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[短編]魔女様の森は[ぴー]でいっぱいです - 2022.03.07 / 18,254字
★keywords:医療情報システム 子どものお使いによる代理 直接書面 契約 要配慮個人情報 オプトアウト リフィル処方箋 にゃあにゃあ
(更新)
2022.03.07 新規
2022.03.08 誤字・脱字を修正
2022.03.11 一部改稿
2022.03.26 誤字を修正・keyword追加
2022.07.25 HAMELNに転載
2022.09.15 ダブルだれ修正 ?!→!?
2023.01.28 noteに転載(お試し、削除予定)
2023.02.12 カクヨムに転載
2023.05.10 カクヨム、HAMELN削除
2023.08.27 一部改稿、HAMELN再掲載
2023.09.06 自転車での所要時間 30分→1時間
2023.09.09 noteにも再掲
2023.09.15 小説家になろうに転載(お試し、削除予定) キーワード追加
2023.09.23 なろう公開終了
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ある日、わたしはおばあ様のお使いで北の森にやって来ました。森の魔女様からお薬をもらって帰るっていうだけの簡単なお仕事です。
本当にただのお使いなのです。
こんな退屈なお仕事、おこづかいあげるって言われてなかったら絶対にお断りしてたのです。
魔女様のお家は森の奥にぽつんと一件、ひっそりと建っています。
周りにはなーんにもありません。
コンビニおでんを買いに行くだけで片道三時間のみちのりをえっちらおっちらと歩いて行かないとならないなんて最悪ですね!
しかも冬になると雪がなんと1mも積もるそうです。
そんな不便な場所のどこがいいのかなあ?
それであるとき、お薬を売るなら街にお店を出せばいいんじゃない? って聞いてみました。そしたら返ってきた答えが『こういうのは雰囲気が大事なのよ。最近の若い子は風情ってものが分からないのねぇ』だって。
そんな下らない理由で大雪が降る山奥に引きこもってるの? ホントかなあ? 怪しい!
はっきり言って相当な変人です!
なーんてくだらないことを考えながら歩いてたからでしょうか。
ポン! ガサガサ……
「みゃあみゃあ」
「わわっ」
突然草むらから出てきたネコちゃんにびっくりして、その拍子に持っていた巾着袋を近くの池にぽっちゃーん! って落っことしてしまいました。だからちゃんとしたリュックがほしいですって言ったのに。
「ネコちゃん、急に飛び出したら危ないでしょ……あれ?」
いなくなっちゃいました。
あーあ、どうしよう……
と思ってたら急に池の水面にぶくぶくと怪しげな泡が!
これはきっとアレです! やったぁ!
ぶくぶくぶくぶく……ざざぁーっ。
な、何と、片手にきゅうりを持ったカッパさんが出てきました……
あー、何かばっちいのが出てきちゃったのです。
がっかりして思わずため息が出ちゃいました。はぁー。
わたしのリアクションを見たカッパさんは悲しそうにブクブクと池に戻っていきました。
もしかしてこのカッパさん、誰かがものを落とすまでずーっと池の中で待ってたりしたのでしょうか。えーっと、ひとりで24時間はムリだから3交代制くらいでのシフト勤務にする必要がありますね。そうすると交代をするときに日誌を渡して自分の勤務時間のできごとを共有する必要も出てきます。あと、きゅうりってやっぱりしなってきたら交換するのでしょうか。夏場は冷所保存の必要がありますね。えー……それから……土日と祝日はお休みとして……あ、年間で最低5日は有給休暇を取ってもらう必要もありますね。となるとバックアップ体制も重要です。そのためには研修プログラムとかの教育訓練体制も必要になってきます。きっと、よいカッパさんであり続けるための研鑽が見えないところで積み重ねられているに違いありません。
こうなると、カッパさんの努力を無下にしてしまったことがとてもひどいことのように思えてきました。ああ、わたしは何てひどいことをしてしまったんだろう。神様に懺悔せずにはいられません。カッパさん、ごめんなさい。
そんなことを考えていたら、また池の水面からぶくぶくと泡が立ち始めました。
今度こそアレです! きっとそうに違いありません。
コーフンのあまりカッパさんのことなんてぽーんと頭からふっ飛んでしまいました。
ぶくぶくぶくぶく……ざざぁーっ。
出てきたのは、それはそれは美しい女神様でした。
ああっ、コレです!
わたしが求めていたのはコレなのれす!
もう嬉しすぎて脳内のろれつも追いつかないほどなのれす!
あれ? ちょっと待ってください。
女神様が何か不穏な物体を手にしています。
女神様は言いました。
「あなたが落としたのはキレイなカッパさんですか? それともこちらのふつうのカッパさんですか?」
「……」
「……」
「あっ……ぁー」
……
……
ぶくぶくぶくぶく……
スベったのを察した女神様は残念そうなお顔でブクブクと池に戻っていきました。
これはぜひ、問題発生の根本原因を徹底究明したうえで調査結果と品質改善プログラムの実施計画をご報告いただきたいですね。
ぶくぶくぶくぶく……ざざぁーっ。
あ、また女神様が出てきました。
「あなたが落としたのはこのきれいな巾着袋ですか? それともこちらの[ぴー]みたいな巾着袋ですか?」
「……」
「……」
「あっ……ぁー」
えーと……そういうのはリアクションに困るので非常に迷惑なのです。だって、わたしがお家に帰って言われたことをそのまんまお母さんに伝えたらどうなっちゃうと思いますか? 人気のない森の中で子供相手に[ぴー]なんて単語を言い放つなんて、いい歳した大人だったら常識的に判断して自重しないとならないのです。あなたは子供に[ぴー]って言っちゃったイタイ人として夕方のニュースで全国放送されたり、次の日の朝刊に載っちゃったりするんですよ? いいんでしょうか。よくないですよね? オマケにSNSなんかでバズっちゃったら目も当てられません。
これはマニュアル通りの組織的対応ですか? それとも単独犯ですか?
