ変わってねーか?  何か怖えーんだけど!」  「えー、コワいだなんてそんなー、こんなにか弱い美少女を捕まえて何言ってるんですかぁー、師匠ぉー?」  『コレが俗に言うヤンデレって奴か!』  「うっそォ……てか勘違い系な何かだろ?」  「師匠、コイツをしばきたくなったらいつでも言ってくださいね。  私が丹精込めて調教しますんで!」  「うし……分かった、よろしく頼むぜ!」  『頼むなよ!』  「お前、うるさい」  げしっ!  『いでェ』  「かわいくない。キャインと言え」  『きゃいん……』  「よし」  うぇー……コイツメッチャ怖ぇんだけど!  ワンコには悪りーけど取り敢えず調子合わせとこ。  「ほほぅ、ここが師匠の暗黒キャッスルですか!」  「何だそれ、ただの家だっちゅーの」  「しかしそこらじゅうに復活を待つ干からびたゾンビ共が……」  ええぇ……マジでこの子何なのォ。  おっと、ツッコんじゃダメなんだった!  「オイ……あらかじめ言っとくがツッコミは無用で頼むぜ」  『何か分からんけど了解するしかねーのか』  「ハイと言え犬コロ」  『ハイ、ご主人様は素晴らしいですゥ』  「よろしい」  「まあ良い、まあ良い……入んぜ、オメーもお邪魔して行けや」  『なぜ二回言う……?』  「いーだろ気にすんな……オーイ遅くなってスマン、今帰ったぜぇー」  「お邪魔しまーす」  「おっと、靴は脱いどけよ?」  「ああ、この国の家は靴を脱がないとならないんでしたね」  家に上がってリビングにバタバタと向かう。  「遅かったじゃないのー、死ねば良いのにー」  「まあ、お若い奥様ですね!」  「んな訳あるか。息子の嫁だって」  「あ、コレは失礼しましたぁ」  「あ、あの……そちらは?」  「ああ、世話になった定食屋のバイトの子ですよ。  サービスの持ち帰りの弁当を貰ったんですけど皆の感想が聞きたいとかで」  「ム……コチラの貫禄あふれるご婦人は……?」  「あーこの人は今度引っ越して来たウチのお隣さん、ウチにアイサツしに来たんだぜ」  「あぁ、コレはどうも、アナタも“新顔さん”ですか!」  へーやっぱそーなのかー、って何で分かるんだ?  いやいや、ツッコんだら負け、ツッコんだら負け……  「じゃあ早速食べますか、せっかくの出来立てですし」  「まあ、美味しそうですね、良いんですか? いただいちゃっても」  「ええ、どうぞどうぞ」  「師匠もぜひ!」  「師匠? お義父さん、何のプレイですかぁー?」  「あー、後でお話しようアトでぇ。  俺は向こうで食べて来たんで大丈夫だからぁ」  「そうねぇー、美味しそうだからいただきますかー」  「お、おう、そうしてくれや」  いやー、何のお肉なんだろーなぁ。  「オッサンオッサン、コレはどういう展開なんスか?」  『父さん? 何か聞き慣れない声が混ざってるんだけど……?』  「あのー誰とお話してるんですか師匠?」  「あーオイラはッスねぇ……」  「ああ、分かりました! 冥界通信的なナニカですねェ」  「ま、まあな」  「悲報:オイラ……空気だったッス!」  『まあ当たらずとも遠からじって感じではあるかな』  「まあ、美味しい!」  「わーありがとうございますぅー」  「お義父さん、遂に犯罪に手を染めたのですねー。  死ねば良いのにー」  「まあ、おネエ様は死霊術師なんですかぁ!?」  「どうしてそーなる!」  アカン、またカオスになって来たぜぃ……!  「楽しそうですね師匠!」  『師匠?』  「あ、さっきから気になってたんスよ、それ」  「あーだから後でって……あ、そーだ」  「冥界的なヤツですね!」  「いやそーじゃなくてだな……ちょっとキッチンに来てもらって良いか?」  「あ、ハイ。手料理ならいくらでも。  でも肉は調達してくださいね!」  どこからどーやって何を調達するんじゃい!(心の叫び)  「すんません、ちょっとキッチンに行って来ます」  「行って来まーす」  『あ、おい父さん』  「スマン、後でな」  「ワンコは一緒に来てくれ」  『おう』  パタパタパタパタ……  「いやー師匠も大胆なコトしますねェぐへへ……」  「いやそーゆーのはナシで」  「ちぇ……」  『俺もいるし』  「ギロリ」  『わんわん!』  「よし」  「あーあー、ここがキッチンだぜ」  「おうふ……コレは中々にゴーモンみあふれたふぁんしーですね師匠!」  「ははは……」  どんなファンシーじゃい!(以下略)  まあ良い、本題だ本題。  「まずそこだ」  そう言って指差したのは床下収納。  「エッいきなりそこ……師匠……大胆!」  『全く意味が分からねぇ』  「ギロリ」  『わんわん、ボクは悪いワンコじゃないよ!』  「よし」  何回目だコレぇ……  えー加減イライラして来たぞ。  「お仕置きが必要だな」  『エッ!?』  「うひひ……良いんですね?」  「かわいそうだしやっぱやめた」  「えぇー……がっくし」  『ホッ……』  アカン、ついうっかりココロの声をお漏らししちまったぜぃ。  つーかその手をワシワシする謎動作は何やねん……  そして口に出してガックシ言う奴初めて見たぞ。  それはさておき俺としちゃとっとと本題に行きてーだけなんだ。  「そこに入り口は見えるか?」  