8人が本棚に入れています
本棚に追加
怒りの価値は?
書斎に呼び出された私は、眼鏡を忘れたことを悔やんでいた。
「ぬぉおおお! なんということだっ! クソッ! クソッ! クソォッ!」
父が鬼のような形相で書斎机を殴っている。
その激しい音に呼び寄せられるように、どこからか黒い靄が集まり、ゆっくりと父の体を覆い隠していく。いつものことながら、気が滅入る光景だ……。
「クソッ!」
壁に投げつけられたクリスタルのグラスが砕け散った。
――800G。
「ぐぬおおお! おのれぇ……!」
書棚から投げ捨てられた書物、破れたのは二冊で25G。
空になった高級酒、250G。壁紙の修繕費用、2,000G。
意識して対象を見れば、すぐに価値が数字となって浮かんでくる。
魔眼で概算した父の怒りの代償は、ざっと3,075G――。
平均的な平民の賃金は一日3G。
父の怒りに、1,000日分の労働価値があるとは思えなかった。
「フレデリカ! この……役立たずが! 一体、マウロ様に何をしたのだ!」
父は震える手で、侯爵家からの婚約破棄申し立ての書状を私に突きつけた。
ふーん、高級羊皮紙5G……さすが侯爵家ね、良い紙だこと。
「落ち着いてください、お父様。恐らくマウロ様は、私の外見が好みでなかったのですわ。こんな不吉な黒髪の貧相な小娘よりも、きっと、赤髪で成熟した魅力を持つ女性の方が良かったのでしょう」
マウロ様が熱を上げていた赤髪の侍女を思い浮かべながら言った。
まさか、婚約相手の自分を待たせている部屋の隣で、侍女とあんなことを始めるなんて……。
他言しない代わりに婚約破棄をお願いしてみたけど、上手く行って良かったわ。
ふふっ、でも、あの二人の様子なら、私が黙っていてもバレるのは時間の問題だったかも。
「ふ、ふざけるな! いくら次男とはいえ、あのベルハイト侯爵家だぞ……!? この縁談を纏めるのに、どれだけの金を積んだと思ってる!?」
やっぱり変だと思ったら、金で買った縁談だったのか……。
侯爵家の人脈が欲しかったのだろうけど、当てが外れたわけね。
私のことも厄介払いするつもりだったみたいだし。
「そう言われましても、私にはどうすることもできません」
「ぬぅ……もうよいわ! 父でもなければ娘でもない! 二度とギルマンを名乗ることを許さん! お前など、どこへなりと消えてしまえ!」
もう、私を睨んでいるのかさえもわからない。
全身を黒いモヤに覆われ、声を荒げる父の顔は殆ど見えなくなっていた。
あぁ、見てるだけで息が苦しくなってくる……。
「では、荷物をまとめて参ります」
私は小さく膝を折り、早足で自分の部屋に戻った。
最初のコメントを投稿しよう!