開かずの館④

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開かずの館④

「うん。眼鏡を外すと、一段と横顔が素敵だね」 「叔父様、誤解されるような発言はおやめください」 「ご、誤解だなんて、思ったことを口にしただけだよ?」 「……では、次からは口にしないでください」 「ふふっ、本当にフレデリカはしっかりしてるなぁ~、さすが私の姪っ子だね」  隣で楽しそうにする叔父様を見て、思わずため息が出そうになった。  私の返答から、なぜそのような答えが導かれたのかは不明だが……。  でも、まぁ、私のことを可愛がってくれていると思えば、ちょっと照れくさいけど、それはとてもありがたいことだ。うん。  幅の広い階段を上がり、二階を順に回っていく。  叔父様もこの館に慣れてきたようで、怖がりながらも自ら部屋の扉を開けたりしている。  それにしても、ここは宝の山だわ……。  魔眼で価値を視るたびに胸が躍る。  なんと、その辺に置かれた『一輪挿し』でさえ、その価値――1,500G!  なら、あそこにある甲冑は? 等間隔に並ぶ黄金色の燭台は?  あぁ! ワクワクがとまらないっ!  全てが換金できるとは限らないが、この廊下の端から端にある物だけでも、数年先まで遊んで暮らせるほどの額……。まさに、200年の付加価値(プレミアム)が付いた、ブルー・オーシャン。しかも、この館には『呪い』という参入障壁があり、他から横やりは入らない。  そして、叔父様がいれば……その壁は『無』に等しい。  恐らく王都には、他にも様々な『曰く憑き』があるはず。  これは新たなビジネスの予感……闇を払い、本来の価値を再生する。  ――浄化ビジネスの誕生だわ!  ひとりで勝手に盛り上がっていると、叔父様から声を掛けられた。 「フレデリカ、見てごらん。凄い絵があるよ」  叔父様が廊下の突き当たりの壁に飾られた、巨大な油絵を見上げている。  そこには、草原の中、羊の群れに囲まれ、手を差し伸べる聖人の姿が描かれていた。  繊細な紋様が彫られた金色の額装、飾られている場所から考えてみても、この油絵の価値が他の絵画とは別格なのだろう。 ・『春』 シドニー・ハウザー作 500,000G 「ぶふっ!」 「ど、どうしたんだいフレデリカ?」 「オホッ、オホッ……。ごめんなさい、ちょっと埃が喉に……」 「大丈夫かい?」  叔父様がそっと背中を撫でてくれた。 「ありがとう、叔父様。もう平気です」 「無理しないようにね? 休憩してもいいんだから」 「ええ、わかりました」  いやぁ、驚いた……。500,000Gって!  まあ、さすがにこの絵はボルタン家で回収するでしょうけど……。  キィ……。 「ねぇ、フレデリカ……。いま……私にはあの扉が、ひ、開いたように見えたんだけど……」 「え? ごめんなさい、見てなかったです。あ、でも、扉が開いたような音は聞こえたような……。あ、もしかして、200年前の閉め忘れですかねぇー? ふふふっ」  冗談っぽく笑って振り返ると、顔面蒼白の叔父様がその場で固まっていた。 「――お、叔父様っ? し、しっかり!」 「あ、ああ……いやぁ、閉め忘れかぁ……こ、困るよねぇ、に、200年も……あは、あはは……」 「大丈夫ですよ、叔父様。ちゃんと私がついていますから」  叔父様の手をぎゅっと握る。  ――冷たっ! 完全に血の気が引いてしまっている。 「ごめんね、こんな頼りない叔父で……」 「もう、何を言ってるんですか。叔父様はこうして、私のそばにいてくれるじゃないですか」 「フレデリカ……うん、そうだね。君のためなら、こんな扉が開いたくらいで……」  その時、開いた扉の死角になっていた部屋の中から、一枚の紙がふわっと舞い落ちて来た。 「うひゃあああぁぁーーーーーっ!!!」  驚いた猫みたいに、叔父様がその場で飛び上がる。  私は落ちた紙をそっと拾い上げた。 「フ、フレデリカ……さ、さささ、触って平気なのかいっ⁉」 「これは……手紙?」  