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まだ考え込んでいた。悟(さとる)は次の舞台にかけるシナリオを任されていたが、どうしても、ある場面に来ると状況が描けなくなっていた。
「何だよ、また止まってるのか?、筆・・。」
机から離れて、畳の上に横になっているのを、勝手に入ってきた友人の情(じょう)が見つけて、そういった。
「うん・・。筋自体は運べるんだけど、何か途中で止まってね。」
それを聞いた情は、机の上に置かれたPCの画面を勝手に覗き込んだ。
「どれどれ・・。」
普段なら盗み見を咎める悟だったが、流石に今回はそんな気力も湧かなかった。
「ふーん。面白いじゃん。話は。」
情はそういうと、さらに読み進んだが、今回途切れている部分まで来ると、再び、前の箇所に戻って再読し始めた。そして、
「はー、なるほど。そういうことか。」
と、情は画面を見ながら、そう呟いた。その言葉を聞いて、
「ん?、何か解ったのか?。」
と、悟は起き上がってたずねた。情は画面を見るのをやめて悟の横に座ると、こたつの上に置いてある灰皿を引き寄せた。そして、ポケットからタバコを取り出すと、火を着けて吸い始めた。
「それがオマエの弱点・・ってとこだな。」
情は煙を燻らせながら、悟にいった。
「弱点?。」
「ああ。」
訝る悟に、情は淡々と答えた。
「ポテトチップは、好きか?。」
情はこたつの上に無造作に置かれた、食べさしのポテトチップの袋を見ると、悟にたずねた。
「何で?。好きだけど。」
「じゃあ、食ってみろよ。」
情はタバコをくわえたまま、こたつに頬杖を突いて悟がポテトチップを食べるのを待った。
「そんなの見て、どうすんだよ?。」
「いいから食ってみろよ。」
人にしげしげと見られながらポテトチップを食べるのに若干抵抗のあった悟だったが、情はじっと黙って見つめたままだった。仕方無く、サトシは袋からポテトチップを一枚取り出すと、口に運んでボリボリと囓り始めた。すると、
「はい、ストップ!。」
と、情はまるでカットを伝える監督のように、悟に指示を出した。
「オマエ、ポテトチップ、好きなんだよな?。」
「ああ。そうさ。」
「だったら、何でそんな食い方するんだよ。」
そういうと、情はタバコを灰皿でもみ消すと、悟の前から袋を取り上げて、徐に手を突っ込むと、ポテトチップを数枚鷲掴みにして、それを口に放り込んだ。
「バリバリバリ。」
咀嚼音が部屋中に響いた。そして、
「オレも好きさ。だから、食う。こんな風に・・。」
そういうと、情はまた袋に手を突っ込んで、ポテトチップを取り出して口に運んだ。自分のポテトチップを勝手に食べられたというのもあったが、悟は憤慨しつつ、
「要は勢いの問題ってか?。」
と、悟は先を急ぐかのように、情に答えをたずねた。口の中のポテトをモグモグと食べた後、畳の上に置かれたペットボトルの茶を一気に飲み干すと、
「だから、オマエは駄目なんだよ。」
と、情はまるで悟の能力を見透かしたように、そういった。
「オレは、ポテトチップが好きかって聞いたんだ。で、オマエはそうだといって、食べて見せた。ま、確かにオマエの欲求は満たされたかも知れない。一枚のポテトチップでな。でも、それはオマエの満足度を満たす程度にしか過ぎない。そんなのを人が見て、本当にコイツはポテトチップが好きなヤツだって、思うか?。」
情の言葉に、悟はハッとなった。
「人間、誰でも物は食うよ。そうしなきゃ、死んじまうもんな。でもよ、自分の腹を満たすだけなら、それでもいいが、オマエが今すべきなのは、本当に腹を満たすとはどういうことなのかを、人に見せつけることじゃ無いのか?。」
ただでさえ戸惑っている悟に、情の言葉が追い打ちを掛けた。
「ま、人間の欲ってのは、程度の差も人それぞれだからな。性欲、食欲、その他の欲も。僅かなもので満たされるヤツもいれば、いくら得ようとも足りないってヤツもいる。そして、オマエは食欲が極端に細い。そういうことだ。」