……
……
ぶくぶくぶくぶく……
あっ、これは逃走モードですね。でもそうは問屋がおろしません。
「ちょっと待ったァ!!!」
わたしは女神様のロングでストレートなヘアーをむんずとわしづかみにしました。
そして一気にひっぱり上げました。
どすこーい気合い一発! 一本釣りィ! なのです!
女神様、めちゃくちゃ重たいです。
体重、何キロあるんでしょうか。
陸に揚がった女神様はピチピチと暴れています。
活きがイイですね。これは捌きがいがありそうです。
わたしの大事な巾着袋を[ぴー]なんて言ったのはまあいいとしましょう。
でも社会通念上それはどうなんですか、と是非を問いただしたいことがもうひとつあるのです。
「すみません。ひとつ確認させていただきたいのですがよろしいでしょうか」
女神様は涙目で首を繰り返し繰り返し縦に振りました。
うーん、返事は一回で十分です。
不必要なリアクションはあなた自身の価値をおとしめるのです。気を付けましょう。
「きれいな巾着袋の中にはわたしが落とした巾着袋の中身と同じものがちゃんと入っているのですか?」
女神様は首を縦に振ります。
トラブル対応時に無言なのは、相手に悪印象を与えるので非常に良くないと思います。
誠実さが足りてないのです。
「では、中に入っている院外処方箋とおくすり手帳と携帯電話も全く同じというわけですね?」
また無言で首を縦に振ります。
「携帯電話はきちんと動作するか確認済みですか? それとまさかとは思いますが、ただ複製したなんてことはないですよね? 製造にあたって技術基準への適合の確認が義務づけられた無線装置です」
女神様は黙っています。
「それに携帯電話は個人情報の塊です。複製品を作成するということは個人情報の取得に該当します」
「院外処方箋はただの紙切れに見えますが、個人情報がたくさん詰め込まれています。住所氏名年齢性別連絡先の他、身長体重や各種検査の結果なんかが印刷されています。わたしが落っことしたのは違いますが、何か特定の疾患にだけ適用される保険であったりとか、精神科受診であったりとか、生活保護であったりとか、ほかの人に見られたくない情報だって印刷されているかもしれません。そういった情報は処方欄だったり、備考欄の補足コメントなんかでも知れてしまうことがあります」
「おくすり手帳だってただのノートじゃありません。その人の薬歴だけでなく、アレルギーであったり既往歴であったり、その日その日の体調はどうかといった細々とした情報だったりとかが管理できるようになっています。わたしのように代理で受け取りに行く人が薬剤師さんに問題なく情報提供できるのもおくすり手帳のおかげです」
わたしは更にお話を続けます。
「ですので、複製品の作成を行なうにあたっては個人情報の取得目的とその使いみちについてわたしにご説明いただき、承諾を得る義務があると思います」
女神様、ちゃんと聞いていますか?
「さらに取得する個人情報の性質上、その用途が説明した使いみちに限定されること、使用期間と廃棄の確認方法について書面で提示していただかなくてはなりません」
「入手した媒体に記録された個人情報について、共同利用または研究・解析等を行う機関への第三者提供といった形での利活用を検討されていますか? もしそうであれば前述した使いみちの説明にその旨を盛り込んで本人の同意をとりつけるという方式があります。オプトインってやつです」
「ちなみにオプトアウト方式を採用される場合、病歴情報が含まれるおくすり手帳は取り扱いがNGとなる可能性があるので注意が必要です。詳しくは要配慮個人情報というキーワードで調べてみてください。また、この方式では事業者ならびに代表者の情報を個人情報保護委員会に登録したうえで第三者提供の記録を追跡可能な状態で保管し、なおかつ請求時または漏洩等の事故発生時にこれを開示する義務が生じます。その他、宣伝のためにオプトアウト方式を利用することはできないなどの決まりもあります」
「当然、不法に取得した個人情報はこの限りではありません」
「そこで確認です」
「こちらの池では個人情報の保護に関するガバナンス体制は整っていますか」
「個人情報の取得を行う際の業務手順と手続きのための書類の提出はきちんと行っていますか」
「わたしが削除あるいは第三者提供の停止申し入れを希望する場合の手続き方法と、該当する個人情報についてご説明いただくことも必要です」
「ガバナンスの確立した組織の中で然るべき手順を踏み、エビデンスがきちんと残るように制度化して文書を管理……」
女神様? あのー、女神様?
聞いてますか? もしもし?
「あの、よろしければ上司の方をお呼びいただいても結構なのですよ?」
さっさと上職の方を出していただけると助かりますって申し上げているのです。
分かりますよね?
自分の手に余る問題かどうかという判断は、早めにするにこしたことはありません。
分かりもしないのに適当返事でお客様に無駄な説明をさせてしまうのは失礼千万、時間ドロボーなのです。
キチンとしたお客様になると適当返事もエビデンスとしてちゃんと記録されます。その場の雰囲気で、はい、いいえ、やります、やりませんといった言葉を軽はずみに口にするなんてもってのほかなのです。
だからそういう場合は一旦預かり持ち帰って対応を検討しますと一次回答を行った後に、上司もしくは有識者の判断に委ねて二次回答を行うのが鉄板なのです。
あっ、女神様が逃走を図ろうとしています。
あーあ、これはもうダメかもしれませんね。
客前逃亡です。普通なら幹部社員が折り詰めを持ってお詫び訪問をしないとダメなパターンです。
「とっとと……コホン……はやく上の方を呼んできてくださいね」
ドカッ!
わたしはにこやかに女神様を蹴っ飛ばして池にドボンとぶっ込……ゴホンゴホン、お帰りいただきました。
わたしはその辺のクレーマーさんとはひとあじ違うのです。
何ごとも穏便に、がわたしのモットーなのです。
ゴポッ! ゴポゴポッ!
