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あたらしい日常
叔父様と二人でエミリア様の部屋に戻った。
エミリア様は変わらず、天蓋付きのベッドと鏡台の間を行ったり来たりしている。
『ないわ……ない』
『……ないわ』
エミリア様に見入っていると、叔父様が私の肩に手を置いた。
「フレデリカ? どうしたの、大丈夫かい?」
「あ、ええ、大丈夫です」
私はいつもエミリア様が探す鏡台の上に、そっと指輪を置いて離れた。
叔父様は何か言いたそうだけど、何も聞いてこない。
たぶん、空気を読んでくれているのだ。
『ないわ……ない、な……あっ!』
エミリア様が指輪を見つけた。
鏡台に覆いかぶさるようにして、指輪に見入っている。
『あった……あったの! あぁ! やっと……やっと、見つけたわ……アレン……!』
鏡台に座ったエミリア様が指輪を胸に抱きしめている。
これでもう、安心して旅立てるかな……。
「叔父様、悪いんですが、あの指輪を取って来ていただけますか?」
「ん? わかった。取ってくればいいんだね」
鏡台に向かった叔父様の伸ばした指先が、エミリア様と重なる――。
その瞬間、エミリア様はパッと弾けるように輝く光の粒子になった。
「あっ!」
舞い上がる粒子の中に、男性と抱き合うエミリア様の姿が見えた。
あれがアレンさんなのかな……。
最後の表情、とっても嬉しそうだった……。
良かった……エミリア様、本当に良かったですね……。
「えっと、フレデリカ。もういいのかい?」
「はい、これでエミリア様も浮かばれたと思います」
「そう……うん、わかった」
「私のこと……変な子だと思ってます?」
上目遣いに見ると、叔父様は「いいや」と首を振る。
そして、優しく私の目尻の涙を指で拭ってくれた。
「フフッ、そんなこと思わないよ。たとえ、私の理解が追いつかなくても、フレデリカのすることには、ちゃんと意味があるんだって信じているからね」
「叔父様……。ありがとうございます」
――嬉しかった。
本当に私のことを家族だと思って信じてくれているんだ。
それだけで、胸が熱くなった。
「ねぇ、フレデリカ、この指輪……どうすればいい? 祟りとかないのかな?」
「もう大丈夫です、私が保証しますよ」
叔父様は「そうなの?」と指輪を眺めながら、ふと窓に目を向けた。
「え……もう、暗くなってる! どうしよう、そろそろ引き上げないと……」
「はい、もう十分ですわ、叔父様。この物件、お買い上げください」
「え! か、買うのっ?」と、叔父様が目を見開く。
「もちろんです。叔父様も乗り気だったじゃないですか」
「いや、それはそうなんだけど……やっぱり、ちょっと不気味だし……呪いが……ほら、銀行の融資も下りるかどうか……」
「問題ありませんわ」
「う、うん……わかった。じゃあ、マーカスさんと交渉してみるよ……」
「ふふっ、頼りにしてますからね、叔父様」
* * *
――二ヶ月後。
あの後、叔父様はマーカスさんとの交渉に成功し、館の購入権利を手に入れた。
その権利書をもとに銀行から融資を受け、叔父様は晴れて館のオーナーとなった。
ただ、残念なことに、大半の調度品は伯爵家に回収されることに。
さすがは上位貴族、手のひら返しはお手のものってわけね。
まあ、それでも、叔父様は十分に利益は出るからと言っていたけれど……。
洗濯物を干しながら、そんなことを考えていると、ノックスが声を掛けてきた。
『主、手紙が届いてるぞ』
「ありがとう、ノックス。そこ置いといてー」
手紙を咥えたノックスが、テーブルの上に手紙を置いた。
ふふっ、ノックスもすっかり馴染んだわね……。
洗濯物を干し終えて、テーブルの上の手紙を手に取った。
「あ、叔父様からだ」
『ジェレ坊か、何て書いてある?』
「ちょっと待ってね、えっと……」
手紙には、例の館の買い手を探していたところ、国の役人から王立騎士団の宿舎として買い取らせて欲しいとオファーがあったと書かれていた。
な、何という豪運……。
国の買い上げなら予算を組んであるだろうし、不渡りの可能性はほぼ無いと思っていいだろう。
過去の例から見ても、相場より高く買い上げるはずだ。
何より叔父様のネームバリューが上がって、次の仕事に繋がるわ!
良かった~、やっぱり叔父様は、神に愛されているのね。
「王立騎士団の副団長さんと仲良くなったから、フレデリカにも紹介するね、だってー」
『フン、どうでもいいな』
「ノックスにはどうでもいいんでしょうけど、私にはどうでもよくないの」
『はいはい……じゃあ、ちょっと散歩に行ってくる』
ノックスはぐぐっと体を伸ばして、大きく欠伸をした。
「あ、ねぇちょっと、夕飯までには戻ってくる?」
『夕飯次第かなー』
そう言って、ノックスはフッと壁に吸い込まれるようにして消えてしまった。
「ちょっとノックス! ノックスってば! もうっ……!」
ホント、勝手なんだから……何が夜の大精霊よ。
よーし、こうなったら、私の本気を見せてあげようじゃないのっ!
私はシャツの袖を捲って台所に向かう。
「あ、叔父様にも何か作ってみよーっと。ふんふ~ん♪」
自然と鼻歌を口ずさむ。
今まで感じたことのない充実感が私の心を満たしていた。
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