加賀美 伊織

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加賀美 伊織

2月のある日、1通の手紙が届いた 会った事のない甥からのものだった 父親が亡くなった 父親に言われていた通り、会いに来るとの事だ 仕事終わりに見た手紙には、新幹線がこちらへ着く日時が書かれていた 信じられない 1度も会った事がないのだ そんな奴に会いに行こうと思うだろうか? 大学卒業と同時に加賀美の家を出た兄から手紙が届いたのは、4年経った頃だった 朝比奈という女性と結婚していたそうで、その人が亡くなったらしい 甥はまだ3歳だという 加賀美の家に干渉する気はない だが、もしも自分に何かあったら、息子に会ってくれとの事だった その後の事は、俺に任せると 馬鹿げている 兄は、加賀美から……俺から離れたのだ 何故、甥を加賀美に近寄らせるのか 何故、俺なんかを信用出来るのか 俺は、朝比奈に名前が変わっていた兄の身辺調査をした だから、俺は朝比奈 結を知っていた そして、朝比奈 結が、叔父の存在など知らないという事も知っていた 親戚なのか、友人なのか、どんな関係なのか 分からないまま、彼は俺に会おうとしているのだ まだ中学1年生 両親が亡くなった今、彼に必要なのは、これまでいつも彼の近くに居た人達だ 俺の元に来るべきではない だが……会えば分かるだろうか 何故、俺を見捨てたはずの兄は、大切な存在を俺に託そうとしたのか 何故、疑いもせず、その甥は俺の元へ来るのか いや、流石に周りの者達も止めるだろう けれども、念のため準備だけはしておこうか 念のため駅に向かわせた佐久間から連絡が入った 朝比奈 結を見付けたのでマンションに連れて行くとのことだ 彼と彼の周りの者達は何を考えているのだろう? 知らない土地で、会った事もない人の元へ行くなど、俺には考えられない 仕事が忙しいのは本当だが、しばらく会わずに様子を見た方がいいだろう 何日かしたら、どうせ戻ると言い出すはずだ 仕事終わり、マンションへ戻ってみる 特に問題なく過ごしていたようだ 少しだけ 顔を見てみてもいいだろうか 写真で見た事はあったが… すぐに戻ってしまえば、一生会う事はないだろう 分かりあえないまま居なくなってしまった兄の息子 もう真夜中だ さすがに眠っているだろう マスターキーでドアを開けると、予想通り眠っていた 顔はよく見えない 電気を消しているのだから当たり前だ 何を馬鹿な事しているのかと、部屋から出ようとすると 「……とう…さ………とう…さ………とう…さ………」 父親を……兄を呼んでいるのだろうか 夢の中で会えているのか? しばらく様子を見るが、呼び続けている 声が届かないのか… それとも、兄の最後を見ていた記憶を思い出しているのか… ベッドサイドに戻り、頭を撫でてみる どうして、そんな事しようと思ったのか自分でも分からない だが、少しそうしていると、声は消えていき、寝息だけが聞こえてきた 俺は、そっと部屋を出た
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