〚長編〛幻影戦妃 alpha ver. draft - 2021.12.30 / 653,369字

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13 ≫ * ◇ ◇ ◇  「生霊? てことは中身は生きてんのか?」  「あー、生きてるっつーか何つーか……」  「何だよその喉に小骨が引っ掛かったみてーな言い方はよ」  『もしやツクモガミの類なのではっ!?』  詳しいなオイ……つーか見えてねーのによく会話に混ざれんなぁ。  「ツクモガミ?」  「あー、物を大事にしてると魂が宿るっていう奴?」  「まあそうだな」  オバハンが知らねーっつーことはこのバイトの子はどっかでそういう知識を仕入れたってことになんのか。  『もしかして目玉とギザギザの口をザックリと開けた凶悪な面構えの魔導書とか!?』  いや、マジでこの子オタクの影響受けてんじゃね?  「うう……来るんじゃなかった……ぐすん」  そしてオバハンはホラー苦手なんだったら付いてこなきゃ良かったのにな。  「で、目の前にいて勝手なこと色々しゃべってる俺らに対して沈黙を守り続けてるこのご主人様はいつ口を開いてくれるんだ?」  「おかしいな……いつもなら話すくれーはしてくれる筈なんだが……  ちょっと中を確認してみるからいっぺん外に出てもらって良いか?」  「見られちゃ困るよーな中身なのか」  「あー、まあ……な」  「また歯切れが悪いな……何か隠してんだろ」  『あ、なぜか私今見えてます! 後で報告しますね!』  「なぬ? 今定食屋の店ん中だろ? 何でだ?」  『店の中ってゆーか裏庭の小屋の中ですよ!』  「へ? 裏庭だ? 待て……つーことは俺らの姿も見えてんのか」  あー、まあ随分と奥まで来たなと思ってたから位置関係としてはそんなもんなのか。  つーか見えてるってとこは隠しといて欲しかったけどな!  『ハイ、うっすらと!』  「オバケみてーなのか」  「オイ、分かったから少し外しちゃくれねーか」  「いやまあ俺はいいけどさ、バイトの子からは丸見えなんじゃね?  えーんかいな、そんなんで」  「あー、あー、どうすっかなぁ」  コイツ、マジで本人なんじゃね?  聞いてみっか……いや、何か理由つけて逃げられんのもイヤだしちっと黙っといた方がえーかな。  「取り敢えず出てやっか。ホレ、行った行った」  「え? あ、はい。はいっ!」  俺はオバハンを連れて奥の部屋を出た。  オバハン、明らかにホッとしてんなコレ。  まあ良い、障子を閉めて更に奥の台所に移動した。  「ここに来て何か気付いたこととか無いか?」  「そう言われましても……」  「例えばだな……この家——」  「い、家?」  「あん? 何が違うってんだ?」  「あ、いいえじゃないです、家です家」  「家がどーした? ウチみてーに中に入ったら廃墟ったとかか?」  「はい……はい! 何か周りの反応が違うなと思ってたらそういうことなんじゃないかと思いまして」  「あーそれで余計に怖がってたんかー。んで続きは?」  「えぇとぉ……ここ以外はどこかの関所? だった様な感じの廃墟なのですが……そ、そのぉ……この部屋が」  関所だ? 何だそりゃ?  江戸時代の関所? いや、違うな。  コノ人が言うんだから西洋風なのか。  「何だよ、ガイコツでも転がってたか?」  「は、はいぃ……その通りです……!」  「うげぇ……やっば定食屋ってそーゆートコなんか……」  「定食屋? やっぱり、とは……」  「あー、ここってそういう前科がある場所なんだよな。  何かと繋がってたカンジ?」  「前科? それに何かと……とは……」  何か俺便利な検索エンジン扱いされてね?  つーか師匠師匠うるせーのはどうした?  ぜってー食いついて来るかと思ったが……ああ、棺桶の方に夢中になってんのか。  まあ良いや。  「この町ってさ、同じよーな場所がここの他にも何か所もあるみてーなんだよな」  「他にも……?」  「さっきから見えるとか見えねーとか言ってただろ」  「はい、それはもしかして……」  「何かその人の状態か何かで隣り合った場所のモノとか音がが中途半端に見えたり聞こえたりするみてーなんだよな。  んで俺は他でもここに何度も来てるんだけどよ、何でか毎度ゾンビとかガイコツに出くわすんだよなあ……」  「ゾ、ゾンビぃ……」  「あ、さっきカツ丼ゴチになったとこは久々にフツーの店だったわ」  「まあ、ではあなた様は複数の世界を自由に行き来することが出来るのですか……!」  「あー、出来るっつーか何か事故に次ぐ事故で飛ばされまくってるって方が合ってる気がするけどな」  「事故……とは……」  「あー事故は事故だよ、何でここにいんのか分かんねーって奴だ。  でな、多分なんだけどこの場所ってあんたらが元いた場所と何か関係っつーか因縁があるみてーなんだよな」  「それはまあ、私共がまとめて送りこまれて来た位ですし……その……」  「その、何だ?」  「ここは最初に来た場所なんです。  私共は気が付いたらこの場所に立っていて、敷地の外に出たらこの町で……」  ええぇ……  「早く言えよ、それをよ……メッチャ重要な情報じゃねーか。  てことはここにガイコツが転がってんのも知ってたって訳か。  どーりでビビり方がフツーじゃねえと思ったぜ」  「あ、あの……ももも申し訳ありませしぇん……」  「いや、良いって良いって。  聞かれてねーし別に教える義務もねーんだしな」  それにカミカミでたどたどしくペコペコ謝る恰幅の良いオバハンとか需要ねーから。  「オイ、良いぜ……」  その声が聞こえて振り向くと、恰幅の良い女性が立っていた。  コイツは予想外だぜ……てっきりアノ人かとばかり思ってたからな。  「しかし以外だったぜ……まさかアンタが……ってアレ?」  『エッどういうことですかぁ!?』  さっきまでオバハンが立っていた場所にはワンコがいた。  「な、何だ?」  コレはアレか。以前定食屋で見た奴だ。  同一人物が入れ替わり立ち替わり……  「ドッペルゲンガーって知ってんだろ。  同じ人間が同時に存在することは出来ねーんだぜ。  まあ落ち着けや、説明してやるからよ」  同じ人物が同時に存在することは無え……?  じゃあ俺は……? それにここはまた別の……?  『師匠師匠、騙されてはいけませんよォ!  コレは良くあるトリックです!  このエセあんこくまどーしめぇ!』  「あァ?」  『今しゃべってんのはそこに転がってたガイコツなんですよぉ』  「はあ?」  「あ、あのなあ、話をややこしくすんなよ」  「じゃあオバハンはどーした?」  『え? さっきから師匠の目の前にいるじゃないですか』  「は? あ!」  「あ、あの……今何か……?」  「だーッ、訳が分からん!」  今確かにワンコとオバハンの位置関係が入れ替わってた筈だぞ。  んでへやの中から出て来たオバハンが「オイ、良いぜ……」と言ってたな……?  それがバイトの目にはガイコツだと映ってた……?  ……あっそーか。  「オメーガイコツなんていつから見えてたんだ?  その小屋ってとこにでもいたのか?」  『え?』  「オメーも聞いてたんだろ、俺とオバハンの話」  『いや、私は中でずっと見てましたよ』  「中で? 何をだ?」  『えーと……ハイ、ワタシはそこの棺桶の中の死体でぇす』  「ひぇっ!?」  バタッ!  あー、いつの間にか戻のポジに戻ってたオバハンが今の話で限界突破して白目むいてひっくり返っちまったぜ。  「ここってよ、このオバハンらが最初に来た場所なんだろ?  だったらオメーは何なんだ?」  『えへへぇ……』  「えへへじゃねぇ、マジメにやれや。  ガイコツが定食屋でバイトとかどういう話だ」  『言った通り私はここから動けないんですよ、この棺桶から。  だからここに定食屋があるのは不幸中の幸いって奴で』  「棺桶から……?  しかし聞いた感じだと棺桶そのものを動かしゃ良いって話でもねーんだろ?」  『この場所、この状況じゃなければ良いんですけどね』  「フン……で、そこのワンコとの関係は?」  「そこは主人とペットだろ、見て分かんねーか?」  「分かんねーよ! つーかまさかとは思うがひとり芝居じゃねーだろーな?」  「ちげーよ!」  『そのワンちゃんは私の大切なげぼ……コホン、お友達ですよ』  「今下僕って言いかけただろ。ちゃんと聞こえてたぞ」  「分かったからここが何でオメーらが何なのかをとっとと説明せんかい!」  『棺棺の中には最初にここへ降り立った者の遺品が入ってるんです』  「遺品? んでそれが何だ?」  『その、自分でもよく分からないんですがツクモガミって言うんですよね、こういうの』  「以外と何も分かってなかった!?」  いや、落ち着け……んな訳ねー筈だぞ……!  「聞いて驚くなよ?  何とここはお宅の地下と繋がってんだぜ」  「な、何だってぇー!?」  「驚くなと言っただろーに」  いや、ソレ驚けって意味だからな?  日本語ちゃんと勉強してんのか?  あとガイコツ設定どこ行った! * ◆ ◆ ◆  「んで俺ん家と地下で? ……ていうのはひとまず置いといてだな」  「置いといてえーんかい!」  「いちいち突っ込まんでえーわ!」  そんなことフツーは始めから言うだろーしな。  それを言わねーってことは今そーなったって考えんのが妥当だよな。  俺ん家ってゆーからにはここに定食屋がある俺のホームタウンに繋がってるってことだよな、多分。  そーなりゃベストだけどとにかく一個ずつ順番に行くぜ。  「ハ……ハッ……ハッ……」  『何?』  「ハッ……クショーぃ! ……何か寒気がすんな。何だろ」  「棺桶の呪いとか?」  「エエッ!?」  「冗談だって」  「悪質ゥ……」  『まあこの寒さですからねー』  ここが寒い? 何じゃそりゃ?  まあ良いや、気を取り直して仕切り直すとすっか。  「まず棺桶の主だとか言ってるヤツ、さっきいっぺんここに来ただろ。  お前らそん時が初対面だったよな?」  「おう、そうだぜ」  『えっ!?』  「何だよ、このワンコを見て地獄の番犬だとかわめいてただろ」  『え、えーと……何?』  「何だよ、天然かよ。もっと粘れよオラ」  「もうその辺でカンベンしてやれよ、本人はマジメに分かってねーんだぜ」  「ったく……ハナっからいたんだろ?  “あっしまったァ”とか言ってた辺りからよ」  「あー、えーと……ハズレだぜ!」  「へ? 違うのか?」  「例のバイトの子だよ、ここにいんのはな。  ただ、師匠師匠ってうるさかったヤツとは別人だぞ」  「へ? あー、場面転換みてーなのか?」  「場面転換? 何だそりゃ」  「あ、えーと……何て言ったら良いんだ……  そうだ、瞬間移動みてーなのっつーかそんな感じのヤツ?」  「ああ、言わんとしてることは分かったぜ。  当たらずとも遠からじって感じだな」  『ちょっと、さっきから何言ってんのか全然理解出来ないんですけど!』  「いっぺん外に出ろって言っただろ、あん時か?」  『ちょっと聞いてますかーアタシの話ィ』  「聞いてねーし」  『酷い! ○ね!』  「何かキャラ変わってねーかコイツ?」  『えぇー、前からこんなんでしたけどぉ?』  「取り敢えずよ、俺もわかってねーから黙って聞いてよーな?」  『えー? やだー』  「じゃあどーすりゃえーんじゃい!」  『まずは黙ってアタシの話を……』  「あー分かったからこっちの話を先にさせてくれよな、後で必ず聞いてやっからよ」  『えー、ホントですかぁ……?』  「んでどうなんだ?」  「ん? あー、さっきアンタが場面転換とか名付けてたヤツか。  ちょっと家の外に出てみたら分かるかもな」  「出たよ……“見れば分かる”……ゴタクは良いからさっさと教えろよ。  それにそこで伸びてるオバハンはどうすんだ?」  「まあほっといても良いだろ。俺が保証すんぜ」  『ねえねえアタシの話は?』  「ああ……」  『絶対忘れてたでしょ!』  「ぶっちゃけ今からしようとしてる話と関係あんのか、この子」  「いや、完全に想定外っつーかおっさんにひっ付いて来たんだからな?」  「えっそうなの?」  『今度は何の話よ! こっちの話を聞きなさいよ!』  「つーかいつの間にかタメ口になってるし」  『良いでしょ、初対面のアンタ達がイキナリタメ口なんだからお互い様よ』  「ん? 初対面?」  「え?」  「ご主人様は? ……妄想?」  『ゴシュジンサマ? 何それ。あんたらヘンタイな訳?  あいにくそーゆー趣味は無いんだけど。このヘンタイ!』  「……アレ?」  「ちょっと待て、何なんだコレ。散々もったいぶってたクセによ」  「確かに」  「確かにじゃねーよこのウソつきめ!」  何か俺、会う女子全員にヘンタイ認定されてね?  あ、息子の嫁……はお倒産認定か……  じゃなくてぇ!  「そうだ、外だ! 外に出れば分かるワン!  多分、……何かがっ!」  『だから言ってるでしょーに! この場所から離れられないって』  「えっ?」  「えっ? そこは同じ……?」  ちょっと待て……俺がエッてなるのは良いだろ。  でも何で訳知り顔でご高説タレてたワンコもハモっちゃってんだよ。  いやこの場合はユニゾンなんじゃね? とかいうツッコミは置いといてだな……  「ぶっちゃけこの、声だけ聞こえてるのって定食屋のバイトの子じゃねーだろ」  「エ?」  『何? やっと気付いた訳?  その定食屋ってのが何なのかも分かんないし、何の話してんのかなあってずっと思ってたのよね!』  「待ってくれ、完全に想定外だ」  「多分とか言ってた癖して良くゆーわ……  それで肝心のご主人様はどうした? 棺桶はもう一個あるけど」  『ああ、その棺桶の中は空よ。空っぽ』  「空っぽ? 分かんの?」  『そりゃあ一応ヌシだしぃ……』  「そうかそうか。じゃあまたな!」  『おう、またな! ……って行っちゃうのォ!?』  「だってさ、俺らヘンタイだろ? ヘンタイは出てくべきだよな!」  「てな訳でさらば、だワン」  『待ってぇー……恨メシ屋ぁ……』  パタパタパタ……  やっぱ地味に長げーなぁ、この廊下。  まるで親父の会社の渡り廊下みてーだぜ。  これ、途中に中庭なんてあったりしてな。  しかし棺桶と自称棺桶のヌシかぁ……  さっきのヤツも何かツッコミポイントが満載だったしイマイチイジり足りねー感もあったけど……まあ後でまた来りゃ良いよな!  「よっしゃ、出るぜ!」  ガラッ!  「……アレ?」  「やっぱ何か想定外な感じ?」  「えーと……ここ、どこ?」  それは困ったワン……とか言ってる場所じゃねーよな!  てゆーか……寒っ! しかもスゲー雪!  余裕で氷点下だよなコレ……とにかくクソ寒いんだけど!  「取り敢えず寒くて仕方ねーわ。まずは中に戻ろーぜって……え?」  家っつーか……町がねえ!?  でもこれって廃墟……だよな?  あー、だけど詰所がねぇな……  寒さをしのげそーな場所が何もねえ……  えー、コレ詰んでね?  「一応聞くけどよ、コレ俺ん家と地下で繋がってんだよな?  帰れんだよな? な?」  「わーいわーい雪だ雪だわんわん!」  ……コイツどんどん犬化してね?  さっき得意満面で自慢げに何か語ろーとしてたの、忘れてねーからな? * ◇ ◇ ◇  うぅぅ……クッソ寒みーぜぇ……  コイツは家の敷居をまたいだタイミングで起きたのか。  てことなら……やっぱりさっきと同じパターンか?  廃墟だとは思ったがどうやら場所は移動してねーみてーだしな。  ちょっと見回してみた感じ、元いた町がそのまま廃墟になったのか。  んでもって問題は何が引き金になったのかってことだ。  やったのがワンコなのかそのご主人様なのかは分からねえ。  俺とそのご主人様とやらが面会するために何か必要な手順を踏もうとしたそのときに何かイレギュラーがあった、とかか?  それだけじゃねえ。  周りは一面の雪景色だ。  こんなの初めてだぞ。  大体が作りモンぽさ満載の出来損ないみてーな仮初めの世界、それが今まで散々見てきた場所だ。  こーゆーときのリトマス試験紙とくりゃあ……  ポケットをまさぐると、携帯は無かった。  うーむ……なるほどなぁ?  となるとこの雪、どっから来てんだろ。  今までだと雨って一滴も降ってなかったんだよな。  つまり初の降雨現象らしいってことだ。  おまけに振り向くと今出た家もいつの間にか瓦礫に変わってると来た。  しかし結局あの棺桶が何なのかは分からずじまいか——  大事にするでもなくポケットの中に入れっ放しになっていた紙切れをポケットの中でぎゅっと掴む。  「ワンワン! ワンワン!!」  ……これ、いつか誰かが見ていた映像だったりするんかね。  いや、ワンコはわーいわーいだとかわめいてたよな。  うし、確認だぜ。    「えー加減にせーや!」  ぺしっ!  「いてっ!」  「いつまで本能のままに駆け回ってんだこの犬っころが。  ぬっころころコロコロすっぞテメー」  「こっわ! まじかよコイツこっわ! ちっとくれー現実逃避したって良いだろーがよォ」  やっぱりかよオイ。  「オメーはここがどこだか分かるか?」  「そんなん知るかよ! つーかこのうろたえ具合を見たら分かんだろ、察しろって!」  「こっちこそ知るか! 嬉し鳴きしてるだけかもしれねーじゃねーかよ」  「そーゆーアンタこそどーなんだよ! 詳しいんだろ、こーゆーのよォ」  「詳しくなりたくてなったんじゃねーから聞いてんだろ喧嘩売っとんのかテメー」  あとはここに住人がいるかどーかだな。  今までのパターンだとコレって認識のズレとかそーゆーやつなんじゃねーのか?  誰もいねえハリボテの世界、住人がいる世界……違いは一体何だ?  第一あの住人たちは一体全体何モンなんだ?  