〚長編〛幻影戦妃 alpha ver. draft - 2021.12.30 / 664,780字

14/14
前へ
/26ページ
次へ
14 ≫ * ◇ ◇ ◇  そして振り向いた首をもとの方向に戻す。  ……アレ?  「グボ?」  「へ?」  バリバリボリボリバリバリボリボリ……  ………  …  チュンチュン、チチチ……  ………  …  「おろ? おろろろろろ?」  ………あ、朝ぁ?  「オイ、起きてっか?」  「ほんぎゃあぁああァ!?」  「うおっとおォ!?」  一瞬、オイ今度は何だよオイふざけんなよオイコラと思ったがフツーにさっき掘ったかまくらっつーか穴ぐらの中だった。  イキナリ話しかけて来たのはもちろんワンコだ。  「何だよ、その生まれたての赤ちゃんみてーな反応はよ」  「ぬははは」  「ぬははじゃねーよ」  いやーそれにしてもこっ恥ずかしいリアクションをかましちまったぜい。  まあ取り敢えず夢だったって体で話してみっか。  ワンコも共通の体験をしてたって可能性もあるしな。  「あー、ちょっと変な夢を見てただけなんだぜ」  「どんな夢だよ」  「まずな、俺らはどっかの小ぎれいなアパートに住んでたんだよ」  「俺ら?」  「おう、オメーもいたぞ」  「マジでぇ!? キモッ! やだヘンタイ!」  「ワンコにまでヘンタイ認定されるなんて思っとらんかったわ!  つーかどこがどーなったらコレでヘンタイなんだよ!」  「何で俺がオッサンと同じアパートで暮らさにゃならねーんだよ!」  「知るか! 夢だっつっただろ! だいいち今だって同じ部屋にいんだろーがよォ!」  「一緒にすんな! アホか!」  てな感じでグダグダになりながらどーにかこーにか説明したが、どーやらこっちのワンコはあっちのワンコとは違うワンコみてーだぜ。  つーかさっきのアレはホントにただの夢だったのかもしれねーなあ。  最近あちこち飛ばされ過ぎて感覚がおかしくなってたんだな、きっとそーなんだぜ。  そーだなんだぜ。  「何遠い目してんだよこのヘンタイおじさん」  「ヘンタイゆーなこのワンコロめ」  外に出て周囲を確認……うーむ……  何も変わってねぇな。  「コレも夢だったら良かったんだけどなぁ」  「やっぱ何とかして登るしかねーんじゃね?」  「どーやって?」  「オメーなら登れるんじゃね? 俺よか身軽だろ。  んで助けを呼んでもらうとかよ」  「イヤ無理だって。出口んとこがネズミ返しみてーになってんだぞ、そこをどーにかしてクリアしねーと無理だぜ。  真っ逆さまに落ちてなんちゃらだぞ」  「なんちゃらって何だよ」  「[ピー]だっちゅーに……察しろ!」  「その辺の骨で登山具でも作ってみっか?」  「どーやって加工すんだよ」  「じゃあ雪を積み上げて斜面でも作るか?」  「さすがに足りねーだろ、10mじゃきかねーぞ、  それにそんな大量に雪を運ぶんなら重機がねーと無理だろ」  「じゃあどーすんだよ」  「せっかく明るくなったんだし地面とか壁を当たってみた方が良くね?  あとよじ登るんならあそこの出っ張りが良いかもな」  「あーアレか。アレなら上によじ登れっかな」  「んじゃそゆことで行こーぜ」  「了解」  うーむ……とはいえ何のあてもなく探すのもなあ。  ゴリラのガイコツといい、立て続けに見たアレは何だったんだ?  ここで起きた何かに関係がある……?  「まずは昨日のガイコツが立ってた辺りを掘ってみよーぜ」  「まあ当てずっぽで掘るより良いか、分かったぜ」  てな訳でざくざくと雪を掘り返してみる。  あの貼り紙の切れっ端みてーなのが出て来たのがどーも気になるんだよな。  「何だこのマーク?」  「あん? こりゃ例のレリーフか?」  「例のって?」  「羽根飾りのマークだよ」  「あん? ああ、オッサン家の台所の床下収納から地下に潜るときに出て来た奴か」  ん? あー、コイツは詰所のドアか?  「なあ、まわりの雪もどけてみよーぜ」  「おう」  更にざくざく……  「お?」  「何か平らな床みてーなのが出て来たぞ……?」  「床っつーかドアっつーか外壁とドア?」  「あー、コイツはここにあった詰所か。やっぱりそーだ」  「昨日おっさんが言ってた建物か。しかし丸ごと残ってんのか。  なあ、ここにでけぇ建物が建ってたんだろ。そいつが跡形もなくてその詰所がまんま残ってるっておかしくねーか?」  「確かになあ」  更に雪をどけると壁面がほぼ全てあらわになった。  コレ、まるっとそのまんま残ってね?  オマケに中がどー見てもノーダメだし。  それどころかハコが横転してんのに机も電話も元の場所にくっ付いてんのは何なんだ……  「この小屋ってよ、元は敷地の端っこっつーか正門の脇に建ってたんだよな。  それがど真ん中に空いた大穴の中にあるっつーことは、何かにふっ飛ばされるか何かでここまで落っこちてきたって考えんのが妥当か……」  「その敷地ってのは広いのか?」  「おう、この穴の底の面積の10倍はあると思うぜ。  仮にここが建屋の真下だったとすっと……」  「待て、ここがその親父さんの会社の跡地だって決まった訳じゃねーだろ。  この穴がどこに空いてるモンなのかなんて出てみねーと分かんねーだろ」  「オメーたまに良いこと言うよな、ワンコのクセしてよ」  「しかし思ったんだけどよ」  「ん? もっとホメて欲しいってか」  「いやな、コイツがその詰所って奴なら一生懸命になって中に入っても結局、外にゃ出れねーんだよなぁと思っただけなんだが」  「オメー今日はマジで冴えてんな」  「いやフツーに気付くだろ、気付かねえオッサンがボケ過ぎなんだよ」  「な、何をぅ……」  クッ、言い返せねえ!  確かにその通りだぜ!  羽根飾りさえありゃこのドアをピッとして開けて、なんて考えてたけど入ってどーすんねんて話だわ、確かに。  しかしこの真上にゴリラのガイコツか……  思えばあのゴリ先生もこの詰所の中にいたんだよな。  あの貼り紙を手に持って俺に逃げろっなんてアピって来たくれーだし……  でも何だろーな……中の人が違うっつーか、そもそも今俺がいる場所とあの時の血濡れの事務所とじゃあ何かが決定的に違うんだよな……  ホント何だろーな、この違和感……  「オイオッサン、ボーッとしてるくれーなら次行こーぜ次」  「だな、早く出ねーと飢え死にしちまうからな。体力のあるうちに何とかしねーとだぜ」  「まあ水分は雪食えばどーにかなるが……」  「俺が立ちションした場所は押さえとけよ」  「ったりめーだこの立ちションおじさんめ」  俺が立ちションしてた辺りはやっぱ俺が見なきゃアカンよなあ。  「済まんオッサン、もう一個あるんだがよ」  「何だ?」  「ここに窓があんだろ、ヒビも入ってねーのっておかしくね?  あと中が全く散らかってねえっつーか机も椅子も直角に床から生えてんのは流石に何じゃこりゃ事案だよな」  「うーむ……この穴の外に出るっつー目的から脱線しそーだしあえて言ってなかったんだがなあ」  「で、オッサンの見解は?」  「コイツは作りモンで誰かがわざわざここに置いた。  あるいはだいぶ前に誰かが置いたけど穴が開いたときにここに落っこちて来た。  こんなとこか」  「誰かって誰だよ」  「知らん。誰かっつったら誰かだ」  第一羽根飾りが無きゃ入れねえし……って電源も何もなさそーだしピッて出来んのかすら怪しいけど。  ポケットから薄い木箱を出してしげしげと眺める。  例のうっすい羊羹(ヨーカン)の箱だ……ん?  「おろ……?」  フタが空いちまったぜ……  しかも……羽根飾りもしっかりあるぜ……  「おいオッサン、これ持ってるんならもっと早く出せよ」  「そ、そーだな」  何でだ?  いつからあった?  コレって元はといえば推定俺ん家から持ち出した奴だけど、そんときゃフタは本体と一体成型みてーになってて作りモンって感じ満載だったぞ?  「オッサン、開けられんなら話は別だ。中に何か役に立つモンがあるかもしれねーしな」  「ああ、何で動いてんのか分からんけどシステム? が生きてたら入れるかもな」  「しすてむ?」  「言葉のアヤだっつーの」  「そ、そーか」  どれ、と羽根飾りを箱からつまみ上げてレリーフにかざす。  「ピッ」  「ガチャッ」  「……開いたな」  「入るか」  俺は入り口の縁にぶら下がってヨイショと反対側の壁に着地した。  元々そんなに広い小屋じゃなかったから何とか降りれたぜ。  さて……  「オイ、良いぜ」  ………  …  「オイ、聞いてんのかって……閉まってるゥ!?」  クソ……流石に天井っつーかドアノブまで手が届くほど近くはねーぞ……  つーかどーすんだコレ。  穴の底から脱出するどころかさらにその中のハコに閉じ込められちまったぞ。  ワンコじゃ外から開けれねーし、こりゃ詰んじまったぜ。  さっきの冗談がフラグだったか……  何とか窓から……って無理だよな。  外は見えてるし中はいつぞやのモニター室じゃなさそーだし、詰所に入った瞬間またどっかに飛ばされたりってのは無かったみてーだ。  どーしたもんかな……  あ、そーだ。連絡通路か物置部屋から出られるんじゃねーか?  外が雪ならワンチャン掘って進めるだろーしな。    連絡通路、は……岩盤……? 何でだ?  じゃあ物置部屋も望み薄か……  まあ良い、気を取り直して……良し、ドアには何とか手が届くぜ……  「ガチャ……キィ……」  おお、開いたぜ……!  どうにかよじ登って物置部屋に滑り込む。  おお、パイロンとかスコップ(大きいやつ)があるぜ……!  でもって奥に見えんのは……隠し小屋に続くドア!?  いや、前も変なとこに飛ばされてなかったらあったのかもしれねーが……  とにかく行ってみっか……  「ガチャ」  良し、開いた!  うお、真っ暗だ……って当たりめーか。  こりゃ手探りしながら進まねーと危ねーな。  ん?  ……何だこれ……?  箱? しかもかなりでかいぞ?  何かツルツルした手触りだ。  棺桶? いや違うな、木とかそういった類のモノじゃねえ。  近ぇのは……ガラスか……  しかし親父がいた頃にこんなモンあったか……?   * ◇ ◇ ◇  手を伸ばせる範囲で確かめる。  多分だけどこの箱、継ぎ目が全くねぇな。  まあ裏側に回りゃ何かあんのかもしれねーが、こんなのともかく親父が個人でどうこう出来るシロモンじゃねえよな。  そもそもここにはベニヤ板の棚と親父が自作してたしょぼい8ビットマシンがあった筈だ。  筐体もこんなキレーな奴じゃなくて大きめのポリタッパーに穴を開けただけのしょぼい奴だったし。  てゆーかこのガラスケースがジャマでこれ以上進めねえな。  何か知らんけど天井から床までピッタリ収まってる感じだ。  よじ登ったら越えられんだろーけどバリッて行きそう……って訳でもねーか。  考えてみたらコイツも含めた詰所全体が破壊不能オブジェクトみてーになってんだよな。  他のものも同じかどうか……なんてことは分からんけど、日が暮れて朝が来たりトイレに行きたくなったりするんだ。  多分この詰所だけがおかしいんだよな。  良し、よじ登って行くか。  ……うーむ。  ちべたい。  当たり前だけどガマンするしかねーか。  しかし真っ暗だけどホントに一切何も見えねーのな。  ガラスの中はもちろんだけどまわりも一切何も見えねーのはカンベンして欲しいぜ。  ぶるっ……うぅ……ガラスにピッタリ張り付いてるせいで何かトイレが近くなった気がすんぜ。  水分なんて雪をちっとばかし食ったくれーで大して取ってねーのにな。  コレ、出れなかったらどこですりゃえーんや……  っと、やっと反対側のヘリに着いたぜ。  ……コレ、降りれるよな?  反対側と対称なら高さは同じ筈だよな?  良し、飛び降りてみっか。  せーの、とりゃ。  ……良かったぜ、フツーに床っつーか反対側の壁があっ——  バキッ。  「おわぁっ!?」  何か底が抜けた!?  じゃなくて何かを踏み抜いた!?  けど相変わらず真っ暗だぞ。  ドン、とどこかに着地……  『おわぁっ!?』  と思ったら足場が丸い形? になってて両足が外側にツルっと滑り、何かに馬乗りになった。  痛え! メチャクチャ痛え!  何が痛えってアレが痛え!  コレズボンのお股がブッ裂けてねーだろーな!?  ……今叫んだのって誰だ?  『こらぁ、いつまで他人の顔面に汚物を押し付けとるつもりなのじゃあ』  へ?  「えーと……誰?」  『良いから早くどかんかあ』  「おしっこもれそう」  『や、やめるのじゃあ』  「あっ」  『えっ!?』  「なーんちってぇ」  『えー加減にせんかお主!』  「分かった、分かったからちっとばかし待てい!」  コレ、降りれんのか?  3mとかあったらフツーに大ケガなんだけど。  その前に俺のお股が交通事故で大惨事な訳だが。  クソ寒いっつーのに油汗ダラダラだしもーちっと落ち着いてからでもバチは当たんねーよな?  『おーい、早くどかんかぁ』  「ちっとばかし待てと言っとるだろーに理解力のない奴め」  センセーさんとはまた違ったベクトルでイラッと来るぜ、このしゃべり方。  ……つーか敢えて考えない様にしてたけど、今しゃべってんのってやっぱ俺のお股の直下にあるナゾの球体(?)だよな。  何か知らんけどせめて地面? 床? 伝いに移動するぐれーは試さねーと怖くて動けねーからな。  「やべぇ、今度はウンコもしたくなって来た」  『や、やめんかこの痴女めぇ』  「へ?」  『へ?』  今痴女って言ったな?  つーことはセンセーさんたちと同じラインか。  しかしそーなるとお股のほうは今どういう状態ナノダロウカ。  さて、それはさておき……  「ほんの冗談だよ。地面伝いに移動したいからちっと待ってろや」  今コイツと接触している部分をなで回しておおよその形状を確認する。  『な、何をおっ始めようというのじゃあ……』  今またがってるのは頭の部分か。  てことはこっちに向かって動いて行けば地面に到着出来るって訳か。  『こ、こら……どこを触っておるのじゃこのヘンタイめぇ』  ハイ、早速いただきました。ヘンタイ認定!  だがここで止まるわけには行かねーのだ。  「しょーがねーだろ、こうでもしねーと降りれねーんだよ」  俺はしゃべるヘンテコな銅像? の胴体を伝って恐る恐る地面に到着した。  ……こんだけ垂直だとちっと無理だな。  『何じゃ、奥の通路に行きたいのかの?』  「おう、つーかコレどーやって外に出りゃ良いんだ?」  『ならば妾の後ろに木が一本立っているであろう。  そこを経由すれば向こう側にはどうにかたどり着けるであろうよ』  「えーと……真っ暗で何も見えねーんだけど」  『妾の真後ろにサルスベリが一本生えておったじゃろ。  お主ならば知っておるじゃろうに』  「へ?」  お主ならばって何だよ……あれ?  サルスベリ……?  像が建っててその後ろに……ってここってもしかして親父の会社の中庭?   * ◇ ◇ ◇  『コホン……ときにお主? 先ほどからの失礼極まりない行動といい、なにゆえその様に器用な格好で台座にしがみついておるのじゃ?  やっぱり筋トレかの?』  「ちげーわ!」  『ナルホド、おかしな趣味じゃのう?』  「趣味でもねーっちゅーに!  こうでもしねーと落っこっちまうからに決まってんじゃねーか!」  『横倒しじゃと……?』  「だって今全部90度横向いてんだろ、それで苦労してんじゃねーか!」  『はあ? 何を言っとるんじゃお主。噴水の水だって重力に引かれて上から下にちゃんと流れとるぞ』  「噴水? 水……?」  『それにお主も思いっきり水浸しになっとるではないか』  「へ……? んなこと言われても真っ暗なんだっちゅーに」  うーむ……水が見えねーのはまあそんなもんかと思うが、タテヨコが違うってのはちっとばかし新しいなぁ。  やっぱ最近ちょっちマンネリ気味だとか思ってたのがデケーのかなぁ。  ……じゃなくてえ!  コレってアレだよな、あそこにあったアレ。  ソレが何でしゃべってんの?  つーか何で妾なのじゃーとかいう口調なんだ?  「なあ、アンタは一体誰なんだ?」  『そういうお主こそ誰じゃ?  その姿、てっきり王家の血筋か高位の神官戦士か何かじゃと思うたが……  てゆーかどっから湧いて出たんじゃ?』  「うーむ……じゃあ質問を変えるぜ。ここがどこでアンタ以外にも誰がいるのか教えちゃもらえねーか」  この際だから誰ソレ言う前にアンタは銅(?)像だろってツッコミは置いとくぜ!  『この場で妾にその様なコトを聞いてくるということは……さてはお主、異世界からの転生者じゃな?  なら話は早い。見せてみよ、お主のちーとすきるとやらをな!』  「ちっと待て、どうしてそーなる?」  『ふふふ……そうケンソンせずとも良いぞ?』  「待て、ちっとも話が見えねえ」  『妾もその昔は色々とヤンチャをやらかしたものよ。  