「ハイ! コレはいにしえの時代に無念の最期を遂げた名のある王の墳墓とかでしょうか!  古墳の上に家を建てるとか最高です師匠!  早速ゾンビ的師匠的接近遭遇ですね師匠!」  ……コイツもしかして俺のことバカにしてねーか?  『ププッ』  「ギロリ」  『きゃいん……』 * ◇ ◇ ◇  ガタゴト……  「ん? 何の音だ?」  「さあ? 皆さんがハッスルしてる音ですかねえ」  「ハッスルをしナニをするとゆーんだ」  『ご、ゴシュジンサマ早く行くワン……』  「何か堂に入って来たな」  『しくしく……』  俺には見えねえけどコレってもしかして笑えねえシチュなんじゃなかろーか。  このバイトの子のネジが緩んでるおかげでお気楽な空気になっちまってるけど。  「ワンコの方はファンシーなスペクタクルが繰り広げられてるか?」  『いや、さっきと変わらねーけど。  何かヤケクソになってね?』  「仕方ねーだろ」  「師匠師匠、ここはやっぱり踏み込むしかないですよね!」  テンション高ぇなあ、オイ……  「入りてえのはヤマヤマなんだが俺は入れねえんだよ」  「そうなのですか?」  「俺の目には入り口が見えねえんだ。所属してる世界とでも言うのか……とにかくその辺が影響してるらしーんだがな」  「じゃ、じゃあワタクシめが……」  「おろ? 入れそうなのか?」  「ハイ、はい?」  「何だよ、どっちなんだよ」  「あの、扉はどうやって開けるんでしょうか」  「結局それかよ……」  『どうすんだ? 羽根飾りは見当たらねーぞ』  「羽根飾り?」  「ああ、ここに入る鍵みてーなもんだな」  『このオッサンにしか使えねーんだぜ』  「ご主人様と言え」  『ご、ゴシュジンサマしかお使いになれないのでゴザイマスゥ』  「よし」  「良いんだ」  「駄目ですか? じゃあお仕置き……」  「いや、良いから!」  疲れるぜ……ったくよォ!  「まあそれが分かったとこでどうすることも出来ねーよな」  『じゃあ終わり?』  「そーだな。あ、ちなみにゴーモンみあふれたふぁんしーってどんなの?」  「どんなのって見たまんまの感想ですけど。  さすが師匠だなーって。えへっ」  「えへっじゃねーよ」  『うへっ』  「うるさい」  ガタゴト……  「まただ。一体何の音だ?」  ズリッ、ズリッ……  「あ、何か嫌な予感——」  『お、お姉゙ェ様゙ァア゙?』  「やっぱお前かァー!」  「やあやあ、これはどうも、お姉様というのはモチロン私のコトですよね、ゾンビさーん」  「どうもじゃねえ!」  『どうしてこーなった』  「あら、しぶといのねー」  『わっ、ビックリしたワン!』  「あら、こっちのおネエ様のサクヒンかしら!」  「ちょっとこの子何を言ってるのか分からないわー」  「ちょっと待てぃ、ここでブシャアする気か」  「元からなこんなにゲチョグロになのに今さらでしょー。  それにブシャアじゃなくてビチャアでしょー」  細けえな!  あ、てかこの息子の嫁()にはバイトの子と同じモンが見えてるんか……  てゆーかゲチョグロでゴーモンみあふれたファンシーって一体何やねん!  「師匠、ブシャアというのは一体どんなスゴ技なのですか?」  「オメーぜってー現地人だろ!」  「ナルホド、つまり!?」  「今の返しに納得行く要素なんぞ微塵もねーだろ!」  「お義父さん、ジャマですよー」  『ぼー(呆気)』  『お゙、お゙姉゙様゙あ゙あ゙あ゙……』  「それしかゆーことはねーんかい!」  「お義父さんー、“お姉様”って誰なのー?」  「あ? 多分俺のことだぜ」  「お義父さんー? アタマお倒産しちゃったのかしらー?」  「師匠が? お姉様??」  あ、そーか。コイツにそれを言って通じる訳ねーか。  『お゙、お゙姉゙様゙あ゙、あ゙、あ゙……』  「どうしてお姉様ーしか言わないのかしらー」  『お゙、お゙姉゙様゙あ゙あ゙……、あ゙』  『オイ、コイツのポッケから何かはみ出してんぞ』  「ポッケだって! ぷぷっ」  『うるせえわんわん!』  「コレ俺の羽根飾りじゃね? てゆーかこんな都合良く……何でだ?」  それにコイツいっぺんビチャアされてなかったか?  そこにいる息子の嫁()によォ……  『つーか今度は視認可能なのか』  「むむう……さっきとはビミョーに状況が違うな?」  『コイツに抱っこしてもらったら入れんじゃね』  「出来っかよ、んなコト」  『じゃあ電車ごっこが良いか』  「そーゆー問題じゃねーだろ!」  「ど、どうしたッスか!?」  『父さん、何か凄くドタバタしてないか、そっち』  「アレ? オメーはコレ見て何とも思わねーの?」  「コレって何スか?」  「邪魔臭いから戻るのよー」  「あ痛っ! 蹴ったッス! 酷いッス!」  『ちょっと、乱暴はダメだよ!』  ちゃ、ちゃんと手加減は出来んだな……    「師匠ぉー、これどうするんですかぁー」  『全部ビチャアが連れて来た様なもんだな』  「クッソしょうがねえ、いっぺん出直すか」  『出直す?』  手をパンと叩いて注目を促す。  「ちょいとみなさんいーですかぁ」  「お゙姉゙様゙ぁ゙」  ホントにお姉様しか言わねーのな。  「全員カツ丼は食い終わったか?」  