目覚め 3

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目覚め 3

「エミリーおはよう、気分はどうかしら?」 優しい声と暖かい日差しに目が覚める。 目を開けると、愛おしそうに髪を撫でる母の顔がそこにあった……。 さっきまで見ていた夢、今野芽衣子はわたし自身、でもエミリーと呼ばれることにも違和感は全くない。 それどころか、母の顔を見て懐かしさと嬉しさがこみあげてくる。 エミリーの幼い頃の思い出、お誕生会や習い事、いつも優しい父と母。 幼馴染のヘンリーに結婚を申し込まれた日、そして高熱を出して倒れる前日のことまで、全てがはっきりと思い出せる。 そっか……あの日、今野芽衣子は死んでしまったんだ……。 転んではぐれ死だなんてわたしっぽいというか、はぁ……え、ちょっと待って、じゃあもしかしてこれ異世界転生ってやつ? わたしがゲームか小説のヒロインになったの? 頭の中であれこれ考えていると、母が心配そうな表情で私を見つめていた。 「……お母様、おはようございます。えっと、もう全然大丈夫みたい」 動揺しながらも、覗き込む美しい母に返事をかえした。 というよりエミリーのわたしが母に返事をしたいと思っている。 体のだるさは抜けないけど、頭痛は完全に収まっていた。そして何よりおが腹すいている、異世界転生とか考えている場合じゃないってくらいぺこぺこだ。 グゥゥとお腹から小さい音が鳴った。その音を聞いて、母は嬉しそうに微笑んだ。 「そうね、もう一週間も食べてないんだもの、よかったわ、いま料理長にあなたの大好きなスープを用意してもらってるの」 大好きなスープと聞いて、鼻の奥にふわっと香りがよみがえりまたお腹が鳴ってしまう。 「まあまあエミリー本当に元気になって……やだわ、私ったらまた」 目にたまった涙をぬぐいもせず、母は思い切りわたしを抱きしめた。 そりゃそうよね、わたしのこと死んだと思ってたんだよね、泣いちゃうよね。わたしだって泣きそうだもん。 それにしてもとっても良い香り、温かくてホッとする。 「まだゆっくり休んでていいわよ、そうそうヘンリーには一旦帰っていただいたの、あなたが高熱で倒れてからほとんど寝ずにつきっきりだったのよ」 「まあ!」 「本当にヘンリーは素敵な青年ね、元気になったらビリュザー家に挨拶に行きましょうね」 母はわたしの頬に軽く触れ、おでこにキスをして「あとで食事を運ばせるわね」と、部屋から出て行った。 一人になった部屋は静かで、とても良い花の香りが漂っていた。 目が覚めた時から気になってたけど、この大量のピオニーはいったいどうしたんだろ? 所狭しと言わんばかりに、部屋中の至るところに飾られている。 贈り物にしても多すぎる……あ、もしかしてエミリーが死んでしまったから、お葬式の準備のためだったのかな……。 まるでお花畑のようになっているピオニーを眺めていると、ベッドの前にある鏡台が目に入った。 そこで気づいた。 ベッドの上に座った、栗色の髪の少女がこちらを見ている。え? これがわたし……。 吸い寄せられるようにベッドから降り、鏡の前に立つ。 真っ白な肌、柔らかい栗色のロングヘア、薄いヘーゼルの瞳、バサバサの睫毛まで栗色だ。 ……えっ、信じられないくらい可愛いんですけど!  これがわたし? すっごく可愛い!! 思わずこぶしに力が入る。 ヤバーい変な声が出そう、語彙力崩壊する可愛さだ!  わたしもしかしてヒロインなの? そういえばヘンリーも凄くイケメンだった。 しかも優しくて好青年でエミリーを愛してる……あああ、これ溺愛系では?  えーっとちょっと待って、エミリーなんて主役のゲームあったっけ?  いや、小説や漫画の可能性もあるわ。 このルックスであの家族、そして優しい婚約者、悪役令嬢ではないはず。 「うーーーーーん」 鏡の前に座り込み頭を抱える。 まったくピンと来ない。 お気に入りのゲームはすぐに思い出したけど、エミリーもヘンリーも登場しない。 グゥゥ、またお腹が鳴った。 きっとお腹すいてるから頭が回らないのね、空腹じゃなくなれば何か思い出せるかもしれない。興奮しすぎちゃった、後でゆっくり考えよう。 横を見ると、大きなクローゼットが目に入った、どんなドレスがあるんだろ。 ……開けていいよね、自分のだし。 クローゼットの前に移動すると、壁に面した廊下の向こう側から、誰かの話している声が近づいて来た。 「困ります、まだお部屋には入らないでくださいませ」 「大丈夫、平気平気」 「回復はされたものの流行り風邪かもしれません、感染ってしまうと大変です。