勇者とやらを召喚してやるぞと思って儀式をやったらちっとばかしイケニエが足りんでの——』  「無視かい! つーかイケニエとかどー考えても勇者じゃなくて悪魔か何かを召喚する儀式だろ!」  『これお主、他人が気持ち良く話しとるときにその様にさえぎるもんではないぞ。無粋じゃろうに』  「オマケに自己中キャラなんかいな」  『何を言うか、コレで世が世なら妾は大国の姫君様なんじゃぞ』  「はあ? どっからどー見ても会社の庭に立ってる像だろ。  ディティールも少ねーし金かかってねーのが丸分かりだっつーの。  暗くて(なん)にも見えねーけど!」  『何じゃとお!? お主、せくはら発言も大概にするのじゃあ』  「そんなんお股から先に落っこちて来て顔から台座まで丸太みてーにガッチリしがみつきながらモゾモゾと移動してる時点でゲージMAXまで振り切れとるわ!」  『全くお主……その体勢で良くそんなマシンガントークがぶっぱ出来るのう』  「何でぇ、さっきの話はおしめぇかよ」  今マシンガントークって言ったぞコイツ。  それにぶっぱが何だか分かって言ってんのか……?  平成のゲーセンでブイブイ言わしてたギャルかいな。  『何、お主がアホだということが分かって呆れておるのじゃ』  「何じゃそりゃ……んで続きは?」  『えーと……どこまで話したかの?』  「アンタも大概だな、他人のことアホ呼ばわりしくさってからに」  『じゃかましーわ!』  「ホレ、怪しい儀式をやらかしたとかイケニエが足りんかったとか言ってただろ」  『あ、大国の姫ってトコじゃないんじゃのう?』  「もえボケなんぞカマさんでえーわ! うぜえ!」  『コレでも大マジじゃぞ!』  「あー分かった分かった分かったよ姫サマ?」  『う、うむ。分かれば良いのじゃ分かれば』  「マジかよチョロいなオイ」  『口に出してわざわざ言わんでもえーことを……  それで誰なのじゃ? お主を召喚した者は』  「だから違うって」  『その様なことはあるまい。  妾とうりふたつの姿と声色、加えてその様に真っ赤な髪を持つ者が偶然虚空から飛び出して来る筈はないのじゃ』  「待て、虚空からと言ったな?」  『じゃから召喚されてやって来たのであろうと申したではないか』  「イケニエとやらを捧げてか?」  『む……それは分からんがの』  「ウソつけ! どーせ首をはねて祭壇に捧げたりたりケツの穴から串刺しにしたりしてんだろ!」  『お、お主も妾を魔物扱いするのか……!』  「何でそーなるんだよ」  『あ……い、いや……何でもないのじゃ……』  あ、アカン、手がプルプルして来た。  このまんまじゃ早晩落っこちそうだぜ。  あとトイレ行きてえ……メッチャ行きてえ……!  「くっ……腕が限界だぜ……!」  『な、何じゃと?』  「それに……」  『それに?』  「う、うんこしたい……」  『お下劣は禁止じゃこのおマヌーめえ!』  「お下劣じゃねえ! こっちは大マジなんだっちゅーに!」  『黙れ! お下劣は禁止! 略してオゲ禁じゃあ!』  そ、その略称……必要なのか……? あ、そーだ!  「姫サマ? ソレガシはうんこがしとうゴザりますればぁ!」  『それらしく言っておだててもお下劣はお下劣じゃ、このアホンダラめぇ!』  ……もうお姫サマってキャラじゃねーし!  うぅ……もう自由落下待った無しだぜ……  クッソォ……!  ……うんこなだけに。   * ◇ ◇ ◇  良し、後ろにサルスベリの木があるっつったよな……  そこを経由して行けば奥の通路がある……と。  ここは思い切って落っこちてみるしかねーか。  「しょーがねーなっと……」  『へ?』  てな訳でここは思い切って自由落下することにしたぜ!  ……ってアレ?  木は?  『アホかお主は。何で90度違う方向に行くのじゃ?』  なぬ!?  後ろ=木=通路なんじゃねーのォ!?    「おわーっ!?」  『おいこら、そっちじゃないと言うておろうに』  「知るか! こちとら自由落下なのじゃーっ!」  ってのんきにモノマネなんてしてる場合じゃねーぞ!  どーすんだよオ——  ゴスッ!  パニクる暇も無く全身に衝撃が走り目の前でキラキラと星が散り——  ………  …  「う、うーん……」  痛ってぇ……ってアレ? 明るい……?  ここは……さっきの部屋……?  窓から見えるのは例の人気(ひとけ)の無い公園だ。  今度はワンコがいねーけどあのシャトルとかいう乗り物の中にいんのか、穴の底にいんのか……  てゆーかコレ、多分だけど夢だよな……?  さっきしがみついてた像があった場所、あそこが親父の会社の中庭と同じレイアウトだとしたら10mはあんぞ。  どう考えてもイテテで済む訳がねえ。  もしかしたら俺は今、気絶してるとかそんな状態だったりすんのかもな。  最悪臨死体験中とか……?  そういや……俺っていっぺん灯油かぶって焼身自殺しようとしたことがあんだよな。  結局あの後どーなったんだっけ……?  アレ?  分からねえ。  そもそもが夢ん中だったとか……?  いや、んな訳ねえよな。んな訳がねえ。  そもそも夢なら何重にも重なった夢なのか?  場面の飛び具合が支離滅裂過ぎるし、コレが現実とも思えねえ。  今気付いたけど、ここに来てトイレ云々が全く気にならなくなったな……つまりはそーゆーことか。  ハッ!? もしかして俺、気絶してるせいでウンコがタダモレ!?  イカンイカン……考えねー様にしよう。  ともかくだ。  ここがアパートの一室ならトイレのひとつくれーはあるよな。  えーと……さっき乗り物に乗った出口があっちだろ、多分あれが玄関なんだよな。  んでドアはあと三つか。  ひとつ目。  ガチャ。  洗面所か……しかしここもキレーなもんだな。  生活感がまるで無え。  そもそもここって別に俺の部屋でも何でもねーからな。  客観的に見たら俺って今、誰かの部屋に不法侵入してるんだよな。  じゃあ本来の住人が来たらどーなる……?  やべ、急に心配になって来たぞ。  ふたつ目。  ガチャ。  風呂場……ああ、トイレもここか。  しかしさっきの洗面所といい、ちゃんと新品の備品が置いてあるんだよな。  ワンチャンここがホテルって可能性もあんのか……?  だからって今まさに不法侵入中って事実が変わるモンでもねーけどな!  んで最後のみっつ目だ。  ガチャ。  ……おろ?  ここって例の秘密基地っぽいとこ……観測所だっけか……ともかくあの場所なんじゃね?  何でこの部屋と繋がってんだ……?  窓の外は……  つーかここが例の場所ならアレが出来んのか。  そーいや実験してみよーと思ってたんだよな、さっきも。  「ターミナルオープン」  ……何も起きねえ。  まあ夢ん中だからってそう都合の良い方向にコトが運ぶなんてこともねーか。   目が覚めたら定食屋にいた、なんてコトはねーよな?  今はオタもアホ毛もいねーんだ。  町の連中もどこに行っちまったか……  まあ前に来たときと同じことをつぶやいてみるか。  どーせ何も起きねーんだろーけどな。  「スイ——」  《 スイッチ 》  ……!?  目の前がイキナリ真っ暗に戻ったぜ……  どこだよ、ここ……  それに今、誰かいなかったか?  そいつが俺を——  ガン!  「あだっ!!」  ゴスッ!  「いでっ!!」  イテテテテ……  コレ、机か?  恐る恐る手を伸ばすと机や椅子があちこちに雑然と転がっているのが分かる。  それだけじゃねぇ。  今手を伸ばして触れたのはダム端のCRTだったぞ。  つーことは今度の場所は電算室なのか……  中庭からだと連絡通路を通らねーといけねーが落っこちた先は90度違う方向だった筈だが……  それに中庭と違って天地がフツーの位置に戻ってるな?  つまりは落っこちる前とはまた似て非なる場所だってことか。  ……さて、どうしたもんか。 * ◇ ◇ ◇  コレ、じっとして待ってたら元に戻るパターンか?  つーか次から次へと俺は何を見せられてんだ?  場所が場所なだけに……いや、そもそも論としていつかのどっかの時点から俺はぐるぐると夢の世界か何かを回らされてるんじゃねーかって気がするんだよな。  いや、夢ん中ってのは語弊があるかもしれねーな。  俺が知らねーヒトやらモノやらが登場して俺の知らねー出来事を語ったりしてんのは明らかに夢って範疇を超えてんだろ。  しかも夢で片付けるにはちっとばかしリアルすぎるしな。  じゃあ何なんだってなる訳なんだが……  ここは俺にとっちゃどうでも良い場所って訳じゃねえ。  これまでだってそうだった。  俺ん家から始まって会社跡地の廃虚、詰所、定食屋……それに警察署……  俺の家族、町の住人……それがちょっとずつ姿を変え形を変えながら現れては俺の目の前から姿を消して行った。  それも転勤やら引っ越しなんかの理由じゃねえ。  場面転換、と名付けちゃいるが言っちまえばコイツは並行世界に転移したみてーなもんだよな。  それに見方を変えりゃ俺の方がいなくなったってことになるのか。  どう考えてもどっかのタイミングで異世界の入り口みてーなのを踏み抜いちまったとしか考えられねえもんな。  俺にとって思い出のある場所、それが何の脈絡も無くぐちゃぐちゃに繋がって出現するのは分かる。  夢ってのはそういうもんだ。  じゃあ身も知らねえ奴が現れて行ったこともねえ国の話をし始めんのは何だ?  ガイコツとかドラゴンとか変なイカみてーなデカブツとか、ゲームみてーなのはまだ分かる。  知らん国の制度やら女神様やらが出て来たり、俺を見てお姉様とか意味の分からん反応をする奴がいたり、このへんは俺の妄想って言うにはちっとばかし創造的過ぎんだよな。  まあここまでは今までも何度か考えたことだ。  あとは特殊機構って奴。  夢に出て来る様なハチャメチャで荒唐無稽な出来事が目の前で次々に起きてんのはそいつのせいなんじゃねーか……と考えたとこでふと思ったんだよ。  特殊機構って何やねん、てな。  何でそんな意味不明な理由付けで納得してたんだろ、俺。  だがコイツは親父の会社で何度か耳にしたことのある言葉だ。  コッソリ忍び込んだ部屋で見付けた中二病全開の論文で見たんだよな。  で、今いる場所がまさにその場所の筈、な訳なんだがなあ……  まわりは真っ暗だけどいつか見たモノが散乱してる状態ってことは同じ様に血(まみ)れなのか……  そもそも血塗れの状態ってのが俺には分からねえ。  今俺がここにいる意味、それと何か関わりがあんのか……?  イヤ待てよ?  マシン室と中庭の間には連絡通路とだだっ広い事務室があったよな。  そっちはどーなってるんだ……?  このまんま通路側に戻ったらまた中庭に戻れるのか?  そしたらさっきの変な奴がまだそこにいる……?  いや、さっきとは状況が違う。  さっきの状況、あれは穴の底に中庭が丸ごと横倒しで埋まってたことを意味する筈だ。  だが今は違う。  それにしても真っ暗だが……  そうだ、あのときは携帯のライトで何とかしたんだったか。  ここで見付けた資料も携帯カメラで撮影しまくって——  てなことを急に思い出してポケットをガサゴソ。  うん、無えな。やっぱし。  まあ、トイレに行きてのも治まってるし何ならさっきぶつけたとこもなんともねえもんなあ……  まあそんならそれで良いんだけどな、結局状況確認はしねーとならねーんだ。  さて、取り敢えず自分が今どっちを向いてんのかだけでも知りてえとこだが……  まあ壁伝いが王道だよな。  イキナリ落とし穴があって真っ逆さまなんてのが無けりゃーな。  おっといけねえ、これ以上はフラグだな。  てな訳でへっぴり腰になりながら恐る恐る右手を伸ばして近場にあるナニカに手を触れる。  ところがそこで返って来たのは生暖かく湿っていて、しかもグニャリとした奇妙な感触だ。  俺はビクッとなり思わず脊髄反射よろしくヒュポッと手を引っ込めた。  えぇ……  汚ったね!  ここに来てヌルヌル系かいな!  たまにマジメくさって考え事するとこれだよ。  こちとら手を洗う手段も無えっつーのによォ。  もういっぺん触ってみるとか勘弁してほしいとこだけど、コレがあたり一面に拡がってんのかどうかは確かめねーとならんな。  襲ってこねーとこを見ると単なる肉壁の類なのか、はたまた植物系の何かなのか……ってこの気持ち悪ぃ生暖かさは動物系だよなあ……  よし、行くか!  いまさっき確かめたんだ。  コイツはリアルじゃねーんだ、そーなんだ。  きっと多分どーにかなる!  てな訳で……とりゃ!  グニャリ。  『あひっ!?』  「うっへぇあぉーいィ!?」  アカン、ビックリし過ぎてワケの分からん叫び声をあげてしまったぞ!  そして腰が抜けたぜ!  『……』  「……」  えーと……もーいっかい触ってみろってか?  こんなん触れっかボゲェ!  いやツッコむ相手いねーけどボゲェ!  『あのぉ……もう一回……良い?』  「良い訳ねーだろーがボゲェ!?」  『あっあっあーっ!?』  もー訳が分からんわ!  何じゃコイツは! * ◇ ◇ ◇  この高い声……女……じゃねーな。  どっちかっつーと子供だ。  やべえ、事案か。  何だよ、『あひっ!?』てよ……  でも  もーいっぺん……  俺は恐る恐る手を伸ばして人差し指でツンツンしてみる。  『あっ』   「へ?」  ツンツンツン……  『あっあっあっ!』  ツンツツツン……  『あっあああっ!』  ……じゃなくてぇ!  これじゃまるっきりヘンタイじゃねーか!  『あのぉ……ヘンタイさん?』  「誰がヘンタイじゃボゲェ!」  『あっあっあーっ?』  『だってさっきから変なトコばっかり……ああっ』  「ヤメレ! ホントにヘンタイみてーじゃねーか!  つーか今度は(なん)にもやってねーぞ」  『えーっ、やめちゃうのォー?』  ゴゴゴ……  『やめちゃうのォ?』  何だ……コレもしかしてヤベー奴なのか?  『ねえ?』  「あ、あのさあ、何してるのかな? こんなとこで」  真っ暗だしどんな奴がどんなカッコしてそこにいんのかも分からねーからな、親切なオジサン的ムーヴで下手に出るしかねーぜ。  電算室……なんだよな、ここ。さっきまでの感触だとな。  『何ってボクはまおーさまのしんえーたいだぞ』  「へ? マオーサマ? シンエータイ?」  『何だよ、シラけるなあ。先生から聞いてないんだ』  「先生……?」  “先生”って誰だ……?  確かさっきのガイコツも言ってたが……  まさかとは思うがあの“センセーさん”か?  しかしセンセーさんがしてたのは“学院”とかいう学校的なヤツの話だ。  ここは親父の会社の事務所跡の廃墟、そーだよな。  『ねえおじさん、ちょっと先生とお話して来てよ。待っててあげるからさ』  「先生って……? さっきナントカなのじゃーとか言うのには出くわしたけど」  『え? ああ、それはまおーさまの方だよ』  「そのまおーさまってのは誰なんだ?」  『えぇ……あのさぁ、ここにいてそれを知らないおじさんこそ誰なの?』  「誰って通りすがりのおじさんだっちゅーに」    もうこうなりゃどうとでもなれだ!  正直じーさんに死角はねえ!  ただ……存在を否定するよーなコトは言っちゃいけねー気がするぜ。  そこは気を付けねーとな。  『怪しいなあ……ここに来る順番だっておかしいし……』  「そりゃおかしいだろ、俺はここに落っこちて来たんだからよ」  『落っこちてって……どこからだよ』  「ここはホラ、穴の底のそのまた下……地の底みてーなもんだろ?」  『はあ? ここは空中庭園の中だよ?  てっぺんが地の底なんてことあるもんか。  おじさん、やっぱりおかしいよ』  いけね、意図せずしてハナっから否定的な展開になっちまったぜ……!  「俺がおかしなヤツだったとして、キミタチに何か出来るとは思えねーんだが」  『何言ってんのさおじさん。  もしかしてボクたちが五体満足ですらない人間の出来損ないだからってバカにしてるの?』  くっそ、言うこと全部が裏目かよ……一体どーなってやがる。  とにかく立て直さねーと……!  「そ、そんなことはねえ、そんなことはねえぞ。  俺はキミタチのことを心配してだな……」  『だってボクたちってさ、ひとりだと自分で出来ないことも多いでしょ。  先生がボクたちの将来のことを考えてみんなの役割を考えようねって、考えてくれたのがコレなんだよ』  「役割?」  『そう、今日、みんなでさ……』  「今日? みんな……?」  いや、ちょっと待て。  今日……?  「じゃあ“そのナリ”は……?」  『たまたまそこのカレンダーを見てさ、アライグマなんて良いんじゃないかなって』  なあおい、やっぱここはあの日の電算室なのか?  「なあ、今日って何年何月何日だっけ」  『何? 1989年の5月4日ダけド?』  ナルホド、元ネタは世界のカワイイとうぶつさんカレンダーだったか……  アライグマにしちゃモフモフ感が皆無だったが……?  