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開かずの館⑤
今までも色々なものが視えたけど、こんなにもハッキリと認識できたのは初めてだった。
肖像画そっくり……本当に綺麗な方だわ。
何を探しているのかしら……。
『ここにもない……』
『ないわ……ない』
エミリア様は、ずっと部屋の中を行ったり来たりしながら呟いている。
私は視ることはできても、触れたり会話することはできない。
一方、エミリア様は、全く私を認識していないようだった。
「ねぇ、ここがエミリア様の部屋なんじゃないのかな。鏡台もあるし、クローゼットにはドレスがたくさん並んでるよ」
叔父様が室内を物色しながら私に言った。
「ええ、間違いなさそうですね」
今ここで叔父様がエミリア様に触れたら、彼女は天に召されるだろう。
でも、それで良いのかな……。
『ない……ないわ……』
エミリア様がしきりに、自分の左手の薬指を触っている。
もしかして、指輪を探してる……?
そうか! 手紙にあった『そそのかした男』というのが、エミリア様の想い人なんだわ!
なら、指輪はその方から贈られた大切な物。
きっと長い間、それが心残りで天国にも旅立てず、ひとりで探し続けているのね……。
いつの時代も、勝手な理由で娘の将来を押しつける親がいる。
娘の幸せを祈るなら、なぜ娘の話に耳を傾けようとしないのか……。
直接会ったことも、話したことも無いけど……エミリア様の気持ちは痛いほどわかった。
――力になりたい。
でも、叔父様と違って、私にできることなんて指輪を探すくらいしか……。
肝心の指輪はどこに……。
哀しそうなエミリア様の横顔を見ていると、胸が締め付けられそうになる。
「叔父様、伯爵様の部屋に戻ってもいいですか?」
「それは構わないけど……どうしたの?」
「ちょっと、探したい物があって……」
* * *
伯爵様の部屋に戻った私は、もう一度手紙を読み直した。
「指輪はもう海の中……海? うみ、SEA……? うーん……」
「ふむ、指輪か……。何かわかったのかい?」
私はふるふると顔を横に振った。
「海って……ここからだとかなり遠いですよね?」
「うーん、そうだねぇ……。ブルゴール王国は内陸にあるから、馬車で半月くらいはかかるかなぁ」
「そんなに……」
もし、伯爵様が使いを出して海に捨てたのなら、探し出すのは不可能だ。
結局、魔眼があっても、私は何もできないのかな……。
「海か……。何かの比喩かな? 例えば、昔から海は力強さの象徴だったり、生と死、両方のイメージを持つなんて言われている。たしか、海には不確定性があるとかで……おや? ここに航海術の本があるってことは、伯爵様は船をお持ちだったのかも知れないね」
叔父様は書棚の本を手に取りながら言った。
海……航海術……もしかして――⁉
「叔父様、そっちの端から航海術の本を全部調べてください!」
「えっ? う、うん……わかった!」
私は叔父様とは反対側から書棚を調べていく。
「違う……これも違う……」
「ねぇ、フレデリカ、私達は指輪を探してるんじゃ……」
「念のためですわ、叔父様。海に関係するものは調べておきたくて――あっ!」
「どうした⁉」
叔父様が駆け寄ってくる。
私はページの中央部分がくり抜かれた本を見せた。
「海の中とは、こういことだったのか……」
凹みの中には紫色の布が入っていた。
中身はもうわかっている。
そっと布を広げると、綺麗なアメジストの指輪が出てきた。
アメジストは誠実、高貴、神聖といった意味を持つ貴石だ。
エミリア様の想い人は、きっとこのアメジストに想いを込めたのね……。
魔眼で視れば何かわかるかもしれないけど、それはやめておこう。
「これが手紙にあった指輪なんだね?」
「ええ、そうだと思います。あの、叔父様、お願いがあって……」
「フレデリカがお願いだなんてっ! オホン、もちろん、何でもどうぞ?」
「この指輪、エミリア様に返してあげたくて」
「……ああ、私の姪はなんて優しいんだ! もちろんだとも! ん……? でも、どうやって?」
叔父様が不思議そうに小首を傾げた。
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