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count.13.
「なあ、なあ。圭ってギターやってるって本当?」
昼休みの教室で涼や他の友達たちと話していると、不意に友達の一人がそう聞いてきた。
同じ中学校出身の彼は、涼の兄のライブを見て以来、音楽の世界にハマり、高校に入ってからは軽音部でバンドを組んでいる。
「いや。……あー、まあ、一応?」
圭は歯切れ悪く、あいまいに頷く。
高校一年生の時に涼と一緒にギターを買いに行ってから、圭もしばらくは真面目にギターの練習をしていた。
選択授業の音楽でも、軽くギターの弾き方を習った。
「よかった。一緒にバンドやってるギターの奴が事故で骨を折っちゃってさ。文化祭のライブ、ピンチヒッターで出てくんね?」
友達の申し出に圭は渋い顔をする。
「いや、まだ、ぜんぜん人に聞かせられるレベルじゃないし……」
そういえば、ギターを買ったはじめの頃は、手に入れたことが嬉しくて、圭はついつい周りにギターの練習をしていることを言いふらしていた。
しかし独学ではうまくいかなくて、結局一年も続かなかった。
最近ではすっかり、部屋の隅でオブジェと化している。
だから今さら、バンドに入っての演奏はできる気がしない。
「そうだ。ギターなら、涼もやってるよな」
ふと涼と目があって、思わず口に出る。
涼は驚いたような表情で圭を見た。
「なら、冬島でもいいや。今度のライブ、絶対成功させたくてさ。なあ、頼むよ」
「え、でも……」
戸惑いながら視線を動かす涼に、圭はにかっと笑う。
「オレ、おっきいステージで、涼の演奏、聞いてみたい!」
圭の言葉に涼は目を丸くする。少し悩んだ後に、小さく頷く。
「……わかった。僕でよければ」
「よかった。サンキュー。助かる!」
涼の返答に、バンドに誘った友達は、ばっと涼の手をつかむ。
「でも、あんまり人前では弾いたことがないから、うまくできるかわからないよ?」
「涼なら大丈夫だって。いつもスゲーもん」
自信なさげに返す涼に圭は笑いかける。
その様子を見て、別の友達が興味深そうに話しかけてくる。
「圭は冬島のギター、聞いたことあるの?」
「うん。まじカッケーの」
いつか観た、涼の兄がやっていたライブを思い出す。
ステージ上で演奏する涼のギターは、あのライブ以上の音になるに違いない。
文化祭でのライブのイメージをふくらませる圭の隣で、涼は練習場所や時間を教えてもらっていた。
「なあなあ。それってオレも行ってもいいの?」
二人のやりとりに意識を戻した圭は、ふと気になってそう聞いてみる。
「もちろん。自分たち以外の人が聞いてくれたほうが参考になるし。まあ、練習だからそんな楽しいもんじゃないかもしれないけどさ」
「やった。じゃあ、今度の練習、涼と一緒に行くな」
圭は嬉しそうにそう言うと、文化祭のステージに思いをはせる。
「文化祭のライブ、楽しみだなぁ」
いつもとは比べものにならないくらいの大きな舞台での演奏は、想像しただけでもわくわくした。
× × × × ×
はじめての涼とのレッスンから一週間後。
日曜日の午前十時過ぎ。
待ち合わせに指定された、新宿駅南口の改札前の広場で涼と合流し、ライブハウスまでやってきた。
カウンターの一番端の席に、圭は落ち着かない様子で、ちょこんと腰をかける。
「ギター貸して」
圭が座ると、涼から声をかけられる。
言われるまま、圭はギターを取り出し、涼に手渡す。
「そういえば、弾きたい曲、何か考えてきた?」
カウンターのイスに浅く座りながら、何気なく涼が聞いてくる。
「あー。いや、まあ。一応? 考えては、きたけど……」
圭はあいまいに答えると、涼の手元を眺める。
用意してあったアンプから伸びたケーブルをボディにあるジャックとつなげる。
それが終わるとギターのボリュームをゼロにして、アンプの電源を入れる。
一通りの準備が終わるとギターを構えた。
ジャッ
試し弾きをするように、コードを押さえずに弦を鳴らす。
たった一音のその音だけで、がらりと空気が変わる。
圭は思わず息を飲む。
「うん。これで大丈夫かな。はい」
「ありが、とう」
笑顔で差し出されたギターをとっさに受け取る。