返す言葉が無かった。悟は自身の食が細いことは、幼少の頃から指摘されて、知っていた。決して好き嫌いがある訳では無かったが、母親が作ってくれる料理をよく残していた。学校の給食も、いつも遅くまで食べていて、昼休みになってもまだ終わらないこともよくあった。
「それって、駄目なことなのかな・・。」
悟はまるで自分が人間という生物種として劣っている、そんな烙印を押されたような気持ちになっていた。すると、
「あのな、人間、持って生まれた能力が、ずっとそのままだったら、何でこの世に映画や芝居があるんだ?。」
一人勝手に落ち込もうとする悟に、情はそういいながら、少し強い口調でたずねた。
「え?、それは、感動したいから・・。」
「だよな?。じゃあ、人間、感動したら、どうなる?。」
「・・・何かが変わる。そんな気がする。」
「解ってんじゃねーかよ。じゃあ、それをさせろよ!。」
情はある程度納得のいく言葉を悟から引き出すと、彼を叱咤した。そして、書きかけのシナリオのウインドウを閉じると、ネット動画のサイトを開いて、何やら検索を始めた。
情は何やら動画を捜し当てると、PCの画面を悟の方に向けた。
「オレがシナリオまで書いちまったら、他の作業が出来ねえから、ま、それでも見てみろよ。じゃあな。」
そういうと、情は部屋から出ていった。彼にいわれるがままに、悟は画面に表示されている動画の再生ボタンを押してみた。すると、其処には古い昭和の時代劇らしき場面が現れた。
「何だ?、これ・・。」
そういいながらも、悟は椅子に座って、古い映像を見続けた。其処には一軒の飯屋が映し出され、寒風吹きすさぶ中、昼飯時に次々と客が入っていくシーンが映し出された。そして、様々な職業の人達が飯屋の女将に注文を伝えると、それが運ばれてくるのを待った。その間も、先に来ていた客達は、急いで空腹を満たすべく、飯と味噌汁ををかき込んでは、時折イワシの焼いたのやら、沢庵をボリボリと囓っていた。そんな中、目の見えない一人のあんまの男性がやって来て、飯を注文した。主人は目の見えない客に気遣って、丁寧に給仕をしたが、それでもあんまの男性は、木のお膳の上に味噌汁の碗をひっくり返してしまった。
「あ・・、」
悟は思わず声を上げたが、そのあんまの男性は、飯の入った碗をお膳尾下の方に持つと、もう一方の手でお膳の上に零れた味噌汁をかき集めて、下で持っている碗の上に流し込んだのだった。
「へー。」
悟は、単純ながらも、そんな風に暮らすことによって身に付けたであろう、あんまの男性の知恵に感嘆した。そして、零した味噌汁を一滴も無駄にせずに飯の上にかけると、あんまの男性は無精髭の生えた口元に碗を近付けて、
「はふはふ!。」
と、一気にそれを口の中にかき込んだ。
「むしゃむしゃ。」
演出なのだろう。咀嚼音が技と大きく響いた。そして、あんまは横に置いてあった沢庵に手を伸ばすと、それを徐に囓り始めた。
「ボリボリボリ!。」
やはり沢庵の囓る音がスピーカーから大きく鳴り響いた。
「ゴックン。」
気付けば、悟は生唾を飲んでいた。飯屋の客達は、思い思いに飯をかき込んで腹を満たすと、
「ごちそうさん。銭、置いとくよ!。」
といい残して、次々に飯屋から出ていった。女将は挨拶もそこそこに、次に来る客達のために、ひたすら七輪でイワシを焼いていた。そして、その煙が店中に籠もり、あんまの男性の足元には、何処からか紛れ込んできた野良犬がおこぼれを待っていた。
「んー!。凄いな、これ!。」
悟は、その古い映像に圧倒された。たかだか、飯屋で客達が素朴な飯を頬張るだけの、そんな数分程度のシーンだった。にもかかわらず、気付けば悟はそんな、ざっかけない店の片隅に座りながら、自身も飯が運ばれてくるのをまっているような、そんな気分になった。そして、
「これが作り事っていうのか・・?。」