「もちろんよーごちそう様ー」  「オイラもおいしくいただいたッス」  「じゃあいったんリビングに戻って店員さんにお礼をしようぜ」  「で、でも師匠ォ……」  「営業のために来たんだろ?」  「むぅ……分かりました」  『そこのセンセーさんはどうする?』  「どうも出来ねーだろ」  『つまり?』  「放置だ」  「駄目よー、汚物はビチャアよー」  「だからそれやったらもっとばっちくなるなるだろって」  「元々スプラッタじゃないのー、お肉食べるのも捗ってしょうがないのよー」  「フツーは捗らねーから!」  こうしつこいと何かあんじゃねーかって思っちまうよな。  羽根飾りを持ってのご登場だからな。  お隣の住人の設定がなんともなってないところを見ると  意外と湧いて出たのはこのゾンビじゃなくて俺らの方だったり……?  ……あ、そーだ。この家の前の持ち主って結局誰なんだろ。  あの店が他人の手に渡ってんのと何か関係がありそーだけど。 * ◇ ◇ ◇  「あ、あのう……皆さん急にどうなさったんですか。  先程から何か……」  物音を聞きつけたのか、狭いキッチンに全員が集合しちまった。  ひとり置いてけぼりにされたお隣さんまで来ちまったし。  一応主賓なんだよなーこの人。  しかし元々のお隣さんて今ゾンビになってヨロヨロしてるセンセーさんなんだよなー。  どーすんだコレ。  センセーさんは相変わらずお姉様お姉様とわめくし息子の嫁()も息子の嫁()で汚物は消毒よーとか連呼してるし。  マジで頭おかしいわー。  『なあ、父さん』  いやーしかし問題はこのバイトの子なんだよなー。  何なんだよ師匠ぉ師匠ぉーってよォ。  何の師匠かってちょっと怖くて聞けねーぜ。  何なんだよ暗黒魔導師ってよォ。  この子マジ何なワケェ?  あの店主も謎だけどこの子も何モンなのかよー分からんのに雇用してるとか言ってたよなー。  『父さんてば』  「オッサンオッサン、膝カックンするッスよー」  そうなるとやっぱこのゾンビなセンセーさんが羽根飾りブラ下げて現れたのもどっかご都合主義的に思えてならねーんだよなぁ。  「必殺! 膝カックンッス!」  「ズコー! って何ヶ月ぶりだコレ!」  「昨日ぶりだと思うッス」  「なん……だと……」  『父さん、遊んでないでこの場をどうするか考えようよ』  「別に遊んでなんかねーし」  『はいはい。で?』  『お゛、お゛、お゛、お゛姉゛様゛ぁー』  「このヒトが何してーかなんだよなぁ」  「そもそも何か考えもんなんスか?」  「脳天に風穴開いてるしなー」  『そうなの?』  「さっき誰かがどこかから銃で狙撃したんだよな」  『誰かって、それは分からないのか』  「ああ、しかも……あー」  『まあ良いか』  「そーだな」  そもそもの始まりは駐在さん()が持ってた拳銃をデコに当てて、それで戻った……だよな。  けどそれがいつの間にかゾンビになってた……か。  「お義父さんー?」  息子の嫁()はぶっちゃけ電話の向こうにいる息子の嫁とは別人だよな。  何で出てきたかって言ったら多分このセンセーさん絡みなんだよなー。  このセンセーさん、アレかな。  あのガイコツのねーちゃんみてーなの。  ガイコツのねーちゃんって多分アレなんだよな。  定食屋のじーさんが撲殺した女子高生。確か1976年だっけ。  つまりは……  「あ、あのォ……お邪魔なら私はそろそろ失礼しようと思いますが……」  「ほら見ろ、お隣さんに気を遣わせちまったじゃねーか」  『ほら見ろって何だよ、考え事してボーッとしてたのは父さんじゃないか』  「あ、こんなのはいつものことなんでどうぞお気になさらず!」  『気にするなっていう方に無理があると思うけど』  「正論ッスね」  『父さん、ともかく来客してる横で別なこと始めるのは良くないと思うんだ』  「仕方ねーだろ」  『そう考えてるのなら、父さん』  「おお、そりゃそーだぜ。俺たちにとっちゃ“ここ”自体が異質なんだからな」  「師匠師匠、何が異質なんですか?」  「オメーはよ……」  おっと、ツッコんじゃダメ、ツッコんじゃダメ……  「このアホ毛が怪しい」  「エッそうなんですかぁ!?」  「さすがッスね! 話が見えないッス!」  「イミフにはイミフで対抗だぜ」  『うまく誤魔化したな』  「あのぉ……」  「てな訳でリビングに戻りませんか?」  「そ、そうですね」  「お義父さんー? 汚物はー」  「あー、好きにすれば? でもまずはリビングに戻ろーな?」  「ハイハイ、皆戻るッスよー」  「アナタ、怪しいですよぉ……師匠、そーですよね?」  「ああ、何せ俺のダチだからな!」  『ああ、そういう……』  「という訳ッスよ」  「はあ、分かりましたよぉ」  おう、ナイスアシストだぜ。  「じゃあちょっと片付けたら俺も戻るから待っててくださいね」  と言いながら羽根飾りに手を伸ばす……あ、フツーに触れたぞ。  「おい」  センセーさんがこっちを見る。  デコの穴に羽根飾りを当てる。  「良し、もう一回やるぜ。この羽根飾りが代償だぜ」  『も゛、も゛う゛一回゛?』  「おう」  『い゛、異゛形゛ぅの゛群゛れ゛がぁぁ……』  「スイッチ」  ………  …  「……あ、あれぇ? お姉様ぁ?」  ……よっしゃ、成功……だよな?  センセーさんが元のセンセーさんになった。  