おや? 何やら大物感漂う効果音です。
これは期待大ですね。
ゴポゴポ、ザッパーン!
おお、ど迫力です。
現れたのは風格漂う少しご年配の女神様です。
はじめからあなたが出てくればよかったんですよ?
でもひとつだけ疑問があります。
女神様はどうして巻物をくわえてガマがえるさんにまたがっているのでしょうか?
ひょっとしてわたしをバカにしているのでしょうか。
「……」
巻物をくわえているのにしゃべれるわけがありません。
これはやっぱりバカにされているような気がします。
「お話するにあたって巻物はじゃまなのでポイしますね。ちょっと失礼します」
このままではお話ができないので巻物をひょいと取り上げます。
するとドロン! という音といっしょに煙が出てガマがえるさんがパッといなくなりました。
そのときのかえるさんの顔が少し悲しそうに見えたのは気のせいではないはずです。急に呼び出されたと思ったら上司に踏み台にされ、挙げ句登場した瞬間にハイさよならなんて無意味な仕事をさせられたら悲しいのは当たり前です。そうなると作業を命じた上司にどういう感情を抱くかなんて考えるまでもないですよね。
世の上司のみなさん、考えなしの安易な命令は命取りです。ご注意ご注意なのです。
あっ、足場がなくなった女神様がどっぽーんと大きな音を立てて池に落っこちました。あれ? じゃあさっきの女神様やカッパさんはどうやって水面に立っていたのでしょうか。もしかしてものすごい高速回転の立ち泳ぎなんかの技があるのでしょうか。ならご年配の女神さまには確かにちょっと厳しいですね。
でもこんなのが上司さんですか。別の意味で厳しそうです。
ぶくぶくぶく……
おや? また何か出て来ますよ。
ぶくぶくぶくぶく……ざざぁーっ。
あ、またへっぽこな女神様が出てきました。
おや? 何でか分かりませんが青タンができてますよ。
「あなたがぶっ込みやがったのはこのきれいな女神様ですか? それともこちらの[ぴー]みたいなクソババアですか?」
「……」
「……」
「あっ……ぁー」
えーと、状況をかいつまんでご説明します。
へっぽこな女神様が手に持っているのはさっきドッポーンとハデな音を立てて落っこちた女神様です。
ワカメ漁なんかで取ったどーってときによくやるポーズです。
反対の手には何も持っていませんね。
なのでさっきのきれいな女神様っていうのは頭に自称って付けないとダメなんじゃないでしょうか。
それにしてもすげぇバカぢからです。
ゆるゆるなドレスなので分かりにくいですが、かなりの筋トレマニアとお見受けしましたよ。
あっ、へっぽこがクソババアにカジカジとかじられています。これは痛そうです。
それにしてもこの人たち、何がしたいのかさっぱり分かりません。
正直、こんなのに付き合うのはもうバカバカしいですね。
なので単刀直入に要望の申し入れを行います。
「えー皆様、この度はわたしが落っことした巾着袋をご回収いただきありがとうございます。当該遺失物の受け取りに参りましたので、ご協力のほどどうぞよろしくお願いいたします」
へっぽことクソババアがくるりと振り返ります。
あのー、何か目が怖いんですけど。
「先ほどそちらの女神様から同じものが二つあると伺いました。うち一つは複製品とのことですので、わたしが落とした方、つまり原本の返却を希望いたします。然る後に複製品の方をわたしの立ち会いのもとで廃棄してください。処理方法は破砕および裁断、加えて焼却を指定させていただきます。廃棄の目視確認をさせていただきましたら廃棄確認証明書を作成し、控えをとったうえで原本をお渡しいたします。なお、この申し出に応じていただけない場合、警察に紛失届を提出した後にこの辺で落としましたぁと申告させていただきます」
お二人はわたしのお話に耳を傾けて下さっています。
そうですそうです、まずは黙って相手の話を聞くのが無難なんですよ。
あ、でもカジカジしながらはちょっとお行儀が悪いですね。
「あなた方には拾得物の横領以外にも通貨の偽造や有価証券の模造、個人情報の違法な取得その他諸々の余罪がだいぶあるようにお見受けいたしました。通常なら看過し得ないところですが今回の案件に誠実なご対応をいただければ特段の問題にはいたしません。つまり目をつぶって差し上げますと――」
客観的に見て単なる池ポチャなので別にどーってことはありません。だめだったらしばき倒してかっぱらうだけなのです。
「そう申し上げているわけです」
わたしがそう言うとへっぽこが池に戻ろうとします。
それをなぜかクソババアがもろ手刈りモドキでひっぱり倒して妨害します。
妨害する理由なんてあるんでしょうか?
「あの、わたしもこの後所用がありますのでなるべくお急ぎいただけると助かります」
それにしてもこの人たちはどこまでわたしをコケにするつもりなんでしょうね。
落っことしたものを回収するだけなのに尺を取りすぎです。
この人たちの労働生産性の低さはちょっと目に余るのです。
というわけで……
「カッパさんかかえるさーん、わたしの落としものを返していただいてもよろしいですかぁ」
クソババアは蹴っ飛ばして池にドボンと放リ込……お帰り願いました。
ぶくぶくぶくぶく……
おや? また何か出て来ますよ。
ぶくぶくぶくぶく……ぺべっ。
ひゅるるるるぅー、ぽてっ。
わたしの足もとに巾着袋がポトリと落っこちてきました。
ああよかった、わたしの巾着袋×2です。
ニセモノは後で処分するとして、とりあえず先を急ぐのです。
ん?
ぶくぶくゴボゴボ……
また何か出てくるのでしょうか?
正直、もう勘弁してほしいです。
ヤバイのが出てきたらヤバイのです。
わたしは池からしゅたっと離れました。
ざざざぁーっ!