と、余りにもリアルな映像に、一体、何処をどんな風にすれば、このような映像が創れるのかと、悟は一気に興味をそそられた。そして、
「よし、最初から・・、」
と、そういいながら、再生ボタンを押そうとしたとき、
「グーッ。」
と、悟の腹の虫が鳴き出した。悟はハッとなって、その手を止めた。そして、腕組みをしたまま、目を閉じた。
「今オレは、確実に腹が減ってる。いや、さっきの映像で腹を減らされたんだ。」
そう心の中で呟くと、悟は映像や演出の技術を見返すのでは無く、自身の空腹度合いに集中した。先ほどの映像を思い出しながら。
「みんな、美味そうに食ってたなあ・・。」
映像で見たのは、芝居のワンシーンだった。いわば、作り事である。しかし、そんなことすら、完全に忘れさせるぐらいに、その映像にはリアリティーがあった。
「技術じゃ無い。感覚ってことか・・。」
そういいながら、悟はパッと目を見開くと、動画のウインドウを閉じて、再び執筆途中のシナリオに着手し始めた。そして、芝居の中で登場人物が談笑しながら食事をするシーンから、一気にセリフを減らすと、食べ物に我を忘れて齧り付く、そんな内容に書き換えていった。もし自分が、そんな食事の席にいて、目の前に香しいご馳走が並べられたなら、さて、どう食べよう。何から食べよう。いや、兎に角、何でもいいから、じゃんじゃん食べよう。これまでの悟には思いも付かなかった想像が、次々に湧いて来た。
「グーッ!。」
悟は腹の虫と闘いながら、我を忘れてひたすら書いた。そして、
「ふーっ。取り敢えず、出来たかな。」
そういうと、書き終えた原稿に目を通した。
「うん、よしよし・・。」
悟がそう頷いていると、
「グーッ!。」
三度、腹の虫が鳴き出した。悟はこたつの上に置いてあるポテトチップの袋に手を伸ばすと、中に手を突っ込んだ。
「あーっ!。あの野郎、全部食ってやんの!。」
そういいながら、悟は空腹を満たしたい一心で、靴を履くと鍵を掛けるのもそこそこに部屋を飛び出していった。そして、アパートを出てすぐ横にあるコンビニに駆け込むと、一番最初に手に触れたお握りらしきものを掴んで、そのままレジまでいった。
支払いを済ませると、部屋に帰る時間も惜しいと感じた悟は、コンビニの駐車場の脇にあるベンチに座ると、早速お握りの包装を剥がして、向きを確認するのもそこそこに、お握りに齧り付いた。
「パリッ!。」
前歯が海苔を割きながら米を噛みしめると同時に、中にあった梅の酸味が口の中いっぱいに広がった。
「んー、美味い!。」
悟はそのまま、数秒で一個目を平らげた。休む間もなく二つめの包装を剥がして、またもや速攻齧り付いた。
「バリッ!。」
海苔の音と同時に、今度は鮭の塩分と脂の香りがドンと舌を刺激した。
「んー、美味い!。」
いつも、バイト帰りに何気に買って、家でボソボソと齧り付いていたお握りと、今食べている物が果たして同じ物だろうかというぐらいに、全く違う感覚が悟の口から脳へ、そして、全身へと駆け巡った。そして、危うく咽せそうになるのを、一緒に買ったペットボトルの緑茶で流し込むと、
「ふーっ。」
と、ようやく一息ついた。そして、
「あー。日本人に生まれて、ほんと、良かったなー!。」
と、悟は夜空を仰ぎながら、自身の食の原点が、この国の文化であるお握りにあることに、そこはかとなく感謝した。そして、少しずつ冷静さを取り戻すと、
「それにしても、あの映像って、一体、何だったんだろう・・?。」
と、自身の五感を其処まで引き出した、あの映像に隠されたものについて、想いを馳せた。一見、ただの古い時代劇のワンシーン。確かにそういうドラマにあまり触れていなかったこともあったが、しかし、あのシーンは、これまで見たどの映画やドラマとも違う。ダイレクトに人間が食べるという行為の本質のみを切り取って、それを映像として一気に見る側に突き付けていた。それも理屈や言葉、ましてや映像だけでは無く、感覚の塊として。そして、それをただ見る側の人間というだけでは無く、そのことを通じて、自身も少なからず影響を受け、そんな人間の無心に食べる姿を、自身も描いてみたいという所にまで電流のようなものを走らせたものが何なのか、悟はさらに考えた。と、そのとき、
