開かずの館③

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開かずの館③

 館の玄関に着く。  重厚感のある扉には、美しい紋様の彫刻が施されている。  鍵を開けようとする手を止め、マーカスさんが振り返った。 「中は自由に見てもらうようにと、旦那様より仰せつかっております。どうぞ、よろしくお願いいたします」 「は、はい……」  マーカスさんは「では」と、小さく会釈をして鍵を開けた。  叔父様は不安げな表情で辺りを見回している。  マーカスさんが何度か体当たりをしながら扉を押すと、ガゴンッと重苦しい音が響き渡った。  すぐにカビの臭いと大量の埃に襲われる。 「コホッ、コホッ……すごい埃ですね」 「本当に一度も開けていなかったのですか?」 「……もちろんです、嘘は申しません」  陽の光に照らされ、館の中へ私達三人の影法師が伸びている。  薄暗い館の中を覗き込むと、きゅっと肌が引き締まるような感覚を覚えた。 「フ、フレデリカ……こ、これは無理だよぉ……」  情けない声を出して、叔父様が私の背中にひっついてくる。  私は小声で「ちょっと叔父様! マーカスさんが見てますってば!」と、肘でぐりぐりと叔父様を押した。 「――私は馬車でお待ちしております。査定が終わりましたら、お声掛けください」 「えっ⁉ あの、ご一緒には……」 「私は何も見ていませんし、知るつもりもございません」  マーカスさんは丁寧に頭を下げ、「それでは――」と、馬車の方へ戻っていった。  呆然とその後ろ姿を眺めていた叔父様が、「だめだ、やっぱり変だよ。査定に立ち会わないなんておかしい、絶対に何かあるんだ! も……もしかして、呪いを私達になすりつけるつもりじゃ……」と、声を震わせながら、口元を手で覆い隠した。 「叔父様、しっかりしてください。真夜中ならまだしも、今はお日様も出てます。何も怖いことなんてありませんよ。それにほら、見て下さい――」 「え?」  私は通路の脇に置かれた大きな壺や、壁に掛かった油絵を指さす。 「ここは200年もの間、閉ざされていたんですよね?」 「そうだけど……」 「ということはですよ、叔父様。ここにある調度品は、単純計算でも『二〇〇年物のヴィンテージ』ということですわ」 「あ――」  やっと叔父様が、この館の価値に気付いたようだ。  入り口から見渡すだけでも、数枚の油絵に陶磁器が数点。  そして、振り子は止まっているが立派な柱時計に、今にも動き出しそうな獅子の置物。  エントランスだけでこの調子なら、いったいどれだけのお宝が眠っているのか、ふふっ。  それにしても、やけに館の状態がいいわね……。 「状態にもよるが……これは、とんでもない値が付きそうだ」 「ええ、叔父様。これはチャンスですわ。ロイヤル・ガーデンの一等地だなんて、普通ならお金じゃ買えませんもの」 「まあ、それはそうだけど……」 「恐らくボルタン家にとって、妙な噂が立っている今の状況は、私達の想像以上に不名誉なことなのではないでしょうか。だから、なりふり構わず処分を急いでいるのかと」 「なるほど、それはたしかに一理あるね……」 「そういうことですわ、叔父様。さ、宝探しを始めましょう」 「よ……よしっ、わかった!」  と、まずは、一階から調べていくことにしたのだが……。 「あの、叔父様?」 「何だい、フレデリカ?」 「……なぜ、私の後ろに?」  叔父様がパッと私の肩から両手を離す。 「えっ⁉ あ、いやぁ……そ、そう、この絵が気になってねぇ……うん、良い絵だ」  廊下の壁に掛けられた肖像画を見て、叔父様が大袈裟に何度も頷く。 「……こういう女性が好みなのですか?」 「へ?」  所々にひび割れがあるが、淡い青色のドレスを着た栗色の髪の美しい女性が描かれている。  私は少し眼鏡をずらした。 ・肖像画 エミリア・ボルタン(18) 7,500(ゴル)    うぅん、さすがに高額だ。  ま、こんなに素敵な肖像画ですもの……当たり前よね。  むしろ、お父様の怒りの値段より上で安心したわ。 「だって、この方……たぶん、ボルタン家のご令嬢ですよ」 「えっ、あー……。うん、とても美しい女性だね」  叔父様は照れ隠しなのか、腕組みをして顎に親指を当てながら「ふむ、これはこれは……」と私の質問をやり過ごそうとしている。  私はやれやれと内心で肩を竦めながら、「叔父様、行きますよ」と先を促した。  しばらく二人で館内を見て回っていたのだが、外観から見た印象よりも中が広い。  この分だと、全部見て終わる頃には日が暮れてしまいそうだ。 「叔父様、時間が掛かりますし、ここからは二手に分かれませんか?」 「えっ?」 「あとで、一階の階段前で落ち合いましょう。では――」  ぐっと腕を掴まれる。  振り向くと、叔父様が困り顔で笑みを浮かべていた。 「叔父様?」 「……ん?」  振りほどこうとしても、叔父様は妙な笑みを浮かべたまま手を離そうとしない。 「えっと……叔父様、時間がありませんわ」 「そうだね、フレデリカ。でも折角の初仕事なわけだし、最後まで二人でやり遂げようじゃないか」 「私の話、聞いていただけましたか?」 「大丈夫、マーカスさんは一流の執事だからね。待つと言ったらいつまでも待ってくれるよ」 「でも……」 「ね?」と、天使のような笑みを浮かべる。 「……わかりました、一緒に回りましょう」  叔父様って、意外と頑固なのよね。  まぁ、仕方ないか。叔父様あってのお仕事なわけだし……。    結局、私はびびりまくった叔父様を連れ、再び館内を回ることになった。  さて、あんまり視すぎると明日の体調が心配だけど……やるしかないわね。  静かに呼吸を整え、私は館に入って初めて眼鏡を外した。
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