『ネエオジサン、ソレガ、ドウカシタノ?』  ゴゴゴ…… * ◇ ◇ ◇  うーむ。  コイツはやべぇ。  何がやべぇってさっきから変な地鳴りが聞こえるんだよ。  これさ、ぜってーコイツと関係あるよな。  『ネエオジサン、ハヤクセンセイトオハナシシヨウヨ……』  ちょっと待て!  ナゼに台本棒読みみてーなしゃべりになってんの?  怖えーよコレ! 怖えーから!  「よ、良し分かった。んでその“先生”ってのは?」  『ン……? セんセいは中にいルよ……』  「ああ、そうか。ありがとな」  中……?  中ってどこの中だ?  ダメだ、ハナっから分からねえモンをいくら考えたって分かる訳がねえ。  だからってこれ以上このガキ(?)の意に添わなそーなそぶりは見せられねーな。  何か知らんがやべー気がするぞ。  ゆーてここからどーやって動くか……?  元はといえばここに来たのも“飛ばされた”からだよな……  ゴゴゴ……  『オじサン、ドウシたノ? ねエ……』  ゴゴゴゴゴ……  な、何だ、地震だ!?  いや、足元が何か妙に揺れてるぞ……ってコイツはもしかして……  『オ、ジ、サァーン?』  ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……  「のわぁ!?」  足場が丸ごと持ち上がり宙に放り出される。  もしかしてそもそもバケモンの腹ん中にいたってパターンかよ!  とか考える間もなくそのままボヨヨンボヨヨンとゴムボールのごとく跳ね上げられる。  イヤおかしーだろコレ、フツー死ぬって!  何だこれ! マジで!  しかも真っ暗!  ボヨヨン、ボヨヨン、ボヨヨーン……ゴスッ!  「あだっ!」  痛ぇ! メチャクチャ痛ぇ!  頭から落っこちたんだけどォ!  ったく何度目だコレよォ!  つーかどこにぶつけたのかすら分からねえけどやっぱコレ、何で死なねーのか分からんレベルの事故じゃねーか!  イヤ待てよ……何か固いモンにぶつかったってことは終点か?  流石にコレ触ってそんでアヘアヘ言ったりはしねーだろ、流石に。  床面からの——ん?  何だコレ……でけー箱……?  いや、コイツは……メインフレーム?  やっぱここはマシン室か……  『セ、セ、センセイぃ、ゴノ……オディーサン……』  「お、おDさん? いや、つーか……先生だぁ?」  『オ、ディーサン、マルカジリ』  「食うんかい! つーかクチどこォ!?」  ガコン!  「へ? 何?」  『オディーサン、ハイル、ココ』  何そのカタコト……それにこことか言われても真っ暗だし何も見えねーっつーの。  『ハイル、ハヤク』  「どこにだよ。分かんだろ、ここは真っ暗……」  ボヨヨーン! カゴッ!  「のわぁ!?」……からの……「あだっ!」  何だコレ……箱? メインフレームより随分と小せぇな。  つーか棺桶?  「オイ、入れってこの箱かよ」  『センセーイ、センセーイ』  「おい!」  バタン!  やべぇ、フタかこれ!  上からグイグイ押してんのはどこのどいつだよ!  「お、おい! やめろ! やめろって」  『センセーイ』  「おい、おいってばよぉ」  このままじゃ閉まっちまう!  「ちょ、待てこの……すげーチカラっつーか電気か何かで動いてんのか」  クッソ……ダメだコレ……あ。  完全に閉まっちまった。  中からグイグイ押し返してみるがビクともしねえ。  「オイ、開けろ! ここから出せよ!」  このまま火葬とかカンベンだぜ!  なあおい!  『大丈夫大丈夫、死ねば戻れるから』  「ちっとも大丈夫じゃねえ! って何で急に元に戻ってんだ何とかしろォ!」  『慣れれば気持良いよ』  「そりゃーいつぞやのテンプレ回答じゃねーか!」  『えい』  「あ」  ぷちん。  ………  …  う——  眩しい……  ……。  何だろう……小さな子どもがじっとこっちを眺めてるんだけど。  ここは……親父の会社の中庭か……?  やけに視界が高いな……見下ろす感じだ。  何でこんなとこに……?  いや、そもそも親父の会社は今は廃墟になってる筈じゃ……  あ、どこかに走って行っちまった。  ……つーか、孫じゃなかったか? 今の。  『先生! せんせーい!』  『何ですか、大きな声を出して』  『この子が今こっち見てたの!』  戻って来た……!  孫(?)がこっちを指差してそう話す。  今連れて来た人物が“先生”……だと?  息子の嫁……いや、あの写真に写ってた女性……か?  それにしても“この子”って何だ?  俺が“この子”だ……? 何だよ、“この子”って?  「……」  な……声が出ねえ!?  いや、それだけじゃねえ。  身動きが取れねえ……何だコレは……    『一体、誰が作ったのかしらね』  『神様!』  『ふふ、そうねえ』  えーと。  俺って今、台座の上の彫像になってるカンジ?  一体どこの何に戻った訳?  くっそォ騙されたァ(不可抗力)カネ返せぇ(一円も払ってない)!  『先生、この子変な顔ぉ』  『あら、そうかしら』  『えっとね、“カネ返せ”だって!』  『えぇっ……?』  えっ?  えぇーっ!?  『えぇーっ(笑)』   * ◇ ◇ ◇  コラ! マネすんなや!  『やだ!』  えぇー、じゃーどーすりゃえーんじゃい!  『どーすりゃえーんじゃい?』  『こ、今度は何なの?』  『あのね、マネすんなって言われたからやだよって言ったの!』  『そ、そうなの……?』  まあ大変、この子アタマおかしくなっちゃったのかしら、どーしましょー(笑)ッてカンジの顔してんな。  まあ当たり前だよな!  いきなり彫像とお話し始めたらコイツアタマ湧いてんじゃね? って思うよな!  『ねえ先生!』  『な、なぁに?』  『アタマわいてるって何?』  『ぶっ!?』  『ど、どうしたの? 急に』  おんやぁ? さては図星ですな?  『さてはズボシですなぁ?』  『ぐっ!?』  イケませんなあ、子供相手に。先生失格ですなあ?  『イケませんなぁ! せんせーしっかくですなあ! だって!』  『えぇっ!?』  さてと、ここまで会話らしい会話もねーしそろそろマジメに行きますかねぇ。  おい、そろそろマジメにやりたまえよ?  『マジメにやりたまえー、だって!』  『えぇっ!?』  まあマジメにやんなきゃなんねーのはコッチだよな!  コイツがもし俺が思ってる通りの場面なら“開店即閉店”の前か後かだな。  そもそも何でさっきの流れからこの場面になったのかがわからん訳だが。  『かいてんそくへいてん?』  『か……かいてんそく?  ねえ、本当にこの像とお話してるの?』  『うん!』  アカン、センセーの方が付いて来れてなくてチビっ子と同じレベルになっとる。  じゃあまずは“ここどこ? アンタら誰?”からか。  『ここどこ、あんたらだれ、だって』  『この女神様……の、像……がそう言っているのね?』  『うん!』  『女神様、ではなくて“女神様の像”……で合っているのかしら?』  おう、そうだぜ!  『おう、そうだぜ! だって!』  『まあ、随分と元気な子なのね』  まあ、オッサンだから当然だな。  しかしこの先生って人、どうやら俺が見たあの写真の人とは別人みてーだな。  じゃあ何の関わりがあってこの場面、この視点なんだ?  『この子、オッサンだから元気なんだって!』  『お、おっさん?』  『ねえねえ先生、オッサンってなぁに?』  『そ、それはぁ……』  おっさんと元気が何で結びつくんじゃい!  むしろグッタリとゲッソリの象徴だろーがよ!  ってマジメにやろーとしても結局こーなっちまうんか……  『グッタリゲッソリ?』  『え? こ、今度は何?』  『あ、あとね、先生のこと知ってる人だと思ったら違ってたみたい』  『そ、そうね』  あーコレダメなヤツや……  この先生、もうすっかり興味ねーし早く解放してくれモードだわコレ。  『ねえ先生』  『そうね』  おっと、コイツは失言失言。  分かってても言わぬがなんちゃらってゆーだろ、ホラ。  『言わぬがなんちゃらってなーに?』  『そうね』  もーダメじゃん。  つーか何でこんなにインタラクティブなんだ? このコンテンツ。  『先生』  『はいはい』  『ハイは一回で良いんだよ!』  『は、はいぃ……』  何かかわいそうになって来たぞ。  『あのね?』  『はい?』  『あ、今のはね、先生じゃなくてこの子に話しかけたんだよ?』  『そ、そう。じゃあ先生はこの辺で……』  『ダメ!』  『うひっ!?』  おっと、今先生が教え子に上着の裾を引っ張られて強制的に戻されたぞ。  どっちか先生なのか分からんな!  『うん、まあね。それでね……』  『……っ』  逃げようとする先生をグイグイと引き戻しながら笑顔でこっちを  何かこの子、スゲー(チカラ)強くね?  『“身体強化”っていうスキルだよ。知ってるよね、オジサン?』  何じゃそりゃ。ラノベかよ。  『らのべ? らのべって何、先生?』  『ら、らのべ? さ、さあ?』  『えー、知らないのぉ?』  まあ、そうイジメてやるなって。  この子も似てるってだけでウチの孫とは違うな?  『孫? じゃあおばあちゃんなんだ』  いま人違いだったって言っただろ。  それにおばあちゃんじゃないぞ。オッサンだからじぃじだ。  『そっか、よろしくね、じぃじ……コラ、逃げないの!』  『ひっ!?』  何か完全に立場が逆転してねーか?  『えーとあのね、“先生”はじぃじのリクエストなんだよ?』  じゃあ初めの先生を呼びに行くリアクションは何だったんだ?  『じぃじがそうしてほしいって思ってたんでしょ?』  てことは……“先生”の見た目もか。  『うん!』  じゃあ……ここは俺が来た瞬間に出来た場所だとでもいうのか?  『うん、そうだよ! さっすが、話が早いね!』  何だこれ……じゃあ本当のところは誰なんだ?  『神様!』  ……神様だぁ?  じゃあそこで縮み上がってる“先生”は?  『じぃじのイメージの中から今連れて来たんだよ』  グイグイ。  『ひっ!?』  イメージの中?  精神世界に乗り込んでうんたらとかいうやつか?  つーかこんなん考えても分からんな。  具体的に何をどーしたらこーなるんだ?  この先生、さっきからえーとかひーしか言ってねーし、割と簡単なのかもな?  『ちょっとちょっとぉ、何勝手に納得してる訳?』  お、出たな遂に!  『何が出たの?』  ゴリラ!  『はい?』  んで俺が今彫像の中の人になってんのも俺が望んだことだってのか?  そこんとこどうなんだろ、先生?  じぃじはそこのちびっ子じゃなくて先生とお話したいんだけどダメかな?  『先生とお話? だって、先生はじぃじの声が聞こえないんだよ?』  『は、はい? 私ですか?』  そうそう、アナタですよアナタ。  そこは通訳してくれるんでしょ?  だってさ、散々先生と話せって言われてたんだし。  良いよね? 別に大したことじゃないし。  『あの……何か?』  先生、さっきから何で逃げよーとしてんの? * ◇ ◇ ◇  『ホラ先生、この子も逃げちゃダメだよって言ってるよ?』  おい、ウソをつくなよ。  逃げようとする先生を(チカラ)ずくで止める、そこに一体何の意味があるんだ?  それも含めて俺のリクエストだってか?  『そうだよ、じぃじは随分と先生に怖がられてたんだね!』  はあ?  何でこの先生が俺の先生?  そもそも俺はフツーに日本の小学校に通ってたからな?  『じぃじ、ウソはイケないよ?』  ウソだ? 何じゃそりゃ?  言っとくけど俺は至ってマジメだからな?  あと俺のことじぃじじぃじ言うのはもうヤメロ。  こんな怪しい奴にじぃじ言われたかねーわ。  悔しかったらパパでもママでも何でも連れて来やがれってんだ。  『……何だよ、本当はパパもママもいないって分かってるくせに。  キミこそ何なんだよ、面白い遊びを教えてやるとか言っちゃってさ』  面白い遊び? そりゃ多分俺じゃねーな。  もしかしてさっきの奴じゃね?  『さっきの奴?』  ホラ、ナントカなのじゃーとかしゃべる変な奴だよ。  『え? じゃあホントに別人なんだ。  ノリで合わせてたけど変だと思ってたんだよね』  『あ、あの……』  『あ、もう良いから。ほら、戻った戻った』  『ホッ……』  そう言われて出て来た方に戻って行く“先生”。  あの人、ホントに先生なのかよ。  『先生なのは本当だよ』  じゃああの格好は?  『本業は神官さんなんだよ』  神官? 何それ?   『何って神殿に神官がいるのは当たり前でしょ?』  ちょっと待て、それってもしかしてここが神殿だって言ってるのか?  『そうだよ。別人どころかそんなことも知らないんだ。  ホントに誰なの……ていうかその前にキミってホントにオジサンなの?』  まずそこかよ。  つーかオッサンてなーに? とか言ってたのは演技だったんかい。  ちなみに俺の声ってどんなカンジに聞こえてるんだ?  『どんなカンジって見た目相応だけど?』  見た目? ああ、この彫像か。  色々と食い違ってることが分かって来たから今の外見も想像してんのと違ってる可能性があるぞ。  一応女神様ってキーワードが出たからそんなにズレはなさそーだが。  『オジサン? のモデルは女神様だよ』  やっぱりか。てことは赤い髪で年のころは15歳ってとこか。  『そうそう、女神様の見た目はそんな感じだって言い伝えられてるよ。  あ、でもオジサン? は鉄か何かで出来てるから全身サビサビだけど』  ナルホド、そーなんか。  それにしてもいちいち疑問符を付けんでもええっちゅーのになぁ。  んでそれをまつる場所だから神殿なのか。  『あ、ホントはここが女神様をまつる場所って訳じゃないよ。  上の空中庭園にちゃんとした祭祀場があるからね』  じゃあここは?  『ここは端っこにある中庭だよ』  端っこ……? 端なのに中庭って変じゃね?  それにここって空が見えてるけど一番上じゃねーのか。  そのへんは親父の会社とは全く違うな。  『カイシャが何だか知らないけどここから見える空はマボロシだよ。  対外的にはここが最上階だからね、それらしい演出が必要なんだってさ』  何だ、今度はウソじゃなさそーだな。  神殿て言うから中世的なのを想像してたけどそんなことはねーのか。  神殿とマシン室とメインフレームって全く結びつかねーなと思ったがそうでもなくなって来たな……?  何だろーな、コレ……?  なあ、ここは俺が来た瞬間に出来たとか言ってたな?  じゃあ俺が来る前はどーなってたんだ?  『さあ? ボク分かんない』  さあって何だよ。  対外的うんぬんとかナントカだってさ、とか自分以外の存在を匂わせといて言うセリフじゃねーだろ。  それに今さら見た目通りの子供をよそおったって無理があるぞ。  『だからボクにも分かんないんだって』  白々しいぜ……ったく……  死ねば戻れるとか先生と話せとか一体何なんだ?  俺のリクエストって何だ?  んでもってセンセーさんは何で逃げよーとしてたんだ?  いつから俺はここにいる?  この視点は何だ?  からかってんのかオラ。  説明()よ。  どーせ棺桶みてーな箱の中なんだろ?  『えーと、あのね?  キミ……じゃなかった……その、なのじゃって話す子に言われたことがあってね』  なのじゃ? この彫像の中身の話か。  『そうそう、ふとした瞬間に違和感を感じたら実はその瞬間に何千年も経ってる可能性があるんだって』  俺に関しちゃこの子供の認識は“見た目通り”だって言ってたな。  なのじゃ、としゃべる彫像もそこは同じだったな。  ナルホド、それを考えたらこの話も一理あるって訳だ。  だけどさっきまで話してた奴はハナっから俺を“オジサン”だって認識してたぞ。  『ちょ、ちょっと待って。話についてけないよ』  あー、独り言なんだぜ。  取り敢えず黙って聞いてりゃ良いから。  『よく分かんないけど分かった』  思えばあの町に飛ばされて来たって人らも皆俺のことを女神様ゆかりの人物だって認識だったよな。  つーことは……あの人らが元々住んでた場所って……?  待てよ……さっきははぐらかされたがやっぱこの怪しい子供とさっきの先生以外には誰もいねーのか?  『うん、ボクがみんな食べちゃったからね  そこは答えられるよ』  はい?  『オジサン、もしかして自分が食べられないとでも思ってる?』  急に何を言い出すんだコイツは……?  イヤ、話が面倒臭くなってきたのは分かるんだけど短気はイカンぞ短気は。  『……』 * ◇ ◇ ◇  ……聞こえてる?  おーいおーい。  短気って言われて怒った?  図星か?  『ねえ、反応はそれだけなの? 食べちゃうって言ったんだよ』  イヤ、食べるってどーやって?  煮るの? 焼くの? 俺こんなに硬そーなのに。  『違うよ、全部まるごと食べちゃうの!』  何だそりゃ?  どーやったんだ?  