「お?、こんなとこで飯か?。」
と、駐車場の前を通りかかった情がくわえタバコでたずねた。
「ん?、ああ。美味かったよ。」
「へー。何が?。」
「お握り。」
「コンビニのか?。」
「ああ。」
悟は一瞬、何故在り来たりなコンビニのお握りが美味いのかと不思議に思ったが、
「あれか?。」
と、自身がさっき紹介した映像のことを思い出した。
「ああ、あれさ。ところで、あの映像って、一体何だったんだ?。」
悟は自身の疑問に対するヒントがちょっとでも得られるかもと思い、たずねた。
「はは。オマエ、知らなかったんだ。あの俳優。」
「俳優・・って?。」
「あの目の見えないあんまの男性さ。彼があのドラマの主役兼監督さ。」
そういうと、情はその人物について語り出した。小唄や三味線の名人の元に生まれ、若い時から数多くの映画に出演する傍ら、私生活は破天荒極まりないその有名な俳優について、情は熱の籠もった解説をした。
「へー、そんな人がいたのかあ。」
「ああ。あのドラマだって、本当は結構残酷なドラマでな。仕込み杖から抜刀するや否や、瞬時に敵を片付ける。当代随一の殺陣だぜ。」
「そんなにか?。」
「ああ。あーいうのを天才・・っていうんだろうなー。」
情はそういいながら、いつの間にか悟の横に座ると、勝手に悟るが買ったお握りの残りに手を伸ばした。
「おい、勝手に・・、」
悟がそういうのも虚しく、情は既にお握りにパクついていた。
「パリッ!。」
「おー、美味え!。昆布じゃ無えか!。オレ、昆布が一番好きなんだよ。」
そういうと、情は何の躊躇も無く、お握りを平らげた。ついでに、悟の飲みさしのお茶も頂いた。残りが僅かだったので、情はペットボトルを仰ぐように飲み干した。口の横から少し零れたお茶が、喉元を伝って彼のシャツを濡らした。そして、飲み終えると、右腕で豪快に口元を拭いて、
「ご馳走さん。」
そういうと、空のペットボトルを悟に手渡した。悟はポテトチップのこともあったが、情の食べっぷりと、何処か憎めないワイルドな仕草が嫌いでは無かった。そして、情は一息つくと、
「ところで、オマエさ、あの後、どうした?。」
と、悟にたずねた。
「あの後って?。映像を見た後か?。」
「ああ。」
「何か無性に腹が減って、」
「で?。」
「でも、シナリオ書かなきゃいけなかったから、一気に書き上げた。」
「え?、書いたのか?。」
「うん。」
情は驚いて、悟の顔を見た。それを聞いた情は、悟に手渡した空のペットボトルを再び手に取ると、それをゴミ箱へ投げ入れた。そして、
「それ、見せてくれ!。」
そういうと、悟を立たせて、部屋まで急かした。そして、部屋の入り口に着くなり、情は勝手に悟るの部屋に上がり込んで、さっきまで書きかけだった原稿に再び目を通した。
相変わらず勝手な振る舞いだなと思いつつも、悟は情に続いて自身の部屋に入っていった。そして、食い入るように画面を見つめる情に何か声をかけようとしたが、あまりに真剣に原稿を見る様子に、悟は黙って彼の後ろに立って、その様子を見つめていた。暫くして、
「うーん、こうも変わるものか・・。」
と、情は唸るような声で、悟の原稿に感心した。
「どう?。」
悟はたずねた。
「オマエ、盗人(ぬすっと)だな。」
「盗人?。」
「ああ。オレが教えた例の時代劇の動画、彼処に出て来るシーンを覆っている、空腹感と雑多さが、もう既にオマエの描写に出てるぜ。これって、パクリだろ。」
「パクリって・・。オレはただ、オマエが教えてくれた動画を見て、インスパイアされただけさ。」
「ま、何でもいいや。影響でもインスパイアでも、パクリでも。」
そういうと、情はこたつに座ってタバコに火を着けた。そして、煙を燻らせながら、
