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「――私は、彼女を許すべきなのでしょうか。その場で頷けなかった私は、心の狭い人間なのでしょうか」
「君は、どうしたいの?」
「…………吸血鬼さんなら、どうしますか?」
質問を質問で返されて、吸血鬼は肩をすくめた。
「僕は関係ないだろ。傷つけられたのは君だし、決める権利は君にある。君がどんな選択をしたって、他の誰にも、もちろんその百合って子にも、君を責めることなんてできないさ。君がどれくらい傷ついて、何を考えてどう生きていくかなんて、君以外にはわからないんだからね」
「…………」
朔はしばらく黙っていた。風に吹かれて木の葉が数枚、落ちるのを眺めてから、口を開いた。
「私は、先生の言った通り、友達がいないんです。いえ、形だけの、一緒にお昼に行くくらいの友達ならいますが、心を許せるほどではありません。ですから……、今回みたいなことがあると、その関係はあっさりと壊れてしまいます。きっと、私に人望がないってことなんでしょうね」
「うーん……」
吸血鬼は、今までの朔の所業を思い浮かべ、うなった。
「……人望はともかく、それとこれとは別じゃない? 人間なんて、僕らとは比べものにならないほど沢山いるんだ。そのうちの数人だか数十人だかがわかってくれなくたって、そんなの、ほんの一部でしかない。自分に絶望するには早すぎるだろ」
吸血鬼が、梨を投げたり回したりしながら、言葉を紡ぐ。
「だけど、もし……。もし、あいつの言葉に、それほど傷ついたのなら――」
上に放り投げた梨を受け止めてから、朔に視線を定める。
「催眠術で、あの時の記憶を消すこともできるよ」
「――それは、絶対にやめてください」
朔はきっぱりと断った。
「……真面目だねえ」
「真面目だからじゃありません。だって、そんなことしたら、吸血鬼さんとの――」
そこまで言って、朔は言葉を切った。吸血鬼の目をじっと見つめ、言い換える。
「吸血鬼さんの告白まで、なかったことになってしまうじゃないですか」
「――はい!?」
とんでもない発言に、吸血鬼がピンと背筋を伸ばした。
「告白だって!? ――誰が、いつどこで誰に!?」
「吸血鬼さんが、昨日の午後六時三十二分、学園の裏庭で私に。ちゃんと、スマホで時間を確認しました」
「怖いな!!」
吸血鬼は、朔から慌てて遠ざかる。
「わかってると思うけど、あれは一般的な話だから! 別に、君が特別でとかそういう意図は全然なく!」
「そんな、ひどい……。私の気持ちを弄んだというんですか?」
「だから、そういう化かし合いが嫌だって僕は……! ああもう、ほんと、厄介な人だな君は!」
怒ってしまった吸血鬼は、梨に皮ごとかぶりつきながら林の中へと帰ろうとする。朔はくすくす笑っていたが、その笑いを引っ込め、吸血鬼を呼び止めた。
「――吸血鬼さん。決して、私に催眠術は使わないで下さいね」
たとえ告白でなくても、あの言葉は、絶対に忘れたくない、大切なものだから。
真剣な声音に、吸血鬼も足を止めて振り返った。探るように朔の顔を眺め、汁の滴った指をぺろりとなめる。
そして、にやりと笑った。
「使わないよ。――なんなら、神に誓おうか? 吸血鬼だけど、ね」
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