今度は白地に水タマ模様のハチマキをしたでっかいタコさんです。
どうしてこんな池にタコさんがいるのでしょうか。
意味が分かりません。
タコさんはわたしめがけてぶぶぶのぶーとスミを勢いよく吹き出します。
あわわ、これはたいへん……と思ったらザブザブざざざーと現れたガマがえるさんが舌を器用に使って何かをポイとぶん投げてきました。
タコさんのスミはキリモミ回転しながらぶっ飛んできた謎の物体に当たってさえぎられました。
ふぅ、かえるさんのおかげで命拾いしましたよ。
かえるさん、ありがとうございます。ぺこり。
ところでかえるさんがぶん投げた物体って何でしょうね?
ん? あ、よく見たらさっきのクソバ……ご年配の女神様です。ヘッスラのポーズでズサァとノビています。
あーあ、頭のてっぺんから足のつま先までまっ黒けです。
やっぱりセキネンのウラミってやつでしょうか。
女神様も日頃の行動がどれだけ大事かってことを身をもって知れてよかったですね。
世の上司のみなさんもこういうしっぺ返しがあることをゆめゆめお忘れなく、なのです。
でもタコさんがなんで怒っているのかは皆目見当もつかないのです。うーん。
とはいえ初対面なのでまずはごあいさつですね。
「タコさんこんにちは。タコさんはタコだけあってやることがタコですね」
むむぅ、我ながらベタすぎるのです。
タコさんは水の中から足を一本だしました。
おや? 何か持っていますね。巻物でしょうか?
タコさんはそれを高く掲げてぺろりんと拡げました。
えーなになに?
“とっとと帰れ
二度と来んなこのタコ C:。ミ”
そしてタコさんはわたしをむんずと掴んでいきなりポイとぶん投げました。
おや? このタコさん、なんとまゆ毛があります。
しかも真ん中でくるりと一周輪を描いて左右がつながっています。
そうだ、あしたのお弁当のおかずはタコさんのウィンナーがいいですね。
それにしてもこのタコ野……タコさんは行動が急すぎますねぇ。情緒が不安定なんでしょうか。
などとくだらないことを考えながら、ぶん投げられたわたしは森の上をぴゅーんとすっ飛んでいきました。
そしてたまたまそこにあった建物の屋根に頭からズボっとぶっ刺さるかたちで見事に着地が決まりました。
犬スケポーズというたいへん由緒のあるスタイルです。
天井からにょきっと頭を出す感じになったおかげで建物の中がよく見えます。
あ、ここは魔女様のお家です。
いやーよかったですね。
一時はどうなることかと思いましたが結果として予定よりだいぶ早く到着しました。
タコさんタクシーバンザイバンザイなのです。
「ちょっと、そんなとこで何やってるのよ。早くおりてきなさいな」
「魔女様、こんにちは。魔女様のお家がひでぇ安普請だってことが知れてよかったです。瓦ぶきだったら危うくどタマがカチ割れるところでした」
わたしはそのまま穴から逆さに自由落下してくるりと一回転して着地しました。
「何ふざけたことをほざいてるのかしら。とりあえず他人の家の屋根に風穴を開けたことについて、謝罪と賠償と原状回復を要求するわ」
「むぅ、不当な要求です。そういった案件は池のタコ野……タコさんにご提示願いたいです」
「まあ、池に行ったのね。なら話は別ね」
「分かってもらえてうれしいです」
「さあ、今から池に戻りましょう。つけもの石をぶら下げてドボンと放り込んでやるわ」
「あの、今のでホントに分かったんですか? 不安しかありません」
「大丈夫大丈夫。池のタコでしょ」
「今から行くのですか? タコさんにぶん投げられてマッハ300くらいで飛んできたから早く付く着きましたけど、歩いたら一時間はかかると思いますよ」
「何言ってるのよ。車で行くに決まってるでしょ」
むむぅ、盲点でした。
でも魔女的な要素がミジンコほどもありませんね。
さっきの女神おばさんの方がよっぽど魔女です。
「あたらしいつけもの石がほしかったんですね、分かります」
「いいからはやく乗った乗った」
「あ、じゃあ失礼します」
魔女様が助手席のシートをぽんぽんとたたいてうながすので思わず乗ってしまいました。
歩いて一時間の道のりも車に乗ったら10分もかかりません。
わたしは魔女様のかっこいいオープンカーで池に戻ってきてしまいました。
「さてと」
魔女様がわたしをナワでぐるぐる巻きにし始めました。
「あの、すみません魔女様」
ぐるぐるぐるぐる。
「魔女様? あの、何をなさってるのですか?」
「言ったじゃない、つけもの石をぶら下げてドボンと放り込んでやるって」
まさかほんとにやるとは思いませんでした。
この魔女様もたいがいですね。
もしかしてこの池のOGだったりするのでしょうか。
「わたしをドボンと放り込んでどうするのですか?」
「処方箋なくしちゃったんでしょ? 取りに行かないと」
「ちょ、ちょっと待って下さい。処方箋ならここにありますよ」
わたしはあわてて持っていたふたつの巾着袋をクイクイと動かしてアピールします。
身体の自由が効かないのでホントにクイクイな感じです。
「ああ、それは駄目よ、使えないわ。だってどっちもガラクタだもの、ほら」
魔女様が巾着袋を開けると葉っぱと小石が出てきました。どっちもです。
「騙されちゃったのね。おバカさんねぇ」
ガビーン、なのです。
ふたつもらったからおっけーとか、考えが甘かったのです。
「でも、わたしにつけもの石をぶら下げてドボンするのとどう関係があるんですか?」
「ドボンしてみれば分かるわ。いっぺん死んできなさい。バカは死ななきゃ治らないのよ」
あの、さっきから聞いてれば何ですか。
それがお客様に対する態度なんでしょうか。
終わってます。この年増ババァマジ終わってますよ。
などと脳内で悪態をついているうちに、す巻きwithつけもの石なわたしが完成してしまいました。
「さてと、あなたは念仏でも唱えてなさい」
残念ながらわたしは無宗教なので宗教の勧誘は断固おことわりします。
魔女様は森じゅうに聞こえるんじゃないの? っていうくらいの大音声であおり文句をくっちゃべり始めました。
「こんの大年増ァ聞いでっかゴルァ! よぐもオラほのウヂのヤネッゴに風穴さあげでくっちゃなァオイ! ビビってんのがあゴルァ!」
ここで大きく息を吸い込んで、ひときわうるせぇ声でのたまいます。
「かがってぇーーこいやァ!」
うーん、これは相当練習してますね。
でも大年増ってとこ、思いっきりブーメランになってないですか?
