植物園 5

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植物園 5

温室から飛び出し、勢いに任せてどんどん歩く。 あっという間に中庭を抜けると、目の前には広場が現れた。 生徒の姿は一人も見えず、春の青々とした芝生だけがひろがっている。 とっくに授業は始まっている時間だ。 あ、ロッティのことひっぱりすぎてないかな? 芝の上で立ち止まり、しっかりと組んだままの腕を外した。 「ごめんね、腕痛くない?」 「ぜんっぜん大丈夫、ありがとエミリー」 ふふふと笑うロッティの笑顔は、今まで見た中でも最高の可愛さだった。 フラグを回避しようと思っていたのに、自からイベントに飛び込むようなことをしてしまって申し訳なさすぎる。 ロッティが植物園に行ったとき、無理にでも引き返すべきだった。 好奇心に負けて、見に行っちゃったわたしが悪いんだ……ああ自己嫌悪。 暖かい春の日差しに小鳥の鳴く声が聞こえる。 このままどこかへ行ってしまいたいくらいの良いお天気。 ロッティが「うーんっ」と、言いながら大きく伸びをした。 わたしも手を伸ばしてぐーっと伸びをした瞬間、誰かに後ろから腕を掴まれた。 「!!」 わたしの様子にロッティが慌てて振り返り、後ろでわたしの腕を掴んでいるであろう人物にくしゃっとした笑顔を見せた。 腕を掴まれているので振り返れないけど、ロッティがこんな表情をする相手は一人だけだ。 「アインハード王子ですよね? 腕を離していただけませんか」 「あれ、なんでわかったんだ?」 相変わらずの低音ボイス。 耳元で話すのはやめてほしい、そう思っているとパッと腕を離された。 挨拶をしようと振り返った瞬間、目の前にアインハード王子の顔があった。 「ひぃ」 心の準備ができていない状態での美形のどアップは心臓に悪いって言ってるじゃないですか―――。 あぁ、変な声出しちゃったよーーーそしてまたロッティが爆笑してる。 「エミリー、いい加減俺の顔に慣れてくれよ」 アインハード王子は、困ったような顔で覗き込んでくる。 いやいや、今でさえやっとなんだからもう勘弁してください、子犬系の顔もしちゃうとか卑怯でしょ。 しかも、この距離だと良い匂いまでする……。 絶対面白がってやってるんだ、もうしんどい……。 「あなたの顔が怖いのよアイン」 「えー俺結構もてるんだけどなー」 「はいはい」 今度は美少女とイケメンがじゃれあってる……。 本当に尊い、ふたりが付き合ってほしい……。 でも、残念ながら正ヒロインはもう一人のシャルロッテ。 そして今は、ジークフリート王子がメインのストーリー。 アインハード王子はシャルとの接触が少ないだけで、内心恋心を抱いているという設定があるかもしれない。 もし、そうだったとしたら、シャルのことを恋する瞳で見つめるアインハード王子は見たくないな……。 「ハァ……」 「ほらもう! エミリーがため息ついてんじゃん! どっか行ってよアイン」 「ああああ違うんです、違うんです!」 バタバタと手を振って否定する私を、ふたりが笑顔で見ている。 「なんだかうまくいかないもんだなと思って……」 って、何言ってるのわたし!  こんなこと言っても意味わからないし、何よりロッティに心配をかけてしまう。 それでなくても一番嫌な思いをしたのはロッティなのに。 「もしかして、ジークフリードと『シャルロッテ』のことか?」 アインハード王子が狼狽えるわたしをまっすぐ見つめている。 少し困惑したような、何かを思うような灰色の瞳。 あなたの言う『シャルロッテ』は誰のことなの?  あまりに直球な質問に、どう答えればよいかわからず目を逸らしてしまった。 横ではロッティが腕組みをしてアインハード王子を見ている。 「ごめん、変なこと聞いてしまったな。実はさっき俺も植物園の方にいたんだ」 「「え?」」 ロッティとふたりで同時に声をあげた。 どこに居たの? そしてどこから話を聞いてたんだろう、というより見てただけ? 「へえ、なんで?」 さっきまであんなに楽しそうにしていたロッティの顔が曇っている。 奥歯をかみしめるようにぎゅっと口を閉じ、明らかに不機嫌な表情だ。 「ジークフリードに用事があってね。結局話せなかったけど大したことではないからいいんだ。それより、ふたりのレディが授業をさぼってることに問題ないのか?」 アインハードは話題を変えるように、わざとらしいほど両手を大きく広げて私たちの前に立った。 そしてその両手で、わたしとロッティの頭をポンっと軽く叩いた。 「ちょっと、やめてよね!」 ロッティはしゃがみ込んで頭を押さえている。 その姿を見て、小学生男子のように何度も頭を触ろうとするアインハード王子。 完全にイチャイチャにしか見えない、眼福すぎる。 そして頭ポンなんて、絶対に気持ち悪いしときめかないと思ってたのに、ちょっとときめいてしまった、くっそぅイケメン無罪かー……。 ふぅ、どっちにしても、いまアインハード王子は完全に誤魔化したよね。 ロッティに好意を持っているけど、ジークフリードとシャルの事も気になってるという感じなのかな。仕方ないか、あっちはヒロインだもん……。 それよりも、もう一つ大事なことが! さっきアインハード王子が言ったように、今が授業中だということ! 作法の授業を担当しているブリッツ先生は、先代と現王妃を作り上げたといわれるくらいの人で、厳しいどころか猛烈、否、激烈に恐ろしい人だ。 中庭に設置されている時計を確認すると、針は9時40分を指していた。授業は9時からなので1時間近い遅刻、こ、怖すぎる。 震える手でロッティの肩をつついて時計を指さした。 ロッティは小さく「あっ」と声を上げ、落ち着かない様子であたりを見回している。 アインハードは余裕の表情で笑っていた。 「レディ達、ブリッツ先生の授業に遅刻とは勇気があるね」 「だって仕方ないじゃん!」 「わたしが悪いの、ごめんなさい」 「エミリーはいいのよ、元はと言えばブリジット達……違うわね、原因を作ったのはあの馬鹿王子だわ」 「おいおい、一応俺の弟にあたるんだ、馬鹿はやめてくれよ」 アインハードは吹き出した。 ロッティが美しい眉をぎゅっと寄せて首を振っている。頬を膨らませてはいないけど、子供のように拗ねた顔をしている、可愛い……でもそれより授業だよ。 もう一度中庭の時計を指さして、ロッティと顔を見合わせた。 「アイン、私達行くわね、あなたも授業出なさいよ」 「失礼いたします!」 笑顔で手を振るイケメンを背に、二人で中庭からサロンに向かって駆け出した。 そういえばブリジットたちはどうするんだろ……シャルとジークフリード王子はまたラブラブイベントしてんのかな……って、どうでもいい! 走りながら、ロッティと授業に遅れた言い訳を考える。 学校生活初日は最悪なスタートではじまってしまった。
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