怒りの価値は?

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怒りの価値は?

 書斎に呼び出された私は、眼鏡を忘れたことを悔やんでいた。 「ぬぉおおお! なんということだっ! クソッ! クソッ! クソォッ!」  父が鬼のような形相で書斎机を殴っている。  その激しい音に呼び寄せられるように、どこからか黒い(もや)が集まり、ゆっくりと父の体を覆い隠していく。いつものことながら、気が滅入る光景だ……。 「クソッ!」  壁に投げつけられたクリスタルのグラスが砕け散った。  ――800(ゴル)。 「ぐぬおおお! おのれぇ……!」  書棚から投げ捨てられた書物、破れたのは二冊で25G。  空になった高級酒、250G。壁紙の修繕費用、2,000G。  意識して対象を見れば、すぐに価値が数字となって浮かんでくる。  魔眼で概算した父の怒りの代償は、ざっと3,075G――。  平均的な平民の賃金は一日3G。  父の怒りに、1,000日分の労働価値があるとは思えなかった。 「フレデリカ! この……役立たずが! 一体、マウロ様に何をしたのだ!」  父は震える手で、侯爵家からの婚約破棄申し立ての書状を私に突きつけた。  ふーん、高級羊皮紙5G……さすが侯爵家ね、良い紙だこと。 「落ち着いてください、お父様。恐らくマウロ様は、私の外見が好みでなかったのですわ。こんな不吉な黒髪の貧相な小娘よりも、きっと、赤髪で成熟した魅力を持つ女性の方が良かったのでしょう」  マウロ様が熱を上げていた赤髪の侍女を思い浮かべながら言った。  まさか、婚約相手の自分を待たせている部屋の隣で、侍女とあんなことを始めるなんて……。  他言しない代わりに婚約破棄をお願いしてみたけど、上手く行って良かったわ。  ふふっ、でも、あの二人の様子なら、私が黙っていてもバレるのは時間の問題だったかも。 「ふ、ふざけるな! いくら次男とはいえ、あのベルハイト侯爵家だぞ……!? この縁談を纏めるのに、どれだけの金を積んだと思ってる!?」  やっぱり変だと思ったら、金で買った縁談だったのか……。  侯爵家の人脈が欲しかったのだろうけど、当てが外れたわけね。  私のことも厄介払いするつもりだったみたいだし。 「そう言われましても、私にはどうすることもできません」 「ぬぅ……もうよいわ! 父でもなければ娘でもない! 二度とギルマンを名乗ることを許さん! お前など、どこへなりと消えてしまえ!」  もう、私を睨んでいるのかさえもわからない。  全身を黒いモヤに覆われ、声を荒げる父の顔は殆ど見えなくなっていた。  あぁ、見てるだけで息が苦しくなってくる……。 「では、荷物をまとめて参ります」  私は小さく膝を折り、早足で自分の部屋に戻った。
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