本人達の話からすっとヨーロッパっぽい価値観の国に住んでたってのは分かる。  でもあの人らは明らかに日本人じゃねーのに見た目は皆日本人なんだよな。  平坦な顔、黒髪黒目……肌の色だってそうだ。  アッチの住人は全員日本人顔だとか?  イヤ、いくら何でもそりゃねーよな。  何なんだ?  てゆーかだ。  良く考えたら目の前のコイツなんて犬っころじゃねーか。  「? ん? 何だ?」  「あのさ、オメーって何で犬なの?」  「知るか、気付いたら犬だったんだよ」  「気付いたらってのは物心付いたときから?」  「うーん……そーだな」  「ちなみに今何歳?」  「えーと……ハタチくれーかな?」  「それって人間換算で考えての話か?」  「いんや、フツーにハタチくれーだ」  「……本当にオメーは犬なのか?」  「あん? 犬型の魔物なんじゃねーかなぁ、多分だけど」  「魔物だ? あの町でか?  ただの犬が二十年もいたら不審に思われんじゃねーのか?」  「いや……それがな、皆不思議といい感じにスルーしてくれてさ、気が付いてなかっただけなんだか」  「てことは始めっから人に飼われてたのか?」  「人……まあ、そうだな。野生の魔物ってのがいんのかは分からんけど」  「その言いっぷりだと魔物ってのは全部家畜か何かなのか」  「あー、少なくとも見たことはねーな……」  「何だ、歯切れが悪りーなあ」  何か言いづれーことでもあんのかね。  まあ大体予想は付くんだけどな。  コイツが何モンなのかは後のお楽しみとして、取り敢えずこの寒さをどーにかしねーとだなぁ。  「なあ、それよかよォ……」  「何だよ」  「ここって日本じゃねーよな?」  「ん? 何で分かる?」  「空だよ、空。見りゃあ分かるって」  「あ? ああ……ナルホド」  見上げるとそこにあったのは二つの月。  戻って来たってか、例の場所に……  しかしこの建物の並びはさっきまでいた町だぞ……?  「うーむ……でも日本じゃねーっつっても何か違わね?」  「何が?」  「町並みだよ、町並み。コレさっきまでいた町にソックリだろ?」  「だけど月が二つあんだぜ? 根拠としちゃこれだけで十分じゃねーか?」  「まあそれは否定出来ねえトコだが……」  しかし本当にそーなのか?  偶然の一致かどうかを確かめるにゃぁある程度あちこち見て回る必要があるよな……まあそれが分かったとこでそれがどーしたって話なんだけどな。  あ、でもここにも住人がいるかも  しかしこのクソ寒い中動き回んのもなあ……  あ、そーだ。  「なあ、ぶっちゃけこの寒さってどーよ?」  「あ? 何だよやぶから棒によ。まあ俺からしたらどーってことはねーけどアンタは辛そーだな?」  「そーなんだよ。でな、今の俺の話だよ」  「あー、全く同じか見て回って来いってか」  「スマンけどお願いされちゃくんねーか?  とにかく寒くてよォ……」  「しゃーねぇなぁ、分かったよ。俺としちゃ動き回った方が楽になるんじゃねーかって思うんだけどなぁ」  「この寒さじゃさすがに途中で凍死しちまいそうだぜ」  「じゃあ行ってやるけどよ、その代わり俺が戻るまで絶対こっから動くんじゃねーぞ」  「おう、分かったぜ。悪りーな!」  「俺ん家も見て来てくれよなー」  「しゃーねぇ、分かったよ」  「気を付けて行けよー」  「へいへい」  適当返事を言い残してワンコは町内一周の旅に出た。  ………  …  つーか寒ッ! やっぱ寒ッ!!  このまんまじゃマジで凍死しちまいそーだぜ。  どーすんだよコレ。  ……良し、かまくらでも作っとくか! * ◇ ◇ ◇  えーとォ……  道具もねーのに出来るわきゃねーよな!  素手でなんて出来っこねーし。  しかしかまくらでも作りゃあ寒さもしのげるかと思ったが……どーすっペ、コレ。  せめてトンネル掘れるくれーの雪がありゃーなぁ。  何かでひとつの場所に集めりゃ良いのか。  てかそれが出来りゃかまくらも作れるし苦労はねーだろって話だな。  うぅ……こんなことならやっぱワンコに付いてきゃ良かったぜぃ……  ………  …  ……だーっ! 遅っせーなァオイ!  どこでアブラ売ってんだあのワンコはよォ!  まさかとは思うけど遭難してんじゃねーだろーな!  ズン!  「へ?」  後ろに何かいる?  ズズン!  「グギュルルル……」  「な、何だよオイ……」  恐る恐る振り向くと……  「グギャアーッ!」  「どわあああああ!?」  こ、こんくれーじゃ@くぁwせdrftgyふじこlp〜とは言わねーぞ!  つーかだ!  何だこれ!  コレ、例によって人語を解する……のか?  で、でもサイズがなぁ……?  イキナリ俺の背後に現れたのはイカ人間とブタ人間とマグロ人間と何か良く分からん何かが混ざった感じの多足な半魚人ぽいバケモン。  それだけだったら今まで何度か出食わしたことがあったからそれほどのビックリじゃなかった。  ぶっ飛んでるのはそのサイズだ。  二階建ての家くれーあるぞ、コレ……  そのバケモンが良く分からんうなり声を上げながらズシン、ズシンと迫って来る。  コレ、ぜってー今湧いて出て来たよな……  こんなでけーのが音も無くスーッと近付いて来れる訳がねえ。  そして俺の前でピタリと止まる。  「は、ハロー?」  「……」  「グギャアァ!」  「どわぁ!?」  慌てて飛び退いたところにズドン、とバカでかい鉈が振り下ろされる。  あ、危ねえ……  完全に殺しに来てたぞオイ……って早く逃げねーと!  ズシン、ズシン、と地響きを立てて追ってくるバケモンから必死で逃げる。  動きは鈍いけど単純に図体がでけぇからすぐに追いつかれちまう……還暦の身体能力じゃキツイぞこりゃ。  相手が一匹しかいねーのが不幸中の幸いか……!  「グギャアーッ!」  「うお!?」  ドズン! とまたも鉈が振り下ろされ、間一髪で回避!  やべ、考えごとなんてしてる場合じゃねーし!  何なんだよ、全くよォ!  「ガルルル!」  だがそこで大きな影が咆哮と共に飛来してバケモンにぶつかり、ズドォンという轟音を上げながら場の空気を震わせる。  ふう、助かったぜ……ってもう一匹!?  今度はバカでけぇオオカミかよ……  新手の巨大なオオカミがどこぞから乱入して来てバケモンと戦い始めた。  よっしゃ、何か分からんけどこのスキにその辺に隠れるとすっか。  「ガウッ!!」  「グギャッ!?」  少し離れた所にあった壁の陰に隠れてコッソリ観戦だぜ。  つーか今度出て来たのは何かカッコイイぞ。  毛並みもツヤツヤのキレーな銀色だし、顔もイケメンてゆーかスゲー精悍な面構えだ。  しかもバケモンが鉈を振り回すけどオオカミの方は全然ヨユーでひらりひらりとかわしてる……コイツはオオカミの圧勝ぽいな。  対するバケモンの方は折角足が八本もあんのに全然動けてねえ。  ホラ、そこの余った足とか攻防どっちかに回せんじゃねーのか……あ、また先手取られたし。  うーむ……こりゃ総身に知恵が回りかねってヤツだな。  お、勝負あったか。  オオカミが正面からバケモンの首に噛み付くと、その勢いバケモンがズ・ズンと尻餅をついて鉈を取り落とした。  オオカミはバケモンがくたばったのを確認すると、振り向いてざっと周辺も確認し始めた。  やべ……次の獲物は俺だよな……?  うげ……こっち見てるし。  しかししばらくしてオオカミはそのままどこかへと走り去ってしまった。  ……絶対俺が隠れてることに気付いてたよな……?  ま、そこは今ツッコむとこじゃねーし良いか。  ………  …  いやースゲー戦いだったわー。  お陰で体もすっかり温まったしいーモン見れたわホント。  いやー良かった良かった……じゃなくてぇ!!  何だったんだ? 今の怪獣大戦争はよ……  あのオオカミ、何となくだけど俺を助けに来てくれたっぽいんだよなあ。  案外、ワンコが巨大化してたりして。  もしかして姿が見えねーのは……?  まあこれがマンガなら「おーい」とか言ってひょっこり戻って来るパターンだよな。  って、んな訳ねーか。  「おーい」  「ズコー!!!」  「ん? 何?」  「こっちが聞きてーわ!」 * ◇ ◇ ◇  「聞きてーのはこっちだっちゅーに」  は? 何をしらばっくれてんだこのワンコはよォ。  「で、どーしたんだ? この有様は」  「えー、それも聞いちゃうんかぁー」  「聞くだろそりゃ」  「ウン、分かるぜ。ヒミツだもんな!」  「ヒミツって何だよ!」  「イヤ、皆まで言うまい……あーでもここで隠したって大した意味はねーんだぜ?」  「だから何の話だっつーの!」  「フッ……もう隠す必要はねーんだぜ?  オメーがナントカ星雲から来た光の戦士だってことをな!」  「へ?」  「へ?」  「オッサン……前からおかしいおかしいとは思ってたがまさかここまでとは……クッ……遂に……」  「へ?」  「オッサン、なんちゃら星雲だか何だか知らんけどこれをやったのがそいつだってんだろ?」  「へ? まあ良いぜ……そっちがそのつもりなら俺も乗ってやんぜ!」  「あー、もう分かったから何があったか説明してくれよ」  「あーそれな」  まあどーせ分かってんだろ……ってな感じでコトの一部始終をカクカクしかじかとテキトーに説明してやった。  「ナルホド……んでそのオオカミさんが俺なんじゃねーかと誤解してたってことね、ナルホドナルホド」  フッ……そっちがそのつもりなら最後まで付き合ってやるぜぃ。  「で、どーだったよ、町の様子はよ」  「どこも同じ廃墟だったぜ。人っ子ひとりいねぇしな」  「俺ん家は?」  「同じだったぜ、残念ながらな」  「コイツみてーなのには出くわさなかったか?」  と言って親指でクイクイと後ろのバケモンを指差す。  「いんや、全く」  「となるとやっぱ音も無くその辺から湧いて出たって訳か」  「いや、さすがに、湧いて出るはねーだろ。  俺らだって客観的に見たらここにパっと現れた感じなんじゃねーか?」  「じゃあどっかから場面転換みてーなので飛ばされて来たってことか」  「ああ、さっき言ってたやつか……そうだな、その線が濃いんだろーけどなぁ……」  「どうして、どうやって……か。  オイ、オメーさっきしたり顔で何か解説じみた話をしよーとしてやがっただろ。  何か関係あるんじゃねーのか?」  「説明? 何だっけ……?」  「それもしらばっくれるんかい!」  「あー分かった分かった……あのな、さっきの棺桶の話だよ」  「棺桶? やっばアレが何かやべー奴なのか」  「ああ。あれはな、何かやべー装置に取り付けられてた部品だったらしーんだよな」  「らしい……ってことは詳しい話はオメーには分からんてことなのか?」  「まあな。ひとつ言えんのはアレがある場所……そこじゃあんたの言う場面転換てやつを引き起こせるってことだな」  「マジでか? イヤ、でも俺ん家とかお隣とか山ん中の廃墟とか、割と色々あった気もすっけど……実は全部にあったとかか?  ……まあ今それは置いとくとしてだ。  オバハンの瞬間移動やらドッペルゲンガーやらと言ってたアレは何なんだ?」  「えー、ソイツがアンタ流に言う場面転換てことになるな」  「場面転換? アレがか?」  「ああ、マンガとかでよくあんだろ。ちょっとだけ次元のずれた世界とかよ」  「それを俺に見せたって訳か。でも何でだ?」  「アンタがどういう反応をすんのか見てみたくてな」  何か違うな? また何か勘違いしてる系か?  アレが場面転換だっつーなら……何で俺だけ何も変わってなかった?  いや、このワンコはどうだ?  今の話もどうやって、ってとこが抜けてんだよな。  「あのな……もっと根本的な理由と手段をさっさと言えよ。  非常時なんだからよ」  「あー……どう表現したら良いのか分からんけどな、俺のご主人様はアンタのことを何か懐かしい知人だみてーなことを言っててだな……」  「それで?」  「もし思ってた通りなら、今抱えてる問題を解決出来んじゃねーかって言ってたんだよ」  「それで結果は?」  懐かしい知人、今抱えてる問題……?  ……それは今現在進行系で必要とされてるモンなのか?  「いや、それがな……」  「たから今更何なんだよ。ゴニョってねーで早よ言えや」  「分かんねーんだ、そん時以来話せてねーんだよ」  「……えー、それってもしかして俺のせいだったりする?」  「いや、そうじゃねえ。呼んでも出て来ねーんだよ、ご主人様がよ……」  「じゃあ、あの自称棺桶のヌシってヤツとは違う訳か」  「ああ、まあ棺桶のヌシってことには変わりはねーんだがな……」  「そのお化けがオメーのご主人様って訳か」  「ああ。本人が語るにゃちゃんとした理論に基づいたカラクリがあるみてーなんだが……客観的に見りゃ確かにお化けだな」  「そうか……いや待てよ?  それってついさっきの出来事なんだろ?  呼んでも出て来ねーってのはよ」  「ああ……いや、さっきじゃなくてずっと前からだったのかもしれねえと思えて来てな」  「ずっと前って俺に会う前か?  ……あのとき俺のかわりに演説したのが原因なんじゃねーのか?」  「話が見えねえ。それがどう関係するってんだ?」  「俺の口を動かしてしゃべるってのが相当疲れるのか何なのか、ガス欠でもう出来ねぇ的なことを言われたぜ」  「ガス欠……そんなのがあったのか」  「まあ可能性は高いだろ、俺としちゃどーやってんなことが出来たんだって小一時間問い詰めてぇとこなんだがな」  「だけど前からって根拠は他にもあるんだよ」  「ほう?」  「棺桶を見たか? んでもってフタにナンバーみてーなのが書いてなかったか?」  「ナンバー? さあな、暗くてよー見えんかったな」  「そうか……左は“5トツロス・キト”、右は“7トツロス・キト”……って書いてあったんだぜ」  「そーなのか?」  「それがな……消えてたんだよ。さっき見たらな」   「てことは……」  「その場面転換、て奴かもな……とは思った。  いつ起きたのかは……分かるよーな、分からんよーな……」  まあ、俺と行動を共にしてりゃそう思うのも無理はねーか。  「なあ、オメーの言うところの場面転換ってのはどういう現象なんだ?  さっきから聞いてて妙に違和感を感じてな。  俺の反応を見たかった、なんてことを言うからには故意にコトを起こせねーといけねぇ筈なのにその言いっぷりは何なんだ?」  「ご主人様がやってくれるんだ、呼びかけるとな」  「ああ、それで変な勘違いをしてた訳か……しかしそれで新しい疑問が出て来たぜ」  「やったのは誰なのか、だろ?  俺にも心当たりはねーんだ、すまんけど」  その結果が今の状況?  いや、待てよ?  「じゃあオバハンとオメーが一瞬入れ替わってたアレは何なんだ?」  「え? 入れ替わってた? 俺とあのオバサンが?」  「何だよ、ちげーのかよ」  「ちなみにいつの話?」  「ドッペルゲンガーうんぬんの話が出たタイミングだぜ。  “オイ、良いぜ”とか言っただろ、オメーがよ」  「うーん……?」  この反応、本気で心当たりが無さそうだな?  となると怪しいのはあっちで何かわめき散らしてた子の方か……  定食屋って何? とか言ってたが……アレは確かにワンコの声だったぞ?  「なあ、さっき声だけ聞こえてたあのうるせー娘っ子はオメーのご主人様とは違うんだな?」  「ああ、てゆーかアンタも聞いたことあるんだろ?  もっと落ち着いた感じだぜ」  「まあそうだが……確信がねえ」  アレって聞いたうちに入るんか……  「確信か……まあ俺もキャラとコワイロだけで判断した様なもんだけどな」  「それでも分かる程度には付き合いは長げーんだろ?」  「長いっつっても俺も昔話をいくらか聞かされた程度だぜ。  あの町を立ち上げた苦労話とか姐さんなんて呼ばれてたこととか、それにいつかまたこの場所で“皆”で再会出来れば、なんてこととかな。  再会って何年前の話だよって思ったが……冷静に考えれば考えるほどお化けじみた話でちょっと怖えーなって思ったもんだぜ」  「ナルホドな、そりゃ俺のジーサン世代か下手すっとそれより上かもしれねぇな」  「ああ、とにかくあんなガキっぽくはなかったぜ」  だけど説明がまだだよな……  「じゃあ改めて聞くが“ちょっとだけ次元のずれた世界”って何だ?  オメーが元々見せようとしてた方だ。  さすがにそっちは説明出来んだよな?」  「ああ、原理は分からんけど出来るぜ。  次元てゆーか……ご主人様は物事の起きる確率をちょっとだけいじれるんだと」  「それがどうやったらドッペルゲンガーうんぬんの話になるんだ?」  「ちょっとだけ先の出来事をイジろうとするとな、目の前の過去がなんかこう……ヌルっとするらしーんだわ」  「ヌルっとするって何だよ、説明スキル低過ぎんだろ」  「何つーか……特定の奴からはズレて見えるっつー感じ?」  「特定の奴? 誰だそれ?」  「オッサン、アンタのコトだよ」  「へ? 俺?」  「何か知らんけど懐かしい知人かもって根拠がそれらしーんだわ」  「何で?」  「だから知らんちゅーに!」  はあ……ここまでか……しゃあねぇ。  「話は振り出しに戻るが……この状況を意図してどうにか出来る奴は今んとこいねぇ、結局分かったのはそれだけか」  「んでどーすんだよ、この寒さの中」  「どっか屋根が残ってる建物とかは無かったんか?」  「ああ、無かったぜ」  「地下も?」  「この短時間でそんなとこまで見れる訳ねーだろ」  「じゃあこの怪物の陰に隠れて暖を取るか?」  「マジかよカンベンだぜ……いや、コイツを燃やしたらいくらか暖は取れるか」  「火は?」  「根性で起こしゃ良いだろ」  「えぇ……脳筋ェ……って何だ!?」  そこでズン、という地響き。  またかよ……ホントに突然だな。  振り向くとそこにはデカい恐竜……いわゆるドラゴンて奴か?  つーかコレ人生終わった?  『何じゃ、お主か。やれやれじゃな』  「へ?」  