頭から飲み込んでバリバリボリボリってカジったのか?  もしかしてその辺にガイコツでも転がってんのか?  先生以外全員食っちまったんだろ?  『そんな物騒なのじゃないって』  何言ってんだコイツ……人喰いに物騒も物騒じゃねーもねーだろーによ。  『別にむしゃむしゃってかじって食べる訳じゃないから』  だからそーゆー問題じゃねーだろ。  何でえ、もったいぶりやがってよォ。  悔しかったら今すぐ食って見せろやオラ。  『えぇ……オジサン怖い』  ウソはイカンぞって言っとるだけだぞ?  子どもは素直が一番なんだぜ?  『ウソじゃないもん!』  ……あのさぁ、いつまで続けんの? コレ。  俺のギモンにひとつも答えてねーじゃん。  そんなウソつきが言ってることなんて信じられるかっつの。  まあ当たり前だよな、答えなんて持ってねーんだもんな。  『ねえオジサン、ここまで言ってもまだ分からないの?』  何でえ、もったいぶったってムダだぜ?  『ここはもうボクのお腹の中なんだよ?』  なななな、何だってぇー!?  さっきはハラの中感あったけどぶっちゃけ今は外に立ってるじゃーん!  『ふふふ、残念だよ……オジサンがもう少しお話に付き合ってくれればね』  えっ、ナニに付き合うって?  まあ良いや、どーぞどーぞ。  『えっ、いや、食べちゃうんだよ?』  だから良いって、ホレ。  『色々聞きたいことがあるんでしょ?  ほら、オジサンが何でそんな格好でこんな場所にいるのかとか』  もう聞いたじゃんか、ソレ。今さらご質問にお答えしますとか言われてももう遅いんじゃ!  どーせ俺は何も出来ねーんだから好きな様にすりゃあ良いんだよ。  『えー、何それ』  だから今になって何それとか言われても困るんだけど!  『ぶー』  何に対して不満なのか知らんけど何をどう譲歩したら良いのかも分からんし、俺のせいじゃねーからな!  『むー、もう意地でも食べてやんない。いつまでもずっとそこにいれば良いじゃん』    言うに事欠いてそれかい。  食べてやるってどんな上から目線だよ。  ……ってどっか行っちまったぜ。  まあヒマだけどどーせ腹もへらねーしトイレもいらねーからな、今までと変わんねーだろ。  このパターンはおおかた充電が切れてぷちん、てヤツだろ。  ………  …  ……ヒマだ。  誰かいねーの……っている訳ねーか。  うーむ。  『あ、あの……女神様……?  先程は大変な失礼をいたしました』  ん?  何だ、“先生”の方か。  もしかしてアンタにも俺の心の声ってダダ漏れなのか?  まあ話し相手になってくれんなら何でもいーや。  そんなかしこまんなくていーからさ、気楽に行こーぜ気楽によ。  『あの子は少しばかり特殊な生い立ちをしておりまして……』  ああ、聞こえてないのね。了解了解。  『ある日山の中で一人さまよっているところを偶然通りかかった兵士によって発見されたのです。  それまでどこでどうやって暮らしていたのかも分からず……誰かがそこまで連れて行って捨てたのだろうと、その様な結論となり、みなしごとして保護されました』  ナルホド、かわいそうな身の上って訳か。  にしちゃあちっとばかしワガママが過ぎんじゃねーの?  って聞こえてねーのか。  『ただ、あの子には普通の子供には無い身体的な特徴がありました』  身体的?  フツーの子供にしか見えなかったけど……?  『発見されたとき、あの子の左右の頭には二本の大きな角が生えていたのです』  ツノ……?  いやしかし……ってもしかして外科手術なんかで除去したとか……?  いやまさかな……  『頭に角の生えた人間など前代未聞です。  あの子は神殿から“魔人”として認定され、ここに幽閉されることとなったのです』  悪魔の子だってか……?  しかし小さい子どもを幽閉だなんて随分と物騒だな。  それで角はどーなったんだ?  『ですがあるとき状況が一変しました』  角が消えたとか?  『あの子が人々の前で様々な奇跡を起こして見せる様になったのです。  瀕死の病人をたちどころに元気にしてみせたり、それだけでなく戦争で手足を失った兵士さえも元通りに治してしまいました』  マジで?  それならあの子が神様なんじゃねーのか?  『奇跡を目の当たりにした神官たちはおそれおののき、あの子を神の遣いとして崇めたてまつり始めました』  やっぱそーなるよな。  だけどさっきの有様を見るに、ちっとばかし状況が違うよーな気がするんだが……?  『ですがそうしているうちにあの子の体にも大きな変化が起き始めたのです』  今度こそ角が抜け落ちたとか……?  『あの子の姿は次第に人間から遠ざかって行き……遂には真っ白な竜の姿になったのです』  竜……? 竜ってドラゴンのことだよな……?  『その姿になっても人と意思の疎通をすることは出来ましたし、奇跡を起こすことも変わらず出来ました。  そして神官たちはあの子をますます崇める様になり……市井の人々からも信仰を集め始めました。  それを見た諸侯からの寄進も次々に集まるようになり、この場所は今の様な姿になったのです』  今の姿?  ここには飛ばされて来たからんなこと言われても分かんねーんだけど……?  『その一方で近年、周辺の国々では人ならざる異形の怪物が現れはじめ……人々に害をなす様になりました』  怪物? あのバケモンのことか?  確か……自分らは人間だって言ってたと思ったが……? * ◇ ◇ ◇  しかしバケモンといやあドラゴンだって同じ様なモンじゃねーか。  ニンゲンとバケモンのくくりはどーやって決めるんだ?  つーかさっきまでここにいたあの子はどっからどー見ても人間だっただろ。  どーなってんだ、オイ。  ゆーても聞こえんか。オーイ。  『しかし同時に——』  俺の疑問をよそに“先生”は一人語りを続ける。  『人間の中にも超常的な能力を発揮する者が現れ始めました。  まるで、あの子がかつて奇跡を引き起こした様に。  ある者は発火現象を、またある者は凍てつく吹雪を、そしてまたある者は超人的な身体能力を……』  何それアメコミヒーロー的なヤツ?  『彼らの存在はすぐに人々の間で認知されました。  はじめそれは人の領域において希望をもたらす存在としてもてはやされました。  彼らは異形の群れの討伐における旗頭となって行きました——』  分かったんだけどいつまで続くんやコレ。  【もちろん、“失われるまで”ですわ】  へ? 誰だ急に。  さっきの子とも違う声だよな?  【いちど失われたら、もう二度と会うことは叶いません。  見聞きしたものをずっと忘れないでいて下さい、どうか】  オイ、アンタは誰だ。なぜ急に声だけが聞こえて来た……?  『しかしあるとき私は気付きました。少しずつ街の様子がおかしくなってきている、そのことに……  “魔族”、と呼ばれる存在が現れ始めたのはその頃です。  ウロコに覆われた身体、角の生えた頭、トカゲの様な瞳、そして猛獣の様な牙……いつの間にか街は、その様な姿をした者たちであふれかえっていました』  ……返事無しかよ。  しかしこの状況、あの町での出来事と似てる気がすんなぁ。  『人々はあの子やくだんの超人たちと同じ様に彼らに敬意を払い……しかしその活躍を知るにつれ、より熱狂的に受け入れる様になりました。  彼らは普段は人の姿をしていましたが、戦いが始まると本来の姿となり鬼神の様な強さを発揮したそうです』  おっと、アメコミヒーローじゃなくてジャパニーズ変身ヒーロー的なやつだったか?  やべえ、何だか面白そーになって来たぞ。  もっと聞かせろ……ってこの話のどこが“おかしい”んだ?  そこんとこ解説ヨロ……聞こえてねーと思うけど。  『そうするうちにいつしか街は異形の姿ばかりが占める様になり、人間は次第にその姿を消して行きました』  何か話が不穏な感じになって来たな?  『私にだけはどういう訳かことの成り行きが見える様でして……  あげく、私の周囲に残った数少ない人間たちからは神託の巫女様などといった大げさな称号までいただいてしまう始末で……』  始末って……まるでハズレくじ引いたみてーな物言いだな。  それにしても“巫女様”か。  てことはあの子は女の子なのか。  ボクっ娘?  『何ていうか……巫女ってカンジじゃないですよね、私』  あ、先生の方かいな。  『あの子に会ってからどういう訳か私も年を取らなくなり……気が付けば今や神官長の立場に』  ナントカの加護、とかゆーやつか?  つーか今度はラノベ的なやつとかなかなかの無節操ぶりだな!  もう何でもアリじゃねーのか。  『ですが、ですが——ある日偶然気付いてしまったのです』  おっと、また急に不穏な雰囲気が漂い始めたぞ。  『この身体が血の通わない作り物に成り代わっていたことに』  な……そうは見えねーぞ。  一体どういうこった?  『本当は分かっていたんです。  ——全てはあの子のやったことなんだと』  いや、ますます分からねーぞ。  あんなお子様に何が出来るってんだ……って今の話の時系列ってどーなってんだ?  どー考えても一年や二年の話じゃねーよな。  『私のこの姿は……あの子の母親を似せたものでもあるらしいのです。  あの子を遠く離れた山の中に捨て、そのまま姿を消した母親に似せた人形に……いえ、もしかしたらあの子が自らの手で……』  自らナニをしたってんだ?  それに母親に似せた……だと?  『とにかくあの子が一連の恐ろしい出来事と少なからず関係があるらしいのですが……一体どんな原理で——』  『ねえ先生、どこで聞いたの? そんな話』  『……そう、気になって戻って来たのね』  『ねえ、センセイ? センセイは本当にセンセイなの?』  『私が答えずとも分かっているんじゃないかしら』  『ねえ、センセイ? 聞こえているんでしょ、本当は』  『聞こえるって?』  『この子の声だよ』  エッ!?  『ほら、ビックリしてるよ』  『じゃあ聞くけど……“魔王”って何かしら?』  『さあ?』  ごまかしになっていない態度でしらばっくれるちびっ子……いや、本当はちびっ子じゃねーのか?  『私は知っています』  その子供じゃなくて俺に向かって話しかけてんのか……一体何でなんだ?  『どういう訳か……私には過去を生きた別人の記憶があるんです』  『先生はセンセイなんでしょ? ねえ』  『そうね、昔は“なのじゃ”なんて言ってたみたいだけどね』  へ?  なのじゃって誰なのじゃ……? * ◇ ◇ ◇  過去を生きた別人の記憶だ……?  しかもなんちゃらなのじゃって言ってただと……?  なのじゃなんてしゃべり方する奴なんてそういるもんじゃねーぞ。  あー、方言か。  中四国方面の人かな? なんちてなんちて。  『!?』  『どうしたの?』  『なんちてって何?』  『あのね、お話をそらさないでほしいの』  『何の話?』  『あなたが魔王でこの世界の人間を皆殺しにしたっていう話よ。それに——』  へ?  ちょっと飛躍し過ぎなんじゃね?  今度は先生の方があたおかなカンジになって来たじゃねーか。  ジャパニーズ変身ヒーローに飽き足らず転生からの魔王バレとか  『どうして……こんなお人形遊びなんかしているのかしら?』  『お人形遊び?』  コレもう色んな要素てんこ盛り過ぎて(なん)も言えねえ……  もう俺はギャラリーで良いから勝手にやっててどーぞ?  『先生が変なこと言い出すからこの子も呆れてるよ?』  んだんだ。突拍子なさ過ぎだっつの。  『じゃあどうして私以外のニンゲンがどこにもいないの?』  『だからボクがみんな食べちゃったんだってば』  『ほ、本当に? じゃあどうして……』  『分かってるでしょ。先生は食べないよ』  ん? 何でだ? ニンゲンじゃねーからだってか?  いや違うな、それだと今固定ポーズ決めてる俺に対して食っちまうぞって脅しをかけてたのと矛盾するよな。  そういや俺今どんなポーズしてんだろ。  シェーとかだったらちっとばかし恥ずいな!  『しぇー?』  ……じゃなくてぇ!  なのじゃってなんなのじゃってとこには突っ込まんのかいな。  なのじゃってしゃべる人物ならいくらでも思い付くけど、ここ最近で言うなら若干2名程しかいねーよな。  いや、どっちも人物って言って良いのか分からんけど。  で、そこんとこどーなの?  なのじゃってしゃべる人から何かウンチクを授かったんだよな?  『うんち?』  『ねえ、一体何をおしゃべりしているの?』  『良く分かんないけどうんちだって』  『う、うんちがしたいとか!?』  んな訳ねーだろーがよ!  ツッコめよ、えー加減によォ!  そんなに話をそらしてーのか。  あかん、ボキャブラリーが貧困過ぎて話が通じてなかった可能性があんのか。  訳知り顔で色々とくっちゃべってたからちょいと錯覚しちまってたがやっぱお子様はお子様だってか?  ほっといても電池切れになるんだろーが……  『でんちぎれ?』  『電池? この方が電池と言っているの?  本当に一体、何をお話しているの?』  マジでさっきまでのガクブルはどこ行ったんだよ……つーかこの先生、電池って単語は知ってんのか。  俺が電池切れって言ってるのは今ここに立ってしゃべっていられる残り時間のことだからな。  今自分がフツーに生きてて暮らしてるなんて思わねーこった。  『え? え? それってどういうこと?』  『! いけない!』  オメーらの存在理由、それが何なのかは知らねーがただそこにいるって訳でもねーんだろ?  そーだよな?  『……ンだとこの野郎ォ下手に出てりゃあ好き勝手抜かしやがってェ……』  『あちゃー……』  ゴッ!  ………  …  オイ、唐突に誰もいなくなったぞ。  ゴッて何やねんゴッて。  それにしてもコレ、終わりって訳じゃねーよな。  目の前のふたりがいなくなっただけで他に状況の変化はねーからな。  それにしてもホントに色々とてんこ盛りな話で胸焼けしそーだったぜ。  ………  …  うーむ……  ヒマだ……  と思ったらまた誰か来たぞ……ってまた“先生”かいな。    『あ、あの……女神様……?  先程は大変な失礼をいたしました』  ん?  何だ、既視感?  時間が戻った訳じゃねーよな??  『あの子は少しばかり特殊な生い立ちをしておりまして……』  ふむふむ。  さっき聞いたけど。  『……』  アレ? 角の生えた子どもが山ん中で保護されたんだろ?  そいつが竜になってありがてえありがてえって崇め奉られて色々あってなんちゃらって話だよな。  まあ良いや。  私は知っていますとか言ってたあたりまで倍速再生でいーから早よ進めてもろて?  『……えーと……何で?』  こっちが聞きてーわ!  つーかやっぱし俺の心の声ダダ漏れだったんかーい!  あ、もしかしてもー一回(いっかい)やり直して角が抜け落ちましたって話に変更しよーとしてたんか?  『何で過去形!? しかも考えが読まれている!?』  だからこっちが聞きてーんだっつってんだろ。  続きはよ、ホレ、ホレ。  『ハッ……これはまさか……死に戻りッ……!?』  はぁ? 何でそーなるんじゃい!  つーかもう新しい要素詰め込むのヤメロっちゅーに!  ていうより今死に戻りって完全に俺のこと指して言ってただろ!  一体どーゆーコトだ?    『あ、あれ……やっぱり何かおかしい……?』  あー、完全にフリーズしてますねー。  で、どーゆーコトなんですかねー。 * ◇ ◇ ◇  おかしいって何だよおかしいってよ。  ホントはこんな筈じゃなかったのにーってか?  ホントはどーなる筈だったんだ?  『ま、待った!』  待つも何も動けねーんですが?  『あっそーか。じゃあ改めて……』  イヤ改めんなよ! どーせ結果は同じだろーがよ!  それよか結局ここは……さっきの棺桶の中なのか?  それかさっきのお子様が言ってた腹ん中って奴?  『棺桶……? あの、何のことでしょうか?  それにお子様? お腹の中……?』  あー、棺桶ってのはあくまで俺の主観だからな。  真っ暗な場所でなんかガキっぽい口調のよく分からん奴に捕まって棺桶みてーなハコに閉じ込められたんだよ。  んで気が付いたら彫像になっててあんたらが目の前にいたって寸法だ。  そこら辺のことはどこまで分かってるんだ?  『気が付いたら彫像になっていた、と?』  彫像になったのか彫像を通してここが見えてるだけなのかはイマイチ分からんけどそんな感じだな。  『そしてきっかけは子供の様な口調の何者かに捕まったことだと……』  ああ、直前の状況としちゃあその通りだな。  『まず、こっちから見るとあなたはいつの間にかそこにいた……そんな感じで見えています』  ん? さっきと話し方のノリが随分と違うな?  『ああ、さっきのはお芝居ですよ。ロールプレイです』  芝居だぁ?  一体何でまた……つーかさっきやり直ししよーとしたときにもっとおっさん臭い感じで悪態ついてなかったか?  それが素なんじゃねーの?  