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第一部 出会い
──どうかお母さんの悪い病気がもう出ませんように。
祈るような気持ちで、ひなたは見知らぬ街のこれから暮らす家へと向かった。
悪い病気とは、母親の過度の恋愛体質である。依存症といってもいい。
ひなたの母かなえは、確か今年で37歳のはずだが、見た目に生活感やら疲れが出ない稀有なタイプで、そもそも子持ちにすら見えない。
色白の肌に色素の薄い柔らかな髪はふわふわして、どこか少女らしさみたいなものが残っている。色気むんむんというタイプではないのだが、かつての恋人曰く「男の純情をかきたてる」女性なんだとか。
なんだか妙に納得してしまうが、過度に恋愛体質の母親をもつと、苦労するのは娘のひなただった。恋人ができるたびに全てを捧げる母親は、いつも本気で結婚をゴールだとバツ3になった今でも思っている。
再婚やら同棲するたびに引っ越し、西へ東へ。
ひなたの転校は小学校で3回、中学校で二回目となる。
彼氏に夢中で、ひなたには冷たい、というようなことはない。
母は優しかった。いつも自分の恋愛相手は素晴らしく、ひなたのよき父になると信じて疑わない。
若くてきれいというだけではなく、昔から男心をそそる何か見えざる引力をもっているようだ。
その度に住居や父親が代わり、不安定な生活をしてきたけれど、母はひなたにはいつでも優しかった。ひなたにはいつも微笑みを絶やさず、家事も仕事も頑張っている。
けれどひとたび恋に落ちると、もはやその衝動は誰にも止められず、自分が婚姻中でも相手が既婚者でも愛だけのために仕事も家も捨て──ひなただけは捨てなかった──新しい生活を始めようとする。
母に連れられてやってきたのは、白くて立派な一戸建てだった。豪邸と言ってもよい。広い庭の中に上品だけど一目見てお金がかかってそうな家があった。
二人を出迎えたのは、昔ハンサムだったんだろうなという雰囲気の優しそうなおじさんと大きなゴールデンリトリバー。
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