言葉が通じる!?  俺様の口先三寸砲が火を吹くときがついに来やがったか……!  『久々の“客”だと思うて足を運んで見ればとんだ骨折り損じゃ。とっとと帰れ』  えー、当方それが出来なくて困ってるんですがー。  なーんて返事したら怒んだろーなぁ……  どーすっぺコレ。 * ◇ ◇ ◇  コイツならなんか知ってんじゃねーかと期待しながらチラリとワンコの方を見る……っていねーし!  野郎バックレやがったなあんチクショーめ。  あ、実際イッヌ畜生か。  ……じゃなくてぇ!  ええい、もーどーにでもなれぃ!  「あのー申し訳ないんですが俺っち帰るトコが無くてですねぇ……」  ぐへへぇ……忖度忖度……って何を忖度すりゃエエんや……  えぇい、とにかく下手に出て取り入ってやんぜ!  『何じゃと? お主いつからプータローになりおったのじゃ?』  「へい。あいにくと前職はリタイヤしちまいやして」  『ガハハハハハ、遂にクビになりおったか。  ただ座って居眠りしておれば良いだけの簡単なお仕事じゃというのにのう』  「へ? そんな簡単じゃありやせんぜ?」  『かーっ、あんな簡単なバイトを難しいと言うか。  前から思っとったがお主、全く社会人に向いとらんじゃろ』  「うへぇ」  うーむ。  こりゃあ俺を誰かと間違えてんのかね。  まあ人間だってトカゲの顔の区別がつく訳じゃねーからな。  つーかだ。  このドラゴンさん、随分と俗っぽくねーか?  社会人て何だよ社会人て。  『それにしてもお主、何じゃその言葉づかいは。それにペコペコとへりくだりおって』  ぐはぁ……俺様の必殺技が裏目に出ただとぅ!?  普段の言葉づかいってどーすりゃえーんじゃ……  えぇい、とにかく下手に出るしかねぇ!  「へい、あっしゃここじゃあサンシタでげすからねぇ、ぐへへ……」  『かーっ、ええ加減そのキモい物言いを止めんかと言っとるんじゃ!』  ズズン!  「ひょえっ!?」  『何じゃ何じゃ、そのギャグマンガみたいな驚き方は』  「お、おるゆしをぉ」  『ほれ!』  ズン!  「ひぇっ」  『あ、ほーれ!』  ズズン!  ただ地面を踏み付けただっつーのに何ちゅー迫力だ……!  『にょほほほ、何だか楽しくなって来たのう!』  「ひょえぇ……」  『で、誰なんじゃお主は?』  「えぇ……アッシはしがない還暦のオッサンでごぜーますでゲスよぉ」  『ウソつけ!』  「ホントですってぇ」  いや、クソ寒みーってのに冷や汗が止まりませんわー!    『そのナリで還暦のジジイとかあり得んじゃろ』  ああ、そういう……  「ははは……そーですかぁってんな訳あるかぁ!」  しれっとオッサンをジジイに置き換えやがって!  『んな訳とはどういう訳じゃ?』  「とにかく俺は還暦のオッサンなんだよ、勝手にジジイにしてんじゃねーぞ!」  『何じゃ、いつものお主に戻ったではないか。  じゃがオッサンは無じゃろう、何じゃそれは』  「イヤそこはゆずれねーから」  『マジなのじゃな?』  「うむ。大マジじゃ」  『我の口調が移っておるぞい。それじゃまるっきりジジイじゃろう』  「おっといけねぇ。さすが俺、共感能力高過ぎィ!」  『ううむ……自分をオッサンだと主張しとる以外はあやつと全く同じなんじゃがのう……』  「んでそのアヤツって何ヤツなの?」  『全く……なじみ過ぎじゃぞお主。まあ大体のことは分かったわい』  「まだ何も説明してねーけどこりゃ逆に説明してもらえる流れか?」  『まあのう。どうやらお主は我がはじめに人違いしとった奴に何か小細工されとるらしいからのう』  「どゆこと?」  『本人の認識次第で見え方聞こえ方が違う、そんなことが起きまくって振り回されとるじゃろ、お主』  「おおう! ここに来て初の理解者!」  『そうか? 分かっとる奴は分かっとったと思うがのう』  「え? そーなの?」  『じゃがそれに振り回されとる現状、はっきり言ってこれはもうダメかも分からんのう』  「えぇ……俺の老後がぁ」  『ぐははは。その反応、あ奴と一緒じゃのう』  「んであ奴ってのはダレ奴なの?」  『誰と言われてものう。知らん奴の説明をされたっておぬしも分からんじゃろう。  先程からの反応からするに、我の目にお主がどう写っておるのか大体分かっとるのじゃろう?  まあその辺が共通点じゃ、としか言うことは出来んかのう』  「じゃあ質問を変えるがここはどこであんたは誰なんだ?」  『我か? 良くぞ聞いてくれた!  良いか、聞いて驚くなよ?  何と……我はこのあたりを治める町内会長なのじゃあ!』  「………はい?」  『アレ? 何でそんなに反応が薄いんじゃ?』  「いやその……」  うーむ。  帰って来た答えがナナメ上過ぎて頭の理解が追い付かねーぞ。  「町内会長って……この廃墟が町……?」  『廃墟じゃと? まあ棲家として丁度良いから使わせてもらっとるがのう』  「じゃ、じゃあやっぱ日曜朝のドブ掃除なんかやってたり……」  『何じゃそりゃ?』  「あー、こっちの話だぜ!」  『まあ、あ奴お陰でブレイクスルーが得られたのじゃ。モノは考えようじゃのう』  「ブレイクスルーって何の話?」  『あー、こっちの話じゃ……』  「グギャァ!」  「げげっ……またさっきの——」  『何じゃ、うっとうしいのう』  ペシッ。  「キュゥ」  さっきのバケモンがイキナリまた現れてドラゴンさんが軽くこづいたと思ったらそのバケモンが何かカワイイ感じの悲鳴を上げてズズーンとひっくり返った。  あわわあわわと慌てふためく暇も無かったぜ……  それにしてもコレ、どっから湧いて来てんだろ。  「さすドラ様ッス……マジパねぇッス……」  『ぬははは。こんなのザコじゃザコ。  しかしデカブツが二つか……さすがに邪魔じゃのう。  どうじゃ、コレ食わんか? 焼いたらかろうじて食えるぞ?』  「かろうじて……」  『運が悪いと腹を食い破って幼生体が飛び出すのじゃがのう』  「えぇ……じゃあ運が良いと……?」  『三日三晩腹痛で転げ回ることになるぞ』  「どっちも嫌だ!」  『やれやれ、近頃の若いモンはぜいたくじゃのう』  「イヤ、俺若者じゃねーし!」  『我からしたら人間なんぞ皆ヒヨッコよ。かっかっかぁ』  「はあ……取り敢えず寒みーし焼くのは賛成だけどな……くさそうだけど」  『じゃあ焼いとくかのう。それ』  ドラゴンさんの口からボボボォーと炎が出る。  うわスッゲぇモノホンだぜ。  そしてやっぱクッセえな。鼻がひん曲がりそうだぜ。  しかしコレで暖を取れるんだ、文句は言うまい。  ドラ……はっ!?  あ、危ない危ない……思わず口にしちまうとこだったぜ。  『ん? どうしたのじゃ?』  「ああ、アナタ様を何えもんと呼ぶべきか……」  『何じゃ急に。気持ち悪いのう。それにそのエモン呼びはどっから来たんじゃ?』  「じゃ、じゃあ先生と呼ばせていただきます!」  『お主、面倒くさいやつじゃのう。呼び方なんぞお前とかアンタとかで構わんわい』  「し、しかしそれでは……」  何せこのドラゴンさんにくっ付いてりゃそんだけで暖が取れるんだ、離してたまるか(打算)。  『そんなことより先にポップした奴はお主が始末したのか……いや、噛み付き痕があったから縄張り争いか何かかのう』  「何かでっけーオオカミが急に来てかみ付いてやっつけたと思ったらどっか行ったんだよ」  『う、うむ……お主、還暦のオッサンとか言い張る割に説明が下手クソじゃのう』  「な、何ですとぉ……」  クッ……コレでも社会人生活で鍛えまくったプレゼン力をいかんなく発揮したつもりだったんだがなぁ……!  つーか今このドラ様、サラッと気になるワードを口にしたな?  『はて……この辺でオオカミ型の魔獣が出没するなんて話しは聞いてはおらんが……』  「そういやワンコはどこに……ん?」  ワンコはどこかとキョロキョロしていると、視界に見覚えのある物体がひとつ。  雪の上にあの双眼鏡が転がっていた。  埋もれてねえってことは落っこちたのは今さっきか……  ワンコが落としてったのか?  いや、別に何かを持っていそーなそぶりは一切無かったが……  『何じゃ、何か見つけたのか?』  「こんなん落ちてたんだけど、誰のだろ?」  『はて? なぜそれが……ああ、そうか。あ奴が持ち込んだのか』  「さっき町内会長とか言ってたけど他にも住人がいたりするのか」  『ああ、勿論じゃ。さっきまでそこにいたワンコとかな』  な、何だってー(棒)。 * ◇ ◇ ◇  「え、えーとォ……もしかして……」  『何じゃ何じゃ?』  「もしかして今キャンプファイヤーになってるコレも……?」  『んな訳あるか! こんな畜生と我らを一緒にするでないわ!』  そーだよな、さすがにアレが住人な訳ねーよな。  しかし異形の集団が全員人間だったって前例もあったからな。    あーゆーのがいても不思議はねぇ、くれーには思っといた方が良さそーだぜ。  今後のためにもな。  ……てかこのドラゴンさんの自己認識は人間じゃなさそーだが。  そういやワンコも自分がワンコだって認識があったな。  『で、その遠眼鏡のことなのじゃが』  「遠眼鏡……江戸か!」  『何じゃ?』  「いえ、続けてどーぞ」  『その遠眼鏡で我を覗いてみて欲しいのじゃ』  「覗いてみる?」  『そうじゃ、覗く……ノゾクのじゃぞ!』  コレってやっぱそーゆーシロモンなのか?  まあ良いや。見ねえって選択肢はねーしな。  ゴシゴシと汚れを拭き取って双眼鏡を目の前に持って来る。  む? むむむむ……むむぅ!?  「み、視えたァ! 視えたぞおヌシの運命がァ!」  『な、何じゃと? こ、これが我のォ!?』  「いやーなかなか良いノリっすねぇお客サン」  『まあ昔取った首塚じゃよ、かっかっか』  「えぇ、それを言うならキネヅカなんじゃ……」  『いかんいかん、我もモーロクしたかのう。  実際キネヅカよりもクビヅカの方が多いんじゃがのう。  かっかっか』  「えーそれフツーにドン引きですわー」  全力で逃げてぇけどな逃げれねぇですわー。  『で、どうじゃったかのう』  「あっハイ。えーその……何も見えなくてっすね……」  『かっかっか。やっぱりじゃのう』  「はあ」  言っとくがコレはウソじゃねえ。  そこにいるドラゴンさんの姿がこの双眼鏡のレンズ越しだと全くどこにも見えないのだ。  つまり透明人間……いや透明ドラゴン? だった訳だけど……  『何じゃ何じゃ、反応が薄いのう。  それにまるで理解できんという顔もしとらんときた。  正直、これは少しばかり意外じゃのう』  「この双眼鏡、気のせいじゃなけりゃ俺の住んでた町の知り合いが持ってた奴と同じモンかもしれねーんだわ」  『覗くとこの世ならざるものが視える、ということも既知であったということかのう』  「あー、まあな。この世ならざるってトコは分からんけど」  『ではその遠眼鏡がお主の知り合いとやらの所有物であったのではないか、ということについても根拠があるのじゃな?』  「まあここに来る直前まで突っ立ってたのがコレの保管場所、つまりはそいつの家が建ってた場所だったしな……  もっとも、実際その家があったのは前の前の前くらいだったけど」  『なるほど、その者はあ奴と何か関係があるのかのう……  いや待て、前の前の前じゃと……?』  「何かブツブツ言い始めた?」  『その前の前の前、とは具体的にはどういう状況なのじゃ?』  「ああそれか……あちこち飛ばされまくってたっつっても分からんか……  ここにも別な場所から来たんだよな……」  『飛ばされる、とは転移の様なものかのう?』  「うーん……転移っつーか座標は変わってねーけど景色は違うっつーか……この町には違いはねーんだけど細かいとこが違うっつーか……」  『似て非なる場所、ということじゃな』  「あー、話が通じて良かったぜ」  『次に飛ばされまくった、という部分じゃ。  その言いっぷりだとお主の意思に関係なくあちこち飛ばされた様に聞こえるんじゃがのう?』  「俺にもよく分からんけど多分その通りだぜ」  『理由とかきっかけとかそういったものも一切分からず、かの?』  「ああ、迷惑な話だぜ」  『偶然なのか、誰かの仕業なのすらも分からんのかのう?』  「うーん……確証は持てねえけど変な電話が掛かって来たり謎のメールが来たりなぁ……あ、電話とかメールって分かる?」  『うむ、もちろん知っとるぞい……てかソレめっちゃ怖いのう!』  何で知ってる訳……また聞きてえことが増えちまったけど話もめっちゃそれたな!  「んで、この双眼鏡のことなんだけど……」  『それはのう……お主が飛ばされまくったという先でその遠眼鏡……双眼鏡を見た、ということは滅多に無かった筈じゃ、そうじゃろう?』  「そういえばそうだな……つまり?」  『土地とか家はそれぞれの場所に似て非なるものが形造られるが、そうでないものもあるということじゃのう』  「一品モノってこと?」  『一言で言うとそうじゃな』  「でも何でそんなものがあるってことが分かるんだ?  それにあんたの存在自体が良く分からねえ」  『グフフ……何とな、ここは地上から遥か遠く、世界のどこかにあるダンジョンの中なのじゃよ』  「ダンジョン? ゲームかよ」  『ゲームではない、モノホンじゃぞ』  「じゃあアンタはボスモンスターとかなのか?」  『じゃからあ奴らと一緒にするなと言うとるじゃろうに。  モンスターはさっきのデカブツの方じゃよ。  見たじゃろ、どっかから湧いて出て来るのをのう』  「湧いて出るったって何の仕掛けも無くイキナリパっと現れる訳じゃないんだろ?」  イヤ、湧いて出たのはアンタも同じだろ……  つーかゲームじゃねえとかなんでフツーに話が通じんの?  てな感じのツッコミを入れたいけどここはガマンだガマン!  『何の仕掛けも無い訳ではないのじゃがのう、パっと現れる様な仕掛けが施されておるんじゃよ』  「んで、さっきから言ってるそのあ奴ってのは何なんだ?」  『ここを創った奴じゃ! ……多分じゃけど』  「で、この双眼鏡は?」  『あ奴が最深部に隠しておった聖痕……神具なのじゃ、多分!』  イヤ、そこは自信を持って言おーぜ。  何か眉唾じゃね?  その辺、ワンコに聞いてみたら分かるんかね。  うーむ…… * ◇ ◇ ◇  「あのさあ……そんな突飛な話急に振られたってハイそーですかってなると思うか?」  『そりゃなるじゃろう。現物を見といてまだ信じられんとか現実逃避もいいとこじゃぞ』  「現実かどうか怪しいから言ってんだろーに」  『現実も現実、全部現実じゃよ。勿論、何もかもじゃ』  「大体神具って何だよ……カミサマの具?   ってその前に何か言いかけてたな……何だっけ?」  『“聖痕”のことかのう?』  「あ、そうだ。それそれ、ソレダヨー()」  『何じゃ、知っておったのか。  言いかけたのを引っ込めてわざわざ言い直してやったというのにのう。  てゆーかナゼに棒読みなんじゃ?』  「いやそこは置いといてだな……それって地面に書いた✕印とかそういうやつのことだろ?」  『バツ印? 何じゃそれは?』  「あ、ゴゾンジナイ……?」  『“聖痕”というのはの、ある特性を持ったモノの総称なのじゃよ』  「✕印じゃねーんだ……うーむ? 分かんねーなぁ……」  ここがダンジョンとか突飛な話も出て来たし、✕印付けて回ったあの場所とは切り離して考えた方が良いのかも知れねーなあ。  しかしそれにしても臭っせぇなぁ……仕方ねぇのは分かってるけど。  『えーと……我の話、聞いとる?』  「あーハイハイ、続けてどーぞ」  『聞いとらんかったじゃろう、それ……』  「んで、その特性って?」  『さっきも言ったが“一品モノ”なのじゃよ。  しかも踏もうが蹴ろうが叩こうがキズ一つ付けられんのじゃがな、何で出来てるのかは全くもって分からんのじゃ。  誰が作っとるのかも分からんから神が作った道具、つまり神具とも呼ばれとるんじゃ。  見つかる場所は何故か必ずダンジョンなのじゃがのう』  「それがこの双眼鏡? 何で?」  『何でというのは何を指して言っとるんじゃ?』  「何って双眼鏡だろ? フツーの工業製品な訳じゃん?  メーカーの刻印もあるし接眼レンズの脇に倍率なんかもちゃんと書いてあるぞ?  それがダンジョンで見つかるモンだって? んなアホな」  『現にここで見付かったじゃろう』  「いや、言っただろ、前の前の前くらいの場所で俺の知り合いが自分の家で保管してたヤツだって話。  アンタこそ俺の話聞いてんの?」  『じゃあそれはダンジョン以外の場所で人の手によって作られてそこから流れて来たと言うんかのう?』  「だからそうなんだってば」  『その場所っていうのはどこじゃ? ダンジョンの外かのう?』  「外? ここだって外だろ」  『厳密にはインドアじゃぞ。ダンジョンの中なんじゃからのう』  「インドアで雪降ってるって一体全体どーゆーこっちゃ……」  『それこそがダンジョンというもんじゃろうに』  「ああ、外ってのはさっき話した転移元での話だよ」  『なぬ? では転移元というのはダンジョンじゃないのかのう?』  「そうだぜ、多分だけど。んでその“あ奴”ってのも同じなんじゃねーの? 多分だけど!」  『やれやれ……お前さんはてっきり他のフロアから罠か何かで転移してきたもんだと勘違いしとったわい』  えぇ……なんか根本的に話が噛み合ってなかった予感……?  まあ良い、気を取り直して行くぜ。  「んで、それが何で聖なる痕なんだ?」  『今の話を聞くと何か違う様な気がして来たわい……』  「だけど今この双眼鏡でアンタを見るとどうなるか、予想は出来てた訳だよな?  “この世ならざるもの”が視えるとか何とか」  『うむ、その双眼鏡のことについてはあ奴から聞き及んでいたからのう』  「んで実のトコ結局入手経路とか経緯は聞けてなかったと……」  『あー、まあそうじゃな』  「多分て付けときゃ大抵は逃げを打てるもんな」  『“聖なる”というネーミングはどんなに乱暴に扱おうがハンマーでぶっ叩こうがぶっ壊れないもんじゃからのう。  