思った通り羽根飾りは消えちまったけどな!  「お姉様、あのぉ……大事なぁ、羽根飾りがぁ……無くなってぇ……しまいましたぁー」  あーコノ人こういうしゃべり方すんだっけ……何つーかビミョーにイラッと来んだよな。  で、周りを見ると……おー、ワンコがいるぜ。  つーか釣られてリビングに戻ろうとしてんな?  「おい、ワンコは戻んねーでも良いぜ」  「お? もしかして俺のこと見えてる?」  「もしかしなくても見える様になったぜ」  「何で急に? 今何かしてたよな?」  「あーその前によ。  このセンセーさん、あんたの目からはどう見える?」  「あ? おお!? 何か復活してる?」  「復活!? うぅ……うぅぅ……」  「おーやっぱそう見えんのか、良かった良かった」  「ゔぇーん……お゛姉゛ェ様゛ぁぁああ……!」  「オイ、落ち着けよ、落ち着けって」  「ぐすん……ありがとうぅ、ございますぅ、お姉様ぁ……」  ホンマにコノ人センセーなんかいな……  「どうしたんだよ、急に情緒不安定になりやがって……」  「だって……お姉様が私を生き返らせてくれたから……」  「ゾンビになったこととか覚えてんのか?」  「は、はい、げ、玄関でぇ、急にぃ、苦しくなったことは覚えてるんですけどぉ……」  「もうぅ、その後はぁ、訳がぁ分からなくなってぇ、必死になってぇ、お姉様をぉ、探しましたぁ……そうしたらぁ……  ゔわあぁーん!」  「とにかく落ち着け、落ち着けって」  うーむ……原因を作ったのも俺だからこんなに感謝されても困るんだけどなあ……  「ここの床下収納はまだ入れそうか?」  「そうだな、出たときのまんまに見えるぜ」  「で、でもぉ、羽根飾りがぁ……」  「まあそれはおいおい考えよーや。  他にも出来そうなことはいくらでもあるしな」  「出来そうなこと? やれそうじゃなくてか」  「ああ、さっきお流れになったオメーの飼い主さんに会いに行く件とかな」  「あーナルホド」  「俺の口を勝手に動かして演説かましてくれたのって多分その人なんだろ?」  「それは分からんが……まあ聞きゃ良いだけの話か」  「それに俺ん家の中の状況も変わってるからな」  今俺がやったこと……見た目の事象は分かった。  で、その結果がコレだ。  今は何がどーなった?  他はどうだ?  そうだ、結局具体的に何が起きたのかってのは相も変わらず全くもって理解出来てねえんだ。  俺が口にした言葉でセンセーさんがイキナリ死にそうになって、そして“拳銃を代償に”と宣言してから“スイッチ”とつぶやくと、センセーさんは危ない状態を脱した。  それで一安心と思ったら床下であんなことやこんなことがあってしまいにゃ刑事さんまで現れる始末だ。  何がきっかけになったかって言えば俺がやったことが一番怪しいんだもんな。  今度はツッコミ禁止の縛りを付けて行動してたんだ。  それで今まで周りで起きてたこととどう違ってきてるか、調べて回りゃまた何か掴めるかもしれねえ。  とはいえ理解の出来てねーことはあんま軽はずみにするもんじゃねーよな。  ……まあ観察と推論しかねーよな。  んで……最後に実験か。 * ◇ ◇ ◇  ——てなやり方じゃあまるでダメだったのが今までだった訳だ。  良い加減、パターンも分かってきたしな。  「で?」  「リビングに行くか」  「あ、やっぱり?」  「あ、あのぅ……私はぁ?」  「そーだな……」  センセーさんがリビングに行ったらゾンピパニックになる可能性もあるよな。  こっちから見えてねえからって向こうからも見えねえって保証もねえんだ。  「スマンけどアンタはここで待っててくれや」  「えぇぇ……あのぉ……そのぉ……」  「すぐ戻るって、な?」  「は、はぁい……」  あ、やべ。フラグ建てちまったか?  まあ勝手にウロウロされんのもアレだし仕方ねーよな。  「良し、行くか」  パタパタパタ……  スリッパの音っぽいけどワンコの足音なんだぜ。  足音も隠さずに歩いてリビングに入る。  「あ……」  「おっとォ……」  驚愕の表情でコッチをガン見するオバハンがそこにいた。  あーコレはアレだよなやっぱし。  俺としちゃそりゃねーだろって結果だぜ。  でもってオバハン以外は誰もいない……様に見える。  取り敢えず無言で引っ込む。  「どうした?」  「主賓で来てたオバハンがひとりで座ってたぜ」  「誰もオモテナシしてない感じか」  センセーさんが正常化してると仮定したらあのオバハンはどーなる?  センセーさんがゾンビビチャアになったから急遽出て来た“お隣さん”の代役、だよな。  疑問にゃ思うがこの手の矛盾は敢えてつっ込まねーでスルーしとこーかね。  とそこにぬっと現れたオバハン。  「あの、もしやあなた様は……あっ、あひっ!?」  「あっ……」  「あーあ……」  「いや、“アヒッ”ってどーゆー驚き方だよ!」  「敢えて言うけどソコ今突っ込むとこなのかよ!」  状況を説明するぜ!  今俺を追っかけてオバハンがキッチンに戻って来ちまったんだぜ。  そこでセンセーさんを見て“アヒッ”って声を漏らしちまった訳だ。  ちなみに“もしやアナタ様は”とか言ってたのは、考えたくもねーけど俺の見た目がセンセーさんが見たのと同じに見えてた……つまりは例の女神様みてーな人物に見えてたってことなんだろーなと思うぜ。  