『えー、そのですね。子供の様な口調の誰か……というのはうちの子なんじゃないかと思うんですよねぇ』  え? アレが?  そもそもさっきまでのアレは本当にあった出来事なのか?  真っ暗闇でブヨブヨした肉塊みてーなのがうごめいてるんだぞ。    『そうてすねぇ、あの子ったら我は混沌を司る邪神の眷族なりィ、なんて言ってましたが』  いや、冗談じゃねーって。  ってまさかのマジなのか?  『はい、女神様がお隠れになったこの地にはもう秩序なんてものは無いんです。  光は失われ形あるモノはことごとくその姿を失いました』  だけど今、ここは明るい……?  『そうです。どういう訳かある日突然、この場所はかつての姿を取り戻したんです。  そのとき何も無い筈の台座にあなたのお姿が……』  えー、俺何も関係ねーんすけどぉ?  『関係無くは無いでしょう、だってタイミングドンピシャでしたし。  ねえ、あなた女神様かその関係者なんでしょ?  どうして突然ここに現れたの?』  こっちが知りてーわ!  ってそーいえば一瞬だけここみてーに明るい場所に出たことがあったな。  うーむ……何で真っ暗になったんだっけか……  思い出せんな……何かテキトーにウロウロしてたらイキナリ真っ暗になったんだっけか……?  『ほら、やっぱり女神様のお導きなんですよ!』  知らんちゅーに。第一女神様のお導きで真っ暗な場所に落っこちたり股間を強打したりするかっちゅーの。  『こ、股間を強打……一体何が!?』  そーだ、その強打した場所ってここそっくりな場所だった筈なんだよな。真っ暗でよく見えんかったけど。  そっくりっつっても真っ暗だったし90度横倒しだったしなあ。  『横倒し? この場所が?』  ああ、それでこの中庭っぽいところに落っこちて彫像……今の俺みてーなやつの顔面にお股が引っ掛かったんだよ。  『が、顔面に……?  その彫像はあなた自身だったんじゃ……自分の顔面に自分の股間を強打……?』  何かあらぬ誤解を受けとるよーな気もするが……  その彫像も確かにしゃべるやつだったな。  そいつがナントカなのじゃって言うやつその2だった訳だが。  『その1がいるんだ!?』  えー加減俺のお股の心配をしてほしーんだが……  つーかコイツマジメに受け答えする気一切ねーな?  『失礼な! 私はいつだって大マジメですよ!』  んじゃー脱線もここまでにして本題に戻るぜ。  さっきの子供はどこ行った?  『さっきの子供……子供? ああ、その子は本当はいないんですよ』  何だ?  何で途中からやり直そうとした?    『さっきの子供なら……それは私です!  何かダメな感じになって来たのでやり直しました!』  ウソつけ!  アンタはその子に先生って呼ばれてただろーがよ!  『いーえ、私のひとり芝居です!』  えーウソだろ絶対によォ。  『本当です!』  どうあっても認めねーってか。  クッソぉ話が進まねーなオイ。  仕方ねえ……んじゃさっき“ソレはウチの子だと思います”って言ってた方は?  『巨大な肉塊ですよね、間違いないです』  ソッチは積極的に肯定すんのかよ。  『ウチはそーゆーのばっかなんで』  そーゆーのばっかって……ここってそーゆー場所なのか。  じゃあやっぱここってソイツの腹ん中なんじゃねーの?    『そのお腹の中っていう話はどっから湧いて出たんでしょうか?』  イヤさっきいっぺん聞いたじゃねーか。  大丈夫かコイツ。  『さっきからコイツコイツと言ってますがソレって私のことで合ってますよね?』  えーと……俺今何人としゃべってた?  『三人ですよー』  ウソつけ! * ◇ ◇ ◇  『ウソじゃないですって』  じゃあ証拠はあるんか証拠は。  『証拠というと……』  フツーに目の前に三人そろえて見せりゃいーだけだろ。  さっきの子はどーしたよ。    『だからそれは私のひとり芝居なんですってば』  さっきの子の他にもう二人いるんか。  しかももう俺と会話してると。  となるとそのワタシってゆーのも怪しいモンだな。  ひとり芝居だって言ってるのは全部同じ奴だってことになるんかねー。  『いーえ、別の私ですよ?』  んじゃ結局何人いるんじゃい!  『だから三人ですって』  だーっ、もーどーでもえーわ!  腹ん中って話がその肉塊ヤローの腹ん中って話はどーなんじゃい!  『その話はどこから出て来たんです?』  またかよ!  そんで都合が悪くったらやり直すんだろ。  もう無限ループじゃねーか!  つーかもーこんなんやめちまえ!  『どこから——』  うるせえ! チェンジだコノヤロー!  ………  …  ……アレ?  おーい。  おーいってば。  『——出て来たのかとお聞きしているのにどうしてお答えいただくことが出来ないのですか?』  何だ? 今の間は。  やらかしちまったかと思ったじゃねーか……ん?  『? 何でしょうか?』  あーいや、何でもねーよ。  それよかな、その腹ん中って話の出どころはそのお子様なんだがなあ。  それがアンタのひとり芝居なんだってんなら自作自演じゃねーか。  『失礼、自作自演とは?  なぜ私がひとり芝居で子供の真似などしなければいけないのでしょうか。  合理性に欠け、理解に苦しみます』  えー、何だコレぇ……  三人いる証拠を出せって言ったのは俺だけどよォ……  『三人、とは?  あなたのお話は支離滅裂で意味が分からないのですが』  連続性があるよーでねぇってか。  やっぱさっき妙な間が開いたとこで入れ替わったんか。  しゃべり方に違和感があるしこりゃ確かに同じ奴じゃねーな。  それに当の本人に入れ替わった自覚がねーのか……?  『入れ替わった? 妙な間? それに自覚が無いとは……?』  やっぱこりゃ互いに目の前の相手が入れ替わってる感があるな。  それもいつの間にか、だ。  出たり入ったりしてたさっきの子供に関しちゃ大分ズレがあるな?  『子供……それに人が出入りする様な建物……? ここには子供などいませんし人が入れる様な建物はありませんが……  それに妙な間があった、と言いましたが私にはそのような違和感は感じられませんでした。  そうですね……入れ替わっていたのはきっとあなたの方なのでしょう。  そう仮定すると納得が行きます』  俺の方が……? しかも建物が無え?  クソ……固定ポーズのせいで周囲を見渡せねえのがもどかしいぜ。  しかし部分的に会話は成立してたが……?  そもそも都合が悪くなってリセットみてーなことしてなかったか?  その時俺はどうなった?  『リセット? そのリセットとはやり直しの様なものと捉えても?』  まあその通りなんだがな、聞いての通り俺の感覚じゃあくまでも“みてーなこと”だ。  いきなり乱暴な言葉づかいの奴が出て来た……いや、そんな人格の奴に入れ替わったのかもしれんけど……とにかくその瞬間に場面が数分前に戻ったんだよ。  『時間が戻った……?  魔法じゃあるまいしそんなことが人為的に起こり得るのかしら……』  あー、まあそもそも目の前の俺が何なのかをご説明願いたいとこなんだがな。  『暗闇の中で大きな肉塊に捕らえられて棺桶の様なものに押し込められた、その後気付いたら彫像としてここに立っていた……これで合っていますか?』  おう、それは合ってるぜ。  肉塊ってとこも共通項なのか?  さっきまでのアンタは“うちの子”だなんて言ってたが。  『いえ、その認識は無いですね……少なくとも私の目の前にある非科学的なもの、それはあなたの存在をおいて他に無いのですから』  待て、今“非科学的”、と言ったな?  ここじゃ科学って概念が存在すんのか。  『それは暗に私が迷信に生きる無知蒙昧(もうまい)な原始人だと、そう思っていたと言っているのですか?』  あー悪ぃ、他意はねーんだ。  だがな、今ので決定的になったぜ……  俺はさっきまでその原始的な概念が支配するとこに立ってたみてーだ。  何せくだんの子供ってのが頭に角の生えた魔族だってんだからな。  『魔族……? それは空想の世界の話なのでは……?』  さあな、それは分からんけど今目の前で起きてることを科学的に説明出来るか?  出来ねーだろ?  コイツはオカルトなのか何なのかって話だ。  『何か未知の科学現象……?』  そりゃどんな現象だ?  さっきまで俺はフツーのオッサンだったんだぜ。  こんなときに隣の奥さんならどう分析したかね……  『お隣さん、ですか?』  あ、いけね。その人はアンタとは面識の無え人物だったぜ。  俺ん家の隣に住んでた学校の先生でな、アタマの回転が滅法早くてこういうときは頼りになったんだがなぁ……  『そ、その……お隣さんというのはもしや……』  もしや?  『私のことでは?』  はい?  『えぇと……そういう大事なことはもっと早めに言っていただかないと』  えー、その前に肉塊とかお子様とかは……?  『ウチの子のことですか?』  やっぱ“ウチの子”なのか……  話の流れからしてどっちが“ウチの子”かっつったら一択だよなぁ。 * ◇ ◇ ◇  『一択、ですか。まずその“肉塊”、という方は間違いありませんね。その様な異形はうちの子をおいて他にありませんから』  異形……異形って認識なのか、やっぱし。  『そうですね……私たちの常識に照らせば正に異形、ということになるでしょう』  そのワタシタチってのには俺も含まれてんのかね。  『ええ。あなたと私、その様な意図を持って明確に発言しましたよ』  ナルホド……お隣さん、てキーワードに反応したってことはホントに隣の奥さん?  じゃあここはあの山奥にある廃墟なのか……?  そこんとこどーなんだろ。  『廃墟……?  いえ、確かにここはもう、その……廃棄されますし、明日には廃墟と化す訳ですが……なぜそれを……?』  あ、えーと……何だかな。  トシは聞いたことねーけど隣の奥さんは多分俺と同世代だよな……?  俺がガキの時分に散々イタズラしに来てた場所ではあるが……その後ここに就職してたとか……?  いや待て、アレは山ん中なんかじゃなかったな。  いや、しかし……定食屋が高校生のときに数学教わってたって言ってたくれーだしなぁ……そこは一致すんのかぁ。  うーむ、イマイチ分かんねーなコレ。  仮にアンタが隣の奥さんと同一人物だとして、本物は別にいるだろ、そこんとこどーなんだ?  『ちょっと待ってください……そんなに一度に言われてもまとめてお答えすることは出来ませんから』  あ、ああ、そーだな。  物言いがホントに隣の奥さんみてーだな。  ホントのお隣さんはもっと年食ってるけど。  『あ、そうなんですね。失礼ですが今おいくつなんでしょうか?』  還暦だぜ!  『なるほど。私と同世代とすると……約三十年後、ということですか。  それと定食屋さん、というのはうちのお隣さんのことかと思いましたが……そうすると先ほどの話と齟齬(そご)が生じますね。  あなたのお家がうちの隣だというお話と、です』  ほーん。ナルホドねぇ。  あ、定番の質問忘れてたぜ。今何年?  『2012年ですね』  おお、久々のマトモな答え……!  『まとも? 定番の質問で、それも久々?  あの、色々とご質問をいただいているところなのですが、今までの“おかしな回答”はどういった傾向のものがあったのですか?』  “1989年5月4日”ってのが多かったな。  そういや……山奥の廃墟の中は1989年で時間が止まってるみてーな有様だったな……  『1989年、ですか。それはおかしいですね。  先ほどお話したと思いますがこの施設は明日閉鎖され、恐らくはすぐに爆破解体されるのではないかと思います』  爆破解体、それが2012年の出来事なのか。  ならあの日からまだ二十年ちょいの時間があることになるな。  じゃああの出来事の後、皆はどーなったんだ?  俺はあの事件をきっかけにあそこから引き離されちまったからな。  1989年のいつだったか……クソ、やたら蒸し暑い日だったってことくれーしか思い出せねえ。  とにかくその日に俺はメインフレームのコンセントを引っこ抜くって大事件を起こしちまって……その日を境に親父が行方をくらましたんだ……  『さあ……そんな出来事があれば記録に残っている筈ですが……それに1989年といえばまだ小学生じゃありませんか。  小学生がここに出入りしていたなんてお話はそれこそ聞いたことがありません。  ここは子供どころか大人だってそう簡単に出入りは出来ないんですよ?』  じゃあここはそんなコートームケーはミジンもありえねえ場所だって言い切れるのか?  それに……  『うちの隣に誰が住んでいるか、という部分での食い違いに対して何か納得している風でしたね?』  ああ、そーだぜ。  なんでか分からねえが俺はその食い違いが分かる場面に以前にも出くわしたことがあるんだ。  『それは、今こうしているのと同じ様な状況で、ということでしょうか?』  そうだな、似てるけどちょっと違うな。  そのときは一方的に記録を見せられてる感じだった。  何がきっかけかは分からねえが……誰かが意図的に見せた、と考えるのが妥当なんだろーな。  『誰かが、意図的に……?』  そもそも今俺とアンタがこうやって会話してることにどんな意味があるんだろーな?  そのあたり、結構大事なんじゃないかと思うぜ。  『そうですね、あなたと私は元々お隣同士縁があったみたいですが……この廃棄目前の施設においてなぜこの様な非科学的な出会いがもたらされたのか……  先ほどの疑問、視点を変えると今の時代のあなたと私がもし会っていたら……その様な仮定にも考えが及びます。  その事自体にも何か意味がありそうですしね』  お、おう。  しかしさっきまでどっか別世界みてーなとこにいたと思ったら何でまた俺が知ってる場所に変わったんだ?  しかもほとんど見た目が同じってのも合点がいかねーぞ。  似て非なる場所を延々と見せられてる、俺の感覚じゃずっとそんな感じだ。  しかもそれぞれの場所にアンタの様な住人がいるときた。    『その件について考察するにはいささか情報が足りませんね……  それを論ずるにはまずあなたがどうやってここにたどり着いたのか、それを振り返るのが有効なのではないかと』  ナルホド、ちっとばかし話が長くなるけど良いかね?  『ええ、まだ時間はありますし。  それで先の“お子様”の方なのですが……』  あー、俺が思ってる子とは別人だな、何せ三十年前だ。  ちっと前までそこにいた奴は自分のひとり芝居だ、なんて言ってたが……  『それは分かりませんね。あなたの目の前の存在がその方から私にいきなり変わったのだって何者かの関与があるのでしょう。  この状況自体、そうと考えなければ納得が行かない部分もありますし』  じゃあ今俺の頭ん中がダダ漏れなのはどーいったカラクリなんだ?  何で逆は成立しねーんだ?  それも同じだってか……?  『まあ、まずは順を追って話しましょう。  聞かせていただけていない情報は山ほどありますから』  ああ、まあ分かったぜ、改めてな。  しかしここまで事情に詳しいとなるとあの声の主っつーかワンコのご主人サマとも何か関係があったりするんじゃねーか?  あ、ワンコっつっても分かんねーのか。  『何でしょうか……一部聞き取れない部分がありましたが』  ん? 全部ダダ漏れって訳じゃねーのか?  『ただ気付かなかっただけで、ここまでの会話の中にもそういった部分があったのでしょうか?』  どーいったカラクリなんだ?  ますます分からんよーになって来やがったぜ。 * ◇ ◇ ◇  一部聞き取れない部分があったってのはどーいった状況だ?  例えばノイズか乗ってて聞こえにくいとか電話が遠い感じだとか。  『一部の単語が聞き取れません。  言い換えればあるキーワードにマスクがかけられている状態ですね。  明らかに何者かの作為を感じます』  そうか……ただまあ残念だが真偽のほどを確かめる手段がねーんだよなあ。  『私が嘘を言っていると?』  いや、そういう訳じゃねーんだけどよ。  今のセリフがその何者かに言わされたって可能性もあるからな。  『つまり過去に同じ様なことがあった、と捉えて良いのですか?』    さて、分からんな。  取り敢えずソノ話題はもう止めだな。  『その話題?』  疑問形で言われてもなあ……コレってソレとかアレって言わねーとピーされちまうんじゃね?  『それではマスクされているのと大差無いのでは?』  だからもう止めだって言ったんだけど。  『ああ、そうでした。じゃあお子様の方のお話をしましょうか』  何か心当たりがあるんならな。  『そうですね……この施設にお子様連れで来ていた者はいますので、外見的な特徴的などが分かればもしかしたら、というのはあります』    何だ、じゃあお子様が侵入してイタズラしちまう可能性はあるんじゃねーか。  『いえ、そこは区画がきっちり分かれていますので』  保育所的なやつか。  なら親も出入り出来るんじゃねーのか……?  