神の御業ということにでもしておくしかないんじゃよ』  「うーむ……じゃあ次だ。  ここがダンジョンだっつーからには他のフロア、なんかもあるんかと思ってたが今の話っぷりからすっとやっぱそーなのか」  『勿論じゃ。他にもあるぞ』  「マジで!? もしかして町内会もあったりすんのかね」  『それこそ勿論なのじゃ。これだけ規模が大きかったら自治会があって当然なのじゃよ』  「えー、ダンマスみてーなのが命令するんじゃねーんだ」  『じゃからモンスター共と我を一緒にするなと言うておるじゃろうに』  「悪ィけどどーやって見分ければ良いか見当もつかねえ」  『我がこんなにも知的でダンディーじゃというのにか!?』  「ダンディー……? まあ良い……取り敢えず寒くねーフロアって無い?」  『真冬仕様はここくらいじゃぞ』  「よし、じゃあ早速……あ」  そういやワンコはどこ行っちまったんだ?  『何じゃ?』  「ああ、ワンコはどこに行ったのかと思ってな」  「さっきからここにいるっちゅーに!」  「は? あーそんなとこいたら分かんねーだろ」  100ᗰも先にいたら分からんて。    「臭すぎて近付けねーんだよボゲェ!  つーかこっち来んな! 臭せーんだよ!  ……うっぷ、おぇぇ……」  ナルホド、ハナが曲がるってのはこーゆーことか! * ◇ ◇ ◇  こういうときハナが利くってのは考えモンだよな。  離れりゃ寒みーし近付きゃ臭せーし。  どーすっぺ、コレ。  『何じゃ、臭いのがイヤなら我が一掃してやるぞい』  「エッ!?」  『こ奴が寒い寒いとやたらとほざきよるから手加減しとったんじゃよ』  「え、ちょ!? 待っ——」  『あ、そーれ』  ボボボォー。  「おわっ!? 熱っつ!」  『何じゃ、暑がったり寒がったりせわしない奴じゃのう』  「暑いんじゃない! 熱いんじゃ!」  『違いが分からんのじゃ!』  「知らんのじゃ!」  『しゃべり方がうつっとるのじゃ!』  「あーさっきよりマシになったわー」  「復活すんの早っ!」  「何だよ、ガマンして来てやってんだ。  ちったあ有り難がれっちゅーに」  「あースマンスマン、コッチも色々あり過ぎてテンパってたんだわ」  「んでどーした? 俺を探してたんだろ?」  「ひと言で言うと色々ある」  「それは分かったから一つずつ話そうな?」  『その前に我に何かあるじゃろ』  「誰? このじーさん」  「へ? 我を知らんのか? モーロクするトシでもないじゃろうに」  「もしかして人違い……じゃなかったワンコ違いなんじゃね?  つーかドラゴンはOKなんか」  「人違い……? マジで誰だろ。てゆーか俺の親は人間なんだけど」  「ウソつけ!」  「ウソじゃねーよ!」  「ちなみにオメーって実はここの住人だったりする?」  「んな訳ねーだろ。おっさんと一緒で今さっき初めて来たんだろーがよ」  『むむう……完全に我の勘違いじゃったかのう』  「誰かソックリな奴がいるのか」  『うむ。記憶違いかのう。50年ほど会っとらんのじゃが』  「それ明らかに別じ……別ワンコだろ!」  『エッそうなの?』  「50年も経ってりゃそう思うだろ、フツーよぉ」  『えぇ、たったの50年じゃぞ?』  「イヤ、その感覚おかしーから!」  50年か……ここは別に今急に出来た訳じゃねーのか。  それとも……?  「なあ、その別ワンコに50年前会ったってのもここだったのか」  『ん? ああ、違うぞい。会ったのはこのダンジョンの外じゃよ』  「外?」  『地上から遥か遠く、と言ったじゃろう。ここは地下なんじゃよ』  「マジで!?」  「そこって寒くないんか? 暖かいんか?」  『今それ気にするとこかのう!?』  「取り敢えず寒くなきゃどこでも良いから移動してーの!  何なら他のフロアでも良いんだけど!」  「ダンジョンなんだったらボスと戦うとかしねーと駄目なんじゃね?」  「エッマジで!?」  『何とも平成っぽいリアクションじゃのう』  「アンタに言われたかねーわ!」  『まあフロア間の移動は出来るぞい。このダンジョンは我が全部攻略済みじゃからのう』  「ところでよ」  「ん?」  「このドラゴンのじーさん、誰?」  「今さらが過ぎる!」  『我はこのフロアの何と町内会長なのじゃぞ、えっへん!』  「マジで!?」  「本日3回目ェ!」  「うち2回は俺だけどな!」  「いまさっき一周りしてきたばっかだけどどこもかしこも瓦礫の山で誰もいなかったぞ。  それこそそこに転がってたバケモンみてーな奴もだ」  『何じゃと!? そんな筈は無いぞい!?  何なら今から一周してみるかのう?』  「イヤ、その前に凍死するから!」  『むむぅ……』  「取り敢えずよ、今いるこの場所はどうなんだ?  廃墟じゃねーんだろ? 俺には廃墟に見えるけど」  『何じゃと……ここはいま空き家になっとるんじゃが……  ああそうじゃ、さっきその遠眼……じゃなかった双眼鏡で覗いたじゃろう。  そのときはどう見えたんじゃ?』  「背景は特に変わらずだったぜ。アンタが映ってねーとこ以外は変わらずだ」  『むむぅ……どういうことじゃ』  「何だそれ? 俺がいねー間に何かおもしれーモン見っけたんか」  「この有様を見て今さらそれを言うんか……」  『ときにそこのワンコの目にはこ奴はどのような姿に映っておるかのう?』  「ああ? 赤毛のオッサンだけど……ああ、もしかしてドラゴンのじーさんの目には小柄な女の子が見えてんのか」  『そうじゃ! 良く分かったのう!』  「今に始まったことじゃねーからな」  『何かおかしなことが起きとるんか……』  「イヤ、だから今さらそれ言うんかいって何回目だコレ!」  『わ、我は正常じゃ! おかしいのはお主らなのじゃ!』  「ほうほう、自らおかしいと自白しおったなァ?」  『どーしてそーなるんじゃ!』  「自分だけは大丈夫、自分だけは問題ない……そう思いたいのが人間てもんだぜ」  『我はニンゲンじゃないがのう?』  「それホントなのか? 実は違うんじゃね?』  「俺みてーな奴なのかと思ってたぜ。こんな人間ぽいドラゴンっていんのかよ。  何だよ、町内会長って」  「元町内会長とかか?」  『元じゃない、他のフロアにも自治会があるといったじゃろう』  「良し、じゃあ他の町内会長サマに会いに行ってみよーぜ」  『ちなみに外に出んでもええんかのう?』  「外には何があるんだ?」  『外にはダンジョンの門前町があるぞい。  お主が出てったら騒ぎになりそうじゃがのう』  「騒ぎ? ああ……何か分かった気がする……  じゃあなおさらだぜ。とにかくまずは暖を取りてえんだ」  『じゃあ他のフロアに案内するかのう。  行き先は我のオススメで良いかのう?』  「ああ、寒くなきゃどこでも良いぜ」  『じゃあ我の背中に乗るのじゃ。連れてってやるぞい』  「やった! ドラゴンに乗れるぜ! スゲーファンタジーだ」  『ワンコは自分で走れるじゃろう?』  「えー乗りてー、乗せてぇー」  『しょうがないのう……今回だけじゃぞ』  「やったぜ! サンキューな!」  コレでやっと寒みーのともオサラバ出来るぜ……  あ、そういやあのオオカミさんはどこに行ったんだろーな?  ワンコとも会ってねーみてーだし。  ここの住人、て訳でもなさそうだしな。  ま、良いか。  別に俺らに危害を加えよーって感じじゃなかったもんな。 * ◇ ◇ ◇  ノッシ、ノッシ……  コレ、気ィつかってくれてんだろーけどメッチャ乗り心地良いな!  「いやー長生きはするもんだわー」  『言うほど長生きなんぞしとらんじゃろうに』  「そういうドラゴン様は何歳なんでございますかぁ?」  『急に変な敬語はさすがに気持ち悪いのう』  ちょっとこのワンコ、気持ち悪過ぎて場末のヨッパライみてーになってんぞ。  『別にタメ口で構わんのじゃがのう。いつも通りでええんじゃよ』  「いつもっつーほどの付き合いじゃねーけどな!  つーかさっき知り合ったばっかだし!」  『何じゃ、つれないのう』  「んで結局何歳なの?」  『トシなんぞ数えたこともないからのう。何百歳になったかもう分からんわい』  「何百歳ってとこは確定なのか」  『んー、でも千歳超えてたかは微妙じゃったかのう』  「それ十分スゲーから」  なんてどーでも良い話をしながらドラゴンさんの背中に揺られながらしばらく廃墟の中を進む。  この廃墟がフツーの町に見えんのか……  つーかドラゴンさんはこのガタイでどこに住んでんだろーな?  どんな家が建っててどんな住民が住んでんだろ。  俺らの目に見えてねーだけで誰かいるんかね?  『さて、ここじゃよ』  「アレ?」  『ん? どうしたんじゃ?』  「イヤだってココ、俺ん家……」  「来たよお約束ゥ!」  『何を言っとるんじゃお主?』  「イヤだってここ俺ん家イヤ廃墟だから位置関係的に推定俺ん家って感じか……言ってて自分もよー分からんよーになって来たわ」  「さっきもここ通ったけど相変わらずの風景だぜ」  『推定お主ん家のう。なるほど、理解したぞい。  お主らにピッタリのフロアに連れてってやるから楽しみにせい、ぬふふ……』  「何だよ、面白そーじゃねーか」  「おっさんの家ってよ、床下に何かあったよな?」  「うーむ……まあそうだな、ある意味そーだな」  「何じゃそりゃ?」  「いやな、あったりなかったりだからな……?」  『恐らくじゃが、それはダンジョンの話とは違うのではないか?』  「いや、俺にそれを聞かれてもなあ……」  「おっさんって何か所家持ってんの?」  「だから分からんて」  「えーやだーフケツー」  「アホか!」  『まあ入ってみてのお楽しみじゃよ』  「どーやって入るかは知らんけどドラゴンさんの目には門が何かが見えてる感じ?」  『うむ、まあ我に乗っとれば一緒に入れるじゃろうて』  「え、俺は自分で走れとか言われてたけど!?」  『着いたら乗っけてやろうと思っとったのじゃよ』  「ウソつけ!」  「なあ、何でワンコを置いて行こーとしたんだ?」  『あー、それはのう……こ奴がここのフロアボスだからなのじゃよ』  「へ?」  「へ? そんなん知らんけど?」  「本に……本イヌも知らんて言ってるけど?」  『ウソつけなのじゃ!』  「そうなんか?」  「違うけど違わねーのか? 何か分かった気がして来たぜ」  「どゆこと?」  「あのなあオッサン、俺がドッペルゲンガー云々て話してたの覚えてっか?」  「おう、そのうちぜってー聞いちゃるって思ってたぜ」  「オッサンは自分が色んな場所に飛ばされまくってたって話があっただろ、それと同じこと……イヤ、目に見える現象的なヤツは違うんだけどよ」  「サッパリ分からん。簡潔に頼める?」  「えーと……オッサンが飛ばされた先には全部俺がいるんだけどな、そいつらは全部その場所での俺であって今の俺とは別な俺なんだわ」  「つまり?」  「ここのフロアボスはコッチでの俺なんだわ、多分」  『うむうむ、正解なのじゃ』  「何でぇ、その上から目線はよ」  「でも今オメーはここにいんだろ?」  「ああ、多分ここのフロアボスはどっか別な場所にいるんじゃねーかな」  「どゆこと?」  『同じ存在が同時に同じ場所にいることは出来んじゃろ、認識の問題もあるしのう』  「うむ? 分からん?」  『ホントにアホじゃのう……お主』  「余計なお世話じゃい!」  『バカでも分かる様に言うとじゃな、そのワンコがここにいるせいでフロアボスがおらん状態になってしまっとるんじゃ』  「あーナルホド、でワンコはどっか別なとこでテキトーに散歩でもしてろと」  「俺は邪魔者かい!」  『有り体に言うとそうじゃのう』  「まてよ……てことはホントは俺もココのを押しのけて存在しちまってるってことなのか?  それこそダメじゃね?」  『お主は一品モノじゃから違うぞい』  「へ? 俺双眼鏡と一緒なの?」  『まあそういうことになるかのう』  「えーマジでェ……ってじゃあ俺は——」  『ここで話し込んどっても寒いだけじゃろう、さっさと進むのじゃ』  「あー、まあそーだな……」  「俺はどっか別たとこをテキトーにうろついてりゃえーんか?」  『そうじゃのう、どこにいるか分からんのも困りもんじゃしスタート地点に戻るのがえーじゃろう』  「面倒臭ぇ……そんななら始めっから言えっちゅーに」  『だははは、すまんのう。じゃが我の背に乗れたんじゃ、損はしとらんじゃろう?』  「ったく……わーったよ、じゃあ後でな!  「お、おう。悪りーな……」  そう言ってワンコはタタタと戻って行く。  ホント、迷惑千万な話だぜ……  『で、早速準備なのじゃ』  「こーなったらさっさと済まそーぜ。何すりゃいーの?」  『うむ。まずはコレを持つのじゃ』  「剣? こんなんどっから出した……って軽っ!」  『そりゃ樹脂か何かで出来とるからのう』  「樹脂? オモチャ? んで何すんの?」  『次はコレをかぶるんじゃ!』  「何コレ? VRゴーグル?」  〈汝、その力を示せ〉  「へ?」  『れっつスタートなのじゃ!  ちなみにワンプレイ100エンなのじゃ!  今時リーズナブルじゃろう』  「はぁ!?」  『ちょっと待て、俺はどーなんだよ……って何じゃこりゃ!』  おおう……  やっぱこのワンコがオオカミさんだったんか……?  って俺が戦うんかい!  つーか……ゲームかよ!! * ◇ ◇ ◇  『がるるー……』  ほえー。  目の前にはさっきのでけぇオオカミさんがどでーんと構えている。  ってコレVRなんだよな?  てことはさっきのオオカミさんがモデルになってるとかか。  つーかワンコを退場させる必要なんてあったんか……?  「あースマンスマン、言い忘れてたことが……って、え?」  『がるる……?』  「オイ……ちったあ空気読めよ、オメー……へ?」  『何じゃ何じゃ?  何でワンコが戻って来とるのに何も起きんのじゃ?』  『がるるがるる?』  「えーと……コレってどーゆー状況……?」  あー、分かったぜ。  「実は今のもワンコ違いなんじゃねーの?」  『あっ!? なのじゃ』  「オイちょっと待て、俺の扱い酷くね?」  「そーだぞ、どっか行く必要なんて無かったんじゃねーか?  つーかよォ……コレってVRなんだろ?  それでこの状況って何なんだ?」  『がうがう、がうがうがう?』  『はて? この状況とは何のことかのう』  「そもそも現実にいる俺らとVRがごっちゃになってるこの状況は何なんだって言ってるんだよ」  試しにゴーグルを外してみる。  ……見えねえ。  装着する。  見える。  「えーと……コレ、双眼鏡?」  『とお……双眼鏡ならお主が持っとるじゃろうに』  「え? 持ってねーけど?」  『え?』  「え?」  「置いて来ちゃったんかい!」  「えーと……オメーが持ってたりしねーの?」  「アホか! どーやって持つんだよ」  「くわえるとか?」  「それじゃしゃべれねーだろ」  『がるがる、がるるー!』  「あっそーか」  まあ良いか……後で取りに行きゃ良いしな。  それよか結局このドラゴンさんが何を考えてんのか良く分からんよーになって来たぞ。  さて、乗りかかった船だしどーすっかね。  あーどっちかっつーと乗りかかったんじゃなくて暗礁に乗り上げたって感じかなぁ。  ……じゃなくてぇ!  「結局俺は何のためにこんなモン着けたり持ったりさせられたんだ?  んでこのオオカミさんは何なんだ?」  『がうがう!』  『何ってフロアボスなんじゃが?』  「それが何でVRなんだ?」  『VRじゃないぞい』  「へ?」  『だってお主、我が見とるモノが見えとらんかったからのう』  「じゃあこのオモチャは?」  『オモチャ? それは本物の儀仗杖じゃぞ?』  「ぎじょー……何だって?」  『いわゆるまじかるすてっきと言うやつじゃよ』  「この塩ビの剣が?」  『お主、自分で言っておったじゃろうに。認識の相違というやつじゃ』  「それを見せるためのモノってことか?」  『まあVRセットってことになっとるがのう』  「じゃあ外の住人たちにとってここは、やっぱ廃墟が広がっててバケモンが歩き回ってるキケンな場所ってことなのか」  『うむ、ただ……お主が見とるのとはまた違った景色が見えとるんじゃないかのう』  「あー、そもそもが日本人じゃねーのか」  『日本人……そうじゃのう。まあ、有り体に言って異世界人とゆーやつになるんじゃろうな』  「そういうアンタはナニジンなんだ?」  『フッ……我はしがない一介のドラゴンなのじゃよ』  「ウソつけ!」  『がうがう!』  「じゃあワンプレイ100エンてのは? 現金なら今は持ってねーぞ?」  『ダダじゃ出来んでな、手数料として100圓もらっとるんじゃよ』  「ソレどこで使うの?」  『どこって外に決まっとるじゃろう。そこのオオカミにだって生活があるんじゃぞい』  『がうがう!』  「えぇ……」  えーと……  つまりダンジョンてのは遊園地みてーなアトラクション施設でこのオオカミさんは職員……いやペット……?  メッチャウソくせぇ……  ひゃくエンてナニ銀行の発行通貨なんや……  その割にあのバケモンはホンモノみがあったが……?  つーか焼却処分してたし。  それにやっぱあのオオカミさんは何か別な存在だよな。  「念のために聞くけどさっきのくっさいバケモンは別だよな?」  『ん? あれはホンモノじゃよ。何せここはダンジョンじゃからのう。  ただ、アレはこっちの住人にとっては存在の知れぬものなのじゃよ』  「? 良く分からんけど“こっちの住人”なんて言い方するってことはアンタらもヨソ者ってことなのか」  『まあ、そういうことになるのう』  「じゃあ来たばっかの頃は“新顔さん”なんて呼ばれてたりしたんか」  『良く知っとるのう。