「オレはさ、オマエが妙にシナリオ書くのが上手いなとは、正直思ってたんだよ。ところが、食事のシーンになると、途端に下手になる。それどころか、全然リアリティーが無い。そう思ってたんだ。だから、あの映像のこと教えてやって、オマエをぺしゃんこにしてやろうと思ったんだ。」
情は悟の才能に嫉妬していたことを白状した。と同時に、悟の弱点を見つけたが幸い、其処から一気に彼に本物の才能というのを突き付けて、絶望の淵に追いやろうと、そんな風に考えていた。しかし、結果は、描写の壁にぶち当たった悟の感性を、その場から飛躍する手助けをしたのだった。すると、
「オレは、オマエみたいに粗暴な風には生きられない。そんな風に常々思っててな。」
「粗暴って・・。」
情は悟の自身に対する形容に、一瞬躊躇した。
「そんな風に、何の拘りも無くワイルドに生きられたらなって。オマエのことが羨ましかったんだ。で、オマエが教えてくれた、あの動画を見て、何となくだけど、オマエがオレのこと、凄く応援してくれてるように思ってな。」
そういうと、悟はこたつの所に座って頭の後ろに手を組むと、天井を仰いだ。
「圧倒的だったよ。あの映像。で、その時に気付いたんだ。あんなの、自分で思いついたり、自分で創ったりなんか、出来る訳がないって。オレがオマエになれないのと同じように。でも、あれって、作り事だろ?。本当に食べる人間を描く。そういう演出。だったら、オレもシナリオで作り事を日々書いてる訳だから、真似をしてでも創っていけばいいんだって、そう思ったんだ。」
悟もそう白状すると、情の方を見た。
「オマエ、オレのポテトチップ、何の躊躇も無く、全部食べたろ?。だったら、オレだって、人が創った作品の手腕を勝手に真似させてもらったって、バチは当たらないんじゃないのかなって。だからさ、オレはオマエに感謝してる。有り難うよ。」
そういうと、悟は何とも嬉しそうな顔をした。それを聞いた情は、くわえていたタバコを灰皿でもみ消しながら、
「あーあ。結局はオマエを潰し損ねたぜ。それどころか、一段、ステップアップさせちまったな。オマエ、こんな肉の塊、齧り付いたことあるのか?。」
そういいつつ、情はシナリオに書かれた食事のシーンの箇所を指差した。
「無いよ。でも、あの映像を見て以降、オレだったら、どんな風に齧り付くか、空腹の絶頂ならなおのこと、どんだけ必死になるか、口を開くか、周囲を気にしないか、そんな想像ならいくらでも湧くようになったんだ。」
情は座ったままで後ろの壁にもたれながら、
「あーあ。負けた負けた。オマエは根っからのシナリオライターだな。」
そんな風に、言葉こそ悔しがっていたが、さばさばした様子でいい放った。その後、二人は舞台で食事のシーンをより大きく見せるためには、どのような動きをすればいいのか、場合によっては、本物の食材を置いて、食べて見せてもいいのではないかと、如何に食べるということを演じることで、観客に空腹感を喚起させるかについて、夜遅くまで語り合った。
「じゃあ、シナリオが上がったら、早速稽古に入るか。オレ、帰るわ。そろそろ彼女が帰ってくる頃だしな。」
そういうと、情は少し名残惜しそうに、同棲している彼女が帰って来る前に部屋を後にした。タバコの吸い殻を片付けて、部屋を簡単に掃除した後、悟は少し小腹が空いたのに気付いた。
「んー、さっきお握り食べたしなあ・・。」
仕方無く、何か食べ物が残ってないかと、悟は部屋を見回した。すると、
「あ!、あった。」
部屋の片隅に、小さなグミのお菓子の包みが落ちているのを見つけた。それを拾うと、彼は丁寧に包装を開けて、包み紙からさらに丁寧にグミを取り出すと、それを慈しむように囓った。そして、甘みが口の中いっぱいに広がったとき、
「全然ワイルドじゃ無えな、オレ・・。」
と、悟は自身の動きの小ささを嘆いた。グミを堪能しつつ。
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