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慈善パーティ会場
慈善パーティ会場前。
ここは第二王子であるジークフリード所有の別荘の一つらしい。
わたしとロッティは馬車を降りて、零れ落ちそうなほど生花が飾られた門の前に立っていた。
既に大勢の人で会場がにぎわっているのが見える。
今日のロッティの服装は、装飾が控えめな薄紫色のワンピースに小さなポーチ。
『チャリティパーティに派手さは必要ないでしょ』と言っていたけど、たしかにそのとおり。
シンプルなドレスとはいえ、ウエストラインに太めのシルクリボンが結ばれたデザインで、スタイルの良さが際立ってる。
美しい金色の巻毛をハーフアップにして、同じ薄紫色のリボンをつけただけの髪型。
他に何の飾りを付けていないにもかかわらず、光り輝くような華やかさで、ロッティを初めてみる人は目が潰れちゃうんじゃないかってくらいの破壊力がある。
あまりに綺麗なので馬車の中で褒めちぎっていると、『熱を出してからのエミリーちょっとおかしい』と笑われてしまった。
その顔も可愛いよ! と言いたかったけどグッと我慢した。
可愛い存在の前では芽衣子が出すぎちゃう……気を付けなきゃ。
門の前で手作りのコサージュを渡された。
ペルペトゥア教会の子供たちが作ったもので、コサージュに小さなカードが一枚付いている。
今日は慈善パーティ、この小さなカードには寄付金が書けるようになっていた。
ああ、お父様に持ち帰るように言われたのはこのカードだったのね……。
学生は記入することができないので、後ほど主催者へ提出するのが通例だそう。
わたしは持ってきたポーチにカードを入れた。
ロッティはカードを見つめたあと、胸元にサッと差し込んでいた。
会場を進んでいると、何人かの友人に声をかけられた。
幸い、挨拶された瞬間に名前を思い出し、会話は順調に弾んで事なきを得た。
この調子だときっとどこでも平気っぽいかな、ちょっと気持ちが楽になる。
しかし派手な庭園、中央では楽団が音楽を奏で、たくさんのテーブルには華やかな料理と生花、そして各所にバルーンが飾られている。
慈善パーティってこんななの?
首をかしげていると、同じ様に首をかしげたロッティが口を開いた。
「なにこれ、こんな派手な飾りつけ、それに楽団、そのお金寄付すりゃいいでしょってねー」
わ、とんでもなく毒づいている。
しかもロッティの可愛い声はよく通るから周りに丸聞こえだ。
「ちょっとロッティ!」
「だってこんなの『俺がこれやりましたーすごいだろー』って言いたいだけでしょ。ほんと馬鹿らしい、何のためのパーティよ」
言ってることは同意できるけど、周りの貴族たちがちらちら見てる!
「ロッティ、そういうのは心にしまっておいてくださいな」
「はいはーい」
「んもう、返事は一回で」
「はいはー……わかったわよ、黙っておくわ」
こちらを横目で見ながら首をすくめてニコッと笑うロッティ、ぐぅ可愛い。
でもこうやって歯を見せて笑うのも貴族らしくないって言われちゃうやつよね。
はぁこの感じ、やっぱりロッティが悪役令嬢なのかな……。
とても素直で友達思い、小さい頃から嘘が嫌い。ロッティは本当に良い子だ。
今言ってたことも悪口ではないと思う、でも口に出すのは……うん、駄目だ、良くない。
まだ会ってないけど、もしかしてもう一人のシャルロッテに会うと豹変しちゃうとかあるのかな、絶対にそれは見たくない……。
ロッティがきょろきょろとあたりを見回しはじめた。
「どうしたの?」
「うーん一応挨拶しなきゃいけないんだよね、面倒くさいわ」
可愛い唇が不満そうに少し下がっている。
ロッティに面倒くさいと言われた相手は、間違いなく第二王子のジークフリード。
このパーティの主催者であり彼女の婚約者だ。
王子が婚約者ということは、ここに来る馬車の中で話をしている時に思い出した。
12歳の時に婚約が決まり『私学院を卒業したら結婚するみたい』と話してくれた日、頬を真っ赤にしてはにかんだ姿がたまらなく可愛かった。
でもそれ以降、王子の話題はどんどん少なくなり、中等科でもほとんど接触無し。
ロッティの口からも婚約者の名前は全く出なくなっていった。
相手が王子なので、個人的な話はしちゃ駄目なのかな程度に考えていたけど……。
間違いなく不仲だ……。
あぁ、ますますロッティの悪役令嬢っぽさが増していくばかりだよ。
気分を変えるため、テーブルの上に並べられた二つのグラスを手に取った。
透明なサワーグラスの中には苺やブルーベリーが浮かんでいる。
会場を見渡すと、ちょうど二人で休めそうなテーブルが壁際の植え込みの近くにあるのを見つけた。中央より少し離れた場所で喧騒から離れられる。
「ねえロッティ、あっちで一休みしない?」
「いいわね」
グラスを片手に、ロッティは少し小走りで壁際に向かっていった。柔らかい髪と薄紫のリボンがキラキラと揺れている。
後ろ姿だけでも可愛いなあ、なんてことを考えながら歩いていると、植え込みの近くに暗い色のワンピースを着た少女が立っているのが見えた。
こちらに気づくと、なぜか木の陰へ隠れてしまう。
先を行くロッティの足が止まった。
「ねえエミリー、あそこに『シャルロッテ』がいる」
ロッティは植え込みの陰から目を離さずにそう呟いた。
その言葉に、まるで全身が心臓になったようにドクンと脈打った。
シャルロッテですって……まさかもう一人のシャルロッテなの!?
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