お主、実はここの住人だったりするんじゃないのかのう』  「前の場所もそんな感じだったからなあ」  『そこもダンジョンだったりしてのう』  「あ、それあるかもだぜ」  このワンコ、実はドラゴンさんみてーな立ち位置だったりしてな。  俺ん家の床下収納なんて思いっ切り入り口みてーだとか言われてたしな。  俺はいっぺんも見てねーけど!  「オメーのご主人サマって実はダンマス的なアレなんじゃねーの?」  「えー、さすがに違うと思いてーけどなー」  「だってよ、明らかにイベント部屋だったじゃんかよ、あの棺桶の部屋とか」  『ぬぬぅ!? 棺桶じゃとォ!?』  「近い近い、近いってェ」  『がうがうー』  『あーコレはスマンのじゃ、我としたことがついコーフンし過ぎたのじゃあ!』  ハンパねーんだよ、ハナイキがよォ!  しかしこの食い付き具合からしてやっぱ無関係じゃねーんだな。  きっとどっかで何かが繋がってんだろーなあ。  「何だよ、棺桶に何か心当たりでもあるんか」  『それはどんな棺桶じゃ? 和風か、それとも洋風かのう?』  うーん、アレは中から吸血鬼が出て来そーな感じのヤツだったが……  そーいや……墓場とか寺院みてーなのも見たことねーよな。  あの住人たちの宗教観とか、メガミサマ一辺倒でまるっきり分かんねーんだよな。  まあ俺が住んでた町とソックリな時点でまず仏式か神式なんだろーけど、その辺どーやって折り合い付けてたのか……  ワンコは犬神サマとか言われてたよな、主に俺のせいで。  「それならワンコの方が詳しいだろ」  「ここで俺に振んの!?」  「そりゃそーだろ、自慢気に何か語ってたよな?」  「うっ……それを言われるとツライ……」  『何じゃ何じゃ、見たことある奴と思っておったがお主はやはり棺桶から出て来たんじゃな?』  「エッそーなの!? ゾンビ的なヤツ?」  「違うってばよォ」  「分かったから棺桶の特徴をもう一辺語ってやれよ。  ナンバーみてーなのが書いてあったんだろ?」  『それはいよいよ核心的な情報じゃのう!』  「だけどこっちに来る前には消えてたって言っただろ」  『消えていた……? ときにそれは何番と書いてあったんじゃ?』  「あー、5番と7番……だぜ」  『5番と7番……それだけかのう?』  「俺が見たのはその2つだけだったぞ」  『2つ……その2つがあの場所にあったというのじゃな?』  「あの場所っつーか、うーむ……何て言やぁ良いんだ?  番号が消えた時点で既に元の場所じゃねーんじゃねーかって思ってたんだが」  『うむう……あそこに戻ってもそこには何も無いという訳かのう』  あそこには何も無い?  ……じゃあそこに双眼鏡が転がってたのは何でだ?  何で今はVRゴーグルなんてモンを着けてなきゃいけねーんだ?  「ちなみに俺のご主人様は……」  『恐らく、7番じゃな。消去法じゃ』  「あ、そーなの? それは知らんかったぜ」  『何じゃ、随分と軽いノリじゃのう』  「ちなみに5番にも心当たりがあるってことだよな?」  『うむ、5番は何と我なのじゃよ』  「へ? じゃあアンタも“お化け”なのか?」  『お化け? 何じゃ、それは』  「俺のご主人様は棺桶の中のガイコツのお化けだって自分で言ってたんだよ」  『どういうことじゃ……? お主のご主人様はガイコツの姿だったのかのう?』  「いや、声の通りの若い女の子だぜ。多分生前の姿ってヤツなんだろーな」  『な、何たることじゃ……』  「それって定食屋のバイトの子と同一人物だったりするんかね?」  『定食屋?』  「あー、最初に会った場所の話だな。あの場所に前いた町じゃメシ屋があってな、そこで経歴不明な感じの女の子が働いててだな」  「あーナルホド、あの子か。だけどそれは違うと思うぜ」  「そのココロは?」  『がうがうー?』  「床にガイコツが転がってたって言ってなかったか?  そっちなんじゃね?」  「それこそホンマもんじゃねーか……」  『あー、盛り上がっとるとこ悪いんじゃが我にも分かる様に話してくれんかのう?』  「このワンコも経緯は分かってねーだろーから俺が説明すんぜ」  「経緯?」  「その転がってたガイコツについての考察ってやつだぜ」  「棺桶から出て暫く這いつくばってたとかか?」  『何じゃそれは。まるでホラーではないか!』  「あー違う違う、事実はもっとホラーなんだぜ!」  『勿体振らずにさっさと教えるのじゃ!』  「70年くれー前に店ん中で撲殺事件が発生したんだよ。  それがな、店の中で転がってた遺体が突然消え失せて、店の入り口から同じ人が普通に入店して来たんだ」  そんな昔のこと何で知ってんのかって聞かれても困るぜ!  まあ聞かれねーだろーけど。  『何らかの方法で生き返ったのかのう?』  「フツーだと突然死人が生き返ったのか、そういう路線で考えるんだろーけどな」  「あーナルホド、その遺体がどこかに飛ばされてたんじゃねーかってなったときに行き着く先って訳か」  「そうそう、そゆこと」  『なるほど、分かったぞい』  「エッマジで?」  『何じゃ、遺体が消えたのは無かったことになったのではなく、どこかへ持ち去られたからだというとこじゃろう?』  「お、おう、その通りだぜ」  『しかも同一人物をどこかから連れて来たと』  「さっきあんたから聞いた話から察するに、多分玉突き見てーな形で同じ場所から本人の遺体が弾き飛ばされたとかなのかね」  『その考えが合っとるかは分からんが、実際同じことをしたらそうなるじゃろうのう。  で、そのガイコツがそこのワンコの主人とはまた別に現れた、と』  「メッチャ長くなっちまったけどそういうこったな」  『恐らく棺桶絡みではあるじゃろうな』  「その棺桶ってのは何なんだ?」  『そいつは棺桶というか、“スロット”と呼ばれておってな。  棺桶というのはまあその形状から半ば揶揄するような形で呼ばれとるだけなんじゃ』  「す、“スロット”!?」  『何じゃ、以外にも心当たり有りという反応じゃな』  「まさかの特殊機構絡み!?」  『特殊機構、と呼ばれとるんか』  「なあ、あの双眼鏡があったら俺らが元いた場所も覗けるんじゃねーか?  もしかしてそのために用意されたモンだったりとか?」  『いんや。それは本来お主のためのモノじゃぞ。あ奴が置いてったのじゃ。  カッコつけて、“奴が来たら必要になる筈だ……!”とかほざいとったからのう』  「ナゼに断定調なんだ?」  『あ奴が“奴”というのはお主に違いないからじゃよ、多分!』  「だから何年前の話だよソレよォ」  『しかし今の話からするに、その場所を探す手段としては有効そうじゃのう』  「うーむ……じゃあ取りに戻らねーとならねーか……」  さっきのワンコ違いだって50年前の奴と間違ってたからな。  ハイ分かりましたァって話にはなんねーよな。  しかしあの双眼鏡、別に意識してた訳じゃねーけどいつの間にか無くなってたんだよなぁ。  やっぱアレ、携帯みてーな謎アイテムなんだよなあ……  「ところでよ」  「ん? 何だ?」  「さっきの言い忘れてたことって何だったんだ?」  「ああ、それな。いや、戻ってくる途中で馬鹿でけーバケモンがうじゃうじゃいるのを見かけちまってだな……」  「エッマジで!? 忘れんなよ、んな大事なことをよ!」  『ううむ……嫌な予感がするのう……』  「なあ、取り敢えずどっかに避難出来ねーか?」  『まあ、他のフロアなら行けるじゃろうな』  「このワンコはどーすんの? フロアボスなんだろ?」  『がうがう?』  「こ奴は置いてっても大丈夫じゃよ」  『がうっ!?』  何かスゲー残念そうな顔してんだけど良いんか、コレ。  ところでワンプレイ100エンはまだ有効なんだべか?  まあ何にせよ双眼鏡探しはお預けか…… * ◇ ◇ ◇  『ホレ、コッチじゃ』  「えーと、どっちだ……?」  ドラゴンさんと俺じゃ見えてる景色が違うからか、何も無い所を指差されてホントかいなという問答を何回か繰り返す。  そりゃ行けねーわ。見えねーんだし。  「コレってドラゴンさんに乗っけてもらったら良いんかね」  『ソレで解決するんならのう』  「ちなみにサイズは大丈夫なのか」  『問題無いぞい』  門だか扉だか分からんけどそんなでけぇ入り口があるんならいっぺん拝んどきてえとこだがなぁ。  『あ、言うておくが入り口は元々は人間サイズのモノだったのじゃぞ。  それを我が“拡張”してやったという訳じゃ!』  「それって単に破壊行為を働いただけじゃ……」  『そうとも言うのぉ。カッカッカぁ』  てな訳でドラゴンさんの背中に乗っけてもらう。  今度は最初からワンコも一緒だぜ。  しかしそのダンジョンやら何やらってのは一体誰が作ったんだろーなぁ。  「まあそーだよな、おっさん家のアレと同じだよな」  『じゃあ行くぞぃ』  「うげぇ……」  やっぱ気持ち悪りーわぁコレぇ……  見た目廃墟とかガレキなんかの中をズブズブと進んて行く。  ……っていつまで続くんだよ……  ここって場所的には俺ん家の地下辺りだよな……?  『着いたぞい!』  「へ?」  「へ?」  『その反応、ええ加減もう飽きたのじゃがのう……  で、今度は何なんじゃ……』  「地面の中じゃんかよォ! こんなんでどないせぇっちゅーんじゃあ」  「以下同文!」  『マジでぇ……なのじゃあ!』  「どーすんだよコレ……って外に出るまで進むしかねーか」  今までは似て非なるってレベルだったけどひょっとしてココは違うんかね……?  「なあ、ここでジッとしてたらやり過ごせんじゃねーか。  なあ、おっさん?」  「まあやり過ごすとかいうレベルの出現頻度だったらな」  『それは難しいじゃろうな。  奴らは一定の時間が経つとリスポーンするのじゃよ。  それにここでも怪物共は出るぞい?』  「エッそーなの? 俺らには見えない?」  『ホレ、言っとるハナから来たぞい、例のイカ野郎なのじゃ』  「へ?」  「へ?」  『あ、そーれ』   ボボボー。  「あ、臭っさぁ……」  「うっぷ……おぇぇ……オロロォ……」  ビチャビチャ。  『我の背中で何てコトやっとるんじゃあ!?』  「焼いたアンタが悪ィだろ……おぇ、うっぷ……」  『あー分かったから吐くなぁ! 全く、手のかかる奴らじゃのう……』  「えーから早くどっか行こーぜ」  「おぇぇぇ……」  『むむぅ……しょうがないのう……ってまた来たのじゃ』  「さっさとずらかろーぜ」  しかしどこでも出るんじゃ避難する意味もねーのか?  「なあ、普段からこんな頻度でエンカウントするんか?」  『いや、いつもは数日に一匹とかそんな感じなのじゃがのう』  「何かおかしいって言ってる?」  『そうじゃのう。まあ何匹出てこようが我の敵ではないがのう。ぐはははは』  「臭っさいのが何とかなりゃーな」  『先ずは移動するぞい。ゲロを踏まん様にのう』  「勘弁してくれ……まずゲロが臭せーんだよ」  「しょーがねーだろ、不可抗力だ!」  もしかしてあのオオカミさんが出て来ねーのって臭スギが過ギルからだったりしてな。  「しかし単なるリスポーンじゃなくて増員とか可能なんか。  誰かがコントロールしてるとかがあるならだけど。  ダンマスなんかが支配してるパターンだったりするんかね」  『お主、相当なゲーム脳じゃのう……』  考えてみたらこのダンジョンてのが何なのかも分かってねーんだもんな。  「おっさんがゲーム脳なのは否定出来ねーけどいつもと違うってんなら何か原因があるんだろ?」  「んだんだ。火のねーとこに煙は立たねーんだぜ」  『ふうむ。そうじゃのう。  やはりきゃつらにとって何か脅威となりうるものが現れたと、そう考えるのが妥当かのう。  そのために警戒レベルを上げておるという訳じゃな』  「誰かがコントロールしてるんか?」  『そこまでは分からんのじゃ。まあダンマス的な存在には一度として会うたことがないからのう。  じゃから自動的な防衛機構みたいなのがあるのではないかと踏んでおるのじゃ!』  しかし知らんとか言いつつやたらと自慢げなのは何なんだろーな。  「ナルホドねえ……んでその脅威ってのは何なんだ?」  『そりゃどう考えてもお主じゃろう』  「へ?」  「へ?」  『何じゃ、その反応は。自分で言っておったではないか。  火の無い所に煙は立たんのじゃろう?』  「へ? でも何で俺?」  『お主のう……その見た目で外に出たら騒ぎになるぞと言ったじゃろう』  「そ、そーなの?」  「でもおっさんはおっさんだろ」  「んだんだ、それ以上でもそれ以下でもねーぞ!」  『我の目にはそうは見えんがのう』  「こんなか弱いおっさん捕まえて何を言ってんだよ!  ハラスメントだ!」  『確かに見た目はか弱そうじゃがのう』  「エッ逆じゃね?」  「コッチの住人から見た俺はどうやらアッチの住人と同じらしーんだぜ」  「あーナルホド納得」  「てかアンタは無闇やたらに崇めて来たりしねーんだな」  『我はあ奴とはちっとばかし面識があるでな』  「あ奴って……やっぱ軽い感じの奴なんか」  『そうじゃのう、本物のあ奴はどうなのか分からんがのう』  「本物のとかニセモンとかがあるんか」  『そういう意味じゃないぞい。  あ奴はコピーロボみたいなのを使って同時に複数箇所で存在するとかメチャクチャなことをやっとるんじゃよ。  どうやってるのかは我にも良く分からんのじゃがのう』  「何でそんなことしてんのかってとこは?」  『多少面識がある程度じゃからのう。まあ他人には頼めんけど手数が必要な何かなんじゃろうがのう』  「何にせよそんなヤバそーな奴が来たってんなら確かに戦力増強もしたくはなるわなぁ」  「何のんきなこと言ってんだか。  おっさんさあ、自分のせいだって言われてんのはちゃんと自覚してんのかよ」  「んなコト言っても俺に何をせえっちゅーんじゃ。  ある意味被害者だろコレよォ」  『いっそのこと我の口の中にでも隠れてみるかのう?』  「えぇ……歯みがきちゃんとしてんのォ?」  『何おっさんが女子高生みたいなこと言うとるんじゃい』  「ホントにこのおっさんのことちっこいおねーちゃんに見えてるんか? このドラゴンさん」  『もちろんそうじゃぞ。じゃが挙動を見ると本人の主張通りおっさんだと思っておくのが正解じゃろうと思うてのう』  うーむ……女子高生がどーのとかここの世界観にそぐわねーコトをまた言いだしやがったぞ。  やっぱこのドラゴンさん、怪しさ満点だぜ。  「ツバでベトベトになるんだろ。それに間違って飲み込んじまったらどーすんだよ」  『そのときはウンコになって尻から出るじゃろうのう。  ぐへへ……』  「うげぇ……それだけは勘弁してほしーぜ」  『ではとにかく移動するしかないかのう』  「スマンけどそれで頼むわ、俺らの目にも見える場所を探すってことで」  『まあ上のフロアは見た目こそ違えど見えておったからのう。  同じ様な場所を探すとするのじゃ』  「なあ、ちなみにさっきおっさんに持たせたVRゴーグルもどきで時々周りを見回してみるってのはどーだ?」  「ああ、それはアリだな」  『そのゴーグルで見えるのは基本的に装着者の目に映るものだけなのじゃ、あまり期待しない方がええぞい』  「ああ、双眼鏡とは違うんか」  『それはあくまでアレな事象の観測をするための装置なのじゃ』  「アレなって何だよ」  『アレはアレじゃ。ほれ、言うておったろうに。“スロット”じゃ』  「あー、ソレか。すっかり忘れてたぜ」  『この空間はゲームではない現実ではあるのじゃがのう、そのゴーグルの様な観測機器で存在を確認できるということを忘れてはならんのじゃ』  「つまり?」  『つまり仮想世界と同様に外部から俯瞰的に観測されとる可能性がある、ということなのじゃ。  お主も行動にはくれぐれも気を付けることじゃな』  えぇ……何か今までのアレコレが分かっちゃった感じ?  ダンジョンとか言ってんのもどこまでホントか怪しいもんだぜ……  だけどこのドラゴンさん、どうにかして俺らにソレを教えてくれよーとしてるっぽい感じだな。  「なあ」  『何じゃ?』  「観測してる奴らってさ、実はここじゃ生身で生きられなかったりすんのか?  だからわざわざ——」  【ビビービビービビービビー】  「おわっ……ビックリしたぁ!」  警報だ!? 何の?  『うーむ……これはちとまずいことになったのじゃ……』  「オイ、マズイことって何だよ!」  『“リセット”じゃ』  「へ?」  どーすんだよ、こっちは相変わらず真っ暗なまんまなんだけど!  つーか“リセット”って何なんだよ  説明すんならそこからだろオイ!  * ◇ ◇ ◇  「リセットってのは何なんだ? 何が始まるってんだ?」  『多分なのじゃが、ダンジョンの主が替わったのじゃよ』  「はあ? つまり何だよ?」  『このダンジョンは新たな主の嗜好に合わせて一旦消滅するのじゃよ』  「だからつまり!?」  『ぱーん、てなるのじゃ!』  「ソレでつまりは!?」  『ダンジョン全体が跡形もなく吹っ飛ぶのじゃよ。  ぬははははは!』  「ぬははじゃねーよ! どーなんだよ、俺らはよォ!」  『じゃからぱーん、てなるのじゃよ!』  「んなコト言われても分からんわ! どーすんだ、おっさんよォ」  「どーするってどーしよーもねーだろ!  だいたい何なんだよ、“ぱーん”とか語彙力無さ過ぎだっつーの!」  とか言いつつ何となく分かっちまったぜぃ……  「外に出りゃいーんじゃねーのか? 何か一発で出る方法とかねーの?」  『ゲームじゃないからそこは地味に歩いていくしかないのう。  到底間に合わんけど』  「離脱するアイテムとかねーんか」  『見てみい。