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count.3.
ホームから階段を上るとガラス張りの店先が目に入る。
ざわざわとざわめく通路を左に進み、カフェや雑貨店を横目に改札へと向かう。
改札と天井に縁取られた先に見えてきた道路には、色とりどりの傘とたくさんの人の群れ。
突入するのをためらう間もなく、押し流されるままにICカードを改札にかざして駅を出る。
金曜日の夜の大通り。
あふれる人波に飲み込まれつつも、圭はなんとかリュックから紺の折りたたみ傘を取り出す。
ぼん、と傘を開いた。
背の高いビルの合間の空を見上げる。
ぽつぽつと灯る街灯やネオンに照らされ、細かい雨がきらきらときらめく。
遠くの空には月がにじむ。
真新しいワイシャツの袖口から腕時計をのぞかせる。
カバンを背負いなおし、交差点を渡る。
人にぶつからないように注意しながら、会社に向かって歩いていく。
その時、不意に一人の男性とすれ違った。
はっとして振り返る。
すらりと背の高いその男性は、人ごみの中でもすぐに見つかった。
隙間から覗くビニール傘と、茶色いギターケースが遠ざかっていく。
「いや……そんなわけ、ないか……」
知らずつぶやき、前に向き直る。
青いスラックスのポケットからスマートフォンを取り出す。
アドレス帳をタップする。
そこには、いまだに消せないアドレスが残っている。
表示された名前に小さく唇をかむ。
あの時、ちゃんと自分の気持ちに向き合えていたら、違う今が待っていたのだろうか。
現状に不満があるわけではないけれど、時々、思い出してしまう。
それは、苦い後悔をともなって。
ひとつ、息をつく。
スマートフォンをしまうと、傘を持ちなおす。
横断歩道を渡って、信託銀行を左に折れる。
曲がったところでもう一度だけ、振り返ってみた。
流れる人波に、あの背中はもう、見えない。
すれ違ったその人は、今は京都にいるはずの冬島涼によく似ていた。
高校の途中までは親友と呼べるほど仲がよかったものの、あの時から、ぱたりと交流が途絶えてしまった。
卒業以来、連絡も取っていない。
圭は前に向き直る。
逃げるように足早に会社へと向かう。
じゃじゃっ
耳の奥では、聞こえないはずのギターの音が、雨音のように響いていた。
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