戸惑う圭に笑いかけ、涼は自分のギターを取り出す。
「じゃあ、早速やろうか。何を弾きたいの?」
「あー、いや……」
はっきりしない圭の返答に、じゃあ、と涼はギターを構える。
「何曲か弾いてみるから、気になる曲があったら教えてよ」
そう言うと涼は、腕を振り下ろした。
× × × × ×
「それ、文化祭で演奏する曲?」
涼の文化祭でのバンド参加が決まった翌日。
他のバンドメンバーと会う前に演奏する曲を確かめておきたいと話す涼と一緒に、圭も放課後の音楽室にきた。
「うん。昨日教えてもらったんだ」
圭は机の上に置かれた小さな紙のリストをのぞきこむ。
「へー。あ、この曲好きなやつ。あ、こっちも」
リストに書かれていたのは、アジカンやレミオロメン、Aqua Timezなど、最近人気のバンドの歌が多い。
「すげー。いい曲ばっかじゃん」
一通り確認すると、涼は準備室から持ってきたギターを構える。
じゃっ
ブルートレイン、粉雪、決意の朝に。
涼の部屋で何度も聴いたメロディーが紡がれていく。
耳によくなじむ、優しくておだやかなアコースティックギターの調べが、少しだけ悲しい音に色づく。
窓から差し込む西日が、カーテン越しにやわらかな光を落とす。
いつも聴いている曲も今日はどこか違って聞こえる。
音楽室でもこうならば、バンドの中、ステージの上ではもっと違う音になるのだろう。
考えただけでも、心がうきうきする。
でもすぐに、しゅんと肩を落とす。
「オレもバンドの練習、見に行きたかったな」
涼のギターを聞きながら、圭はふてくされ気味につぶやく。
明日、涼は他のバンドメンバーと初めて会うらしい。
バンドに誘ってきた友達がそう話していた。
「バイト、抜けられないんだっけ?」
「うん。先輩が今度ライブやるからって、シフトに入れなくて」
不満そうに圭はくちびるを尖らせる。
バイト先の先輩は、バンド活動もしているらしく、こういうことはよくあった。
「まあ、バイトじゃ仕方ないよ」
「でも次は絶対行くから!」
「うん。わかってる」
圭の決意に涼は小さく笑うとギターを抱えなおす。
リストに書かれている残りの楽曲も、一通り全部演奏していった。
翌週の木曜日。
涼が加わってから二回目の練習に、念願叶って圭も見学することになった。
学校が終わると自転車を走らせ、最近できたばかりの南浦和にあるスタジオまでやってきた。
五、六人が入れるくらいのこじんまりとしたブース内にはギターアンプやミキサーに並んで、ドラムも置かれている。
「わー、すげー!」
涼が開けてくれたドアから、興奮気味に圭も中に入る。
そっとドアを閉めながら、涼も続く。
「圭、こっちこっち」
友達に声をかけられた圭は部屋の奥に移動する。
すすめられるまま、用意されていた丸イスに座る。
他のメンバーと軽く自己紹介を交わすと、それぞれ練習の準備にとりかかる。
「いやー、すげーな。オレ、スタジオなんてはじめて来たよ」
圭は興味深そうにスタジオ内を見回す。
「普段は学校でやってるんだけど、月に二回だけ、ここで練習してるんだ」
そう言いながらその友達は、ベースをアンプにつなぐ。
「へー」
きょろきょろとしていた圭の視線が涼に止まる。
茶色いギターケースから取り出したギターには、いつもと違って黒いストラップがつけられている。
それを肩にかけると長さを調整してギターの位置を合わせる。
その手つきは少し緊張しているようにも見えた。
「涼、落ち着いてな」
圭が声をかければ、顔を上げた涼が小さくうなずく。
全員の準備が終わると、ドラムのカウントが始まる。
特徴的なギターのリフとベースが合わさり、ボーカルの声が重なる。
途端に変わる空気に、圭も口を閉じる。
はじめに演奏したのはアジカンのリライトだった。
涼一人での演奏でもすごいと感じたが、他の音が合わさると、より華やかにあざやかに色付く。
未成熟なメロディーさえ、圧倒される。
その中でも、涼の奏でる優しくておだやかで、少し悲しげな音色はどの音よりもかっこいい。
その後もカルマや、* 〜アスタリスク〜、ハネウマライダーなどをセッションして、練習は続いた。
「マジすげえ。かっけえ!」
二時間のセッションが終わると圭は立ち上がり、大きく手をたたく。