こりゃもしかして最初にこの町にすっ飛ばされて来たときのシチュに戻ってるってことになるんかね。  んでセンセーさんは相変わらずゾンビだったので“アヒッ”ってなったと……  「あ、あのぅ。もしかしてぇ、あなたはぁ……」  「ヒ、ヒィィ」  「あ、ちょっと発言は控えてもらってて良い?」  「は、はぁい」  「え? え?」  ふぅ、危ねぇ危ねぇ。  センセーさんはどーやら“元のお知り合い”みてーだな。  だがここでツッコミを許す訳にはいかねーんだぜ!  オバハンにはゾンビが呻きながら近付いて来て俺が平気な顔でそれをなだめすかしてるみてーに見えてるらしーな。  あ、なだめるって“襲いかかろーとしてる”ゾンビを、だぜ。  「あっ! あわわっ」  「ん?」  オバハンがチョコマカと右へ左へとマンガ的ムーヴをしたかと思うと今度は何かイミフなパントマイムを踊り出したりと、急にせわしない動きをし始めたぞ。  何だよ、オイ。  「す、すり抜けた!? お、お化けぇ!?」  ああ、分かったぜ。  「見たとこ汚物は消毒よーとか何とか言いながら回し蹴りブッパしまくって空振ったって感じだな。  お……じゃなかったはそのヒトがへんな動きしてんのはそのとばっちりを食ったカタチか」  それにしてもナカナカに鋭いダンスだったぜ。  ありゃ経験者と見たね!  「で、誰のとばっちりだって?」  「息子の嫁()」  「あぁ? あー、そーゆーことかよ。  しかしどーすんだ、コレ」  「あ、あ、あ、あのあのあのぅ……ムスコのぉ、ヨメとはぁ、何ですかぁー?」  「今それどころじゃねーから、な。  さっき言ったこと覚えてるだろ?」  面倒臭ぇなぁおい。  何だろ、コレ分かるよーに説明してやったら多分何かが何かになって何かが何かする様な気がしてならねーんだよな。  しかし面倒臭ぇしなあ。  「良し」  「良しって何が良いんだよ」  「すみません、どうでしたか? カツ丼は」  「カツ丼……あ、はい、アヒッ! とてもおいし……アヒッ……かったですアヒッアヒッ」  「全然良くねーじゃねーかよ!」  「やっぱマトモに受け答えなんて出来る状況じゃねーよな!」  「絶っ対にわざとだろ。楽しんでんじゃねーよテメーはよ!」  『い、今の声はもしや師匠の関係者もしくは暗黒神様ご本人でゴザイマスか!?』  オイそこ、勝手に新たな神を創造してんじゃねーぞ!  つーかおめーんとこのメシの感想聞いてやってんだからちっとは乗っからんかい!  「今の声はワンコだぜ」  『や、やはりコレは……』  「お姉様ぁ? カツ丼とはぁ、どの様なぁ、食べ物なのですかぁ?」  『師匠ぅー? その女は誰なのですかぁ?』  「俺だよ、オレオレ!」  「か、カツ丼、アヒッ! おいし……アヒッ! ど、どうしても……アヒッ! 上手く言えなィィアヒィ!」  「もう訳が分かんねーワン!」  「だからカツ丼の感想を聞きに来たんじゃねーのかテメーはよォ!」  「あのぉ……カツ丼のぉ、感想はぁ、もう良いぃ、ですよねぇ……」  「あ、ありがとう……ございますアヒッ!」  「誰か回し蹴り止めさせろよ、いやパンチかもしれんけど!  つーか何でスルーしてんだよ。  ゾンビビチャアの方が異常なのは分かるけどよぉ」  「わ、私ぃ、ゾンビィ、ビチャアじゃぁ、ないですぅ……」  『師匠、師匠はどこに行ったんですかぁ?』  「そのシショーさん、てのは目の前にいんだろ」  「あ、オイ! そこはフォローせんでも良いんだぞ!」  『目の前……まさか……!』  カツ丼、カツ丼かあ……うーむ……  ええい、ままよ!  ワンコとアイコンタクト……  そしてオバハンには口元で人差し指を立てて何もしゃべんなよとジェスチャーで指示を出しておく。  届け、俺のテレパシー()!  「オイ、カツ丼女ァ!  テメーの店で食ったカツ丼はサイコーだったぜぃ!」  『何よ、その“カツ丼女”ってのは!』  「実を言うとそこにいる長身の暴力女が俺なんだぜぃ!」  『えぇ!?』  「ウソつけ! 俺のハナが嘘の匂いをキャッチしたぞ!」  『おおっさすがは地獄の番犬でふね! グフフ……』  とか言ってる間にセンセーさんを勝手口から出してやる。  向こうから俺は見えてねえから楽勝なんだぜ!  センセーさんが自分ちに向かったのを確認してOKのハンドサインを出す。  「どーだ! 言い逃れは出来ねーぞ!」  「ハイ、ウソでーす」  「何なんだよソレ」  「でもその女は息子の嫁じゃねーだろ」  『それがカツ丼とどう関係するのか教えて欲しいわね!』  「何でそこでカツ丼の話になんだよこのダメ店員!」  『何ですってぇ!? “カツ丼女”とか呼ばれ損じゃないのよ!』  「訳が分からんぞ、説明しろ」  「今ここでの俺らの共通ワードは何だ?」  「共通……ああ、それでカツ丼か。  だがそれが何だってんだ?」  「だから言ったろ、俺は先に店でカツ丼を食って来た。  そしてソイツはサイコーだったぜ、とな」  『えぇ……何故それを……まさか……!?』  「だからオレオレ俺だぜって言っただろ」  『うわさに名高いオレオレ詐欺という奴だな!?  師匠をどこにやった貴様ァ』  「あーあ、火に油をそそいだだけだったんじゃね?」  「いや、暴力女はいなくなったよな?」  