逃げたマーブルチョコレート

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「いいのくれはって、よかったなぁー」 「うん!」  夕方保育園から帰ってきた時、お隣のお婆ちゃんから頂いたメガネの形をしたマーブルチョコレートを持って喜ぶ息子の衛門。 「おかあさん、これどうやってたべんの?」 食べたいのに初めて見るお菓子。食べられず、うーんと戸惑う息子に少し笑ける。 「衛門、それ、お母さんに貸してみ?」 「はーい」 と素直に渡す息子。 「これな、こうすんねん」 衛門に見える様に、プラスチック面を指で押して、中に入ってるマーブルチョコを押し出して「ほれっ」とマーブルチョコレートを見せる。そして「はい」と渡してやると、そのまま口に入れてカリッカリッと音をさせて食べた。 「おかあさん、チョコレートやったー!むっちゃおいしいかったなぁー…もうちょっとたべたいなぁ…」 私の前でおなかがすいた時にする『食べたいダンス』を控えめにしだす。私をちらちら見ながら…。 「分かった。そしたら、食べ過ぎたら夜ごはん食べれへんし、五つだけにしとこっか」 「うん。あと、プチプチ、えもんがしたい」 「プチプチ?」 「うん。プチプチー」 「やり方分かる?」 「わかるー」 「そしたら、はい、どうぞ!」 と言ってマーブルチョコレートを渡す。 「ありがとー」 満面で受け取る。そして、早速マーブルチョコレートを取り出そうと挑戦する。 「衛門、お母さん夜ごはんの用意してくるな」 と衛門に言ったものの、取り出すのに夢中で聞こえていないのか、返事がなかった。再び衛門に声を掛ける前に(これは流石に気がつくやろう)と思いながら、両手で頭をワシワシ撫でる。 「おかあさん、なに?」 「どう?出来そう?」 「むずいけどがんばる」 「うん!!ボチボチしいな」 「うん!」 「衛門、お母さん、夜ごはん作ってくるしな。何かあったら…」 「だいどころやろ?」 「そうそう!」 と、ニヘラ~と笑い合う。 🟡🟢🔴🟣🟤 「おかあさん!ほらみてー!できたー!」 バタバタ足音をならして衛門が台所にやってきた。私は野菜を切るのを一旦止めて、衛門に近づく。 「ほんまに?見せて、見せてー」 「ほらー!」 と両手を広げて、プチプチ出来たマーブルチョコレートを見せてくれた。良く見ると掌手のひらに所々溶けたマーブルチョコレートの色がついていた。 「おっ!ちゃんと五つある!数もあってるやん!すごいなぁ!」 「えもんスゴいやろ~!」 「うん!衛門、スゴいやん!」 「えへー」 「衛門、プチプチしたん、テーブルのとこでゆっくり食べといで。その間にお母さん、夜ごはん作ってしまうし!」 「わかった!えもん、あじわってたべてくるわー」 マーブルチョコレートを大事そうに再び両手に閉じ込めて、台所を後にした。 「衛門、味わって…って、そんな言葉、何処で覚えてきたんや?」 🟡🟢🔴🟣🟤 「なんか小腹が空いてきたかも…」 家族皆が早々に寝て、静かになったリビングで疲れたと、一人イスに座って少し熱めで入れた玄米茶を飲むと、何となく小腹も空いてきて、少し甘いもんが欲しくなった。 (甘いもん、何かあったかなぁ…)と、飲みかけの玄米茶を置いて、台所まで探しに行く。  おやつ置場と隠しおやつ置場を探したけど甘いもんはなかった。う~ん、どうしたもんかと考えると、ある事を思い出した。 (あるやん!あそこに!冷蔵庫の中に!!マーブルちゃんが!…衛門のやけど…三粒位勝手に食べても分からへんか…?分からん?分からんか…うん、分からん、分からん!) 🟡🟢🔴🟣🟤  衛門立会の元、冷蔵庫に入れたマーブルチョコレートを取り出す。そして一先ず流し台のシンク横に置いて、リビングに置いてきた玄米茶を取りに行く。 「きっと、冷めてるなぁ」 玄米茶の入った大きめの湯飲みを両手で持つと予想通り冷めていた。冷めた玄米茶をレンジで温めるために台所へ戻った。 🟡🟢🔴🟣🟤 「はーっ!マーブルチョコレートと温かい玄米茶、むっちゃ合うわーっ……」 何も考えず食べて飲んで…ずずっ…。 「玄米茶、なくなった…」 湯飲みの中を見てみるとやっぱり空っぽ。はっとして、メガネの形をしたマーブルチョコレートを見ると、残り三分の一程…。 「どっ、どうしょー!?調子にのって、食べ過ぎたーっ!!ばれへんかなぁ…」 冷蔵庫を開けて、元の場所に置き直す。