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次の日の夕方、朔は梨をもって公園を訪れた。
吸血鬼が求めるブラッディメロンはもちろん存在せず、通常のスイカも時期的に手に入らないため、特選の和梨を袋ごと献上しに来たのである。
吸血鬼は最初、残念そうな表情をしていたが、
「あー、でも、血の滴る梨ってのもいいかもしれないなあ。スイカより小さいけど、その分たくさん木に成るし」
と、いつものベンチで側の針葉樹を見上げながら、うっとりした表情でつぶやいている。
朔は吸血鬼の隣に腰掛け、ビルの隙間に広がる夕空を眺めた。
藤井は、朝一で警察に出頭したらしい。他の学校でも似たようなことを繰り返していたらしく、恐喝や脅迫などの証拠をもって警察へ自首したと、学園に一報が入った。
おかげで、学園は大騒ぎになり、授業の途中で臨時休校になったのである。
「吸血鬼さんの仕業でしょう?」
「え? 何が?」
「先生のことです。昨日の今日で、あっという間に懲戒解雇ですよ。どんな顔して先生に会えばいいかとか、百合をどう説得しようかとか、昨夜からずっと考えていたというのに」
吸血鬼はくすりと笑った。
「百合って子の目を覚ますには、これが一番いい方法だろ。もしも、それでもあいつに入れ込むようなら、悪いけど救いようがない。君もきっぱりと諦めた方がいい」
「――癪ですけど、吸血鬼さんの思惑通り、百合は謝ってくれましたよ」
私の目が眩んでいた、あなたには悪いことをしたと、彼女は頭を下げてくれた。最近、藤井は少しずつ冷たくなってきていたらしい。それで不安になっていたところ、朔にたしなめられ、カッとしてしまったのだそうだ。
「ふうん? それでなんで浮かない顔なの?」
「どう……したらいいのかと思いまして」
朔は、彼女らしくなく、迷った声で続けた。
百合はこれからどうするのだろう。家も婚約者も裏切っていたことを、ずっと隠し続けるつもりだろうか。それとも、素直に打ち明けて許しを乞うのだろうか。
どちらを選んでも困難な道だ。力になってやりたいとは思う。が、叩かれた頬の痛み、友情を壊された痛みは、記憶に深く刻み込まれてしまった。
このわだかまりが消えるとは、今は到底思えない。
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