「あ、あの……しゃべっても……?」  「ああ、良いぜ。それを確認出来んのはアンタだけだしな」  「はい、あの長身の女性ならゾンビを追って外に出て行きました」  「じゃあ良いな」  「あちらさんが俺らのとこに来る可能性は?」  「正直、否定しきれねえ」  「あ、あの……今はどういった……昨日おっしゃられていた“日々の暮らしが手のひらからこぼれ落ちて行く”とは、今目の当たりにした……」  「ああ、そうか……ってことはこの家に来てみて中に入ったら廃墟でびっくりって感じか」  「は、はい。あの……それに先程のゾンビも……」  「コノ人、センセーさんはゾンビに見えてんのか……」  「結局どんな状況なんだ?」  「コノ人は昨日の演説を聞いてウチに来てくれた人ってことで間違いなさそうだな」    オバハンがコクコクとうなづいている。  「だったら……」  「ああ、センセーさんがゾンビに見えてんのはおかしいぜ」  「あの、“センセーさん”というのは……もしや?」  「もしかしなくても昨日のお巡りさんと一緒に入った女性、あの人だ」  「えぇ……」  「まあびっくりするよな」  「それと……その……口調は……」  「あーこれが素なんだよ、気にしねーでくれや。  アンタも気楽にな?」  「は、はい。かしこまりましたぁ」  「無理だろ……あー、ところでよ」  「何だ?」  「禁止なんじゃなかったか? ツッコミはよ」  「あ」  あちゃー、やっちまったぜ…… * ◇ ◇ ◇  さて、どーなる?  いや待てよ?  「あー、つかぬことを聞くんだけどよ」  「はあ」  「アンタは昨日家の前で聞いた話を覚えてたよな?」  「あの、いったん帰って親しい人との別れを済ませてから来る様に、というお話でしたら……」  「ふむ、ナルホド……」  やっぱご主人が入院してて今日隣に引っ越して来たって設定はキレーさっぱり元に戻ってるみてーだな?  ご主人()は舞台袖で待ってたけど終わってみたら出番ナシ、みてーな感じになっちまったのかね。  何かカワイソーなことしちまったぜ!  俺の勝手な妄想だけど!  「んでそのアイサツは済ませて来たのか?」  「あ、いえ……私にはあいにくとその様な相手もおらず……」  なぬ?  「主人には先立たれまして。  両親とも今は離れ離れになっておりますし、子供もきょうだいもいないものですから」  な、何だってぇー!  ご主人は登場する前にお亡くなりになっちまったんか!  「あー、何つーかスミマセンね」  「い、いえ。それは良いのですが……  それでその、あなた様が“センセーさん”とお呼びになられていているあの異形の者のことなのですが——」  うげ。肝心なことを忘れちまってたぜぃ……  「あなた様は昨日と同じ様に接しておられましたが、中身は元の先生のままということなのでしょうか」  「あーその……まあ、そうだな」  「言葉も通じると……?」  「ああ、前と同じ様に話せるぞ」  「ですが私には訳の分からないうめき声を上げている様にしか聞こえませんでした」  「まあ、そうだろうな」  「あなた様にはなぜ言葉が理解出来て……?」  「言葉だけじゃなくて見た目も元通りに見えてるからな。  ある意味どっちも見た目通りって訳だ」  「あなた様の目には普通の人間に見えている、それが真の姿だと?」  「ああ、そうだな。そう思う」  「この“廃墟”と何か関係があるのでしょうか」  「それも俺には普通の家に見えるがな」  「それもまた真の姿だと?」  真の姿ってのはつまりアレだ、女神様ってヤツへの信仰心……そっから来てる言い回しなんだろーなぁ。  女神様の加護で真実が見えているのです! 的なヤツ?  あーやだやだ。  「ソレなんだが」  「それ、といいますと?」  「この家の外は人々が暮らす普通の町、で合ってるよな?」  「はい、この場所を失えば私共にはもう行く当てがありません」  イヤ、そんな期待のこもった目でコッチ見られても困るんだけど!  しかしここだけが廃墟か……加えてセンセーさんもゾンビに見えてるし、そりゃ俺が見てる方が正常だって思う訳だ。  こっちにも異形の群れとやらが押し寄せて来るんじゃねーのか、そんな不安が頭をもたげてくんのも無理はねーぜ。  これってもしかしてハナっから何かがおかしかったのか?    「ちょっと俺の動きを見ててもらって良いか?」  「あ、はい」  そう言って俺は二階へ続く階段を登り始める。  「あ……ちゅ、宙に浮いて……?」  「言っとくが奇跡でも何でもねーぜ。  ここにゃあ階段があるんだからな」  「階段……? ああ、そういえば」  「この家は外から見たときは二階建てだっただろ?」  上も確認してぇとこだが取り敢えず下に戻る。  「待て、二階だと?」  「何だ?」  「この家に二階なんてあったのか」  「うぇ!?」  おっといけねえ、ノーマークなとこからいきなりぶっ込まれたせいで思わず変な声が出ちまったぜ。  「もしかして平屋だと思ってた?」  「思ってたも何も、外から見ても中から見ても平屋だぞ」  「マジかよ……」  と思ったけどそもそもここが誰の家だったのかって疑問へのヒントにゃーなんのか。  元々このワンコのご主人サマに会って聞いてみてえと思ってたことだしな。  うし、ここは前向きに考えるとすっか。  