それによくもまあこんなこっ恥ずかしいマネができるものです。歳をとると羞恥心がなくなるってホントなんですねえ。
ここは自分がそうならないように他山の石とさせていただくことにします。
人生には反面教師も必要なのです。
わたしに気付きを与えてくれる魔女様、ありがとうございます。
そして魔女様はわたしをハンマー投げよろしくぶぉんぶぉんとジャイアントな感じでスイングします。
そして池めがけてどっせーいとリリースしました。
ひゅるるぅぅー。
わたしはぐるりんぐるりんと回りながら思いました。
いけません。これはファウルスローです。
ここは木々がうっそうと生い茂る森の中です。
わたしはそこらじゅうの木にガツンゴツンと音を立てて次々とぶつかりました。
でもパチンコ玉みたいにあちこちに当たっては跳ね返りを繰り返して、結局最後には池にドボンと落っこちました。
後ろで魔女様の「よっしゃァ狙い通りィ」と絶叫してる声が聞こえましたが、絶対にウソだと思います。
ぶくぶくぶくぶく……この池、意外と深いですね。ぶくぶく――
――と思っていたら水の抵抗は全然なくてひゅるるるーんと落っこち始めました。またもや自由落下です。
とりあえずちょちょいのちょいとナワを外します。
こんな素人仕事、外すのは楽勝なのです。
わたしはそのまますとーんといすの上に着地しました。
いえ、はじめっから座ってるから着席でしょうか。
3m上空ですでに両手両足をきれいにそろえて着座ポーズもとってましたしね。
でもそこへつけもの石が落っこちてきて頭のてっぺんにがちこーんとぶち当たりました。
むぅ、画竜点睛を欠くってやつですね。残念無念です。
つけもの石はパコンとまっぷたつになりました。きっとホムセンで買った安物だからですね。
魔女様はかっこいい車に乗ってるくせにこういうとこは徹底してケチなのです。
左右に割れたつけもの石は両どなりの人がいじいじしていたスマホの上にドスドスと乗っかりました。
半分で恐縮ですが差し上げます。そんなもんいらねーからどうぞどうぞお納めくださいです。
おや? つけもの石の中から紙切れが出てきましたよ。
ひらりひらひらと舞い降りてわたしの手の中に収まります。
なにか書かれていますね。んー、“666”?
「ピンポーン♪ 666番の番号札をお持ちのお客さまぁ、お待たせいたしましたぁー」
おっと、わたしの番ですね。
おやおや? この受付さん、青タンなんて作っちゃってどうしたんでしょうねぇ。
「はい、666番です」
「こちらが666番の方のおクスリになりますー」
「ほへ?」
「はい、おくすり手帳と明細書、おまけに薬情ですー」
「お会計は666円になります」
「あ、はい」
ガサゴソ。
「はい、どうぞ」
「これは何ですか?」
「ご存知ないのですか? ぽんぽこ銀行券です」
「お支払いは円でお願いいたします」
「すみません、わたしの巾着袋は返していただけないのですか」
「センセー、こちらの方のお脳の検査をお願いします」
「うるせぇですよ、個人情報の不法取得アンド所持で訴えてやるですよ」
「お客さま、おクスリのヤリ過ぎではございませんか? センセー」
これはお話になりませんね。
何で調剤薬局にお医者さんがいるんでしょうか。
そりゃー薬剤師さんもセンセーには違いないですけど。
「すみませーん、このへっぽこどうにかなりませんかぁ」
するとわたしのお隣に座っていた方がスッと現れて、つけもの石をへっぽこのどタマにゴスっとぶち込みました。
あ、誰かと思ったらカッパさんですね。きゅうりをかじりながらサムズアップしています。カッパさん、日ごろの恨みが晴らせてよかったですね。
へっぽこはバンザイのポーズでものの見事にカウンターにめり込んでいます。メキョって効果音が聞こえてきそうな感じです。
ところでわたしの巾着袋はどこに行っちゃったんでしょうか。こちらの残念な方々を見ていると諦めて帰るのも何だか癪なんですよね。
ん? カッパさんが何か言ってますよ。
なになに?
“落っことした持ち物は回収してあるけどフツーに池の底だったので諦めた方がいいんじゃないかな。ドロでドロドロだったし、たぶん使えないと思うよ。そもそもホンモノを返したことなんてないからね”
えーマジですかぁ……そして今さらっと犯罪行為を自白しました。
お財布が入ってなかったのが不幸中の幸いですが携帯と院外処方箋は色々と手続きがめんどくさいですねぇ。
それにおくすり手帳はどうにもなりません。ロストしてしまいました。電子おくすり手帳サービスにでも入っといてもらえばよかったです。
“そもそも落とした自分が悪いんだよ”
ぐぅ……正論です。
“ウチのクソババアが作った複製品があるから持って帰るといいよ”
えっ? ホントにあるの!?
“ホンモノじゃないけどデータのバックアップとして使えるでしょ?
