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ペルペトゥア生誕祭 当日
今日はペルペトゥア生誕祭。
とうとうこの日が来てしまった。
お母様が用意してくれた新緑色のワンピースドレスを着て、急いで馬車に乗り込む。まず向かうのは、フリューリング家だ。
植物園での最悪な一日から、わたしはロッティにべったりと張り付いた。
学院にいる間はもちろん、帰宅の馬車、ちょっとした外出。
時間があるときは我が家に招いたりと、とにかくロッティと行動を共にした。
婚約破棄イベント発生の可能性がある『ペルペトゥア生誕祭』を乗り越えるまでは、何があっても彼女の傍から離れない、そう決めたのだ。
ジークフリード王子のシャルへの執着……違う、愛情を見ていると、婚約破棄以前に恐怖を感じるようになっていた。
普通に生活をしていても、あの二人と関わるだけできっと揉め事になる。
だって、この世界がそうさせてしまうようにできているのだから……。
私が知らないところで、またロッティが絡まれたらたまったもんじゃない!
だから、今日の生誕祭も、もちろん絶対にロッティから離れない。
何があっても、しがみついてでも離れる気はないんだから!
「はぁ」
窓から見える空は、とても青く、風も心地良い。
気合も十分なのにどうしても溜息が出てしまう。
昨晩は緊張のせいでなかなか眠ることができなかった。
あまりに眠れないので、この世界について何か思い出せないかと、ベッドの中で考えつづけた。
『ふたりのシャルロッテ』
このゲームは、大手ゲーム会社の久々の新作ということで、情報があまり解禁されずファン達はとても焦らされた。もちろんわたしもその一人。
毎日関連SNSのどこかが更新されると聞いて、必死でアクセスしてたっけ……。
それだけが仕事が終わってからの楽しみだったな……という、芽衣子の悲しいことをしっかり思い出してしまった。
そして、発売一週間前。
突然公開された、ジークフリードとアインハードの画像。
その他の攻略対象は、シルエットと簡易プロフィールだけ。
新しく思い出せたのは『褐色肌の転校生が来るよ』という一文……。
うぅぅ、多分あれはクリア後のシークレットキャラのはず。
今はどうでもいい情報だわ。
それ以外は、思い出すたびにイライラする特典ムービーのジークフリードの映像くらい。
今の性格を知ってるだけに、ただただムカつくだけ。
ってことで、頑張って思い出そうとしたものの、新しい情報はほぼなく、溜まったのはマントひらひら王子に対するストレスだけだった。
なので、いまの私に出来ることは、今日のイベントを発生させないようにすることのみ!
それだけで、きっと明日からは何かが変わるはず。
だって、ロッティのことがなくても、今のルートならあの二人はどうせ結ばれるでしょ。勝手にやってくださいなって、あれ……?
え、ちょっと待って……そうなると、あの二人の為に婚約破棄は必要……よね?
そして、この国では簡単に婚約破棄はできない……!!
はい、詰んだ……。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁー」
駄目だ、変な声が出てしまった。
綺麗にしてもらった髪形をぐしゃぐしゃにするところだった。
そうだ、そんな単純なことじゃなかったのよ、結ばれるには婚約破棄は必須なんだ。
婚約破棄ができない=あの馬鹿王子と結婚!?
それはないはずだから、このままだとまたロッティが別の濡れ衣を着せられる可能性があるってこと……。
一体いつ? どこで?
あー最悪うぅぅーーーー考えれば考えるほど混乱してきた。
熱でも出たのかというくらい、全身が熱くなっている。
「う゛う゛う゛ぅー」
頭を抱え込んで唸っていると、突然馬車の扉が開いた。
熱くなりすぎた頭を冷やすように、涼しい風が車内に吹き込んでくる。
馬車はいつの間にかフリューリング家に到着していて、扉を開けたのは我が家の御者ジョセフだった。
顏をあげると、困ったような驚いたような表情で、ジョセフはわたしを見つめていた。
「お嬢様……」
「……大丈夫よ、ちょっと考え事をしていたの」
不安顔のジョセフの手を取り「本当に大丈夫だから」と、言い訳の念押しをして馬車から降りる。
先のことが不安すぎて目が回りそう。そして、恥ずかしすぎて更に全身が熱い。
フリューリング家の玄関へ向う前に、何度も深呼吸をして身だしなみを整える。
玄関扉の前に立つと、ロッティが勢いよく飛び出してきた。
「待ってたわよーエミリーー」
ロッティはわたしをぎゅっと抱きしめ、一旦離れたかと思うと、ドレスの裾を広げながらくるっと回った。
どうどう? と言わんばかりに、こちらに向かって可愛くポーズを決めている。
目の前で微笑むロッティは、前ヨークとカフス部分に繊細なレースが施された紺色のドレスを着ていた。
ウエスト部分からたっぷり広がったデザインは、シンプルながらもロッティの美しさを際立たせている。
高く結い上げた髪には、ドレスと同じレースのリボンがつけられていた。
「紺色がなんて似合うの! とても素敵なデザインね。似合っているわロッティ」
「ありがとう。エミリーもすっごく可愛いわ」
嬉しそうに肩をあげ、満面の笑顔でロッティは私の手を引いた。
ロッティはシンプルな服装でも輝くほど眩しい。もう、神に感謝する美しさだ。
更に絶賛したい気持ちを抑えながら、用意されていたフリューリング家の馬車にロッティに手を引かれたまま乗り込んだ。
ここまで来たら、婚約破棄の事は後で考えればいい。
それより、ロッティにふりかかる悪役令嬢イベントを回避するのが先!
ロッティは『早めに帰りたいよねー』なんて言ってたけど、わたしだって同じ気持ちだ。
でも、フリューリング侯爵夫妻が来るまでは教会にいなくてはいけない。
それまでは、何があってもわたしがロッティと離れないようにしなきゃ!
馬車はゆっくりと動き出し、窓のカーテンを開けると暖かい日差しが差し込んでくる。
ロッティは楽しそうに外を眺めていた。
ここ最近、ジークフリード王子との接触がなかったので上機嫌だ。
「ねえエミリー、なぜだかわからないけど、今日はとても良い一日になりそうな気がするの」
馬車から見える教会を見つめながらロッティはつぶやいた。
瞳はキラキラと太陽の光を受けている。
ロッティも、今日という日に何か感じるものがあるのかな……いや違う、きっと本当にいい予感がしてるんだ。
「そうねきっと楽しい日になるわよ、わたしロッティに一日中べったりくっついちゃお」
わたしが答えると、ロッティは桜色の手のひらをこちらに向けた。
その華奢な手に、優しくハイタッチをする。
ロッティは笑顔を見せ、ふふふと嬉しそうに笑った。
馬車はどんどん速度を上げ、窓から見える通りの木々が、美しく装飾が施された景色へ変わりはじめた。
道を歩く人も増え、子供たちの楽しそうな声や軽快な音楽が聞こえてくる。
真っ白な石畳を抜けて角を曲がり、教会の前でゆっくりと馬車が停まった。
とうとう着いてしまった。
心臓が嘘みたいに波打っている……。
きっと大丈夫。そうよ! ロッティが言うように良い一日にしてみせる!
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