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こんな噂がある。
ビル街に隠れた寂れた公園に、一匹の化け物が棲んでいる。
その化け物は、貢物を持っていくと、一つだけ願い事をかなえてくれるという。
「……はあ」
その公園のベンチで、朔は小さくため息をついた。
つややかな長い黒髪と透き通るような白い肌。お人形さんのように美しい彼女は、裕福な子弟が通う芙蓉学園中等部の二年生である。
数か月前からたまにここへ通っているのだが、その理由は、隣で寝転んでいる化け物にあった。
「あーあ」
空を仰ぎ、青い目を伏せ気味にしている彼は、正真正銘の吸血鬼だ。黄味がかった金髪を赤いリボンで一つにまとめ、仰々しい黒と赤のマントを羽織っている。
マントを抜かせば、どこからどう見ても普通の人間である。しかも、警察に捕まるのが怖くて人を襲えないのだという。それを知った朔は、時折、自分の血を提供しにここを訪れているのである。
「今年もスイカ、ダメだったかー」
その彼の当面の目標は、「甘い果汁の代わりに人間の血がたっぷり詰まったブラッディメロン」を開発することである。
もし実現すれば、念願の自給自足生活の始まりだ。献血ルームに忍び込んだり、血を吸うために朔の肌を傷つけたりする必要もなくなるのだ。しかし、公園の砂場を勝手に使って栽培しているのだが、うまくいかない。
そう嘆いている彼を、朔は横目でじとっと見つめた。
「……吸血鬼さん。隣で妙齢の女性が憂い気にためいきをついているというのに、一言もなしですか?」
彼は少しだけ目線を下げて、朔のぎこちない秋波を受け止める。
「妙齢の女性? は。日本人の結婚可能年齢って何歳だっけ?」
「……今は、十八です」
「じゃあまだ子供だ。ただの子供が大口開けて呼吸をしていたって、何とも思わないよ」
「…………。そうですか」
朔はすっと、背筋を伸ばして立ちあがった。そして、淑女のように優雅に数歩、移動すると、流れるような仕草で――吸血鬼の腹の上に腰を下ろした。
「ぐえっ!」
「だとしたら、私たち、お似合いですよね? だって、二人とも子供ですもの」
「ぼ、僕は、不老不死なんだよ? 見かけが若くたって、実際はもっと年を取ってるに決まってるじゃないか!」
「あら。何歳くらいですか?」
「年齢を数えることに、意味があると思う?」
吸血鬼は、朔の下から這い出すと、ふうと息をついてベンチに座り直した。
「だからそんな、生まれたてみたいな君とどうにかなるようなことはないよ。そんなことしたら、お天道さまの下を歩けなくなるっていうしさ」
「それは……、吸血鬼だけに?」
「うん、吸血鬼だけに」
うまいこと言った、みたいな顔でうなずいた吸血鬼の頬を、朔は力を入れてぎゅっとつねった。そして、それ以降は口も利かず、静かに家に帰ったのだった。
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