もう始まっとるぞい』  「だから真っ暗で何も見えねーっちゅーに」  『ショートカットの手段はあるにはあるのじゃがのう、課金アイテムが——あ』  「おわっ!?」  と思ったのも束の間、いきなり俺は地面に落っこちた。  痛ってぇ……しこたまケツをぶつけちまったぜい。  お陰で真っ二つに割れちまったぜ、くっ……  じゃなくてえ!  「オイ、どーなったんだコレ!」  ……アレ?  「オイ! 聞いてんのか? オーイ!」  シーン。  ……マジかよ。  ドラゴンさんどころかワンコもいねーってか。  ホントどーすんだコレ……  ……アレ?  おかしくね?  ドラゴンさんに触れてねーと壁を抜けらんねーんだよな。  んでさっきまで壁っつーか地面の中にいただろ、真っ暗だったしな。  んで突然足場っつーかドラゴンさんが突然消えて落っこちただろ。  それが大体1mってとこか。  まあ落っこちてケツが割れる程度の高さだしな。  ……って1m?  もっとデカかったよなあ、ドラゴンさん。  家一軒分くれーはあったぞ。  じゃあどーなった?  周りは相変わらず真っ暗だったしな。  それに呼びかけに応えるヤツもいねーし。  ……つーかコレが“リセット”だ?  何か思ってたのと違うな?  大体何なんだ? ダンジョンの主って。  主が交代ってゲーム脳的な発想だったらボスを攻略するとかダンジョンコアをぶっ壊すとかなんだろーけどなあ。  ホントにゲームと違うんかね。何かさっき後ろの方で課金とか口走ってたし。  まあドラゴンさんが全く想定外みてーな反応をしてたとこからすっと、多分そんなにポンポン起きることって訳じゃねーんだよな。  んで今はどんな状況なんだ?  真っ暗だけど別に岩の中に埋まってるとかそんな感じはしねーし。  手を伸ばすと……何もねーな。  結構広いんか?  地面は……固い?  手触りは……随分と滑らかだな。部屋の中みてーだが……そんなこともあんのか?  両手を広げて辺りを探りながら恐る恐る歩き出してみる。  やっぱ部屋の中っぽい感じか?  壁らしいモンにはまだぶつかってねえ。  結構広いのか、そもそも部屋の中じゃねえのか……  それにしてもこのオモチャの剣とゴーグルが地味に邪魔だなあ。  まあ持ってたら何かあるかもしれねーし捨てるっつー選択肢はハナっから無ぇ話ではあるがな。  しかしどこまで行っても壁らしいモンにはブチ当たらねーな。  まあ元々ダンジョンのどっかのフロアだっつー話だしメチャクチャだだっ広い空間て可能性もあんのか。  こんだけ広かったらワンチャン誰かいるか?  何せこーなった理由が“主が替わった”だもんな。  「おーい、誰かいませんかー。おーい」    やっぱダメか。  手詰まり?  詰まったらどーなる? 永久にこの状態?  イヤ、それだけはゴメンこうむりてぇとこだぜ。  ……もしかしてこのゴーグルを装着したら何か見えたりとか?    ん? 何か表示されてるぞ……?  なになに?  【只今ご利用いただけません】  何じゃそりゃ!  危うく一人でズコー!! とかやっちまうとこだったじゃねーか!  真っ暗とか動かねーじゃなくて“只今”って何やねん!  じゃあ待ってりゃ使えるよーになるんかい!  って一人でツッコミ入れてどーすんじゃい!  「クッソォこんなん持っててもジャマなだけじゃねーか!  ぶっ壊しちゃるわ!」  【お客様それは困ります】  「困るもヘチマもねーわこのポンコツが!」  【困ります、お客様困ります、あーっ】  「……」  【……】  「うん、分かるぜ。いっぺん言ってみてえセリフトップ10だもんな」  【実際お行儀の良いお客様が多くて意外に言う機会が無いんですよ】  「そうそう、そうなんだよなー」  【そうなんですよ】  「ははは……」  【ははははは……】  「……」  【……】  「はははじゃねーよ何しゃべくってんのコレ?  そーゆー仕様な訳?」  【いえ、一応内緒ということでお願いします】  「誰に?」  【全ての人たちに対しててす】  「あー、まあそれは分かったんだけどよ……そもそもここから出れねーとバクロのしようがねえんだわ」  【再構築が完了すれば往来が生まれますので、そのときの話です】  「再構築って何だよ……このダンジョンの再構築ってことか?  んでもってあと何分くれー待ちゃあ良いんだ?」  【再構築とは代表サンプルの変更に伴う惑星表面の環境書き換え処理を指す用語です。  具体的には惑星誕生から現代に至るまでの歴史について物理法則に基づいて演算を行い、本機表面における構造体の組み換えを行います。  全ての処理が完了するまで、あと1163億6784万秒。  またダンジョンという用語につきましては本機に登録されていない未知の用語であるため、ご説明は致しかねます】  「うおう……圧倒的長文……つーか肝心のダンジョンて言葉が分からんのか……  って千百何億秒って何だよ! 何年掛かるってんだ!」  【1163億6784万秒です。約3690年に相当します】  「へ……?」  さ、三千年!?  【如何しましたか。  待ち時間の間、ゲームをご提供することが出来ます。  プレイしますか?】  「するかボゲェ!!」  ボゲぇ!   * ◇ ◇ ◇  「何が三千年だ、ふざけんな!」  【3000年ではありません。3690年です】  「大して変わんねーだろこのクソボケがァ!」  【すみません、クソボケというのは具体的には何に対するご指摘なのでしょうか】  「三千年も待てっかよ! アホか? アホなのか!?」  【大丈夫です。ちょっとひと寝入りすればあっという間ですよ】  「ひと寝入りしとる間に干からびてガイコツになっとるわ!」  【あなたがガイコツと呼ぶ構造体は現在確認出来ません。  従って3690年後にその推測の通りになる可能性は全くもって全然1ミリもありません】  「何じゃそりゃ」  【とはいえ】  「はい?」  【ヒマだと思いますのでゲームをご提供しますね】  「だからいらねーって言っとるだろーに!」  【はいっ、どーぞォ】  「聞いてねーし!」  【納豆ぉー、ねばねば!】  「はい?」  【納豆っねばねばぁー、はいっ!】  「何じゃそり——」  ぷちん。  ………  …  チュンチュン、チチチ……  「うーん……」  う……頭がズキズキする。何でこんなに疲れてんだ?  つーか今何時だ?  携帯を確認しようと辺りを手で探る。  ……アレ?  どこにも無い?  どこに置いたっけかな……クルマん中か?  えーと……確か昨日廃墟に行ってその後……何だっけ?  あ、そーだ。メインフレームを動かすんだった。  仕方ねえ、探しに行くか。  ん? 何で着の身着のまま……?  いや、待てよ?  昨日息子に準備やら何やら手伝ってもらって今日は朝イチで出る筈じゃなかったか!?  時間は分からねえがまだ陽は昇リ切ってねーしスズメもチュンチュン言ってるしまだ大丈夫だよな!?  廃墟まで一時間は掛かるからな、あんま時間を無駄にする訳には行かねーぜ。  玄関へパタパタと向かい……ん?  何か置いてある……ああ、そういえば……  何でぇ、紙オムツだあ?  でもってその上に置き手紙?  ナニナニ?  『父さん、俺は紙オムツなんて置いてないぞ。  追伸)免許証は持ったかい?』  は? ……あっそーか。  息子にもらったのは携帯トイレだったよな……?  でも何でこんな置き手紙が……?  紙オムツに置き換えた奴が置いてった訳でもねえだろーしな。  ……袋に何か貼ってある? ああ、例のフセン紙か。  『現場に着いたらまず刑事さんに穿かせろ』  えーと、例によってコレ俺の字なんですけど!  つーかまたかよ……何なんだ一体……  しかし刑事さんが廃墟にいるのか? 何でだ?  ダメだ、さっぱり分からねえ。  置き手紙なんてモンを残しやがった息子に連絡して聞いてみるしかねーか。  しかしまずその前に携帯を見つけねーとな……  そう考えた俺は玄関から外に出る。  いけね、開けようにもキーがねーじゃん。  クッソぉ……面倒臭えけど取りに戻るとすっかぁ。  ったく、ふりだしに戻っちまったぜ。  ってアレ?  今鍵開けねーで外に出たよな。  一晩じゅう施錠しねーで寝ちまってたのか、俺は。  ナルホド、道理で着の身着のままだった訳だ……  てことはクルマのドアも開いてんのか?  ガチャ。  開いちまったぜ……  つーかコッチも一晩じゅう挿しっ放しかよ……  昨日荷物を載せただろ、その後……って荷物が無え!  マジかよ……俺の汗と努力の結晶が……  しかしクルマはそのまま、家にも侵入しねーで車載の荷物だけを置き引きか。  一体どこのどいつだ? 舐めたマネしやがって。  さて、どうしてやろーか。警察に通報か、あるいは……  取り敢えずはご近所の目撃情報から確認だな。  そう考えた俺はそのままお隣さんの家に向かう。  “デロリロデロリロデロリロリー♪”  うげ……そういやお隣さんの呼び鈴てこんな音だったっけ……  お上品そーなのにコレだけ何か趣味が分かんねーんだよな……  実はデスメタルとか聴いてたりして……  ……出て来ねえ。  留守か?  朝っぱらから? ゴミ捨てじゃねーよな?  ドアノブに手をかけて回してみるがしっかりと施錠されている。  となると昨日からいねーのか。  仕方ねえ。  息子に聞いてみっか。  再び自分の家に戻った俺は家デンの受話器を手に取って息子の電話番号を押す。  ……コレ、もしかして通電してねーのか?  裏面を見るが電話線はしっかりと繋がっている。  コール音すらしねーのは変じゃねーか?  まあ灯台もと暗しってゆーし家ん中を検めてみっか。  そうして気付いたこと。  この家、電気が来てねえ。  灯りは点かねーしテレビも冷蔵庫もダメだ。  冷蔵庫に至っては扉も開かねえ。  そしてガス、水道も以下同文だ。  何でだ? 料金はきっちり払ってたぞ。  何かのトラブルか?  まあ飲まず食わずじゃいられねえ以上、食糧と水は外から調達するしかねーか。  ああ、納戸に非常用の備蓄が少しあったな。  まずはそれを切り崩してくか……  ライフライン以外についてはぱっと見何も取られた様子は無かった。  無くなったのは旅行ケースに詰め込んだあの荷物——パソコン、周辺機器、必死こいて打ち込んだプログラムを記録したテープ、それに廃墟から持ち出した血塗れの資料やら俺のノートやらだ。  それにだ。  さっきから気になってたが往来が全く無え。  さっきのお隣さん家の状況からしてこの町自体で何かが起きてるって可能性もある。  そう考えた俺は小一時間で歩いて行ける範囲を見て回った。  そして思った通り、今この町には人っ子ひとりいねえ……正確には俺以外は誰もいないらしいってことが分かった。  オマケに……起きてからそれなりに時間が経ってる筈なのに太陽が全く動いてねえ気がする。  おかしい。  廃墟絡み?  あそこがホラーな感じになってたのは分かったが、俺が行ったせいで何かが始まったってのか?  しかし何が……何が起きてるってんだ?  俺が一体何をした……? * ◇ ◇ ◇  ひとまずまた廃墟に行ってみっか。  せっかく用意した荷物は無くなっちまったが、このまんま人っ子ひとりいねえ町をウロウロしてても仕方がねえ。  仏壇の前で手を合わせて逝ってくるぜぇと小さく呟く。  さて、行くか。  あ、どうすっかな、羽根飾り。  そう思って脇に置いておいた木箱を手に取る。  しかしフタがびくともしない。  クソ……接着でもされてんのか?  一応確認のために軽く振ってみるが何も聞こえない。  空箱か……?  いや、俺の思い込みって可能性もあるしここは持ってくか。  俺は木箱をポケットに突っ込んだ。  その後クルマを出すべく外に出る。  携帯食糧や水なんかも持って行こうかとも思ったが、納戸の中の物もフタがくっついていて取り出せなかった。  水に至っては透明な常温の固形物みてーな外観だった。  もう水じゃなくてアクリルか何か出て来てんじゃねーかね、コレ。  てな訳で身ひとつで家を出た。  ちなみに玄関の扉は鍵もなけりゃあ鍵穴も見当たらねぇ有様だ。  もしかすっとお隣さんの扉も家とくっついてたのかもしれねーな。  その割に呼び鈴の音はホンモノソックリだった……ああ、そうか。  ここは映画のセットみてーな紛い物の町なんだな。  こんな大規模なモン、誰が何のために作ったのやら……  まあ良い、さっさと出発すんぜ。  搭乗! 前良し、後ろ良し! 左右確認!  ……。  エンジンがかからねえ。  ガス欠じゃねーよな?  いや、今までのアレやコレやから考えたら当たりめーのことか……  つまりクルマもハリボテだったってこったな。  うーむ……詰んだな。  誰もいねーし車は動かねえ。  しかも周りは何もかもがハリボテだしな。  全く雨後かねーとこを見ると太陽すらそうなんじゃねーかって思えて来るぜ。  「はあー、どーすっかなあ」  『そうだなあ。実は隣に座って聞いてたりすんのかもなあ』  「へ?」  『じゃあ聞いてる前提で話をするぜ』  「お、おう?」  ちょ、ちょっと待て誰だコレ!? まさか幽霊ェ!?  『ここに辿り着いたときは柄にもなく感慨にふけっちまってよォ、ようやく見付けたぜってな』  「オイ、オメーはもしかして……」  『ところがどうだ、家はもぬけの殻、戸締まりもされてねえときた』  「オイ、オイってばよ!」  ダメか……しかし一体どっから聞こえて来るんだ?  『俺は知ってるぜ。このクルマの荷物——』  な! 今しゃべってる奴が持ち逃げの犯人なのか!?  しかしこの声は定食屋の……  『オメーがガキの頃にハマってたマイコンとかそういう類のもんだろ、それも相当な年代物だ。  オメーがこんなモンを持ち出して行く先っつったらもうアソコしかねーよな!』  親父の会社……いや、廃墟のことか……!  『今まで黙ってたがよ、実は俺ぁガキの頃こっそり覗きに行ったことがあってよ』  エェェ……マジでェ!?  『俺が見つけたのはな、ガラス細工のケースの中で眠ってるお姫様だったんだぜ。  で、そん時俺は思ったぜ。  いい趣味してやがんなぁ、オメーの親父さんもよォってな。  子供ゴコロによォ、こりゃ決して触れちゃいけねーやつだってな!』  『だけどそいつが思い違いだってことにゃすぐ気付いたぜ。  何しろそれはオメーの——』  「膝カックンだオラァ!」  「ズコー!!! って何すんだテメーこちとら良いとこだったってのによォ!」  「はァ? おっさんがこの雪の中で突っ立ってフリーズしてやがったからこいつは死んだかと思って心配してやったってのによォ!」  「へ? あーそいつはスマン……?」  「何で疑問形なんだよ」  「あのよ……」  「何だよ」  「納豆ねばねばって知ってる?」  「は? 何だそりゃ?」  「じゃ、じゃあドラゴンさんは?」  「知るかこのボケナスが! それよか寒くねーのかアンタはよォ」  ボケナスだなんて、人のことおっさん呼ばわりしてるけどこのワンコも大概だな!  じゃなくてえ!  ここは……かまくらの中?  「ここは……?」  「後ろ足で除雪しまくってかまくらを作ってやったんだよ!」  「おおー」  「おおーじゃねーよ、感謝しろよ感謝」  ……そうだ! ゴーグルしてるんだったっけ……  ってアレ?  「何だあ? 今度はパントマイムかァ?」  「いや、ゴーグルがな……」  「本格的にアレになっちまったか?」  「アレって何だよ、ハッキリ言えよ」  「アレって言ったらナニだろ」  ドレがナニなのかヒジョーに気になるとこだが……  「あ、そーだ」  感触があるからあんのは間違いねーな。  ガサゴソ。  「おっ? あったあった」  「何それ? 何の箱?」  何か知らんけどさっきポケットに突っ込んだ木箱がしっかり入っていた。  フタは……やっぱ開かねーな。  さっきの場所ってどう考えても俺が息子に手伝ってもらって廃墟のメインフレームのダム端のエミュレータをこさえてた(死語)次の日位の町だよな。  それに俺自身、今さっき膝カックンを食らうまではあの日の俺に戻っちまってた気がする。  まあ若干違うとこはあったが……  「何だよ、今度は考え事か。いつものことだけど」  「ん? まあちっとな」  いや、待てよ?  あんな場所があるんなら俺の知らねーごく最近の出来事もああやってコピーされてたりすんのか?  あの空白の7日とかナゾのまんまだった日も、何があったか分かったりしちまうかもだな?  「なあ、表の様子は——」  言いかけて思わず息をのむ。  バケモンの死骸がねえ……?  あんだけすごかった異臭も全く感じられねーし……  ああそうか、ドラゴンさんのことを知らねーってことは焼却もへったくれもねぇんだった。    「表がどうかしたか?」  「あ、いやな……」  さて、どうする?  ここはきっとさっきとは別な場所だ。  なら、木箱がここにある理由は何だ?  俺ん家に行けば何か分かるかもな。  あわよくばさっきの話しの続きも聞きてえとこだが、さて……  「ここって俺が住んでた町とそっくりな作りだよな?」  「は? ここは穴の底じゃねーか。何言ってんだ」  「へ?」  「へ? じゃねーよ。ったくよォ」  えーと……どーすっペ。 * ◇ ◇ ◇  外に出てキョロキョロと辺りを見回し、最後に上を見る。  周りはだだっ広くてちょい暗いけど円形の穴が頭上にぽっかりと開いててそっから空が覗いている。  空は別に錆色とかじゃなくてフツーに曇り空だ。  うん、こりゃ確かに穴の底だわ。  そしてやっぱメッチャ寒ぃぜ!  雪は止んでるけど取り敢えずいそいそとかまくらの中に戻る。  「えーと……穴の底? どっからどこに落っこちたってんだ?」  「落っこちたんじゃねーだろ」  「え?」  「本当に大丈夫かよ。屋敷の裏手から出たんだろ」  「屋敷……? ああ、棺桶の部屋の奥か」  「一番奥の台所から風呂場横の土間に降りてそっから裏庭に出ただろ、んで裏庭にあった納屋の中を見よーと思ったらここにいたんだよ」  「あー、店の裏? てことは店員の女の子もいたりする?」  