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「……確かに、そうですね」
しばらく黙っていた朔が、ようやく、ぽつりと言った。
「……二人がなぜこうなったのか、私には理解できませんでした。百合はともかく、先生の方は、一時的な気の迷いかもしれないと思ったんです。もしそうなら、冷静に話し合えれば、わかってくださるかもしれないと……。……ですが、保険はかけていました」
朔は、藤色のスマホを取り出した。そっと録音を止めて、つぶやく。
「先生と、同じです。スマホで録音してたんです。先生がわかってくださらなかったら、せめて、百合が目を覚ますような言葉がとれたらいいと思って。……ですが、こんな内容、さすがに聞かせられませんよね……」
言い終えた朔は、月明かりの下でいつもよりもはかなげに見えた。気丈にふるまってはいるが、藤井の言葉が彼女の泣き所を突いたことを、吸血鬼は知っている。
彼は少しだけ口調をやわらげ、問いかけた。
「……君は、どうしてここまでするんだい? 百合って子は、君より彼を信じたんだ。そんな彼女のために、約束を守って、自分の身を危険にさらして――、それで君に、メリットはあるのかい?」
「メリットなんて……」
朔は否定しようとして、それから思い直したように首を横に振った。
「いえ……、やっぱり、自分のためですね。百合は……私の友達でした。いくら彼女が私をそうと認めなくても、友達が誤った道に進もうとしているときに、止められない自分ではいたくありません。私は嫌われ者かもしれませんが、私だけは自分のことを嫌いになりたくなかったんです」
「……嫌われ者、ねえ……」
吸血鬼は頬をかいて、すっかり暗くなった空を仰ぐ。それから、彼女へ視線を向けた。
「そんなことないと思うけどね。たぶん、君の家族のことを言ってるんだろうけど――」
朔の目が揺らぐ。それを隠すように長い睫毛を伏せ、下を向く。
「――少なくとも僕は、君のそういう性格は、嫌いじゃないよ」
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