手紙はこの館の主、ラレーニ・フォン・ボルタン伯爵の書いたものだった。 「大丈夫ですわ、叔父様。どうやら手紙か……覚え書きのようです」 「……本当に?」  叔父様が恐る恐る手紙を覗き込む。 ――――――――――――――――――   二人の仲を引き裂いてしまった    でも、仕方がなかった   王家の威光には逆らえない  娘もいつかわかってくれるはずだ ――――――――――――――――――  手紙はここで終わっている。  読み終えた叔父様が、神妙な顔を私に向けた。 「でも……なぜ、伯爵が書いたものだと?」 「――⁉」  しまった! 手紙には名前を示す文言は無い。  うっかりしてたわ……どうしよう。  パッと部屋の中に目を向けると、壁に肖像画が掛けられているのが見えた。 「ほ、ほら、叔父様。あの絵、恐らく伯爵様の肖像画ですわ!」 「本当だ……。ああ、そうか! この部屋から落ちてきたから伯爵様だと推察したんだね? さすがフレデリカだ。私の姪は本当に賢いなぁ。フフフ」 「も、もう叔父様ったら、お上手なんだから、おほほ……さ、さあ、中を見てみましょう」  部屋に入ると、カーテンが揺れていた。  一瞬ドキッとしたけど、よく見ると窓の一部が割れて、隙間風が入って来ている。 「玄関を開けたから風が通ったみたいです」 「そうか、さっきも気流で扉が開いたんだね。いやぁ、あんなに取り乱して恥ずかしいな」 「ふふっ、慌てた顔の叔父様も新鮮でしたわ」 「まいったな……」と、叔父様が照れ隠しに頭を掻いた。  私は改めて部屋の中を見渡した。  ここは書斎かな……。 「ふぅ~ん、伯爵様はかなりの読書家だったんですねぇ……」  壁に備え付けられた立派な書棚には、かなりの数の書物がびっしりと並べられていた。  蒐集ジャンルも歴史、哲学をはじめ、経済学、弁論術、錬金術、航海術、医療術など多岐に亘る。  魔眼で視る限り、最低でも一冊200G以上の価値があった。 「フレデリカ、これを――」  叔父様に呼ばれて、書斎机の上に置かれた羊皮紙を見た。 「これは?」 「恐らく、さっきの手紙の続きかな? ほら――」 ――――――――――――――――――   すべてあの男が悪いのだ  エミリアをそそのかしたあの男が    指輪はもう海の中だ  これで娘もあきらめてくれるだろう ―――――――――――――――――― 「いったい、なにがあったんでしょう……」 「わからない。だけど、昔の貴族は今以上に、家柄や名誉に縛られていたそうだからね。恐らく、政略結婚絡みで問題が起きたんじゃないかな……」 「……他人事とは思えない」 「え?」 「あっ、いえ、なんでもありません。気になりますね、エミリア様のお部屋も探してみませんか?」 「そうだね……よし、探そう! 今なら平気な気がするよ」 「ふふっ、あまり無理はしないでくださいね」  私達は伯爵様の書斎を出て、順番に部屋を回った。  部屋数が多く、肝心のエミリア様の部屋に中々辿り着けない。 「あとはこっちの廊下だけですね」 「うん、行ってみよう」  北側の廊下に行き、最初にあった部屋に入る。  他の部屋と比べてかなり広く、装飾も凝っていた。 「へぇ、この部屋はかなり広いね」 「はい、置かれている物も高価そうな物が多いです」  ――と、その時。 『ないわ……ない』 「何か言いました?」 「ん?」  振り返ると、叔父様が微笑んでいた。  あれ? いま、たしかに声が……。 『ないわ……ここにもない』 「――いっ⁉」 「どうかした?」  不思議そうにする叔父様に、慌てて大丈夫だと両手を向ける。 「あ、いえいえ! 何でもありません! あはは、何か動いた気がして……」 「えっ⁉ ちょ、ちょっと、そういうの一番怖いから……」  不安げな叔父様がきょろきょろと室内を見回し始めた。 「ごめんなさい。たぶん……虫か何かだと思います」  私は目の前を行ったり来たりするエミリア様を見つめながら答えた。
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