どうか、応接室へお願い致します」 あの声は侍女のアンね、もうひとりは誰? 聞いたことがある声だけど思い出せない。 「まあ、お嬢様!」 あ、今度はお母様の声だわ、なんだかすごく焦ってる。 それでも歩く足音は止まらない。 「あら、おばさまごきげんよう。エミリーが元気になったんでしょ?」 「はい、ですが待ってください、流行り風邪かもしれませんので、も……」 「大丈夫だって、その子にも言ってたのよ、あたし平気よ、感染ってもなんとかなるでしょ」 誰に声をかけられても止まらない声の主が、どんどん近づいてきた。 もうこの部屋の前まで来ている! そう思った瞬間、勢いよく扉が開いた。 「エミリーーーーーーー!」 まるで眩しい光に照らされたように、一瞬目の前が真っ白になった。 なんだか目が開けていられない! 一体何なの、誰? 声の主はまっすぐにわたしに駆け寄り、飛びつくようにして抱き着いてきた。 羽のように軽い体、華奢な腕が全身を包む。目の前にはたっぷりとした金色の巻毛が靡いている。 そして、春の妖精がやってきたかのような甘くてよい香りが鼻腔をくすぐった。 「シャルロッテ……」 自然に口から出た名前、シャルロッテ……。 「んもうエミリー、いつものように呼んでよ! 寝ぼけてんの?」 腕を離したシャルロッテがわたしを見つめてへへっと笑った。 わああああ、なんだこの美しい顔! 作画が違いすぎる! マシュマロや陶器のような肌というのはこのことなのね、透明感がありすぎて目が吸い込まれそう。 睫毛だってマスカラもつけていないのに、これでもかというくらい上を向いて真っ黒でふさふさだわ! そのふさふさ睫毛に囲まれた瞳は、淡いブルートルマリンのようにキラキラしてる! 小鼻って何? ってくらい小さくて美しい鼻、ちゅんっとした薔薇色の唇、笑顔がこぼれる口元から覗く歯まで美しいーー……駄目だ、綺麗すぎて眩暈しそう。 頭がくらくらする中、名前が浮かんできた。 彼女はシャルロッテ、わたしの親友だ。 そしてこれも間違いない! わたしはモブなんだわ! 「エミリー?」 くっ、首をかしげる姿の破壊力、これに慣れることができるのかしら。 でも、だんだんと仲が良かった頃の記憶が頭の中に蘇ってきた。 きっと、大丈夫、落ち着けわたし。 「ごめんロッティ、なんだかボーっとしちゃって」 「いいのよ、エミリーが死んだって聞いてびっくりしたんだから、もうほんっとやめてよねーこっちの寿命が縮まるわ」 あれ、目の覚めるような美少女、甘く澄んだ声なのに、言葉遣いが現代っぽい……。 「わざわざ来てくれてありがとう」 「何言ってんの、早く元気になってよー私エミリーいないと学校行きたくないんだもん」 またいたずらっぽくへへへと笑うロッティ。 とんでもなく可愛いけど、見た目と違って雑さが否めない。 でも、可愛いは絶対正義、全然許せちゃう。 ふと、ロッティの後ろに目をやると、不安そうな表情をして立ち尽くすお母様と侍女が見えた。 お母様に至っては顔色が悪くなっている。 あ、そっか! わたしは死んじゃうほどの高熱を出したんだ。 これが流行り病でロッティに感染りでもしたら……大変だわ! 「ロッ……」 「じゃ行くわね、今朝はどうしても顔を見て安心したかったの。学校行く日が決まったら必ず連絡して、一緒に行きましょ」 ロッティはわたしに手を振りながらくるりと向きを変え、緊張しているお母様と侍女に向かって「失礼いたしました」と小さくお辞儀をした。 そして、そのまま制服のドレスの裾を翻したかと思うと、あっという間に部屋から出て行ってしまった。 お母様と侍女は顔を見合わせ、ロッティを追いかけるようにして部屋から飛び出していく。 突然現れた美しい少女は、嵐のように通り過ぎていった。 一気に肩の力が抜ける。ロッティ、なんて綺麗な子……。 作画の違いとはこういう事かとしみじみ実感してしまった。 自分のこと可愛いと思ったんだけど、モブか……って、よく考えたら名前がエミリーってヒロインじゃありえないよね。 「シャルロッテ……」 自分が着ている衣服から、ロッティの甘い香りがした。 わたしが今までやったゲーム、読んだ漫画、そして小説、その中に『シャルロッテ』は登場しない。 でも、わたしが死ぬ前に届いた『ふたりのシャルロッテ』というゲーム。 これはタイトルどおり二人の「シャルロッテ」という少女が登場する話だ。 一人はヒロイン、そしてもう一人は悪役令嬢……。 もしかしてわたし、大変な世界に来てしまったのでは!?
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