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開かずの館②
快晴とはいえない、かといって曇っているともいえない、どっちつかずの空模様はまるで私の心境を表しているかのようだった。
むぅ……どうせなら、カラッと晴れてくれればいいのに……。
馬車の窓から空を睨み付けていると、向かい側に座った叔父様が口を開いた。
「どうかしたのかい?」
「いえ、何でもありませんわ」
「あー、もしフレデリカが乗り気じゃないなら、いますぐにでも引き返して……」
「乗り気です」
「うっ……」
即答すると、叔父様は一瞬たじろぎ咳払いをする。
「そ、そう、ならいいんだけどね……あはは」
笑ってごまかしながらも、叔父様は少し残念そうだった。
馬車に揺られ、私は叔父様と二人でロイヤル・ガーデンの南西にある古い館を訪ねていた。
依頼主である『ボルタン伯爵家執事長』のマーカスさんと待ち合わせをしているのだ。
途中、道行く人に館のことを訪ねてみると、『悪いことは言わないから、あそこは近づかない方が身のためだよ』とか、『わたくし、この目で見ましたの! 窓のところに白い影が……あああ! 恐ろしい!』『近くを通ると女の声がするんだ……大きな声じゃ言えねぇんだが、ありゃあ、昔、侯爵様に手籠めにされた侍女だって話だ』などと、ちょっと耳を疑うような話が多い。
そのたびに叔父様は「もう、帰らない?」「やっぱり帰ろうよ」と、不安げな顔で背を丸くして、宥めるのが大変だった。
まったく、絶対浄化能力を持っているというのに怖がりのままだなんて……神様も罪な人。
「叔父様、大丈夫です。私に任せてください」
「大丈夫かなぁ……お化けとか出ない?」
「出るわけないじゃないですか、ちょっと築年数が古いだけですよ」
私は眼鏡を少し下げ、開かずの館を見上げる。
・ラレーニ・フォン・ボルタン伯爵邸
二〇〇年の間、立ち入った者はいない呪われた館。
流浪の名工『アプトン・ダニエル』が手掛けた最後の作品となった。
当時の名工が手掛けた作品か……なんだか凄そう。
私は聞いたことがないけど、詳しい人なら知っているかも知れないわね。
ちゃんと手入れをすれば、とんでもない値がつきそうだわ。
その時、二階の窓に白い影が横切った。
ん? 女の人……?
眼鏡を掛け直して見ると何も見えない。
もう一度ずらして見ると、また白い影が横切った。
うわぁ……いるわ。確実に何かがいる。
私はチラッと叔父様の彫刻のような横顔を見上げる。
まあ、でも……呪いなんて、叔父様がいれば余裕で浄化でしょ!
うふふふ……。
「あっ、来たよフレデリカ。ボルタン家の馬車だ」
黒塗りの馬車の扉には、威厳ある『鉄槍と騎士の兜』の紋章が描かれている。
『どう、どーぅ!』
キャスケット帽を被った御者が馬車を停めると、中から白髪の執事が降りて来た。
執事は御者に目で合図を送ると、私達の方へまっすぐ向かって来る。
「マーカス様、本日はお時間をいただきありがとうございます」
叔父様が丁寧に挨拶をした。
それに合わせて、私も隣で礼をする。
「いえいえ、そう畏まられては困ります。あくまで、こちらがオストラム様にお願いをしている立場なのですから……」
名家の執事が爵位を持たない平民を持ち上げるなんて、ちょっと信じられなかった。
それほど切羽詰まっている状況、もしくは他に頼めない事情があるのだろう。
「それで、今回の依頼は引き受けていただけるのでしょうか?」
「えっと……」
叔父様がチラッと私を見る。
私は叔父様に目線を返して、一歩前に出た。
「マーカス様、横から失礼いたします。私、フレデリカ・オストラムと申します。商会の助手を務めておりまして、物件の査定については叔父から御墨付きをいただいております」
「ほう、姪御さんですか。お若く見えるが、大したものですなぁ」
マーカスさんが感心したように声をあげると、叔父様がそれに呼応した。
「そうなんです! そうなんです! いやぁ、フレデリカは身内の贔屓目に見ましても、ご覧の通り非常~に美しく、聡明でして! もはや、何物にも代えがたい私の宝――」
突然、叔父様が暴走を始めたので、私は慌ててそれに被せた。
「あ、ありがとうございます、マーカス様! 依頼はもちろんお受けいたしますわ。早速、物件の査定をさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「え、ええ、そういうことでしたら……」
マーカスさんは、上着の内ポケットから鍵を取り出して館の方へ手を向けた。
「では、参りましょう」
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