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夜のなまえ
黒猫は横になりながら、ペロペロと身繕いをしている。
いま、確かに喋ったような気がしたけど……。
私、疲れてるのかな?
『お前、見えてるよな?』
「あ、あなた……喋れるの?」
『質問に質問で返すなよ』
「あ、ごめんなさい……」
うわぁ……喋ってる。
ちょっと偉そうだけど……か、可愛い……。
『フンッ、まあいい。お前、名前は?』
「私はフレデリカだけど……猫ちゃんは一体、何者なの?」
『猫ちゃんはやめろ。オレはエリザヴェータとの契約により、この家を護っている』
「エリザヴェータって……誰?」
『やれやれ、自分の先祖の名も知らないのか……』
「ご先祖様⁉」
『まあ、エリザヴェータが死んで、もう200年近く経った。人間には長すぎるか……』
猫ちゃんはそう呟いて、ペロペロと手を舐め始めた。
200年も前のご先祖様……。
そのご先祖様が契約した守護霊ってこと!?
ちょっと待って!
この家、築200年……⁉
あ、いやそれはどうでもいいか……。
うーん、ちょっと調べてみようかな。
私は知りたいと強く念じながら猫を視た。
魔眼の力で情報が流れ込んでくる。
・ノックス・エテルナ
エリザヴェータ・オストラムと契約した夜の精霊
ふぅん、ノックスっていう名前なんだ。
夜の精霊ってなんか綺麗だな……。
「あの、ずっとこの家に?」
『そうだな。だが、メイアが出て行ってからは誰も住んでいなかった』
「お母様を知ってるの?」
『何だお前、メイアの娘か。あの娘はどうしてる? 元気にしてるのか?』
「お母様は……四年前に旅立ったわ」
『……そうか、明るくて良い子だった』
髭が垂れ下がり、ノックスが目を伏せた。
悲しんでくれているのだろうか。
「ねぇ、誰もいなくなったのに、どうしてこの家に?」
『エリザヴェータとの契約だ。オレはこの家を離れられない』
「じゃあ、お母様がこの家を出てからずっと一人で?」
『そうだな』
「そんな……。あ、契約って解除できないのかな。あなたもお家とか……その、帰りたいところがあるんじゃないの?」
『お前の気にすることじゃない。それに、解除したくてもできないのさ。エリザヴェータを超える魔眼持ちは、もう生まれないだろう……』
「はいはーいっ! 私はどう? 魔眼持ってるよ?」
『フンッ、魔眼といっても、オレが見える程度だろう? いいか? 魔眼ってのは、その強さによって得られる情報や能力が違うんだ。その点、エリザヴェータは特別だった。まさに、選ばれし者さ。なんたって、彼女はこのオレ様の真名の一部を見通したんだ。人の身であれほどの魔眼を宿した者なんて、もう生まれるわけがない……』
「その『真名』っていうのがわからないと、契約を解除できないってことなの?」
『ああ、そうだ……。だから喜べ。この家にいる限り、お前が死ぬまでオレが護ってやるよ』
窓の外を見るノックスの目に、庭の金木犀が映っている。
その横顔はとても哀しそうに見えた。
「ごめんなさい、私には『ノックス・エテルナ』って名前しかわからなくて……」
『――?』
突然、ノックスがぐにゃあっと溶け出したかと思うと、辺り一面が黒に染まる。
一瞬にして、部屋の中が夜になった。
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