そして、ばれませんように!と祈りながらそっと冷蔵庫を閉めて、歯磨きをしに洗面所へ行った。 🟡🟢🔴🟣🟤 「おかあさーん、おはよー!」 珍しく早起きの衛門が台所にやって来た。 「おはよう!珍しく早起きやん。どうしたん?」 「えっと、マーブルチョコレートみにきてん」 「マーブルチョコレート…」 「うん!れいぞうこからにげてへんか、みにきてん」 「に、逃げてへんか…」 「うん!」 「に、逃げてへんか…」 「うん?おかあさん、れいぞうこからマーブルチョコレート、だしてくーださい」 「…ちょーっと、待ってな…」 どきどきしながら、ゆーっくり冷蔵庫を開けてマーブルチョコレートを出す。 (どうか、どうか衛門が気づきません様に!) 「はい、衛門…」 床に膝をつけてメガネの形をしたマーブルチョコレートを渡す。 「おかあさん、ありがとー!」 両手でしっかり笑顔で受け取って、透明なプラスチックケースから見えるマーブルチョコレートを………見た。そして、一瞬にして笑顔は泣き顔へと変わる。 「うわ~~ん!おか~~さ~~~ん!!マーブルチョコレートがにげてる!たくさんにげてる~~~!」 衛門の泣き顔を見て、脂汗が出てくる。 「え、衛門…マーブルチョコレートさん、ど、何処、行かはったんやろうなぁ…」 (衛門、ごめん!!食べてごめん…やっぱり分かったか…) 床に膝をついて衛門を抱き締めながら反省をする。 「ふたりともおはよう…。衛門…。朝から何大泣きしてるん?」 身支度が整った夫が心配して、泣き声が聞こえる台所までやって来た。やって来た夫に飛び付く衛門。 「おどじゃん…ま、まっ…ぶー…ちゃこでーど…うぐっ……に、にげぢゃっ…だぐざんーっ~💦」 手に持ってるメガネの形をしたマーブルチョコレートを夫に見せて、必死で伝えようとしている衛門。床に膝をついて脂汗をかいて呆然としている私を見て何かピンときた夫。 「衛門、マーブルチョコレートな、逃げはったんと違うねん。お泊まりで遊びに行かはってん。明日になったらちゃんと戻ってきはるしな。心配しんときな!」 そう言って衛門を優しく抱き締める。でも、視線は私に向いていて『子供を泣かすようなことしたらあかん!』と、怒っていた。 🟡🟢🔴🟣🟤 「おかあさん、おはよー…」 二日連続早起きの衛門が、少し緊張気味の顔をして台所にやって来た。 「衛門、おはよう!マーブルチョコレートやんな?」 「うん…」 「ちゃんと戻ってきてはるか、冷蔵庫を開けて見てみよっか?」 「う、うん」 冷蔵庫を開けようとして、一旦止める。そして、もう一度衛門に向き合って聞いてみる。 「お母さんだっこするし、衛門が自分で冷蔵庫開けて、マーブルチョコレートちゃんと戻ってきてはるか見てみる?」 「うん!じぶんであけて、じぶんでみるー!おかあさん、ありがとー」 「うん。そしたら、衛門、冷蔵庫の方向いて、脇に手突っ込むでー」 そう言うと、大きく頷いて、冷蔵庫の方を向いて、バンザイをした。そして、なんでか?手のひらはキラキラ。 「よいしょっ!」 重たくなったなぁ…と成長を感じながらだっこをする。 「衛門、これで冷蔵庫開けれるし、マーブルチョコレート戻ってきてはるか見てみて」 「わかった!あけるでー!せーのーで!!」 掛け声と共に左手で冷蔵庫を開けて、メガネの形をしたマーブルチョコレートをすぐに見つけた様で、右手に持ってブンブン振り回していた。 「おかあさーん!みつかったー!」 「わかった!そしたら、降ろすしなー」 「はーい!」 「冷蔵庫閉めといてやー、エコとちゃうしー」 「はーい!」 衛門をゆっくり床に降ろす。何やら衛門は、手に持っているマーブルチョコレートをじーっと見つめて思案中。 「衛門、どうしたん?」 マーブルチョコレートを私に見せた。 「おかあさん、マーブルチョコレート、みんなもどってきてはる。たべたいつつももどってきたはるー…なんで?」 「んー…なんで?なんでやろ…寂しくなったし、お友達連れてきはったんちゃう?」 『お友達』の言葉に思うところがあったのか、私の答えに納得した様な衛門。 「そっかー…マーブルチョコレートも、えもんといっしょなんやー!」 笑顔の衛門を見て、ま~るくおさまって、ほっと胸を撫で下ろす私でした。
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