まあ良い、外見的な特徴はな……2、3歳の女の子、かね。  ちびっ子だから性別は外れかもしんねーけど。  肩くらいまで伸ばした赤い髪の子だったか。  ちなみに俺も赤毛なんだよな、珍しがられるけど。  『ああ、赤毛の女の子ですか。そういう子ならいますよ。  うちの職員の娘さんです』  ん? てことは親も赤毛?  母さんの他にも赤毛の人物がいたんか。  『お母様もここで? ということは相当昔のお話ですね』  ああ、俺が生まれてすぐ死んじまったけどな、ここで働いてて親父と出会ったんだよ。  『ということは幼くして天涯孤独の身に……?』  そうだな、まわりの助けもあって何の不自由も無くやってこれた訳なんだがな……  『そのお父様が行方不明になるきっかけとなった出来事が本当にあったことなのかどうか、ここでは怪しいと。  そしてそもそも論になるのですが——』  まあ俺の人生もここじゃ相当違ったもんになってないとおかしいって話になるよな。  だったら後で俺を呼んでもらうかね、携帯か何かでさ。  そんなら話が早えーだろ。  って今はその赤毛の子の話だったぜ。  『ま、まあそちらはそちらでとても興味深いので後で考えましょう。  まずはその子のご両親のお話でしたね』  おう、赤毛の日本人なんて滅多にいねーからな。  ひょっとしたら俺の関係者なんじゃねーか?  『そうですね……まず、その子のお父上は赤毛の外国人でした。国籍は分かりませんでしたがアメリカあたりですかね。  日本語は余り得意じゃない様で、カタコトでしたよ。  そんな方が、知人にいたりしますか?』  何でアメリカなのかは置いとくとしてカタコトの日本語か……  あのイタ電の主くれーしか思い浮かばねーな。  流石に違うだろーけど。  『イタ電、とは?』  いや、ウチに変なイタズラ電話を掛けて来る奴がいてな……  面識はねーんだが何の理由でそんなことして来んのかが全く分からなくてな……  『面識も無いのに、ですか。  それは何と言うか……すごくあなたの関係者っぽいですね』  だよなあ。でも逆に言うとそこしか一致するとこがねーんだよな。  会ったこともねーから髪の色も当然知らねーし。  『他に心当たりは無いのですね?』  ああ、ねーな。  あ、そーいや年代は違げーけど赤い髪の人物はもう一人いたな。  まあカンケーねーだろーけど。  『一応伺わせていただいても?』  どんな奴かは良く知らんけど、女子高生のカッコでこの辺をうろついてたんだぜ。  『女子高生の格好?』  ホントのとこはもう三十路だって話なんだがな、チカン冤罪で警察沙汰を起こして警察署でカツ丼だけ食って帰るよーな奴なんだ。  笑っちまうだろ。  ついでに言うと二人組の男の子分を引き連れて姐さんなんて呼ばれてたなぁ。  『あの、三十路なんだったら例の子と大体同世代ですよね?』  えぇ……いくら何でもそりゃねーんじゃねーか? * ◇ ◇ ◇  なあ、待ってくれよ。俺の思い出とアンタの話には一致しねー部分も多いだろ。  その子とコスプレおばさんが同一人物とか決め付けんのはちっとばかし気がはえーんじゃねーのか?  第一その子の父親がイタ電の犯人かどーかってことだってまだ分かんねーんだ。  共通項がカタコトの日本語だってことだけじゃ何も確定的なことは言えねーだろ。  だいいち三十年前がカタコトなだけであって、俺の時代にゃすっかりペラペラになってるかもしれねーし。  『そうですね……私としたことが』  つーかコレ、本人連れて来りゃ解決なんじゃね?  そこんとこどーなんだ?  『あー、えぇと……ちょっと難しいです』  ん?  今ここにいねーパターンか……それか勤務中だからダメとか?  そーいやここが明日解体されるってことは、ここにあった諸々もとっくに新しい場所に移転してんのか。  あーなるほど、スマンねー。  俺とっくにリタイアした身だからそーゆーの疎くてさー。  『ノリ軽ぅ!?』  んで、ココは明日にゃ発破かけられてドカーンと吹っ飛ぶ運命にあるんだろ?  俺もろともな!  『え、もちろんあなたは持って帰りますよ。  だって、こんな珍品置いて行く訳ないじゃないですか』  はい?  『明日上にかけあってあなたを運び出してもらいます』  俺はお宝かよ。  鑑定したって二束三文だろ。  つーかむしろお祓いとかされて埋められちまうんじゃねーか?  持ち出すんならもっと他にあんだろ、メインフレームとかさ。  『メインフレーム……』  あ、さすがにとっくに撤去されてるか。  何せ2012年だもんなー。  もうその辺のスマホの方がよっぽど高性能になってるだろーしさ、ノーパソでも500ギガとか当たり前になってたもんなー。  『あ、えぇと……ですね』  何でぇ、急にかしこまってよ。  『そのメインフレームはまだそこにあります。  そこ、というのは隣の事務所の建屋です』  エェ……それマジで言ってる?  隣の建屋っていったらまるっきり元の場所じゃねーか。  『ええ、何しろここが処分されることになった原因そのものなのですから……』  はい?  『その様子だと何があったのかはご存知なかったのでしょうか?』  その前に……処分て何だ?  そういや爆破解体ってどういうことだ?  ここは廃墟になってマシン室は血塗れのまま放置されていた筈だぞ。  それにメインフレームだってそのまんま残ってた筈だ。  やっぱ俺が知ってるあの廃墟とは違うのか……?  『……それが三十年後のこの場所? 血塗れのまま?  マシン室もそのまま……?  じゃああの子は……』  “あの子”? さっき言ってた女の子か?  『いえ……あなたが“肉塊”と言っていた子の方です……  この町もろともあのマシン室を吹き飛ばす筈が……何が起きたのでしょうか……』  エッ!?  今なんかスゲー物騒なことつぶやいてなかったか?    いや待てよ?  あの場所には確かに瓦礫の山しかなかった。  規模は分からんけど建屋が吹っ飛ぶような何かは確かにあったんだ。  だが……あれは俺の思い出の場所とは何か違う感じだったよな……  『待ってください。話が見えなくなってきました。  結局この場所はどうなったんですか?  確かに破壊されたのか、もしくは……』  ああ、済まねえ……その辺がどうもあいまいなんだ……  俺は……どうやってあの廃墟にたどり着いた……?  『あの、ここはそんな迷うような場所ではない筈ですが……?』  そんな筈はねーだろ、ここは車で小一時間かかってようやく着く様な森深い山ん中にある筈だぞ。  それが何で……  『いえ、ここはこの施設を中心に発展して来た町ですよ?  森の中どころかここがまさに町の中心でしょう。  住んでいる人たちも皆関係者ばかり……町そのものが施設のために作られた様なものです。  だからこそ今はもう住む人もないゴーストタウンと化している話なのですが……』  そうだ……確かに俺がガキの時分は学校帰りに寄れるくらいの近場にあった。  それが何でこんな思い違いを……?  いや、あの事件の後だ……あの後俺はどんな人生を送って来た……?  引っ越しなんかしてねえ……俺は親父と暮らしていた場所にそのまま住んでいた。  相続だってしたし結婚して息子も……!    『あの……大丈夫ですか?』  お、おう。スマンな、俺としたことが……  『ふふ、さっきと逆ですね……』  そーだな、だがまあ薄々は分かっちゃいたことなんだ。  それでも何がホントで何がウソなのか……自分じゃ気付けねえ部分もある。  今みてーに誰か、ある程度経験を共有する奴でもいりゃあそれを知ることも出来たんだろーがなあ。  『ですが実に興味深いですね。  ちょっと話した程度で齟齬(ソゴ)が明確になる程の記憶の矛盾になぜ気付かなかったのか……  まあ、これが恣意的なことなのか否かと問うならば否定は100%有り得ないのでしょうけど。  あなたにはきっと、ひとりぼっちにしておかなければいけない何かがあったんでしょうね』  ひとりぼっちにしとかねーといけねえ何か……?  『今のあなたはそんな姿ですし、先ほどのアレもありますし』  アレ?  『そうです、アレです』  ナルホド、アレね……アレ……  『思い出せませんか? アレですよ、アレ』  ちっと待て、アレといったらソレだろ、アレをソレして……  『すみません、もう分かりましたのでそのお話はここまでにしましょう』  あ、ああ……確かにナルホドだな……?  で……何だっけ?  『まず、あの子……“肉塊”の話です』  あ、ああ。“あの子はうちの子”だ、……アンタがそう言ってたのは覚えてるぜ。  『あの子は、私の……双子の妹なんです』  妹……?  話した感じだと……いや、こことさっきの場所は違う筈だし…アレは……  『話した? 今、話したと言いましたか!?』  ああ、ただ……今事務所にいる妹さんとは何か別の存在、かもな。  『別な存在……?』  まずな、初めにも言った事たけどここに来る前にも似た様なやり取りをしたてたんだよ。  “うちの子”ってとこまでしか聞けかったけどな。  『でも……その話の相手は私ではありませんよね』  さあ、どうだろーな。  だがよ、顔も背格好も声も髪型もアンタと全く同じだったんだぜ。  『え……私と同じ顔、同じ声……?』  そういや服装だけは違ってたな。同じ黒系統だけど向こうは司祭か何かみてーな格好だったな。  多分共通してんのはこの中庭だけで何か別の……そうだな、多分宗教的な施設みてーだったぜ。  時系列だって違うかもしれねーしな。  『私と……何か関係のある人物なんでしょうか』  まあ無関係だって言うのは無理があるだろーな。  それにもうひとつ、見た目はそのままで中身が何回か入れ替わったんじゃねーかって場面があったんだぜ。  『私の姿で、ですか? ……ああ、なるほど。  それで先のやり取りに繋がる訳ですね、納得が行きました。  それにしても何か不愉快な感じですね、とても』  んで、そんな場所に行く前にいちど話したっつーかガッツリ接触した相手がその“肉塊”クンなんだわ。  『そうして棺桶に放り込まれて気が付いたらここにいた、という話に繋がる訳ですか』  ああ、ホントに話が長くなっちまったがようやくコトのテンマツが伝えられたぜ。  『ですがもうひとつ分からないことが……あなたがこちらに来る前に私と話をしていたのは誰なんでしょう?』  あ、そーか。  なんか話に連続性があるよーで無いとか、そんな感じだったんだよな。  ソイツは全く分からねーな。  確か何か質問して別な俺? が答えをなかなか返さねーもんだからイラついてたとこだったんだよな。  何の話をしてたんだ?  『あ、えぇと……ですね、妹の話です。  あの子が動いてしゃべったりしただなんて到底信じられない話でしたから。  あれが妹だ、と明言するのは避けていましたが』  ああ、それで勢い良く食い付いて来たって訳か。  『何ともお恥ずかしい話です』  イヤ、別に恥ずかしくなんかねーだろ。  んでその話の腰を俺が折っちまった訳か。  まあまず言えんのは、今ここにいるアンタの妹さんと俺が出会った肉塊……それが同一の存在かどーかなんて考えても分からねえってことだな。  『そうですね……もしやと思っていたのですが、あなたの話を聞く限りではもう確定的……  いえ、確定的かどうかがさっぱり分からないということが確定的になった、ですね』  あまつさえ自分がホンモノの自分かどうかすら怪しいときた。  『まあ、だからこそ逆張りの仮説も持ち出すことが出来るというものなのですが』  立ち返るとやはり複数のエビデンスを照らし合わせる必要性が重要とゆー訳だ。  『ですがそれだけでは駄目ですね』  あー、しつこいけどそのココロは?  『恐らくですが、この巡り合わせは何者かによってデザインされたものなのではないでしょうか』  まあその気味の悪ィ予想はずっとついて回ってる命題だからな、同意しかねえよ。  そのストーカー野郎が何者かってことが解決出来ねぇことにはどうしようもねえっんだって話なんだがな。  じゃあどーすんだって話だ。  言っとくがさっきみてーな状況で複数のアンタとすり合わせをする、みてーなことはやってみたことあるぜ。  『……私にとってはそれが何よりの情報ですね。  その様な実験を試みることが出来る、それだけであなたという存在が極めて特殊な事例であるという証拠になります』  ここまでアレだソレだって言わずに済んでるのもひとつの証拠か。  『ええ、つまり今の話の内容は重要な部分に全くかすりもしていない、という事実関係が予想される訳ですね』  あー、やっぱそーなのかー。  そーじゃねーかとは思ってたんだがなぁ。  でだな、ここを吹っ飛ばす理由がマシン室にいるアンタの妹さんだってのは?  いくらバケモンみてーな外見だってそんだけでコロコロする理由にゃならねーだろ。  アンタだってそこんトコ納得行ってねーんだろ。  『もちろん、だってあの子はただ——』  ただ遊んでるだけだった、か?  そんなカンジだったな、確か。  どういう訳かそれがどこかで今も続いてる、それを今さっき知った訳だ。  『あ、……』  ナルホド、何だか分からんけどとにかくそれが自分のせいだとかそんな感じに思ってるカンジだな?  やっぱさっきまでひとり芝居だとかほざいてたヤツにどうにかしてもういっぺん会ってやらねーといかんのか……  『あのー』  別のアンタが“私には過去を生きた別人の記憶がある”、そう言ってたんだ。  出来るもんならそのうち聞いてやりてーぜ。ふっ。  『おーい、帰ってこーい』  おっといけねえ、スマンスマン。  『その別人の記憶というのは、別に私のものと決まった訳じゃないんじゃありませんか?』  まあな、ただ別な“肉塊”クンとの接点があって山ん中で小さな女の子を拾ったってんだから知りたくもなるんだよ。  取り敢えず後で本人たちからも話を聞きてーとこだがな、出来るんならの話だけど。  『えぇと……その……呼ぼうにも今はもうどこにもいないので……』  はい?  『あなたのお父様と一緒で、突然いなくなってしまったんです』  行方知れずに……?  そいつは親子共々ってことか?  『それだけなら良いのですが……』  何だよ、その奥歯に魚の小骨が引っかかったみてーな言い方はよ……  その“良い”ってのは一体何に対する言葉なんだ?  『ちょっと込み入った話なんですが』  あー、良いぜ。是非とも  『まずは事の発端です。  ある日、メインフレームに物理的な裏口ルートが仕込まれていることが発見されたんです』  物理的な……?  まさか……中庭まで引っ張られてた10base2ケーブルだったりとか……?  『えっ!? なぜそれを……?』  ま、まあまずはコトの経緯がソレとどう関係してたのかを知りてーぜ。  『あ、はい。ひとまず分かりました。後で聞かせてくださるんですよね?』  お、おう。モチのロンだぜ。  『分かりました。約束ですからね?  ……三年ほど前、ネットワーク通信にノイズが雑じることが多くなったので調査の手が入ったんです。  決死の調査の結果がその同軸ケーブルだったんですよ』  あー、オーディオマニアが良く気にするアレか。  んでそのケーブルが原因? それか通信ボード?  『あ、ターミネーターでした』  よく分かったなソレ。  だけどそれが何でコトの発端になるんだ……ってあの掘っ立て小屋かよ!  『な、なぜそれを……?』  あー。ちょ、ちょっと込み入ったハナシナンデスガー。  『あ、後で良いです』  つーか決死の調査って何やねん。  『え、そこですか?』  え、そーゆー反応? * ◇ ◇ ◇  『だって、建屋に近付けばどんな異変に見舞われるか分からないじゃないですか』  何じゃそりゃ。原発じゃあるめーし。  怪電波ズビズバだってか。  まあ良い、んなこた後だ後。  一個のことにこだわってちゃ(なん)にも始まらねーからな。  こりゃいちいち気にしてたらアカン奴だぜ。  『……分かりました。後で後でのオンパレードですが仕方ないですね』  後で確認出来る保証はねーんだがな、だからこそどんどん出してくべきなんだぜ。  『それは……気にしたら負けですか、そうですか……』  そうそう、気にしたら負け、気にしたら負け。  んでその決死の調査の結果の掘っ立て小屋のターミネーターからの何だって?  『ケーブルが敷設された先にその小屋を見付けた訳なのですが……  その小屋、入口が無かったんです』  入口が無え……?  んな筈はねーぞ。詰所側から入れるようになってた筈だが……  『散々調べましたが、結局入り方が分からなくてそのケーブルは撤去、小屋も解体することになったんです』  解体か……じゃあここにゃもうその小屋はねーんだな。  ナルホドどーりで……ってまだあるじゃん!  つーか入口はちゃんとあるんだけど何で分からんかったんだ?  あーいや、何十年も誰にも気付かれずに放置されてたからそれも有り得るんかね。  