今度はちゃんとした個人情報取扱事業者としてバックアップサービスでもはじめようかなって思ってたんだ。もちろん、クソババアとへっぽこは虎の穴に入れて再教育するよ”
「なるほど、それはいい考えです。じゃあお言葉に甘えて複製品はいただいて行きますね」
複製品でもめちゃくちゃ助かります。
コピー品の院外処方箋は効力がないのでおばあ様本人に自費で再受診と再発行をしてもらう必要がありますが、処方内容の申告には使えます。おくすり手帳はまんま使えます。それに携帯のバックアップが確保できたのは大きいです。というわけで……
「カッパさん、ありがとうございます。最後に原本の廃棄確認を取りたいのですが、そのドロドロなのはありますか?」
“金庫に入ってるけどカギは上で大ゲンカしてるクソババアか大年増が持ってるとおもうよ。何なら原本も持って帰れば?”
あ、見かけないと思ったらそういうことだったんですね。
どうりであの恥ずかしい煽りが個人攻撃っぽかったわけです。
「では、そうさせていただきます。ていうか魔女様が持ってるかもしれないのですか?」
“だってうちのボスだし”
あー、だからつけもの石から受付番号のレシートが出てきたんですね。
「あの、ここにネコちゃんはいますか?」
“そこで伸びてるへっぽこが飼ってるよ。上でやってる大ゲンカの原因もたぶんそのネコなんじゃないかなあ? まあ元々はあのオバサンが――”
それを聞いたわたしはへっぽこをおもっくそ死体蹴りで天井に叩きつけました。職場にペット連れで出勤してんじゃねーよ、なのです。
どかっガンッゲシッどさっ。……むくり。
「お客さまぁー ああ困ります 困りますぅー」
ぽてっ。
び、びっくりしました。ただの寝ごとだったみたいです。
それにしても寝ごとが五七五とはなかなかやるのです。ちょっとだけ見直したのです。
「というわけで戻れますか?」
“ぶくぶくぶくぶく……ってやつ、やってみたいでしょ?”
「ぜひやってみたいです」
“じゃあガマっちの背中に乗ってね。あ、大型機なのでぶくぶくじゃなくてごぼごぼっていう方になるよ”
ふつうにデスクワークをしていたかえるさんがのしのしと歩いてきました。
「かえるさん、よろしくね」
『先ほどは私どもの職員が大変失礼いたしました。こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします』
ナントカだケローっていう話し方だと思ってたんですけど、ふつうに紳士的な方です。これは好感度高いですね。
「ちなみにかえるさんは巻物がなくても大丈夫なんですね」
『あれはおばさん忍者の召喚グッズです。あれを使われると寝てようが食事をしてようが強制的に呼び出されるんです。しかも効果が切れるといきなりもとの場所に戻されるから私にとっては迷惑以外の何ものでもないですね』
「な、なるほど……というかあのご年配の女神様は忍者なんですか?」
『忍者だけじゃ生活できないからバイトでやってるんですよ。息子が遠方の私大に入ったとかで金がかかるって言ってましたね。何でも元締めの口利きとかでそっち方面でも何かコソコソとやってるみたいですが』
「はあ……なるほどです」
な、なんか生々しい情報を聞いてしまいましたよ……元締めの口利き、そっち方面ですか……
というわけで、気を取り直してみんなでガラスばりのエレベーターに乗りました。
“舞台とかでよく見るやつとおんなじだよ”
なるほど、これでぬれることなく登場できていたわけですね。
“これ作ったのクソババアだから建設費用はゼロ円だよ”
えーマジですかあ? 忍者、すげぇです。
魔女様よりよっぽど魔女なのです。
ていうか魔女様はプロレス技しか見たことがありませんね。
「てゆーかこのエレベーターの上にいないと……?」
“本当にザブンだよ”
「あはは……やっぱりそうなりますよね」
“それでは上へ参りまーす”
ぐぉんぐぉんぐぉんうぐぉん……ガッチーン!
ゴポッ! ゴポゴポッ!
ゴポゴポ、ザッパーン!
「ただいまなのですー」
「……」
「……」
あれ?
えーと、これはどういう状況なんでしょうか。
魔女様は池にぷかぷかと浮いています。いわゆるどざえもんスタイルです。
クソバ……じゃなかったご年配の女神様もいます。
なぜかまたもやヘッスラポーズでズサァとぶっ倒れています。
頭からつま先までまっ黒けなのもおんなじです。
そしてなんとタコさんが目をまわしてひっくり返っています。
このタコさんも人語を解するみたいなので機会があったら平和的にお話してみたいですね。
あー、そして魔女様のカッコいいオープンカーもまっ黒けです。
オープンなカーはこういう事故に弱いですね。
「かえるさん、お手数ですが魔女様を陸にあげていただいて大丈夫ですか?」
『はい、問題ありませんよ』
かえるさんは舌をびろーんと伸ばして魔女様を拾い上げ、池のほとりにそっとていねいに置きました。
そこは別にぶん投げていただいてもいいんですよ?
『いま目を覚まされたら何かと面倒でしょう』
「あ、なるほど」
てゆーか何で考えてることが分かるんですか……
このかえるさんもただ者じゃないですね。
そしてわたしもかえるさんの上からぴょんとジャンプして、池のほとりに降り立ちました。
まずは魔女様の方ですね。
まあ流れ的に持ってないですよね。
となると女神様の方です。
本当は水をぶっかけてキレイにしてからにしたいところですが、かえるさんが言ったとおり目を覚ますとめんどくさいのでそのままにします。
ああ、ありました。
ふつうにポッケから出てきましたよ。
残ね……よかったです。
パンツのうら側なんかに縫い付けてあったりしたらどうしてやろうとか、うひひのひとか、そんなことはぜんぜん考えてなかったです。
立ち位置が魔女様と逆だったら確実に池の底でしたね。
アブナイところでした。
“取ってくるよ”
「あ、お願いしていいですか?」
わたしはカッパさんに鍵を渡しました。
ぶくぶくぶくぶく……ざざぁーっ。
“ハイ、これ”
「ありがとうございます」
あ、一応ドロは落としてあるんですね。
でも見事にカピカピです。
院外処方箋はこれを持っていってもいいかもしれないですね。
ふつうに池ポチャしましたで通じそうです。
あ、魔女様が目を覚ましました。
「う……あ痛たた……イテェなチキショー……」
「魔女様、お加減はいかがですか?」
「あ? 何か池の中から出てきてオレに激突したんだよ! 誰だよチキショーめぇクッソォ」
なんかキャラ変してませんか?