「そういやいねーな」  「今気付いたんか」  「今も何も今ここに来たばっかだろ」  「どっかから戻れたりしねーの?」  「戻るも何も屋敷がねーんだ、どーしよーもねーだろ」  「分かんねーぞ? 何もねーとこに意外と出入り口があったりな」  「つーか店って何だ? アレか、その師匠師匠言ってた奴がだな——」  何か知らんけどちょっと時間が戻ったりしてんのか?  いや、まさかそんなことはねーよな……  それにこのシチュってさっき俺らに見えてなかった側だよな、どう考えても。  ここは庭の小屋だっつってたもんな。  屋敷……昭和か。  ……何でだ?  例のブザーが鳴っただろ、んでドラゴンさんがリセットじゃーとか騒ぎ出しただろ、そっから真っ暗になって誰もいなくなってヘッドセットが何かしゃべり始めて三千年お待ちくださいて言っただろ……  んでもって今よりちょっと前っぽい感じの町に戻っただろ……  そん時は俺も戻ったことに気が付いてなかったんだよな。  ……何でだ??  イヤ待てよ……ドラゴンさんが何かすげぇ重要なことを言ってたよーな気が……何だっけ?  あークソ、思い出せねえ。    「おーい、聞いてるかー」  「はっ!? 何てこった……俺としたことが今まで夢を……」  「ハイハイ、夢じゃねーからよ。んで店って何だ?」  「へ? イヤ店の裏庭の小屋に入ったら次の瞬間ここにいたんだろ?  つーか棺桶の方にはツッコミ無しなんか」  「店? 出て来たのはご主人様の屋敷の裏庭じゃんかよ。  棺桶は分かるがよォ」  「うーん……やっぱビミョーに俺が認識してるのと違うな……  あのよ、店ってのは屋敷と同じ場所に建ってた筈なんだけど」  「ん? ああ、昔メシ屋をやってたなんて言ってたっけかな。  だけど今は普通のお屋敷だぞ」  「昭和なやつ?」  「昭和どうかは分からんけど縦に長えやつだぜ」  「ああ、ナルホド。理解したぜ……あ、イヤ待てよ……  さっきの話で店員の女の子ってとこもツッコミ無しなのか?」  「ああ、声だけのやつだろ。師匠師匠ってうるせーのな。  何? マジで弟子だったりすんのか? 何の弟子なのかは知らんけど」  「じゃあ町の住人はどうだ? オバハンがひとり同行してた筈だけど」  「オバハン? ああ、アレか……確かにいたけどあんま良く覚えてねーな」  「うーむ、そうか……」  何か怪しいけどまあそんなもんか……  ぼちぼち脱出方法探しもしねーとだな。  「ここにゃ何もねーし取り敢えずその辺に何かねーか探してみねーか?」  「お、意外だな! おっさんなら絶対寒い寒い言って出たがらねーだろーなって思ってたぜ」  「そうしてえのは山々だがこの状況でそう贅沢も言ってらんねーだろ」  「だはは、違ぇねぇ」  てな訳で寒いのを痩せガマンして外に出たぜ!  取り敢えずぐるっと一周……ってすぐに見付けたのは巨大生物のモノっぽい骨。  コレ、あのバケモンと同じ類のやつかね?  何かあからさま過ぎて怖ぇくれーなんだけど!  「なあ、この骨のヤツらってやっぱ上から落っこちて来たんだよな」  「そうだな。こんだけ図体がでけーのが出入りしてたんなら、それなりの横穴があって然るべきなんだろーけど……そんなのどこにも無ぇしな。  あるいは……」  「横穴があったけど何かの事故で塞がっちまったか、そんなとこか」  穴に落ちたとしてもいつ、どうやって?  そもそもこの巨大生物は何なんだ?  どっから来た?  少なくともこんだけでけー穴に落っこちるんだ。  あのオオカミさんみてーな知性あふれる感じのヤツではなさそうだが……  そもそもここはどこなんだ?  何がどーなってここまで来たってんだ?  あの真っ暗なとこでふざけたアナウンスを流してたヤツは何なんだ?  このポケットの木箱は……どうしてここにある?  ったく……いい加減にしやがれってんだ……!  「おーいおっさーん、また膝カックンするかぁー」  「うるせえ!」 * ◆ ◆ ◆  「なあ、おっさんよォ」  「何だよ、うるせえっつってんだろ」  「イヤ、何かガイコツが動き出したんだけど」  「ガイコツが? 定食屋のアレがか?」  「はぁ? 何言ってんだよ現実見ろよ現実! どーすんだよコレ!」  はぁ? という反応に考えごとを中断して……って何じゃこりゃ!  『カタカタカタカタ……』  転がってたでかい骨がカタカタと音を立てながら集まりつつある。  これってやっぱそーゆーことだよな?  つーか何が起きてんの?  「ははは……」  「はははじゃねーよ。どーすんだよ、逃げ場なんてねーぞ!」  むくり。  ガイコツが起き上がった。巨人のガイコツか……?  いや……思ってたより小さいぜ。  といっても2mくれーはあるけど。  「は、ハロー……ドゥーユースピークジャパニーズ?」  「ナゼに外国語?(既視感)」  『ゴゴゴ……』  「おっと通じたぁ!?」  「マジでェ!? つーか通じると思ってやってなかったんかい!」  スッ……  「な!?」  「はぁ?」  “大丈夫大丈夫襲ったりしないから安心して”  どこから取り出したのか巨人のガイコツはプラカードを手に掲げていた。  「えーと……何かご用でしょうか?」  「ナゼに敬語……?(既視感)」  さらにスッとプラカード。  これどーゆー仕組み……?  いや考えたら負け、考えたら負けだぜ……!  “こっから出してあげよーか?”  「マジで!? ゼヒゼヒおながいしまっす(死語)」  「おっさん……まあ何も言うまいて……」  “死ねば出れるよ!”  「へ?」  「は?」  “大丈夫大丈夫慣れれば気持良いよ!”  やべぇ、まさかとは思うがこれはアレなのか!?  こっからダブルスレッジハンマーとかが飛び出しちゃうんか!?  骨密度どんだけあんのか知らんけど、こんだけデカかったら単純に質量で持ってかれるんじゃね!?  じゃなくてえ!  「その前にさあ、あんたは誰なんだ? ゾンビ?  何で急にその辺のホネが集まって動き出したんだ?  そもそも何で俺らの状況を把握してる訳?  怪しさ爆発なんだけど」  「態度の落差が酷い!」  ………  …  沈黙かい!  つーかもしかして答えに窮してる?  とか考えてたらスッとプラカードを出して来た。  “何を隠そう”  「何を隠そう!?」  ゴクリ。  えーと……ヤな予感……!  ブォン!  やっぱり来やがった!  「おわっ! って何すんだ急によォ」  “ちょっと、避けちゃったらダメでしょ!”  「意味が分からねえ! 頭おかしい奴の言い分だろ完全によォ!」  左手でプラカードを掲げながら器用にパンチを繰り出して来る巨大ガイコツからとにかく必死で逃げ回る。  「おっさん何なんだよコレよォ!」  「とにかく逃げ回れ! 完全に危ねぇ奴のムーブだぞコレ!」  「動くガイコツっつー時点で既にやべーけどな!」  “だって先生が言ってたんだもん”  「はあ? 何じゃそりゃあ……って危ね!」  一寸先をホネホネパンチがブォンと通り過ぎる……  見たか、還暦の反応速度!  「クッソォ、襲ったりしねーから安心しろとか言っといて殺意MAXじゃねーかよォ!  話がちげーぞ!」  「あーらかまくらぶっ壊しやがったぞあんにゃろーめ!」  “ホラ、気持良いよー。そろそろ観念しよーよ♪”  「観念て何だよ!」  「それよか誰なんだよ先生ってよォ」  “え? 誰って何?”  「はあ? もしかして何も知らねーで出してやるとかホザいてたんかい!」  「何を隠そう俺タチはァ!」  「おっさんは悪乗りすんな! カオスがもっとカオスになるだけじゃねーか!」  「うるせえ! 良く考えたらオメーだって正体不明だろーによォ」  “ねえ、キミたちは誰なの?”  「誰って見たまんまのおっさんだぞ」  「同じく、ただの犬だ!」  “ウソだぁ。しゃべる犬がただの犬なワケないじゃん”  「ぐう正論!」  「だが俺はおっさんだ!」  “それ答えになってないから!”  どうやらこのガイコツさんは  つーかどーやって書き換えてんの? そのプラカード。  「てゆーかさ、オメーは出られんの? こっからさ」  “ここ? うん、だから言ったじゃん!”  「相手が子供っぽいと分かるや否やこの態度……ホント現金だな!」  「うるせえっつーの。で? 言ったじゃんてもしかして死ねば出れるとか言ってたアレか」  “残機がゼロになったら終わりじゃんか”  「そうか? 何か俺らがこの穴に迷い込んでるのを見て声を掛けたんじゃねーの?  それに残機ゼロになるまで自爆しろとか言うんなら、このワンコがフツーじゃねえなんて発言もおかしいだろ」  「そーだそーだぁ」  「うるせえ」  俺らがここに出てくるのを見てちょっかい掛けに来たんかね。  そもそも誰が何の必要があってそんなマネをすんのか、合理的な理由付けなんざ全く出来ねーんだけどな!  “試してみたら良いじゃんか”  「あの二人組みてーにか? あ、んなこと言われても知らねーか」  “はい? あの二人組……? おじいさん、知ってるの?”  「おじいさんじゃねえ、おっさんだおっさん!」  「まあまあ、ここは聞いてやろーじゃねーか」  “森林地帯でエンカウントした賊のこと?”  「賊? まあ確かに賊っちゃ賊か。イヤ、まさかなあ」  「誰の話?」  「片方はオメーも知ってる奴だぞ。  アホ毛みてーな癖っ毛がピョコンと立ってる冴えないヤローだよ。  さっきまで一緒にいただろ」  「マジで!?」  「もう一人は見るからにオタクって感じの不健康そうな顔したヒョロガリの兄ちゃんだ。だよな?」  “うーん……特徴はピッタリ合ってるなあ……何で?”  「ちょっと待て。  じゃあそんとき奴らが出食わしたゴリラってのはオメーのことなのか」  「ゴリラ……? じゃあこのガイコツはゴリラゾンビってことなんか」  “そのガイコツって何なの? さっきから気になってたんだけど”  「は?」  「へ?」  「あのさ、一応聞くけどオメー自分がガイコツなんだって自覚ある?」  “え? あ?”  「どうし——」  あ、と思った次の瞬間にそのガイコツはカシャンという質量を全く感じさせない乾いた音を立てて崩れ、また地面に散乱する元の骨片に戻っていた。  「あーあ」  「結局建設的な解決策なんて一個も出なかったな」  「でもさ、ぶっちゃけ何がどーして最後こーなったんだ?」  「んなこと知るかよ」  「じゃあどーやって出る? こっからさ」  「うーむ……登るか、地味に」  「イヤ無理だろ」  「じゃあいっぺん死んでみっか? 慣れたら気持良いらしーぜ?」  「ぜってーお断りだ……って何だコレ」  「どうした?」  「さっきのガイコツの骨の山の中に何かあるぞ」  「へ?」  「紙切れ……?」  「紙切れっつーか燃えカスか。  どれ、ちっと見せてみそ?」  「味噌?」  「良いから貸せって」  何でぇ……また何か下らねえ落書きとかじゃねーだろーな。  えーと……暗くなって来たから良く見えねーぞ。  “……くここか……ろ”  「えー」  「何なんだ? ソレ」  コレ、どー考えても“早くここから逃げろ”だよなあ……  何でこんなモンがここにあるんだ……?  待てよ……じゃあここってもしかして親父の会社なのか?  それが何で穴の底に……?  「ダーッ、分からん!」  「そりゃ分かんねえだろーなぁ。仕方ねぇから俺が教えてやろーか?  ソレ“くっころ”だぜ、絶対によ!」  「うるせえ!」 * ◇ ◇ ◇  「“くっころ”以外に考えられっかよ!」  「だからうるせえっつってんだろ!  “くここ”って書いてあんのに何で“くっころ”になんだっつーの!」  「じゃあ何なんだよ!」  「えーと……」  早くここから逃げろ……とか言っても何の脈絡もねーよなあ。  分かったのだってあの紙の一部だぜって思い出したからなんだよな……  そもそも何でこんなのがここにあるんだ?  詰所の壁に貼ってあった奴じゃねーか。  じゃあこの骨は何なんだ?  雪が無くなったら下から何か出てくるってことなのか……?  「何だよ、結局分かんねーんじゃねーか」  あー、もー面倒臭え!  「あーコイツはな、“早くここから逃げろ”って書いてあったんだよ」  「何だそれ? 何で知ってんの?」  「この紙見て気付いたんだけどよ、ここって昔俺の親父が働いてたとこみてーなんだよな」  「はあ? この穴がか?」   「イヤそーじゃなくてだな、元々ここに建物があった筈なんだけど無くなってたと」  「その切れっ端は?」  「建屋前の詰所の壁に貼ってあった」  オマケにゴリラが手に持ってヒラヒラさせたりしてた訳だが。  「何でこんなのがここに……ってこんなのがあんのもこの有様と何か関係してるってか?」  「そ、そーだな」  はてな?  あの後家に帰っただろ、んでどーしたんだっけ……  古いパソコンとか引っ張り出してクルマに積み込んで……  あ、そーか。膝カックンされる前のあの状況、良く考えたらその時の状況に近かったんだな。  じゃああの後何かが起きてた……?  うーむ。  こんな大穴が開くよーな事件なんて起きてねーよな。  第一んなことがあったら絶ってー大騒ぎに……なってても分かんねーのか。  ここが作りモンの場所なら現実に似せてある筈だよな。  「オイ、日が沈んで来たぞ。しょーがねえからもういっぺんかまくら作っか」  「ん? ああ。……ってマジか!?」  「日没が何だってんだ?」  「さっきの……いや、何でもねえ」  「何だよ」  そういやこのワンコはバケモンが出たとこにゃ行ってねーんだったな。  ここが現実に似せてあるんなら何かが起きた後の状況ってことになるんだよな、この雪も含めて。  まさかとは思うが全部ゲームを提供するぜとかほざいてたアレの仕業だったりするのか?  しかしなあ……はっ!?  「もしかして納豆ねばねばに重大な謎が隠されてるとか……!」  「さっきから何なんだ? 納豆だかねばねばだか知らんがそんなモンこんなとこにある訳ねーだろーに」  そーだよな!  納豆ねばねばは膝カックンで終わったんだよな!  ……アレは夢だったと思いてえとこだがあの木箱が今だにポケットの中にあるんだよなあ。  考えてもしゃーねえか。  今までが今までだったから時間が惜しいって考えがどっかに吹っ飛んじまってたぜ。  「よし、じゃあかまくらでも作っか!」  「だからさっきから言ってんだろーに。真っ暗になる前にさっさとやっちまおーぜ」  「おう、分かった分かった」  冷てえのをガマンしてせっせと雪を集める。  最後に穴を掘って一人と一匹が収まるサイズを何とか確保。  見た目的にはかまくらっつーよりモグラの穴だけどな!  「ふぅ、疲れたぜ!」  「俺なんて2回目なんだぞ。しかも1回目は一人でやったんだからな!」  「寒ィのも吹っ飛んだしもう真っ暗だし一旦休むとすっか」  「おう」  真っ暗といっても月の光が外から差していて雪明かりで少しは周りが見えるんだよな。  だがしかし、ここに来てにわかに大問題が浮上して来やがった……!    「……やべえ」  「何だよ」  「おしっこ漏れそう」  「んなモンその辺で済まして来りゃ良いだろ」  「そういうオメーは大丈夫なんか?  その……“俺はマーキングしてぇんだァ!”とかならねーの?」  「犬じゃねーし!」  「どっからどー見てもワンコだろーに!」  調子こいてわんわんとか言ってただろ!」  「うるせえ!」  「オメーにそれを言われるとは思ってもみなかったぜ!」  「良いからさっさと済ませて来やがれ!」  「言われんでもそーするわい!」  適当な場所で穴を掘って用を足す。  うーむ。  何か久しぶりの感覚だぜ……  ……ってこれって結構一大事なんじゃねーのか?  コレってこっから出れなかったら詰みってことだよな。  明るくなったら何か上に登る足かがりとか道具なんかがねーか探してみっか。  しかし不思議なもんだぜ。  周りがセットみてーな作りモンの世界だっつっても俺は俺だよな。  じゃあ何で今まで腹は減らねーわトイレも必要ねーわで好き放題出来たんだろーな。  どんな原理で動けてたのかも分からんし。  もしかして突然過去の記憶が出てきたりすんのと同じで、バッテリー切れみてーなので突然終了なんてことが起きたりすんのか……?  メッチャ怖えな。    「おーい、どーしたァ? あ、ひょっとしてウンコかぁ?」  「うるせえ!」  ったくよォ……ん?  四角い影?  上に何かあんのか?  そう思い真上を眺める。  ……角ばった物体が穴の真ん中辺りから上に向かって伸びてる?  しかも相当デカイぞ。  アレ、明らかに人工物だよな?  しかも結構でかくねーか?  月の光で結構くっきり見えてんのに何で今まで気付かなかったんか……  「オイ、何だアレ」  「あ? 何だよ……ってあんなモンあったんか」  「良かったぜ、また見えねーぞとか言われたらどーしよーかとちょっとだけ思ってたからな」  「何かの部屋? いや、岩壁の奥に何か施設があってその地下部分のひと部屋が飛び出してる感じか」  「この穴が出来たときにあそこだけ崩壊しねーで残ったとかかね」  「この穴が崩壊なのか地盤沈下の結果なのか分からんけど、ここにあった建物のなかであの部分だけ壊れずに残ったってことか」  「そうだとすると相当頑丈なんじゃねーか?  あの辺に何があったとか思い出せねーか?  親父さんが勤めてた場所だって覚えるんならさ」  「うーむ……それ以前に今俺らがどっちの方角を向いてんのかが分かんねーからなあ……」  待てよ?  あの形……ここが建屋があった場所だとしたらあの辺は端っこの方だよな。  となると……  「もしかして詰所か……?」  「詰所? でもさっきの紙切れはその詰所の中にあったんだろ?  詰所が無事ならおかしいんじゃねーか?」  