『えー、気にしたら負け、気にしたら負け……と。  それでですね、この話にはまだ続きがありまして』  続き? まだ小屋がそこにあんのと何か関係してんのか。  『はい。入口が無いどころか継ぎ目も無く、どうやったら解体できるのか全く分からないという状況になりました』  ゲームの破壊不能オブジェクトみてーな奴か。  ……ナルホドな。  『最後には重機まで持ち出しましたが全く歯が立たず、結局ケーブルの撤去だけにしようかという結論になりました』  まあ分かるぜ。  『はい。結論としてあれは特殊機構と同様の存在であるとみなされることになりました』  ん? そういうもんなのか?  別にその掘っ立て小屋だけじゃねーと思うけど。  つーか明日爆破解体出来ねーんじゃんか。アホやな。  『え?』  あとぶっちゃけ、俺も同じなんじゃねーかなあ。  『ええっ!?』  まあ良いや、続けよーぜ。  気にしたら負け、なんだぜ。  で、その裏口ルートのケーブルを撤去したのがどう赤毛の親子の失踪だか蒸発だかに繋がったんだ?  『蒸発……? ああ、言われてみればその線もありますか……  まあ次に行きましょう。  その赤毛の男性……父親の方が事件を起こしまして』  事件?  『はい、ケーブルを小屋の直前で切断して終端にターミネーターを取り付けたのですが』  待て、そのときネットワークはどうなった?  10base2ならシステムを止めねーと工事なんて出来ねーんじゃねーのか?  『はい。ご心配の通り、ネットワークが全てダウンしました。  ネットワークは全て無線網に切り替わっていたのですが、既存の回線に外付けのアダプタを取り付けただけのものだったので』  ほーん。既存の、ねえ。  まあ良いや。んでどうしたんだ?  『その……どこかから古びたPCとテレビを持ち込んで、切断されたケーブルを接続したんです』  は? PC? ダム端か何かってことか?  テレビってアナログテレビか。  『だむたん? 良くは分かりませんがそのPCを繋いで何かの操作をし始めました。  テレビは普通の液晶テレビでしたね。  映りはもの凄くピンボケでしたけど』  勝手に繋いでたんか?  2009年あたりだよな? どーなってんだ?  有り得ねえだろ。  セキュリティ云々以前にんなもん持ち込めねーだろ、フツーはよ。  いや、システムが昔のまんまだったらその辺もガバガバなんか……  「TSS001」とかで入れちゃうんかね。  いや、マジかー。  『えぇと、サインインには最先端の多要素認証を採用したばかりでしたが……』  その古びたPCでか? ウソくせーなあ。  聞いた限りオフコンとかワークステーションの類ですらねーんじゃね?  やっぱガバガバなんじゃねーの?  『えー、まあとにかく彼はこの中庭で何かをし始めたんです』  どんな名目で? とにかく何でンなコトが許されてんのかが気になるぜ。  システムのリカバリとかか?  『何だか良く分からなかったのですが、再起動するとか……そんな話だった気がします』  気がしますってアンタここの職員なんだろ、それとも食堂のおばちゃんとかだったんか。  隣の奥さんと同じ人だと思ってたけど違うんかね。  『おばちゃん……いえその、まあただあんなCUIなんて見たこともなかったので』  えー、2000年代だろ?  UNIX系のOSくらい大学で触ってんじゃねーの?  『いえ、ああいったものとはまた異なる画面表示が……』  まあ一品モノのメインフレームだもんな。  ってああ、済まねえ。  俺から言っといて脱線しまくりだったわ。  続けてくれや。  『えぇと……それで、メインフレームのメンテナンスなんて誰もやったことがなかったので危ない、やめろとかそういった話になったのですが……彼が“これを見れば大丈夫だ”……と言って出した資料が——』  あー、再びイヤな予感……  『? ま、まあ他の同僚もえらい剣幕でふざけんじゃねぇと迫っていたのですが……  何しろそれが“ひみつのノート”なんて子供の字で書かれた血塗れのノートだったのですから』  うげぇ、やっぱりかー!  って時系列はどーなってんだコレ。 * ◇ ◇ ◇  『時系列?  それにその反応、今の話に何か心当たりでもあるんですか?』  そのノート、もしかしなくても俺がガキの時分にここで持ち歩いてたノートに(ちげ)えねぇぞ。  どーしてソイツが持ってんのかが全くもって謎な訳だが。  『そうなんですか? なら相当に古いノートですね』  まあ今は良いや。  どーせでけーこと言っといて何かやらかしんだろ?  だってあのノートにそんな(てー)したことなんて書いた覚えはねーし。  それに日本語が不自由なのにガキの落書きを読めるなんざおかしな話だからな。  『その……あなたのノートだという資料に何が書いてあったのかは分かりませんが、“これを実行すれば復活する”と言って何かをした様なんです』  何の検証もしねーで作業するなんざエンジニアの風上にも置けねー奴だな。  しかも作業許可無しでだろ。  社会に出しちゃいけねーレベルでヤベー奴なんじゃねーか?  粗方バックアップも取ってねーんだろ。  あー分かった、いなくなったってクビになったんだな!  『そ、そうですね、ですがそのとき起きたのは誰もが思ってもいなかった現象? でした』  ナゼに疑問形?  いや、まあ気持ちは分からんでもねーが。  『ええ、その……彼は何かのコマンドを入力した様なのですが、実行キーを叩いたその瞬間……  どこからも入れない筈の小屋の中から小柄な女の子がひょっこりと顔を出したんです』  いや、小屋にゃ確かに中庭に出るためのドアが付いてた筈なんだけどな、ホンモノにはな。  つーかその女の子ってのがまさか……  『いえ、その女の子は彼のお子さんではない……多分、無関係な人……なのだと思います。  何しろ高校生位の見た目というか制服然としたブレザー姿でしたし、髪も普通の黒髪でしたから。  本当に何の脈絡も無く現れたんです。  ところで、まるでその小屋が紛い物であるかの様な言い方ですね?』  いや、壊せねえ入り口も見つからねえとか言ってる時点でおかしいだろ、そのギモンがおかしーわ!  てか現象? なのかソレ。  『やっぱり疑問形になりますよねぇ』  イヤ、そこじゃなくでさぁ……  あー、まあ良い、まあ良いだぜ。  『その子、出て来るなり「え、何?」なんて間延びした声で言ってましたから本人も訳が分かってなかったみたいなんです』  前フリが長え! 結局何がどーなった。  再起動はどーしたよ。  『あ、はい。そのときは再起動できたのかどうかは分かりませんでした』  イヤ、再起動したら端末の接続も切れるだろ。  んなコトも分からんのか。  『接続も切れる……? 接続エラーの様な……?』  そもそもその端末ってのは何だったんだ?  ホントにPCなのか?  『えぇと……キーボードと一体化した分厚いPCで、カセットテープ? と言うんですか?  そんな感じの再生装置を繋いで何かのコマンドを入力したらそれがピーガーと音を鳴らし始めて——』  あー、分かったわー。  そりゃ俺のノートもある訳だわー。  でもマジで時系列どーなってんだコレ。  まあ良いや、てことは再起動はしてねーな?  一体何をぶっ込みやがったんだ……?  今の話フツーに聞いてたけどコマンド叩いたら小屋から女の子が出て来たって何じゃそりゃだぞ。  『あの、タイミングがあまりにもドンピシャだったものですから。  それに……小屋から出て来た女の子が自分で言ったんです。  そのコマンド……何とか? を実行したから自分が呼び出された、と……』  はあ?  その子は何が何だか分かってねーって感じだったんだろ?  それが何でイキナリそんな宇宙人みてーなことしゃべり出すんだよ。  『いえ、私にも何が何だか……混乱してしまい……すみません』  あーイヤ、別にいーわ。気にしたら負けだぜ。  まあどんな状況だったのかは何となーくだが想像が付くぜ。  『いわく、リソースが揃い次第ここの特殊機構のインスタンスを起動したい、そのために来た、だとか』  “ここの”? どういうことだ?  『さあ……私には何のことやら……とにかく擬似的な特殊機構を動かすんだとか何とか……  それが何を意味するのかは分かりませんが』  “擬似的な特殊機構”だ?  『はい、その……』  しかし何でそれがOKでワンコとかご主人様がNGなんだ?  『……を再構築すると言って彼が持ち出した機器類を全部取り上げて小屋に戻って行きました』  へ? * ◇ ◇ ◇  再構築って再度構築するってコトだよな?  何を? まさかインデックスじゃねーよな。  RDBなんて高級なモン積んでねーしな。  ファイルシステムとか?  つーか取り上げたってブチブチと切り離して持ち去ったんか。  それダメなやつじゃん。  『あの』  あースマン、考えごとしとったわ……って筒抜けなんだよな。  『はい、先ほどまたよく聞き取れない箇所があったものですから』  あ、それ俺もなんだよね。  再構築するってとこの主語が分からんかった。  ちなみにそっちに聞こえてなかったのはさっきと同じ単語だぜ。  『一体、何が基準なんでしょうか……』  まあ良いや、次だ次!  『えぇ……はい、まあ分かりましたよ』  結局そっからどーなった?  まさか指をくわえて見てただけって訳じゃねーんだろ。  『彼は当然抵抗しましたね』  まわりは? 当然、ギャラリーはいたんだろ?  『いえ……あの、もうドン引きでしたよ。  ですがその後にとんでもないことに……』  何じゃそりゃ楽しそう、詳しく!  『いえ、普通につかみ合いのけんかというか、乱闘になりまして。  何だね君は、みたいな。  ちょっと偉そうなおじさんたちが寄ってたかってそこまでするかって感じで、止めに入ろうかとも思ったんですが』  入る必要が無かった、とかか?  『そのままおじさんたちをずるずると引きずりながら小屋に向かい始めました』  何そのバカヂカラ!  『おじさんたちは引きはがされてポイと投げ出されたんですが、彼は最後まで粘りまして、最後には一緒に小屋の中へ……』  掘っ立て小屋ん中に入っちまったのか。  じゃあ……  『それ以来、音信不通なんです。入ろうにも相変わらず入り口は見付からないまま、壊そうにも壊せない』  待てよ、それで良く爆破解体なんて話になったな?  『はい、何しろもう三年も前の話ですし』  アレ?  じゃあその娘さんって子の方は?  『その子も行方不明になったのですが……』  まさかとは思うけど一緒にか?  つかみ合いのけんかに参加してたなんて言わねーよな?  『はい……あ、正確には“いいえ”でしょうか……』  まさかホントに参加してたんか……?  『最近その子だけひょっこりとここにやって来まして』  二、三歳だろ? んなコトあんのかよ、母親はどーした?  『元々ひとり親だったらしく、彼が男手一つで育てていたと聞いてますが……』  じゃあその後どーやって暮らしてたってゆーんだ?    さっき間違って“はい”って言ってたのは?  『先ほど話した事の顛末を知っていたので、どこかで見ていたのかと。  それで……普通に小屋の中に入っていったんです』  なぬ? もーいっぺん聞くけど二、三歳なんだろ?  んなコトあんのかよ。  ……まあ良いや、その後は?  『……同じですね、私たちはには何も出来ませんでした』  そりゃ行方知れずっつーかそん中にこもってただけなんじゃねーか?  『ですが、その後中に入れた人は誰もいなかったんですよ』  裏側っつーか正面から出てったとかはねーのか?  『正面?』  詰所の奥の物置の中に入口がある筈なんだけどなあ、そこも見たよな、当然。  『詰所ってここからは少し離れてますが……』  位置関係的には隣接してんだろ、連絡通路の横だぜ?  『まあ、四方全部調べた訳ですが』  捜索願は? 関係者は他にもいたんだろ。  『上に握り潰されたそうですが……真偽のほどは定かではないですね』  三度(みたび)聞くけどそのココロは?  『私以外に気付いている者がいたかは分からないのですが……  その父親、赤い髪の男性職員がいつからこの施設にいたのか、それがどうもはっきりしないんです』  ソイツはアンタの先輩なのか?  『いえ、私がここに赴任したときはまだいなかったと、そう記憶しています』  女の子の母親はどうだ?  ひとり親だって話だが何か聞いてねーのか?  『全く情報なしですね……  この町の住人である以上は関係者なんでしょうが……』  その子の行方が知れねえのに俺が言うコスプレ女子(?)と同一人物かもしれねえって思ったのは何でだ?  『それこそ行方知れずになってしまった訳ですから、もしやと思っただけですよ。  そもそもが怪しかったですからね。  以前から事務所の片隅に例の古びた機材を持ち込んで何かの実験をしている様でしたし。  いわく、“メインフレームにアクセスする方法を見付けた”などと……』  事務所?  『あ、そこの事務所じゃないですよ、新しい方です。  ああ、それと……何かマニュアルの様なものもありましたね。  “大体のことはこれに書いてある”とかで……』  “新しい方”ってのはどこの話なのかは知らんけどマニュアル?  『あのノートと一緒ですが……』  あー、ハイ。あれかぁ。  『それは知ってるんですか、気にしたら負けなので事情は聞きませんが』    じゃあ聞くがさっき俺が話してたここそっくりの別な場所、そいつには心当たりはねーのか?  なんの脈絡もなくいきなりこーなったとは考えにくいだろ。  『さっきのこの出会いがデザインされたものかも、という話ですね。  残念ながら私はここ以外の場所は知らないですね。  それよりあの場所とかその場所とか、色々と知っている貴方の方が余程非科学的で不可思議な訳ですけど。  後でちゃんと聞かせてくださいよ?』  あー、まあそれまで俺がここにいりゃあな。  『それはどういった意味で……?』  俺がただの彫像に戻んのか存在が消えてなくなるか……  それか、皆まとめてキレイサッパリ消えてなくなるか……  そのどれかは分からんけどな、多分コレっていつまでも続くもんじゃねーと思うぜ。  まあその子ももうここに来ることもねー訳だろーし。  『キレイサッパリというのは?』  俺にもよく分からんけど作り物ってカンジがすんだよな、そこに人を住ませてるのが何でなのかはもっと分からんけど。  俺が来ると動き出す、んで充電? が切れると俺は放り出されてその後どーなるのかは知らん。  放り出された後は一個前の場所、とは限らんけど以前いた場所に戻ってる感じだな。  同じ場所に二回行ったってのが今まで無かったからな、消えてなくなったりしてんのかなーと。  ただキレイサッパリってのはな、俺の予想に過ぎねーんだわ。  もしかすっと今もどこかで存在してんのかもな。  『ああ、何となく分かりました。  ここは日本ではないどこか……何かのために作られたかりそめの町、働く人々もまた然り、という訳なんですね』  人が住んでたのは前にもあったけどな。  そんときはよそから連れてこられたって明確に言ってたけど、ここもそのクチなんじゃねーかなあ。  『となると私の予想はあながち間違っていないのかもしれないですね』  うーん、そーだなあ。  『世の中に非科学的で不可思議なことが本当にあるとしたら……私をここから連れ出して欲しかったですね。  是非とも、外側から観察する側になってみたいもので』  それは俺も思うぜ、何しろ誰だか分からん奴に振り回されてるだけなんだからな。  いや、気にしたら負けとか言っといて脱線し過ぎちまったぜ。  『ふふ、そうですね。話を戻しますか』  じゃあさ、そもそも何でメインフレームを再起動なんてする必要があったんだよ。  コトの発端はそこだろ?  何情報なんだソレ。  『えぇと……そのノートに書いてあったと……』  ズコー!  いや、マジでェ!? 俺んなコト書いたっけか!?  待てよ……その掘っ立て小屋って最初にちびっ子が出て来た建物と位置関係が同じだよな……  偶然か?  『ちびっ子? ああ、先程の話の子ですか』  こっから入ってあっちに出た?  イヤイヤ、んな訳ねーだろ。  『あのー、気にしたら負けですよ?』  お、おう。 * ◇ ◇ ◇  イヤしかし何の話か分かってて今の一言が出たんならてーしたモンだぜ。  『あの、話は分かるんですが話が飛躍し過ぎて……  どこをどうしたらそういった発想になるのかが理解出来ず、ついテキトー返事をしてしまいました』  あん?  ああ、玄関を一歩出たら別世界とかそーゆーのが当たりめーになってたからなあ。  だから俺の感覚がマヒしてたってだけの話なんだけど。  もうアチコチを徘徊してる怪しいジジイと変わらんよな、俺。  『何というか……早くマトモな生活に戻れると良いですね()』  それでだな、アッチとコッチの接点がどっかにあるんじゃねーかと。  