小さな同居人

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小さな同居人

「え……な、なにこれ……」 『驚いたな……。あのエリザヴェータでさえ、見通せなかったのに……』  部屋全体からノックスの声が聞こえてくる。 「ど、どうなってるの?」 『これが本来のオレの姿……いや、本質とでもいうべきかな。かつて古き神より『夜』を任された大精霊と聞けば、お前もオレの凄さがわか――』 「あの、お話の途中で申し訳ないんだけど……元に戻れる?」 『……』  ノックスが元の黒猫の姿に戻ると、何事もなかったように部屋の中も明るくなった。  良かった……あんなに暗いと何も見えないし。 『……まあいい。フレデリカ・オストラムよ、お前は何を望む?』 「望む? あなたは自由になりたいんじゃないの?」 『何も望まないのか? お前はオレの真名を知った。大精霊たるこのオレを使役する権利があるんだぞ?』 「そんなのいいって。ひとりで紅茶だって淹れられるし、料理も掃除も洗濯も得意よ? それに、帳簿だってつけられるんだから」 『しかし……』 「そうね、なら……私とお友達になりましょ?」 『ともだち?』  ノックスの髭と耳がピンッと立った。 「ええ、私が死んだら好きなところへ行けばいいじゃない。それまでは、この家でゆっくりしてれば? あ、別に私を護ったりしなくていいからね?」 『……な、何もしないで、ただ、ここに居ろと?』 「もう、そんな堅く考えないで。別にどこへ行こうと自由だし、気が向いたら私とお話してくれればいいよ」 『……』 「じゃあ、ノックス。お母様が子供だった時のことを教えて? どんな子だった?」  ノックスは鼻から短く息を吐き、ゆっくりと香箱座りになった。 『あれは、メイアが10才の時だ。いつものように母親に悪戯をしようとメイアが……』 「――ちょっと待って、お母様が悪戯好き?」 『ああ、そうだ。メイアはとても活発な子だった。少しの間だけこの家に居た、ジェレ……』 「ジェレミー叔父様?」 『そうそう、いつもジェレミーを追い回してたな』 「ふふっ、そうなんだ」  お母様がジェレミー叔父様を追い回してたなんて、想像したら面白くて仕方なかった。  いつも私に『貴族令嬢たるものお淑やかに――』なんて言ってたのになぁ……。 『ジェレミーは泣き虫だった。外でいじめられて帰ってきたら、メイアがすぐに飛び出してやり返しに行ってた』 「お母様にそんな一面が……」 『やんちゃさで言えば、あれはオストラム家でも一二を争う』 「ふふっ、お母様が聞いたら怒るわよ?」 『シッシッシ、そうだな……』  ノックスは目を細めて笑い、話を続けた。 『……メイアにはオレが見えなかった。でも一度だけ……メイアが家を出るとき、オレの方を見て『ありがとう』って言ったんだ。この家に言ったんだと思ったが、オレは思わず『頑張れよ』って声を返した。まあ、聞こえちゃいないんだろうけどな……。なぜか、あの時のことを良く覚えているよ』 「ノックス……多分ね、お母様は見えたんだと思うよ」 『別にいいさ、見えてなくても』 「あのね、お母様に貰ったお手紙に、もし黒猫ちゃんがいたらよろしくって書いてたの」  ノックスの瞳が大きく見開き、頭の毛が少し逆立った。 『……そうか』  何事もなかったように、ノックスはまた窓の外を眺めた。  悲しそうには見えない。 『あの子は……メイアは幸せだったか?』 「へへ、ちょっと恥ずかしいんだけど……私が生まれてとっても幸せだって書いてたよ』 『……そうか。幸せだったのか、ならいい』  そう呟いて、ノックスはシュタッと窓の縁に飛び上がる。 「どこか行くの?」 『せっかく、主が好きにしていいって言ってるんだからな、好きにさせてもらう』 「あ、主……?」  私の言葉を聞かずに、ノックスは窓をすり抜け、外に飛び出してしまった。 「あ……」  まぁ、いっか。そのうち、戻ってくるでしょ。 「さぁて、夕飯の準備でもしますか!」  初めての夕食は何にしようかなぁ~。  あ、ノックスってごはん食べるのかな……? うーん、聞いとけば良かったかも。  まあ、帰ってきたら聞けばいいよね。  ふふっ、ひとりじゃないってのも……意外に悪くないかも。
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