スタジオでの練習時間はあっという間に過ぎ、はじめて間近で聴いたバンドの生演奏に、ばくばくと心臓が高鳴る。
曲にぎこちなさは残るものの、生音の迫力はすごかった。
「みんな、すっげえな!」
耳の奥ではまだ、さっきまでの演奏が響いている。
その余韻に自然と笑顔になる。
「文化祭のライブ、楽しみだなぁ」
今はまだ、緊張気味の涼だけど、練習を重ねるたびにそれも落ち着いてくるだろう。
このバンドは、きっとこれからどんどん進化していく。
そう予感させるような演奏に、ステージの期待はさらに高まっていった。
× × × × ×
ぽろん
涼は最後のワンフレーズを演奏すると顔をあげる。
「どう? 何か、気になる曲あった?」
その問いかけに、はっとなった圭は慌てて首を横にふる。
「そっか。じゃあ、何がいいかな。圭は何かある?」
「あー、いや……」
涼に投げかけられ、圭は視線を上に向ける。
「弾いてみたい? 曲は、あるにはあるんだけど……」
「どの曲?」
視線を落とすとふっと涼のギターを眺める。
小さく首をふってうつむいた。
「いや……やっぱいいや」
「なんで? なんでもいいし、言ってみてよ」
圭は自分のギターを見る。顔をあげれば笑顔の涼と目があう。
逃げるように下を向く。
はじめてギターを買った時からずっと、弾いてみたい曲はあった。
でもそれを正直に伝えるのには、なんとなく気恥ずかしさと後ろめたさがある。
あの日以来、聴くのもためらっていた曲だったから。
ひしひしと感じる視線に言葉を探していると、ふふ、と涼が笑う声が聞こえる。
「じゃあさ、この曲はどう?」
そう言うと涼はギターを構えなおす。
じゃじゃっ
疾走感ある短い旋律が流れ始める。
それは、圭が弾いてみたいと思っていた、あの曲だった。
圭は思わず、目を見開く。
はじめて涼の家で生のギターの音を聞いて、ぎこちなくもまっすぐな演奏はかっこよかった。
だから、はじめて自分が弾くのも、あの曲がいい。
……まだ少し、わだかまりはあるけれど。
ワンフレーズだけ演奏すると、涼は手を止めて顔をあげる。
「ちょっと難しいコードもあるしリズムも早いけれど、基本的にはメロディーも繰り返しだし。圭なら、弾けるようになるよ」
どうかな、と涼が圭を見る。
圭は反射的にうなずく。
「あ、いや……」
「よかった。じゃあ、早速コードを弾いてみよう」
すぐに否定しようとした圭だったが、嬉しそうに笑って被せてきた涼にそれ以上は言えなかった。
「ほら、こうやって、弦を押さえて……」
言いながら涼はギターの弦を押さえる手を圭に見せる。
圭は少し逡巡したあと、そろそろと見よう見まねで弦に指を添える。
「そうそう。あんまり指を寝かせすぎないで、立てて押さえてね」
「ん」
そのまま腕を下ろすと、ジ、と詰まったような音がした。
「まあ、はじめは、なかなかうまく弾けないよね」
小さく笑って、涼はギターに視線を落とす。
「ギターのネックにある、ここ。金属が出っ張っているところを『フレット』って言うんだけど、ここの横を押さえるようにすると、綺麗に音が出るようになるよ」
圭はそっと涼の手を見る。
ほっそりとした指先が、いつもより手の形が見えやすいように、弦を押さえている。
「ちなみに、ヘッドに近い方から、一フレット、二フレットって言って、下から一弦、二弦ってなるんだけど、まずはこう、押さえてみて」
涼はそう言うと、人差し指を一フレットの二弦に、薬指と中指を二フレットの三弦と四弦に添える。
圭も同じように弦を押さえる。
「そうそう。一番下の弦に指が触れないように気をつけてね。こう、指を寝かせすぎないで、立てるようにして」
じゃらららん
涼はゆっくりと上から弦を弾いていく。
いつもの音がやわらかに響く。
その音色にほう、と息をつく。
圭もピックをつまんだ指で、慎重に弦を弾く。
ジャーン
さっきとは違う、太い電子音がクリアに響く。
思わず、顔をあげて涼を見た。
「これが、『Am』っていうコードだよ。まずは、簡単なコードから覚えていこうか」
圭の反応に、涼は優しく笑うとそう教えてくれる。
二回目のレッスンは、基本的なコードを他にもいくつか教えてもらって、終わりになった。
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