レイちゃんとボク

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 ボクがはじめてレイちゃんに会ったのは、レイちゃんの3歳の誕生日。でもレイちゃんはまだ幼かったし、ボクもまだ話をすることが出来なかったので、この時のことは、お互いにほとんど覚えていないよね。  レイちゃんが幼稚園に通うようになったころには、二人はもうとても仲良しだった。このころからボクはしゃべれるようになってきた。遊ぶのも一緒、寝るのも一緒。ボクが汚れたときには、お風呂だって一緒に入ったね。このころは本当に楽しかった。ただただ楽しく一緒に遊んだね。  でもボクが、本当の意味でレイちゃんの友だちになれたのは、小学校に上がってからだ。最初のお父さんがいなくなって、レイちゃんはとても寂しそうだった。だからボクは、ボクがレイちゃんを元気にしてあげなくちゃって思ったんだ。すぐに二番目のお父さんが来たけど、レイちゃんはあんまり仲良くなれなかったね。お母さんともうまくいかなくなって、レイちゃんは独りぼっちだった。だからよく、ボクと二人で話をしたよね。  小学校の高学年になったころには、ボクはレイちゃんの話を聞くだけでなく、相談にのるようになった。このころからボクは、何が一番レイちゃんのためになるのかを考えるようになり、それをレイちゃんに伝えるようになったんだ。  ボクは自分が人間じゃないってわかっている。ボクが、クマのぬいぐるみだってことはよくわかっている。レイちゃんに動かしてもらわなければ動けないし、レイちゃんの口を借りないと話も出来ない。でも誰よりもレイちゃんのことを思っているし、大切に思ってる。レイちゃんも、ボクのことが大切だって言ってくれたね。  中学校では、いじめにあったから、ボクは本当にレイちゃんが心配だった。「もう死にたい」っていうレイちゃんを、何度止めたかわからない。本当につらい時期だったね。  高校生になると、いじめられなくなったし、文芸部の友だちも何人か出来たね。とてもほっとしたよ。もうボクなんて必要なかったのに、レイちゃんはいつまでもボクと話をしてくれたね。本当は少し寂しかったから、うれしかったよ。  そのころは三人目のお父さんがどこかに行っちゃって、お母さんは独りぼっちだった。家にこもるようになってしまったお母さんを、ボクとレイちゃんでなんとかしようってことになって、ボクははじめてお母さんと話をしたんだ。  自分の娘が、クマのぬいぐるみを抱いて、腹話術のように話をしてくる。これが少し変だってことはボクにもわかっていた。でもボクは、ボクがお母さんの心を動かせるんじゃないかって思っていたんだ。  ボクはお母さんにこう言った。 「レイちゃんは、ぬいぐるみであるボクなしには寂しくて生きて来られなかったんだよ。今またお母さんが引きこもっていたら、またレイちゃんがつらい思いをしちゃう。レイちゃんにはお母さんが必要だし、お母さんにはレイちゃんが必要なんだよ」  ボクの言葉が、どんなふうにお母さんに届いたのかわからない。でも、それからお母さんは変わって、レイちゃんを大事にしてくれるようになった。とてもしっかりしてきて、レイちゃんのことを心配してくれるようにもなった。  一度お母さんと話をしてしまったボクは、調子に乗って、時々お母さんに話しかけるようになった。もちろん、レイちゃんの口を借りてだけど。  すると、ボクという存在が、レイちゃんの心の病なんじゃないかって、お母さんは考えるようになった。幼いうちなら〈イマジナリー・フレンド〉っていう、見えない友だちみたいなものって考えただろうけど、もう高校生だ。ボクっていう存在は、常識的にはおかしいのだろう。自分でも不思議だもの。ボクは、レイちゃんの中に存在している。それでいて、これほどにレイちゃんとは別の感情や考えを持つとなると、これは〈二重人格〉というものかもしれないらしい。  なるほど。確かにボクのような存在は、レイちゃんの健全な心の中には、いてはいけないのだろう。必要なときにはいつでも戻ってくるけど、そうならないことを願って、消えることにしよう。  ボクは、レイちゃんの17歳の誕生日に、消えた。  ……あれから80年が過ぎたのか。久しぶりだね、レイちゃん。よくボクをとっておいてくれたね。一緒の布団に寝るのも久しぶりだ。最後に一緒にいられて本当にうれしいよ。  寂しくないよ、一緒に行こう。レイちゃんと、ボクと二人で……。 〈了〉
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