これは打ちどころがよか……悪かったんでしょうか。
「ごほんごほん、魔女様、院外処方箋は取り返しましたがワカメみたいになってて使い物にならないのでおとなしく再発行してもらうことにします」
「ハッ!? あ、あら、そうね、よかったわ」
あ、もとに戻りました。
「ああっオレの車がァーッ! このタコ! スリーパーホールドなんて甘々だったぜ! 今度はゆでダコにしてやっぞォ」
ああ、またこわれました。
でもタコさんにどうやってスリーパーホールドをかけたのかがめちゃくちゃ気になります。
こんど実演をお願いしたいです。
「あの、魔女様ってホントに魔女なんですか?」
「何言ってるの、私は薬剤師よ。お薬売ってるんだから当たり前じゃないの。魔女は副業ね」
えー、どっちにしてもめちゃくちゃウソくさいです。
本業はサギ師で副業はプロレスラーじゃないんですか?
まあ真実は法廷で主張してくださいなのです。
それにしてもさっきのこっ恥ずかしい挑発は何だったんでしょうか?
カッパさんが“ボスは魔女様でケンカの原因はネコちゃんだ”って言ってましたが……ネコちゃんの飼い主はへっぽこな女神様の方なんですよね。
まあたぶんあの女神様をぶん殴りたかっただけとか、そんなとこでしょうね。
「にゃあにゃあ」
あ、さっきのネコちゃんなのです。
「わたしはこれで失礼しますね。カッパさん、かえるさん、ありがとうございました。ネコちゃんもバイバイです」
“じゃあね、バイバーイ”
『この度は大変失礼いたしました。またのお越しをお待ちしております。機会があればの話ですが』
「にゃあ」
「あら、私には何もないのかしら」
「ないです」
というわけでわたしは手ぶらでえっちらおっちらとお家に帰りました。
◇ ◇ ◇
お家に帰ったわたしは、離れに住むおばあ様にことのテンからマツまでをご報告しました。
「まあ、このばっちい処方箋を持ってもう一回病院に行けって言うのね。ひどいわぁ。
自分では何もできないくせに上から目線ででけぇ口は叩くし、簡単なお使いをやらせてもこのアリサマだし、将来が心配だわぁ」
ひでぇ目にあって帰ってきた孫に対してそのモノ言いは何なんだよコノヤロウ、なのです。
「今度からお薬は普通に門前薬局で受け取ることにするわ」
「逆に何で今まで苦労して魔女様のお家まで行ってたのがわかりません。無駄な時間と労力をかける必要がなくなってホッとしました」
「あら、何言ってるの? 魔女の家には引き続き行ってもらうわよ」
「え?」
「あなたは家にいてもじゃまなだけだから丁稚に出すわ」
うげぇ、カンベンしてくださいなのです。
◆ ◆ ◆
次の日。
おばあ様がもらってきた院外処方箋を見てびっくりしましたよ。
だって処方欄がまた狭くなって備考欄にリフィル、何回めなんてコメントがくっ付いてるんです。
それに右のごちゃごちゃした注意書きのごちゃ圧が上昇してる気がします。
なんだか免責事項が増えてますね。
あ、ちなみにおばあ様がいつももらってくる院外処方箋は横レイアウトのA4用紙です。
処方箋そのものは標準的なA5縦です。
でも注意書きやら何やらが増えすぎてA4横になって左半分が処方箋、右半分が注意書きっていうレイアウトになったんだそうです。
分割調剤とかリフィルとかお年寄りに出されても困るし使う機会なんてほぼないのに、それでどんどんごちゃごちゃした感じになってきています。
うーん、院外処方箋がA3サイズになる日もきっと近いのです。
ああ、でもプリンターの給紙トレイが足りなくなるから字をちっちゃくしてA4のままにする方向性になるのかなあ。これ、QRコードとか検査結果を印字してるとこはレイアウトに悩むでしょうね。
見ためがごちゃごちゃになって、おじいちゃんおばあちゃんたちが「何が書いてあるのかサッパリわからんのぅ」なんて言うのは別にどうでもいいんです。
おばあ様がわたしにねちねちねちねちねちねちねちねち文句を言ってくるのがすっげぇイヤなんです。
ホントにもうカンベンしてくださいなのです。
◆ ◆ ◆
さらに次の日。
わたしはまた北の森にやって来ました。
こんどはおばあ様のおつかいではありませんよ。
今日は自転車で来たので30分そこそこで着きました。
道がデコボコなのが微妙に残念な感じです。
「にゃあ」
「ネコちゃん、こんにちは」
「あら、もう再発行してもらったの? 早かったわね」
どこから声がするのかと思ったら屋根の上でした。
魔女様はトンカチを持ってほったて小屋……じゃなかったお家の屋根を修理しています。
この方、魔女っぽくふるまう努力をする気なんてまるでないんじゃないでしょうか。
「魔女様、こんにちは。処方箋の件なんですが、おばあ様は今度から門前薬局を利用するそうですよ」
「そう、じゃああなたにももう会えないのかしら」
「いえ、わたしのことはじゃまだから今度ここに丁稚に出すなんてことも言ってますので」
「じゃあこれからは毎日コンビニおでんの調達をお願いするわね」
「お断りします。車で行けますよね? それにもうシーズンオフです」
「何? 自分はそんな雑用をしに来たんじゃねぇぞとか思ってない?」
「丁稚奉公は労働基準法違反なのでありえないです。ふつうにアルバイト雇用がいいです。だって学校はどうするんですか?