「話は後で聞かせてもらうぜ?」  「あ? ああ、分かったぜ。何の話かは分からんけど」  さっき一瞬刑事さんに会えたこととか、誰がセンセーさんの眉間をブチ抜いたのかとか、皆どこに行ったとか、双眼鏡は今誰が持ってるとか……  センセーさんじゃなくて隣の奥さんと今話せたら、手持ちの情報で何か糸口が掴めるかもしれねーのになあ。  「あ、あのぅ……それで、今更なのですが」  「ん?」  「その……ワンちゃんも普通に言葉を話していますが、本当は人間だったりするのでしょうか……?」  「あ」  あちゃー、すっかり忘れてたけどコイツも大概フツーじゃねーんだよな……  ともあれ、やっちまったぜぃ!  とそこでワンコがテシテシと俺の足を叩く。  何だ、ここに来てカワイイアピールかいな。  「ところでよ、そのセンセーさんとやらはほっといても良いのか?」  「あ」  そういや追っかけてった息子の嫁()の方も今何してんのかすっかりノーマークになってたぜ。  つーか同じ場所でドタバタしてんのを押さえとくのって無理だよな。  「んで師匠師匠ってうるせー奴の方はどーすんだ?  何かヤベー妄想に取り憑かれてなかったか?  どーせ放っておいても誰かに迷惑かけることはねーんだろーけどよ」  『何? 誰か呼んだ?』  うげぇ、まだいたんかい……  しかし今の会話に割り込んで来ねーでよく大人しくしてたな?  良し、決めた。どーせ声しか聞こえねーんだ。  息子とアホ毛が通話繋いだまんまボーッとしてるんじゃねーかってことを考えっと悪りー気もすっけど。  せーの……  「良いか、よぉーく聞けェーい! キサマの師匠はぁッ……この世界のどこを探してももぉ居ないのだぁーッ!」  ………  …  「……えーと、アレ?」  「あの、急に大声でどうされたんですか?」  「ホラ、急に意味も無く走り出したくなるときってあんだろ?」  「いえ、ありませんが」  「は、ははは……」  「あちゃー、やっちまったぜって感じだな!」  「うるせぇよ!」  何なんだ? おかげで赤っ恥かいちまったじゃねーか!  ぐぬぬぅ……  「あの、それでそのワンちゃんは……?」 * ◇ ◇ ◇  「丁度良いぜ。俺も知りてーと思ってたとこなんだよな」  「あー、ちょっと拾い食いしたらだな……」  「おいテメーマジメにやれや」  「アンタに言われたかねーよ! それに今そんなに大事なコトなのかよ」  「じゃあ聞くけどな、俺を使ってこのオバサンみてーなのを呼び寄せよーとしたのは何でだ?」  「それをアンタが聞くのかよ」  「オイオイ、俺の口を使ってここに人を集めようとしたのはオメーのご主人サマなんだぜ。  忘れたとは言わせねーぞ」  「エッそうなの!?」  「オイ、マジメにやれっつっただろーが」  「あ、あの……それはどういった……?」  ったくよぉ……  仕方ねえ。  「あー、このワンコはだな……そうだ、神の使いなんだぜ!」  「えぇ……」  「まあ、そうでしたのね!」  「真に受けんじゃねーよ!」  「いや、紛れもねー真実だから!」  「信じます! だってしゃべるモフモフなんて最高です!」  ありゃ? 何かキャラ変してねーか?  このオバハン、もしかして例のリセット()技食らったんじゃねーだろーな?  それか中の人が変わったって感じか?  んなことあんのかね。  それかさっきのやっちまったぜ、の結果か。  「言っとくが俺のご主人は神サマなんかじゃねーぞ」  「神サマじゃなかったら何なんだよ」  「えぇと……仏?」  「ブッダに謝れ!」  「もふもふ神のしもべとか言っても信じそうじゃね?」  「信じます!」  「おいそこ! 勝手に神サマ創造すんな!」  「俺がソレ言われるとは思っとらんかったわ……」  何かこのオバハン、キャラ変だけじゃなくて急激にアホ化してねーか?  もしやこのワンコが怪しかったりとか……?  「なあ、オメーのご主人サマとやらにここに来てもらう訳にはいかねーのか?」  「言っただろ、あの家から動けないんだってよ」  確かに前に聞いた話だが……そりゃ本当なのか?    「動けねー理由をまだ聞かしてもらってねーが」  「何つーかその……本体は動かせねーんだよな」  「何だそりゃ、神社のご本尊かよ。  本当はご主人サマなんぞいなくて全部オメーがやってたなんてことはねーだろーな?」  「んな訳あるか。しがねえ一匹のワンコロに過ぎねえんだぞ、俺は」  「ンなワンコがどこにいるっつーんだよ」  「あァ? いるだろ、ここによ」  「ったくよ……ああ言えばこう言う……何なんだよテメーはよ」  「その言葉まんまブーメランだろ」  「はあ?」  「それよかどーすんだよ、センセーさんとやらはよ。  何のために戻してやったのかは分からねーけどよ」  そーだった……まだ息子の嫁()と追いかけっこしてんのかね。  まあ絵面としちゃあ息子の嫁()の方が一方的に追っかけ回してるだけだと思うけど。  んで、そのセンセーさんだ。  このワンコは俺が“戻してやった”と表現してるが何から何に戻ったってんだ?  そこのオバハンみてーに見た目がゾンビのまんまだって認識してるヤツだっているんだ。  それを“戻った”って言い方は何か違う様な気がするぜ。  しかもオバハンの方は話してる言葉の意味も理解出来てねえみてーだからもう完全に別モンなんだろーな。  ……別モン?  ……あ、そーか。急なキャラ変とかそーゆーコトなのか……?  しかしあの嫁()、何だか知らんけどゾンビ絶対殺すマン的な感じだったからな。  存在を認識しちまったら地獄の果てまで追っかけ続けるだろーなあ。  何でゾンビダメ絶対的なムーヴをする必要があんのかまでは分からんけど。  まあそれもこれも家にいたら面倒なことになるからって話だからな、出ちまえばある程度何とかなる……よな?  んでもってお腹が空いたらお家に帰る……よな?  どーやって帰ろう思ってんのかは知らんけどな。  まあ良いか。  もうツッコミネタバレ何でもござれだ。  息子の嫁()を動かしてる奴をどうにかして動かしてやりてーぜ。  「センセーさんは俺らと合流して一緒に行動してもらう、だろ。最初からそーだったじゃねーか」  「あの、あの方と……ですか?」  「何? 文句あんの?」  「いえっ、メッソーもございませんです!」  「ひでーな、パワハラ上司かよ」  「嫌なら別に良いんだぜ?  俺としちゃあついて来ようが来るまいがどっちでも良いからな」  「はい?」  「さっき聞いてただろ。  昨日の俺の演説はな、このワンコのご主人サマが俺の口を勝手に動かしてしゃべってたんだよ。  だから俺の意思じゃねーんだ」  「その……そうするとあなた様は……?」  「あん?」  「私共の国で信仰の対象となっていた女神様と同じお姿をしたお方が今ここにおられる、そのことに何の意味も無い筈がありません」  おおう、何か急に語り始めたぞ。  つーか元に戻ったか?  もう聞いてみっか。もう何でもござれだって決めたしな。  「……元に戻ったな?」  「あ……はい。何と……お気付きになられておいででしたか……」  「そりゃ気付くって。あからさまに性格が変わってたからな」  「何だよ、俺にゃ何が何だかサッパリなんだが」  「オメーはよ……」  このワンコは素でおマヌーな奴なのか、はたまた計算ずくでやってんのか……  「あなた様が昨日その……操られていたと……  それと同じなのかどうかは分からないのですが、何か思考を誘導されているというか……」  「そりゃ俺と違うな。  俺の場合は何つーか取り憑きっつーか誰かが乗り移って俺に代わって身体を勝手に動かすみてーなのだからな」  「何と……やはりあなた様は神降ろしの巫女様か何かなのでは……」  「俺は何も知らんけどな」  「はあ、左様ですか……ですがご迷惑でなければご一緒させていただきたいです」  こりゃいつぞやの定食屋でアホ毛がやられてたヤツに近いな?  そうか、場所としちゃあ定食屋にゃ違えねぇんだよなあ。  てっきり核心は廃墟にあるもんだとばかり思ってたが……    「良し、じゃあ一緒に行くか。ただしセンセーさん家の前を通らねー様にしてな」  「アレ? 見に行かねーのか?」  「行く訳ねーだろ、ソイツは後だ後」  「あの……見付からない様に、ということですね?」  「そうそう、そゆこと」  息子の嫁()、引いてはあのバイトの子にゃ俺らの声が聞こえてたらしいからな。  さっき赤っ恥かいたお陰で何かもういねーみてーな感じになってるけど油断は禁物だぜ。  「つー訳で安定の勝手口スタートだぜ」  「あ、あの……履物は……」  「……取って来っか」  何かのっけからミソがついちまったぜ!  「左じゃなくて右からグルッと回ってくか」  「何だか分からんけど任せた」  左は八百屋コースなんだぜ。  この町にゃ八百屋はねーけど。  てな訳で歩くこと十数分。  件のボロ屋に到着した。  「これフツーに入っても良いんか?」  「開いてる筈だぞ」  「何で?」  「良いから上がれよ」  「……あとでちゃんと教えろよ」  玄関は昔懐かしの引き戸だ。  何つーか……60年代風?  ガラリと開けて中に入るとそこには昭和、それも俺のジジババくれーの世代の家の風景があった。  木の匂いといい、昭和感満載だぜ。  そして家は見た目よりも大分奥行きがある。  江戸の昔の区画整理の名残があったなんて話を聞かされたことがあるが……実際見んのは初めてだな。  一本の長い廊下の脇に続く、これまた長い部屋。  コレ、普段は襖で個室になってるけど一族郎党が集まるときはそれを取っ払って集会場になる奴だ。  本家の間取りって奴だな。  で、その一番奥。  正確には台所とか風呂場なんかの手前の部屋だ。  「あー、コレが俺のご主人サマなんだぜ」  「かっ、かっ棺桶ェ……?」  『なっ何と……吸血鬼の類とかでしょうか師匠ォ!?』  「!? 誰だ今の!?」  『あっしまったァ……コーフンの余り……あ痛っ!!』  えー、何でコイツがいるんだよ……ってそーか、ここ定食屋だもんな。  フツーに帰って来たんか。  しかしまあ暗黒神の次は吸血鬼かいな。  妄想すんのも大概にしてほしートコだぜ。  んで最後のはアレだよな、店主のオッサンのマジメに仕事しろって奴。  俺にゃあ全く何も見えてねーけど。  「で、夜になるとこっから出て来んのか?」  「いや、何つーか……生霊的なヤツ?」  「アヒッ!?」  あ、そのビビリ方は素なのね。
/26ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加