「確かに」  「何にせよアレが地下部分だとしたら、壁面とかから他に通路とか出て来てもおかしくねーんじゃねーか?」  「確かに」  「明るくなったら調べてみよーぜ」  「確かに」  「おっさん、さっきから生返事っつーか脳死コメントばっかじゃねーか!  ちったあ考察しろよな!」  「あー悪ィな」  アレが詰所なら確かにこの紙切れが落ちてたのはおかしいぞ。  しかし詰所じゃなかったら何なんだ?  会社の地下にあんな形の部屋なんてあったか?  もし何かあるんなら俺ん家の床下に何かあるぞって言ってた件と繋がってそーだな。  「あのよ、俺ん家の床下収納の下に入り口があっただろ。  中から何かゾロゾロ出て来たって奴」  「ああ、アレか。もしかして町の地下ってレベルででけー何かが埋まってるとかか」  「入り口から入った後にまた色々とあってな、地下鉄っつーか施設と施設の間を移動するための乗り物があったんだよな」  「マジで!? それを先に言えよ!」  「悪ィな、色々あり過ぎて忘れてたわ」  「そんなスゲー発見忘れるとかどんだけドタバタしてたっつーんだ……」  「こことあそこが繋がってたのかは分からんけど外はガレキの山だったわ、俺ん家も含めてな」  「えぇ……この大穴と思いっ切り関係ありそーな案件じゃねーかよ!  つーかおっさん家がガレキだって!? 情報量多過ぎだって」  「いや。あのよ、センセーさんとお巡りさん()が俺ん家の中の様子を見て廃墟だって言ってたのを覚えてっか?」  「ああ、そういえば言ってたな」  「俺らの目に映ってたモノと明らかに違ってただろ、それにだ」  「それに?」  「オメーのご主人様が何か絡んでるだろ」  「へ?」  「“へ?”じゃねーよ」  「あの住人たちの目に俺らの目に映ってねー何かが見えてたってのも含めてさ」  「ご主人様に会えるんならな、俺だって何で俺らがこんな目にあってんのか問い詰めてぇくれーなんだよ」  「ホントかよ……ったく肝心なときに役に立たねー奴め」  「かまくら作ってやっただろ、ホラ」  「うるせーなあ……ったくよォ」  しかしなあ……  納豆ねばねばって奴は一体何だったんだ……  俺納豆食えねーんだよなぁ。  スゲー気になるぜ。  「おっさん、ところでよ」  「何だよ」  「さっき立ちションしてんのあのセンセーさんとかに見られてたらおもしれーことになってたかもしれねーよな」  「おもしれーって何だよ」  「“あああお姉様ぁなんてはしたないマネをぉー”とか言って大暴れしてたかもな!」  「うるせえ!」  「それ、さすがに連発し過ぎじゃね?」  あー。  結局どーなったんだろーな、あのセンセーさん…… * ◇ ◇ ◇  「とにかく一旦寝よーぜ」  「そういや夜だったな」  「真っ暗なんだから当たりめーだろ」  「その割に眠くならねーな」  「夜更かし体質か」  「いや、しねーから。ロクな娯楽もねーし」  「日本人みてーなこと言うのな」  「日本人だぜ?」  「ウソつけ!」  「どっから見ても日本人だろーがよ!」  「どこがだこのワンコめ!」  「言っとくが俺はマジだからな?」  「じゃあ誰なんだオメー」  「誰って言われても俺だとしか言い様がねーな!」  「オレオレ詐欺かよ!」  「うるせぇ! 寝ろ!」  「言われんでも寝るわ!」  くっそ寝る前に余計にコーフンしちまったぜ。  だがしかし!  「寝る前に一個良いか?」  「何だよ」  「ちっとばかし枕になってもらえんかね?」  「うるせぇ! 寝ろ!」  「だって雪の上じゃ冷てーしよォ」  「別にすっ裸じゃねーんだ、かまくらン中ならでぇじょぶだろっちゅーに」  「くっそォ……」  ゴロリ、ゴロゴロ……  うーむ……何かふて寝してるみてーで気分悪ィぜ!  うーむ……むにゃむにゃ……  「お、おい、おっさん……」  「もうおなかいっぱいだぜむにゃむにゃ」  「テンプレな寝言ほざいてもだれも聞いてねぇっつの!  おい、おいってば……」  ………  …  チュンチュン、チチチ……  「ぐごーぐごー」  「うーん……うるせーなあ……はっ!?」  おおう、何かメッチャ熟睡しちまったぜ!  「ぐごーぐごー」  「ったくよォワンコののクセに何でぇそのイビキはよォ……ってえぇ!? 何でだ?」  「ぐごーぐごー」  「うるせえ!」  ペチッ!  「あだっ! 何すんだ……ってやっと起きたんかい!」  「そりゃこっちのセリフだボゲェ!」  「おっと危ねぇ!」  「よけんな!」  「よけるだろフツーよォ!」  「つーかまわり見ろまわり!」  「はあ? 何だよ、見るまでもなく家ん中だろーがよ!」  「へ? コレが?」  目が覚めたらなぜかどっかで見た部屋ん中だったんだぜ!  かまくらどこ行った!  つーか雪もねーし何なら思いっ切り屋内だし!  ……ていう状況に対して何の疑問も湧いてこねぇとこを見ると、このワンコはワンコであってワンコでねぇ可能性もあるってか。  まあ今まで一緒にいたワンコだってどっかの時点で別なワンコに変わってた訳だし不思議はねーけどな。  だがコイツはどの時点でこーなった?  部屋は小ぎれいなアパートの一室って感じだ。  小ぎれいだが私物の類はテレビやら仏壇を含めて何もねぇ。  寒々とした殺風景な部屋って印象だ。  でもって窓の向こう側にはキレイに整備された公園みてーな庭が見える。  空はキレイな……錆色だ。  この景色に関しちゃ何かこう……既視感があるが……  はて、どこで見たんだったかな……?  『おい、どうした』  は? 誰?  『警報も鳴っていないというのに何だ、外の有様は』  「何だ? 誰だテメーはよ」  「誰ってバイトリーダーだろーがよ」  「へ? バイトだ? 俺ってめでたくリタイアして花の無職の筈なんだけど?」  「何言ってんの?」  『ダベってる暇があるのなら観測所に様子を確認しに行かんか』  「へーい」  「ん? 観測所? 詰所じゃなくて?」  「何それ?」  『駄目だ、知っての通り詰所は使えん。向こうの安否が確認出来るまでは行こうなんて気は起こすなよ。  それと言っておくが今船外活動は出来んから覚えておけ』  「だそーだよ、行こーぜ」  「ワンコなのにバイトとか」  「ワンコって何だよ、俺は人間だっつーの。犬並みにコキ使われてんのは確かだけどな!」  「へいへい、とにかくその“観測所”に行きゃー良いんだな?」  何が知っての通りだ、分からんわ!  あと今“船外活動”って言ったな! 何じゃそりゃ!  面倒臭えコトになりそーだから大人しくしてねーとな。  まあ、今んとこ何かと分かってる風のワンコに付いてってみるしかねーか!    「よっしゃ、乗ろーぜ」  部屋を出てすぐのところにあったのは何かご大層な感じの乗り物。  電車? それともリニアか……まあ乗ってみりゃあ分かるか。  都合良くドアが開いてる……つーか乗客が乗るのを待ってるんか。  俺らが乗り込むとプシュッ、という気の抜けた音と共に入り口の扉が閉まった。  そしてその乗り物はゴーという音を立てながら移動を始める。  揺れをほとんど感じねぇとこから察するにこりゃリニアかね。  んで人っ子ひとりいねーとこを見るに完全に無人運転だ。  「んでよ」  「あん?」  「何だと思う?」  「何がだよ」  「何がって何でもねーのに観測所に行けっつー話のことに決まってんだろ」  「言ってだろ、外の有様は何だってな」  「着いてみりゃ分かるってか……お、着いたみてーだぜ」  などと話してるうちに到着したのか、車輌は静かに停止した。  「いや、何か変だぞ。ここって思いっきりトンネルの途中じゃね?」  ズン!  「ん?」  ズズン!  「何だよ!」  「分からん……窓の外は真っ暗だ」  しかしまた何で急に……?  場面転換……じゃねーよな?  さっきのガイコツと一緒か……?  「なあ、ちょっと膝カックンしてくんね?」  「何でだよ。意味が分からんぞ」  「良いから早く!」  「んじゃ思いっ切り行くぜ! 膝カックンだオラァ!」  「ズコー!!! って何でつっ立って寝てんだ俺はァ!?」  「いや、寝てねーから!」  えーと……さっきまでのが夢でこっちが現実……?  んな訳ねーよな……?   * ◇ ◇ ◇  シーン……  「えーと……結局何なん? 夢?」  「知らんがな。つーか何で夢?」  窓の外は真っ暗だけど灯りは消えてねえ……  つーか電気なのか? コレ。  まあ電気じゃなかったら何なんだって話なんだが。  ズズン……  「さっきから何の音だ?」  「それに地響きも半端ねーな。もしかして止まったのはコレが原因か?」  「そんならもっと急停止すんじゃねーの?」  「それもそーだな」  ん? これは……  「お、動き出したぞ」  「結局何だったんだ?」  「バイトリーダー殿のフォローは無しか」  「シャトルの中は通信出来ねーだろ」  「へ? そーなの? ってかこれシャトルっていうんか」  「何でぇ、おっさんついにボケたんか」  「知らんがな……つーか何かさっきと違う方向に向かってる様な気が」  「ああ、行き先が変わったのか?  一旦止まったってことはポイント切り替えでもやってたか……珍しいコトもあるもんだぜ」  「そーなんか……まあ俺らにゃ元々行き先の決定権なんざねーんだろーがなあ」  「違えねぇな」  待てよ……今のこのシャトル? の挙動に対するこのワンコの反応はいつもと違うぞって感じだったな?  「なあ、途中で止まって行き先変更なんてコト今まであったか?」  「いや、ねーな。大体はコースがハナっから決まっててその通りに進むだけだからな」  やっぱそーなのか……  しかしその行き先ってのは何か所あるんかね。  今まで飛ばされてた場所全部につながってるとかだったらぜひとも全部回ってみてえとこなんだがなあ。  あ、ちょっと曲がったな……おっと、まただ。  あんま揺れねーからちょっとしたコース変更も分かるぜ。  しかし曲がったり登ったり降ったり結構せわしねーぜ。  こんな未来的な施設どーやって建設したんだろーな。  てゆーかここってどこなんだ?  さっきのアパートみてーな部屋は何なんだ?  ……いけね、アレやんの忘れてた。  降りたら試してみっか。  ってやべぇ!  「うげえぇぇ……」  ビチャビチャ。  「あちゃーやっぱやらかしたか」  「うえぇ……気持ち悪ィ……」  「こっち来んな汚ねえな……乗り物弱えーっつーのによくちゅーちょ無く乗るなァ……ったくよォ」  「うげえぇ……あれ? 俺が乗り物弱いなんて言ったっけか?」  「前にも吐いてただろ。ああ、ありゃ乗り物酔いじゃなかったか」  「何の話?」  「いや、コッチの話だから」  「んな言い方されたら余計気になるじゃねーか」    さて、困ったぜ。  コイツはこっちのワンコで……  いや待てよ……このシチュで何でワンコがいるんだろ。  それにコイツ、俺のこと“おっさん”て正しく認識してたよな。  その一方で前からここでバイトしてたとか……  そもそも何のバイトなのかも分からんが……  そんなモン聞くに聞けねーしなあ……  ……あ、そーだ。  話をそらすのにもってこいのネタがあるじゃねーか。  「なあ、オメーのご主人様に会わせてくれるって話さぁ」  「ご主人様だ? 何じゃそりゃ? 俺はバイトであって奴隷じゃねーぞ」  なぬ?  いや、顔に出さねー様にしねーとな。  「ホントに知らねーのか。棺桶に入ってるとか言ってた奴だぞ」  「棺桶? ますます分かんねえぞ」  「あんなに訳知り顔で語ってたクセにか?」  「あんなにってどんなにだ?」  「はあ……もう良いわ。オメーが何にも知らねーってことは分かった」  「何に対するタメ息か分からんけど時間の無駄だったな!」  「へいへい。んで?」  「早く降りよーぜ」  「へっ?」  「到着したんだっつーの。訳の分かんねー話でだべってる間に着いたんだよ」  「そうかそうか……ってコレどーやって開ける訳?」  「いや、待ってれば開くだろ。ドアの開閉も含めて完全無人運転なんだからな」  「ホントかよ」  「……」  「……」  「……開かねーじゃねーか! このウソつきめ!」  「っかしーなぁ……」  「実はまだ移動中なんじゃね?」  「いや、確かに停車中なんだけどよ。いつもだと着くなりウィーンて開くんだけど」  「ラチがあかねーな」  「……アレ?」  出れた……てか何で?  「オイ、いくら頑張っても開かねーぞ」  「あ、ああ」  何だと!?   『お、お姉様ぁ!?』  「グポ?」  へ?  どゆこと?   * ◇ ◇ ◇  「おわっ!?」  まわりは真っ暗だけど車内灯がついてるから結構明るいぜ。  んで目の前にはセンセーさん……ってゾンビじゃねえ……?  それに駐在さん()もといお巡りさんもいるじゃねーか。  つーか今のグポって何だよ。  グボじゃねーのかよ。  ……じゃなくてぇ!  『オイ、どーなってんだ?』  シャトルの中からワンコの声が聞こえる。  ドアは閉まってんのに何で俺だけ外にいるんだ?  でもってここは何だ?  駅? とかじゃなさそーだしフツーにトンネルの途中なんじゃね?  「グポ?」  「お、お姉様ぁ……です、よねぇ?」  「あ、あの……あなた様は」  「俺はお姉様じゃねえ! 還暦のオッサンだ!」  「ああ、その反応……元に戻られましたか」  「へ? 何のこと? 逆に聞くけどオメーら何でこんなとこにいる訳?」  「グポ?」  「このツボも何なんだ? 危険はねーのか?」  「えぇとぉ……あのぉ……そのぉ……」  「だーっ!  センセーさんはもう良いから! お巡りさん説明頼むわ」  「はい、ではセンエツながら」  「ぐっすん……」  「まず、その壺です。私共は先ほどその壺に頭から飲み込まれました」  「やっぱ危険なんじゃねーか!」  「あ、頭ぱーん、ですぅ……」  「分かったからちっと静かにしてよーな?」  『おーい』  「センセーさんとお巡りさん()と良く分からんツボがいてな……  今話してっから窓に耳くっつけてりゃ聞こえんだろ」  『ツボがいるって何だよ……まあ取り敢えず了解だぜ』  「あのぉ、今のわんわんはぁ……」  「わんわんて……ああ、そうだよ。俺と一緒にいたワンコだ」  同じワンコかは俺にも分かんねーけどな!  「あの……」  「すまねえ、続けてくれや。えーと……ああ、そのツボに食われたってとこからか」  「あ、はい。確かに頭から食べられたんですが、その直後に中から誰かに引っ張られまして」  「誰か? 中から? そいつは誰かも分からなくて、かつ今はどっかに行っちまったのか」  「あ、ええと……中から引っ張られてこちら側の口からズルリと出て来たというか……」  「マジで? じゃあそのツボを通して異空間に来ちまったとかそんな感じか」  「はい、感覚としてはそれに近いですね。  そこの人……“先生”と手をつなげ、と突然言われまして……一緒に」  「えぇと……お巡りさん()が先に?」  「はい、後がつかえているとか何とか言いながら……」  「後がつかえて……? 誰が……ってその中から引っ張って来たやつがいってたのか」  はて? どっかで聞いたぞ、そのセリフ。  「あ、あのぅ……」  「ん? 何だ?」  「最初はぁ、その人がぁ、お姉様だとぉ、お、思っていたんですぅ」  「でも違った?」  「は、はぃ……あのぉ……しゃべり方がぁ……そのぉ……そ、それでこ、これを渡されてぇ……」  「羽根飾り!?」  …ああ、そうか。……いや、ああそうかじゃねえ!  その羽根飾りは緑、白、赤、青のカラーリングだった。  つまりは俺が持っていたやつだ。  「そいつは元々俺が持ってた物だよな?」  「た、多分そぅ……です?」  疑問符か……ああ、そーだよな。  待てよ……コイツは羽根飾りを持って家に帰るとか言ってなかったか?  となるとここはスタート地点なのか……?  「お巡りさん()、俺は今、頭に羽根飾りを付けてるか?」  「いえ、無いですね。ですので今先生が持っているものがそうなのかと」  「なるほど、それを渡して……?」  「助かったと思ったらいつの間にか中身があなた様に変わっていた、というのが私共の率直な感想になります」  「中身が変わっていた……?  急にいなくなって入れ替わりで俺が来たっていうのとは違うんだな?」  「ええ、そうです」  「その後は……?」  「その後はご覧のとおりです」  そうか……ここじゃまだ羽根飾りを使って実験しよーぜとかそんな話はまだねぇと、そういうことか。  こいつは過去の出来事の再生かとも思ってたが……何か微妙に違うな……?  「お巡りさん()、あんたの拳銃は俺が預かってたよな?」  「ええ、先生を助けていただきまして」  そこは変わらねーのか。  じゃあアレはどうだ?  「じゃあそのツボ……ソイツは“魔物”なんだろ? なんて名前だったっけ?」  「グポ?」  「ああ、“底なしのカメ”ですか」  「ああ、そんな名前だったっけか」  「ええ、その口の中に引きずり込まれたら最後、二度と帰って来ることが出来ないと言い伝えられている魔物です」  「なるほどな……ソイツでまがりなりにも転移が出来ると」  「そこまでは存じ上げませんが……ここが元の場所と同じかどうか、私共にもまだ分からないのです」  「まあ、そーだろーな」  “底なしのカメ”と来たか。  つーか何じゃそりゃ。初めて聞くんですけど!  ただ、シチュとしちゃやっぱり別な場所でツボに食われそうになってたコイツらを“彼女”が助けた、その後か。  「あっ」  「何だよ」  俺の後ろを見てセンセーさんが驚いている。  「あっ」  今度は後ろから聞き覚えのある声。  「な、何でこっちにいるの!?」  そして急にそよ風が吹いて俺の頬を軽く撫でる。  後ろを振り向くとそこにはもう誰もいなかった。
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