そー考えたらその掘っ立て小屋が怪しいんだよなって発想になった訳だな。  そもそもの話、そのノートって俺がガキの時分にアレコレメモってた奴だってコトは間違いねーんたけどさ、何でソレがここにあったんかってのがナゾなんだよな。  だいいち、接続に使ってたPCのソフトだってカセットテープから読ましてたんだろ。  どっかから来て用が済んだからさっさと他に行ったみてーな感じに見えなくもねーよな……?  『ですがそれだと娘さんは……?  単に連れ回されていただけならかわいそうですね』  そうだな……実際の親子かはさておき……  『確かに……ひとり親で母親不在、というシチュエーションはいかにもな感じですが……』  かくいう俺の家族も孤児やら何やらの寄せ集めだったからなあ……  『それはつまり……』  考えたくはねーがガキの時分から……ヘタすると生まれる前からずっと誰かの手のひらの上って可能性もあんのか、とはちったあ思ってるとこだがな。  『まさか、今ここで自由に会話出来ているのに、ですか?』  イヤ、自由じゃねーだろ。  それに大体何で俺は今こんな状態になってんだ?  何かの呼び水にするためとか、何かあんだろ。  『例えるなら踏み台、ですか。言い方は悪いですが』  加えてそれが俺にとっちゃ30年前の話だって点もだな。  『仕掛け人みたいなのがいるんなら、そいつは高次元生命体みたいな存在なんでしょうかねえ……』  何じゃそりゃ。マンガの読み過ぎなんじゃね?  『だって、あなたの話の通りとするのならそのノートとPCは30年後から誰かが持ち込んだっていうことになりますよね。  三次元の壁を超えられなければ到底辿り着けない場所から』  確かにな……特殊機構か? うーむ。  そーいやそのノートとかPCって他の機器と一緒に元々俺のクルマに積んであったんだけど、そのクルマもどこかにあったんかね?  つーか繋ぎ方、良く分かったよなあ……とも思うけど。  『車ごと……盗難? にあったと?』  盗難……そう、文字通り盗難だな。  ある日怪しい二人組が家の前をうろついててな、何やってんだゴルァってアイサツしたらソイツらが乗り逃げしやがったんだよ。  やたらとクルマをジロジロ見て回るから何なんだコイツらはって思ったんだが……  後から聞いた話、ソイツらが例の子の子分たちだったらしーんだよな。  『なるほど、そこでさっきの話につながる訳ですか……』  盗られたのはガソリンエンジンのバンなんだがな。  まさか30年前に持って来るためにわざわざ用意させたなんてコトはねーよな……?  『それはどういった?』  EVだと持ち去った先で充電できねーこともあるんじゃねーかなと。  あ、電気自動車な。ガソリン車って今じゃほとんど生産されてねーから。  『でもそれはあなたのご趣味でもあるんですよね?  メンテナンスしていくのも大変でしょうし』  いや、まあそれはそうなんだが……  『でも何をどうしたらそんなことが出来るんでしょうか……?』  さあなあ……  強いて言うなら、やっぱ俺が住んでた町もそもそもの話かりそめの場所だったってオチを考えちまったからなんだが……  『まさかそんな……』  いや、俺自身……ガキの時分、すでに随分と特殊な境遇にあったからな……  今考えるとさもありなんて感想しかねーんだわ。  『その“さもありなん”と考えるに至った特殊な境遇というのは、最初に伺ったお父様の一件ですか』  ああ、その親父が行方知れずになったって事件がどー考えてもキナ臭えんだよなあ。  アンタが俺の言った事件を知らねえって辺りが、どうもな。 * ◇ ◇ ◇  『あなたのお父様がこちらでは今でも元気にしてるのでは、という話ですか?』  何つーか……事実関係の矛盾具合からすっとさ、こっちじゃ俺って元々いなかったんじゃねーかなってさ。  そもそもの話、親父がいたとしても多分ここじゃ働いてねーよな。  『それじゃあ例のノートは?』  いや、それを考え始めるとだな……ここがアンタが言うところのかりそめの町だって仮定、それがどういう意味を持つのかって話にもなるんじゃねーかな、と。  『うーん、今ひとつピンと来ませんねえ……  具体的にどういった仮説なんでしょうか?』  ここってさ、メインフレームがあって施設があって職員が暮らす町があるだろ。  それでいてかりそめの場所じゃねーかって疑惑があるんだ。  それはつまりこの町全体がメインフレームのための場所、言うなればマシン室の延長線上の存在だってことになるんじゃねーかなって思ったんだよ。  『町全体がマシン室の付属品の様なもの……? ああ、なるほど分かりました』  んで、ノートやら何やらはもしかすっとここが出来たとき既にあった可能性もあるんじゃねーかなってな。  『30年の時を超える、という部分についてはどう考えているのですか?』  多分、今はやっぱ2042年なんじゃねーかな。  時を超えるとかそんなのはハナっから無かった、俺はそー思うぜ。  世界はひとつ、事実もひとつ……誰かにそう言われたことがある気がするんだが……いつ、誰に言われたんだっけかなあ。  『待ってください。なら30年前だとEVの充電やメンテが出来ないのでは、という話は?』  この町全体が30年前のメインフレームにくっ付いて来た付属品……  もとい、それが町ごとコピーされたモンなら30年前の環境しかねーだろ。  町の外に出たら何がどーなってるのか想像もつかねーけど。  『それなら今ここであなたと話している私は……?』  さあなあ……ただ、アンタみてーなのには前にも会ったことがあるからな。  恐らくはその時代ごと切り取られた精巧なコピー、だったのかもしれねーな。  『しかし私は今までのここでの生活だけでなく、子供の頃からの暮らしも全て自分の経験として覚えていますよ。  そのことに関してはどう説明しますか?』  そんなん俺だって同じだぜ。  それこそ全部初めからそーだったんだって言えばそれまでなんじゃねーか。  『人生まるごと、という訳ですか。なるほど。  でもまあ、この状況だけを見て良くそこまで想像出来ますね?』  想像っつーか経験談なんだけどな。  聞いてただろ、さっきの話。  『いえ、そこは聞いてませんけど?』  いや、だから俺が住んでた町の話だって。  おまけに他の場所から来たって人たちがいてよ、同じ場所でもその人らには別の場所に見えるんだよな。  しかもだぜ、その人らにはそこにいる別の住人が見えてるってゆーんだよ。  『今度は心霊現象ですか? また話が二転三転しますね』  あースマン、脱線じゃねーんだ。  掘っ立て小屋からブレザー姿の女の子が出て来ただろ、んでその子は掘っ立て小屋のドアをフツーに開け閉めしてただろ。  そんときの状況って俺が今した話と同じだったんじゃね?  『そのとき、ここに誰かがいたか……ですか。  女の子が急に変なことをしゃべり出したのも何か関係が?』  見えねー誰かが見ててしゃべらせてたんだろ。  何かさ、勝手に動くんだよな、口が。  『そんな技術が21世紀にようやく差し掛かるかというこの時代に有る訳がありません。  それこそ心霊現象としか思えないのですが、それもばかげた話です。  目の前のあなたというエビデンスが無ければ、総じて真っ当な考えではないと一刀両断に付しているところですね』  まあそーゆー感想になるよな。  今は昭和20年だって主張する奴に会ったこともあるし、現代科学の体系とはまた別の何かなんだろーなとは思うが。  『終戦の年……? 確かにそれだけ昔の事物(じぶつ)なら少なくとも今の科学技術とは別の体系に基づく技術である、と言うことが出来るという訳ですか。  それで、あなたが会ったというその人物とこの場所で起きたことにどんな関係性があるんでしょうか?』  確か3月だって言ってたから終戦まで半年ねーくれーのタイミングだな。  関係あるかねーかで言ったら何がしかの関係はあるんだろーな。  ちっとばかし長くなるからそれは後にしてだな……  もとの話に立ち返って、その赤毛のオッサンと娘さんがどこから来てどこへ消えたのかを考えよーぜ。  『えぇ……まあ、分かりました。  それで、先ほどの無理やりな仮定が正しかったとしてですよ。  30年前を模したこの場所で端末を引っ張り出してコマンドを叩く、その行為一体何になるっていうんでしょうか?』  そのとき突然現れたブレザー姿の女の子は“呼ばれたから来た”みてーなことを言ってたんだろ?  それはどっからだ?  少なくともここ以外のどっか別の場所、それは間違いねーだろ。  そいつとは全くの初対面だったのか?    『ええ、少なくともここの関係者ではないと思いますね、誰とも面識はありませんでしたから』  だよな。それなら、かりそめの場所と他のかりそめの場所の間を行き来出来る、そういう可能性もあるんじゃねーかな。  あるいは……  『他にも何か……?』  かりそめの場所を抜け出して現実世界に行く、とかだな。  もしかしたらアンタもそこから抜け出して現実の世界に行けるんじゃねーのか?  『あの、すみません。今何と?』  ぬ? どの部分だ?  『あの、全体的にモヤがかかった感じで』  あー、ナルホド。  つーか今のスゲーヒントじゃね?  何つーか決定的?  特殊機構ってのはつまりそういうことをするための装置なんじゃねーか?  てかもしかしなくてもそうあってほしいんだがなあ。  『あの……何も聞こえませんが……』  あ、終わりか? それとも……  オイ、試してみてえことがあるんだ!  『……』  ダメだ、聞こえてねえ。  もうすぐタイムリミット的なヤツが来るってか。  発声するっつっても物理的に無理だよなあ。  もう少し話してーこともあったんだがなあ。  例えばさ、例の肉塊がアンタの妹って話とかな。  それにアンタがホントは誰なのかってこともスゲー気になってたんだぜ?  『……』  やっぱ聞こえてねーか。  あー、何とか  えぇい、ダメ元だぜ!  【あ゙、あ゙、あ゙ー】  『! 今のは!?』  おう、やってみるもんだぜ!    【あ゙、あ゙あ゙……】  ダメだ、あ゙ーしか出ねえ……  『な、何か私に伝えようとして……?』  えぇい、こなくそぉ()  【んごごごごご……】  『あっ、何を!?』  うお、何か動いたぜ!  やっぱ最後にモノを言うのは根性だわー。  よっしゃ、もーひと息……ぬおおおお!  【ぷ】  『……へ?』  イヤ違う!  今のは断じてオナラなんかじゃねーからな!  イキんでたのは確かだけど! * ◇ ◇ ◇    『い、今のは……』  オナラじゃねえ!  オナラじゃねーんだ、うおー!  ……じゃなくてえ!  もーいっぺん行ってみっか!?  よっしゃ! やるぜ!  ………えーと、何だっけ?  アカン、オナラ……いや、決してオナラじゃねーけどそのオナラのよーなナニカのせいで何がしたかったんか忘れちまったぜい!  まあ良いや、取り敢えず動けぇ!  何するかは動いてから決めるぜぃ!  ぬおおおおお!  【ぬおおお!】  『ひぇ!?』  【うごあああああ!】  『うひゃああああ!?』  【ぬおおおおおりゃあ!】  『す、すいません』  【うごああああああああ!】  『あのー』  【うおおおおお!】  『いつまでやっとんじゃワレぇ!』  スパーン!  【はっ!?】  『あ、あらすみません。私としたことが。オホホ……』  【いやーこっちこそスマン、俺としたことがとんだ字数稼ぎだったぜ】  『はい?』  【ハッ! 今誰かにしゃべらされてたんかぁッ!?】  なーんちってぇ!  イヤ、考えるだけで伝わるってスゲーイヤな状態から抜け出せたのは良いんだけどコレ、一体全体どーいった状況なんだべ。  見たとこ別な場所に飛ばされたって感じでもねーしな。  『何だ、ヨソ見かよ。随分と余裕ぶっこいてんなァなオイ』  やっぱ飛ばされてたァ!?  ……イヤ、景色は変わってねーぞ?  つーことは音だけ……?  『何ですか?』  『何でェ音が何だっつーんだ、よっとォ!』  何じゃこりゃ、メッチャややこしーな!  『ええぃ、マジメに戦いやがれ! それにその変な口調は何だ! イヤ、むしろ元の方が変だけど!』  【俺らには見えてねーけど別の誰かがいるな】  『え……それは先ほどの話の……』  【イヤ、全く関係無さそーな誰かだ。しかもどーゆー訳かバトってる最中らしい】   『らしいって……まるで他人ごとですね』  【だって実際体動かしてねーし相手も見えねーからな】  『それは何らかの記録が再生されていると考えるべきなのでは』  【さっきと一緒で念じるとそれが会話として相手に通じるらしーんだわ、これが】  『そういえば今は彫像がしゃべっている声が聞こえますね』  【だろ?】  『それにちょっと動いてませんか?』  【お、分かった? メッチャ踏ん張ったんだぜ?】  『聞いてんのかよ、オイ!』  うるせえ! 誰だか知らんがこちとら忙しーんだよ!  勝手にやってろ!  『何だと!? そっちがその気なら……ぬおっ、危ねえ!?』  【いやー何か分からんけど助かったわー】   『今度は何ですか?』  【またソッチの話なんだけどさ、何かコッチが優勢……みてーな?】  『そっちこっちとややこしいですねえ』  【いやマジで邪魔でしかねえんだけどな】  『何を言っている!?』  知らんわ!  『ふざけんな! ッどりゃあ!』  『あっ……』  お、おろ?  『手こずらせやがって、この……』  俺、何かナナメ下にメッチャ移動っつーかスライドしてる?  ……ス、ズン。  『だ、大丈夫……じゃ、ないですよね……?』  アレ?  目の前にあるのって……台座?  視界がまた90度真横になっとる。  水がねーけど噴水の前あたりか。  なあ、俺って今どーなってんの?  『あん? 真っ二つにされたってのにのん気なもんだな』  『……あ、あのう……?』  アレ?  台座の上にあるのって……俺っつーか……彫像の下半身?  もしかして俺、ホントに胴体の辺りで真っ二つにされた……?  ………  …  乱暴なねーちゃんは……もういねえ?  イヤ、また声が聞こえなくなっただけか……?  【ビビービビービビービビー】  『なっ!? 何でだ!?』  やっぱいたし!  つーか何だ? 俺は何もしてねーぞ。  『くっ……何でまだピンピンしてやがるんだよ!』  知るか!  『い、今の音は……?』  【オイ、俺をそこの小屋の前まで運んじゃくれねーか?】  『! は、はい……』  【ん? どーしたよ】  『お、重過ぎて無理です』  【えぇ……】  『テメェ、早く止めやがれェ』  ズガッ!  『きゃっ!?』  【うぉう!?】  何か……蹴られた?  つーかスゲーパワーだなオイ!  でもおかげで掘っ立て小屋の近くまで来れたぜ。  こんなことなら初めっから頼んどきゃ良かったなーおい!  助かったぜ、サンキューな!  『訳が分からん!』  『あいたたたた……』  【おっと、スマンスマン、俺にしがみついたまんまだった】  『だ、大丈夫です』  【ホントにか?】  『大丈夫じゃないけど大丈夫です!』  【あー何かスマンね】  『それで、次はどうするんですか?  何か実験したいことがある、なんて言ってましたけど』  【あー、そーいえば】  『えー、実は忘れてた……?』  【コホン。と、ときにそのハリセンはどっから出したん?】  『あ、いやその、いつでもツッコめる様に持ち歩いてるというか何というかですね……』  くっ……思ってたよりナナメ上を行く面白キャラだったぜ!  『何だと!? 俺のどこが面白キャラだっつーんだぁ!』  【あー、面倒臭え】  『えっ……何かゴメンナサイ?』  【イヤ、コッチの話だから】  『その、目に見えない誰か、ですか』  【まーな】  『聞いとんのかテメェ!』  【俺に触れたまんまそこのドアを開けてみちゃくれねーか?】  『こうですか?』  ガチャ。  『あっ』  【おぉ、開いたぜ!】  『な、一体何が……! 貴様、何をしたァ!』  ったく……うるせーなァ。  【でさ、俺を引きずって一緒に中に入れねえ?】  『えー、びくともしないですね』  マジかー。コイツどんだけバカヂカラなんだよオイ。  『あん?』  ムカついたんなら早く蹴飛ばせよ、ホラ!  『ンだとコラァ……テメェはこうしてやる!』  ザンッ!  【あ……】  『ひいっ』  いやー首と胴体がサヨーナラしちまったぜい!  『くっ……何でまだピンピンしてやがるんだよぉ!』  【ちょーどいーや。ホラ、コレで楽々持ち運べんだろ?】  『えぇぇ……これ、もはやホラーなのでは……』  【ホラ、早く早くぅ】  『はあ……分かりました。何かすごくヤな絵ヅラですが……』  『な……首だけが浮いた……だと? 一体何をしたキサマァ……!』  マジでおもしれーな、コイツ。  『うるせえ!』 /continue
/26ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加