28人が本棚に入れています
本棚に追加
/75ページ
レジから客が途絶えた途端。バイト仲間の大学生のお姉さんがいそいそと寄ってきた。なぜか満面の笑顔。
「アイドルみたいな美形と、親しげに話していたよね⁉︎ 友達?」
「同じクラスの人です」
「同じクラス⁉︎ いいなー、羨ましいっ! 超楽しい学校生活じゃない。学校に行くのが楽しいでしょう? 私もあんなイケメンと机を並べてみたかった。青春ねぇ」
大学生のお姉さんの名前は、伊藤美月さん。わたしと四歳しか違わないのに、やけにしみじみとした口調で話すのがおかしい。
伊藤さんの目は、好奇心でキラキラと輝いている。
「付き合っているの?」
「違いますっ!」
「片想い……って感じじゃないよね。脈アリに見えたもん。付き合う一歩手前って感じ?」
「全然違います!!」
「ふ〜ん。そうなんだぁ」
伊藤さんは納得したようなことを言いながらも、口ぶりも表情も納得していないようだった。
含み笑いしながら、肩をわたしの肩にぶつけてきた。
「紙をもらっていたよね? お姉さんに見せなさい!」
「そういえば……」
制服のポケットから、四つ折りになっている紙を取り出す。伊藤さんに見られながら、ベージュ色のメモ紙を広げる。
『明後日、護摩神社で会いたいです。大切な話があります』
伊藤さんは、はしゃいだ声をあげた。
「きゃあーっ! 告白されるんじゃない? ついに、ゆらりちゃんに彼氏ができる。しかも超美形! 羨ましいーっ!!」
「違いますってば!!」
懸命に否定しながらも、頬が熱くなるのを止められない。
わたしに手紙を渡すために、水都が店に来てくれた。そのことに、頬が緩んでしまう。
流しにある鏡を覗くと、思いっきり顔がにやけている。バイトが終わるまであと一時間もあるのに、これはマズイ。
わたしは頬をピシャピシャと叩くと、表情を引き締めた。
けれど、水都の私服姿が頭から離れていかない。ジーンズと薄手のニット。V字のニットから覗いていた鎖骨が綺麗だった。
「……って、わたしのバカー! キモすぎる!!」
「どうした?」
挙動不審な言動を見かねたのだろう。伊藤美月さんが声をかけてきた。けれど店内で話すわけにはいかない。
なんでもないです、と誤魔化すことはできる。けれど、彼氏のいる伊藤さんに相談してみたい。
わたしは悩みがあるのだと伝え、相談に乗ってほしいと頼んだ。
「わー、嬉しい! ゆらりちゃんに頼られた。九時まで待っていられる?」
「はい」
わたしのバイト上がりは八時。伊藤さんは九時。
わたしは先にバイトを終えると、家に電話して遅くなることを伝えた。廃棄処分になったお弁当を事務所で食べる。
九時になり、バイトを終えた伊藤さんとコンビニの裏へと向かった。縁石に座り、伊藤さんが買ってくれたホットココアを飲む。
九月下旬。夏の熱気が薄まり、冷ややかさが増していく。温かい飲み物を両手で包むと、指先が意外と冷えていることに気づく。
最初のコメントを投稿しよう!