大学時代に先生の奴隷としてさんざんコキ使われたのはわかりますが、それを一般社会に持ち込むのはアホとしか言いようがありません」
「ひでぇ言われようね」
「ところで今日は確認させていただきたいことがあってお伺いしました」
「何かしら?」
「まず、単刀直入におたずねします。魔女様は犯罪者なのですか?」
「ぶっ!?」
「うわっ!?」
魔女様が口に咥えていたクギが勢いよく飛んできてわたしのすぐ脇にある木にカカカッと刺さりました。
「い、いきなり危ないです……さてはもはやこれまでと思ってわたしを消そうとしましたね?」
「してねーよ!」
「ああ、その言葉づかいです。やっぱり本性を表しましたね?
魔女様、隠してることがあるなら早めにゲロゲロゲーとお話した方が身のためですよ?
カウンターの奥でおくすり手帳をこっそり盗んだりコピーしたりしてないですか?」
「してねーよ!」
「麻薬とか向精神薬なんかを不正に調達したりしてるんじゃないですか?」
「してねえっつーの!」
「診療報酬を不正に請求したりしてないですか?」
「してねぇっつってんだろこのクソガキ」
「魔女様? いつものお上品な口調はどうしたのですか?」
「な、何よ、あなたが失礼なことばかり言うからよ」
「失礼ついでにもう一点、池ポチャしたモノは基本的に返してないんですよね?」
「池ポチャが何で私に関係あるのかしら?」
わたしはそばにいたネコちゃんをだっこしてお話を続けます。
「このネコちゃんはどこの子ですか?」
「そんなの私が知るわけないでしょう」
「じゃあどうしてここにいるんですか?」
「さあ? 偶然迷い込んだんじゃない?」
「ホントに知らないんですね?」
「ええ、知らないわよ」
「じゃあわたしがもらってもだれも文句言わないですね?」
「え? え、ええ、そうね」
「ホントですか? こんな山奥にいるにしては首輪も付いていて毛並みもきれいですよね。
お世話している飼い主さんがいるんじゃないですか?」
「知らないって言ってるじゃないの。それがどうしたっていうの?」
「この子、おととい池のほとりにいましたよね?」
「ええ、そうね」
「このあたりは魔女様以外に住んでる人がいるなんてお話聞いたことないですし、魔女様のペットじゃないんですか?」
「私はネコなんて飼ってないわよ」
「じゃあこの子はどこから来たんでしょうね?」
「どこってあの池のどこかしかないでしょう」
「ネコが池に住むんですか? 何ですかそれ。
仮にそれが本当だとしても池からここまでは直線距離でも軽く4kmはありますよ?」
「知らネ……知らないわよ」
あ、また素がでましたね。
「そうですか。あ、これはこの前払いそびれた666円です。お納めください」
わたしは工具箱のわきに666円を置きました。
「めんどくさいので満額お支払いしますよ」
「あら、踏み倒す気なんだと思ってたわ」
「おや? ボロが出ましたね」
「何のことかしら?」
「処方箋は再発行って言いましたよね?」
「あ」
「そうですか。じゃあもう一点。
わたしを池にドボンしたときにくくり付けていたつけもの石の中からこんなものが出てきたんですけど、何だか知っていますか?」
そう言って例の紙切れを見せました。
「きゅ、“999”!?」
えっ、これ逆さまだったんですか? へっぽこは何をやらせてもへっぽこですねぇ。
「ねえ」
「何ですか? 魔女様」
「そのネコちゃんはあなたにあげるわ。おばあ様にも見せて差し上げて」
「急にどうしたんですか?」
「気が変わったのよ」
「はあ、そうなんですか」
「ていうかドボンしたこと自体については何もないのね?」
「別にあんなのどうってことないですよ」
「そ、そうなの?」
「じゃあわたしはこのへんで失礼しますね。
知りたいこともだいたい確認できましたので。ではまた今度」
「にゃあ」
「……さようなら」
とりあえず犯罪者のアジトに丁稚奉公とかまっぴらごめんです。
ホントのホントにもうカンベンしてくださいなのです。
◇ ◇ ◇
わたしはネコちゃんを連れてお家に帰って来ました。
またまたおばあ様にことのテンからマツまでをご報告……しようと思ったのですが、離れには誰もいませんでした。
商店街のクジが当たったとかで急きょ世界一周旅行に行くことになったんだそうです。
これまた急なお話ですね。
どうやらおばあ様はわたしへのおこづかいの支払いをふみ倒すつもりのようです。
ちなみにお薬はお医者さんにお願いしてギリギリMAXの半年分を出してもらったんだそうです。
まあ丁稚奉公が延期になったのでいくらか気が楽になりました。
あ、ネコちゃんは離れでお世話しています。
実はわたし以外は家族全員ネコアレルギーなんです。
おばあ様が戻ったら怒るだろうなあ。なにか言いわけを考えとかなくっちゃ。
そして一週間後。
おばあ様は帰ってくる気配がないし、一応おことわりを入れておかなくちゃと思って北の森に行ったらびっくりです。
池がなくなっています。いえ、これはコンクリで埋め立てられていますね。
魔女様のお家は相変わらず森の奥にぽつんと一件、ひっそりと建っていました。
おや? でも鍵がかかっていますね。
あ、貼り紙があります。
なになに? 『旅に出ます。探さないで下さい』?
うーん、どうしたんでしょうか。
でもこれって丁稚奉公は白紙撤回ってことですよね?
よかったよかったなのです。
「帰ろっか」
「にゃーん」
わたしは自転車をこいで森の中を戻ります。
色んなお花が咲き乱れてぽかぽかとした春の日差しが気持ちのいい季節です。
こうしてみると何だかちょっとだけ魔女様が言う雰囲気とか風情っていうのが分かったような気がするのです。
みんな、元気だといいなあ。
おしまい。
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